世界一の醤油をつくりたい 湯浅醤油有限会社 社長 新古敏朗のブログ

湯浅醤油の社長、新古敏朗が想いを綴ります。
和歌山県の情報の発信、イベント情報などの掲載


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湯浅醤油、丸新本家の新古です。

 

如水会館(東京)で、「食の街道」を味わうという和食のイベントが開催されました。

向笠千恵子(フードジャーナリスト「食の街道を行く」著者)が司会し、

 

和食文化は、いくつもの「食の街道」沿いに伝わっていきました。
鯖街道、鮎鮨街道、塩の道、昆布ロード、砂糖街道などでは、
食材と同時に文化も運ばれたのです。 


本年の「郷土料理伝承学校」の活動の一環として、
東京會舘の鈴木調理長とともに、みなさまに日本の食文化の一端を具体的にご紹介したいと存じます。

   向笠千恵子さま HPより

 


今回は、お誘いいただき「醤油の道」として、しょうゆ発祥の地の生産者として声かけしていただきました。

 

確かに、食に関するルーツ街道など良く耳にする話しです。

それを、実際に味わおうという取り組みでした。

 

 東京會舘和食 鈴木料理長が四条流包丁式から始まりました。

四条流の起源は、藤原山蔭(四条中納言、824年 - 888年)が、光孝天皇の勅命により庖丁式(料理作法)の新式を定めたことに由来すると伝えられている。朝廷の料理は宮内省に属す内膳司が司っていたが、山蔭は内膳職とは関係がなく、単に料理法や作法に通じた識者として指名されたものか。9世紀の段階で、から伝えられた食習慣・調理法が日本風に消化されて定着しつつあったと思われ、それらをまとめて故実という形で山蔭が結実させたものであろう。これにより、山蔭は「日本料理中興の祖」とされる。  wikipedia より

 

鈴木さんが、見事に鯛を調理終えました。

鯛に直接手を触れずに、魚を解体してしまう、日本に数少ない伝統の技 見事でした。

 

 

そして、食事会へ

 食の街道料理

 

 

 

 

向笠千恵子がトークショーで 各食の道の代表とインタビューしながら食事を進めていきました。

私は、醤油のルーツとしてのやり取りをさせていただきました。

 

 

 

中央の着物の人が、向笠さんです。

 

醤油の道のところには、湯浅醤油「魯山人」が展示されていました。

 

ちなみに醤油の始まりは、

鎌倉3代将軍 源実朝の暗殺に始まり、母の北条政子(尼将軍)が菩提を弔うために、

高野山の坊さんに中国行きをお願いし、覚心が金山寺(径山寺)にて、金山寺味噌の製法を

教わった、帰国後 湯浅町の隣町の紀伊由良に入山し、布教活動と共に金山寺味噌を広めた。

その味噌の「たまり」が非常に美味しかった。それが日本の醤油の始まりだとされている。

これが、約760年前の話しです。

 

小豆島、銚子、大野などの醤油の生産地のいずれも江戸時代に、湯浅から伝わったとされている。

 

湯浅醤油(有) http://www.yuasasyouyu.co.jp
  丸新本家   http://www.marushinhonke.com 
Facebook     https://www.facebook.com/yuasa.soysauce.marushinhonke?ref=hl

 

 

 

 

 

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