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36.≪第3シリーズ≫ 第19話 密偵たちの宴

2016年02月09日(火) 02時59分59秒 テーマ:鬼平犯科帳

急ぎばたらきの横行に業を煮やした

       腕利きの密偵たちはーーー


 平蔵の腕利きの密偵・五郎蔵、彦十、おまさ、粂八、伊三次、岩五郎。久しぶりに開いた宴会で、最近の急ぎばたらきの酷(ひど)さに、話題は集中した。「本格的なお盗めを兇賊たちに見せつけてやりたい」と計画を立てはじめた面々に、おまさひとりが渋い顔。狙いは医者でありながら高利貸しの竹村玄洞(げんどう)に決まった。仕事の合間を縫って下準備は進む。一方平蔵は、兇賊・鏡の仙十郎一味が江戸に潜入していることを知り、探索に乗り出すがーーー。



鬼平図解帳 密偵たちの宴


江戸の治安を守った陰の者


鬼平を支える密偵たち


 密偵たちが、”理想のお盗め”に挑戦する本作。活躍するのは、大滝の五郎蔵を筆頭とする「鬼平」シリーズの”レギュラー密偵陣”だが、火付盗賊改方は、他にも数多くの密偵を抱えていた。


 原作に登場する密偵は50人以上。そのほとんどがもと盗賊だ。彼らの多くは、火盗改メ長官・長谷川平蔵の直属だったようだが、与力や同心の下で働く者も。同心・大島勇五郎の密偵・雪崩(なだれ)の清松(第2シリーズ第19話「春の淡雪」)や、同心・松波金三郎の密偵を務めたませの七兵衛(第3シリーズ第16話「おしま金三郎」)がドラマでは登場済だ。


 密偵は、むかしなじみである盗賊仲間からは「狗(いぬ)」と蔑(さげす)まれ、危険の多い捜査の途中で命を落とすこともある、つらい役目。そんな過酷な仕事にもかかわらず、彼らはなぜ密偵として働くのか。


 動機は人によって異なるが、本作で五郎蔵が、盗賊・草間の貫蔵に対して「てめえのような急ぎばたらきがはびこるから、盗人稼業に愛想が尽きた」と発言しているように、兇賊を憎む気持ちも理由のひとつだろう。


 しかし、それ以上に、平蔵の人柄に心服していることも大きい。本作の主人公を張る相模の彦十、大滝の五郎蔵、おまさ、小房の粂八、伊三次たちは特に「この長官(おかしら)のためなら命も惜しくない」という強い思いがあったからこそ、命がけで働いたに違いない。



大江戸八百八町の治安を守る


 密偵という役目が実際にあったかは、実は定かではない。ただ、密偵と同じように、火盗改メや町奉行所といった捜査機関の手先として働く”目明し”と呼ばれる者たちは実在した。実在の長谷川平蔵も、目明しを使って手柄を立てたという記録が残っている。


 目明しは、岡っ引き、御用聞きなどとも呼ばれ、もとは、町奉行所の同心が、罪人に情報を提供させたり、犯人逮捕に協力させたりする代わりに、刑罰を軽減させたのが始まりだという。「鬼平犯科帳」では、第2シリーズ第17話「霧の朝」、第3シリーズ第5話「熊五郎の顔」などに目明しが登場する。ちなみに、架空の人物ではあるが、かの有名な”銭形平次”も目明しという設定だ。


 町方の手下である目明しは、火盗改メ長官の命令に従う義務はない。しかし平蔵は、曲者ぞろいの密偵たちを心酔させたその人柄故に、目明したちの厚い信頼も得ていた。「霧の朝」で登場する桶富などは、その好例だ。「この人のためなら・・・・・」という思いが人を動かすのは、今も昔も変わらないのかもしれない。



「五鉄」に集う平蔵の密偵たち


①彦十

 香具師(やし)あがりの無頼者(ぶらいもの)。若かりし頃の平蔵の取り巻きのひとりで、第1シリーズ第2話「本所・櫻屋敷」で20数年ぶりに平蔵と再会し、自ら「狗(いぬ)」と呼ばれる密偵入りを願い出る。


