1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>

24.≪第2シリーズ≫ 第18話 白と黒

2014年04月06日(日) 17時20分22秒 テーマ:鬼平犯科帳

逃げ延びたもんどりの亀太郎に言い寄る2人の美女の目的は


 門原(もんばら)の重兵衛(じゅうべえ)一味が火盗改メに捕まった。平蔵に左腕を斬られながらも、唯一逃げ延びたのは、もんどりの亀太郎。傷のために盗めができなくなり、博打三昧の亀太郎に、お今とお紋、2人の美女が言い寄ってくる。小さな盗みで亀太郎を食わせながら、かいがいしく身の回りの世話まで始めたこの2人は、実は姉妹。亀太郎が隠し持っている重兵衛の一千両を、やはり門原一味だった父親・焼野(やけの)の源蔵のために取り戻そうと画策するがーーー。



娯楽都市・江戸の軽業師


人気が高かった軽業


 江戸はさもざまな芸能、技芸が大道芸や見世物として気楽に楽しめる、娯楽にあふれた都市だった。


 両国広小路や浅草奥山、上野山下などの繁華街には見世物小屋や芝居小屋、寄席などが常に軒(のき)を連ねていた。また、縁日や祭礼が行われる寺社の境内(けいだい)や参道、花見の名所などにも、人の集まる時期になると見世物小屋や寄席が設営された。


 なかでも人気があったのは軽業(かるわざ)だ。小さな頃から訓練を受け、超人的な体術を身につけた軽業師が見せる芸に、観客は興奮した。綱渡りや梯子(はしご)乗りはもちろん、珍しいところでは人馬の術というのもあった。これは、ひとりがもうひとりを肩の上に立たせて疾走したり、ひとりが疾走中に肩の上に乗ったもうひとりが跳躍して障害物を飛び超したりするというもので、のちに押し込みなどの悪事に応用される恐れがあるとして、町奉行から禁止されてしまった(元文5年[1740]徳川禁令考)。


 軽業師出身の盗賊が実在したかどうかはさておき、身の軽さは盗賊稼業にとって、重要な要素である。「鬼平犯科帳」にも軽業師出身の盗賊が複数登場する。


 本作のもんどりの亀太郎ももと軽業師。もんどりとは、宙返り、とんぼ返りのことで、冒頭、亀太郎は馬上の平蔵に追い詰められるが、見事な跳躍力で塀に飛び乗り、逃げ延びた。もんどりの通り名に恥じない身の軽さだ。


 さて、軽業界最大のスターは、幕末期に実在した早竹虎吉(はやたけとらきち)。天保年間(1830~1844)から大坂で活躍し、安政4年(1857)に江戸へ進出、両国広小路などで興行を行った。得意の出し物は曲差(きょくざ)し。旗竿を肩の上に立て、竿先に乗った子供に軽業や早替りをさせながら、下で三味線を弾いた。



もと軽業師の盗賊たち


 綱渡りや梯子(はしご)乗り、玉乗りなどをこなす軽業師たちは、跳躍力、平衡(へいこう)感覚、柔軟性、俊敏性に優れている。いわば、人知れず人家に押し入る盗賊にうってつけの身体能力、技術を持っているのだ。「鬼平犯科帳」に登場するもと軽業師の盗賊を見てみよう。


 第4シリーズ第7話「むかしなじみ」に登場する、相模の彦十の昔なじみ、網虫の久六(きゅうろく)がいる。網虫とは蜘蛛(くも)の異名で、張った網の上で綱渡りやとんぼ返りなどの技を披露する技芸を蜘蛛舞と呼んだ。また、第7シリーズ第14話「逃げた妻」の入間(いるま)の又吉も燕(つばめ)小僧の異名を取るもと軽業師だった。


 そして、忘れてはならないもと軽業師に、密偵・小房の粂八がいる。粂八は幼少期から軽業師に育てられ、芸を仕込まれた。ドラマ後半の亀太郎対粂八は、もと軽業師対決としても、大変に興味深い。




原作を読む!


鬼平犯科帳(8) 第5話「白と黒」


金ではなく色事目当てで男に近づいた女2人


 亀太郎が隠し金を持ち、それを姉妹が狙うというのはドラマの創作。原作では女は姉妹ではなく泥棒仲間で、亀太郎に近づいたのは色事目当て。タイトルの「白と黒」は、お今の肌が浅黒く、お紋(原作ではお仙)は色白ということからきたもの。亀太郎の左腕が利かないのもドラマの脚色だ。ドラマでは原作に流れるユーモアを生かしながら、視覚的にドラマチックな設定となっている。


ー鬼平犯科帳 DVDコレクション 24-













PR

24.≪第2シリーズ≫ 第17話 霧の朝

2014年03月18日(火) 17時10分35秒 テーマ:鬼平犯科帳

一度は取り戻した実の息子を

              預けた両親へ再び返す霧の朝


 桶屋の富蔵は、岡っ引き・仙台堀の政七の手下。ある日、富蔵の息子の幸太郎がかどわかされた。実は幸太郎はもらい子で、かどわかしは実の両親である吉造とおきぬの犯行ではないかと疑われた。だが、本当の犯人は蜂須賀の為五郎の情婦・お安だった。お安は、死罪になった為五郎のことで、為五郎を捕まえた富蔵を逆恨みしており、復讐のために幸太郎をかどわかしたのだった。ある偶然からお安一味のねぐらを知った吉造夫婦は、幸太郎を救い出すべく乗り込んで行くがーーー。



切絵図に見る品川


物語の舞台


 本作の舞台・品川は平蔵の弟分・井関録之助にとっては”庭”であり、①吉造・おきね夫婦が寝起きする物置小屋は、御殿山から目と鼻の先の、現在でいう八ッ山下にあった。幸太郎が監禁されていた②酒屋・三河屋は、ここから東南へ600メートルほど行った北品川2丁目辺りで、録之助行きつけの③蕎麦屋・小玉屋のはす向かいにある。



