初めて会った人とのお喋りの中で、その人の抱えていそうな苦しみにぼんやりと焦点を当てていることがある。
 
SNSの投稿に目を通しながら、その人が隠しているであろう闇の部分に気づいてしまう。
 
 

最近、人を見る時の目線について、考えている。

つまり、人からどんな情報をキャッチしているかと言うこと。
 
 
先の例のように、どうも私は、ネガティヴ目線で情報をキャッチしがちだ、という自覚がある。
 
 
あの人、何だか無理してそう。
あの人、胸の中にキューっとした苦しみみたいのを抱えてそう。
あの人、余裕がないんだな。
 
 
そんな風に、ネガティヴな情報の方を多く拾ってしまう傾向にあるようだ。
 
 
けれど、苦しみを抱えていそうな人にも、ポジティブな面は、ある。
100%ネガティヴしかない人は、あまりいない。
 
 
それなのに、目の前の人のネガティヴ探しをしてしまう。
 
 
私たちは、見たいものしか見ないのだとしたら、ネガティヴ探しをしている私は、目の前の人がネガティヴである必要があるわけだ。
 
 
でも、私の目の前の人がネガティヴである必要は、どこにもない。
どうも、変容前の承認欲求(助けたい欲)が強かった時の癖のような気がしている。
 
 
なぜなら、ネガティヴポイントを見つけたところで、「でも、私にはどうもしてあげられないしな」と冷静に相手を見ている自分がいつもいるから。
 
「あー、大変なんだなー。」
 
と思うだけ。
 
 
だからこそ、目下、ポジティブ目線を練習中。
目の前の人のポジティブな面にフォーカスする。
 
 
これが、意識することなく、当たり前に行えるようになったら、また、見える世界が変わると思っている。
 
 
最近、久しぶりにお会いした人に、「まだまだ変わりそうだね」と言われた。
 
本当にそうだと思う。まだまだ、変われる。
そして、良い方にしか変わらないことを私は知っている。
 
 
 

心とからだのセルフケア
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