②五郎蔵

 一時は頭目として30人からの手下を従えていた本格派の盗賊。ドラマ初登場の「敵」(第1シリーズ第21話)で平蔵の人柄に惚れ込んで、密偵に。平蔵の信頼もひときわ厚い密偵仲間の親分的存在。


③おまさ

 盗賊・鶴(たずがね)の忠助の娘で、彦十同様、若き日の平蔵をよく知るひとり。一時、二代目・狐火(きつねび)の勇五郎と夫婦になるが、勇五郎の死後。密偵に戻り、活躍を続ける。(第1シリーズ第11話「狐火」)。


④岩五郎

 通称豆岩、またはちび岩。甲州一体を本拠地とする大盗賊・鶍(いすか)の喜左衛門のもとで修業したものの、芽が出なかった。原作には度々登場するが、ドラマでは本作のみに登場。


⑤粂八

 急ぎばたらきに愛想を尽かし、密偵入りを決意。その経緯(けいい)は第1シリーズ第4話「血頭の丹兵衛」に、また、身寄りのない粂八の悲しい過去は第3シリーズ第3話「馴馬の三蔵」に詳しい。


⑥伊三次

 伊勢の関宿に捨て子され、10歳まで宿場女郎に育てられた。変装と聞き込みを得意としている。ドラマでは、第1シリーズ第1話「暗剣白梅香」から登場する、平蔵の密偵のなかでも”古株”である。



火盗改メが目の色を変える 兇盗一味の頭目

・鏡の仙十郎役・・・五味龍太郎・・・1933年、長野県生まれ。大学中退後、松竹、東映を経て、大映と専属契約。市川雷蔵、勝新太郎の適役として爆発的支持を得る。また、特撮時代劇「大魔神」(66年)、「妖怪百物語」(69年)の悪い殿様役も印象的で、時代劇悪役の代名詞であった。60年代後半からテレビ時代劇にも本格的に進出し、数多くの人気番組に出演している。





原作を読む! 


鬼平犯科帳(12) 第4話「密偵たちの宴」


オールスターがそろい踏み 密偵ファン必読の名作

 

 彦十、五郎蔵、粂八、伊三次、おまさに舟形の宗平(ドラマでは豆岩)を加えた、”密偵オールスター揃い踏み”の一作。密偵たちが”理想のお盗め”を計画し、真剣かつ楽しげにことを進めるようすが、一部せりふのみのシナリオ形式で、臨場感たっぷりに描かれている。

 

 なお、密偵たちのたくらみを平蔵がお見通しなのは、原作、ドラマ共通。原作では五郎蔵に釘を刺すひと言で、ドラマではぺろりと舌を出す茶目っ気あふれるエンディングで見事に表現されている。


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36.≪第3シリーズ≫ 第18話 おみよは見た

2016年01月18日(月) 02時54分41秒 テーマ:鬼平犯科帳

殺人の目撃を黙っているおみよの

  口封じをためらった小平次はーーー


 殺し屋・青堀(あおぼり)の小平次は、ある雷雨の日、日本橋通り一丁目にある八幡屋(やはたや)の主・利兵衛の妾・お八重を殺害。しかしその現場を、お八重の小女・おみよに見られてしまう。殺し屋の掟は「目撃者は消せ」。迷いながらも口封じのためにおみよの居所を探る小平次だったが・・・・・。ある日、偶然立ち寄った蕎麦屋で、小平次はおみよを見かける。だが、おみよは小平次に笑いかけ、「誰にも言うつもりはない」ことを伝えた。ますますおみよ殺害にためらいを覚える小平次はーーー。



鬼平図解帳 おみよは見た


日本橋堺町の「中村座」と

       葺屋町の「市村座」


町奉行所公認の江戸三座


 本作に、茶問屋・八幡屋利兵衛の内儀が、女中を連れて芝居小屋の市村座へ向かうシーンがある。



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市村座の劇場内のようす。演目は「染手綱初午蘇我(そめたたづなはつうまそが)」

(鳥居清広『大芝居狂言浮絵図』/早稲田大学演劇博物館所蔵)