宿場町


 古くから漁師町として栄えた品川は、江戸時代に入ると東海道随一の宿場へと発展。食売旅籠(しょくうりはたご)が立ち並び、北の吉原に対して南国と呼ばれた。水茶屋、煮売り屋なども多く、江戸有数の遊興地・行楽地として繁栄を極めた。



武家地


 周辺には久留米藩下屋敷(現・品川プリンスホテル)などの武家屋敷が多く立ち並んでいた。北品川の西にあった御殿山は、将軍家の鷹狩の場だったのだが、八代将軍・吉宗が桜を植樹。現在は、高級オフィス・高級住宅・都市型ホテルなどから成る複合都市「御殿山ガーデン」の日本庭園にかすかな名残をとどめるのみだが、当時は王子の飛鳥山などと並ぶ花見の名所だった。



寺町


 芝・増上寺の末寺をはじめ多くの寺も散在していた。なかでも特に人気があったのは④海照山(かいしょうざん)品川寺(はんせんじ)。境内にある青銅の地蔵菩薩像が、江戸で流行した六地蔵詣りの第1番だったのだ。他にも、台所の神様である荒神様を祀(まつ)った⑤龍吟山(りゅうぎんざん)海雲寺(かいうんじ)、毎年秋になると紅葉狩りを楽しむ人々でにぎわった⑥海晏寺(かいあんじ)、たくあん漬の発案者といわれる沢庵和尚のいた⑦東海寺(とうかいじ)などが現存している。



究極の願掛け・お百度参り


 お百度参りの起源は平安時代にまでさかのぼる。もともとは「百日詣(ひゃくにちもうで)」といって、祈願のため神社や寺に百日間、毎日欠かさず参詣(さんけい)することだった。それがいつしか、入り口あるいはお百度石の置かれた場所から本堂までを1日に百往復するという形に変化していく。お百度参りをすることを「お百度を踏む」とも言う。


 往復回数を間違えないでかぞえるために、おろくのように百本の竹串を使ったり、こより、小石、掛け札、硬貨などが用いられたりした。お百度石の中には、これらを置くための穴が空けられているのもある。


 お百度参りにこれといった決まりはないが、願いがかなった場合は、千度のお礼参りをするのが正式という説も。




原作を読む!


鬼平犯科帳 (19) 第1話「霧の朝」


育ての親と産みの親、それぞれの子を想う心を描く


 火盗改メには直接関係のない誘拐事件を描いた一編。平蔵も盗賊も一応、絡んではいるが、ほとんど脇役といっていい。育ての親と生みの親、それぞれ立場は違えども、いなくなった子供を取り戻そうとする必死の姿に目頭が熱くなる。ドラマでは、二木てるみが演じた桶屋の女房・おろくのお百度参りをプラス。彼女の苦悶(くもん)を具体的に映像化することで、ラストシーンの感動をより一層盛り上げている。

ー鬼平犯科帳 DVDコレクション 24-





23.≪第2シリーズ≫ 第16話 夜狐

2014年02月27日(木) 13時21分43秒 テーマ:鬼平犯科帳

阿呆鳥・夜狐の弥吉は、殺人の裏に秘密を嗅ぎ取って・・・・・


 隠し売女の斡旋(あっせん)を稼業とする夜狐の弥吉は、若侍が殺害されるところを目撃した。死体は遊郭から朝帰りの忠吾が発見。平蔵が身元を洗うと、三千石の旗本・近藤監物(けんもつ)の嫡男・小一郎だとわかる。不自然な殺され方から、平蔵は近藤家に不審を抱き、密偵・伊三次を潜入させる。一方、弥吉は侍殺しの犯人を突き止め、近藤家の下男をたらし込み、お家騒動が起こっていることを知る。さらに殺しの黒幕が監物の後妻・益寿子(ますこ)だとわかってーーー。



江戸をにぎわす色町と遊女


幕府公認の公娼と非公認の私娼


 江戸には、たくさんの遊女がいた。大きく分けると、幕府公認の唯一の遊郭(ゆうかく)である吉原にいる公娼と、それ以外の私娼。私娼がいたのは品川、内藤新宿、千住、板橋の4つの宿場(以下「四宿」)と、至るところにあったといわれる岡場所だ。


 江戸は参勤交代でやってくる”単身赴任者”や、近在からくる商家への奉公人などでふれており、人口の7割近くが男性。その需要を当て込んで、四宿の旅籠は娼婦を置き、私娼屋が集まった岡場所が形成された。


 天明・寛政の頃の吉原の見世(みせ)は大見世、中見世、小見世、切見世と格付けされ、娼妓(しょうぎ)の等級も遊び代もピンキリで、必ずしも手が届かないというわけではなかった。だが、肩の凝るしきたりがあったり、金を払っても娼妓に振られて目的が遂げられなかったりといった吉原特有の面倒に嫌気がさした庶民が、四宿や岡場所に河岸を移した。切見世の中には吉原であっても岡場所より安いところもあったが、年増女郎や梅毒に罹患(りかん)した女郎が多く、客の方が警戒したという事情もあった。


 私娼の種類もいろいろで、四宿の私娼は給仕兼任だったことから飯盛女(めしもりおんな)と呼ばれた。なかでも品川は、吉原に匹敵するほどにぎわっていたという。


 その他、岡場所は江戸の至るところにあった。最も繁盛していたのが深川。第2シリーズ第9話「猫じゃらしの女」に出てくる上野山下もそうした岡場所のひとつだ。


 社寺境内(けいだい)や門前で湯茶を供する水茶屋も、裏で私娼を抱えている店が多い。そのため上野山下、浅草、谷中など門前町には、岡場所が多かった。町奉行所の取り締まりを逃れるため、寺社奉行の支配地に岡場所がつくられやすかったという事情もある。


