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2017年02月22日

愛の選択・・・そばにいるという事

テーマ:ブログ

おはようございます。

 

 

今年は 日本一になると宣言したからなのか

 

 

激動の幕開けとなり 今現在も去年の僕から見たら

 

 

まったくもって想定外の人生を歩んでいます。

 

 

自分の弱さや格好悪さを知り

 

 

それと向き合わざる得ない状況となり

 

 

ある男に相談することにしました。

 

 

彼が落ちている僕にいつもかけてくれた言葉は

 

 

「 いつもそばにいますよ 」

 

 

この一言でした。

 

 

強く思い出として残っているのは

 

 

僕と電話で話し もうお互い切ろうとした瞬間彼は

 

 

「 あっ 優さん いつもそばにいます 」

 

 

と まるでその言葉を伝える為に話していたかのような

 

 

そんな電話の切り方をしました。

 

 

その言葉に最初は違和感を感じていた僕も

 

 

もうその頃には 違和感ではなく

 

 

自然に聞き入れる事が出来 心に染み入る言葉となっていました

 

 

僕は自分の経験から多くの事を学んできた人間で

 

 

それを自信に変えて生きてきました。

 

 

逆に言うと ほぼ 人から学ぼうとすることはなく

 

 

むしろ それに対して嫌悪感を感じているような人間です。

 

 

そんな僕が 彼から発せられる言葉を自然と受け入れられるようになった時

 

 

自分自身がとった選択が

 

 

” 彼に会いに行こう ”

 

 

でした。

 

 

その男は 僕が認める

 

 

” 日本一の心を癒す武士 川端 知義 ”

 

 

そうです

 

 

僕の日本一の弟分です。

 

 

僕は彼の元にいき 丸二日間一緒にいて

 

 

僕自身との心の向き合い方にフォーカスし

 

 

多くの事を学びました。

 

 

その中で 最も大きな収穫は

 

 

” 愛の選択とは? ”

 

 

という自分自身への 疑問の投げかけでした。

 

 

僕は経営者であり 行動人間です。

 

 

それを39年間積み重ねてきました。

 

 

だから 何か事が起こると その瞬間に自分の頭の中に

 

 

選択肢がうまれ どの結果を望むのか?

 

 

この基準で生きてきました。

 

 

もちろん 男として とか 社長として とか 仲間として という

 

 

基準を含めたうえでです。

 

 

でも 彼から教わった愛の選択とは

 

 

そのもう一段階深い部分にある選択の間でした。

 

 

結果ではなく

 

 

その瞬間に 自分の中にある

 

 

ただ ” 与える ” という

 

 

ただ ” 与えたい ” という

 

 

純粋な愛の選択支でした。

 

 

逆に 愛の反対にある 恐れの選択とはなにか?

 

 

これも 自分の人生を振り返り

 

 

恐れの選択の結果 どんな現実と自分自身が向き合わざるを得なかったのか?

 

 

それも 学び気付きました。

 

 

端ちゃんにされた一つの質問を例に出します。

 

 

「 優さんは どうなりたいですか? 」

 

 

僕はこの質問をされた瞬間 自分でも意外だったんですが

 

 

耕せからの卒業生であり 熊本に連れてきて

 

 

毎日 怒りまくっている セキの事を思いだし

 

 

次の瞬間には頭の中で

 

 

” なんで もっと優しくできないんだろう?” と思い

 

 

涙が止まりませんでした。

 

 

恐れの選択を繰り返してきた僕が

 

 

愛の選択を知り始め

 

 

愛の選択の元にイメージすると

 

 

涙が止まらない

 

 

僕は今年のこの二か月だけで

 

 

今までの人生をすべて足しても追いつかない位泣きました

 

 

その涙と共に流されていったものは

 

 

自分自身の中にある 恐れそのものでした。

 

 

端ちゃんといる中

 

 

彼がずっと僕に伝え続けてくれた 愛の選択。

 

 

心が恐れに支配されそうになると 必ず行った場所

 

 

信濃川の土手でした。

 

 

車の中で 僕が自分と向き合えるまで

 

 

ただひたすらに待ってくれてました。

 

 

 

 

窓を開けて 冷たい風を感じながらも

 

 

横にいる彼の温かさを感じた。

 

 

まさに彼が言う

 

 

” そばにいる ”

 

 

という 安心感そのものでした。

 

 

僕は彼に言いました。

 

 

「 端ちゃん 個人セッションやりゃぁ 」

 

 

僕は 七つの習慣という本を読んで

 

 

選択の間を知り それを駆使して生きてきました。

 

 

彼との二日間で その更に深い所にある

 

 

愛の選択の間を知り

 

 

新潟に着く前とは 別人にでもなったかのような感覚になり

 

 

僕は彼の元を去る事が出来ました。

 

 

僕は 彼のもつ大きな愛を最も近くで感じてきた人間です。

 

 

そして 僕自身も 僕なりの愛で多くの若い衆を守ってきました。

 

 

そんな僕でも 彼から感じた

 

 

本物の癒しを みなさんに感じて欲しいと思っています。

 

 

だからこそ 半ば無理やり彼に言った 個人セッション。

 

 

迷った人は そく決断するべきです

 

 

あえて 断定します。

 

 

自分の中にある 大きな愛を知るという事は

 

 

人としてどれだけ大切な事なのか?

 

 

少なくとも これだけは必ず気付けます。

 

 

何故なら

 

 

彼が

 

 

” 日本一の心を癒す武士 ”

 

 

だから。

 

 

僕が保証します。

 

 

ぜひ 彼から多くの事を学び感じ取り

 

 

よりよい 豊かな人生を歩んでください。

 

 

最後の写真は

 

 

その信濃川で 僕が恐れと向き合い切り

 

 

自分の中にある愛を知り

 

 

それを 風と共に感じていた写真です。

 

 

もう一度言います。

 

 

迷ったら 動く。 です。

 

 

ここまで ありがとうございました。

 

 

 

 

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2017年02月01日

2017年からの取組みと 津留のお別れ会

テーマ:ブログ
こんにちは
 
 
先日は 雄大の記事で雄大を知ってくれてありがとうございます。
 
 
雄大も喜んでいたようだったので 良かったです。
 
 
今日は 今年から始めた事と
 
 
タイトル通り 20年も僕を支え続けてくれた
 
 
愛する津留とのお別れ会の動画を紹介します。
 
 
何年か前から ずっと頭の中にあったこと
 
 
それは
 
 
若い衆への 感謝の手紙です。
 
 
今年は 自分自身への目標として
 
 
日本一と決めました。
 
 
何で日本一になるかはわからないけど
 
 
とりあえず その第一歩目として
 
 
給料日に手紙を送る という事を始めました。
 
 
その紹介を 簡単な説明と共に
 
 
その中の何人かを紹介しておきたいと思います。
 
誠治
 
嘘を付く癖があり 信用を失いながら一生懸命に頑張ってる。
 
 
嘘を付くのが責任から逃げたいとみんなは思ってるけど
 
 
それだけじゃないよな?
 
 
心の奥底には ” 自分がしっかりとやりたい ” という
 
 
強い責任感があり でも それを人は見てくれない。
 
 
でも俺はわかってる。
 
 
お前は良い人間。
 
 
だから 自分の良心に従って すべてを選択しろ。
 
 
陸 15歳
 
 
中学三年間オール①
 
 
期待のホープ
 
 
手紙に書いたとおり どんどん大口叩いて
 
 
でっかい男になれ!
 
 
お前なら 絶対に!できる!
 
 
平川広行 39歳
 
 
同中の同級生で元シャブ中
 
 
自分で努力して 自分の可能性が広がったな
 
 
お前はその経験を活かして
 
 
これからの人間の可能性を信じてやるんだぞ
 
 
いつか落ちこんどる若い奴に言ったれ
 
 
” 俺も出来るなんて思ってなかった ” ってな
 
 
フレンドリー 41歳
 
 
今季耕せを卒業した 元引きこもり 期間7年
 
 
フレ お前はな
 
 
物凄く 良い人間
 
 
真面目で素直 そして 人を思いやる優しい人間
 
 
お前はさ 色んな人から求められる生き方をしたから苦しかった
 
 
でもな
 
 
これからは 与える人生を歩め
 
 
そしたら お前の良さが物凄く発揮されるぞ
 
 
俺は そう信じてる。
 
 
お前は何一つ間違ってない
 
 
自分を信じて生き抜け!
 
 
セキ 28歳
 
 
元耕せのメンバー 引きこもり
 
 
せき
 
 
俺はお前に現場でむちゃくちゃ怒るだろ?
 
