死んだら生きれない。幸せのエクスタシーって生涯探求してていい

亡くなった人への思い・感情・後悔なんかを整理する中で私は間違いなく「旦那に守られている」ことを実感する。死んだ人がしてくれることはこれなんだって。


「死んだら生きれない」
だから「今」やります!

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2017年1月21日(土)仙台講座決定!sei


自分が創り上げてた「ど不幸劇場」を書いてます。






テーマ:

ゆうあです。
いつも読んでくれてありがとうございます。

えとねーほんまにね。
思い切ってダダダダダダダダーって書いて
なかったことにしたいよね。
(書いてる時点でないことじゃないやろってことやねんけど)

書いてアップしてる間に
いろんなことがよぎるよね

「アホだあたしは・・・」とか
なってるわけです。

いや今まで書いてきて
一番なっていると思われます。
しゃべりと違って
残るねん文章は・・・・って。

うん、しゃべるのも、書くのも
本当に大切な表現やね。


 

この自分史は

ずっと書いてきた自分史が

そのときは本当に思いを込めて書いていたにもかかわらず

一年たってみたら

「ギョーーーーーッ!!それさ、茶番だよ!全員集合!」(意味不明)

ってなっちゃってるという話です。


新たな気付きを含めて書いています。

でもこれきっとずっと続きます。

だって死んだら生きれないから。


目次はここにあります。→


※性に関しての表現が多くなります。(今日はあまりないです)
不快に感じられる方はお読みになることをお控えください。



前回の続きはここ→ 戻ってきてな

高校一年生の夏休みにはいり
私はこの間一度も彼に会えませんでした。

まあ、軟禁事件(なんでも事件にする)があったんですな。

南京事件(字違)ここ→ いやいやほんま戻ってきてな


昨年まったくもって母を悪者扱いしていますが
この状況の私が野放しにされたらそりゃあまずかったかも。


頭お花畑だし

当時流行していた「15歳の母」のおかげで

ティーンズの「性」がOPENになってきたころでもあって


母は良くも悪くも「感化」されやすいわたしを心配したんだろうなあ・・・。

彼も同じように(わたしの母の言いつけべーのおかげで)

御両親に怒られていたようです。
本間に申し訳ない。

でも、私とのことは大切にしようとしてくれていたことを聞いていました。
「迷惑かけへんねんやったらなにしてもええねんな」って口ごたえしたって
彼のお母さんから聞いた話をうちの母親が教えてくれていました。
そんなで、夏休みの間彼はバイトをし、

自分で稼ぐ大変さを知らせることにしましたと聞いていました。

何のバイトやったかな・・・。
おっちゃんたちと肉体労働だったような気がする。

そんなで
高校一年生も夏休みをまったく母親の監視下で彼とは一度も会えないまますごしましたが、
気持ちが変わるなんてこともあるわけなく

ひたすら日にちが過ぎるのを待ち望んでただけやし。(汗)


母にはこの後「ウソ日記」をかきまくる毎日の攻防戦が繰り広げられるわけやけど


正直「閉じ込めたからって気もちが落ち着くとか、甘いねん」って思ってた。

しかも、「もう処女じゃあないし。」とか

(防戦してももう遅いねん、勝ったわみたいなヘンな頭のなか)


そしてこの新学期一日目、

私にとっては大きな出来事がおきます。



かの有名な(ゆうあ的なだけやん)「小豆島事件」な。

(単なる事件好き)



彼に会えることでほんとにウキウキとやっとこ母親の手を離れて登校した私にクラスの男子がものすごい情報を教えてくれたんです。

「なあなあ、○○(彼の呼び名)小豆島で女の子に誘われとったでー」

なにそれ?

