参議院議員選挙の結果を受けて

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昨日、参議院議員選挙が投開票され自民党は改選議席を上回る結果となりました。

静岡選挙区においても公認候補岩井しげきさんが当選。本当に多くのご支援を頂きました。

全体の結果として自民党・安倍政権おける政治の安定が支持されたものと思います。

しかし局地的な結果を見ると課題が浮き彫りになったとの指摘もあります。

国の政策に直結した地域独自の課題を抱える県においてです。具体的には、東北地方や沖縄では現職大臣が落選をするという結果なったことです。

全体としては自民党・安倍政権の経済政策や社会保障政策などが引き続きの後押しを頂いたなかで、地域の事情おいてはその支持が行き渡らなかった。それら地域の隅々に至る事情にまで精通してはおりませんが、広い視点でみると総論賛成各論反対の意見が多数あるという印象を受けます。

私も静岡選挙区の選挙応援おいて、様々なご意見いただく機会がありました。

全体的には2012年の第二次安倍政権発足後、それ以前と比べ着実に結果を出し、今後の課題に対するビジョンも明確であるものの、各論においては疑問もあるという方々もいるでしょう。そしてそれらの意見がパーソナルメディアの発達により発信、情報交換されて形成された『世論の声』を目にする機会が増加しています。

ただ今日のメディアの発達と多元化は、有権者に取ってみれば多角的な見地から政策を判断する手段になるとも言えます。一介の情報だけにとらわれるのではなく様々な意見や情報を参考にして意思表示ができます。もちろんその中から如何にして正しい情報を選択するかは予てからの課題です。


その民意の結果を受け代表たる議員を選出する議会制民主主義においては、意見集約の絶対的過程である選挙の結果を重く受け止めなければなりません。しかし一方で直接民主主義との相違点として、議会における合意形成にも重きをおく事も怠ってはなりません


これは政治家が驕って意思決定の権限を行使するということではなく、専門的見地も加味して最良の意思決定するということです。時に高度な政治課題に関しては、政府も外部の有識者や専門家の意見を聴取したり、国会の委員会においても参考人招致などで専門的な意見を参考にして決定をするといこともあります。

そこで時として世論とのズレが浮き彫りになることもある今日ですが、アメリカの第37代大統領リチャードニクソンの1986年の著書のなかに世論について触れている一文があります。

『支持率に盲従する政治家は当選はするかもしれないが、偉大な指導者(リーダー)はおろか、よき指導者になれないだろう。世論調査の結果は、どういう人々を説得する必要があるかを知るには有用だが、それによって針路を決めるようでは当事者能力の放棄である。


少し高邁なようにも聞こえますが(共和主義者ニクソンらしい?)、1986年に出版された書籍に今日のメディアと政治あり方を予見している感もありますし、最終的意思決定おける責任の所存にも関わる指摘です。

意思決定の責任の所存に関しては、イギリスのEU離脱問題でも課題となっています。

私自身は当落が安定しない一若手政治家に過ぎず、リーダーという言葉は程遠いわけですが、今回新たに信託を受けた自民党・安倍政権においては、日本や国民の皆様の為に最良となる意思決定を、勇気持って力強く行うことが期待されているのではないでしょうか。
同時に意思決定に至る過程において目指す先を明確に理解し、有権者の皆様と対話を怠ることなくしっかりと説明責任果たしていくのは、選挙区を頂いている我々の責務でもあります。




自民党は戦争をするのか!?

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参議院選挙の投開票が近づいています。

今回の選挙のテーマとして、経済、社会保障、安全保障など様々な主張が繰り広げられていますが、今回はテーマでもお分かりの通り『自民党は戦争をするのか』という主張について触れたく思います。

民進共産連合は「とりあえず2/3を取らせない」というスローガンのもとで、「自民党が憲法を改正したら戦争をする」という主張をしています。

さて本当に「戦争をする」のか?

その可能性はあるのか?


その前に、、、


『なぜ戦争が世界で起こっているのか?』


『なぜ戦争が起きてきたのか?』


を考えたことのある方はどれくらいいるんでしょうか。



ノリで?ムカつくから?かっこいいと思うから?