 「市村座」とは町奉行所から歌舞伎興行が許された、官許の芝居小屋のひとつだ。慶安4年(1651)の時点で官許の小屋は四座あったが、正徳4年(1714)に山村座が「絵島生島事件(風紀粛正のため、大奥女中の絵島と歌舞伎役者の生島新五郎ら多数が処罰された事件)」によって取り潰されてからは、中村座、市村座、森田座の三座になった。これを江戸三座と呼ぶ。


 三座は天保12年(1841)の大火事で被災し、さらに天保の改革によって、同13年(1842)に浅草・猿若町(現・台東区浅草6丁目辺り)に強制移転される。が、平蔵が生きた時代(延享2年〈1745〉~寛政7年〈1795〉は、中村座が堺町(現・日本橋人形町)に、市村座がそのすぐ目と鼻の先の葺屋町(同)に、森田座が木挽町(現・中央区銀座)に座を構えており、小屋専属の食事処で札(チケット)の手配もした芝居茶屋、料理屋、役者や関係者の住居などが芝居町を形成していた。



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中村座の劇場内のようす。演目は赤穂事件(あこうじけん)を題材にした「仮名手本忠臣蔵」。

(鳥居清経『芝居狂言浮絵』/早稲田大学演劇博物館所蔵)



 三座のなかで人気を集めたのは、中村座と市村座。森田座は同じ木挽町にあった山村座が潰されてから、戯作者や役者の融通がしにくくなり、演目も代わり映えしなくなったため、人気が低迷してしまったのだ。



江戸歌舞伎の起源・中村座


 一方、中村座は寛永元年(1624)に京の狂言師・猿若勘三郎(初代中村勘三郎)が、中橋南地(現・中央区京橋付近)に「猿若座」の名で小屋を構えたのが始まりで、江戸歌舞伎の起源。中村勘三郎は、「鬼平犯科帳」の四代目長谷川平蔵役・中村吉右衛門丈を含めた、現在につながる中村姓の、歌舞伎役者の始祖だ。猿若座は江戸城に近かったため、人寄せの太鼓が旗本の登城を知らせる太鼓と紛らわしいからという理由で、寛永9年(1632)に禰宜(ねぎ)町(現・日本橋掘留町)に、さらに慶安4年(1651)に堺町に移転。この時「中村座」と名を改めた。



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江戸の商業の中心地、日本橋通り一丁目(現・中央区日本橋一丁目付近)。

買い物客や大道芸人たちが行き交っている。

(広重『名所江戸百景 日本橋通一丁目略図』/国立国会図書館所蔵)



 また、本作に登場する市村座は寛永11年(1634)に禰宜町(ねぎまち)に建てられた村山座が始まり。慶安4年に葺屋(ふきや)町に移り、承応元年(1652)に役者の市村宇左衛門(うざえもん)(八代目以降は羽左衛門)が興行権を買い取って市村座と改称。第8シリーズ第9話「さらば鬼平犯科帳スペシャル」にある重要な役で出演した中村羽左衛門(うざえもん)は、十七代目に当たる。





目撃者の少女を殺せない 腕利きの殺し屋

青堀の小平次役・・・近藤正臣

 1942年、京都府生まれ。高校卒業後、板前修業を経てアングラ劇団を結成。松竹京都のエキストラ時代に誘われ、上京。今村昌平監督作品「”エロ事師たち”より人類学入門」(66年)でデビューする。その後、テレビドラマ「柔道一直線」(69年)で人気が急上昇。二枚目俳優としての印象が強いが、実は、悲壮な役柄でこそ真価を発揮する実力派名優である。





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江戸の暗黒街 第1話「おみよは見た」


少女の態度に困惑する 冷徹なプロの殺し屋

 

 原作は「江戸の暗黒街」(新潮文庫)に収められた同名小説。ドラマではおみよの雷嫌いが物語のキーになっているが、原作にその設定はない。小平次もおみよを殺すのは嫌だとか、江戸を離れたいといった泣き言は言わず、殺し屋らしく淡々とおみよを探す。

 

