1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>

32.≪第3シリーズ≫ 第11話 夜鷹殺し

2015年06月19日(金) 17時44分24秒 テーマ:鬼平犯科帳

江戸の夜を荒らす夜鷹殺し 

        おまさはおとりとなるがーーー


 夜鷹を狙う連続殺人事件が発生した。犠牲者のひとりは密偵・彦十の知人、かざぐるまのおつねだった。夜鷹を蔑む町奉行所に業を煮やした彦十の気持ちを汲み、平蔵が犯人究明に乗り出す。早速、おまさをおとりにして夜鷹殺しを追跡する捜査が開始されたが、なかなか犯人は現れなかった。ところが平蔵不在のある日、彦十とおまさが夜鷹殺しに遭遇、おまさは刀傷を負ってしまう。その後、彦十が追跡に成功、犯人が入っていったのは、ある旗本屋敷だった。




平蔵のむかしなじみ 相模の彦十


人間味あふれる性格が魅力


 盗賊どもに”鬼”と恐れられる火付盗賊改方長官・長谷川平蔵を、「銕つぁん」呼ばわりできる唯一の密偵。それが、相模の彦十だ。


 原作によると、本作の「夜鷹殺し」事件が起きた時、彦十は56歳。殺害された夜鷹・おつねの悪口を言う御用聞きに、後先考えずに食ってかかったり、夜鷹殺しに斬られたおまさを心配するあまり、肝心の尾行ができなかったり・・・・・。


 年甲斐もない振る舞いも時にはあるが、そうした点も含めて、情が厚く、人間味あふれる性格は実に魅力的。「鬼平」シリーズになくてはならない密偵のひとりだろう。


 彦十はもともと、本所界隈の岡場所を根城にする香具師(やし)だった。香具師は「テキ屋」とも呼ばれ、縁日などの人が集まる場所に露店を出して、さまざまな物を売るのが主な仕事。路上で商いをする際、独特の口上で商品の説明をするのが香具師の習わしだったから、彦十の達者な口は、この時の経験によって鍛えられたのかもしれない。


 また、ながれ盗めの盗人として、江戸はもとより、上方や地方でも活動していたようだ。ながれ盗めとは、いわばフリーランスの盗人。特定の盗賊一味に属することなく、諸方の盗賊の依頼を受けて働くため、自然と顔は広くなる。ゆえに、彦十のネットワークの広さはかなりなもの。彦十が顔なじみの盗賊に会ったのがきっかけで始まる事件が多いのも、当然といえる。




平蔵 むかしなじみ


 平蔵との付き合いの長さも、彦十を語るうえで欠かせないポイントだ。彦十は、平蔵が銕三郎の名前で放蕩の限りを尽くし、「本所の銕」などと呼ばれていた頃の取り巻きのひとり。第1シリーズ第2話「本所・櫻屋敷」で平蔵と二十数年ぶりに再会し、平蔵が火盗改メ長官だと知ると、すぐさま密偵になる決意をする。


 もちろん、密偵が盗賊から”狗(いぬ)”と軽蔑され、危険な目に遭う可能性も高い役目であることは、彦十も十分承知している。それでも「銕つぁんの役に立てるなら、ひからびた命なんて惜しくはない」と、心に決める。自分よりも年下で、そのうえ長い間会っていなかった相手にこれほど入れ込めるのは、彦十が若い頃の平蔵に、人として、男として、惚れ抜いていたからだろう。


 平蔵にとっても、彦十が特別な存在であることはいうまでもない。第2シリーズ第15話「密告」で、盗賊・伏屋の紋蔵の顔に見覚えがあると思った平蔵が、すぐに彦十に顔を改めさせていることからもわかるように、過去の自分を知り、共通の知人も多い彦十は、ひときわ頼りになる”相棒”なのだ。


 そんな彦十を相手に「爺つぁん」「銕つぁん」と呼び合っていると、平蔵もつい、むかしの自分に逆戻り。若かりし頃を彷彿(ほうふつ)とさせる伝法な言葉遣いや、火盗改メ長官という公の顔とは違うやんちゃな表情がぽろりと出てしまう。こうした2人のやりとりを、楽しみにしているファンも多いのではないだろうか。




江戸の夜を跋扈(ばっこ)する 夜鷹狙いの辻斬り


川田長兵衛役・・・中野誠也

 1939年、千葉県出身。大学中退後、劇団俳優座で初舞台。60年代前半から、テレビ、映画にも活動の場を広げ、教師、軍人、歌人と、さまざまな役柄を演じる。70年代以降は時代劇や刑事ドラマの悪役を多く演じてきた。2001年度、読売演劇大賞優秀男優賞を受賞した日本演劇界のひとり。演出もこなし、2012年には大作「カラマーゾフの兄弟」を手掛ける予定。




原作を読む! 


鬼平犯科帳(4) 第8話「夜鷹殺し」


人の心の闇を見つめる 平蔵の言葉が響く一篇

 

 ドラマ、原作ともに、配役もストーリーもほぼ同じ。ただ、川田長兵衛の夜鷹の殺し方は、陰部が刀でえぐられたり、指や鼻が切り落とされたりと、原作のほうがぐっと陰惨な方法で描かれている。それだけに、普段は律儀でまじめだった川田の心の闇が際立ち、「人のこころの底には、なにが、ひそんでいるか、知れたものではない(原作より)」と語る平蔵の言葉も重く響く。ちなみに、同心・木村忠吾が夜鷹に扮したおまさを買おうとするくだりは、ドラマ独自の粋な演出だ。


ー鬼平犯科帳 DVDコレクション 32-


AD

31.≪第3シリーズ≫ 第10話 網虫のお吉

2015年05月04日(月) 16時15分03秒 テーマ:鬼平犯科帳

網虫のお吉にがんじがらめにされた

         同心・黒沢勝之助はーーー


 同心・木村忠吾は、初午(はつうま)の日の市中見廻りの最中に、手配中の女賊・網虫のお吉を目撃した。あまりのいい女ぶりに惹かれた忠吾はふらふらとお吉のあとを追い、同僚の同心・黒沢勝之助との密会を知ってしまう。


 その後の探索で、黒沢は苅野の九平一味を探るため、お吉を抱き、金を巻き上げていたことがわかった。お吉はかつての苅野の九平の手下で毒婦と呼ばれていたが、今では足を洗い、琴師・歌村清三郎の女房におさまっていた。





江戸が真っ赤に染まった初午


赤いのぼりを立てて 初午を祝った稲荷社


 同心・木村忠吾が、市中見廻りの最中に、手配中の女賊・網虫のお吉を見かけたのは、初午の日で賑わう烏森(からすもり)神社(現・東京都港区新橋)の境内。初午(はつうま)は、2月の最初の午の日に、全国各地の稲荷神社で行われる(ただし、当時は旧暦)。


 稲荷神は商売繁盛、五穀豊穣の神として古くから信仰されていたが、邸内に稲荷をまつっていた田沼意次が老中に出世したことで、開運の神としても信仰を集めた。


「江戸に多きもの、伊勢屋、稲荷に犬の糞」と俗にいわれるほど江戸には稲荷社が多かった。稲荷といえば赤い鳥居がシンボルで、さらに初午の日にはどの稲荷社も「奉納正一位稲荷大明神」と染め抜いた赤いのぼりを立てたため、初午の日は、江戸が真っ赤に染まったという。






男をからめとる 蜘蛛のような女賊


網虫のお吉役・・・風祭(かざまつり)ゆき


 1953年、東京都出身。新藤兼人(かねと)監督作「竹山ひとり旅」(77年)で映画デビュー。その後、にっかつ作品「赤い通り雨」で主演、ロマンポルノの黄金時代を支えた。このキャリアは風祭の演技力を伸ばし、一般映画やドラマにも数多く出演。演技派の呼び声も高い。03年の「キル・ビル」出演は、Q.タランティーノ監督からの、たってのオファーだった。


ー鬼平犯科帳DVDコレクション31  原作16巻 第2話「網虫のお吉ー






原作を読む!