 一方で、個人で商売する私娼もいる。天明・寛政の頃には「夜鷹」がいた。手ぬぐいをかぶり、むしろを抱えて物陰から客の袖を引き、土手や河原にむしろを敷いて商売した。他に大川(隅田川)に小舟を浮かべ春をひさいだ「船饅頭」、餅や饅頭を入れた提(さ)げ重箱を持って、寺院や参勤交代でやってきた侍の長屋を訪ねて売春した「提(さ)げ重(じゅう)」。第2シリーズ第13話「四度目の女房」に登場する通い小町も、個人商売の私娼のひとつだ。


 本作に登場する弥吉のような、客と私娼をつなぐポン引き「阿呆鳥(あほうがらす)」を使う女も、個人商売の私娼。居酒屋の小女や町の女房などの素人が多く、金が欲しい時だけ阿呆鳥に声を掛け、水茶屋などで客を取る。


 阿呆鳥には弥吉のような、風来坊の小悪党が多かった。春を売りたい女を知っており、女を買いたい男を捜すーーーそんな男たちが、当時江戸の町を飛び回っていたのだ。



女髪結いと「女髪結い禁止令」


 弥吉の女房・おやすは女髪結い。江戸時代、髪は自分で結うのが女性のたしなみとされていたが、中期になると髷(まげ)が複雑になって自分では結えなくなり、髪結いに結ってもらうようになる。当初は男の「廻り髪結い」が結っていたが、結い方がどんどん複雑になると男の手に余るようになり、安永年間(1772~1780)頃から女髪結いが登場する。


 しかし、髪を他人に結わせるのは”贅沢”と、寛政7年(1795)、幕府は女髪結い禁止令を出す。とはいえ、罰則がなかったため効き目はなかった。幕府はその後も禁止令を出し、ついに天保12年(1841)には道具没収、手鎖30日間などの罰則つき禁止令を出した。だが需要はなくならず、女髪結いが消えることはなかった。



原作を読む!

     

殺しの掟 第2話「夜狐」


仕掛人・藤枝梅安シリーズの原点となる短編集が原作


 原作は、池波正太郎3大シリーズのひとつ「仕掛人・藤枝梅安」の原点、「殺しの掟」に収録された「夜狐」。原作でゆすりをくわだてるのは弥吉本人で、ドラマには登場しないが居酒屋「三河や」亭主・伝蔵に助っ人の紹介を依頼する。伝蔵が紹介したのが伊坂孫兵衛で、それまで弥吉と孫兵衛の面識はなかった。当然、平蔵たちは登場せず、平蔵が弥吉を助けるシーンもない。













23.≪第2シリーズ≫ 第15話 密告

2014年01月11日(土) 13時03分50秒 テーマ:鬼平犯科帳

急ぎばたらきを告げる密書の主は

              兇賊・伏屋の紋蔵の実の母親だった


 ある夜、平蔵宛に謎の女から盗賊の押し入り先を記した密書が届いた。半信半疑で出張った火盗改メだったが密書は本物、平蔵は急ぎばたらきの兇賊・伏屋の紋蔵一味を捕らえる。紋蔵は、平蔵の無頼時代の仲間・横山小平太に瓜二つ。昔、横山は、平蔵が妹のように思っていた茶屋娘・お百に子供を身ごもらせて捨て、そのことで平蔵の怒りを買っていた。紋蔵はそのお百と小平太の子供だったのだ。やがて、密書の謎の女が紋蔵の母親・お百であったことが判明してーーー。


江戸の南北にあった二大刑場


北の小塚原、南の鈴ヶ森


 江戸時代の死刑には、軽い方から下手人・死罪・火罪・獄門・鋸(のこ)引き・磔(はりつけ)の6種類があった。下手人はよく誤用されるような「犯人」という意味ではなく、斬首刑のこと。首をはねられたうえに残った死骸を刀の試し斬りに利用されるのが死罪、斬り落とされた頭を晒(さら)し首にされるのが獄門。磔は磔木に、男は大の字に女は十字に縛りつけ、槍(やり)で突き殺す。鋸引きは鋸(のこぎり)で首を切断することだったのが次第に形式化し、肩まで地面に埋められて晒し者にされたあと、磔と同じ方法で処刑された。


 火罪は放火犯にのみ適用された火焙(ひあぶ)りの刑。また、獄門以上の重刑には必ずと言っていいほど引廻(ひきまわ)し刑が付加された。馬に乗せられた受刑者は江戸城外郭の五ヵ所に立てられた、氏名・罪状を書いた高札の前を通って刑場へ引き出される。


 刑場とは、死罪以上の刑を執行するところで、江戸では品川の鈴ヶ森(現・品川区南大井2丁目)と千住の小塚原(現・荒川区南千住5丁目)が有名だ。受刑者は犯行現場(江戸出身の場合は生地)が日本橋より南なら鈴ヶ森、北なら小塚原に送られたが、火焙りだけは必ず鈴ヶ森でと決まっていた。ここで処刑された人物で最も有名なのは、火事の時に出会った男が忘れられず、もう一度会いたくて放火を犯した八百屋お七だろう。実在の盗賊では、武家出身の大盗賊・日本左衛門(にっぽんざえもん)が鈴ヶ森、鼠小僧次郎吉は小塚原で獄門になっている。


 本作の伏屋の紋蔵はお百の奉公先から考えると深川生まれだろうから、おそらく鈴ヶ森に送られたのではないだろうか。急ぎばたらき、つまり強盗殺人は獄門と決まっていたので、彼の首は三日二夜、獄門台に晒されたあとに捨てられたと推察される。





原作を読む!


