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39.≪第4シリーズ≫ 第6話 俄か雨

2016年08月05日(金) 17時44分24秒 テーマ:鬼平犯科帳

情けない同心・細川峯太郎。

    結婚して一時は落ち着いたがーーー


 市中見廻りの途中、雷雨い見舞われた平蔵は、雨宿りのため廃屋に飛び込んだが、そこで、同心・細川峯太郎と女の密会を目撃する。細川はその時、外出先から戻って来た手配中の浪人に気絶させられるという失態を演じた。そのふがいなさを平蔵は叱り、とある同心の娘との縁組を取りもつ。一時は落ち着いたかに見えた細川だが、そのうちに密会を重ねていた女・お長(ちょう)への浮気心がわき、お長のいる茶屋のある目黒に、再び足を向けてしまう。



鬼平図解帳 俄か雨(にわかあめ)

江戸の生活に浸透していた算盤


算術の得意な勘定方同心


 本作の主人公・細川峯太郎は、火付盗賊改方の同心。物語の前半では木村忠吾や沢田小平次のような探索方ではなく、内勤の勘定方(勝手方ともいう)。現代の会社でいえば経理に担当し、会計・出納(すいとう)を担当する。


 細川の父もやはり勘定方をしており、息子である峯太郎に算術を仕込んだ。父亡きあと、お役目を引き継いだ彼は、火盗改メの勘定方をたった1人でやってのけ、ただの一度も間違いをしたことがない(原作より)。


 算術の得意な細川が、お長(ちょう)に対して身分を偽るに当たって、読み書き算盤(そろばん)を教える「寺子屋の先生」を選んだのは、自然なことと言えよう。


 寺子屋とは個人経営の学校のことで、江戸では手習(てならい)指南所などとも呼ばれた。当時、武家でない子供が通う公的な教育機関は存在しなかったが、商家の子供などが将来、大店で出世しようと思ったら、基本的な読み書き、計算ぐらいはできなければならない。寺子屋の需要は全国的に見ても大変高く、江戸だけでも1000軒を超える寺子屋があったと記録されている。



算盤は都市生活の必需品


 寛永4年(1627)、日本独自の数学である和算学者・吉田光由(1598~1673)が書いた数学書『塵劫記(じんこうき)』が、ベストセラーとなった。基本的な加減乗除をはじめ、日常生活に必要な算術を楽しくわかりやすく解説したもので、この本の普及に伴い急速に広まった算盤は、早速寺子屋の授業にも取り入れられた。地方の寺子屋では、読み書きだけしか教えないところが多かったが、商売人の多い江戸や大坂などの大都市では、算盤教育が非常に重視された。


 百年程前まで、算盤は下に5つ、上に2つの珠がある形だった。東海道五十三次の最後の宿場である大津(現・滋賀県大津市)が、算盤の産地として全国的に名を馳せていた。


 算盤自体の歴史は古く、その起源はメソポタミア文明にまでさかのぼる。中国で発明された算盤が日本に伝わったのは室町時代末期頃。それが江戸時代になって急速に庶民の間に広まった背景には、先に述べた『塵劫記』の影響や商家での需要だけではなく、金本位制と銀本位制、十進法と四進法が入り交じった複雑な通貨制度があった(本紙25号「春の淡雪」参照)。そのため、火盗改メの財布を預かる細川の仕事は、忠吾が言うほど気楽なものではなかっただろう。細川が頭のいい男であることは間違いないと思われるのだが・・・・・。


 いかんせん、算術の道と色恋の道はまったく別のものである。計算通りにはいかない、といったところなのかもしれない。




荒物屋の女房を誘惑し 捕縛された色男の盗賊

鳥羽の彦蔵役・・・柴田てる彦・・・1943年、東京都出身。俳優座養成所(15期)を経て、主にテレビドラマを中心に活動。数々の作品で悪役を演じた名脇役である。また、声優としても知られており、海外ドラマ「大草原の小さな家」(75年)の父親チャールズ役や、宮崎アニメの劇場版「名探偵ホームズ」(84年)のホームズ役でも強い印象を残した。現在は時代劇の舞台公演などでも活躍している。






原作を読む! 


鬼平犯科帳(18) 第1話「俄か雨」 

                第6話「草雲雀」


木村忠吾のライバル 

      同心・細川峯太郎が初手柄

 

 原作では妻女を迎え、すっかり大人になった木村忠吾と入れ替わるように登場する細川峯太郎。気が弱く女好きという忠吾のよく似た性格の持ち主で、平蔵にも目をかけられて、原作シリーズ後半において欠かせぬ存在になっていく。

 

 ドラマの脚本は細川が初登場する「俄か雨」と、その後日談である「草雲雀」とを合体させたもの。盗賊に女房を寝取られる亭主も実は盗賊だったという設定を割愛した一方で、お長の人物像には、原作以上の深みをもたせている。


ー鬼平犯科帳 DVDコレクション 39-


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4.≪第4シリーズ≫ 第5話 深川・千鳥橋

2016年07月17日(日) 14時14分29秒 テーマ:鬼平犯科帳

最後の女・お元と静かな余生を送りたい

           間取りの万三はーーー


 ”間取りの万三”の本業は、腕の良い大工。労咳もちで、余命いくばくもない。やはり同じ病気をもつお元を最後の女と思い定め、ふたりで静かに余生を送ろうと決意した。そのためには金が要る。そう思い込んだ万三は、かつて自分が引いた、盗賊たちの間で半ば伝説となっている”幻の間取図”を高く売ろうと、己斐(こひ)の文助を通じて鈴鹿の弥平次と会う。ところが、本格だった鈴鹿一味は、三代目・弥平次の代ですっかり兇賊に変わっていた。弥平次は間取図を奪い取ろうとたくらんでーーー。