 
俺はさ お前に嫌われてもいい
 
 
何故なら
 
 
俺はお前を大好きだから。
 
 
お前が苦しい事を俺はわかってる。
 
 
そして その苦しみを乗り越えて お前が飛び切りの笑顔になる事
 
 
もわかってる。
 
 
だから 頑張れ。 お前ならできる。
 
 
最後 翔 16歳
 
 
お前は施設で育ち 親の愛情もまともに知らないな。
 
 
最初に言ったな
 
 
” これからは俺がお前の親父だ ”
 
 
お前がこないだ苦しくて苦しくて 逃げ出しそうだった時
 
 
ちゃんと 俺に話してくれたな。
 
 
俺は嬉しかったよ。
 
 
あの時 お前に言ったな。
 
 
” お前には 勇気がある ”
 
 
そうだろ?
 
 
あれから勇気を出して 変わってきただろ?
 
 
俺は お前の為にならない事を絶対に言わない。
 
 
それはな
 
 
お前の事を俺の息子だと思ってるからだぞ。
 
 
だから これからも俺を信じろ
 
 
お前の人生をずっと支えてやるからな。
最後に
 
 
文字数の関係で全員分は載せれないけど
 
 
もし氷室建設の人間がこのブログを見るのなら
 
 
伝えておきたいことがある。
 
 
それはな
 
 
お前らがどれだけ俺を嫌いになっても
 
 
俺は お前らが大好きだぞ。
 
 
いつもありがとう。
 
 
ここまで読んでくれたみなさん ありがとうございます。
 
 
最後の最後に
 
 
津留忠義のお別れ会の動画を載せます。
 
 
良かったら それを見て
 
 
氷室建設の空気感 そして
 
 
僕がどれだけ津留の事を愛しているかを感じてください。
 
 
 

因みに
 
 
この日 ウォーリー君が 司会で駆けつけてくれました。
 
 
ウォーリー君 ありがとね。
 
 
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2017年01月24日

読んでください。 男の中の男の話です。

テーマ:ブログ
こんにちは
 
ブログを書くのは久しぶりです。
 
一昨日 師匠と東野さんとの北九州相談会が終わり
 
熊本に戻る予定だったんですが
 
急遽予定を変更して ある男に会いに行きました。
 
その男は 先日の相談会の相談者 
 
井上 雄大 (いのうえ ゆうだい)
 
僕は 相談会の場で彼に言いました。
 
「 俺と友達になってくれ。 」
 
 
僕が38年間生きてきた中で 始めて言った言葉でした。
 
彼には壮絶な過去がありました。
 
その話を聞き 普通なら被害者意識むき出しで
 
不満やこの世の不条理を嘆くような言葉を吐いてもいいのに
 
彼はそんな言葉をただの一言も発っすることなく 
 
相談会に来ました。
 
相談内容は僕にとってはどうでもよく
 
僕は彼を知り 僕を知って欲しいと強く感じ
 
たまたま仕事が休みだったという彼に 無理やり食事をしよう
 
と 僕らしく強引に誘いました。
.
.
彼は10年前にひき逃げ事故にあった 被害者でした。
 
その事故の代償はとても大きく
 
彼の人生からとても大きくとても多くの物を奪う出来事でした。
 
彼は その事故で失ったものを一切悲観することなく
 
屈託のない笑顔で 僕とずっと酒を飲んでくれました。
 
そんな彼の事を どうしても知って欲しくて
 
ブログに書きます。
 
どうか 最後まで読んであげてください。
 
井上雄大 32歳
 
彼は 事故当時の記憶がなく 事故後の次の記憶は
 
病院のベッドで天井を眺めるところから
 
第二の人生が始まりました。
 
そして 次に会話したのが 担当医。
 
その担当医から発せられた言葉は
 
「 もう一生歩くことは出来ない。 」
 
そうです。
 
彼はそのひき逃げ事故で 脊髄を損傷し
 
もう二度と 自力で歩くことが出来ないからだとなりました。
 
 
 
僕はこの写真通りの笑顔で一生懸命生きている彼を知り
 
彼にとてつもない興味をひかれ
 
男同士の酒を酌み交わしました。
 
相談会の時
 
僕は彼の笑顔が嘘くさいと感じていました。
 
心のどこかで 蓋をしているんじゃないか?
 
そんな話をしました。
 
雄大は 「 はい あります 」
 
僕は彼に どうしてそれを出さないのか?
 
少なくとも 俺は聞きたいし きっと
 
お前のご両親は話してほしいと思うぞと 伝えました。
 
彼から返ってきた言葉は
 
「 僕の親も脊損なんですよ 」
 
僕は絶句しました。
 
「 だから 親に心配かけたくないんです 」
 
そっか。
 
僕が言葉に出来たのはこの一言だけでした。
 
彼は医者に自分の足の話をされたとき
 
一日中泣いたと言っていました。
 
「 本当に溢れるように出てくるんですよ涙が。
 
でも僕は 根があっけらかんとしてるんで 次に日には
 
笑ってました。 」 と
 
写真の笑顔で僕に言いました。
 
博多駅で待ち合わせをし 彼と合流し
 
タクシーに乗りました。
 
タクシーに乗る前に 
 
「 お前タクシー乗れるの? 」 と僕が聞くと
 
「 乗れますよ でも たまに運転手が嫌な顔をする時があるので
 
そういう時は 他のタクシーに乗ります。 」
 
僕は タクシーを止め
 
「 車いすの人が乗りますけどいいですか? 」 
 
運転手さんは快く返事をくれました。
 
雄大が助手席に乗り 車いすをトランク乗せようとしていると
 
どうしても扉がしまらなくて タイヤを外す必要がありました。
 
僕がその作業に手間取っていると
 
横で運転手が 「 チッ 」 と舌打ちをしました。
 
瞬間湯沸かし器の僕は その瞬間殴り倒してやろうかと思ったけど
 
やめました。
 
雄大が笑顔だったから。
 
店につき 酒を飲みながらいろんな話をしました。
 
僕は言いました。
 
「 あのさ 俺は自分の事を話して 自分を安売りするような事は
 
大っ嫌いなんだけど でもさ 俺はお前に俺を知って欲しい。
 
だから 俺の話を聞いて。 」
 
雄大は いつもの笑顔で 快く返事してくれました。
 
僕は僕の話をし 雄大はずっと聞いてくれてました。
 
僕が何を大切にしているか どんな生き方をしてきたか
 
そんな話をたくさんしました。
 
「 氷室さんは 見た目こわそうだけど 意外とチャーミング
 
なんですね 」
 
何て言いながら 聞いてくれました。
 
一通り僕の話が終わり 僕は雄大に雄大の事を話してもらいました。
 
どんなことで困るのか?
 
どんな思いをしたのか?
 
本当にすべてをさらけ出せる仲間はいるのか?
 
いろんな質問をしました。
 
雄大は僕が何を聞いても答えてくれました。
 
普段の生活はどんなふうにしているのか?
 
トイレなどはどうするのか?
 
コントロールが効かないから 漏れちゃったらどうするのか?
 
どんな時に困り どうしているのか?
 
彼が色んな話をしてくれるたびに僕は聞きました。
 
「 お前苦しくないの? 」
 
彼は何度聞いても
 
「 全然大丈夫ですよ。 笑ってれば 」
 
彼が自分の人生で最も大切にしている事は
 
”” 笑顔でいること ””
 
笑ってれば忘れられる
 
笑ってれば誰かが助けてくれる
 
笑ってれば 一人じゃない。
 
彼は笑っている事で 自分を保ち 成長し生きていました。
 
話の中 彼が住む 北九州の小倉から家までの時間を聞くと
 
「 歩いて20分位です 」 と言いました。
 
その言葉を聞いて しばらくしてから僕は聞きました。
 
「 あのさ お前さっき歩いてって言ったけどさ
 
お前にとって それは歩くという事なの? 」
 
「 そうです 僕にとっては歩くということなんです 」
 
一緒にトイレに行きました。
 
店の中のトイレは狭く 入れなかったため そのビルのトイレに行きました。
 
僕はてっきり 障害者用のトイレに行くのかと思ったら
 
彼は 男子の小便器の前で止まりました。
 
 
彼は ズボンから透明の袋を取りだし
 
「 これに溜まるんですよー 」 と言いながら
 
半分以上も溜まっていた小便を便器に流していました。
 
「 お前さ 変な話うんこはどうするの? 」
 
「 出ちゃうといけないんで 家でしてきたから大丈夫です。」
.
 