このような「なんとなく」で戦争はおきません。



過去の歴史を見るといくつかの要因があり、その先に戦勝国が得られるであろう利益が存在することにより戦争は起きます。


それは


宗教・人種(民族)・領土や資源・イデオロギーです。


これらの要因以外で戦争や紛争は起きませんし、逆にこれらの問題が外交により解決できない場合は戦争や紛争が起こりえます。


では今日の日本においてこれらのどの要素の先に利益があり、自発的に戦争をする要因があるのか?


結論的には皆無です。


「自民党が戦争をする」という主張について


「なんのためにどのような目的で」を明確にしない限り、それは無責任な主張であり政治的主張でもなければ学術的主張にもなりません。



宗教問題ですが我が国が宗教対立により他国と戦争になる摩擦はありません。


民族に関わる問題も、我が国が主戦国となる要素はありません。


領土や資源に関しては、かつて我が国も領土や資源をめぐり大きな戦争を経験し、今日では外交努力と経済成長により国際協調のなかで資源の安定を図り、武力でこれを奪い取るという考えはない。むしろ我が国に限らず資本主義の国同士においては経済的互恵関係から戦争や紛争が起きないことが、第二次大戦以後は確認されています。


イデオロギーに関しても、米ソ冷戦の産物として日本のまわりに異なる政治体制の国は存在しますが、我が国がそれらの国に戦争を仕掛けるメリットが無い。


つまり日本が主戦論を展開する要素も、そういった法律をつくる必要性もない。


しかし残念なことに世界は平和ではない。


上記した事柄が要因となり、今日でも世界の戦争や紛争は今も起こっています。


しかし「なんとなく」で起こっているわけではない

戦争や紛争の当事国からすれば、国や民族の存亡に関わる要因による事もあります。


それらの延長に日本が巻き込まれる可能性を考えそのときどうするのか?

日本の法律ではどのように国民の命を守れるのかを考える必要はあります。


宗教による戦争ですが、これは歴史上の十字軍の遠征から始まり、今日でもイスラム過激派によりテロ行為により世界の平和を脅かしています。それらが日本の領土内に及ぶことは今のところありませんが、海外で日本人が巻き込まれることは不幸にしておきてしまっている現実があります。


そういった際に日本人を保護、命を守れる法律を整えることは必要なことといえます


民族問題は、世界にはひとつの地域の同じ国に多様な民族が生活している場合「自らの国を作りたい」という考えは未だにあり、「民族独立」という戦争が起きます。逆に同じ民族が異なる政治体制により分断されている場合、どちらかの政治体制を悪としそれを打倒し統一しようということもある。韓国と北朝鮮です。これはイデオロギーという第二次大戦後の米ソ冷戦における戦争も絡みあっています。


この北朝鮮の考えに日本が巻き込まれる可能性はあります。現にミサイルの威嚇発射はたびたび起こっています


領土と資源ですが、地球上の領土と資源は無限でありません。資本主義の国はこれらを外交や経済で解決しようとしますが、未だ武力によりこれを得ようとする国が存在するのは現実です


そしてこの問題は日本の尺度だけでは測れない場合もある。


例えば北朝鮮の緯度は岩手県と同じくらいです。いまでこそ東北は米所であり豊かな農産物に恵まれていますが、品種改良や生産技術が発達していなかった戦前はたびたび飢餓がありました。

寒い地域での食糧問題は死活問題であり、北朝鮮は農業政策の失敗により問題は一層深刻化しています。また先進国の農業支援などもおいそれと受け入れないイデオロギーを基にした状況にあります。


日本や近隣諸国との領土問題が深刻な中国も、重工業と広い国土のわりには資源は多い国でありません。中国東北部に大慶油田という油田がありますが、枯渇も時間の問題ではないかと指摘する専門家も多い、その状況で東シナ海周辺の海底資源に価値を感じています。


根拠なく「自民党が戦争をする」という主張する政党の方々が


イスラム過激派の前で「戦争やめろ♪」というラップを披露すれば彼らはやめるのか?