江戸時代に恐れられた不治の病


江戸の人々を苦しめた労咳


 本作の万三をお元が思っている「労咳」とは、肺結核のこと。結核菌に肺が感染して発症するこの病気は、昭和18年(1943)に抗生物質ストレプトマイシンが発見されるまで効果的な治療法がなく、死の病として恐れられていた。


 例えば三浦浄心は「慶長見聞集」(1615年)に、「労療(ろうさい)(労咳のこと)がはやっているが、治すことは難しい」という意味のことを書いている。


 また、幕末に長崎を訪れたオランダ人軍医ポンペの見聞記には「日本には肺結核や気管支を病んでいる人が多い」と記されているから、病魔は江戸だけでなく、日本全国に広がっていたようだ。


 結核は感染力が非常に強く、当時の医療技術では防ぎようがなかった。本作のお元も「父親からうつされた」と述懐しているように、江戸時代に身内がひとり結核を患うと、家族皆に伝染し、次々と命を落してしまった。当時、結核は「伝尸(でんし)」とも呼ばれたが、”尸”は屍(しかばね)の意味。結核が伝染して人が次々に死んでいくようすからこの名が付いたのだろう。江戸時代の人たちが、結核をいかに恐れていたかがわかる。


 また、現代ほど医学が発達していなかった江戸時代に恐れられたものに、労咳の他にコレラや疱瘡(天然痘)、赤痢などの疫病もあった。


 特に九州に上陸したコレラ菌は、安政5年(1858)に大流行し、俗に”3日ころり”といわれたほどで、たくさんの人が短期間のうちに亡くなってしまった。




治癒は神仏頼み


 こうした疫病の多くは、特効薬や対処法の発見とともに終焉を迎えるが、当時は原因も治療もわからない謎の病。それ故、俗信や迷信も多かった。


 例えば、先述の「慶長見聞集」には、結核は”心の病”と指摘されているし、他に、過度な性交渉や、逆に性的欲求不満が結核を誘発するともいわれ、諸説紛々だった。


 治療については、養生するぐらいしか手立てはなく、あとはひたすら神仏に救いを求めた。なかでも有名だったのが、東京都文京区に現存する「伝通院(でんつういん)」。境内には結核を苦に心中した男女が葬られたという夫婦塚があり、この夫婦塚に祈ると結核が治ると信じられていたとか。


 神仏のご加護がどれだけあったかは知るよしもないが、万三、お元の余命がいくばくもないことを察知していたからこそ、平蔵も温情をかけたに違いない。


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原作を読む!


鬼平犯科帳5巻 第1話「深川・千鳥橋」


仲間からの信頼もあつい 

         大滝の五郎蔵の密偵デビュー

 

 ドラマのおまさと相模の彦十に代わって、原作で万三の動向や鈴鹿の弥平次を見張るのは大滝の五郎蔵だ。原作では、これが五郎蔵の記念すべき密偵デビュー戦。


 盗賊の頭目だった五郎蔵は、平蔵のはからいにより一度破牢。変装や追跡など、苦労しながら張り込みに初挑戦する。結果、火付盗賊改方は鈴鹿の弥平次一味の捕縛に成功した。


 なお、万三を思うあまり、お元が万三のことを平蔵に訴え出るのはドラマのオリジナル。原作のお元は、万三がどのように金策しているかを知らなかったようだ。















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38.≪第4シリーズ≫ 第4話 正月四日の客

2016年06月06日(月) 17時38分53秒 テーマ:鬼平犯科帳

”真田蕎麦”を懐かしむ正月四日の客。

             その正体はーーー


 蕎麦屋”さなだや”では、正月四日には”真田蕎麦”しか供さない。"真田蕎麦”は、ねずみ大根を使った、普通な辛く感じられる蕎麦。ある年の正月四日、この蕎麦を喜ぶ客が現れる。その客と店の女房・おこうは、”真田蕎麦”を介して一年に一度、交流を深めていく。一方平蔵は、腕に亀の刺青(いれずみ)がある”亀の小五郎”を追っていた。真田蕎麦を好む客が現れて3年目、小五郎の話を聞いたおこうは、亀の刺青をその客の腕にも見たことを思い出す。



鬼平図解帳 正月四日の客


十万石の城下町だった信州・松代


郷愁をそそる、数々の名物


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 本作「正月四日の客」は、信州・松代(現・長野県長野市松代町)に緑が深い。ドラマのなかには、松代を彷彿とさせる数々の名物が、そこかしこに登場する。


まず、平蔵がある年の正月四日に、同心・木村忠吾を伴って訪れる本所の蕎麦屋”さなだや”の女将・おこう。おこうは本所・入江町にあった長谷川家に奉公していたことがあり、若き日の平蔵をよく知っているのだが、このおこうの出身が、松代だ。



250年の間、松代を治めた真田家


 松代は、10万石の真田家の城・松代城の城下町。真田家といえば、関ケ原の戦いの時に、真田信之が徳川家康率いる東軍についたにもかかわらず、父・昌幸(まさゆき)と弟・信繁(のぶしげ)が西軍についてしまい、親兄弟が敵味方に分かれて戦ったことで有名だ。戦いのあと、大坂の陣を経て信之が松代に転封されたのは7年後。その後信之は藩の基盤を築くことに尽力し、真田家は明治維新までの約250年の間、松代藩を統治した。本作に登場する「さなだや」や「真田蕎麦」の名前も、この真田家から来たものだろう。