事故後のお金の話をしました。
 
「 お前さ 事故でいくらもらったの?」
 
「 保険屋さんが頑張ってくれた うん千万円入りました
 
そのお金で家を買い あとは 人にお金を貸したんで
 
もうお金はないんですー 」
 
そのお金を貸した人は 彼ととても縁の深い人でした。
 
「 三分の一は返って来てるんですよ。
 
返ってこなくてもいいんですよ。 元々なかったお金だし 」
 
” 何いっとるんだお前は! お前はそのお金を手にする為に
 
物凄い代償を払っただろ! ”
 
僕はそう言いたかったけど 言わずにこう聞きました。
 
「 もう 肚は括っとるんだな? 」
 
彼は また笑顔で はい。 とだけ答えました。
 
「 どうしてそこまでするの? 」
 
「 僕の居場所だし みんなの居場所を無くしたくないからです 」
 
そっか やっぱりすげーなお前は。
 
僕は彼の話を聞く度に 彼を尊敬する事しかありませんでした。
 
肚を括ってる男に余計な話は野暮
 
「 お前さ 次転職することがあれば 絶対にうちに来い 」
 
「 僕なんかで良いんですか? 」
 
「 お前だからいいんだがや! 」
 
彼は 昨日フェイスブックに記事を投稿していました。
 
その内容は 一昨日の相談会で僕が彼にぶつけた想いでした。
 
自分の進んできた道程を肯定してもらえると安心というか自信にもつながる。
 
自分の進んでいく道 自信を持っていこう。
 
自分が笑って進めるように。
 
僕は相談会の場で彼にこう言いました。
 
「 お前は何一つ間違ってない。 ここにいるだれよりも
 
お前が一番だ。 俺は久々に俺より格好良い男を見た。
 
だからお前はそのまんま生きてけ 」
 
彼にはちゃんと伝わっていました。
 
散々話 食い 飲んで 最高の酒でした。
 
僕は最後に雄大に聞きました。
 
「 もしな お前がそういう体になる事を
 
選んで産れてきたとするのなら
 
いったい 何の為? 」
 
彼は こう言いました。
 
「 知ってもらうためです。」
 
今まで当たり前のように有ったものが
 
ある日突然無くなる。
 
そういった経験をしてきた人は 
 
もう二度と這い上がれなくなる事もあるそうです。
 
そんな自分と同じような境遇の人達をたくさん見てきた彼は
 
自分が笑顔で外に出て
 
自分の笑顔で人と接し
 
自分が多くの人と触れ合う事で
 
自分の様な人たちの知ってもらい
 
自分の様な人たちが一体何を求めているのか?
 
そして
 
自分と同じような人たちに 勇気を与える為だと
 
説明してくれました。
 
「 その為に 僕は笑顔でいます 」
 
一昨日僕が疑った彼の笑顔は
 
本物の笑顔でした。
 
どうして 人を見抜く力がずば抜けている僕が見抜けなかったのか?
 
答えは簡単でした。
 
僕より彼のが大きな人間だったから。
 
僕は 自分の長所として ” 負けを認める力 ”があると
 
自負しています。
 
久々の完敗でした。
 
でも
 
とても気持ちよく すがすがしい負けでした。
 
彼の生きる力 彼らの生きようとする力は
 
僕の眼には とてもまぶしく そして太陽の様に大きなものでした
 
彼は最後の最後までずっと笑顔でした。
 
「 始めて新幹線乗りました! 」 という彼を見送り
 
別れる事となりました。
 
 
 
四つも下の 男に
 
四つも上の男が惚れました。
 
ここまで読んでくれたみなさん
 
どうか 雄大の想いを受け取ってあげてください。
 
彼の生き様を知ってあげてください。
 
そして彼が望むことを叶えてあげてください。
 
それを伝えたくて ブログに書きました。
 
 
最後に雄大
 
昨日も言ったけどさ
 
今度 家に遊びに行くな
 
お前の得意な料理を楽しみにしとるわ
 
また 色んな話をしような
 
俺さ
 
お前に出会えて本当に良かった。
 
お前という格好良い男がいきていてくれて
 
本当に神様に感謝してる。
 
同じことだけど もう一回だけ言わせてくれ
 
泣きたかったら泣いていいんだぞ
 
苦しかったら苦しいと言っていい
 
誰かにぶつけたかったら 俺にぶつけろ
 
一人でいられない夜が来たら 俺を呼べ
 
俺は何があっても お前の味方
 
昨日 親友と 信友の話したな
 
俺はお前を信じてる
 
だから お前も俺を信じてくれ。
 
俺の人生の価値は 格好良いか悪いか
 
お前は 笑っているかいないか
 
そう言ってたな
 
お互い大切にしたいものは違うけど
 
それぞれの人生を 一生懸命に生きような。
 
ありがとう。
 
お前が出会った 日本一の信友
 
氷室優 より。
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2016年12月23日

“ 親方になって19年 ”

テーマ:ブログ

 


今日は 僕の人生で初めての若い衆

 


津留 忠義の現役生活 最後の日。

 


込み上げるとは こういう気持ちを言うんだ

 

 

朝から 味わってます。

 


もう 僕より仕事が出来るようになった彼だけど

 


最後の日は

 


出会った日と同じ様に

 


僕が頭で 彼が手元

 


あの時 あの頃の形に戻して

 


今日という 一生に一度の大切な日を

 


味わい切りたいと思います。


今日は 本気の本気で

 


今年一番の仕事をして

 


職人らしく 格好付けてやったります!

 


熊本で出会った人達や

 


わざわざ 熊本まで駆けつけてくれた人達に

 


メッセージを書いてもらってる 軽バン

 


最後 津留に書いてもらいました。

 


彼が残した言葉は

 


“ 2016年12月23日〜1997年5月1日 ”

 


“ この19年間の想い

 


熊本の地で共に戦えたことに

 


心から感謝と幸せを感じています。

 


たった一つの出会いで人生が変わることを忘れずに

 


大切な時間を過ごします。

 


ありがとう

 


津留忠義 ”

 

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2016年12月08日

最愛の娘 さくら 11歳の誕生日!

テーマ:ブログ

おはようございます。

 

 

今日は 愛する次女の11回目の誕生日なので

 

 

日本一のパパから さくらへの誕生日メッセージです。

 

 

さく

 

 

今日は2016年12月8日

 

 

誕生日の次の日だよ。

 

 

昨日は パパが風邪気味で寝ちゃったから

 

 

一日遅れになったけど パパからの誕生日メッセージを残しておくね。

 

 

さく

 

 

さくはパパが熊本から帰ってくると

 

 

いつも必ず 「 パパー! 」って笑顔でハグしてくれるね

 

 

パパはね あの瞬間が大好き

 

 

パパの中にすっぽり隠れちゃうさくをハグしてるのに

 

 

なんでかパパがさくにハグしてもらってるような感覚になる

 

 

わかる?

 

 

パパが抱きしめてるのに 抱きしめられてる感覚になるんだよ

 

 

たぶんそれってね

 

 

さくの愛情がいっぱい伝わってくるから

 

 

パパはそう感じるんだと思う。

 

 

いつもありがとう。

 

 

でも さくもひなと一緒で もうチューしてくれなくなったね。

 

 

多分 もう二度としてくれないだろうから

 

 

パパとちゅーしてたんだっていう証拠写真を用意したからね

 

 

 

 

笑えるね。めっちゃいやそうだもんね。

 

 

回転すしでジュースお代わりするかわりにした時だよね。

 

 

さく

 

 

今年は野球部頑張ったね

 

 

パパは忘れもしない練習試合の思い出がある。

 

 

さくが初めてユニフォームをもらったって喜んでて

 

 

パパが見に行った日の事覚えてる?

 

 

部員17人でさくの背番号は17番

 

 

一回も試合に出ることはなかった。

 

 

でも

 

 

バットやボール拾いを 一生懸命に走って

 

 

チームメイトのみんなに 大きな声で応援してたね。

 

 

「 絶対きて! 」と言われていったのに

 

 

さくは 試合に出れないことをわかってた。

 

 

パパが 「 どうして来てほしかった? 」 と聞くと

 

 

” ユニフォーム姿を見てほしかった ”

 

 

って言ったね。

 

 

 

 

パパはね ものすごく感動した。

 

 

そして ものすごく勉強させてもらった。

 

 

” 誰にでもできる事を 誰よりも一生懸命にやる ”

 

 

その大切さをね。

 

 

流石 パパの子だね。 ありがとう。

 

 

今年は さくが野球部で頑張ってたから

 

 

パパと二人でよく野球を見に行ったね。

 

 

 

 

パパがさ 「 この弁当食べたらホームラン打てるようになるらしいよ 」って言ったら

 

 

迷わず この弁当を買ったね。

 

 

次の練習試合で 人生初の代打で試合に出たね。

 

 

結果は 三球三振だったね。

 

 

くやしかったね。

 

 

さくがベンチにもどると 同じチームの女の子が さくの背中をポンポンって叩いて ドンマイって言ってくれてたね。

 

 

仲間っていいよね。

 

 

さくはさ

 

 

色んな事をやるよね

 

 

パパの携帯のケースに絵を描いてくれたり

 

 

 

パパの会社のお手伝いもいっぱいしてくれたね。

 

 

 

 

昨日 二人でトイザらスにプレゼントを買いに行ったとき

 

 

いろんな話をしたね。

 

 

友達の事 部活の事 今いっぱいストレスがあること。

 

 

その中でさ

 

さくが言った言葉でちょっと気になってることがある。

 

 

「 さくは 何やっても続かないもん 」

 

 

さく

 

 

続かなくたっていいよ。

 

 

世の中の大人はね 人からあれやれこれやれって言われると

 

 

みんなすぐに 出来ない言い訳をする。

 

 

逆にさくは なんでもすぐにやろうとするでしょ?