彼は夏休みの間にクラスの男友達と小豆島に遊びにいったのは知っていました。

でも、それはまるで初耳で、

夏休みの間に一回だけ電話で話したときもそんなこと一言も言ってなかったやん・・・・。


彼は友だちにそう言われても
ほんとうにのらりくらりで
女の子に声かけられて、手紙もらったことが嬉しそうで(にあたしには見えてた)

そして、女の子が声かけたときに

周りのともだちが「こいつ彼女いるでー」って言ったら
「いやいやいや(黙っとけ)」って否定しようとしたって。


えええええええええええええええええええっ(泣怒)

私は動揺したよ。


でね、

ほんとうに生まれて初めて

好きになった男性に対して、

「信用できない」とか「嫉妬する」とかいうものすごいつよいきもちを知ったのがこのとき。

彼もたぶん謝ってくれたと思うけど

私には「ふざけてる」とみえたし
「裏切られた」と思ったし
「信じられない」ってなった。

「疑う」って
本当にこの時に鮮明に知った。

そしていつもセットの

「処女あげたのに・・・・」

怨念だなこれ。

ここから本当に
「純愛」から
ドロドロしや疑いと束縛の日々が始まるのでした。

純愛から一転!

愛憎だ、愛憎~~~

そして当時のわたしは


まったくもっていつもいつもいつもいつも

彼の一挙一動に反応し、泣いたりわめいたり怒ったり


挙動不審化していくのでした。

(だって処女あげたもん!)



=====

夏休み中に
彼のお母さんがうちに
彼が買ってきてくれた小豆島のお土産の
小さいオリーブのアロマオイルを持ってきてくれたのね。

きっと彼も当時
女の子に声かけられたっていうだけで
なにもなかったのだと思うの。


でも私は許さなかった。


ほんと「彼女いることを隠そうとした」
この「裏切り」を本当に許せないままもちこしちゃってた。


で、気づいたんだ。

これ実は数十年間もずっと怒ってたこと。




そのお土産さえ私は
その女の子と会う前に購入したものだろうから
知らない、いらないってなった覚えがある。

私の愛は
完全にこの日を境に迷走してくんだよね。





続くよー。


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いつも読んでくださってありがとうございます。

ゆうあです。

 

現在爆進更新中!

自分史2016

あたしの愛はヘンタイです!


 

ゲゲゲ、まじか!???わたしの「愛」はゲゲゲのキタローである


 自分扱い始末書☆しあわせになりたいって、それほんまか?@ゆうあ

                                                                                               さすがのわたしも16歳のころまでは「汚れて」いませんでしたという考え方@ゆうあ


大人の扉をハンマーでぶっ壊して開けたくせに「仕方なく」って弱々しく言えちゃいます@ゆうあ


純粋かつ打算的なゆうあ的「結婚してくれるなら処 女あげます」のはなし


自分は「ま、いっか」だけど相手には「ま、いっか」ではなく被害者面して支配してみる権利を得ました♪ 


「処女あげたのに私を裏切るんかい!「小豆島事件」で私が決めた「男は信じられない」という生き方。  
























 

 

 

ゆうあ2016まとめ


【自分史ふたたびはじめてます】


2016年は
今まで生きてきた自分を振り返りながら書けた2015年から
ステップアップしたかったです。


ところがさ
私は

「ひとのせいにする」が大好きでした。

そして
「全部自分でやってきた」も大好きでした。

(あ、そして今も結構やってます。まずいほどに・・・・)


昨年の自分史は
結構そういう

「ひとのせい」

「自分でなんでもできます」

っていうスタンスで書いてきてたんだなあって
今思っています。


でもね

今更なんですけど・・・・

実はそうじゃないな?って
気づいてきました。


そして、それ認め手みんなに話すのは

かなり

というか「めちゃめちゃかっこ悪いわーーーあせる


ってなっていますあせるあせる


自分に非がほとんどない


旦那のせいにしといても死んじゃってるし・・・(こら~)


そしてあたし

自分で切り開いてきたしなっ


↑っていう昨年の私の自分史でもいいかって
正直なってもいました。


…いいやいやいや今も結構思ってるわー

やばいわーーー_| ̄|○ il||li


=======

起こった出来事はすべて
自分が源泉であるというところに
昨年の自分史の時点ではほとんど全く立てていません。


で、今も100%そうかっていうと

そうではないです、きっと。


つまり
ごまかしてたり
自分のしたことを美化していたり
繕っていたり

そして時には


どんなときも自分に原因源泉がある???