真田蕎麦で結ばれた縁


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 本作で”さなだや”は、正月四日には「真田蕎麦」しか客に供さないようすが描かれている。この「真田蕎麦」も信州名物だ。おこうにとっては、幼い頃に、母親がつくって食べさせてくれた思い出の蕎麦だが、あまりの辛さゆえに常連客にも敬遠されている。名うての食いしん坊・木村忠吾でさえ、しり込みする始末だ。


 その理由は「ねずみ大根」にある。真田蕎麦のつけ汁には、「ねずみ大根」のおろし汁が入っているのだ。「ねずみ大根」は水分が少なく辛みが強いのが特徴で、根の先端がまるでねずみのしっぽのように見えることから、この名前がついたという。清涼感のある辛さが蕎麦にはよく合う。


 加えて「ねずみ大根」には風邪の菌を殺す作用があるなど、健康に良いとされている。93歳までの、当時としても並外れた長寿を誇る前述の真田信之も、「辛い、辛い」と「ねずみ大根」を食べていたのかもしれない。


 さて、本作に登場するおこうと一年に一度「真田蕎麦」を介して交流を深めていく大店の主人風の男。実は亀の小五郎という大盗なのだが、この男の出身も信州だ。そのため、一般受けしない「真田蕎麦」を喜び、正月四日に店へ通うようになる。この小五郎が「上田から松代あたりの山間(やまあい)で穫れる」と述懐している「ねずみ大根」を、故郷を偲(しの)んで懐かしむようすが描かれている。



遊女たちが生んだ「信濃追分」


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 さらに、おこうが作中で三味線を爪弾きながら披露するのは、「信濃追分(しなのおいわけ)」という、信州地方に昔から伝わる民謡である。


 発祥地は、中山道と北国街道の分岐点にある宿場・追分宿(現・長野県北佐久郡軽井沢町)。宿場の遊女たちが、碓氷(うすい)峠を行き来する馬方たちの唄に、三味線の伴奏をつけて歌ったのが始まりで、のちに流行唄となった。越後(現・新潟県)や蝦夷地(現・北海道)にまで伝えられ、越後追分や江差追分などの追分節を生んだ。


 懐かしい旋律、そしてピリッと辛い蕎麦ーーー。寒さ厳しい城下町から生まれた名物は、どれも郷愁をそそるものばかり。信州出身ではなくとも本作が醸し出す故郷の匂いに浸るのも、また一興だ。



さなだやのモデルとなった名店


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 実は、「さなだや」には、モデルになった店が存在する。それは、信州上田の蕎麦屋「刀屋」だ。


 上田市にある」「池波正太郎真田太平記念館」の近くにあり、」食通としても有名な原作者・池波正太郎が愛した名店でもある。」著作『むかしの味』(新潮文庫)にも、「あるじの蕎麦切の手練(しゅれん)のほどに、はじめはびっくりしたものだ」と綴られている。


 食べきれないほどの大盛りの蕎麦を出すことでも知られる。真田蕎麦が名物となっているのも、「さなだや」と同じだ。





年に一度、故郷の味を求め 訪れる盗賊の頭目

亀の小五郎役・・・河原崎長一郎・・・1939年、東京府出身。もと前進座の総師・長十郎の長男で、45年、帝国劇場「お染七役」の丁稚役で初舞台を踏む。61年、「鉄火大名」で映画デビュー。加藤泰監督作品「瞼の母」(62年)を始め、作品に恵まれたうえ、しっかりとした実力で頭角を現す。テレビ分野では、優しい父親役を多く演じ、ホームドラマなどで欠かせない存在だった。03年、急性心不全で鬼籍に入る。






原作を読む! 


にっぽん怪盗伝 第10話「正月四日の客」


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真田蕎麦で結ばれた 

         大盗賊と蕎麦屋の老爺

 

 「鬼平犯科帳」の原点ともいわれる短編集「にっぽん怪盗伝」に収められている一編。ドラマでは、女将・おこうが、亡くなった亭主・庄兵衛にかわって蕎麦屋を切り盛りしているが、原作では、亡くなったのはおこう。客(実は盗賊・亀の小五郎)に親愛の情を感じてしまい、正体を知って悩むのは同じ。だが、ドラマでは平蔵への義理で密告するおこうだが、原作の庄兵衛は小五郎の非道さに我慢ならなかったからという理由だった。


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38.≪第4シリーズ≫ 第3話 盗賊婚礼

2016年05月29日(日) 01時15分45秒 テーマ:鬼平犯科帳

本格の一文字と兇賊の鳴海の間に

         縁談がもち上がってーーー


 本格派の盗賊・一文字一味の二代目・弥太郎。その弥太郎のもとに、尾州(びしゅう)名古屋(現・愛知県名古屋市)の兇賊・鳴海の繁蔵から書状が届いた。亡くなった親同士の約束で、繁蔵の妹・お糸を嫁にもらってほしいという内容だった。が、繁蔵の狙いは、一文字を自分たちの急ぎばたらきに巻き込むこと。お糸として紹介された娘は、実は替え玉で、繁蔵の女だった。両一味の連絡(つなぎ)役・長島の久五郎は、繁蔵の陰謀を知るが、弱みを握られているため弥太郎に告げられない。やがて婚礼の日がやってきた。




人前式だった江戸時代の婚礼


花婿宅で開かれた祝言


 本作で、弥太郎とお糸(実はお梅)の婚礼が開かれたのは、弥太郎配下の勘助が亭主を務める料理屋・瓢箪屋(ひょうたんや)。しかし、料理屋などで婚礼を行うのは、江戸時代では異例だ。


