河口湖の紅葉
テーマ:旅行記紅葉を求めて、河口湖に行きました。
川口湖畔では、紅葉と共に、冨士桜も咲いていました。
河口湖畔で開催されていたもみじ祭りのハイライト、もみじ回廊です。
冨士も頭のてっぺんを見せてくれました。
見知らぬ土地の大自然の営み、珍しい野鳥達、そこに住む人々のたたずまい、あるいは、一緒に行った旅行仲間との触れあいや食事などを、旅の写真、スケッチなんかも挿入してご紹介したいと思います。
2005年秋、アメリカに住む長女に女児が誕生しました。私にとって初孫です。現地を訪問した様子や、初孫の喜びも紹介いたします。
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紅葉を求めて、河口湖に行きました。
川口湖畔では、紅葉と共に、冨士桜も咲いていました。
河口湖畔で開催されていたもみじ祭りのハイライト、もみじ回廊です。
冨士も頭のてっぺんを見せてくれました。
8月の終わりに、秋の気配を求めて、信州の方へ行ってきました。
最初に行った所は、霧が峰高原です。
実に45年ぶり。近くまではときどき行っていたのですが、霧が峰には、学生時代以来です。
おなじみの霧が峰の鐘。
高原は、秋の気配が漂っているのですが、まだまだ暑く、Tシャツだけで十分でした。
翌日は、ほぼ毎年のように訪れている上高地です。
好天でハイキングには申し分なかったのですが、やはり、まだ暑く、夏の上高地は初めてです。
前回は雪の中でしたが、今回は、暑さの中でした。
上の二つは大正池と田沢池です。
下は、梓川と河童橋と穂高の遠景。
次は、乗鞍高原の畳平です。標高2,700m以上あり、
高山植物のコマクサの可憐な姿が大変印象的でした。
北海道の左の半島(渡島半島)から約18kmの西方沖に浮かぶ奥尻島。いよいよ奥尻島へ行きます。
江差の北にある瀬棚というところから、フェリーで約1時間40分。島の東海岸ほぼ中央部にある奥尻フェリーターミナルへ着きました。
一昨日まで天候が悪く日本海もしけていたのが、嘘のように静かな船旅でした。
奥尻島の海岸線に沿って道路がぐるりと取り囲み、自然が作り出した奇岩の姿をたくさん楽しめます。
写真は、奥尻島のシンボルの鍋釣岩です。囲炉裏で使う鍋のツルが名前の由来です。
右がモッ立岩です。
島の西海岸にあるモッ立岩と東海岸にある鍋釣岩は夫婦岩と言われています。
名前の由来には、艶笑話があるのですが、見た感じそのままというところでしょうか。
次はホヤ岩、そして夕日に映える無縁島です。
海岸線にある数々の奇岩のほかにも、たくさんの見所があります。
島の北の橋には、賽の河原があります。ここでは水子供養のためにたくさんの石を積んでいます。
そして宮津弁天宮です。
島のほぼ中ほど、海抜約370mの球島山の山頂には、見晴らしの良い展望台があります。
夕方で少しもやっていましたが、鍋釣岩のある奥島フェリーターミナルあたりが大変美しく見ることが出来ました。(写真左)
島唯一の温泉のある湯浜(ゆのはま)に泊まりましたが、そのホテルの前からの風景です
奥尻島には、フットパスの標準コースが3つ用意されていて、観光客の人気になっています。
今回は、空港・大寺屋敷コースを約1時間歩きました。
フットパスコースの途中、空港近くの大寺屋敷遺跡の風景と奥尻島Mapです。
今から18年前の7月12日夜に、北海道南西沖地震が発生し、奥尻島は大きな被害を受けました。
やはり大地震とその後の津波で、島の南部の青苗地区は壊滅的な被害でした。
写真左は、青苗地区の被害の様子、右はその後立ち直り再生された海岸線です。
そして、下は、災害からの復興を祈念し、被害にあった方々の鎮魂のための施設である時空翔です。
奥尻島といえば、地震と津波で大きな被害を受けた島というイメージが大きかったのですが、今では完全に快復しました。
今回の東北大震災で被害に会われた地域の方々も、早く、このように快復されることを祈るばかりです。
北海道が好きです。
毎年ゴールデンウイークのころは、桜を求めて北海道へしばしば行きます。
今年も、北海道へ行く計画を立てましたが、さてどこにするか・・・
もう全道行きつくした感があり、最後に残ったところ、ということで、今年は、松前、江差、奥尻方面を選びました。
松前は、北海道の一番南の端にあり、私たちは松前漬でなじんでいますが、ここは、桜の隠れた名所です。
松前城は、桜が250種類、1万本もあると言うから驚きです。桜の種類が多いので、一斉に咲くというより、種類ごとに時期をたがえて咲いてくれるので、見ごろが長いです。
とりわけ私たちが訪れたときが一番の見頃でした。
桜が満開の松前城です。
お城入り口の夫婦桜、3大名木の一つで、夜でしたので、少しぶれていますがお許しください
今年のはじめから、我が家で購読している新聞が変わりました。
今までは、読売新聞でしたが、1月から朝日新聞になりました。
特に希望したわけではないのですが、販売店が談合(!?)しているみたいで、我が家は、1年の前半は朝日、後半は読売になっているそうです。
半年ごとに変わる都度、新たに契約して、洗剤とかくれるので、まあいいかと、あまり気にしていませんでした。
昨年、政権が代わり、民主党が与党になりました。
読売新聞は、新しい政権の動きを、実にこまめにフォローし、政治に素人の読者にも大変よくわかるように記事にして報道していましたので、毎朝、読売新聞を読むのが楽しみでした。
そして、1面にある「編集手帳」も、大変面白く、ペーソスあり、教訓あり、オチありで、読むのが毎日楽しみでした。
さて、今年から朝日新聞になって、半月になりますが、
実に面白くない!!
