元気であるということ
テーマ:ブログここ10年ほどJR札幌駅北口のオフィース街に仕事場をもっている。この辺りが一番国際化されたと感じたのは日韓共催のサッカーワールドカップの試合が札幌でも開催された時だった。その時は駅周辺は2~3日間は外国人と日本人の比率が半々といってもいいくらいの状態で、いろんな国の言葉が入り混じっていた。しかし、ワールドカップが終わってからは駅周辺で聞かれる外国語は中国語が圧倒的である。彼らはとにかく元気がいいし、大声で話し、笑う。身なりもバブル時代の日本人のようにブランド品で飾りつくされている人も結構多いし、ちょっと横柄な感じの人もいる。バブル時代に海外に出て行った日本人もきっと今我々が見ている一部の中国人のように映っていたのだろうと思うとちょっと恥ずかしい気分さえするが、でも当時の日本人も元気はすこぶる良かった。なんてったって「アメリカを買う」とか言って、ニューヨークのビルをガンガン買い漁った。最後にはニューーヨークのシンボル的なロックフェラーセンターまで買ってアメリカ社会の反発を受けた会社さえある。
しかし、元気があることはすなわち言葉よる「発信力」があり、お金による「購買力」があるということで、訪米した中国の最高権力者を前にしたら、アメリカの大統領さえ顔をひきつらせながらセールストークを口走ってしまう。
残念ながら今の日本のい首相には海外に向かって日本をアピールする力も意欲も感じられない。イタリアの首相のような10代の女性買春問題をおこす元気はいらないが、国のリーダーが元気がなければ当然社会全体が沈滞ムードになったしまう。自分たちだけが元気がないのならまだ許せるが、少しは周りに及ぼす影響も考えてほしいものだ。日本の若者は全体的に世界の出来事にあまり関心を持たなくなってきている。日本は外国にモノや技術を売って成り立つ国なのだ、若者が海外に興味がないことは、店の店員が客に興味がないにも等しい。
このままじゃ、この国は単にシステムが壊れかけているだけじゃない、もっともっと危機的な状況に直面するかもしれない。