 その冷徹なプロの殺し屋が、自分のことを誰にも告げない少女の態度の翻弄され、困惑するようすが作品のキモ。当然、火盗改メは登場せず、治兵衛(原作では羽沢の嘉兵衛)を始め殺し屋や殺しの依頼人が捕縛されることはない。



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35.≪第3シリーズ≫ 第17話 忠吾なみだ雨

2015年12月07日(月) 02時46分55秒 テーマ:鬼平犯科帳

火盗改メ同心・忠吾は、お雪という娘に惚れ、結婚を申し込むがーーー


 木村忠吾は、男たちに絡まれていた足袋屋・つちや善四郎の姪・お雪を助ける。お雪の可愛らしさに心奪われ、次第に惚れ込んだ忠吾は、結婚を申し込んだ。しかし、善四郎は、本格の大盗・鈴鹿の又兵衛の義弟。お雪は又兵衛のひとり娘だったが、2人は何も知らない。折しも又兵衛は引退を決意し、最後の大仕事のための準備を始めていた。事態を察した平蔵は、忠吾には内緒で又兵衛捕縛のために動き出す。忠吾とお雪の恋の行方は・・・・・。




火盗改メ同心と盗賊の娘の恋 

    ~忠吾恋物語~



木村忠吾の恋愛(?)遍歴


 平蔵に可愛がられ、ファンの間でも人気の高い火付盗賊改方のムードメーカー、同心・木村忠吾。食べ歩きと女遊びに余念のない彼が、あろうことか盗賊の娘と恋に落ち、かつてなく純な側面を見せる「忠吾なみだ雨」は、数ある「鬼平犯科帳」シリーズのなかでも屈指のラブストーリーに仕上がっている。


 自他ともに認める”軟派”の忠吾が、本気で結婚を考えるのは今回が初めて。もっとも、縁談をもちかけられたことはある。京都西町奉行所の浦辺彦太郎与力に、娘の妙をもらってくれと頼まれたのだ(第1シリーズ第12話「スペシャル 兇剣」)。忠吾もその気にはなるが、あくまでも、妙が美人だったからという軽いノリ。その感覚は、通りすがりの美女に声をかけるのとあまり変わらない。


 その頃の彼が熱を上げるのは、いわゆる”プロ”の女性たち。第3シリーズ第7話「谷中いろは茶屋」のお松には破産するほど入れ上げた。だが、どんなに惚れ込んではいても娼婦と客という一線を越えようとはしないところが、さすがに遊び慣れている。



しろうと娘に初めて惚れる


 田原町の足袋屋・つちや善四郎の姪、お雪と親しくなったのも、一目見て容姿が気に入ったという、いつもの気軽な馴れ初め。しかし、相手は純真無垢な町娘。平蔵に「惚れっぽい」と評されはしても、手練手管を知り尽くした女たちとの疑似恋愛しか知らなかった忠吾が、汁粉屋で恥じらうお雪の初々しさに思わず本気で惹かれていくようすが丁寧に描かれ、その男心がひしひしと伝わってくる。だが、お雪は盗賊の娘。その結末が悲しいものであることは、火を見るよりも明らかだ。



所詮は結ばれぬ運命の恋


 身分の違いだけなら、養子縁組で何とかなるが、火盗改メの役人と盗賊の身内では、どうすることもできない。かつて同心の小野十蔵が、純粋に優しい気持ちから盗賊の内妻・おふじと情を通じて、結果的に身を滅ぼした例もある(第1シリーズ第6話「むっつり十蔵」)。


 その切なさを誰よりもよく知っているのが、密偵・おまさだ。盗賊・鶴の忠助の娘で、10歳の頃から平蔵に思いを寄せてきたおまさが忠吾とお雪を見守る役目を引き受けることで、本作は切なさの二重奏を生み出した。決して結ばれることのない2つの恋。そのつらさを、ラストシーンの忠吾のなみだが雄弁に物語っている。


 