鬼平犯科帳11巻 第5話「密告」


平蔵の感謝から息子を”売った”母親の胸のうち


 20年以上も前に、「本所の銕」と呼ばれていた平蔵が、放蕩無頼(ほうとうぶらい)のヒマつぶし程度にかけた情を恩に着て、息子を”売った”お百。その思い出のかんざしを、お百が平蔵に抱き続けた想いを象徴するアイテムとして、ドラマではうまく使っている。


 ストーリーはほとんど原作通りだが、平蔵とお百が4年前に再会したという設定はドラマ独自のもの。原作では、ついに一度もふたりは顔を合せない。それだけに、平蔵の苦い胸の内が切々と伝わってくる。


ー鬼平犯科帳 DVDコレクション 23ー






22.≪第2シリーズ≫ 第14話 雨乞い庄右衛門

2013年12月04日(水) 12時42分44秒 テーマ:鬼平犯科帳

左馬之助が出会った謎の老人は、

                大盗・雨乞いの庄右衛門だった


 本格の大盗・雨乞いの庄右衛門は、療養のため4年ほど江戸を留守にしていた。その隙に、一味はすっかり庄右衛門の妾・お照と破目(はめ)の伊太郎に牛耳られてしまい、庄右衛門の殺害を計画。そうとは知らず、最後のお盗めのために庄右衛門は江戸へと向かう。一味の放った刺客は、小田原で、藤沢で、しつこく庄右衛門をつけ狙う。時を同じくして旅から戻る途中の岸井左馬之助は正体を知らぬまま、この只者ではない謎の老人にひかれていくが・・・・・。


東海道を江戸へ向う


死を覚悟した老盗最後の旅路


 日本橋を起点とする東海道・日光街道・奥州街道・中山道・甲州街道を五街道と呼ぶ。三代将軍・家光の代に参勤交代が義務化されると、西国方面の大名が江戸へ向かう際、東海道をしばしば利用した。


 東海道はその名の通り、海沿いを走る街道で、現在の神奈川県や静岡県、愛知県を経由し、京都三条大橋に至る。全長約492キロ、53の宿駅(東海道五十三次)があり、箱根と新居(あらい)に関所がもうけられていた。


 「鬼平犯科帳」には、全国を股にかけて暗躍する盗賊が少なからず出てくるので、東海道も頻繁に登場する。本作「雨乞い庄右衛門」では、浜松から江戸へ帰る途中の岸井左馬之助が、三島あたりで大盗・雨乞い庄右衛門と出会い、箱根、小田原、江戸と東海道を上がっていく模様を描いた。


 実際の箱根の関所は、江戸に持ち込まれる鉄砲(入り鉄砲)と江戸から抜け出す大名の妻女(出女)に絶えず目を光らせており、全国でも特に詮議(せんぎ)が厳しかった。関所破りは磔(はりつけ)の重罪。だが、本作の時代には取り締まりもかなりゆるくなっていたようで庄右衛門のように手形を持たない者がすり抜けることもあった。


 庄右衛門を迎えに来たーーーと見せかけて、実は命を奪いにきた手下の市之助と定七が茶店で休んでいる場面に映る「馬入(ばにゅう)の渡し」は、平塚と茅ヶ崎の間(現・神奈川県平塚市馬入本町)に位置する。東海道は河川が多いが軍事上の理由で橋を架けなかったため、大井川、酒匂(さかわ)川などの大河でも徒歩で渡らねばならなかった。そこで、川越え人足を雇い、おぶったり駕籠(かご)で担いだりしてもらうのだが、客をわざと水中へ落とすふりをして酒手(チップ)をねだる、たちの悪い人足もいたという。



水車が生んだ名せりふ


 足踏み式の水車は別名を踏み車ともいい、江戸時代初期に発明されるや、たちまち全国に広まった。昭和30年頃まで、水田の灌漑(かんがい)や精米、雑穀(ざっこく)の製粉などに活発に利用されていた。


 水車の農民に扮したのは、あるベテラン大部屋俳優。高瀬昌弘(まさひろ)監督は、黙々と水車を踏む姿に彼の俳優人生を重ね合わせた。それはまた、本来ならば農民であったはずの庄右衛門の幻の人生であり、大スター板東妻三郎の長男という猛烈なプレッシャーの中で、粛々と芸を磨いた名優・田村高廣の俳優人生にも重なって見える。庄右衛門の「ああして暮らすのも、人間、同じ一生」は、シリーズ屈指の名sりふでもある。



原作を読む! 


鬼平犯科帳7 第1話「雨乞い庄右衛門」


ドラマでの脚色の冴(さえ)を如実に感じさせる一編


 原作の庄右衛門は、旅の途中で病死する。そのままドラマ化していたら、庄右衛門が手下を皆殺しにするあの名場面ーーー壮絶な殺陣(たて)は生まれなかった。最初の台本では8人ほど斬る設定だったが、田村高廣自身の希望で、全員を突き殺すことにしたそうだ。もう一つの名場面である水車も原作には登場しない。伊太郎とお照もドラマで描かれたようなワルではなく、物語の冒頭で早くも殺されてしまう。ドラマとの違いを意識して読むと、脚色という仕事の意味がよくわかって面白い。









22.≪第2シリーズ≫ 第13話 四度目の女房

2013年11月20日(水) 16時53分01秒 テーマ:鬼平犯科帳

一度は捨てた恋女房・おふさを

               忘れられない伊之松の選んだ道


 日本橋・室町の塗物商・橘屋から三千八百両が盗まれた。侵入した形跡も見当たらず、相当な重量の大金を持ち出した方法も不明。地方の大店でも似たような事件が起きていた。やがて平蔵は、大工・伊之松に共通点を見出す。伊之松は江戸を離れることになり、仕方なく恋女房のおふさを置き去りにした。器量の良いおふさは、生活のために買ってくれる客の元へと通う「通い小町」になるが、お互いに忘れられない。1年後、盗賊仲間の仁吉(にきち)からおふさを殺したと聞いた伊之松は・・・・・。