 当時の婚礼は、武士も庶民も、花嫁が嫁ぐ先の花婿の家で行うのが一般的だった。今でいう「人前式」だ。結婚式は「祝言(しゅうげん)」と呼ばれていた。


 弥太郎が瓢箪屋を祝言の場に選んだのは、「江戸にお越しの際はぜひ寄って」などと社交辞令は言いつつも、兇賊の繁蔵に住まいを知られたくない本音が出たのかもしれない。



身分の違いが現れた結婚制度


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 そもそも、身分制度の厳しかった江戸時代、武士と町人の婚礼は違っていた。とくに大名階級の婚礼道具は贅(ぜい)を尽くしたものを用意。下の錦絵に描かれているように、仰々しい行列でお輿入れを行なった。


 17世紀末頃になると、力をもち始めた町人たちも、武家の婚礼仕度をまねるようになるが、本作で描かれているのはあくまで町人、それも盗賊の婚礼である。



祝言の前に「入家式(にゅうかしき)


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 一般的に花嫁は、花婿が裕福なら、婚家が差し向ける駕籠に乗って輿入(こしい)れする。江戸時代、祝言はたいてい夜に行なわれたため、花嫁を駕籠が迎えに来るのは日暮れ頃。嫁入り道具などの行列を従え、仲人に導かれて嫁ぎ先の家に向かった。


 花婿宅に着くと、江戸では、門をくぐる前、門がなければ家の敷居をまたぐ前に、花嫁が婚家の水を飲まされる「入家式」が行われた。嫁ぎ先の家の人間になるための儀式だ。


 入家式が終わると婚礼に移る。金屏風の前に座る花婿、花嫁の並びは現代とは逆で、花婿が向かって右、花嫁が左だった。仲人(なこうど)、家族、親族、知人、友人が見守るなか、夫婦固めの「三三九度の盃」が交わされる。


 花嫁衣装は、打掛(うちかけ)から着物、帯、肌着まで白一色の白無垢(しろむく)。これはいわば死装束で、婚家で一生を全うするとの覚悟を表すとされる。かぶり物は、真綿の布を袋状に仕立てた綿帽子。角隠しが広まったのは江戸後期からといわれている。



祝言につきものの「髙砂」


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 婚礼の内容は、三三九度のみ。これが終わると、花嫁は「お色直し」をし、ここから祝宴が始まる。お色直しの衣装は花婿が花嫁に贈った。江戸の祝宴では、初めに雑煮が出たあと、酒や料理、菓子類が振る舞われる。


 祝宴には「髙砂」の謡がつきもの。髙砂は能の演目のひとつだ。長寿を保った夫婦愛と世の平穏をたたえるめでたい曲として、能を観たことのない庶民の間でも謡われた。


 祝宴が終わると、いよいよ「床入り」だ。これをもって江戸の、普通の祝言は、すべて終了となる。




えどの紅屋


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①携帯用の化粧道具/紅板や筆など。時代が下がるにつれ、装飾性も増した。

②小町紅/江戸時代の紅の、いわばトップブランド。

③紅猪口、紅筆/器の内側に塗りつけられていた紅を、少しの水で溶きながら紅筆にとって使う。

(図版提供:ポーラ文化研究所)



 箱根の宿で、お梅が「江戸で紅屋はどこの店がいいかなんて野暮なこと」を尋ねてきたと、おまさが役宅で平蔵らに告げるシーンがある。


 紅屋とは口紅用の紅を扱う店のこと。白粉(おしろい)屋で紅を、紅を、紅屋で白粉を一緒に商うところも多かった。行商を含めた小間物屋も紅を扱っていた。


 江戸時代、紅は主に紅花を練り固めた紅餅(べにもち)から抽出してつくられた。紅花は山形・最上川流域が一大産地で、北前船によって紅餅が京・大坂に運ばれ、そこから江戸に入ってきた。



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高い竿の先に赤いのぼりを出しているのは、中嶌百助という紅や白粉などを売る紅屋。

(歌川広重『名所江戸百景 駒形堂吾妻橋』/国立国会図書館所蔵)




 寒中の丑(うし)の日に売り出された紅は、発色が良く紅花の油分が乾燥を防ぐことから、この日に紅を新調すると美しくなれるといわれ、寒紅(かんべに)、寒の丑紅(うしべに)などと呼ばれて人気だった。


 紅は筆や指で口唇にさすほか、小指の先で目尻にさして目許を涼しげに見せることも。紅餅からの抽出量は非常に少ないため、「紅一匁(もんめ)、金一匁」といわれるほど高価で、皿や猪口(ちょこ)に入れて大切に売られていた。





節目を通す 印象に残る盗賊

長島の久五郎役・・・中村橋之助・・・1965年、東京都出身。歌舞伎役者。70年、本名の中村幸二で初舞台を踏む。80年、三代目中村橋之助を襲名。年少の頃からテレビドラマ等に多数出演し、俳優としても活躍。その多くは時代劇だが、NHK大河ドラマといった大作から、「必殺仕事人・激突!」(91年)「水戸黄門外伝かげろう忍法帖」(95年)といった娯楽作品まで幅が広い。11年、日本芸術院賞受賞。




原作を読む! 


