自動車の無人運転・自動運転の技術革新が現実的なものになりつつあります。日本がリードするあらたら技術として成長戦略の柱でもあります。
問題としては、もしもの事故の際の責任の所存で、これに関しては政府も法整備を念頭に入れて、まずは特区にての実現を目指す方向です。

さてここで地元の事情と絡めて考えてみたいのですが、富士市における交通の課題の一つとして、新幹線駅である新富士駅と在来線である富士駅が別々の場所にありバスやタクシー以外の移動手段が無いことは長年の懸案です。これまで様々なアイディアが検討されましたが実現には至らず。
そもそものあらたな鉄道路線というのは地方の赤字路線が問題となる今日現実的ではありません。
そこで私はBRTを提唱してきました。
BRTは一般的にはバス専用道路をつくりその上をバスが走る事により、公共交通における重要なジャストタイムでの移動を実現する交通手段です。鉄道路線よりも低コストである事など様々なメリットがあります。さらに広義では専用道路は無くとも、交差点でのバスの優先権を確保する信号調整でのバスの運行も含まれます。この手法は投資も少なく、かつ重要なジャストタイムでの移動が確保できる点が大きなメリットでしょう。
新富士駅と富士駅の距離は直接で1.47㎞、主要幹線を通る富士駅北口ではなく、南口からの導線を利用しての信号調整BRTの運行は試験に行う価値はあると思います。

そこで、出前の自動運転と併せて行くというプラン。技術的には可能であってもやはりそこは周りの人の安心感も同時に形成してく必要があります(最初の段階ではドライバーも予備的に乗車するような形かと予想しますが)。接触事故等の懸念の払拭を考えたとき、BRTで実走をするにはうってつけです。

富士市に限りらず地方の公共交通に課題や、不幸な交通事故が増えてきている今日、無人運転・自動運転の試験的運用は、公共交通問題解消と絡めて行うべきだと考えます。

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アメリカ大統領選挙においてトランプ候補が勝利宣言、日本の立場からはTPPの行方や安全保障などに懸念があります。

話は変わって、立川談春の書籍『赤めだか』のなかに「落語は人間の業(ごう)を肯定することだ。」という立川談志の台詞があります。忠臣蔵を例に出してこの台詞があるわけですが、「忠臣蔵は47士が敵討ちに行って、主君の無念を晴らす物語だよな。普通は47士がどんな苦労をしたか、それに耐え士を忘れず努力した結果、仇を討った美談で、当然47士が主人公だ。でもね赤穂藩には家来が300人近くいたんだ。47人しか仇討ちにいかなかったんだから残り253人は逃げちゃったんだ。落語はこの逃げちゃった253人が主人公なんだ。」という下りのなかに出てきます。

確かに人間は47士になれたらかっこいいですし、理想です。しかしほとんどが253人になる事が多いんじゃないかと思いますし、むしろそれでなければ社会は機能しない事もあるでしょう。

『業』という字は様々な意味を持ちますが、『ごう』と呼んでこの台詞の意味を考えた時、『人間の理性によって制御できない心の動き』という意味で解釈するんだと思います。

今回のトランプ候補の指示層には、今日のアメリカ社会に対してフラストレーションを抱えている白人層が多かったことが指摘されていますが、本来トランプ候補の共和党は、格差などに政府が介入することに否定的です。しかし一転トランプ候補はアメリカ全体の豊かさをテーマにして指示を得と言えます。

政治が人間の幸福の実現にあるとするならば、先進国が直面する個人の範囲のみでは解決しかねる社会問題に直面する人々が増えたとき、『政治も人間の業の肯定』ではないのかと感じる結果でした。

参議院議員選挙の結果を受けて

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昨日、参議院議員選挙が投開票され自民党は改選議席を上回る結果となりました。

静岡選挙区においても公認候補岩井しげきさんが当選。本当に多くのご支援を頂きました。

全体の結果として自民党・安倍政権おける政治の安定が支持されたものと思います。

しかし局地的な結果を見ると課題が浮き彫りになったとの指摘もあります。

国の政策に直結した地域独自の課題を抱える県においてです。具体的には、東北地方や沖縄では現職大臣が落選をするという結果なったことです。

全体としては自民党・安倍政権の経済政策や社会保障政策などが引き続きの後押しを頂いたなかで、地域の事情おいてはその支持が行き渡らなかった。それら地域の隅々に至る事情にまで精通してはおりませんが、広い視点でみると総論賛成各論反対の意見が多数あるという印象を受けます。

私も静岡選挙区の選挙応援おいて、様々なご意見いただく機会がありました。

全体的には2012年の第二次安倍政権発足後、それ以前と比べ着実に結果を出し、今後の課題に対するビジョンも明確であるものの、各論においては疑問もあるという方々もいるでしょう。そしてそれらの意見がパーソナルメディアの発達により発信、情報交換されて形成された『世論の声』を目にする機会が増加しています。

ただ今日のメディアの発達と多元化は、有権者に取ってみれば多角的な見地から政策を判断する手段になるとも言えます。一介の情報だけにとらわれるのではなく様々な意見や情報を参考にして意思表示ができます。もちろんその中から如何にして正しい情報を選択するかは予てからの課題です。


その民意の結果を受け代表たる議員を選出する議会制民主主義においては、意見集約の絶対的過程である選挙の結果を重く受け止めなければなりません。しかし一方で直接民主主義との相違点として、議会における合意形成にも重きをおく事も怠ってはなりません


これは政治家が驕って意思決定の権限を行使するということではなく、専門的見地も加味して最良の意思決定するということです。時に高度な政治課題に関しては、政府も外部の有識者や専門家の意見を聴取したり、国会の委員会においても参考人招致などで専門的な意見を参考にして決定をするといこともあります。

そこで時として世論とのズレが浮き彫りになることもある今日ですが、アメリカの第37代大統領リチャードニクソンの1986年の著書のなかに世論について触れている一文があります。

『支持率に盲従する政治家は当選はするかもしれないが、偉大な指導者(リーダー)はおろか、よき指導者になれないだろう。世論調査の結果は、どういう人々を説得する必要があるかを知るには有用だが、それによって針路を決めるようでは当事者能力の放棄である。


少し高邁なようにも聞こえますが(共和主義者ニクソンらしい?)、1986年に出版された書籍に今日のメディアと政治あり方を予見している感もありますし、最終的意思決定おける責任の所存にも関わる指摘です。

意思決定の責任の所存に関しては、イギリスのEU離脱問題でも課題となっています。

私自身は当落が安定しない一若手政治家に過ぎず、リーダーという言葉は程遠いわけですが、今回新たに信託を受けた自民党・安倍政権においては、日本や国民の皆様の為に最良となる意思決定を、勇気持って力強く行うことが期待されているのではないでしょうか。
同時に意思決定に至る過程において目指す先を明確に理解し、有権者の皆様と対話を怠ることなくしっかりと説明責任果たしていくのは、選挙区を頂いている我々の責務でもあります。