 

 

それってすごいことなんだよ。

 

 

人生はいつでも やってみよう!とする事が大事。

 

 

だから 続く続かないよりも よっぽど価値があるからね。

 

 

いい? その上で大切なことはね

 

 

” 自分が納得するまでやること ”

 

 

 

 

この写真みたらわかる。

 

 

上の人は あきらめていない人

 

 

下の人は あきらめた人。

 

 

もうちょっと先になにかが あろうがなかろうが

 

 

大切なことは 自分に納得することだからね。

 

 

いつかこのブログを見たときに わかってね。

 

 

昨日は 友達がいっぱい来たね。

 

 

みんながプレゼントをもってきてくれて

 

 

 

「 うれしくてどうすればいいかわからない! 」

 

 

って言ってたね。

 

 

 

 

そんな風に思えて幸せだね。

 

 

パパはさくが嬉しいと すごく嬉しい。

 

 

本当に良かったね。

 

 

誕生日ケーキのろうそくを消すときの写真を見て

 

 

パパは思ったことがある。

 

 

 

さくの顔の周りに ろうそくの火が写ってるでしょ?

 

 

パパさ この写真見たときに思った。

 

 

” あっ ジイジが守ってるんだ ” ってね。

 

 

だからね さく 大丈夫だよ。

 

 

さくの大好きだった 月ちゃんもちゃんと守ってくれてる。

 

 

何にも心配することないよ。

 

 

パパもいるしね。

 

 

さく パパは心の奥底で思ってることがある。

 

 

それはね 実はさくが将来社長になるんじゃないか?ってこと

 

 

今のさくにはわからないと思うけど

 

 

もう十何年も社長をやってきたパパからすると

 

 

さくには その才能があると思う。

 

 

いつかこのブログを見たときに もし迷ってたら

 

 

間違いなく 社長になりな。

 

 

パパの目に狂いはないからね。

 

 

 

 

 

最後に 11歳になったさくへ

 

 

さく 昨日も言ったけど

 

 

学校なんか行きたくなかったら行かなくてもいい

 

 

嫌な友達がいたら つきあわなくていい

 

 

行きたいところに行って やりたいことをして

 

 

一緒にいたいひととだけ いればいいよ。

 

 

昨日 さくをいじめてくる子の話をしてきたね

 

 

パパがそいつを殴りに行くって言ったら

 

 

「 その子が傷ついたら 心が嫌な気持ちになる 」 って言ったね。

 

 

 

あのね

 

 

その心があれば十分だよ。

 

 

もうそれだけで 立派な人間

 

 

学校の成績なんかどうでもいいよ

 

 

さくが70点とった社会のテスト パパがやったら8点だったね

 

 

だからね 勉強なんかどうでもいいんだよ。

 

 

仁の心っていってね 人を思いやる事が出来れば

 

 

人はもうそれだけで 十分。

 

 

だから 他の事は気にしなくていい。

 

 

昨日も言ったけど 嫌なことがあったらパパにいうんだよ。

 

 

パパはさくがしてほしいことをする。

 

 

殴ってほしいなら殴るし 怒ってほしいなら怒る。

 

 

他の大人がなんて言おうがパパには関係ない。

 

 

パパはなによりも さくを一番にする。

 

 

パパにとってさくは それだけ大切な人。

 

 

だから いっぱいしあわせになるんだよ。

 

 

パパは

 

 

さくの 色んなものを作る所も いっぱ書くことも

 

 

部活をやる所も 遊びをすることも わがまま言うことも

 

 

人の世話ばっかりやく所も 動物が大好きな所も

 

 

全部 だい好きだからね。

 

 

今は一緒にねてくれてるけど 一緒に寝てくれなくなっても

 

 

口を聞いてくれなくなっても 話をしてくれなくなっても

 

 

パパの事を大嫌いになっても

 

 

パパは さくの事を ずっと愛してる。

 

 

パパが死んでも ずっと見守ってる。

 

 

だから そのまんまでいいからね。

 

 

今のまんま 生きていきな。

 

 

パパはなんにも心配してないよ。

 

 

パパはさくの将来がものすごく楽しみ。

 

 

どんな人生を生きて どんな大人になるのか?

 

 

いつの日か 大人になったさくと

 

 

ふたりでお酒を飲みに行くのが 今のパパの夢

 

 

いつか 叶えさせてね。

 

 

さく

 

 

心の底から 愛してるよ。

 

 

生まれてくれてありがとう

 

 

今日まで生きてくれてありがとう

 

 

氷室さくらでいてくれてありがとう。

 

 

パパはさくの人生の最高の味方だよ ずっとね。

 

 

これからも 一生懸命生きて 人生を楽しんでね。

 

 

パパと出会ってくれてありがとう。

 

 

これからもよろしくね。

 

 

さくの事を 世界一愛してるぱぱより。

 

 

11歳の誕生日おめでとう!

 

 

 

 

 

 

 

 

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2016年12月02日

” みやざき中央新聞 ” と クローバー増殖中

テーマ:ブログ

こんばんは

 

 

なんと!この僕が!あの!

 

 

みやざき中央新聞さんに掲載してもらいましたー!

 

 

 

しかも この新聞を見て出版社からも出版依頼の電話を頂きました!

 

 

今 人生初出版に向けて 本を書いている最中なので

 

 

丁重にお断りさせてもらいました。

 

 

しかも

 

 

みやざき中央新聞の松田社長からも直筆のお手紙を

 

 

頂いてありがたい限りです。

 

 

 

 

それもこれも 全部師匠と僕を産んでくれたママ

 

 

そして 育ててくれたパパのお蔭です。

 

 

もちろん 他にもいっぱいの人達に感謝してるけど

 

 

何と言っても この三人につきます。

 

 

人生は本当に面白いですね。

 

 

熊本での仕事も物凄く順調で

 

 

今まで書いてきた ” 熊本日記 ”を

 

 

なかなか書けずじまいなんです。

 

 

待ってくれている人へ

 

 

もう少し待ってくださいね。

 

 

話は変わりますけど タイトルにも書いた

 

 

” クローバー増殖中 ”

 

 

とは いったいなんの事なのか?

 

 

それは

 

 

以前ブログに書いた 僕の人生の相棒

 

 

津留忠義の最愛の長女 セラちゃんの

 

 

いじめにあったという過去を

 

 

熊本で被災者の人達の為にと 頑張っている愛するパパの姿を見て

 

 

全校生徒の前で 発表した話が増殖中のクローバー

 

 

” 思いやりのクローバー ” なんです。

 

 

リストバンドと 手作りの小冊子も作りました。

 

 

わずか小学五年生が 自分の過去と向き合い

 

 

勇気をもって みんなの前で発表した。

 

 

この勇気に 大人の本気をみせたい!

 

 

という事で

 

 

今 地道にすこしずつ 欲しい人に配らせてもらってます。

 

 

 

 

 

縁があってこのブログを読んでくれている人へ

 

 

仁の心

 

 

つまり 人を思いやる心を 少しずつでも形にしていきませんか?

 

 

よければ 連絡待ってまーす。

 

 

連絡は

 

 

株式会社氷室建設 担当 あしき まで

 

 

 

052-938-8791

 

 

もしくは

 

 

 

僕 氷室優まで

 

 

090-7671-7559

 

 

もしくは!