150510_0144~01.jpg
 

鬼平犯科帳(16) 第2話「網虫のお吉」



女に溺れた同心に 非情な結末を与える原作

 

 網虫とは蜘蛛の別名。だが、原作では、お吉は男好きする肌を持った女とされているだけで、網虫と呼ばれるにふさわしい逸話は出てこない。その点、ドラマでは蜘蛛のような女=毒婦とする逸話がふんだんに盛り込まれている。

 

 ドラマでは平蔵は同心・黒沢に情けをかけ、浪人に斬り倒されるままにし、殉職扱いとする。だが、原作では「黒沢には情けをかけるものは何ひとつなかった」とし、浪人ともども召し捕ったうえ、黒沢には切腹を命じる厳しい裁きを行う。


ー鬼平犯科帳 DVDコレクション 31-


AD

31.≪第3シリーズ≫ 第9話 雨隠れの鶴吉

2015年04月10日(金) 02時43分03秒 テーマ:鬼平犯科帳

雨隠れの鶴吉は疎遠だった

             父・源右衛門宅に招かれーーー


上方の盗賊・釜抜きの精兵衛一味の引き込み役・




標高725m~箱根の関所


”出女”の調べの厳しさは全国一


 稲荷(とうが)の百蔵の手の者が見張っているのを知りつつも、雨隠れの鶴吉とその妻・お民は、箱根の関所の門をくぐって大坂へと戻っていく・・・・・。





12年ぶりに江戸に 帰ってきた盗賊

雨隠れの鶴吉役・・・石原良純

 1962年、神奈川県出身。叔父は石原裕次郎。その縁もあって芸能界入りし、デビュー作の映画「凶弾」(82年)で、日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞、芸能一族の血筋の良さを示す。現在は、気象予報士の資格ももち、バラエティでも活躍するタレントの印象が強いが、実は、アクションからホームドラマまでを演じられる実力派男優なのだ。



原作を読む! 


鬼平犯科帳(11) 第7話「雨隠れの鶴吉」


平蔵の弟分・録之助の ”過去の女”が登場

 鶴吉とその実父・万屋源右衛門を引き合わせるのは、原作ではお元という女性。お元は鶴吉の乳母で、録之助とは”いい仲”だった。そんな過去の関係をからかう平蔵に、録之助は照れつつも「ああしたことがあると、却ってこの、男も女もねえ、さっぱりとした友だちづき合いができるもんでね」と説明している。

 

 また、伊豆の温泉で録之助、鶴吉、お民の3人が顔を合わせるラストシーンで、録之助は湯から出るお民を見て「いいお尻だ」と褒めているが、残念ながら、ドラマではお民の美尻は披露されなかった。


ー鬼平犯科帳DVDコレクション31  原作11巻 第7話「雨隠れの鶴吉」-










AD

たんぽぽの花の思い出

2015年04月03日(金) 23時14分49秒 テーマ:鬼平犯科帳

たんぽぽの花を見ると・・・


150406_0952~01.jpg




150406_0951~01.jpg


 今年、1月31日に亡くなった母は、自慢できる人だった。

頭が良くて、絵を描くのも上手、運動は特に駆け足が速かった。

その上、美容師、調理師免許、お花の師範、着物を縫うのもプロ。

父が母と一緒になる時、「卒業した学校へ行き調べた」とも聞く。


 頭は良くても「痴呆症」になってしまった母。

病院に駆けつけた弟に、言った最後の言葉は、「ありがとう」。

その母が、生前タンポポのことを教えてくれたことがあった。

「タンポポには西洋タンポポと日本タンポポがあるんだよ」と・・・・・





※「南魚沼産・コシヒカリ」

2015年03月19日(木) 15時35分21秒 テーマ:鬼平犯科帳

南魚沼産・コシヒカリ



141115_2035~01.jpg


上手なお米の保存方法


ヒビ割れ防止

お米がヒビ割れると炊き上がりがダンゴ状となりごはんの粒がしっかりしません。

●直射日光のあたらないところに保存してください。

●フタのある容器に保存してください。

(天日や風にさらすと水分が蒸発してお米がヒビ割れします。)



異臭防止

お米は臭いを吸収しやすく、いったん臭いがつくと洗米してもとれにくくなります。

●洗剤・灯油・魚などの臭いの強いもののそばには、おかないでください。



水漏れ防止

お米は大変水分を吸収しやすく、湿ったお米はカビや細菌の発生源となります。

●湿気のない、涼しいところに保存してください。

●昼間と夜間の温度差の少ないところに保存してください。

(夜間に冷えた空気は、袋や米びつの中で水滴となります。)



虫の発生防止

保管状況の悪化、温度湿度の状況によって虫が発生することがあります。

●お米の保存容器はこまめに清掃してください。

●お米は古いものを使い切ってから新しいものを容器に入れてください。

●風通しの良い冷暗場所で保存してください。



販売者 JA魚沼みなみ農業協同組合

住 所  〒949-6773 新潟県南魚沼市津久野下新田15

TEL 025(770)0507   FAX 025(770)0508



30.≪第3シリーズ≫ 第8話 妙義の團右衛門

2015年03月04日(水) 02時32分48秒 テーマ:鬼平犯科帳

密偵・高萩捨五郎

         妙義の團右衛門の恨みを買いーーー


 第2シリーズ第10話「盗賊二筋道」で、盗賊から足を洗い、平蔵の密偵となった高萩の捨五郎。ある日、むかしなじみの妙義の團右衛門に再会した。團右衛門は捨五郎に、江戸での盗めを助けてくれるように頼むが、捨五郎は密偵としての務めから、團右衛門の押し込み計画を平蔵に逐一報告する。そんな折、平蔵の密偵であっることが團右衛門にバレてしまった。怒った團右衛門は、平蔵と捨五郎の裏をかき、ふたりへの恨みを一時に晴らそうとする。



愛宕山と神明宮が東西を守る芝


活気あふれる、江戸有数の名所


 妙義の團右衛門は、愛宕山で高萩の捨五郎と再会。二人はその後、芝神明宮(芝大神宮)のはす向かいにある料理屋「弁多津(べんたつ)」へおもむくーーー。



140720_0000~01.jpg


 本作の舞台となった愛宕山や弁多津は、いずれも芝(現在の東京都港区芝公園周辺)にある。この界隈は、東海道沿いで人通りが多く、増上寺や芝神明宮といった名所があったことから、江戸でも有数の繁華街だった。



140719_2355~01.jpg


140719_2345~01.jpg

 そんな活気あふれる町の様子を一望できるのが、愛宕山だ。徳川家康が京都から勧請(かんじょう)し、火伏(ひぶ)せの神として崇敬(すうけい)を集めた愛宕権現(愛宕神社)を頂きにまつるこの山は、標高26m、8~9階建てのマンションくらいの高さしかない。しかし、天然の山としては江戸府内の最高峰。あまりの急傾斜に駕籠(かご)を使った者もあるという男坂か、その脇にある勾配の緩(ゆる)やかな女坂のどちらかを進んでようやく頂上に立てば、江戸の町並みから品川の海、房総の山々の大パノラマが広がっていた。浮世絵にも描かれたこの絶景と、参詣を目当てに多くの人々が愛宕山を訪問。付近には、観光客を相手に商売する店も密集していた。お八重が勤める水茶屋も、そうした店のひとつだったのだろう。



140719_2354~01.jpg


140719_2345~02.jpg

 