「あたしは悪くないけど、謝るか、しゃーないし」

「あたしも悪いけど相手も○%はあるやろ?」


そんな思いもかすめる中で
とある教育プログラムに出会いました。


そしてさね。
出会ったからといって
すべて自分がすべていつも
自分に原因源泉にたつってなれる

そんなものではありませんです。(あくまであたしの話だけど)


たった今でもそれは
まったく完璧でなくって


え~あたしが悪いん?

ちゃうやろ?


と隣り合わせで(笑)


毎日練習中でもあります。


ただね。

いろんなことがあるたびに
そのたびに


そっか・・・
本当に私が自分で人生をデザインしてきたんだなあって

悲劇のヒロイン劇場がだいすきだったわけも

最近「今の時点では」これか・・・ってなった。


それは今まで生きてきて初めてわかったこともあったから驚いたこともあったし
自分が勝手に決めた生き方なのに

また「かわいそう、わたし。。。(゚ーÅ) ヨヨヨ」ってなってる時間もあった。
(何してるねん今更だけど)


↑いやいや。
本当に
結構この「悲劇のヒロイン劇場」で
たくさんの人に同情してもらったし。
ブログもたくさんの人に読んでもらえた。

それまでもそうやって生きてきたんだ、わたしって。


だとしたら
これからも、ずっとそうなんじゃない?

そこにこれからの人生
違いをつくりたいです。

で、今回第二章。
人生すべてダダ漏れ的になるのか
自己開示といえるのか
ただ下品なだけじゃないのか・・・・

とか

自分でもちょっと
わからない。


そして
今これを読んでくれているみなさんは
もっとわけわからないね。

ガーン。


・・・・
よし言うね。


ポイントはなにかというと


正直に生きる。
誠実に人を愛する。


これが今まで生きてきて
本当に私には

「絶対できないこと」でした。

そしてそれはいつからそうなったのか。
どんなときにこれができないのか。

でも、幸せにはなりたいから・・・
無理にやってるとどうなってきたのか。


やばいやばいこわい。


だってわたし


ええかっこしたいねん!

自分が悲劇のヒロインやってたら

かわいそうって思われるもーーーーーーーん!


って始終やってます。


今もそうなんだけどさ


そして

ここから必ず一歩でます。

書くのが私だから。
ここからまた書いていきます。



これから

さらに真のパワーブロガーに

なるよ!!!



【目次】


■2016年にあった出来事から絶対はずせない「修羅場」とかいうjものを経験してみました。

  

人生にパワフルに関わっていくこと@修羅場を経験してみました(長文)  


剣山の上で笑いながら踊って奇跡を起こしてみるあたしのハナシ@その②


泥沼中だったのにサラ砂をはたいただけで出てきたことを自分が承認しましょう。  


ゆうあ的@私はいつもどんなときも幸せの坂道を昇ってるってところにいます。  


そして

彼氏とお別れした話一部始終でまさかの得たものが愛だったという数か月後のできごと。

別れるときってドロドロして大嫌いでコイツ死んだらええのにってならなくてもええねんっていう話。  



■何度「大変な悲劇の主人公を繰り返すんだ」と思いつつのいろいろ


☆かの有名なクワンプロジェクトでひとりで怒って爆弾を投げた件。

  どう考えてもたとえ愛があっても許されないですごめんなさい。


   取り扱い危険人物の自分の取り扱いは自分しかない  


☆4歳の「保育所冤罪事件」のときに「人を信じない」って決めたんやわーてわ

  かった。


   正直のふりは次の正直のふりのためのためのため  


☆3~4歳で決めた生き方を探求する。自分が一番チラ見せから目をそらした    いけど。


   ないないをあるあるにしてばうむくーへんの中身もちらみせできるよきっと  


☆人に興味あるふりしているので、人に合うとめちゃめちゃつかれています・・・・。

   東京から朝帰り&聞いてるふりしてまったく聞いてません!!!  