腕利き大工の盗み細工


職人技を盗めに活かす


 盗み細工とは、「腕のたつ大工職人が、その腕を十分に活かして、どこぞの屋敷や商家の新・改築のとき、仕事をしながら秘かに、盗賊として施しておく細工のこと」(『鬼平犯科帳の世界』池波正太郎編 文春文庫)。普段は微動だにしない錠のかかった戸口や壁、塀、床、格子(こうし)などが、仕掛けにより簡単に外れるようになる。


 盗み細工を施す盗賊は、同時に店舗、母屋、蔵などの見取り図に細工箇所を加えた絵図面をつくり、一味の首領に差し出す。本作に登場する伊之松の場合、図面を渡したあとは押し込みには加わらず、頭目の指示に従って次の町に移り、その土地の棟梁(とうりょう)のもとに潜り込む。潜り込んでから、これはという屋敷、商家に細工するため、盗賊一味が盗みに入るまでには最低でも1~2年かかる。


 本作で伊之松が細工を仕掛けた先は、日本橋・室町の塗物問屋・橘屋。蔵の2階の窓格子が簡単に外れるように細工を施し、外の松の木の枝葉の中に滑車(かっしゃ)を仕掛けておいた。これらを使い、金蔵から滑車を介して堀の外まで綱を渡し、家人に気づかれることなく千両箱を楽々と運び出すことに成功する。


 第1シリーズ第15話「泥鰌の和助始末」の大工・泥鰌の和助も、熟練の職人技を盗み細工に生かした。和助が目当ての大店に忍び込むシーンはシリーズ屈指の見どころ。次々と明かされるからくりは、まるで手妻(手品)を見るかのようだ。


 和助にしろ本作の伊之松にしろ、”情”がネックとなって、物語は悲劇へと急展開する。和助は実の子供の、伊之松は惚れた女房の、それぞれ仇を討とうとするのだ。やはり盗賊は非情であるべきか。”情”に棹(さお)させば流されるものなのかもしれない。




原作を読む!


にっぽん怪盗伝 第3話「四度目の女房」


腕利きの大工らしい技が披露される伊之松の最期


 原作は「にっぽん怪盗伝」(池波正太郎著)に収録されている同名小説。そのため、平蔵をはじめとする火盗改メの面々は登場しない。また、伊之松の四度目の女房の名は、「おまさ」だったが、鬼平ファンにとっては密偵・おまさの印象が強く、「おふさ」に変えたのだろう。


 伊之松の女房を茶屋で最初に抱く客の利三郎は、原作では薬種問屋の主人だ。伊之松の最期もドラマ版とは違い、腕利きの大工らしい凝ったシーンが用意されている。















21.≪第2シリーズ≫ 第12話 女賊

2013年10月06日(日) 01時29分57秒 テーマ:鬼平犯科帳

もと盗賊・瀬音の小兵衛の息子を 籠絡した女賊の陰謀


 密偵・おまさのもとに、隠退した盗賊・瀬音(せのと)の小兵衛が相談にやってきた。小兵衛の息子・幸太郎が女賊・猿塚のお千代に骨抜きにされているという。お千代は四十過ぎには見えぬ若さと色気で屈強の手下を従えた、急ぎばたらきの女盗賊。おまさから報告を受けた平蔵は、お千代が幸太郎の奉公先である乾物問屋・大坂屋を襲うつもりだと読む。お千代は幸太郎を利用して大坂屋を探っていたのだ。平蔵はおまさを大坂屋へ奉公人として送り込むが・・・・・。




「鬼平犯科帳」女賊列伝


女賊に示す平蔵の温情


 男女の機微(きび)を描くことの多い「鬼平犯科帳」には、夜鷹(よたか)から武家の奥方まで幅広い身分の、そして、幼い奉公人から笹屋のお熊婆さんまでさまざまな年代の女性が登場する。とりわけ、むさくるしい男社会である盗賊界に彩(いろど)りを添える”女賊”たちは、極立って印象深い。


 ひとくちに女賊といっても十人十色だが、本作の猿塚のお千代や荒神のお夏(第3シリーズスペシャル第15話「炎の色」)のような”女だてらに”盗賊一味の頭目を務める<大物>となると、そうそう大勢いるものではない。大部分は引き込み(第1シリーズ第24話「引き込み女」など)、またはコソ泥(第2シリーズ第18話「白と黒」)、スリ(第1シリーズ第17話「女掏摸(めんびき)お富」)といった<小物>がほとんどで、大きな、あるいは組織的なお盗めにかかわることは、まず、ないと言っていいだろう。


 そのうえ「鬼平犯科帳」で描かれる女盗人たちは、裏社会で生き延びるために好きでもない男に肌身を許すなど、観る者の憐れを誘う。それだけに、おまさや他の密偵が同情して「お縄にかけたくない」と思ってしまいがちなのもうなずける。


 平蔵も、そんな女賊たちに理解を示すことが多い。「女掏摸お富」では、お富の手指の筋を斬り、二度とスリができないようにしたうえで放免。「山吹屋お勝」(第1シリーズ第20話)では、瀕死の引き込み・お勝を己が腕に抱き、最後を看取る。そして「女密偵・女賊」(第4シリーズ第15話)では、おまさの昔の仲間・お糸のために、わざわざ猫どのこと松村忠之進を派遣して、大根とアサリの煮物をごちそうしてやる。若い頃の女遊びを自他ともに認める平蔵だけに、女賊に対しては、いっそう温情的になるのかもしれない。