 

 

セラちゃんのパパ 津留忠義まで

 

 

090-7316-0896

 

 

お待ちしてマース。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2016年11月25日

熊本日記 慰安旅行と最後に大切な事。

テーマ:ブログ

 こんにちは

 

久々に 熊本日記です。

 

前回の記事から 約二十日も経ってしまいましたが

 

こっちは至って ものすごく順調です。

 

現実的に言うなら 下請けさんも増えて

 

解体工事完了件数が 増えすぎて この熊本日記をどういう風に

 

書いて行こうかを考えているうちに 時間が経ってしまいました。。

 

今日は この20日の間にあった出来事や

 

タイトルに書いたように 以前書いた 慰安旅行の続きを書き残しておきます。

 

慰安旅行 二日目

 

僕たちは 解体班とボランティア班に分かれました。

 

ボランティア班は 友達の櫛部 優子ちゃんが

 

以前の寮の時に 阿蘇のお母さんとご飯を作って持ってきてくれたので

 

そのお礼を兼ねて 南阿蘇の優子ちゃんのご両親のお知り合いの所に行ってきました。

 

 

その家は 夫婦二人で住んでいる住宅でした。

 

震災後 大雨が何度か続き 地震の影響もあってか

 

近くの川が氾濫し 土石流となって 家の中まで流れ込んでいました。

 

 

ボランティア班は ご夫婦が少しずつ片づけたものを

 

運び出したり さらに分別したりとしていたそうです。

 

 

 

そんな中 うちの不動産の会社の専務をやっている

 

高瀬さんが お母さんにずっと寄り添いながら作業をしていました。

 

まだ 片づけていない 家の中にあるものをどうするか聞く度に

 

 

お母さんは その物から思い出されるい出を話してくれたそうです。

 

捨てるか?残すか?

 

 

泥だらけになった仏壇や

 

 

 

「 もう 娘が使う事はないから 」

 

と 言いながら 捨てる事を考えると涙が零れるお雛様

 

一つ一つの思い出と向き合いながらの作業でした。

 

お父さんが 耕していた庭の畑には

 

植えてもいない 野菜や植物が育ち

 

それを見るたびに

 

「 あの日の事を思いだす 」

 

と言っていました。

 

作業が終わり 優子ちゃんのご両親が差し入れをもって

 

現地に来てくれました。

 

そのお茶を飲みながら 高瀬さんたちと一緒に話をしている時に

 

片づけが進んだからなのか

 

さっきまでとは 話の種類が変わっていきました。

 

その種類の変化とは

 

” これまで ” から ” これから ”

 

ご夫婦は 名古屋に縁があったみたいで

 

” いつか 名古屋で一緒に温泉でも行きたい ”

 

とか

 

” いつか 名古屋に来たら 一緒に食事をしましょう ”

 

なんて

 

さっきまでの

 

” この仏壇は・・ このお雛様は・・・ これは・・・あれは・・ ”

 

という これまでの話ではなく

 

これからの話になっていった。

 

物理的に 片づけをする事なんて 誰にでもできる

 

でも

 

その片づけを通して 被災者の人たちが 少しでも心が軽くなったのであれば 今回の慰安旅行の価値となります。

 

 

別れ際

 

高瀬さんが おかあさんにハグをすると

 

お母さんは 泣いていたそうです。

 

 

” ありがとう ありがとう また 会いたいね ”

 

悲しい思い出を 少しでも 軽くできたのなら

 

 

本当に良かった。

 

ボランティア班のみんなは 口をそろえて

 

” 行って良かった ”

 

と言っていました。

 

そして 南阿蘇を去り 解体班と合流して夜の宴会会場へ

 

 

当然の事ですけど

 

いつも通り くそうるさく盛り上がりました。

 

なぜか この二日目の宴会の写メで残っているのが

 

男同士が チューしている写真ばかりだったので

 

ここでは 控えておこうと思ったんですが

 

せっかくなので 載せておきます。

 

 

 

そして三日目

 

二日酔いの連中も なぜか 立てなくなり車いすに乗ってる奴も

 

 

残念ながら 写真は無いんですが

 

朝6:00から 僕に電話してきて

 

「 今 病院にいるんです 」

 

と言って 顔をボコボコに腫らしている人達を連れ

 

福岡の大宰府に行ってきました。

 

みんなで参道を歩き

 

集合場所に到着しました。

 

そこには僕を含めた うちの連中約三十人が集まっていました。

 

そして 氷室建設の旅行ガイドをいつもしてくれる

 

小木曽さんも いつも通りその場にいてくれていました。

 

結果から言うと 原因は僕が作りました。

 

なにかと言うと 集合場所につくやいなや

 

小木曽さんに言われました。

 

「 みなさん ボランティアガイドを頼んであるので ちょっと待ってくださいね 」

 

僕は 大宰府のなんたるかを教えてくれるガイドさんを頼んでくれたと聞いたその瞬間に言ってしまったんです。

 

「 そのガイドさんと一緒じゃなきゃダメなんですか? 」

 

小木曽さんは 氷室建設の事を 昔からよく知っているので

 

予定変更 あたり前

 

準備不足 当たり前

 

思いつきの行動 当たり前

 

と 理解してくれています。

 

氷室建設を良く知り 僕をいつも立ててくれる小木曽さんは

 

即答してくれました。

 

「 あぁ いいですよ 社長 好きなところ行ってください。 」

 

僕は 小木曽さんの言葉を聞きながら

 

もうすでに歩き始めていました。

 

そして 一通り見て

 

またバスに戻り みんなが帰ってくるのを待っていました。

 

そして 空港に向かい

 

小木曽さんがみんなのチケットを取りに行っている間に

 

みんなが笑っているので その理由をきくと

 

さっきの僕の原因に行きつきました。

 

僕が ボランティアガイドさんを待つことなく 一人で歩き始め

 

残されたみんなも

 

自由行動でいいのか?いかんのか?

 

と 葛藤している時に 三人のガイドさんが来てくれたそうです。

 

そして そのリーダー的なおじいちゃんガイドの人が

 

「 はい じゃぁ 三つのグループに分かれてもらえる? 」

 

うちの奴らはきっと

 

” えっ? 自由行動でもいいんじゃねーの? ”

 

と 思っていたに違いない

 

そんな彼らが 三つのグループにわかれるはずもなく

 

おじいちゃんガイドさんが 何度も

 

「 三つにわかれてくださいね 」

 

と 言っても みんな ダラダラとしていたそうです。

 

そして それをずっと目の前で見ていたおじいちゃんは

 

どんどんヒートアップしていったそうです。

 

「 早く 三つになって! 」

 

何度言っても 動かないうちの連中に

 

いまいには切れだして

 

「 いい加減にしろ! 」

 

何て言わせてしまう状態にまでなったそうです。

 

その様子を見ていた

 

氷室建設を熟知している 専属ガイド 小木曽さんも

 

どんどんヒートアップして

 

そのおじいさんと言い合いになっていきました。

 

そして おたがいが テンションマックスまで来たとき

 

小木曽さんは

 

こう言ってくれました。

 

 

おじいさん

「 君たち ボランティアガイドをなんだと思ってるんだ!

 

早く 三つに分かれなさい ! 」

 

小木曽さん

 

「 だから 何度も言ってるでしょ!

 

この会社は そういうの無理なんだって!!! 」

 

うちの奴らは そのやりとりをみて

 

爆笑していたそうです。

 

空港でそれを聞いた僕も 爆笑しました。

 

しかも 付き合いの長い小木曽さんだから

 

その言葉を発した時 小木曽さんが声には出さなかった

 

サイレントメッセージまで理解することが出来ました。

 

 

「 だから 何度も言ってるでしょ!

 

 

この会社は そういうの無理なんだって!!! 」

 

心の声

” 俺がこの会社を理解するまで

 

どれだけ苦労したと思ってるんだ! ”

 

間違いありません。

 

 

 

写真中央の柱の右手の人が

 

スーパーガイド 小木曽さんです。

 

 

みてもらったらわかるように

 

いつも 内の旅行に同行してもらい

 

わかれぎわになると

 

疲れ切った顔をしてます。

 

ありがたいことですね。

 

そんなこんなで 氷室建設の2016年の慰安旅行は終わりました。

 

最後に

 

以前 このブログでもアップした

 

津留の愛娘 セラちゃんの勇気と愛のしるし

 

” 思いやりのクローバー ”

 

が 出来上がりました。

 

できる事なら

 

近い将来

 

セラちゃんの目に映る人たちの中の

 

たった数人でもいいから

 

これを身に着けている人達がいる事を

 

心から望んでいます。

 

 

 

 

リストバンドと小冊子

 

セットで つけて頂ける人にプレゼントしてます。

 

つい先日にで出来上がったのに

 

僕がこの事を直接お話したら

 

「 手芸教室で 生徒に配りたいから60セットください 」

 

と なんともうれしい連絡をもらいました。

 

 

 

 

感謝の意味も込めて

 

僕と津留で手紙も書かせてもらいました。

 

ありがとうございました。

 

そしてなんと

 

今 おなじ熊本で 協力業者として一緒にやってくれている

 

親友の笹岡 義彰が

 

名古屋の有名市長 川村市長に

 

このセットを届けてくれました!