北朝鮮の独裁者の前で「民主主義って♪」とやれば民主化をするのか?


滑稽な表現ですが、なんとなくで起こっているわけではありませんから、おいそれとは解決しないのです。


我が国は戦後、不戦の誓いを固くし、自らの交戦権を放棄してきました。それは今後も変わることはないでしょう。

外交による平和への努力を続けていく。


また自衛隊における平和維持活動や後方支援活動、今後の駆けつけ警護などは、日本の交戦権を保障すべきものではありません。


繰り返しますが、戦争はなんとなくでは起きません


個人においてなんとなくで隣人とのトラブルを起こしたり、声をむやみに荒げることがないのと同じです。しかし個人においてそのような行為をする方もおりますが、国ともなるとそこにかかるエネルギーや犠牲が大きすぎることは理解できるでしょう。


問題は複雑だからこ起きてしまうともいえる。


その時、日本が日本人が巻き込まれることのないよう最善の平和外交を重視する必要は当然です。

しかしもしもときの法律は整備しておかなければならない。

国民の命が危険にされされる状況が予見できる場合において国民の命を守る事は国家の責務です。


さらに戦争や紛争を仕掛ける側も、戦勝国とならなければ利益は望めません。『日本を相手にすることは厄介』という体制を敷いていく事が大切です。

そのための『安全保障法』であり、憲法における『自衛権の明確化』の議論が必要なのではないでしょうか。

定数に関する幅広い議論を。

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アダムス式の導入に関しての合意形成に向けた議論が加速しています。

定数削減と一票の格差の是正という、少し性質の異なる課題を同時に実現するためにの審議会の結論が今回のアダムス式の導入です。
一票の格差に対する違憲判決は憲法14条の法の下の平等がその判決の根拠となっておりますので、議席配分の計算を見直す事の必要性は否定する余地はありません。
対し、人口に比例して都道府県の議席配分をすることは如何なる計算方式を採用しても人口に基づき、地方と都市の定数格差が起きてします。この定数格差を問題視する声が上がっているという状況。
しかし、残念な事に一票の格差は憲法を根拠にしていますが、地方と都市の定数格差に関してはそれを強く主張するだけの法的根拠が存在しないという事です。さらに国会議員は地域の代表という位置付けが法的には皆無です。

本当にそれでいいのでしょうか?

言ってしまえば地域の課題や想いに応える必要も無く、全議席全国比例ということも可能になってしまうという事です。
私的な意見ですが国の最高法規に国会議員の地方代表としての位置付けを明記すべきだと考えます。

もちろん国益を考え行動するのが国会議員の本懐ですが、実施的には地域の代表という性質も合わせ持っていることは否定できない事です。
また平成7年からの市町村合併により市の中で選挙区が割れてしまっているという選挙区も存在し(一選挙区あたりの有権者数の平均をはるかに上回る政令指定都市は除いて)、合併が落ちついた今日、地域の意見の集約の必要性からは、これらも改正していく議論もされるべき課題です。
単純に最高裁の判決の範囲で格差を是正することが優先されてしまっています。

もちろん直近で必要とされる合意形成は、現行憲法で違憲とされる状況を是正していく事ですが、長期的には幅広い議論がされていくべきです。

 

余談ですが、、、

最高裁は小選挙区制導入以来の一人別枠式の定数配分方式も否定しています。
各県に定数を1づつ割り振った後の最大剰余式での計算するのが一人別枠式ですが、この計算方式が一票の格差の温床となっているという指摘です。
これは小選挙区制導入当時、人口が過度に減少してしまう県が存在してしまったときでもその県の定数を最低でも2に保てるとう配慮だと予想できます。
今日議論さているアダムス式は共通の正数で各都道府県の人口を割り、その商が定数となる計算方式ですが、各都道府県に定数を1づつ割り当てた後にドント方式で計算をしても同じ商になるという。しかし一人別枠とは異なり格差はより小さくなるという計算式。格差は小さくかつ定数1の県は出てこない。
審議会としてはこの結論しかなかったと予想できます。