 愛宕山から15分も歩けば、将軍家の菩提寺・増上寺近くの芝神明宮に着く。「飯倉神明宮」とも呼ばれた同社は、毎年9月11日~21日まで11日間にわたって開催される「だらだら祭り」の別名もある例大祭で有名だ。祭りの期間中は生姜が売られ、「芝神明の生姜を食せば風邪を引かない」といわれていたとか。
また、「め組の喧嘩」で知られる文化2年(1805)の、火消しと力士の大乱闘の地としてもおなじみ。原作によると、軒を連ねる茶店や料理屋にも、浅草や深川とは別の趣があったようだ。「殿さま栄五郎」(第2シリーズ第1話)の冒頭で、火間虫の虎次郎配下の仲間割れから火盗改メとの斬り合いに発展した岡場所は、ここ芝神明宮の門前だ。


 現在の芝公園は東京タワーがそびえ、オフィスビルが林立する近代的な都市へと変貌した。しかし、愛宕山や芝神明宮は現存しており、江戸時代から変わらず、街を静かに見守り続けている。



料理屋 弁多津


 本作では、妙義の團右衛門がのっぺい汁をほめている料理屋・弁多津。他の回にも登場していて、第5シリーズ第5話の「消えた男」では、佐嶋与力が「あなごの白焼きで呑むと格別」とご満悦だ。


 また、本作の茶屋女が「弁多津を知っているなんて隅に置けない」と言っており、第7シリーズ第5話「礼金二百両」では木村忠吾も「小林様の密会場所どもなるとさすが高価な・・・・・」とつぶやくなど、なかなかの格式であることもわかる。


 実在すればぜひとも行ってみたい名店「弁多津」。残念ながら、原作者・池波正太郎の創作であったようだ。


女好きが仇となって 捕縛された兇賊


妙義の團右衛門役・・・財津一郎

 1934年、熊本県生まれ。帝劇ミュージカルの研究生となり、53年に森繁久弥主演の舞台に初出演。TV番組「てなもんや三度笠」に、怪浪人・蛇口一角役で出演し、爆発的人気を得た。その後映画界に進出し、フランキー堺と共に主演した前田陽一監督作「喜劇・ああ軍歌」(70年)で喜劇役者の本領を発揮。74年、ゴールデン・アロー賞演劇賞受賞。





原作を読む! 


鬼平犯科帳(19) 第2話「妙義の團右衛門」


平蔵の密偵への思いがにじむ ラストシーンが印象的
 

 原作とドラマのいちばんの違いは配役。原作の馬蕗の利平治がドラマでは高萩の捨五郎になっている。原作の利平治は、盗み先の情報を調べる”嘗役”としては一流だったものの、尾行にはうとく、妙義の團右衛門と別れたあと、自分をつける者の存在に気づかず役宅に直行。團右衛門らにすぐに密偵だとバレて、惨殺されてしまう。

 

 そんな團右衛門の仕打ちに激しく怒った平蔵は、ラストシーンで團右衛門の鼻を切り落とす。ドラマに較べてかなり血なまぐさい結末だが、こうした行動も、密偵・利平治を心底大切に思っていたからこそ。平蔵の情の深さがうかがえる印象的な場面だ。


ー鬼平犯科帳 DVDコレクション30  原作19巻 第2話「妙義の團右衛門」ー




30.≪第3シリーズ≫ 第7話 谷中いろは茶屋

2015年02月08日(日) 02時24分41秒 テーマ:鬼平犯科帳

忠吾れあげる娼妓(しょうぎ)お松

                彼女のひいき客の正体はーーー


 同心・木村忠吾は”いろは茶屋”の娼妓・お松に入れあげてしまい、見廻りの役目にもまったく身が入らない。お松に会うためには揚げ銭が必要だが、通い詰めの忠吾は、そのための金も尽きかけていた。そんな時、相思相愛のお松と忠吾のために、気前よく十両を差し出してくれた男が。その男は、お松を可愛がり、何かと目にかけてくれるひいき客・通称”川越の旦那”だった。一見、優しく気のよさそうな男だが、実は、墓火(はかび)の秀五郎という盗賊一味の首領だった。




「鬼平」の人気者・木村忠吾の魅力


ドジで無邪気な強運の持ち主


 同心・木村忠吾は火盗改メきってのムードメーカー。捕物の現場にもかかわらず鉢合わせした大盗・墓火の秀五郎に「その節はどうも」と挨拶してしまう底抜けの無邪気さと屈託のなさ・・・・・。そんな忠吾の魅力をコミカルに描いたのが本作だ。


 職務上知らねばならぬ盗賊の事情よりも、うまい蕎麦屋や美女に詳しい忠吾のことだから、何かと失敗しては叱られているのだが、実は手柄もけっこう立てている。本作でも、秀五郎を成敗して大手柄を立てた。


 ただし忠吾の場合、ほとんどが”偶然”による手柄。本作も、通い詰めたお松のひいき客が秀五郎だったという”偶然”が忠吾の成功を支配しているが、その手の話は枚挙にいとまがない。たとえば、羽織を釘に引っかけたことから盗み細工が露見する「四度目の女房」(第2シリーズ第13話)。捕物の現場で「(瀬田の万右衛門は)いったいどこへ逃げたか・・・・・」とつぶやきながら壁に寄りかかったら、その壁が回転して、隠し部屋に縛られていた万右衛門を発見する第3シリーズ第3話「馴馬の三蔵」などがそれに当たる。


 とはいえ、やはりしょっちゅうドジは踏んでいて、第2シリーズ第8話の「雨引の文五郎」では、張り込み先にもかかわらず酒を勧められ、結果的に賊を取り逃がしてしまい、平蔵から大目玉を喰らう。ただしここからが忠吾流。数日後には悪びれる風もなく、しゃあしゃあと長官への不満を口にし、先の失敗もちゃっかりと一緒にいた沢田同心との連帯責任にしてしまった。立ち直りの早さはほとんど天才的なのだ。


 ただ、そんな忠吾にエライところがあるとすれば、”偶然”の手柄を褒められても「私は何もしておりません」と言える素直さだろう。抜け目のない盗賊たちとの駆け引きに日々神経をすり減らす平蔵にとっては、可愛くてたまらない間の抜け方なのかもしれない。


 それでいて、第3シリーズ第6話「いろおとこ」では、後輩・寺田同心の秘密を見破るなど鋭いところを見せている。もう少し成長すれば同心としての今後が期待できるかも・・・・・と思えるのはこんな時だ。


 一方、同僚や密偵に対しては、思ったことをすぐ口に出す無神経なところがある。しかし、本人に悪気はなく、失敗も多いため、憎めない。役目において点数稼ぎに走ることもないから、警戒心も起こさせない。だから忠吾は嫌われない。ときには密偵の伊三次やおまさにまで、ムキになるのがおもしろいと、からかわれる始末だ。


 そんな忠吾の人物像をひと言で表すとすれば”かわいい弟”ではないかと思うが、いかがだろうか。



考察・いろは茶屋


140719_2231~01.jpg

(『根岸谷中辺絵図』部分/国土地理院所蔵)



140719_2246~01.jpg
※どこからどこまでが「谷中いろは茶屋」という形では現存しないが、「貞享(じょうきょう)の時代から谷中・天王寺門前に開かれた遊所」(原作)より推定。


 


 最近では隣接する根津(ねづ)・千駄木(せんだぎ)とあわせた一帯が「谷根千(やねせん)」と呼ばれ、下町の代表のように扱われている谷中。もとは閑静な寺町だったが、貞享(じょうきょう)年間に岡場所として発展する。五重塔と富くじで有名な感応時(現・天王寺)の門前に娼家が軒を連ね、その数全部で47軒。いろは47文字にひっかけて”いろは茶屋”と呼ばれるようになった。周囲に寺院が多かったため、客の大半は僧侶で、「武士はいや 町人好かぬ いろは茶屋」と揶揄(やゆ)された。