毎朝読んでいても、つまらないので、10分でやめてしまいます。
以前、朝日を購読していたときに比べて、記事がひどくなったようです。
内容もそうだし、記事の日本語がひどい。
その例として、1月13日付けの朝刊の1面に、大阪府羽曳野市の居酒屋での発砲事件の報道記事です。
その記事の中で、「・・・・という。」という言葉があまりにも多発されています。
1面の短い記事の中で、なんと、「・・・という。」という文言が8回も使われています。
そしてその関連記事として31面にもフォローされていますが、そこにも、なんと、7回も使われています。
本日(1/14)の続報記事の中でも、2回「・・・という。」という言葉が使われています。
記事に自信がないので、伝聞記事にしているのでしょう。
しかし、それにしても、あまりにも同じフレーズが続くと、実に読みにくいし、耳障りです。日本語の使い方の知らない記者が書いたとしか思えない。デスクはきちんと推敲しているのか、疑わしいです。
日本語の文法上の誤りはないのですが、読者にとって大変読みにくく、同じフレーズがこのように何回も続くと、いらいらしてしまうのです。
政権の動きの報道もきわめておそまつ、報道しなければならない記事が少なすぎる、くだらない記事が多すぎる、読者志向でない、そんな記事の内容です。
そして極めつけが社説と「天声人語」。
私たちが高校生時代、大学入試の準備には、朝日新聞の社説と天声人語を読むのがいいといわれ、毎日読んだものでした。
そのころは、多少難しいところはあっても、読むのが面白かったです。
充実していました。しかし、今は、内容が実に物足りなくなりました。
読売新聞の社説と編集手帳は、毎日読んでいましたが、朝日新聞の社説と天声人語は、もう読まなくなってしまいました。
天声人語も読売新聞の「編集手帳」を見習え!!といいたいです。
途中解約してでも、読売新聞に変えるつもりです。
文化の日には、異文化の香りを求めて、神戸の異人館街を散策しました。
そして、その翌日は、日本のふるさと古都京都を訪れ、まっさかりの紅葉を楽しんできました。
京都は、見るところがあまりにも多いので、地区を決めて行くに限ります。
今回選んだのは、徒歩で世界遺産が3つも回れる地域です。その世界遺産とは、金閣寺、竜安寺、仁和寺です。
大阪から阪急電車で、四条大宮で下車、そこから比較的空いている立命館大学前行きの市バスに乗車し、北野天満宮前で下車しました。
学問の神様の北野天満宮、昨日も神戸の北野天満神社に行ったばかり。同じ地名の同じ天神様とは奇遇です。
写真下の本殿は国宝です。後ろのいちょうがとってもきれいに色づいていました。
境内のカエデも美しい。
北野天満宮から、途中平野神社に立ち寄りながら、金閣寺を目指します。
金閣寺というのは俗称で、本来の名前は鹿苑寺といいます。
きぬかけの道から鹿苑寺に入る参道は、見事に紅葉しています。
足利義満が自分の隠居所として立てた別荘を禅寺にしたもので、北山文化の華やかさが伝わってきます。
鹿苑寺の中に入るとすぐに、錦湖池を隔てて、金閣が優雅な姿を見せます。
錦湖池では、マガモたちがのんびりくつろいでいました。
金閣は、応仁の乱で消失後、再建されましたが、戦争で全焼し、昭和30年に復元再建されました。
鹿苑寺から、きぬかけの道を歩いて、途中、立命館大学を通り過ぎて、竜安寺へ行きます。
竜安寺は、なんと言っても石庭で有名です。
本殿に上がって石庭をじっくり鑑賞しました。
(もっとワイドのレンズでないと、よさがなかなか伝わらないですが)
竜安寺は方丈庭園と鏡容池の美しさも有名です。
どちらも紅葉の盛り。大変美しく彩られています。池にはアオサギがじっとしていました。
竜安寺の塔頭である西源院(せいげんいん)には、中に入れないのですが、入り口から覗かせていただきました。
竜安寺からさらに南西に下ったところに仁和寺があります。徒然草で有名です。真言宗御室派の総本山です。
写真は仁和寺の二王門と参道、五重塔と本殿です。
春は一番遅く咲く御室桜が有名ですが、秋は紅葉が見事です。
仁和寺の飛禱邸は、庭園が見事です。
お雛様のおかざりで、「右に橘左に桜」は、この飛禱邸の庭園からきたのではないでしょうか?