鬼平犯科帳(7) 第7話「盗賊婚礼」


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同心、密偵が登場しない 偶然の捕り物騒動

 

 原作では、巣鴨の三沢仙右衛門宅を訪ねようとした平蔵と岸井左馬之助が、偶然、瓢箪屋の裏道を通りかかったとき、屋敷内の物音に気付いて乗り込むという設定。与力、同心、密偵は、ひとりも捕り物にかかわらない珍しい作品だ。

 

 また「一文字」一味は、原作では「傘山」一味。久五郎が先代から受けた恩義についても、原作ではその内容については一切触れられていない。



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「寛政の三奇人」蒲生君平

2016年04月30日(土) 18時21分38秒 テーマ:鬼平犯科帳

もう一人の奇人・蒲生君平



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生涯、仕官することができず、赤貧に苦しんだ蒲生君平。

(小堀鞆音『蒲生君平肖像』/蒲生神社所蔵)



 蒲生君平(がもうくんぺい)は、自らと同じく「寛政の三奇人」と呼ばれる高山彦九郎を慕った勤皇思想家だ。しかし、もう一人の三奇人・林子平(はやしこへい)と会った時には、粗末な身なりを笑われ、口論となり仲違いしている。


 文化4年(1807)、ロシアの南下を憂えた君平は『不じゅつ緯(ふじゅつい)』を著し、北方防衛の必要性を主張するが、幕府に咎(とが)められ、不遇のまま46歳で世を去る。後世、君平の功績として高く評価されたのは、荒廃した天皇陵(古墳)を調査し、著書『山陵志(さんりょうし)』にまとめたこと。同書のなかで古墳の形を「前方後円」と形容したことから、のちに「前方後円墳」の語ができた。


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若き日の平蔵

2016年04月09日(土) 22時12分43秒 テーマ:鬼平犯科帳

本作で新たに明かされるーーー若き日の平蔵


 「鬼平犯科帳」には、繰り返し若き日の平蔵が描かれる。


 四百石の旗本・長谷川家の長男に生まれながら、妾腹(しょうふく)であった平蔵は、義母に跡継ぎと認めてもらえなかった。気位が高く、気性が激しい義母は、平蔵を妾腹の子とさげすみ、いじめぬく。


 平蔵は、いたたまれなくなって屋敷を飛び出し、「本所の銕」と呼ばれて放蕩(ほうとう)の限尽くした。たった五十両の金欲しさに盗人になりかけたこともあった(第2シリーズ第20話「下段の剣」)。


 密偵の相模の彦十やおまさと出会ったのは、その頃のこと。少女時代のおまさは、酔いつぶれた平蔵を介抱し、卵酒をつくってくれる母親のような存在だった(第1シリーズ第5話「血闘」)。


 本作「うんぷてんぷ」では、思い詰めた平蔵が、義母の殺害をくわだて、池田又四郎を長谷川家の養子にしようとした衝撃の過去が明かされる。


 平蔵は高杉道場の後輩・又四郎を実の弟のように思っていた。しかし、平蔵の胸の内を見破った又四郎に「それは、いけませぬ」と言われ、思いとどまる。本作で新たに明かされた過去は、妻・久栄や弟分・録之助にとっても初耳だった。


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37.≪第4シリーズ≫ 第2話 うんぷてんぷ

2016年04月05日(火) 17時28分54秒 テーマ:鬼平犯科帳

平蔵は、若き日に可愛がっていた

       又四郎と23年ぶりに再会する


 池田又四郎は、若き日の平蔵がともに剣の稽古に励んだ同門の士だったが、いまは盗賊・須の浦の徳松の用心棒となっていた。徳松は、かつては自分の女だったが又四郎と深い仲になったために行方をくらましたお吉が、江戸の薬種問屋で奉公をしていることを知る。そこで徳松は、その大店への押し込みをくわだて、お吉を引き込み役に仕立てようと又四郎を連絡(つなぎ)に差し向けた。又四郎はお吉を助けるために一味を殺害するがーーー。



鬼平図解帳


売薬で有名だった越中・富山


盗賊に狙われた薬種問屋


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江戸時代からの製薬法を受け継ぐ池田屋安兵衛商店(富山市)。

反魂丹は、現在も池田屋の看板商品である。(写真提供:池田屋安兵衛商店)


 本作「うんぷてんぷ」に登場する須の浦の徳松は、越中国富山を拠点に、上方から北陸道(日本海に面した7か国)にかけて大きなお盗めをする大盗賊である。



 かつて一味を裏切ったお吉が江戸の薬種問屋に奉公しているのを知ると、お吉を引き込みに仕立てて、江戸に進出しようとする。



 薬種問屋とは、種々さまざまな薬を販売していた店で、江戸では日本橋通りに多くの店が並び、薬の町として繁盛していた。盗賊たちに目をつけられやすく、「鬼平犯科帳」でも押し込み先としてたびたび登場する。



何でも治す富山の薬


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現在も伝統薬として池田屋をはじめ、たくさんの店舗で扱われている「反魂丹」。

いわゆる胃薬、消化促進剤だ。(写真提供:池田屋安兵衛商店)



 江戸時代には、医者にかかれるのは富裕層にかぎられていた。庶民にとって、病気の時に頼りになったのは売薬だったため、多数の売薬が出回っていた。



 江戸で人気があったのは万病に効くといわれた「錦袋円(きんたいえん)」、婦人病の妙薬「実母散(じつぼさん)」、解毒・鎮静剤の「万金丹(まんきんたん)」などで、戯作者の山東京伝が売り出した、根気をよくする薬「読書丸(どくしょがん)」なるものまであった。なかでも江戸っ子の人気を集めていたのが、越中・富山の売薬で、腹痛や気付けに効くとされた「反魂丹(はんごんたん)」である。



 越中・富山の売薬の起源は元禄年間といわれ、もとを築いたのは、富山藩2代藩主・前田正甫(まさとし)だ。生まれつき病弱で、医薬品に感心があった正甫は、ある時、備前国(岡山県)の医者・万代常閑(まんだいじょうかん)から反魂丹の処方を伝授された。1690年、正甫が江戸城に登城した時のことだ。某大名が突然腹痛に苦しみだしたので、反魂丹を服用させたところ、たちまち回復。居合わせた大名たちがこれを見て、我も我もと反魂丹を所望し、その名声が高まった。