 遊女は上方出身者が多く、忠吾いわく「おっとりとしていて品がある」(第7シリーズ第5話「礼金二百両」)。ちなみに大坂・道頓堀にもいろは茶屋と呼ばれる地域があったが、こちらは芝居小屋に専属して飲食をまかなう芝居茶屋であった。


 さて、谷中いろは茶屋の値段は昼遊び一朱(現代の貨幣価値では約二千五百円)。原作によると他の岡場所より少々高い設定のようだ。最低でも一両(約十万円)はかかる吉原ほどではないが、かといって安っぽくもない。そんな程よい高級感も、谷中いろは茶屋の魅力だったのだろう。




木村忠吾に、亡き息子の 影を見た大盗

墓火の秀五郎役・・・長門裕之

 1934年、京都府生まれ。戦前から子役として活動していたが、43年の「無法松の一生」の少年役で注目される。その後、大学時代に俳優活動を再開。56年の太陽族映画の第一作「太陽の季節」のほか、今村昌平監督とコンビを組み、「にあんちゃん」(59年)「豚と軍艦」(61年)で、日本を代表する名優となった。2011年、肺炎の合併症で鬼籍に入った。




原作を読む! 


鬼平犯科帳(2) 第2話「谷中・いろは茶屋」


温和な事務方の同心として 木村忠吾が初めて登場

 

 川越の旦那こと盗賊・墓火の秀五郎と、同心・木村忠吾の不思議な交友関係がドラマの大きな見どころだが、原作では、ふたりが直接体面することはない。「川越さん」の正体は最後まで謎のままだ。

 

 なお、本作で初登場を飾った同心・木村忠吾は、24歳・独身という設定。同僚にからかわれても何ひとつ言い返さないほどおとなしい性格で、捕物には参加せず書類作成」の仕事をしている。もっとも、このあと彼は原作でも口達者なお調子者として、みるみる成長(?)していくのだが。


ー鬼平犯科帳 DVDコレクション 30- 








29.≪第3シリーズ≫ 第6話 いろおとこ

2015年01月06日(火) 02時14分18秒 テーマ:鬼平犯科帳

同心・寺田源三郎は、

     かつての兄の密偵・おせつと親密な仲になりーーー


 同心・寺田源三郎は、やはり火付改メ同心だった兄・又太郎を殺した大盗賊・鹿熊(かぐま)の音蔵の行方を追っていた。兄に瓜二つの源三郎は、ある日自分の顔を見て驚いて逃げた女が、兄の死の真相について何か知っていると確信して情報を聞き出そうとする。女はかつて兄の密偵を務めていたおせつだった。おせつの伯父・市兵衛が、音蔵のむかしなじみだということもわかり、市兵衛の手引きで音蔵の盗人宿に案内してもらうことになったのだがーーー。



江戸庶民に愛された寺・回向院


あらゆる命を供養する


 本作で、同心・寺田源三郎と密偵・おせつが出会った回向院は、明暦の大火を契機に開かれた寺院。大火の犠牲者は10万人超、大半が身元不明で、その亡骸を葬るために、幕命(ばくめい)で「万人塚(ばんにんづか)」という墓を建立した。大火のほかに海難などの自然災害による犠牲者はもちろん、無縁仏、動物の慰霊まで、生あるものすべてを供養する寺院として現在まで続いてきた。



140719_1737~01.jpg
回向院は、当時勧進相撲でも多くの人出を集めた。(『東京名勝図会 本所回向院』/東京都立中央図書館特別文庫室所蔵)



出開帳と相撲で大賑わい


 本作の風景でもなかなかの人出で賑わっているが、それもそのはず、回向院(えこういん)は江戸時代から庶民に大いに愛された寺社だ。その理由は、出開帳と勧進相撲(かんじんずもう)のふたつにあった。


 出開帳(でかいちょう)とは、地方の寺社が所蔵する秘仏、秘宝を江戸などで一般公開する宗教行事だが、娯楽の少ない当時、集客が見込めるイベントでもあった。開帳が行われる寺社の境内には多数の参詣客を見越して、屋台や見世物小屋などがずらりと並んだ。安永7年(1778)に開催された長野・善光寺の出開帳は、60日間で160万人を集めたという。



鬼平の協力者たち


三次郎

 軍鶏鍋屋(しゃもなべや)「五鉄」の亭主・三次郎は平蔵とはむかしなじみ。店を火盗改メと密偵との連絡場所として提供するほか、彦十やおまさを寄宿させている。簡単な尾行もこなし、町で見聞きした情報を平蔵に伝えることもある。


録之助

 高杉道場の後輩で托鉢坊主の井関録之助は、平蔵に仕事を手伝ってくれと頼まれた際の「命がけだぞ」との言葉が気に入り、協力を惜しまない。


お熊

 本所・弥勒寺門前の茶店「笹や」の女主人・お熊も銕三郎時代からの付き合い。「五鉄」同様、店を連絡場所に提供。役宅に町の情報を伝えに走ることも。




かつて、火盗改メの同心を 謀殺した兇賊


鹿熊(かぐま)の音蔵役・・・浜田晃

1941年、神奈川県出身。早稲田大学在学中に自由舞台、文学座演劇研究所を経て、60年代前半から、映画やドラマを中心に活躍。凄みのある風貌でさまざまな悪役を演じる。特撮ドラマでは、「仮面ライダーストロンガー」に登場した冷徹な怪人”一つ目タイタン”が有名。昨年「仮面ライダーオーズ」にも出演、フアンの喝采を呼んだ。




原作を読む! 


鬼平犯科帳(12) 第1話「いろおとこ」


人気者・木村忠吾の 見せ場をつくったドラマ
 

 寺田源三郎は原作では金三郎といい、平蔵も一目置くほどの剣の遣い手。ドラマでは源三郎とおせつが男女の深みにはまったことをにおわせるが、原作にはそこまで踏み込んだ描写はない。

 

 ドラマでは平蔵が役目辞退を願い出る源三郎へ、同心・木村忠吾がおせつの墓前で不器用な生き方をした2人へ、それぞれ処世術を述べるシーンがあるが、原作にはそうした部分はない。また、亡兄の未亡人・お篠の懐妊を看破したのは、ドラマでは女好きな忠吾だが、原作では無骨な与力・佐嶋忠介だった。


ー鬼平犯科帳DVDコレクション29  原作12巻 第1話「いろおとこ」-















29.≪第3シリーズ≫ 第5話 熊五郎の顔

2014年12月11日(木) 02時02分48秒 テーマ:鬼平犯科帳

未亡人・お延(のぶ)が惚れた男の顔は、

              夫を殺した盗賊にそっくりでーーー


 羽黒の丁右衛門一味の残党・山猫三次は高崎で捕縛されたが、兄貴分の州走(すばしり)の熊五郎は「助けに来る」と言い置いて逃げた。その熊五郎に目明かしの夫を殺されたお延は、今では中山道の新堀村で茶店を営んでいる。


 ある日お延は、病気で苦しむ信(のぶ)太郎という男を助け、2人は行く末を誓い合った。信太郎が「明日の晩には戻る」と告げ、茶店から出掛けた直後、お延に見せられた熊五郎の人相書は、まるで信太郎の似顔絵のようにそっくりでーーー。



重要街道のひとつだった中山道


京・大坂と江戸を結ぶ重要道


140708_0156~01.jpg


140708_0157~01.jpg


①桶川

武州紅花(ぶしゅうべにばな)の名産地。信太郎が行商に行く得意先には、おそらく紅花商人の大店(おおだな)もあったことだろう。


②新堀

中山道の松井田(まついだ)宿(現・群馬県松井田町)の先にも新堀という村があるが、お延に茶店があるのは深谷と熊谷の間。



140708_0201~01.jpg

③深谷

熊五郎探索の拠点となった深谷宿は中山道でも最大規模の宿場町。人口およそ2000人、旅籠(はたご)の数80軒という記録が残っている。



140708_1803~01.jpg


④高崎

松平家の城下町として大いに繁栄した高崎宿。山猫三次はここで捕縛されたため、中山道を通って、唐丸籠で江戸へ送られることとなった。



140710_1611~01.jpg

古地図(『五街道中濁案内記』部分/人文社)