イチョウの黄色とカエデの赤が取っても見事。京都の美しい秋を堪能しました。
お天気に恵まれた11月23日文化の日に、異文化の香りを楽しもうと、神戸は北野町の異人館街を尋ねました。
まず最初に一番高台にあって、うろこ状のスレートが眼を引く「うろこの家」をスタートしました。
3大異人館は、上の「うろこの家」と、北野町広場に面した「「萌黄の館」」、「風見鶏の館」です。
風見鶏の館のすぐお隣には、学問の神様「北野天満神社」があります。
北野天満神社から見下ろす神戸の町は、紅葉がとっても美しい。
北野天満神社からうろこの家に行く途中に、「デンマーク館」と「ウィーンオーストリアの家」があります。
どちらも商業施設になっています。
うろこの家のお隣には、「山手八番館」、「北野外国人倶楽部」があります。
ここは、自由に内部をみることができました。
ラインの館の向かいには、「神戸北野美術館」があります。
その下の北野通りに面して、洋館長屋の「仏蘭西館」、「ベンの家」があります。
ちょうど紅葉の一番美しい季節です。
さらに下って、異人館通り(山本通り)にはシュウエケ邸があり、さらにその南には、「神戸ムスリムモスク」が建っています。
最後のムスリムモスクのあたりでは、夕闇がせまりつつあり、三日月が出ていました。
うろこの家は入館料1,000円、その他の異人館は大体300円ですが、異人館の中を、たくさんゆっくり見たい時は、確か1,300円とか1,500円(覚えていません)の共通フリーパス入場券があります。これを買うと、全部、フリーで入れます。
紅葉の異人館街を満喫しました。
上海から車で約1時間に、世界遺産の町蘇州があります。古い昔の面影をそのまま残した水郷です。
見所としては、獅子林という庭園、北寺塔、寒山寺などの名刹があります。
写真は、世界遺産のひとつである、獅子林。
元代に天和禅師が師の中峰禅師のために建てた菩提寺で、獅子の形の太湖石が庭にたくさん置かれていることから獅子林という名がつけられました。
次は、「月落ち鳥啼いて霜天に満つ」と詠まれた「楓橋夜泊」で有名な寒山寺です。
三国時代に建設されたという、北寺塔、高さは76m、八角9層の塔で、上まで上がれます。上からは蘇州の古い町並みが美しく、見ることができます。
蘇州は昔のままの運河がまだ生活の中心になっていて、観光客も、運河を目当てに来ます。この運河をクルージングするツアーに参加しました。川の両側は、昔の面影がそのまま残っていて、中国の古い歴史を肌で感じます。
お世辞にもきれいとはいえない淀んだ水ですが、ここで炊事、洗濯をします。さらに、川はゴミ捨て場にもなっています。まさに生活に密着しています。
北京から上海まで、今、新幹線の工事をしています。
上海から蘇州まで、車だと1時間ほどですが、新幹線が出来ると10数分で行けるようになるらしいです。写真下左は、蘇州運河、右は、古い商店街です。
昨年の北京オリンピックの時に、海外からのお客さまを多く迎えるにあたって、マナーを良くしようと言う運動が起こりました。
でも、交通マナーは、余り改善されたとは言えないようです。車は右側通行です。右折の場合は、信号に関係なくいつでも出来るのですが、そのため、歩行者が青信号で渡っていても、車は止まりません。怖くって、日本人はなかなか、交差点を渡れないのです。
逆に歩行者は、赤信号のときでも車道の1/3ぐらいまではみ出して待っていたりします。
歩行者優先ではなく、勇気優先とのことです。勇気があれば、無理やりにでも、車を止められると言うことらしいです。
車どうしでも、譲り合いなんて絶対しないという感じです。違法駐車も当たり前、反対車線通行もあり、歩道をバイクが走り回る・・・
これで、事故が起こらないわけが無いのであって、毎日必ずどこかで、事故の様子がバスの車窓から見られました。
古い歴史のある中国の近代化のシンボルである上海は、ますます活況を示していました。そのような上海を目の当たりにして、楽しかった4日間の上海・蘇州の旅を終えました。
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