「鬼平」に登場する 女賊たち


 美しくも残忍に、そして強(したた)かに、裏社会を泳ぐ女賊たち。


平蔵は彼女たちをどう見ていたのか。


猿塚のお千代

 ひと回りは年下の幸太郎を、あっさりと誑(たら)し込み夢中にさせる手腕はさすがのひと言。色気だけではなく、盗人としての手腕・覚悟もなかなかのものだ。自害して果てたお千代を見た平蔵の表情・セリフに注目。


荒神のお夏

 平蔵を慕う密偵のおまさが、その妖しい魅力に引き込まれそうになったという、異色の女賊。「顔見知り」の仲である二代目を追い詰める平蔵との板挟みで悩んだおまさが最後に選んだのは、それでも平蔵だった。


山吹屋お勝

 周囲の男たちを惹きつけてやまない、忠吾いわく「おふくろさまの乳のにおいのする女」。その魅力は平蔵すらも認めるところ。もっとも、つねに自分を想う男に翻弄だれるお勝は、男運がいいとは言えないかもしれない。


搔堀おけい

 もともとは火盗改メの密偵・五郎蔵と深い因縁を持っていたのが、搔堀のおけい。商家の主を誑(たら)し込み、引き込みを働くベテランだ。平蔵は、おけいの背景に同情しつつも、やはり急ぎばたらきは許さなかった。


鯉肝お里

 男漁りと賭博に明け暮れる気風のよい女賊。「煮ても焼いても食えない」ことから、鯉肝のお里と呼ばれる。お里の背景をおもんばかった粋な図らいは、悪を憎むが憐憫(れんびん)を忘れない平蔵らしい配慮にあふれている。



江戸の足”駕籠”は贅沢な乗り物


 駕籠(かご)は本来、身分の高い者だけに許された贅沢品で、高齢者や病人、医者などの一部の例外を除いて町人の利用は固く禁止されていた。しかし実際には、お忍びで新吉原の遊郭(ゆうかく)へ通う客をはじめ、駕籠(辻駕籠)の需要は高く、無許可営業、いわゆる白タクが横行。享保11(1726)年に江戸の名主たちが出した陳情書によれば、当時の江戸市中には相当数の辻駕籠が存在していたらしい。そこで同年、幕府はついに駕籠の自由化に踏み切った。


 とはいえ、決して安くない駕籠賃に加えて「酒手(さかて)」と称する”チップ”も払わねばならず、一般庶民にとって贅沢な乗り物であることには違いなかった。原作の『鬼平犯科帳』にも「駕籠を使え」と言う平蔵に密偵たちが「とんでもない」と遠慮する場面が、度々登場する。





原作を読む!


鬼平犯科帳(5) 第3話「女賊」


悪女の手から息子を救おうと奔走する、もと盗賊の親心


 池波正太郎の作品には”父と息子”をテーマにしたものが多いが、本作「女賊」もそのひとつ。幼い頃に別れたひとり息子・幸太郎に寄せる瀬音の小兵衛の親心がしみじみと伝わってくる名作だ。小兵衛の親心を思って、おまさは小兵衛親子を救おうとする。そんなおまさの直談判をしっかりと受け止め、”父親”のもとへ優しく送り出してやる平蔵はドラマ・原作ともに共通している。しかし平蔵が幸太郎の無責任さを叱責する場面は原作にはなく、ドラマの創作。逆に、原作のラストには、ドラマにはない小兵衛親子の”その後”が描かれている。


























21.≪第2シリーズ≫ 第11話 本門寺暮雪

2013年09月23日(月) 01時19分27秒 テーマ:鬼平犯科帳

録之助の命を狙う”凄い奴”を平蔵は共に倒そうとする


 旗本・細井彦右衛門宅へ病気見舞いに行く途中、平蔵は昔の道場仲間で弟分の井関録之助と再会する。録之助は上方にいた頃、悪の元締・名幡(なばた)の利兵衛に殺しを依頼されたことがあり、礼金まで受け取ったが、結局は断り、金も返した。利兵衛は録之助を殺そうと”凄い奴”を刺客に放ったが、録之助は九死に一生を得ていた。ところが江戸で再び”凄い奴”に遭遇、尾行を開始する。結局まかれてしまった録之助は、細井宅で平蔵たちと落ち合い、”凄い奴”を倒そうとするが・・・・・。



古地図でたどる江戸の寺社


江戸時代、寺社は文化の中心地


 昨晩の雨が嘘のように晴れ上がった冬のある日、平蔵は恩人である細井光重の子息・彦右衛門を見舞うために、木村忠吾を供に連れて、清水門外の役宅を出た。芝・二本榎(にほんえのき)にある細井邸までの道程は約2里(8キロ)。原作では騎乗だが、ドラマでは徒歩だ。ふたりの足取りを、順に追ってみよう。


 まず、江戸城の西側から赤坂へ出る。芝増上寺の広大な寺領を東側に見ながら赤羽橋を渡ると、現在の慶應義塾大学のあたりは大名屋敷が建ち並ぶ。三田通りから聖坂(ひじりざか)を登りきったところには「済海寺(さいかいじ)」。原作ではその門前で、平蔵と井関録之助とが再会する。録之助は、向かいの実相寺(じつそうじ)の門前にある茶店に入った”凄い奴”を見張っていた。


 実は、このあたりから細井邸のある二本榎までは、寺社が密集している。特に一夜明けて細井邸を出た平蔵が、録之助とともに”凄い奴”を追うシーンを原作で読むと、角を曲がる度に新しい寺の名前が出てくる有様だ。そして、”凄い奴”を見失った平蔵と録之助は、高輪から品川、大森を抜け、対決の舞台となる池上本門寺に向かうことになる。