娘の恋と盗めの 板ばさみになった老盗



鈴鹿の又兵衛役・・・高松英郎

 1929年、高知県出身。早稲田中学に進みパイロットを目指すが敗戦で断念。51年に大映入社、久松靜児監督作品「怒れ三平」(53年)で映画デビュー。いかつい容貌から悪役が多かったが、木訥なイメージも強く、人間味溢れる役柄が得意。ドラマ「柔道一直線」(69年)で主人公の師匠役を演じて人気俳優となった。07年、心筋梗塞のため鬼籍に入る。




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鬼平犯科帳(2) 第6話「お雪の乳房」



しろうと娘の初々しさに 

   結婚願望が目覚めた忠吾

 

 原作の題名は「お雪の乳房」。物語の筋立てはドラマに描かれた通りだが、こちらの忠吾は、お雪に寄せる思いの質がまったく違う。結婚を決意するのも”愛情”ではなく”愛着”のため。

 

 その違いが如実に表れたのはラストシーン。原作では、忠吾はひたすらお雪の乳房を懐かしみ、傷心の後輩を慰めようと来てくれた山田同心を、かえって呆れさせる。さばさばとした原作と純愛のドラマ、どちらの忠吾もそれぞれに魅力的だ。


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35.≪第3シリーズ≫ 第16話 おしま金三郎

2015年11月17日(火) 02時45分11秒 テーマ:鬼平犯科帳

おしまは、金三郎の弱みを握るつもりが

         本気になってしまいーーー


 盗賊・牛尾の又平一味を追っていた同心・松波金三郎は、牛尾の身内から足抜けしたがっていた引き込み役・おしまから、情報を引き出そうとする。おしまは弱みを握るつもりで、金三郎に抱いてもらうことを望んだ。そのかいあって又平一味は捕まったが、金三郎はおしまとの情事が明るみに出て、火盗改メを解任されてしまう。数ヵ月後、料理屋の亭主となっていた松波の前に、再びおしまが現れる。おしまは自分でも知らないうちに、金三郎に惚れ込んでしまっていてーーー。




鬼平図解帳 おしま金三郎


庶民の暮らしを支えた行商人


あらゆる品物を売り歩く


 本作の冒頭に、同心・松波金三郎と沢田小平次が飴売り姿に変装し、盗賊たちが集まる旅籠のようすをうかがう場面がある。松波たちが扮した飴売りとは、江戸の町を錬り歩く行商人の一種だ。



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飴売り姿で太鼓を打ち鳴らしながら寺社境内を探索する伊三次。

(第3シリーズ第19話「密偵たちの宴」)



 江戸には廻船問屋などの大店(おおだな)から、町屋敷の表店(おもてだな)、日用品や食べ物などを売る小店(こみせ)まで、数多くの常設店舗があった。しかし、100万人を超す江戸の住民に、生活必需品や嗜好品(しこうひん)をもたらしたのは、主に町で売り歩く行商人たちだったのだ。2万人はいたともいわれる行商人が、江戸の隅々まで、くまなく売り歩いていた。



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 彼らが商った品物は多種多彩。食料品では、魚介類に野菜、果物、味噌、醤油、塩、梅干し、菓子、茶など。食べ物以外でも苗木、金魚、煙草(たばこ)、薬、油、糸、針、鈴虫、ほうき、桶、茶碗、手ぬぐい、団扇(うちわ)、扇子(せんす)、蚊帳(かや)、双六(すごろく)など。要するに、売れる物なら何でも売り歩いていたのだ。



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 いっぷう変わったところでは、物を売るのではなく修理をする修理屋にも、行商人がいた。道具や品物は江戸時代にはとても貴重だったので、壊れても何度も修理して使う。そのため修理屋が町を流していたのだ。



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 刃物の研(と)ぎ屋、詰まった煙管(きせる)を修理する羅字(らう)屋のほか、茶碗や陶器を修理する焼きつぎ屋や錠前修理、算盤(そろばん)直しなどもあった。


 彼らは職商人と呼ばれ、修理に必要な道具を担いで歩き、頼まれればその場で作業をした。



裏長屋の奥までを熟知


 これらの行商人は表通りを歩くだけでなく、裏長屋まで入り込んで品物を売った。また、修理屋の場合は物を修理するのだから、ある程度の時間がかかる。これは探索に当たる同心や密偵にとっては好都合。行商人に変装していれば、どこを歩いても長居をしても怪しまれずにすむ。ただし棒手振りは機敏に動けないため、実際は探索には向かないかもしれない。