 

 中山道は五街道のひとつで、江戸を起点に武州(現・埼玉県)、上州(現・群馬県)を経て信濃(現・長野県)に入り、美濃(現・岐阜県)、近江(現・滋賀県)を抜けて草津で東海道に合流、京都・三条大橋が終点となる。本作の印象的な場面を中山道の当時の街道図上に拾ってみよう。


 ①は、お延と行く末を誓った旅商人の信太郎が行商に出かけた、江戸・日本橋から6番目の宿・桶川宿。日本橋までは10里14町(約40㎞)、旅人が1日で歩ける距離に相当するため、中山道最初の宿泊地として、旅人はもちろん、参勤交代の大名の多くもここを定宿にしていた。宿泊客が多いだけに飯守女も多く、お地蔵様まで旅籠(はたご)通いをしていたという伝説がある。もちろん、実際に通っていたのは僧侶たちだが、身代わりにお仕置きを受け、背中に鎹(かすがい)を打ち込まれた地蔵(通称・女郎買い地蔵)が、今も大雲寺に残っている。

 ③は、山猫三次を移送する火盗改メが、江戸から出張った平蔵らと落ち合った深谷宿(現・埼玉県深谷市)、日本橋から9番目の宿。ここは中山道でも最大規模の宿場町で、隣の熊谷宿からわざわざ遊びに来る者もいたようだ。宿の出口にあった松の木は「見返りの松」と呼ばれ、当地の名所だったが、今は枯死してしまった。


 ③の深谷宿と熊谷宿の間にあるのが新堀村(②)。お延はここで小さな茶店を営んでいる。茶店から実家の市ノ坪(現・埼玉県熊谷市市ノ坪)まで約1里と原作にあることから、茶店近くを流れる川は星川(ほしかわ)であろう。


 ④はドラマ冒頭で、火盗改メが洲走(すばしり)の熊五郎を取り逃がす高崎宿。現在の群馬県高崎市で、江戸・日本橋から13番目の宿場だ。越後(えちご)へ向かう三国街道との分岐点だが、大名や旗本、幕府役人の宿舎である本陣は置かれておらず、宿場としては、それほど大きな規模ではない。しかし、街道筋には多くの市が立つなど商業面では大いに栄え、都々逸(どどいつ)に「お江戸見たけりゃ高崎田町、紺の暖簾(のれん)がひらひらと」と詠(うた)われた。高崎とその周辺では、今も白壁の古民家が往時の面影を残している。



犯罪人の移送


 江戸時代、囚人を移送するために用いられた籠を唐丸籠(とうまるかご)という。手足を縛った囚人を板の上に座らせ、円筒状の竹籠をかぶせたもので、「唐丸」という長鳴き鶏(美しい声で鳴く観賞用のニワトリ)を飼うための竹籠に似ていたことから、この名が付いたといわれている。


 安永年間(1772~1781)に入ると、幕府は多くの無宿人を佐渡金山に送り込んだが、その際にも唐丸籠が用いられた。中山道から北国(ほっこく)街道を通って佐渡へ向かう唐丸籠の行列は、さぞかし異様な眺めであったことだろう。竹の編み目が粗く、中にいる者の姿がよく見えるので、見せしめ効果も抜群だったに違いない。



弟分の奪還に執念を燃やす 腕利きの盗賊


洲走(すばしり)の熊五郎役・・・高橋長英

1942年、神奈川県出身。俳優座養成所を経て、フリーランスとして俳優活動をスタート。68年の森谷司郎監督作品「二人の恋人」の、加山雄三の弟役で映画デビューを飾る。数多くの作品で、蔭のある屈折したタイプの青年役を好演し、時代劇から現代劇、ホームドラマまで、幅広いジャンルで活躍する。山崎豊子原作作品や伊丹十三監督作品では、常連俳優として強い印象を残した。





原作を読む!


にっぽん怪盗伝 第7話「熊五郎の顔」


140710_1701~01.jpg



平蔵とは別の時代の物語


 原作は「鬼平」シリーズの原点ともいえる短編集「にっぽん怪盗伝」に収録された同名小説。長谷川平蔵の時代より半世紀ほど前の享保16年(1731)という設定で、洲走(原作では州走)の熊五郎と山猫三次は羽黒の丁右衛門一味ではなく、講談や歌舞伎、映画にもなった実在の大泥棒・雲霧仁左衛門(にざえもん)の手下。火付盗賊改方の長官を務めているのは、向井兵庫という人物だ。その他の主な登場人物とストーリー展開は、信太郎とお延の恋愛物語を軸に、ほぼ忠実にドラマ化されている。


ー鬼平犯科帳DVDコレクション29  原作・にっぽん怪盗伝 第7話「熊五郎の顔」-







鬼平が出会った「女」たち。

2014年12月04日(木) 16時32分38秒 テーマ:鬼平犯科帳

鬼平が出会った「女」たち。


おふさ 「本所・桜屋敷」第1巻 第2話 


 白州に立ったおふさは、詮議場へ、急にあらわれた二人の男に気づいて、これを見まもったが、彼女の表情はみじんもうごかない。

 まったく、おふさは、平蔵も左馬之助も忘れきってしまっていたのだ。

 牢屋へ去るおふさを見送りつつ、平蔵が、左馬之助へささやいた。

「女という生きものには、過去(むかし)もなく、さらに将来(ゆくすえ)もなく、ただ一つ、現在(いま)のわが身あるのみ・・・・・ということを、おれたちは忘れていたようだな」


 高杉道場で岸井左馬之助と猛稽古を積んでいた頃の「本所の銕(てつ)」にとって、桜屋敷の孫娘おふさは、神聖にして侵(おか)すべからざる存在だった。男のあぶらがこってりと腰や胸にのった商売女たちへは、遠慮会釈もない腕をさしのべる。それでいて・・・・・。

「手を出すなよ、おふささんに・・・・・」

 と、かつての平蔵は左馬之助にいい、左馬もまた、

「お前こそ、な」

「出したら、斬る」

「おれもだ」


 だれにでも(男なら)覚えのあることだろう。若い性欲を発散させる相手なら、とりあえず女でありさえすればいい。だが、純な憬れの女性(ひと)には手が出せない。

 おふさが嫁入り仕度を数艘(すうそう)の舟にのせて、ゆったりと水面をすべって行くのを見ながら、平蔵は左馬之助にいう。

「いいさ、おふささんが、しあわせになるのなら・・・・・」

 その日以来、平蔵は、まるで瘧(おこり)がおちたように無頼仲間から遠ざかる。

 それから二十年。火付盗賊改方の長官(おかしら)として「鬼」と異名を取るようになった平蔵が再開するのは、残忍な盗賊・小川や梅吉をそそのかせて近江屋夫婦を惨殺させた、氷のようなおふさだ。「近江屋にはうらみがある。金を盗(と)るより殺すことのほうが大事だった」と語って、悪びれるところがない。




★長谷川波津(平蔵の義母)


 若き日の平蔵に、強烈な影響を及ぼした女が、もう一人いる。

 長谷川波津。平蔵の義母である。長谷川家の先々代当主・修理の妹だが、兄の遺言で叔父にあたる長谷川宣雄と結婚する。このときすでに宣雄には銕三郎(後の平蔵)という息子がいた。甥の修理の厄介になっていた宣雄が、下女のお園に手を出して、生まれたのが平蔵だった。