☆こんなふうに人を傷つけて自分が正しいってしてしまうねん。認めてみよう、なにか変わるかも。


   隠すより勇気だして公表したほうがうまくいくようなことを掴みかけてるけどできなかったわけ  


☆隠している気がないほど無意識に隠してるっていうね。


   わたしは「平穏なしあわせ」がキライでぶっ壊していく人でした。  本当の理由言うのいやだから相手を傷つけてでも自分を正当化しちゃおうという生き方  


☆体調が悪い、心臓がバコバコしていたわけ。


   笑いながら迷いながら書く遺書。<2016年7月16日付>  


   ゆうあ的ヘンタイ事情@正直も素直も「バカ」という枕詞がついています。  


   これ、耳がいたい、全部イタイーーーー!”大変な人生を送ってきた人に送る

楽しい人生を送る方法!?”  


世界の中心で愛を叫ぶ前に叫んでおきたい”トラウマなんかじゃなかった”


   ゆうあ的@わたしはめんどくさい自分に取り組みつつかなり持て余しているー    

   昨年(昨日)の正直は今年(今日)のええかっこしーを繰り返して生きてる。  


   自分の世界だけが「正しい:」って思って決めて聞いてこなかったのはわたし   だったんだなあ・・・・  


   わたしはほんとに、愛ない人だなあって思うわけ。


   自由は「自分勝手」なことではないよね。自由自在な人生を生きる  


☆日ごろこんなことに気づくようになった。枠は日常にあるんだなあ。


   人生のハードルの高さはヒールの高さでクリアできる♪  


☆なんやできるやん!てなったら無敵なのかも。でも最初はそれチャレンジするっていこともしらないよね。


   私の「フツーそうやろ?」の世界には「俺の彼女って背高くて自慢やねん」はなかってん。    


☆やっとわかった疲労してた理由。私ったらいつも基本が「怒って」たんやな。


   看護師さんって怖い人でした、でもそれはじつはあたしやんか。。。。  



☆今もやってる「いつも怒っている」というあり方。でもこれわかっただけでもまずは大進歩。


「こんなにあなたのことを思ってやってあげてるのに…」は危険❗ゆうあver.❗   


死んだら生きれないから♪「私自分史書き直して出版するっ!!」  


暑い、あづい、あぢいわーーーーーーーーっ!!!そしてあたしはやるねんっ!!  

 

人生怒って人のせいにしてたら名文が書けていた「死んだら生きれない」秘話


「どうせわかってもらえない」から「言い訳」に非常に反応します。  


怖いを超えて人と一緒にいるわたしは自分の何がほんものなのか正直時々わからんようになってるわっ!



☆子育てに関してとっても課題あり(取り組み中)

まさかの自分リブログできるってすごいね。そして、私はこのころようやく息子たちと「会話」ってしてこなかったのではってなってくる。


”<大人になれないオトナ⑩>取り返しのつかないことって取り返せますか?”その後  剣山の上で笑いながら踊って奇跡を起こしてみるあたしのハナシ


自分だけが「もう大丈夫」って思ってたんだ。  



■なにより今年一番であろう、大発見。知らないことも知らなかった

あたしは人が怖かったんだって。


大発見!私は人が怖い、一緒にいられない。って今まで知りませんでした。   


できな~い、こわ~いってロバロバ警察に逮捕されてください!


☆ほんとうに親しくなった人にやっているわたしのあり方を受け取ってくれる人がいるってほんとうにしあわせだ。


ゆうあちゃんの愛の大きさにわたしはびっくりしたんだよ」その①

 

「ゆうあちゃんの愛の大きさにわたしはびっくりしたんだよ」その②


 「ゆうあちゃんの愛の大きさにわたしはびっくりしたんだよ」その③



 「ゆうあちゃんの愛の大きさにわたしはびっくりしたんだよ」その④


☆よっしゃいこ!人生ここからよ!!


「昨年書いた自分史に嘘がありました」なんて死んでも言えませんでした。   

 

「世界一しあわせな未亡人」より「世界に影響を与えるパワーブロガー」を目指すわよ。







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ゆうあです。

おそるおそる書くっていうところから

一歩ではじめましたw


あったこと書いてるだけやん!(でもかっこわるい)

読んでくださって

ありがとうございます!
 