 

 

 

前にも書いたように

 

僕たちは セラちゃんの勇気

 

そして セラちゃんのいじめをなくしたい という想いを

 

少しでも多くのひとに届けたいと思っています。

 

費用は一切かかりません。

 

すべて 熊本の解体工事から出た利益で

 

まかなわさせてもらってます。

 

なので

 

共感してくださる人は

 

遠慮なく連絡ください。

 

株式会社 氷室建設

 

052-938-8791

 

担当 アシキ まで

 

 

連絡をいただければ

 

僕と津留の思いも形にして

 

送らせてもらいます。

 

ここまでの長文 ありがとうございました。

 

 

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2016年11月10日

最愛の娘 ひなた 12歳の誕生日!!!

テーマ:ブログ

 愛するひなへ

 

 

ひな 今日は2016年11月10日

 

 

ひなの12歳の誕生日だね。

 

 

大きくなって もう身長も153cmにもなったね

 

 

パパさ

 

 

今日 ひなと一緒に誕生日プレゼントの自転車を買いに行ったときにさ 本当に大きくなったんだなって思った。

 

 

自分で決めて 26インチの自転車を買って

 

 

信号も守って ちゃんと危ない所は自分でよけたりしてたね。

 

 

「 そんなん当たり前でしょ! 」って思うかもしれんけどさ

 

 

パパからすると そういう些細なことで 

 

 

ひなが成長したんだなって凄く感じるんだよ。

 

 

ひなも親になったらきっとわかるよ。

 

 

去年の誕生日のメッセージにはさ

 

 

” パパとお風呂はいらなくなった ” って書いた。

 

 

今年は チューもしてくれなくなったね。

 

 

パパは寂しくて ちゃんと ひながパパとチューしてたんだっていう 証拠写真を用意したよ。

 

 

 

覚えてる?

 

 

回転ずし行って ジュースをおかわりするかわりにしたこと。

 

 

多分 これが最後のチューになるんだろうね。

 

 

そうやって大人になってくんだよね。

 

 

パパはさ ひなのユーモアが大好き

 

 

 

 

日食の時とか

 

 

 

 

なんかよくわからんけど いきなりこうやって近づいてきたりとか

 

 

どうしてもアイスを食べたいって意地をはるからパパもむきになって

 

 

こんなん買ったりさ

 

 

吉本行ったら 帰りにデブの女の子の真似したりさ

 

 

 

本当にひなは 面白いよね。

 

 

昨日さ パパが久しぶりに帰ってきたら

 

 

さくは 「 パパー! 」って言って走ってハグしてくれた

 

 

ひなは かたくなに嫌がったから

 

 

パパが無理やりハグしたね。

 

 

パパさひなを見てて よくびっくりすることがある。

 

 

それはね

 

 

勉強をすること。

 

 

パパは なんで勉強なんかするんだろう?って

 

 

いつも思ってた。

 

 

でもさ こないだ理由を聞いたら

 

 

「 北海道大学に行くから 」って言ったね。

 

 

北海道大学に行って 動物の勉強するんだよね。

 

 

将来の夢は 動物の仕事をすることなんだね。

 

 

小さいころからずっと動物と触れ合って来たからなのか

 

 

わからないけど ひながその仕事をしたり理由にパパは感動した。

 

 

” 動物をまもりたい ”

 

 

流石 パパとママの子だね。

 

 

パパはひなと同じ年の頃は ただ毎日遊びたかっただけ

 

 

何にも考えずに 勉強もしずに 遊びまくってた。

 

 

まったく後悔してないけど

 

 

その年でやりたい事がはっきりしてるのはすごいこと

 

 

一生懸命やったらいいよ

 

 

動物の仕事をしてもしなくても

 

 

大切なものを守りたいなんて

 

 

誰もが思ってても 誰にでも出来ることじゃない。

 

 

ましてや それを仕事にしたいなんて

 

 

それだけでも パパはすごいと思う。

 

 

ひなは やさしいからね。

 

 

ひなさ 気づいてるかわからないけどさ

 

 

ひなが笑うと パパも笑ってるの気づいてる?

 

 

パパはね ひなの笑顔が大好き。

 

 

ひなの笑顔ってね それを見てる人を笑顔にするんだよ

 

 

それって すごいことなんだよ。

 

 

だからさ いつまでも笑っていられる人生を生きるんだよ。

 

 

ひなはさ

 

 

優しいし 温かい人だし ユーモアもあるし

 

 

約束もまもるし 弱い人を守ろうとするし

 

 

自分を持ってるし ものを大切にするし

 

 

勉強もするし 片付けもするし 学校も行きたがるし

 

 

友達がいっぱいいるし 本も読むね。

 

 

もうね

 

 

パパが教えれることがなくなっちゃった。

 

 

人はね 人を思いやる心をもって

 

 

その心で思ったことを 行動できれば 

 

 

もうそれで じゅうぶんなんだよ。

 

 

だからね ひなには 何一つ足らないものはないよ。

 

 

ひなを馬鹿にしたりする奴がいたら

 

 

間違いなく そいつが馬鹿なんだよ。

 

 

パパは ひなを知ってる。

 

 

だから この先の人生で ひなを馬鹿にする奴がいたら

 

 

そいつは ひなの事を知らないだけだから

 

 

気にすることはないからね。

 

 

パパは この誕生日のメッセージを

 

 

ひなが20歳になるまで続けるって決めてる。

 

 

それまでにひなが見るかはわからないけど

 

 

いつか パパが死んでいなくなったときは

 

 

この誕生日メッセージを見てほしい。

 

 

そして 何があっても ひなの事を愛してる人がいることを

 

 

ちゃんと知ってほしい。

 

 

どうしてパパがこんなことを言うかていうとね

 

 

パパは自分の人生で大切にしてることがある

 

 

それは

 

 

” お金で買えないものを大切にする ” ってこと

 

 

パパが大切にしてることは

 

 

” 生き方 ” ” 男らしさ ” ” 義理人情 ”

 

 

それと さっきのことね。

 

 

ひなはひなで 自分で大切にしたいものを見つけるんだよ。

 

 

その中に さっきの事を入れてくれたらうれしいな。

 

 

ひな

 

 

最後に 写真がどうしても横向きになっちゃうんだけどさ

 

 

小さい頃のひなと 小さい頃のパパと その時のパパのお母さんの写真をのせるね

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どう?

 

 

パパとひな 似てるでしょ?

 

 

パパはひなと親子になれてうれしい

 

 

生まれ変わっても パパが良い!って

 

 

いってもらえるような パパでいるからね

 

 

最後に

 

 

愛する ひな

 

 

12歳の誕生日おめでとう

 

 

しあわせでいてくれて ありがとう

 

 

おおきくなってくれて ありがとう

 

 

お風呂に入ってくれなくても チューしてくれなくても

 

 

例えば 口を聞いてくれなくなったとしても

 

 

例えば 一緒にいたくないって言われても

 

 

 

なにがあっても パパはひなを愛してる

 

 

自分の人生を しっかり生きるんだよ

 

 

いっぱいともだち作って いっぱいおもいで作って

 

 

いっぱい笑顔になるんだよ

 

 

苦しいとき つらいとき パパに言いな

 

 

パパは 命に代えても

 

 

ひなを 守るからね。

 

 

ひなが 弱い動物たちを守りたいように

 

 

パパは ひなの人生を守りたい

 

 

だから パパをいっぱい使いな

 

 

それが パパにとって幸せなことだからね。

 

 

今日までの 12年間

 

 

一生懸命に生きてくれて ありがとう

 

 

ひなの幸せが パパの幸せだよ。

 

 

だから

 

 

いっぱい 幸せになってね。

 

 

誕生日おめでとう!!!