庶民の味方「先用後利」


 そこで、正甫(まさとし)は富山の薬種商・松井屋源右衛門に反甫丹を製造させ、「他領商売勝手」を発行して各地に行商させることにした。行商の方法は、「先用後利(せんようこうり)」、つまり得意客に薬を預けておき、次に訪れた時に使用分の代金を受けとり、不足分を補充するという商法。これも正甫が考えだしたといわれている。



 現代でも、売薬といえばやはり富山の名が挙がる。本作のお吉も、富山出身。行方をくらましたとはいえ故郷に縁深い薬種問屋なら、知らない土地でも安心して奉公できたのかもしれない。





裏切りを許さない 執念深い盗賊の頭目

須の浦の徳松役・・・北村英三・・・1922年、東京都出身。京都大学在学中に学生演劇で活動を開始。NHK放送劇団を経て、劇団くるみ座に創立時から参加。舞台の他、関西のテレビドラマを皮切りに、映画にも活動の場を広げる。「日本悪人伝」(71)「傷だらけの人生・古い奴でござんす」(72)「やくざ戦争・日本の首領」(77)などで老練な演技と、強烈な個性を発揮。97年に鬼籍に入った。




原作を読む! 


鬼平犯科帳(16) 第6話「霜夜」


又四郎が

  平蔵を思う気持ちが 切なく、悲しい


 題名が「霜夜」とあるように、舞台は冬である。平蔵は、大根河岸の料理屋「万七」で名物の兎汁を肴に酒を飲んでいる時、懐かしい池田又四郎の声を聞く。

 

 原作では、お吉は徳松の女ではなく、又四郎の死んだ女房の妹。姉の夫と深い仲になってしまったことを苦しみ、又四郎からも一味からも逃れ、身を隠した。そして、死ぬ間際の又四郎の口から、20数年前に江戸を出奔した理由が語られるのも原作のみ。養子話を断られてから、平蔵は又四郎を避けるようになっていた。それがさびしかったのだという、又四郎の思いが切ない。



ー鬼平犯科帳 DVDコレクション 37-










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与力とはどんな役目?

2016年03月17日(木) 01時38分31秒 テーマ:鬼平犯科帳

与力とはどんな役目?



160316_0154~01.jpg


 与力とは、各奉行所や火付盗賊改方などに勤務する役人であり、長官の補佐役として配下の同心を束ねる、いわば中間管理職。


 身分は同心と同じ御家人(将軍に拝謁できない)だが同心より待遇がよく、騎馬での出勤が許されていたため、与力の人数を数える時は「騎」という単位を使った。



160316_0202~01.jpg


 町奉行所には25騎、火付盗賊改方には10騎の与力が配され、同心の監督・指揮を行う他、取り調べや事務を担当した。そのうちトップに立つ者をそれぞれ年番方与力、筆頭与力(同心支配役、支配与力とも)と呼び、「鬼平犯科帳」では佐嶋忠介がこれに当たる。


ー鬼平犯科帳 DVDコレクション 37-

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37.≪第4シリーズ≫ 第1話 討ち入り市兵衛

2016年03月15日(火) 17時20分09秒 テーマ:鬼平犯科帳

無念の死を遂げた繁蔵の

     仇討を決意した市兵衛はーーー


 ある夜、「五鉄」の前に、深手を負った男が倒れていた。偶然だがこの男、彦十とむかしなじみの松戸の繁蔵。伝説的といってもいい本格派大盗賊・蓮沼の市兵衛の片腕だ。その頃、市兵衛は上方の兇賊・壁川の源内との間に争い事を抱えていた。源内は、江戸への進出をもくろんでおり、市兵衛の手助けを求めていたが、市兵衛は繁蔵を使いに立て、その頼みを断り続けていたのだ。繁蔵はしびれを切らした源内に斬られ、ほどなく無念の死を遂げる。市兵衛は壁川一味への討ち入りを決心する。



鬼平図解帳 討ち入り市兵衛

組織の価値を高める有能な二番手~

    佐嶋与力、松戸の繁蔵~


裏方に徹する理想の補佐役


 もとは前火盗改メ長官・堀帯刀(たてわき)の配下だったのを、平蔵たっての希望で”ヘッドハンティング”された(原作より)筆頭与力・佐嶋忠介は、ドラマでも原作でも、「鬼平」シリーズ屈指の登場数を誇る。わけあって秘密裏(ひみつり)に探索を進める時にも佐嶋にだけは知らせておくなど、平蔵の信頼は厚く、火盗改メにとってなくてはならない存在だ。


 その人柄は実直にして冷静沈着。平蔵が大胆な行動に出るような時も慌てず騒がず、フォローに回る。上司たる平蔵より5歳ほど年長で経験も長いが、そういうことにこだわるようすも見られない。平蔵の求めに応じて意見を述べる時にも決して出しゃばることなく、どこまでも縁の下の力持ちに徹する。


 平蔵や久栄に対する折り目正しい立ち居振る舞いにも、実直な性格がよく表れている。いつでもピシリと伸ばした背筋には武士としての品格が、落ち着いた話しぶりには貫禄がにじみ出ているのだ。



佐嶋忠介、唯一の弱点?