 実の叔父を夫にした波津は、二十七歳まで縁談の口が一つもかからなかったという女だけに、気性が強く屈折したところがある事情を考えれば無理もないことだ。わが腹から跡継ぎの男子を生むつもりだから、当然、頑として銕三郎を家に入れることを拒む。波津にとって不幸なことに、結局、跡継ぎは生まれない。

 かくして、十七歳まで実母お園の生家で育った平蔵が本所の長谷川家へ戻ることになるのだが、波津にとっては顔を見るのさえ苦々しい、「妾腹の子」である。平蔵をいじめぬくこと並々でなく、食事も奉公人同様の扱いになるのがむしろ自然というものだろう。

 つねに冷たく、さも憎さげに自分をにらみすえる義母の眼(まな)ざしを、平蔵は終日感じながら暮らさねばならなかった。その反動として、平蔵は無頼の道に走る。二十歳になった正月のある日、夜遊びから門を乗り越えて帰邸した平蔵は、波津にきつく叱りつけられ、逆上して義母をなぐりとばす。これはどう考えても、非は平蔵にある。「妾腹の子より、別の親類の子を跡継ぎに・・・・・」と、これを機に波津が画策し始めたとしても、だれが波津を責められるだろう。砂を噛むような日々を過ごした平蔵も可哀そうだが、波津はさらに哀れである。しかも、波津の気持ちを察して波津を弁護する人間は、ついに一人もいない。



おその 「座頭と猿」第1巻第7話


 おそのは、薄幸(ふしあわせ)な女だった。早くに母親が死んで、七歳から飴売りの父親に育てられ、十七の夏、線香突きをしている房五郎の女房になる。線香突きは躰によくない仕事で、おそのには優しい亭主だった房五郎は、わずか足かけ二年の結婚生活で呆気なく病死してしまう。

 しかたなく父親のところへ帰るが、今度は父の与助が中風(ちゅうぶ)で倒れる。こうなったら茶汲女になるしかない。いわずと知れた売春である。病気で手足も動かせない父親には付き添いをたのまなければならず、医薬の代もばかにならない。そこで座頭の彦の市に出会い、二十両の支度金をもらって囲い者になる

 彦の市に対しては愛情のかけらもないが、按摩ならではの十本の指は魔法のようにおそのの肉体を狂喜させる。おそのは、そうした自分が次第に恐ろしくなってくる。

 そのとき、隣りに住んでいた小間物の行商人・徳太郎の少年のような初々(ういうい)しさがおそのの心をとらえる。ところが、この徳太郎が実は夜兎の角右衛門という大盗賊の手下だ。どこまでも運の悪いおそのである。

 嫉妬に駆られた彦の市が徳太郎を鰺切り包丁で刺し殺して逃亡したとき、ようやく鬼平が動き始める。彦の市もまた盗賊の一味であることはつきとめるが、その行方は不明のままだ。平蔵は彦の市の女だったおそのに監視の網を張る。

 おそのは、また愛宕権現下の茶店へ戻っている。濃い化粧をしたおそのの姿態からは、むせ返るような色気が立ちのぼり、どこかの大店(おおだな)の番頭らしいでっぷりした男が、おそのの酌を受けて満面の笑みくずしている。

 それを編笠の中から見て、平蔵は供の同心に苦笑しながらつぶやくのだ。


 「酒井。あの女は、もう座頭のことも死んだ小間物屋のことも忘れているらしいな。あの色っぽいからだへ、男のにおいがしみつくごとに、あの女は得体の知れぬ生きものとなってゆくのさ。いや、どんな女にも、そうしたものが隠されているらしいが・・・・・」



おろく 「むかしの女」第1巻 第8話


 十九歳の長谷川平蔵が、おろくを知ったとき、彼女は二十六、七だったはずだ。当時おろくは牙僧(すあい)女と呼ばれる一種の娼婦で、本所・深川界隈で顔をきかせていた。

 「入江町の銕さんは、若いが肝(きも)のふてえ悪(わる)だねえ。気に入ったよ」と、一端の毒婦気どりで若い平蔵に近づき、女盛りのあぶらののった肌身をすり寄せたから、平蔵、たちまちその気になって、それからはおろくのひもであるこのひもは態度が大きく、躰を張って稼ぐ女の金を捲き上げては、いいように飲み食いをし、子分たちにはエエカッコシイでどんどん小遣いをやる。

 そのくせ、おろくが他の男に抱かれたかと思うと我慢がならず、なぐる蹴るは日常茶飯事。ついにあるとき、怒気にまかせて思わず脇差(わきざし)を抜き、横に払った。血だらけになって泣き叫ぶおろくへ「さまあみろ!」と毒づいた平蔵、さっさと外へ飛び出し、次に二人が出会うのは平蔵四十五歳、おろくが五十四歳の夏である。

 夏羽織を着て、袴をきちんとつけ、塗笠を手にした平蔵が船松町の渡し場から通りへ出たとき、洗いざらしの単衣(ひとえ)の裾を端折(はしょ)り、ひからびて埃(ほこり)だらけの素足にわらじ履き、白髪(しらが)まじりの引(ひっ)つめ髪の老婆が、「あの・・・・・もし・・・・・」と、声をかけてくるのだ。

「おれを、長谷川平蔵と知ってかえ?」

「は、はい・・・・・」

 老婆は、ふるえる指先で、おのがえりもとをひらいて見せた。

 平蔵は瞠目(どうもく)した。

 干魚(ひもの)のように骨が浮いた老婆の胸肌(むなはだ)に、長さ四寸ほどの切傷のあがきざまれているのを、平蔵は見た。

「お前・・・・・では、あの、おろくか・・・・・?」


 老婆の渋紙のような胸に残る傷跡は、むろん、ひもだった平蔵によるものだ。あの日、真白に、ふっくらと盛り上がっていた乳房から鮮血がほとばしったのを、いま鬼の平蔵ははっきりと思い出す。

 平蔵から財布ごと三両余りの金をもらったおろくは、ますます味をしめて強請(ゆすり)に精を出すことになる。遠い昔に遊んだ牙僧(すあい)女がひょっこり眼前に現れて、「まあ、旦那。お久し振りで・・・・・」とやれば、たいていの男が大あわてにあわてて何両か包む。

 おろくの強請屋稼業は、やがて凶悪な雷神党一味の聞きつけるところとなり、貯め込んだ金を狙(ねら)われて、おろくは簡単に殺されてしまう。小房の粂八が盗人宿の床下からおろくの死体を発見したとき、平蔵は暗然としてつぶやく。

「こやつ、気の善い女だったが・・・・・」

 左馬之助が、死体の始末について尋くと、

「おれが菩提所(ぼだいしょ)へほうむってやろうよ」



おけい 「埋蔵金千両」第2巻 第7話


 おけいは千駄ヶ谷の百姓・与兵衛の娘で、額(ひたい)の張り出した、金壺眼(かなつぼまなこ)の、どう見ても十人並みとはいえない顔だちながら、身にまとっている衣類(もの)からはじけ出そうな立派な体格をしている。そして、朝から晩まで、それこそ身を粉にして働く。こういう下女のおけいについ手を出して、これを妾代わりにしたのは太田万右衛門こと大泥棒・小金井の万五郎だ。

 その万五郎が死病にかかり、「千両には少し足りねえが、わしの金が隠してある」と、おけいに打ち明ける。一年に十五両あれば楽に暮らせた時代の千両である。

 その隠し金の半分はお前にやるから、ついては、残り半分を受け取るべき人を信州から連れてきてもらいたい・・・・・と万五郎にいわれて上田へ向かったおけいだったが、二十里も行かぬうちに気が変わる。

(いまごろ、もう、旦那さんは死んでいるかも知れない・・・・・)

