達人になりたい!あなたのための体の使い方講座

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こんにちは。かわむら義之です。今日もこれから、本当に理に適った体の使い方についてお話ししましょう。

体の使い方を正しくしていくとき、一般的、常識的な動きや技というものは、いわば方程式のようなものだと言えます。

要するにxやyのところに、「正しい体の使い方」を入れてあげればいいわけです。

別な言い方をすると、既存のテクニックという空の器に、正しい体の使い方という中身を満たしてあげればいいということです。

ですから新たにテクニックを覚えるのではなく、ただ体の使い方さえ正しくなればいいんですね。

あとは、正しい体の使い方=理、原理を損なわないように、フォームなどを修正していけばいいだけです。

もちろん、体の使い方が正しくなることで、不要になる技術も少なくないとも思います。

いずれにせよ今までがんばって筋力を使わなければできなかった動きや、体への負担が大きい動き、なかなか他人との間で差がつかない動きなどから優先的に、動きの根本である原理を入れていけばいいわけですね。

研勢塾で僕がお見せする色々な動きや技は、そのほんの一例でしかありません。

しかし僕自身経験のある格闘技、中でも打撃系格闘技ならいざ知らず、組み技系格闘技や古流武術、さらにはテニス、サッカー、陸上競技、野球、自転車競技、ダンスなどでも、それぞれの専門家や指導者のかたがたが驚き唸るようなことまでできるのは、そのくらいには体の使い方が正しくなっているからです。

いつもお話ししているのは、そんな僕でさえ各専門家や指導者のかたがたに驚かれるのですから、1つのことをとことん突き詰めて練習していけば、とんでもないものが生み出されるはずだ、ということなんですね。

体の使い方さえ正しくなれば、その人その人が過去に習得したたくさんの技術が、全て別物に変わっていく、ということなんです。

そして本当に正しい体の使い方というのは、元々持っている自然の働き、原理をそのまま活かすということです。

ですから自分がそれに親しみ馴染めば馴染むほど、特別に意識しなくても以前と同じ技術を使おうとしたとき、それが全然違うものになっていくのがわかると思います。

なのでこれから新しく技を覚えるというよりも、自分の体の使い方が正しくなればなるほど、既に知っていたあんな動きやこんな技が、どんどん別物になっていく、と思っていて下さい。








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こんにちは。かわむら義之です。今日もこれから、本当に理に適った体の使い方についてお話ししましょう。

さて今回も、研勢塾の講座のようすをご紹介します。

今回ご紹介するのは、合気道を経て今は脱力系武術を学ばれているかたの、研勢塾中級第6回目の講座です。

今回のテーマは技を消す、ということでしたが、それはつまり動きの原理は最大限発動させながら、体の動き自体は最小限にしていく、ということです。

そのためには体でその原理をハッキリと感じていなければならず、どこをどのように動かすとか、ましてやどんな技を使うとかとは、まったく違うことが必要になるんですね。


まずは立ち方、剣、崩し、打撃、舟漕ぎ運動、站トウ功などを通して、末端から先に動かない、波、螺旋、鞭、ドミノ倒しの原理で筋力に頼らず動く、ということを再確認していただきました。

そしてその原理を直線の中に圧縮していくことで、ほとんど動くことなく莫大な運動エネルギーを生み出し、さらには抵抗させずに伝達・浸透させ、動きを少なくしていっても技の効果が落ちない、むしろ増すということを実感していただきました。

加えてそこに正中線の機能を重ねていくことで、技のキレや威力を数段レベルアップさせる、ということも練習していただき、さらにイメージ、キーワードを用いてそれらを自動的に、同時に発動させる、ということも習得していただきました。

最後にはこの応用により、全力で対抗してくる相手に対し、真正面から真っ向勝負で立ち向かい、しかもこちらは力に頼らず圧勝で押し勝つ、ということが現実に可能だ、ということも学んでいただきました。

小賢しいテクニックやスキルでは、鍛えに鍛えた筋力には到底勝てませんし、挑めば無理矢理に潰されるのが関の山です。

しかし体の使い方さえ正しくなれば、力に力で対抗しなくても、力を無効化することが不可能ではなくなるんですね。

これに“先の先”“対の先”が加わることで、最終的にはタックルで入られても、こちらは一切がんばらずに相手の力を抜いて崩したり、逆に相手に相手の力を返して吹っ飛ばしたり、などができるようにもなっていただけました。