 

 

世界一 ひなを愛してるパパより。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2016年11月07日

熊本日記 No6 金城様邸と氷室建設の慰安旅行日記 1~2日目

テーマ:ブログ

 

 こんにちは 前回のアップからだいぶ時間が経ってしまいましたが 引き続き 熊本での出来事やそれに関することを記事にさせてもらいたいと思います。

 

 

 今までは ブログ・フェイスブック・youtubeでそれぞれアップしていましたが これからは文章の間に写真を入れる事の出来るブログをメインで使用していきたいとおもいます。

 

 

もちろん 理由としては より臨場感を感じて欲しいからです。

 

 

以前にも書きましたが 記事をアップする頻度が少なくなっているように感じるかもしれませんが 僕たちの作業の方はいたって順調で というよりも順調すぎて自分たちがビックリしているほどなので 心配してくれている人は安心してください。

  

 

そして これからも いいね!やシェアなどの協力をしていただけると心から嬉しく思います。

 

この場を借りて いつもいいね!やシェアしてくれる人たちに感謝の言葉を伝えさせてもらうと同時に どうして 知って欲しいか? の本当の理由を書いておきます。

 

 

僕が この ” 熊本日記 ” を書き始めた最初の記事に載せた内容になるんですが この熊本に来る前に氷室建設の従業員を全員集めて言ったこと。

 

 

それは 

” 伝説を作ってこい ” 

 

この言葉には色んな意味を含めて伝えました。

 

・ もちろん 困っている人の力になってこい。 

 

・ 自分たちがいかに高い意識で 向上心を持ち 日々仕事を通して人間力を高めようとしているかを知ってこい。

 

・ これは途中から増えた理由の一つとなりますが 熊本に覚悟を決めて乗り込んだ 津留の愛娘 セラちゃんの勇気に応える為。

 

そして これは 誰にも言うことなく 結果として成し遂げたかった事なんですが 

 

実は 僕には 伝説を作る 本当の理由があります。

 

 

それは

 

 

僕と共に ぺーペーの頃からずっといっしょにやってきた うちの熊本部隊のリーダー 津留忠義 に最後のプレゼントをしたいから。

 

 

その僕が与えたいプレゼントとは何か?

 

 

それは 彼が 18年間 この解体業に従事し そしてその最後の三か月を ずっと一緒にやってきた仲間と共にではなく 自ら名乗り出て ここ熊本に入る事を決めてくれた事。

 

 

そして 何よりも 彼が生きてきた人生が本当に価値や意味のあるものだったと感じて卒業してもらうために

 

 

なんとか うちの若い衆や そいつらの心意気をメディアに届かせるためです。

 

 

僕は いの一番に手を挙げてくれた津留に そして 本当に未熟だった僕を受け入れ 時には涙を流し 時には歯を食いしばりながらもずっとついてきてくれた彼に 何とか恩返しがしたい。

 

 

それが 彼がメディアに出る事で そして そのテレビやラジオか雑誌なのかはわからないけど それを彼自身が客観的に見る事で 今後の彼の人生にとても大きな自信になる事は間違いない。

 

 

それが出来る 彼への最後のプレゼントだと思い ここまで 記事をアップしてきました。

 

 

なので ながながとなりましたが 引き続きいいね!やシェアをおねがいしたい。 という事です。

 

 

これからもよろしくお願いします。

 

 

では 記念すべき 六件目となる 熊本市北区にある金城様邸の解体工事に関わる話と 半分おまけですけど その時期と丁度重なった 氷室建設の慰安旅行について書かせてもらいます。

 

 

まず 僕たちは 10/9~10/11まで 慰安旅行に行きました。

 

 

初日は 鹿児島空港まで行き そこで熊本班と合流しました。

 

 

 

久々の再開は この写真でも分かる様に お互い笑顔での再会となりました。

 

 

今は 氷室建設が 二つに分かれています。

 

名古屋と熊本

 

お互いが 「 あっちだってがんばっとるんだから・・・ 」 という共通意識を持ち かなり良い相乗効果が生まれています。

 

そして 合流後 僕がどうしても若い衆を連れて行きたかった場所 鹿児島の知覧特攻平和会館 に 連れて行きました。

 

 

そこで 思いもかけない人に遭遇しました。

 

 それは この人です。  ↓

                ↓  

                ↓

                ↓

                ↓

 

わらえますよね。 そうです 師匠です。

 

そして 僕と師匠の間にいるのが 師匠の二男

 

 

自称 天才の 中村 日向(ひゅうが) 

 

 

我ながら なんと引きの強い男だ!と 自画自賛してました。

 

 

見学もおわり 無事師匠との別れもすませ 

 

 

そのままバスで熊本に直行しました。

 

 

当然 旅行の夜は大宴会。

 

熊本城が見える 料亭での大宴会。

 

 

 

 

 

散々飲んで食って そして案の定騒ぎまくって 仲居さんたちの顔は露骨に引きつっていましたが 幸いにも出入り禁止になる事はありませんでした。

 

 

そして二日目

 

 

僕が一番見せたかった場所 益城町にバスで移動しました。

 

 

益城に近づくにつれ 屋根瓦が落ち ブルーシート養生してある住宅がポツポツと視界に入り始め バスの中は予想通りざわつき出しました。

 

 

そして 益城町に入った途端 うちの連中は絶句していました。

 

 

当然の反応でした。

 

 

 

未だ 倒壊した建物が多く残り 工事も全然進んでいない現状です。

 

 

僕たちは 県外の人がニュースでよく見た あの益城町役場に行き バスを止め 全員が下車し 一体何の為にここに来たのか?というとても大切な事だけを伝え 自由時間としました。

 

チーム熊本の合言葉 

” 僕たちに何かできる事はないですか? ”

 

その言葉を使う 使いどころを探すためでもありました。

 

 

解散して わずか五分もしないうちに 若い衆のユキヤから電話が鳴りました。

 

 

「 社長 神社で手伝って欲しいと言っている人がいるんですが 手伝ってもいいんですか? 」

 

 

この質問に 僕が激怒したのは言うまでもありません。

 

 

そんなこんながありながら 益城の見学が午前中で終わり

 

 

次は チームを 南阿蘇チームと熊本チームにわけました。

 

 

南阿蘇チームの事は 次回の記事で書かせてもらいますが

 

 

今回は タイトル通り ようやくここからが金城様邸の話となります。

 

少し余談になりますが 熊本の公費解体工事の工事金額の単価は 全物件 一律となっています。

 

 

なので 立地条件次第では 物凄く単価の良い事もありますが 現実的には 物凄く単価が悪い物件が多くなります。

 

 

何故なら 道が狭く 丘陵地に住宅が建っている事が多いから。

 

 

つまり 大きなトラックや重機が入る事が出来ず それが原因で実際に掛かる金額が多くなるからです。

 

 

そんな中 この金城様邸は 大型トラックが入る事が出来ず

重機を入れる事も出来ず 尚且つ 道路から6mも上がった所に家が建っているという 条件的には最悪の条件でした。

 

 

なので 約三十人で行ったメンバーの内 20人を引き連れ

その金城様邸の解体工事に連れていきました。

 

 

僕たちは名古屋ではいつも 何班にもわかれて現場に行くので

これだけの人数で一つの現場にはいる事はほとんどなく しかも現場指揮官が僕なので 

 

みんな旅行なのに作業服を着せられたことも

 

旅行なのに トラックで移動したことも 

 

旅行なのに 僕に怒鳴られまくった事も 

 

 

だれ一人 嫌な顔をすることなく というよりも現実的に言うなら

 

 

誰一人 嫌な顔を出来るわけもなく 

 

 

僕の中では 一致団結し 作業を進めました。

 

 

 

見たまんまですが いつもならリーダーの健が いつもなら手元のだいきよりも 思いっきり声をだし 思いっきり笑いながら 屋根瓦を手渡しで撤去していました。

 

 

 

 これまた見たまんまですが 建物外に投げ下ろすスペースがないため 二階の床を抜き 二階から一階に廃材を落とし そこからトラックに積み込むという 作業を繰り返していました。

 

 

これも見たまんまですが すべて手で壊すしかないので

 

壁の縁を切り ロープでしばり 人力で引っ張り倒す。

 

人数が人数だし 急な思い付きでの作業だったので ヘルメットが無い事は 目をつぶってあげてください。

 

 

 

これも見たまんま 狭い場所での作業なので 非常に危険でした。

 

写真一番右側で 露骨に腰が引けてるのが さっき出てきたユキヤです。

 

はっきり言って プロとしてあるまじき姿だと思い

 

この後 またまた 烈火のごとく怒りました。

 

 

 

そして この写真も見たまんまですが

 

熊本部隊の最年長の前科者 角さんが

 

 

テンション上がり過ぎて トラックの中で踊りだしました。

 

 

仕事は仕事だから 当然 一生懸命にやらなければならない。と 若い衆には常日頃から言い続けています。

 

 

でも それと同様に この写真の通り

 

 

思いっきり楽しみながら取り組むのも大事な事です。

 

 

要は メリハリです。

 

そして 最後の写真となります。

 

 

 

 

この写真の右側に移っているのが 金城様

 

 

ここまで 書く書くと 書き続けて一切触れてこなかった 金城さんの話。

 

 

何故なら

 

 

” 正直 あの時の事は あまりおもい出したくない ”

 

 

この一言を 金城さんから頂いたからです。

 

 

僕はこの言葉を聞いたとき 身が引き締まる思いでした。

 

 

直接頼まれたわけではないのに 僕たちは

 

 

” 熊本の人たちの為に ” と

 

 

大義名分を掲げ 今までやってきました。

 

 