この自分史は

ずっと書いてきた自分史が

そのときは本当に思いを込めて書いていたにもかかわらず

一年たってみたら

「ギョーーーーーッ!!それさ、茶番だよ!全員集合!」(意味不明)

ってなっちゃってるという話です。


新たな気付きを含めて書いています。

でもこれきっとずっと続きます。

だって死んだら生きれないから。


目次はここにあります。→



※性に関しての表現が多くなります。
不快に感じられる方はお読みになることをお控えください。


数十年前の思春期の頃を振り返っています。
このお話の続きです。→☆

えっと
処女喪失に関してめっちゃ「もったいぶった」
「意義深さ」を実は結構持っているひとなので
書いてて「カッコ悪さ」「居心地悪さ」はんぱないんですけど
何言いたいんか自分でもわからなうならないように
とにかく続けて書きます。

えっと。
場所提供が必要だったんですよ。
そうなんです。

そして
そんなに「もったいぶった」「あげます」的
初体験なので、
ずっと最近まで誰にも言わず隠してきた(わざわざ言うこともないけど)
この事実。

わたし、初めてのHは
公園でした。




言うたわ・・・言うたわ・・・

いや、これ聞いて
いろいろ想像したり
聞いたりしたくなるんじゃないかと思うんだけど

詳しく言えば(いうんかい)
雨当たらない
休憩所みたいになってる
森の中にある(これだけだとメルヘンか?違!)

そんなところ。


そうです。
初めてだとか
大切なことだとか
忘れられないにするとか
はたまたなにより清潔とか

すべて一切関係ないかのような
実は「好奇心」しかないこの行動に


当時私の中で
「相手の好奇心に押し切られた」ことにもしてました。

無理矢理とちゃうのに
それはないやろって話・・・・。

とにかくこれで
私は「彼を結婚というもので支配する」ことに成功したっていうのと。

そしてこのあと
彼とはいつも
「放課後・帰り道・戸外」がセットなのでしたーーーーーー。

今思うと
思いっきりヘンタイでしかないな。

仕方ないやん、場所ないんだから。
そしてそれでも愛されてるんだから

とかいうことにしながら
この「場所」についてのことをひた隠しにしてきたことにおいて

間違いなくわたしは
「大切にされてない」と
自分で作って自分で「悲劇のヒロイン」の素を
創り上げたわけです。


イタイ・・・・(涙)
あまりにイタイ高校一年生の初夏のことでした。


そして夏休みが終わった新学期。

悲劇のヒロインを今後一切降りたくなくなる
(私にとっては)大きなできごとが起こります。


つづく♪

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ゆうあです。

読んで・・・・くれてるんですか?まじでーーーあせる

ありがとうございます!
 

この自分史は

ずっと書いてきた自分史が

そのときは本当に思いを込めて書いていたにもかかわらず

一年たってみたら

「ギョーーーーーッ!!それさ、茶番だよ!全員集合!」(意味不明)

ってなっちゃってるという話です。


新たな気付きを含めて書いています。

でもこれきっとずっと続きます。

だって死んだら生きれないから。


目次はここにあります。→


※性に関しての表現が多くなります。
不快に感じられる方はお読みになることをお控えください。

数十年前の思春期の頃を振り返っています。
このお話の続きです。→☆

なんかね。
これを書くことで伝えたいことがあるんだけど
思い返しているうちに
ほかにもいろんなこと思い出すねんね。

たどってると
結局何を言いたいのかわからなくなりそうな気もします。
数十年前の超恥ずかしいことだけ書いて終わりとか
アリエナイカラガンバル・・・・w



=====



初体験するにあたり。

満々の「恩着せがましさ」を隠して
私は
「あたしのことずっと愛してるんだったらいいよ」と言いました。

そして
さらにつけた


おっそるべき重い条件。

それはですね。ジャーン。

「絶対に結婚してくれるんやったらええよ」

だって処女あげるねんで?
処女やで?
しかもこれから痛みにも耐えるのに
当たり前やんそんなん。


とまあ、このような考え。

当時16歳の頭の中に
なんでこれしかないのでしょうか?

まったくもって
どんだけ「重い」ねんって話のです。

でもそれでもね。

やさしい彼は言いました「大学出たらやろ?ええでー」って

そ、そっか、じゃあ・・・やっちゃってもいいかな?


じゃ、じゃあさー・・避妊はしてくれる?