もちろん、これはあくまでもスタートラインで、これができたからといって、組み技格闘技の専門的な猛者、スペシャリスト相手にも無敵になった、というわけでは全くありません。

ただ、テクニックでもスキルでも、要するにどのような意味であれどんな技でも、そして筋力でも勝る相手にそれでも負けないためには、この方向しかないんですね。

相手の持っている力とも、技術とも、闘争心とも戦わない、その方向にしか新たな可能性はないんです。

そしてそうであるからこそ、本来武道が平和に貢献できると言えるわけですね。

先(せん)を全く感じることなく、一か八かで自分の力や技術、闘争心をぶつけ合うのでは、それは武道ではなくスポーツ、格闘技でありその本質は平和ではなく競争です。

そして競争の行き着く先、突き詰められ極限まで高められた先は、戦争なんですね。

自分と相手の間で戦って決着をつける、というのは戦争の発想なんです。

そして政治にせよ経済にせよ、競争社会のトップ中のトップ、一番の成功者たちには、もはや戦争しかやることがないんですね。

しかし挑まず競わず、決着をつけようとか、勝とうとかもしないなら、その延長線上に戦争はないことになるんです。

力も技も手離した先の領域で争いを無効化する、という試みは、戦う力と技術の放棄へとつながる第一歩になり得るものだと思います。

がんばって勝つ、ということばかりを教える先にあるのは、要は兵隊さんを育てる、ということです。

しかし理想論ではなく具体論として、武が和であり武が愛となり得るということが教えられれば、それが武の先人たちの遺志を正しく汲み取る、ということになるのではないでしょうか。

今回こちらの受講生のかたの動きに、かつてこのかたが在籍された合気道流派の創始者の先生のものと同質のものが感じられる瞬間がありましたし、このかたもそれに非常に驚かれていました。

ですが体の使い方が正しくなることで、遅かれ早かれどなたにもそのレベルのことが可能になる、という事実は、そうしたことが一部の選ばれた人間だけのものではなく、人間の基本性能だということの証明になるでしょう。

そして最初から誰もが戦い合えないのだとしたら、それは人間同士の競争が根本的に無意味だということと、人間が卑下されるべきではない、元々凄い、素晴らしい存在だということなども証明される、ということだと思うんですね。

そして研勢塾の受講生のかたお1人お1人がそのことを、実体験と実感をもって感得して下さるということは、本当にとんでもなく凄い、素晴らしいことだとつくづく思います(^_^)v










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こんにちは。かわむら義之です。今日もこれから、本当に理に適った体の使い方についてお話ししましょう。