 ともすれば完全無欠のカタブツのように見える佐嶋だが、時にはうっかりすることも。


 本作では、本格的なお盗めの金科玉条・盗めの3ヵ条を守る蓮沼の市兵衛一味の押し込みの手際を、思わず「見事」と褒めてしまった。また、部下の管理も人一倍厳しく、責任も感じている佐嶋だが、第3シリーズ第16話「おしま金三郎」では、アクの強い同心・松波金三郎を告発する目安状を平蔵から見せられて「監督不行き届きにて・・・・・」と恐縮する場面が見られる。


 さらに佐嶋には、うっかりでは済まされない、ある大きな弱点がある。それは、男女の機微にうといこと。これには平蔵も思わず「おい、野暮だよ」と苦笑いしてしまう(第3シリーズ第16話「おしま金三郎」)。


 平蔵や忠吾などと違って色恋や遊び事には縁遠い佐嶋だけに、これはある意味仕方ないだろう。だが案外、佐嶋のこんな不器用なところも、すさんだ生活をしていた若い頃に遊びの限りをし尽くしてしまった平蔵にとっては、信頼できる要素となっているのかもしれない。



同心にとってはコワい上役


 一方、佐嶋の部下に当たる同心たちは、彼をどう見ているのだろうか?ドラマではよく、佐嶋が姿を現すと、溜り部屋でくつろいでいた同心たちの間にピリッと緊張が走るシーンが描かれている。


 また、叱るといっても、柔らかい口調で強烈な皮肉を放つのが佐嶋のやり方で、これはこれで確かに怖い。特に印象深いのは、第3シリーズ第7話「谷中いろは茶屋」で、市中見廻りの役目にいまひとつ身が入らない忠吾に日誌を読ませるシーン。「ははは」と笑い声を上げても目がまったく笑っていないのだ。また、第2シリーズ第21話スペシャル「熱海みやげの宝物」では”空気が読めない”猫どのに「包丁ではなく長い刀(の)で敵を料理してくれ」と、皮肉たっぷりのせりふを投げつけている。



盗賊一味の補佐役たち


 すぐれた頭目(おかしら)にすぐれた補佐役がつくのは、盗賊側も同じだ。本作の松戸の繁蔵はその好例。命を投げ出しても頭目に忠誠を尽くす姿は感動的ですらあり、その働きに自らの命をもって応える市兵衛もまた見事。「隠居金七百両」(第3シリーズ第12話)のもと盗賊・堀切の次郎助も、頭目・白峰の太四郎の右腕といわれた男で、4年も前に足を洗ったにもかかわらず、太四郎に忠義を尽くして死んでいく。


 この一方で、うまくいかない例も。第1シリーズ第3話「蛇の眼」の白玉屋紋蔵は、良き補佐役でありながら忠実さが裏目に出てしまい、頭目の暴走を止められなかった。一方、第2シリーズ第14話「雨乞い庄右衛門」の破目の伊太郎は、どうしてこんな男が大盗・庄右衛門の配下だったのか、不思議なくらいの性悪だ。


 こうして見ると、組織をうまく運営するには、長と副のバランスが取れていなければならない。その点で、長谷川平蔵ー佐嶋忠介、蓮沼の市兵衛ー松戸の繁蔵は、理想的な組み合わせといえるのではないだろうか。



平蔵も興味を持つ 伝説の老盗賊

蓮沼の市兵衛役・・・二代目中村又五郎・・・1914年生まれ、東京府出身の歌舞伎役者。父である初代又五郎が若くして亡くなったため、二代目は、父の盟友・初代・吉右衛門に預けられた。その後、初代吉右衛門のもとで若い役者たちの調整役となり、二代目吉右衛門にとっては「お師匠番」といえる存在である。剣客商売」の秋山小兵衛のモデルとなったといわれている。09年に鬼籍に入った。





原作を読む! 


鬼平犯科帳(21) 第4話「討ち入り市兵衛」


弥勒寺のお熊婆さんが 彦十とともに大活躍
 

 盗賊・松戸の繁蔵と相模の彦十との再会が物語の発端となる本作。ドラマでは、重傷を負った繁蔵が「五鉄」の店先で倒れるが、原作で彼をいちばん最初に発見するのは本所・弥勒寺門前で茶店「笹や」を営む老婆・お熊だ。

 

 ともに平蔵のむかしなじみである彦十・お熊の毒舌コンビは度々登場。この物語でも絶妙なやりとりで、笑いを誘う。第1シリーズ第13話「笹やのお熊」でドラマ初登場した際には名女優・北林谷栄がお熊に扮し、彦十と丁々発止の”舌戦”をユーモアたっぷりに繰り広げた。


ー鬼平犯科帳 DVDコレクション 37-




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36.≪第3シリーズ≫ 第19話 密偵たちの宴

2016年02月09日(火) 02時59分59秒 テーマ:鬼平犯科帳

急ぎばたらきの横行に業を煮やした

       腕利きの密偵たちはーーー


 平蔵の腕利きの密偵・五郎蔵、彦十、おまさ、粂八、伊三次、岩五郎。久しぶりに開いた宴会で、最近の急ぎばたらきの酷(ひど)さに、話題は集中した。「本格的なお盗めを兇賊たちに見せつけてやりたい」と計画を立てはじめた面々に、おまさひとりが渋い顔。狙いは医者でありながら高利貸しの竹村玄洞(げんどう)に決まった。仕事の合間を縫って下準備は進む。一方平蔵は、兇賊・鏡の仙十郎一味が江戸に潜入していることを知り、探索に乗り出すがーーー。



鬼平図解帳 密偵たちの宴


江戸の治安を守った陰の者


鬼平を支える密偵たち


 密偵たちが、”理想のお盗め”に挑戦する本作。活躍するのは、大滝の五郎蔵を筆頭とする「鬼平」シリーズの”レギュラー密偵陣”だが、火付盗賊改方は、他にも数多くの密偵を抱えていた。