「あるでーコンビニでパクってきた!」

・・・・用意周到・・・・・


間違いなく事実ですが私も彼もヤンキーではなく
フツーの高校生なんですが・・・・

ただただ「そっち方面」に侵された。

そしてね。
わたしたちはその時点で

当時すでに
私の母にロックオンされて
デートも会う時間もままならない状態になっておりました。

なので
普通はそういう場所ないから無理なんですね。


ならなんか・・・やめるでしょ?フツー

でもね。
わたしたちは
そんなことは重要ではなかったようです。


なんくるないさです。(どうして大阪弁ちゃうねんそこだけ)

いや
重要やろ・・・・。

ほんまに重要やろ・・・・。

ほんまに。


つづきます。

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ゆうあ@自分史大魔王です。

いつも読んでくれてありがとうございます!
 

この自分史は

ずっと書いてきた自分史が

そのときは本当に思いを込めて書いていたにもかかわらず

一年たってみたら

「ギョーーーーーッ!!それさ、茶番だよ!全員集合!」(意味不明)

ってなっちゃってるという話です。


新たな気付きを含めて書いています。

でもこれきっとずっと続きます。

だって死んだら生きれないから。


目次はここにあります。→


※性に関しての表現が多くなります。
   不快に感じられる方はお読みになることをお控えください。

数十年前の思春期の頃を振り返っています。
このお話の続きです。→

彼との関係は、キスして以来あっという間に加速していきました。
当時の気もちは本当に不可解に「脳内お花畑」であり
彼と一緒にいたいから学校もいくし、身支度もきれいにするんだけど

学校に行っていながら頭の中に
「勉強のこと」とかマジで0.001%もありませんでした。
断言できるわ、自慢やわ。

そして、
その頭の中のほとんどは
「未知の経験をするかもしれないことについて私はどうするか」
にかかっていました。
16歳の春、あたしは一体なににほとんどの動力かけとんねん!(笑)


彼とのデートは学校帰りに、地元の私の家を飛び越えて
彼の地元の河川敷に行くことに決まっていました。

その河川敷の二人が座れるくらいの大きな石の上で
さまざまなことが繰り広げられるわけなのですが・・・・

胸までならいいか・・・・
ブラウスの中くらいまでならいっか・・・・

太ももまでならいっか・・・
パンツはいてるからいいか・・・・

↑一応抵抗するけど
結局、「ま、いいかー」と

淀川のホテル街の河川敷

(何でもいいけど、わかると思うけど、まだ明るい戸外です)で、

ズルズルズルと行為が日ごとに進んでいくわけ。

男の人がそういうことをしてくるという「行為」があることは知っていても
自分がそれを体験することや、好きな人もそういう「欲望」を持っているということを

もう必死で
しかも「100%愛してるからゆえの行為なんだ」

と頭で理解しようと思ってましたよ、
ちょっとかわいくて、そしてかなり必死やな、当時のあたし・・・・w

でも、それは
決して全部じゃないけど
愛してくれてるから、あたしは「許してあげるんだ」
という「ふり」も入っていて・・・・。

ほんとのこと言うと

「怖さ」に勝る
「好奇心」がそこには完全にありました。

16歳、大人じゃないけど、オトナと同じ行為はできる
ほんまに微妙な年齢やな・・・。

で、あたしはというと

「仕方ない、許してあげる。」

表向きどうしてもこうしたかったんだよね。

そしてその代わりに・・・・

このものすごい「恩着せがましい」思いは

「愛してるから、仕方ないよ、いいよ」っていう言葉と行動で

彼に伝えたわけです。



「ゆるしてあげる代わりに、彼の一生を支配してやる」
ということは決して自分自身も意識してるわけじゃないけど

(こわい・・・・・)

当時、実際わたしがやり続けたことは
ほんとに恐ろしい、彼への執着と束縛を展開することになりますが
それはもう少しあとに書きますね。

このあとわたしは
「自分の意思で」初体験するわけです。

そのはなしは次に続きますー。

えっと・・・
ゆるすとか
処 女あげるからとか
当時のこととはいえこの内容書いてるわたしは

ほんま死ぬほど恥ずかしい。
でも書くことは続けるね。

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