あらゆるスポーツ、あらゆる武道・武術、あらゆる身体芸術の要点は、関係性のコントロールにあると言っていいと思います。

自分の体、自分の心、場所、道具・用具、相手など、全て何かにどのように関わるか?でその結果が変わってくるからです。

こうした関わり方の善し悪しが、各種スポーツ、武道・武術、身体芸術の内容のレベルを左右する、ということです。

これが、きちんと関わることすらできず、すなわち対象に的確にコンタクトすることすらできないようでは、話になりません。

わかりやすく言えば、ボールに触れないとか、ラケットやバット、竹刀などを持っていられないとかです。

そのレベルは論外として、一番多く一番問題なのは、対象にガツンと接触してしまう、ということです。

これはボールを打ったり蹴ったりする球技や、相手をやっつけようとする格闘技などだけではなく、地面とコンタクトする陸上競技なども同じです。

ガツンと接触してしまう理由は、そうすることでよりよい結果が出せる、と思い込んでしまっているためです。

誰もが無意識に、より大きなエネルギーを対象に伝えれば、その効果もまたより大きくなる、と認識しています。

しかし、自分が対象により大きなエネルギーを伝えられたかどうか?をどうやって判断したらいいのを知っている人は、極めて稀です。

そのためほとんどの人が、より強い手応えを求めてしまうんですね。

しかし野球であれば会心のホームラン、格闘技であればラッキーパンチの一撃KOを経験した人なら、その方向性が正しくないとわかっているかも知れません。

そういうとき、強い手応えを感じたという人はむしろ少ないはずで、逆にあっけないほど手応えがなかった、という印象だったと思います。


そう、より大きなエネルギーを伝えられたときは、そのエネルギーが効率よく対象に流れ込んだということですから、手応えなんかは減ることになるんですね。

ですから手応えを感じるということは、自分の出したエネルギーが返ってきているということなんです。

より強い手応えを感じれば感じるほど、自分ががんばって出した力は対象に伝わらず、跳ね返って反作用になってしまっている、ということです。

しかし手応えを求めてより強くガツンと接触してしまう、というのは強力な刷り込みです。

球技や格闘技の打撃だったり、格闘技や武道・武術の崩しや投げ、押さえ込みなどもついつい大きな効果を狙うあまり、ガツン!とかグイッ!とかいう感触を求めてしまいがちです。

また走ったりジャンプしたりするときも、同様の意識が働いてしまうことは多いと思います。

ですが対象に作用させる、対象に影響を及ぼす力を単なる筋力としてではなく、運動エネルギー、それも流れとして捉えられると、こうしたジレンマを払拭していく道が見つかります。

動作を成立させ、その効果を向上させ、その結果をよりよいものにする力とは、運動エネルギーであり運動エネルギーの流れなんですね。

運動エネルギーをどうやって生み出すべきか?というとそれは自分の体の各部と全体の質量や、道具・用具や相手といった対象の質量を連鎖的・連続的に加速して、位置エネルギーだったものを次々に運動エネルギーへ変換していけばいいんです。

しかしそのためには、ガツンと接触する、ということをやめなければなりません。

ガツンと接触してしまうと、自分の出した運動エネルギーは、接触面、接触点で跳ね返り、自分に戻ってきてしまうからです。

ですから、接触の瞬間は極めて柔らかく、また接触し続ける場合もその柔らかさをキープできなければなりません。

ここでガツン!と接触したり、接触し続けているときにグイッ!ググッ!という手応えを生じさせてしまったら、自分に返ってくる逆向きのドミノ倒しを起こしてしまうんですね。

もちろん運動エネルギーが流れになっていなければ、柔らかく接触していることはただの非力であり、パワー不足になってパフォーマンスを大幅に低下させるだけです。

世の中のほとんどの人の持つ脱力のイメージは、こうしたものではないでしょうか。

運動エネルギーの流れを生み出せなければ、脱力とかゆるめるなどと言われることは、いわば豆腐のような弱くて使えないものでしかありません。

ですから正しい体の使い方ができて、自分の体の各部と全体の質量や、対象の質量を位置エネルギーから運動エネルギーに変換できて、しかもそれを一連の流れにできるのだとしたら、あとはコンタクトするときの心構えにかかっている、という風にも言えると思います。

もちろん質量の運動エネルギー化や、流れを作ることなどができるなら、既にガツン!を求める感覚ではなくなってきている、ということなんですが。

結局、接触したりインパクトしたりする瞬間に

「力一杯やってやろう!」

「ダメージを与えてやろう!」

というような意識があってはならない、ということなんです。

どんなスポーツ、武道・武術、身体芸術の常識とも違いますが、よりよい結果を望むなら、かえって結果を求める気持ちを捨てて、自分の体も含めた対象全般に対して、いたわりとか、思いやりとか、親しみなどといった気持ちを持つことが必要になってくるわけですね。

いたわりや思いやり、親しみなどを持っていれば、ガツンとかグイッ!とかいう痛そうな接触の仕方はしないはずですから(笑)。

昔々の日本人が、素手で相手(武器を持っていることが前提)を制圧する体系のことを柔術、和(やわら)などと呼んだのは、こうした原理を理解していたからでしょう。

無理矢理に自分の望む結果を得ようとすると、人間はついその意図で力み、自分の目的を対象に無理強いしようとしてしまいます。

ですがそこにこそ、思うようにパフォーマンスが向上しないとか、故障してしまうとかいうことの、根本的な原因があるんです。











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