自分を映し出すもの
テーマ:ブログふるさとを離れてなんて言うと大仰な言い方だが
知らない街に来て15年が経つ
最近思うのが友ってなんなんだ
長く連れ添うのが本当の友なのだろうか
故郷の友は会えば変わらず、離れていた年月を意識せず
すぐに肝胆を分かち合える
そんな関係を絶ってこの街に来て
誰と仲がイイとか、誰とつるんでるとか
その元にあるのはなんなのか心の底でズッと考えてた気がする
”自分は正しい”と言ってくれる人が欲しいだけなんじゃないかな
最近はそんな気がしてる
誰とも分かち合える人がいないとか
狭い街なので誰ともすぐに折り合いが悪くなってるとか
そんな言葉や噂を気にする心の裏には、
自分への不安があるだけなんじゃないかって
この世に生を受けて、この身体を天に返すまで
人は心の中の魂を磨いていく、
その魂の成長の過程には様々なステージがある
先日テレビで昔はフォーク歌手で、いまはバリバリのロック歌手が
「誰と仲がいいんですか?」とアイドルが訊ねたときに
「そんなの時代と共にコロコロ変わるからな・・・」そんな答えを返してた
価値観が変わり、環境が変わる中で
変わらないモノってなんなのか?
韓国のサムスン電子が、
韓国だけでの国内企業「三星」からサムスン電子に変わる時に
「妻と子供以外はみな変える!」と言ったそうだけど
変わることを恐れて、自分のイメージを守り続けて
そこにイイことがあるのだろうか
参加することや変わらないことが美徳されてる世の中で
「変わって当然なんだ!」
と自分の価値観を信じ、発言し行動をおこし
「あいつはおかしい・・・」と嘲笑され、分かち会えてた人が離れても
自分の根っこが正義である限り
新しいステージおいての「友」がそこには待ってる
人を取り巻く環境ってそんなもんではないだろうか
と、久しぶりに胸の底でグルグルと蠢くものを吐き出してみた






