昨年から、自分の内面をみつめてきた結果、


身体の状態は自分の意識を正確に反映している


ということを何度も体感しました。




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発声障害
自律神経失調


などと聞くと


さも、どこかおかしくなっている
コントロール不能の状態


かのように想像してしまうけれど



正確に意識を反映した結果が
発声障害等の症状である


そう思うようになりました。




そう、





私達はどこもおかしくない




自分の内面と向き合い初めて少したった頃


まず長年頻繁に起こっていた頭痛が激減し、


それから肩の力が少しずつ抜け


喉の詰まりの強さが少しずつ弱くなりました。


このことから


わたしの身体をなんとかできるのは
わたし以外何者もいない


つまり


私は私の力でこの身体を
なんとかできるのだ


という希望を持つことができました。






長年声が詰まった状態でいた私は


私は私の身体を思った通りに動かすことができない

という意識に苛まれていました。




声が詰まる度にこの意識が強化され
どんどんそれを強く信じるようになる



そうして、“声の詰まるわたし”というアイデンティティが出来上がる。



だからまず



自分の身体は自分の意図通りに動いているということを確かめる


これが私の大きな一歩となりました。




そして意識の変化と身体の変化を確かめていくうちに、

わたしの身体の主人は間違いなくわたしだ

という意識に変わっていきました。




主体性を取り戻し始めた



のです。







以下に書くことは振り返って思うことですが、




私は声が詰まることにより主体性を失ったのではなかったのです。


主体性を失った生き方をしていたということを、自分の身体を思い通りに動かすことが出来ない状態から気付かされただけ。


私は俗にいうアダルトチルドレンとして生きてきました。これも自らの意思でそれを握りしめていたのでしょう。



表面的な意識、理性では、頑張っていた。
より良く在るために。
不足を補うために。
自分と、周りの人のために



しかしその下にあったのは



被害者意識と加害者意識。
この世界に対する恐怖心。
そして無力感。



家族のせいでわたしは不幸だ
わたしのせいで家族が不幸だ


という思い込み。


ちゃんとしないと大変なことになる
ちゃんとしないと嫌われる
ちゃんとしないと生きていけない


という思い込み。


自分では抗うことの出来ないものに、わたしは支配されているという思い込み。



わたしは長い間自分の観ている世界の主人公ではなかったのです。


周りの環境や出来事に翻弄されるのが私、そんなアイデンティティを持っていたよう。

わたしは長い間、主体性を明け渡していたのです。



でも、このような意識を持っていたことを恥じてはいません。



こんなに真剣に、主体性を持って生きよう!と思えたのはこのような経験があったからこそだから。


喉が詰まるという体感があったからこそ
自分が主体性の無い人生を歩んできたことに気付くことができ、それを自ら取り戻し始めようと思うことができたのだから。






わたしにとって発声障害は人生最大のチャンスだったのかもしれない


チャンスはピンチの顔をしてやってくる。





10年前のわたしは想像もしなかったけど、今ならこう言える。

そして、過去の自分に送りたい。




わたしの身体は自分の意識を正確に反映することのできる素晴らしい身体だよ

そしてそのサインから目を背けず、向き合い続けてくれてありがとう






喉の詰まりは、

顕在意識と潜在意識の葛藤の現れかもしれない。

だとしたら、

身体は素直にそれを体現しているだけ。



わたしはこのように思います。







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