 と、思った瞬間のことである。どうせ長くはない旦那に、これ以上義理立てすることはない。半分といわず、あたしが全部もらったってかまやあしない、となったわけだ。さいわい、金を埋めた場所は聞いてある。たちまち足は小金井に向かい、地蔵堂のそばの竹藪から首尾よく金を見つけ出す。

 掘り出した九百四十両は、そのまま実家の裏に埋めて手をつけず、親の与兵衛や兄弟たちへは「旦那に追い出された」と、いいつくろう。その作り話があまりにも真に迫っていたから、やがて万右衛門頓死の噂を聞いた父親が、「あんなひどいやつのところへ線香なぞ上げに行かぬでもいいわい」といったほどだ。

 小金井万五郎の探索からおけいが浮かび、役宅へ呼び出して、平蔵がただ一言「何事も有体(ありてい)に申し上げよ」。別に大声ではないのだが、そこが鬼の平蔵の呼吸である。身をふるわせたおけいは何もかも白状する。すべてを白状した後は、すっかり落ち着き、牢内の飯をむしゃむしゃと平らげ、毎晩、牢番が呆れるほどの大いびきをかいて眠る。

 長谷川平蔵がおけいに下した処罰は、案外軽いものであったらしい。そのことは、平蔵が吐き捨てた、こんな台詞(せりふ)でわかる。


「ああした女は、根は悪くないものだ。いやなに、きれいな衣装をまとい、椎茸たぼなぞに髪をゆい、おれなぞを見ても見向きもせぬようなえらい女が、江戸城(おしろ)の中にうようよと泳いでいるが・・・・・」

 と、平蔵が山田市太郎へいったのは、御殿女中のことをさしたものであろう。

「あいつらの悪事(わるさ)ときたら、いやはや、ひどいものさ。ところが御城と将軍家の御威光で、悪事が悪事にならぬ。それにくらべたら、おけいなぞはすっとましだわ」



お豊 「艶婦の毒」第3巻 第3話


 お豊という女のことは、平蔵の妻の久栄も知ってはいない。知る者はただ、華光寺の墓石の下に眠る亡父・長谷川宣雄のみである。

 京の西町奉行に任ぜられた父と共に、平蔵夫妻が京都へ移ったのは、安永元年の秋のことだった。折りしも久栄は長男・辰藏を身ごもっていた。ときに平蔵二十七歳。妻女の懐妊中をいいことに、派手に遊び回る。後に平蔵は、剣友・岸井左馬之助にこういっている。

「いやもう、さすがに皇都(こうと)よ。酒の香も女の肌も江戸とはまるでちがうのだなあ・・・・・」

 お豊は祇園のはずれにある小さな茶店の女主人(おんなあるじ)で、背丈はすっきりと高く、しなやかな肢体の動きに独特の爽やかな躍動感がある。一目で平蔵はとりこになった。

 それから五日目の夕暮にまたやって来た平蔵は、その夜、父の役宅へ帰らなかった。お豊の烈しさは遊びなれた平蔵が目眩(めまい)するほどのものだった。裸身になると、肩や腕の肉(しし)おきはすんなりしているのに、乳房は豊かで、ことに腰まわりから太股(ふうともも)にかけての白い肌に女盛りの凝脂が満ち満ちている。化粧の気もないのに、女体から立ち昇る汗の匂いが茴香(ういきょう)のような芳香(ほうこう)を放った。

 お豊とのめくるめくような愛欲の日々は十日間続いた。そこで平蔵は父・宣雄に呼びつけられ、お豊の茶店が盗人宿であることを告げられて愕然とする。お豊は上方から近江へかけて鳴らした虫栗の権十郎という盗賊の女だったのだ。

 お豊の名は、おたか、おせん、おみつ、おしま・・・・・など、いくつもあって、どれが本当の名だか、自分でもわからない。五つか六つのとき尾張・鳴海の宿外(しゅくはず)れへ捨てられた。捨てたのは父親だったろうと、お豊は思っている。幼女の記憶にある「お父さま」は、両刀を腰に帯していた。宿場の人だかりの中で、泣き叫んでいたお豊を連れ帰り、次第に女盗(にょとう)へと育て上げたのが虫栗の権十郎だ。むろん、その肉体をわがものにした上でのことである。お豊が十七のときだった。先代・権十郎が死ぬと、お豊はそのまま二代目のものになる。

 お豊の、これまでの浮気の相手は、みな[さむらい]にかぎられている。

 二代目・虫栗も、うるさくはいわぬし、このごろは、お豊のほかに大坂で若い女を囲っているから、

「好きにしていいが、あぶねえまねはこまるぜ」

 苦笑しているほどで、それはまた[女盗]として三十何年もつき合っているお豊にふかい信頼をよせていることにもなろう。

 お豊が、さむらいに抱かれたくなるのは、きっと彼女の胸底に、

(わたしは、さむらいの子に生まれたのだ。ほんとうなら、さむらいの奥さまになれていたかも知れないのだもの)

 という女の想いが、ひそみかくれているのだろう。


 お豊が[さむらい]ばかりを遊び相手に選ぶもう一つの理由は、武士(さむらい)という生きものは盗賊から見ると、どこか間が抜けていて手玉に取りやすいからだった。

 二十余年前の平蔵と同じように、今度は、たまたま平蔵の供をして京都へ来ていた忠吾(うさぎ)が手玉に取られる。平蔵は、むろん、若い同心を無事に救い出し、女盗に縄をうつ。お豊はすでに平蔵などきれいに忘れている。平蔵は引き立てられて行くお豊を黙然とながめているしかなかった。



お熊 「寒月六間堀」第7巻 第6話


 弥勒寺(みろくじ)の前を通りすぎようとした平蔵へ、門前の茶店[笹や]から、

「ちょいと、銕つぁんじゃあねえか。素通りする気かえ」

 と、声がかかった。爺いのような塩辛声なのだが、声の主は女である。女といっても七十をこえた凧(たこ)の骨のような老婆である。これが[笹や]の女あるじで、お熊という。このあたりの名物婆さんだ。

「婆さん。笠をかぶっているのに、よく、わかったな」


 お熊にだけは、さすがの平蔵もちょっと頭が上がらない。銕三郎を名乗っていた不良青年のころ、よく笹やのお熊から酒を飲ませてもらい、泊まったことも一度ならずある。当時、お熊は四十四、五歳で、亭主の伊三郎を亡くしたばかりだった。

 例によってゴロをまき、笹やへ転がりこんだある晩のこと、夜更けてから酒気ふんぷんたるお熊が平蔵の寝床へもぐりこんできたものだ。平蔵から見れば「おふくろ代わり」の気安い相手だが、お熊にとっては、いきのいい若い男である。酒の勢いを借りてことに及ぼうとしたお熊の心情は察するに余りある。

 しかし、平蔵はおどろいた。あわてふためき、青くなって逃げ出した。こちらの気持ちもよくわかる。

 それ以来、笹やの前を通るたびに、お熊が、「銕つぁんよう。取って喰おうたぁいわねえから、寄って行きなよう」と、大声で呼びかけるので、平蔵はほとほと閉口しているのだ。ま、身から出た錆。

 盗賊改方に任じてから、平蔵は婆さんと旧交をあたため、ときにはお熊を役宅に招んで久栄の手料理を食べさせたりする。お熊はすっかり恐縮し、いくら偉い火盗改メ長官になっても昔のまま気楽につき合ってくれる平蔵に心服して、次第に密偵のまねまでし始めるのである。