それが 縁があって関われた人達への 感謝となるのだと

 

 

そこを疑う事もなく 自分たちの正義だけを掲げてきました。

 

 

勘違いしてほしくないので あえて書かせてもらいますが

 

 

金城さんは 雨の中 原チャリに乗ってでも 差し入れをしてくれるなど 本当に僕達業者の人間には 温かい人でした。

 

 

ただ 失ったものが大きく その傷跡も癒えない中だったので

 

 

さっきの一言を 言ってもらえたということです。

 

 

僕も うちの人間も 素直で吸収力は高いと思います。

 

 

だからこそ 今回の金城さんから頂いた 新たな見方を

 

 

一つの捉え方として 今後に活かさせてもらいたいと思います。

 

 

今日は 今までで 一番の長文となりましたが

 

 

ここまで ありがとうございました。

 

 

くどいようですが

 

 

いいね!やシェアしてもらえると 幸いです。

 

 

ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

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2016年10月25日

熊本日記 No5 北嶋様邸 前回の地主さんとは別の方です。

テーマ:ブログ

 

”” 最高の仲間達 そして 熊本で出会った人達の為に シェア希望です ”” 


おはようございます。 毎回毎回多くのシェアや賞賛の声感謝します。

 

 

 こんにちは 前回の記事からだいぶ時間が経ってしまいました。

 

 

もちろん 解体工事は進んでいます。

 

 

解体物件が複数あるので 例えて言うのなら A邸を進めながら B邸も進め さらにC邸にも手を付ける。 そんな感じで進めているので 記念すべき第五件目の完了報告が遅くなりました。

 

 

今から 北嶋様邸の写真をアップします。 

 

問題です。 この家は築何年でしょう?

 

 

 

 

 

はい なんと この家 築151年なんです。

 

 

とても見えないですよね。 ここに北嶋様一家は住んでいました。

 

 

80代のおじいちゃん おばあちゃん そして40代の長女と そしてその娘である高校生の孫。

 

 

この四人でした。

 

 

おばあちゃんは 体が悪く 二泊三日でケアセンターに行っては 一日実家に帰る。

 

 

そんな暮らしをしていました。

 

 

孫娘が帰ってくるということで 約五年前にリフォームしたそうです。

 

 

おじいさんはこの家に 80年以上も住んでいた。

 

 

4/14のあの日 おばあちゃんは たまたまケアセンターから実家に帰ってきていたそうです。

 

 

その時は そんなに揺れはひどくなく 家族四人は 怖かったものの落ち着いている事が出来たそうです。

 

 

その二日後の 4/16の昼には おばあちゃんはセンターに戻る予定でした。

 

 

その日の朝方 本震が来ました。

 

 

おばあちゃんを夜中2:00までは 世話しなくちゃいけないので 四人とも一階にいたそうです。

 

 

1:25

 

 

寝ていたおじいさんは 飛び起きたそうです。

 

 

家の中のものが物凄い音と共に崩れ落ち 足元もおぼつかないまま

 

 

ほぼ寝たきりの おばあちゃんの元へ駆けつけ

 

 

おばあちゃんの部屋にたどり着いたときのシーンが 

 

 

おじいさんは 一番印象に残っているそうです。

 

 

おじいさんの目には おばあちゃんのベッドの上に 落ちてくるものを防ぐために

 

 

長女と孫娘が 覆いかぶさり おばあちゃんを守っていた。

 

 

これだけで この二人にとっておばあちゃんがどれだけ大きな存在なのか?がひしひしと伝わってきます。

 

 

この話を直接聞いた 角さん ブー 勇太郎は 一体何を感じたのか?

 

 

僕は彼らには あえてその事を聞きませんでした。

 

 

というより 聞く必要がありませんでした。

 

 

人は自分の為には出来ない事でも 大切な人の為なら命さえも賭ける事が出来る。

 

 

彼らにとっては 大きな学びであり気付きであったに違いない。

 

 

だからこそ あえて聞くことはしなかった。

 

 

僕は 今回の事を角さんから順番に聞きました。

 

 

二人目のぶーに 「 何か思った事とかあるか? 」 と聞くと

 

 

この おばあちゃんの話を 「 角さんが先にしちゃったので・・・ 」 という言い回しをしていました。

 

 

そこに 彼らの気持ちが込められていました。

 

 

ちゃんんと感じました。 ちゃんと学びました。 ちゃんと活かしていきます。ってね。

 

 

本震が収まり 四人で家の外に出て 避難所にもいくことが出来ず

 

 

関係のある 天理教の施設や 親戚などをまわり 暮らしていたそうです。

 

 

そしてあれから約半年後 やっと解体工事が始まりました。

 

 

おじいさんは 打合せから何度も現場に足を運んでくれました。

 

 

 

娘さんや お孫さんも 足を運んでくれました。

 

 

 

 

写真にもあるように おじいさんは ジュースがぬるくなったらいかんからと

 

 

氷まで用意してくれて 持ってきてくれました。

 

 

建物を壊し始める前までは 一日に何度も足を運んでくれましたが

 

 

建物を壊し始めると 朝来てくれるだけになりました。

 

 

壊し始めた時 ふと角さんに言ったそうです。

 

 

「 壊すところは見たくないなぁ 」 

 

 

当然です。

 

 

80以上も住み 思い出だらけのこの家が 何の準備をする猶予も与えてもらうことなく

 

 

解体せざるを得ない状況になった。

 

 

半年たっていても 受け入れがたい事実には変わりありません。

 

 

僕は 熊本チームから聞いた話と共に 一緒に送られてきた一枚の写真を見た時

 

 

おじいさんの事を思うと 胸が苦しくなりました。

 

 

地区151年も経っている。

 

 

孫娘の為に 全体をリフォームもした。

 

 

でも 一か所だけそのままにした柱の写真。

 

 

そこには つたない字で こう書かれていました。

 

 

まほ(孫娘)&ママ&パパ&ばあちゃん&じいちゃん まほより。

 

 

 

 

離婚はしたけど この子にとっては当然 お父さん。

 

 

そして 家族がみんなで一緒に住んでいた時の思い出の柱。

 

 

僕たち解体屋は 一つ一つの物件に いろんな想いやエピソードがある事を知る必要があります。

 

 

東北の大震災の時の ニュースキャスターが言った言葉

 

 

「 この震災で 何万人の人が亡くなる 悲しい出来事でした。 」

 

 

これに対し

 

 

ビートたけしさんが言ったコメントが 頭をよぎります。

 

 

「 この震災で 誰かの命が亡くなるという とてつもなく悲しい出来事が何万件もあった 」

 

 

いつも 迷惑がられ クレーム対策なんて言って 企業努力という名のもとに

 

 

それが仕事と定義付けして やってきた。

 

 

熊本に来て まったく逆の見方で見てもらい お施主さんや近隣の方たちや 工事関係者の人たちにまで感謝され

 

 

ありがたいと つよく感じていますが

 

 

でもやっぱり 僕たちは 解体屋なんで

 

 

さっきも書いたように どこで解体をやろうが 

 

 

その一件一件に その想いやエピソードがあり それを知る必要が本当にある。 

 

 

そんな事を 感じさせてもらえる この北嶋さま邸でした。

 

 

追伸ですが

 

 

前回の記事で書いた 津留の愛娘 せらちゃんの

 

 

” 思いやりのクローバー ” の原案が出来上がってきたので ここでお見せしますね。

 

 

 

そして 文字職人の 杉浦誠司さんに書いてもらった 

 

氷室建設 ” 美しき仲間を想う絆 ”

 

 

最後に 同じく誠司さんが 熊本の人たちの為に無償で書いてくれた

 

熊本復興 ” 今こそ一つとなりし時だ 日本人 ”

 

 

 

クローバーを リストバンドに。

 

氷室建設と 熊本復興を ステッカーに。

 

 

熊本でご縁を頂き 繋がってくれた方たちと共に共有していきます。

 

 

熊本の工事で出た利益をここに使っていきます。

 

 

その時が来たら みなさん ご協力お願いしますね。

 

 

 

ここからは 毎度の追伸です。

 

 

それと 自分のまわりにいる ” 困ったチャン ” を 何とかしたい。 など

 

 

そういった 人員を募集しています。

 

 

何かあてなどがある人は 遠慮なく連絡をお待ちしています。

 

 

株式会社 氷室建設 052-938-8791

 

 

・ 氷室建設のyoutubeチャンネルを作りました。
このフェイスブックの記事やブログの記事を うちの奴が動画にしてくれたり 現場で撮った写真や動画もアップしていきます。
お時間ある時に 見てあげてください。

https://www.youtube.com/channel/UCrycqMW9j6ggqPKc1OstPNA

 

 

 

 

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