 そもそも江戸で名所と呼ばれるところの多くは、神社仏閣であった。徳川家康が幕府を開いた時に、人心を掌握(しょうあく)するための方法として採ったのが、寺社の保護だったためだ。寺社は庶民にとって、信仰の対象であっただけではなく、交流の場であり、コミュニティの核でもあったのだ。家康はその主宰者(同時に地域の指導者)を手厚く扱うことで、庶民の心をつかもうとした。


 江戸市中に残り、また新設された数々の寺社を中心に、門前町や花街ができ、江戸の文化・娯楽・商業の中心となっていった。今でも往時の雰囲気を残す浅草、神田、上野などがいずれも門前町であることからも、そのことがよくわかる。




平蔵が死を覚悟した決闘の舞台・池上本門寺


 池上本門寺は、宗祖・日蓮臨終(りんじゅう)の霊跡(れいせき)に立つ日蓮宗の大本山で、山号は「長栄山」。鎌倉時代の武士・池上氏が法華経の文字数6万9千384字になぞらえて寄進したという約7万坪の広大な敷地で、江戸時代から桜の名所としても知られている。”凄い奴”との決闘が繰り広げられる石段は、加藤清正の寄進によるもので、「此経難持坂(しきょうなんじざか)」といい、その名は法華経の見宝塔品(けんほうとうほん)の揭文(げもん)に由来する。



鬼平と動物たち


 江戸時代には、すでに犬、猫、鳥などを飼育・愛玩する風習があり、平蔵の「五郎」という猫を飼っていた(第2シリーズ第9話「猫じゃらしの女」)。小動物に対する平蔵の視線は、弱者に対するそれに似て優しい。「馴馬の三蔵」(第3シリーズ第3話)では池でおぼれかけた蝶を逃してやる。


 本作で、平蔵は池上本門寺の総門傍にある茶店で、「茶色の柴犬」に出会う。文句を言う忠吾に「待て」を言い渡し、自分たちのぶんの煎餅を分け与えてくれた平蔵に対する恩を、この柴犬は忘れなかった。


 決着の後で、「凄いのは、この犬だよ」と言って犬を抱きしめるシーンでは、降り続く雪との対比も効果的で、平蔵が感じたであろう「命の温かさ」が伝わってくる。


 原作では、平蔵は犬を自宅に連れ帰り、「浅草・鳥越橋」(9巻)で「クマ」と名付け、以降の作品にも登場している。




原作を読む!


鬼平犯科帳(9) 第4話「本門寺暮雪」


”凄い奴”とは、いったい・・・・・?謎が謎を呼ぶ異色作


 「盗み」も「捕り物」もなく、何より平蔵の命を奪いかけた相手の姓名さえ、不詳のまま終わるという異色作。しかし全シリーズの中から作者自身が選ぶベスト5に入った作品だ。細井邸がある芝・二本榎は、作者の恩師、長谷川伸の自宅があった場所でもあり、その周辺の仔細(しさい)な描写はさすがといったところだ。









 






20.≪第2シリーズ≫ 第10話 盗賊二筋道

2013年08月07日(水) 16時26分57秒 テーマ:鬼平犯科帳

凄腕の老盗賊ふたりを探る平蔵。

                彼らがそれぞれに選んだ道は


 他の盗賊からも「本物の盗賊」と一目置かれる高萩の捨五郎は、武士に斬りかかられていた農夫の子供を助けようとして重症を負い、居合わせた平蔵と密偵・彦十に助けられる。捨五郎はこの傷を口実に口合人・寺尾の治兵衛に紹介されていた籠滝の太次郎を頭とする急ぎばたらきを、彦十を使いにたてて断った。平蔵の手配で、彦十の後をつけた火盗改メに籠滝一味は逮捕されたが、一人逃げのびた手下が捨五郎と治兵衛を付け狙い・・・・・。



地方盗賊・江戸での盗め


盗賊たち、それぞれの胸のうち


 盗賊であれば、”鬼平”こと長谷川平蔵の名を知らぬものはない。その”鬼平”率いる火盗改メが常に目を光らせていて、将軍様のおひざ元である江戸とくれば「畏(おそ)れ多くて盗めなど」というのが地方盗賊たちの本音であろう。とはいえ、江戸は経済の中心地。お店(たな)の規模も地方とは段違い、魅惑的な押し込み先には事欠かない。そんな江戸に、ふだんは地方を荒しまわる大盗たちが出てくるのは、どんな理由からだろうか。


 たとえば本作の高萩の捨五郎の場合。とくに縄張りはもたないものの、”畏(おそ)れ多い”江戸での盗めには手を出さなかった。だが、篭滝(かごたき)の大次郞を頭目とする急ぎばたらきを斡旋(あっせん)され、断るために江戸へやって来ることに。一方、口合人の寺尾の治兵衛の、表の顔は旅商い。家族は離れて東海道の島田宿におり、帰るのは年に2,3度。その離れて暮らす娘の嫁入り仕度に物入りとあって、「一世一代」の決心を固めて、江戸へやって来る。


 さて、実在の地方盗賊たちはどうだったのか。あくまでこれは、推測だが、やはり「天下の台所=江戸」に大きな稼ぎの夢を見て、やって来たものもいるだろう。地方で有名になりすぎて、人の多い江戸へ”亡命”するために、やって来るものもいたかもしれない。いずれにせよ、鬼の平蔵が目を光らす江戸へやってくる地方盗賊は、飛んで火に入る夏の虫、といったところだっただろうか。