おまさ 「血闘」第4巻 第4話


 妻女の久栄が、そうしたおまさを見て、平蔵にいった。

「おまささんは、若いころのあなたさまのことが忘れられないのでございましょう」

「ばかな・・・・・なにをいい出すのだ」

「いえ、まことでございますよ」

「なれど、あのころ、おまさはまだ十か、十一で・・・・・おぬし、どうかしているのではないか?」

「なればこそ忘れられぬのでございます。それが、女というものでござります」


 おまさの父親は本所・四ッ目に堂々と[盗人酒屋]の看板を掲げて居酒屋を営んでいたが、元はといえば鶴(たずがね)の忠助と異名を取った盗賊。それも昔気質(むかしかたぎ)で、「ないところからは盗(と)らず、ありあまるところから盗る。おつとめに人を殺傷せぬ。女を犯さぬ」の三ヶ条をついに一度も破ったことがなかった。

 そのころ二十歳(はたち)を出たばかりの平蔵は、忠助の正体を聞くや、なおさらにこの居酒屋の亭主が好きになり、自分も妾腹の子に生まれた苦しみを率直に打ち明けたものだから、忠助もまた感激して、二人は大いに意気投合する。いつしか盗人酒屋は平蔵にとって「我が家のようなもの・・・・・」になっていた。

 忠助はまだ十か十一の少女だった娘のおまさと二人暮らしで、平蔵が酒を飲み過ぎた翌朝など、おまさが小さな手で器用に白粥をこしらえ、梅干と香の物を添えて、中二階まで運んできてくれたものだ。

 やがて二十余年の歳月が流れ、火盗改方長官として泣く子も黙る[鬼の平蔵]の役宅へ、ひょっこりおまさが現れる。

 小肥(こぶと)りな少女だったおまさは、すっきりと年増痩(としまや)せしていた。齢は三十をこえたが、肌は江戸の女の常で浅黒いが荒れてもいず、身なりはきっちりとしてい、黒くてぱっちりとした双眸(りょうめ)とおちょぼ口が昔の面影を宿している。なんと、おまさは「密偵(いぬ)になりたい」と申し出たのだった。

 亡父・忠助のころからの関係で盗賊の[引きこみ]をつとめていたおまさだったが、旧知の長谷川平蔵が火付盗賊改方の長官に就任したと知り、

 (ここがしおどき。どうせ足を洗うなら、銕さん・・・・・いえ、長谷川さまのためにはたらきたい。それなら死んだお父つぁんもよろこんでくれるだろう・・・・・)

 と、思いきわめてのことである。

 以後、おまさは[まき紙・おしろい・元結(もつとい)・せんこう]と書いた紙を貼りつけた箱を背負い、手に[おはぐろ]の壺をさげて、小間物の行商をしながら江戸の町々を回り歩き、さまざまな情報を平蔵にもたらすようになるさすがに、おまさの目は女ながら冴えて光り、彼女の情報によって火盗改メが事件を解決することも多い。

 平蔵は、おまさの心の底にいまなお燃え続けている火があるのを知っている。そして、平蔵が知っていることをおまさは知っている。おまさは、もうそれだけでいいのだ。いずれ、おまさは、同じ密偵仲間である大滝の五郎蔵と結ばれ、長谷川平蔵夫婦が媒酌をつとめることになるが、それはまだずっと先の話である。



久栄(平蔵の妻) 「むかしの男」第3巻 第6話


 久栄は、障子をしめた。

 白い顔へ、血がのぼってきている。

 双眸(りょうめ)が、異様なひかりをやどしていた。

 このとき、久栄は四十一歳。

 十八歳の秋に長谷川平蔵の妻となってより二十三年。二男二女を生んでいるが、

「どう見ても、三十四、五」

 の若わかしさだと、人びとはいう。

 ふっくりとした顔(おも)だち、躰(からだ)つきで、人がらもさばけており、それでいて奉公人たちが期せずして心服せざるを得ない威厳がおのずからそなわり、長男の辰藏宣義(たつぞうのぶのり)も、

「おやじよりも、おふくろさまのほうがおそろしいよ」

 などと、遊び友だちにもらしている。


 久栄の父は大橋与惣兵衛という二百俵取りの旗本で、平蔵や左馬之助と同じ高杉道場で剣術をやっており、だから平蔵にとっては三十二歳も年長の老剣友ということになる。もともと、長谷川家と大橋家とは、本所で屋敷が隣り合っていたことから親交が深い。

 あるとき、老剣友が平蔵にこぼした。娘の久栄がとんでもない男にだまされ、傷ものにされた。もう嫁にもやれない。情けなくて、可哀そうで、ああ、あんなに温和な、優しい娘なのに・・・・・。

 とんでもない男というのは、大橋家の反対隣りにあった近藤家の息子・勘四郎で、十七歳だった久栄をもてあそんで捨て、おまけに二百五十石の家名も老いた両親も放り出して吉原の遊女と逐電した。

 それを聞いた平蔵が、

「なげいたところではじまりませんよ」

 「だからと申して・・・・・」

「よろしければ、私がいただきましょう」

 「え・・・・・」

「久栄さんを、嫁に・・・・・」

 「なんと・・・・・」

「道楽者の私では、不足かなあ」

 「そりゃ、まことか?」

「ああ、左様です」

 「まことに、まことか?」

「まことにまことですよ」

 「むすめは、傷ものだぞ」

「私だって、傷ものの点ではひけはとらない。おたがいさまですよ」

 こうして、その翌年、久栄は平蔵の妻になった。結婚初夜、久栄が両手をつき、「このような女にても、ほんに、よろしいのでございますか」と問うたとき、平蔵は、こんな極道者でいいのかと問わねばならぬのはおれのほうだと答え、「久栄。お前、いい女だ。前から、そうおもっていたのさ」と、いったものだ。

 平蔵の役宅へは、職掌柄、夜昼を問わず部下や密偵たちがやってくる。彼らはしばしば腹を空かせ、眼を血走らせ、疲れ切った表情を見せる。食うものも食わず、暑さ寒さの中で不眠不休の仕事に命を賭けているからだ。

 ようやく報告と打ち合わせが終わり、平蔵が「よう、してのけた。ご苦労だった。では飯を・・・・・」と、いいかけた途端に、久栄が侍女に膳部を運ばせて現れる。以心伝心。男が夢に見る妻の理想像が、ここにある。

 四百石の旗本の妻女ともなれば、みずから台所に立つ必要はない。しかし久栄は、ときに応じて平蔵のために台所へ出て行く。鴨の抱き身を、醤油と酒を合わせたつけ汁へ漬けておき、これを網焼きにして出すのは、久栄の得意料理の一つだ。つけ汁に久栄ならではの工夫がある。

 鴨の脂身は細く細く切り、千住葱と共に舌を焼きそうな熱々(あつあつ)の吸物に仕立てる。これが夫の大好物と知っているからである。平蔵がうれしさを隠して冗談をいう。

「久栄。わしに、このような精(せい)をつけさせて何とするぞ?」

「まあ・・・・・」

 久栄が顔を赤らめる。

 部下たちが去ったあとで、平蔵が久栄に卵酒(たまござけ)をたのむことがある。疲れがひどくたまったとき、風邪気味のときだ。これは久栄が作ったのでなくては承知しない。材料をそろえた久栄が平蔵の居間の火鉢の前へすわり、まず、小鍋へ卵を割りこむ。酒と少量の砂糖を加え、ゆるゆるとかきまぜながら、凝(じつ)と火の加減と箸の先を見つめている。熱くなったところで椀へ盛り、これに生姜の搾(しぼ)り汁を落とす。これが平蔵好みの卵酒なのだ。


 『鬼平犯科帳』とは、畢(ひつ)きょう、どれも一つの夫婦の物語であるかも知れない・・・・・。


ー「鬼平犯科帳」お愉しみ読本  佐藤隆介(食文化研究家)

 



 




















1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>

AD

Amebaおすすめキーワード

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス

ランキング

  • 総合
  • 新登場
  • 急上昇