 原作に登場する密偵は50人以上。そのほとんどがもと盗賊だ。彼らの多くは、火盗改メ長官・長谷川平蔵の直属だったようだが、与力や同心の下で働く者も。同心・大島勇五郎の密偵・雪崩(なだれ)の清松(第2シリーズ第19話「春の淡雪」)や、同心・松波金三郎の密偵を務めたませの七兵衛(第3シリーズ第16話「おしま金三郎」)がドラマでは登場済だ。


 密偵は、むかしなじみである盗賊仲間からは「狗(いぬ)」と蔑(さげす)まれ、危険の多い捜査の途中で命を落とすこともある、つらい役目。そんな過酷な仕事にもかかわらず、彼らはなぜ密偵として働くのか。


 動機は人によって異なるが、本作で五郎蔵が、盗賊・草間の貫蔵に対して「てめえのような急ぎばたらきがはびこるから、盗人稼業に愛想が尽きた」と発言しているように、兇賊を憎む気持ちも理由のひとつだろう。


 しかし、それ以上に、平蔵の人柄に心服していることも大きい。本作の主人公を張る相模の彦十、大滝の五郎蔵、おまさ、小房の粂八、伊三次たちは特に「この長官(おかしら)のためなら命も惜しくない」という強い思いがあったからこそ、命がけで働いたに違いない。



大江戸八百八町の治安を守る


 密偵という役目が実際にあったかは、実は定かではない。ただ、密偵と同じように、火盗改メや町奉行所といった捜査機関の手先として働く”目明し”と呼ばれる者たちは実在した。実在の長谷川平蔵も、目明しを使って手柄を立てたという記録が残っている。


 目明しは、岡っ引き、御用聞きなどとも呼ばれ、もとは、町奉行所の同心が、罪人に情報を提供させたり、犯人逮捕に協力させたりする代わりに、刑罰を軽減させたのが始まりだという。「鬼平犯科帳」では、第2シリーズ第17話「霧の朝」、第3シリーズ第5話「熊五郎の顔」などに目明しが登場する。ちなみに、架空の人物ではあるが、かの有名な”銭形平次”も目明しという設定だ。


 町方の手下である目明しは、火盗改メ長官の命令に従う義務はない。しかし平蔵は、曲者ぞろいの密偵たちを心酔させたその人柄故に、目明したちの厚い信頼も得ていた。「霧の朝」で登場する桶富などは、その好例だ。「この人のためなら・・・・・」という思いが人を動かすのは、今も昔も変わらないのかもしれない。



「五鉄」に集う平蔵の密偵たち


①彦十

 香具師(やし)あがりの無頼者(ぶらいもの)。若かりし頃の平蔵の取り巻きのひとりで、第1シリーズ第2話「本所・櫻屋敷」で20数年ぶりに平蔵と再会し、自ら「狗(いぬ)」と呼ばれる密偵入りを願い出る。


②五郎蔵

 一時は頭目として30人からの手下を従えていた本格派の盗賊。ドラマ初登場の「敵」(第1シリーズ第21話)で平蔵の人柄に惚れ込んで、密偵に。平蔵の信頼もひときわ厚い密偵仲間の親分的存在。


③おまさ

 盗賊・鶴(たずがね)の忠助の娘で、彦十同様、若き日の平蔵をよく知るひとり。一時、二代目・狐火(きつねび)の勇五郎と夫婦になるが、勇五郎の死後。密偵に戻り、活躍を続ける。(第1シリーズ第11話「狐火」)。


④岩五郎

 通称豆岩、またはちび岩。甲州一体を本拠地とする大盗賊・鶍(いすか)の喜左衛門のもとで修業したものの、芽が出なかった。原作には度々登場するが、ドラマでは本作のみに登場。


⑤粂八

 急ぎばたらきに愛想を尽かし、密偵入りを決意。その経緯(けいい)は第1シリーズ第4話「血頭の丹兵衛」に、また、身寄りのない粂八の悲しい過去は第3シリーズ第3話「馴馬の三蔵」に詳しい。


⑥伊三次

 伊勢の関宿に捨て子され、10歳まで宿場女郎に育てられた。変装と聞き込みを得意としている。ドラマでは、第1シリーズ第1話「暗剣白梅香」から登場する、平蔵の密偵のなかでも”古株”である。



火盗改メが目の色を変える 兇盗一味の頭目

・鏡の仙十郎役・・・五味龍太郎・・・1933年、長野県生まれ。大学中退後、松竹、東映を経て、大映と専属契約。市川雷蔵、勝新太郎の適役として爆発的支持を得る。また、特撮時代劇「大魔神」(66年)、「妖怪百物語」(69年)の悪い殿様役も印象的で、時代劇悪役の代名詞であった。60年代後半からテレビ時代劇にも本格的に進出し、数多くの人気番組に出演している。





原作を読む! 


鬼平犯科帳(12) 第4話「密偵たちの宴」


オールスターがそろい踏み 密偵ファン必読の名作

 

 彦十、五郎蔵、粂八、伊三次、おまさに舟形の宗平(ドラマでは豆岩)を加えた、”密偵オールスター揃い踏み”の一作。密偵たちが”理想のお盗め”を計画し、真剣かつ楽しげにことを進めるようすが、一部せりふのみのシナリオ形式で、臨場感たっぷりに描かれている。

 

 なお、密偵たちのたくらみを平蔵がお見通しなのは、原作、ドラマ共通。原作では五郎蔵に釘を刺すひと言で、ドラマではぺろりと舌を出す茶目っ気あふれるエンディングで見事に表現されている。


ー鬼平犯科帳 DVDコレクション 36-





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