「日本の雇用と労働法」を読んで

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日本の雇用と労働法 (日経文庫)

 いまさらながら労働法の入門書というべきこの本を読みました。

 労働法、それも日本特有の部分への導入を、法と現実との関係から説明していこうというものです。

 著者が最初に提示するのが、日本の労働法制が欧米のジョブ型でつくられているが、雇用の実態はジョブ型ではではなくメンバーシップ型である、ということです。

 そういえば、民法の典型契約である雇用契約は

(雇用)
第六百二十三条  雇用は、当事者の一方が相手方に対して労働に従事することを約し、相手方がこれに対してその報酬を与えることを約することによって、その効力を生ずる。


 と、「当事者の一方」と「相手方」というように表現しています。また、労働契約法では、

(労働契約の成立)
第六条  労働契約は、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことについて、労働者及び使用者が合意することによって成立する。


 と「労働者」と「使用者」という二つの異なる立場として表現されています。

 しかしながら、日本の現実では、就職すれば会社の一員、メンバーとなるわけです。

 最初にジョブで契約していないので、望まない配置転換も受け入れないといけないし、出向として違う企業に行かされたりしても文句が言えない。単身赴任もありだし、メンバーであり続けるために「死ぬまでがんばる」ということもありえるということなのでしょう。

 私事ですが、この本を読んで目からウロコが10枚くらい落ちた気がします。

 そのひとつが、法令>労働協約>就業規則>労働契約という決まりについてです。

 何をいまさらという方もいらっしゃるでしょうが、私、お恥ずかしいことにこのことについて長年もやもやしたものを感じており解消できずにいました。

 というのは、労働協約といっても労働組合の構成員は企業の従業員であるし、就業規則も企業内のことなのでなんで分けるのかと。また労働組合に入っていない人もいるのになぜ組合との決め事が優越するのかなどなど。

 この法令の前提としては企業外の産業別組合とか職種別組合を考えているのであって、労働者は使用者と労働条件について交渉するに当たって、単独では弱いので組合を結成して団体で交渉するのだ。だからそこで決まった内容(労働協約)を個別の会社でホゴにされたらいけないので、就業規則に優越させるのだと。

 この協約、個別の労働者間で本来別々のものである労働契約の条件をそろえるものであって、いわゆる「カルテル」であるが、アメリカでは独占禁止法の適用除外であるということを読んで、目からウロコが5枚ほど落ちました。

 となると、今の日本の労働組合というのが、本来の意味での働きをしていないということになりますね。

 このほかにも「ウロコ落ち」のネタはたくさんありますが、それはまたの機会に。

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