 なお、本作で飴売りに扮した松波たちは太鼓を叩き、口上を述べていた。口上はライバルでもある同業者が多い行商人たちが、より人目を引くために、扮装や仕掛けを施したところから発展したといわれている。



手柄のためには 手段を選ばない 非情な同心
・松波金三郎役・・・峰岸徹 

 1943年、東京都出身。大学在学中に芸能界に入り、「高校生と女教師・非情の青春」(62年)で映画デビュー、アクションスターとして人気を得た。75年、峰岸徹に改名。甘さと渋みを併せもつ名優として数多くの作品に出演。晩年はバラティ番組でも人気者になったが、08年に肺がんが原因で鬼籍に入った。





原作を読む! 


鬼平犯科帳(20) 第1話「おしま金三郎」


原作の松波は心底温か 

小柳同心との友情譚(たん)もあり

 

 原作では松波とともに牛尾の又平一味を捕えた同心・小柳安五郎に危険が及ぶと、おしまが松波に告げるところから事件が始まる。また原作は、おしまと松波の色恋話だけでなく、松波と小柳の友情譚の趣も濃い。

 

 松波の人物も、ドラマでは気性の荒い無頼漢風だが、原作では心根温か。探索は上手いが剣の腕はいまひとつで、浪人に襲われた時はこれで最期と観念。平蔵が店に訪ねてきた時は、酌をする手が震えるほどの小心さも見せる。

 

 おしまと松波のその後は、ドラマでははっきりと描かれていない。


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巨樹との出合い⑩ 森の神(ブナ)

2015年10月25日(日) 00時32分49秒 テーマ:鬼平犯科帳

朝日を浴びて凛々(りり)しく



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 青森県十和田市。幹周6.01㍍、樹高29㍍、樹齢400年(推定)。


 近年新たに確認されたブナの巨樹です。奥入瀬(おいらせ)渓流に近い山林にあり、幹が真っすぐで樹高が高く、空洞や大枝が折れた痕跡(こんせき)なども見られません。ほとんど健全に近い、きれいな姿で立っており、まだまだ元気なブナの巨樹です。


 訪問時はちょうど紅葉の真っ最中で、朝日を浴びて立つ姿は果てしもなく神々(こうごう)しく、まさに「森の神」と呼ばれるにふさわしい姿でした。


 単独で立つ姿は、孤高のブナとでも呼びたいほどの凛々(りり)しさ。周囲には他に大きなブナの姿はなく、古くに伐採されてしまったようです。森の神だけは上部で幹が3本に分かれた木には神が宿るという考えがあり、頑(がん)としてこの木の伐採を受け付けなかったからだそうです。


 数々の偶然が重なったとはいえ、このブナの持つ強運は計り知れないものがありそうです。十和田観光の新たなスポットとして、今後ますます脚光を浴びるかもしれません。


ー2015年(平成27年)10月20日(火)の新聞よりー















34.≪第3シリーズ≫ 第15話 スペシャル炎の色≪其の参≫

2015年10月23日(金) 02時24分33秒 テーマ:鬼平犯科帳

鬼平図解帳 炎の色其の参》


荒神一味の

   盗人宿があった南足立郡 


江戸の北の玄関口、千住


 本作「炎の色」に登場する荒神一味の盗人宿は、大川(現・隅田川)をさかのぼって荒川に入ったあたりの南足立郡(あだちごおり)宮城村(現・足立区宮城)にある。当時は田畑や草原が広がるのどかな田園地帯で、将軍が鷹狩のために訪れることもあった。付近には江戸四宿のうち最大の規模を誇った千住宿がある。


 千住という地名は、昔この辺りの川で千手観音像が引き上げられ、勝専寺(しょうせんじ)(現・足立区千住)に祀(まつ)られたことに由来するという。古くから奥州方面へ向かう交通の要所で、文禄3年(1594)に千住大橋が架橋されると、急速に街並みが整備されていった。江戸時代の初めに日光東照宮が造営されると、江戸から日光へ向かう日光街道の初宿に定められ、千住宿が生まれた。