江戸時代の 地方盗賊たち


・・・・・本作に登場する盗賊

・・・・・「鬼平犯科帳」の他の作品に登場する盗賊

・・・・・実在した盗賊


寺尾の治兵衛・・・・・「盗賊二筋道」


●東海道島田宿に娘がいる

 かつて盗賊として大盗・簑火の喜之助のもとではたらいていたが、一味の解散を機に口合人となった。東海道の島田宿に離れて暮らす娘がおり、その婚礼の支度金を稼ぐため、一世一代の”清いお盗め”を画策する。



高萩の捨五郎・・・・・「盗賊二筋道」


●縄張り:全国、ただし、江戸は除く

 将軍様のおひざ元での盗めは畏れ多いと、長年にわたり地方で独りばたらきを行ってきた孤高の老盗賊。3ヶ条の掟を守り、一度もお縄になったことがない。見知らぬ子供を救おうとして脚を斬られるが、その人柄を平蔵に見込まれ、密偵となる。第3シリーズ第8話「妙義の團右衛門」に再登場する。



妙義の團右衛門・・・・・「妙義の團右衛門」(第3シリーズ第8話)


●縄張り:上州・信州・越後

 火付盗賊改方の役宅に息のかかった下男を潜入させるなど、平蔵の命をしつこく付け狙う。大胆不敵で冷酷このうえなく、頭も切れるが、女狂いが唯一の弱点。密偵となった高萩の捨五郎を殺害し、平蔵を激怒させた。



猿皮の小兵衛・・・・・「はさみ撃ち」(第6シリーズ第6話)


●縄張り:中国筋~九州・博多

 芸州(広島)を本拠に、中国筋から博多、長崎を荒しまわった大盗。若い女房をもらって悠々と余生を楽しんでいた。数多い盗賊のなかでもとりわけユーモアにあふれた好々爺だ。



生駒の仙右衛門・・・・・「流星」(第1シリーズ スペシャル)


●縄張り:上方、特に大坂

 上方で一、二を争う大盗賊。平蔵にすさまじい恨みを抱き、小柳同心の妻と役宅の門番(原作では原田同心の妻ら4名)を惨殺するも、自らの手は汚すことなく平蔵を窮地に追い込む。第9シリーズ第1話スペシャル「大川の隠居」にも登場。



雨隠れの鶴吉・・・・・「雨隠れの鶴吉」(第3シリーズ第9話)


●縄張り:中国筋~上方、特に大坂

 中国筋と上方で、女房のお民とともに引き込みを務める。茶問屋・万屋源右衛門の妾腹(しょうふく)の息子に生まれ、幼い頃は、よく平蔵や井関録之助が通う高杉道場に行って稽古を見物していたという。



実在した盗賊・・・・・五右衛門(ごえもん)


●縄張り:越後

 越後(新潟県)蒲原(かんばら)郡の大盗。多くの手下を抱えて群居していた。一度は捕らえたものの、身柄を預かる地方がなかったり、江戸へ連れて帰るには人手が足りなかったりなどの理由で、同心たちが結局放免にしてしまったという珍しい記録が残っている。



実在した盗賊・・・・・真刀徳次郎(しんとうとくじろう)


●縄張り:陸奥から関東五県

 実在の長谷川平蔵が最初に捕らえた盗賊だと言われている。武蔵大宮宿(埼玉県さいたま市)で獄門になっているため、そのあたりに本拠があったのだろうと推察されている。その押し込み先は実に数百か所に及んだというから、かなりの急ぎばたらきであったのだろう。




原作を読む!


鬼平犯科帳(20) 第5話「高萩の捨五郎」

            第7話「寺尾の治兵衛」


<合わせ技>のからくり使いは”蛇の仁吉”


 原作で準レギュラー的に活躍する捨五郎は、平蔵が信頼を寄せる密偵たちのなかでもことさら勇気あふれる人物として魅力的に描かれる。彼が初登場する「高萩の捨五郎」と、そこで言及される口合人が主人公の「寺尾の治兵衛」(いずれも第20巻)を1本のドラマに仕立てた。原作にないキャラクター、蛇(くちなわ)の仁吉(にきち)が両者の接着剤の役割を果たす。ドラマでは仁吉の刃に倒れる治兵衛だが原作では通りすがりの狂人に斬り殺されてしまう。












長谷川家の菩提寺・四谷の戒行寺

2013年07月16日(火) 01時25分24秒 テーマ:鬼平犯科帳

戒行寺は「江戸名所図会」にも載っている古刹


 亡き父・長谷川宣雄(のぶお)の供養のため、菩提寺を訪れた平蔵。


その帰り道、竹林の中を歩いていた彼は、盗賊・霧の七郎が放った刺客に襲われる。


 

 長谷川家の菩提寺・戒行寺(かいぎょうじ)は文禄4年(1595)に建立された古刹。


小規模ながら日蓮宗見延山末頭5ヵ寺のひとつとして繁栄し、


「江戸名所図会」にも載っている。


はじめは麹町八丁目にあったが、寛永11年(1634)、


江戸城西の丸の全焼にともなう寺社の集団移転によって


四谷・南寺町(現・新宿区須賀町)に再建され、現在に至る。


 

 この寺には、平蔵の父・宣雄のほかにも、


赤穂浪士による吉良邸討ち入りの検分を務めた安部式部信旨(のぶむね)など、


5人もの火付盗賊改方が葬られた。


 

 寛政7年(1795)に病没した平蔵も、


また長男の辰藏こと長谷川宣義(天保7年<1836>没)もここに埋葬された。


しかし、長谷川家三代の墓はいずれも現存していない。


他の地の共同墓地に移転されたが、


長谷川家の遺族が立ち会わなかったため無縁のものとして処分されたという。


その代わり、門を入ってすぐのところに


「長谷川平蔵宣以(のぶため)供養之碑」と彫られた石碑が建っている。

[PR]気になるキーワード

1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>