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一九四六 ―― 七四年

 

「そのとき徳田秋声と武者小路実篤とが顔を見合わせた」


(462~463ページ)

「ただ壇の上、むかつて左側に立つている二十人(?)ばかりのうちに、私は徳田秋声と武者小路実篤との姿を認めて何かの感じを持つた。二人は、隣あわせに立つて並んでいる。東条が軍服すがたで、類例のない例の抑揚で演説をつづけて行く。。『類例のない』と言つたが、そのころのある日、三軒茶屋の郵便局へ行くと、いくらか暇だつたのだろう、一人の青年局員が、金網のむこうで、テーブルの仕事を続けながら東条の訓辞を真似(まね)していた。それは驚くほどうまかつた。何にしても、あの抑揚で話が進んで行つて、『天才・・・・・・』という言葉が出たときは私もすなおに驚いた。文句はちやんとおぼえていない。なんでも、『由来(ゆらい)文藝の仕事は天才者の仕事で』あるとかいうことだつたが、その瞬間、静まりかえつて直立している左側二十人ほどの長老たちのあいだで、徳田、武者二人が心持ち身じろいで、伏せるようにして顔を見合わせるのが私に見えた。二人は、容貌はあれほどちがつたまま、いわば同じ笑いを笑つた。同じ微苦笑を苦笑した。笑いの声は私に聞えるはずもなかつたが、二人のあいだでも、声というものは出なかつたのだつたろうと思う。


うつけたような頭で私は考えた。考えたでなくてそんなことがただ思われた。この二人が顔を見合わせたのは、これが初めてのことだろう。あれほどちがつた二人から、東条のこの『天才』が、同じもの、共通の、共同のものを触発したのだつたろう・・・・・・


この後こんなことが、二人のあいだに二度あるかどうかもわからなかつた。二人がうつ向き加減にして、苦笑をかみ殺すのと顔を見合わせるのとをいつしよにしたところが私に見えたことが私にかすかな幸福だつた。」

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