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ドラマでおまさと平蔵が見ていた地図を抜粋。物語と合致させるため、実際の古地図からは

デフォルメされており、現代の荒川の流れや西新井の表記など、違いも見て取れる。




 千住宿は当初、千住大橋の北側の千住1~5丁目の5町を指した。しかし、交通量が増えるにつれて橋の南にも広がった。南北に2.4㎞の大きな宿場には本陣や脇本陣、旅籠、居酒屋、結髪床などが軒を連ね、参勤交代の大名行列や、日光・東北方面へ向かう旅人、近郊の農民などで賑わった。松尾芭蕉が門人に見送られ、『奥の細道』の旅に出発したのも、ここ千住である。


 千住宿にはまた、大川と荒川の二大水運を利用して、各地から穀物や野菜などが運ばれてきた。青物市場では毎朝競りが開かれて盛況を極めた。現在は、本陣跡や青物問屋跡として残るやっちゃ場跡の看板などが、当時の繁栄を伝えている。



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現代地図




 ちなみに千住宿は江戸へ向かう大名や旅人にとって最後の宿場だったため、江戸に入る前にここで身支度を整えた。旅人が使い古した足袋などを拾って売ったのが、勝専寺で行われていたボロ市の起源といわれる。



江戸の名所、鷲(おおとり)大明神


 千住宿とその周辺には名所や行楽地も多かった。花畑の鷲(おおとり)大明神(現・大鷲神社)も大勢の人を集めた。本作で、おまさが川を舟でさかのぼったように、江戸の人々も舟で訪れた。酉(とり)の市発祥の地といわれる社には諸説あるが、ここ大鷲神社もそのひとつ。


 旧暦11月の酉の日には、境内に宝船や千両箱を飾り付けた竹熊手を売る屋台が出て、武士や庶民などたくさんの参詣客で賑わったという。






盗賊人別帳


おまさに妹の影を見る 荒神二代目の女賊


荒神のお夏役・・・池内淳子

 1933年、東京府生まれ。54年、雑誌「サンケイグラフ」のカバーガールを務め、新東宝にスカウトされる。60年代からテレビドラマに進出。人妻役から芸者役までを幅広くこなし、芯が強く、優しい理想の女性のイメージで、絶大な人気を誇った。2002年紫綬褒章、08年旭日小受賞を受賞。10年、惜しまれつつも、鬼籍に入る。



荒神一味の乗っ取りを たくらむ助太郎の弟分

峰山の初蔵役・・・新田昌玄

 1934年、徳島県生まれ。篠山正浩監督が自らの最高傑作と謳った「処刑の島」(66年)に新田昌の名で主演。松本白おう版「鬼平犯科帳」では大滝の五郎蔵を演じた。



二代目・お夏に 反旗を翻す古株

袖巻の半七役・・・花上晃

 1935年、東京府生まれ。時代劇から現代劇まで、さまざまな役柄を演じてきた名脇役である。愛嬌ある風貌だが、半七のようなどこか薄気味悪い悪党も十八番。


ー鬼平犯科帳 DVDコレクション 34-









34.≪第3シリーズ≫ 第15話 スペシャル炎の色≪其の弐≫

2015年10月17日(土) 02時14分04秒 テーマ:鬼平犯科帳

江戸の夜を照らす灯り炎の色其の弐》


2大光源・蝋燭(ろうそく)と行灯(あんどん)


 

 本作「炎の色」は夜のシーンが多く、さまざまな照明器具が印象的に登場する。電気はもちろん、ガス灯も石油ランプもなかった江戸時代、光源は蝋燭(ろうそく)と灯油だった。


 現代で蝋燭(ろうそく)といえば、灯芯に蝋(ろう)を塗り固めた西洋ロウソクが一般的。だが、江戸時代は、和紙にい草を巻いてつくった灯芯に、漆(うるし)やハゼの実から採取した蝋を何層にも重ねた和蝋燭が用いられていた。西洋のロウソクに較べて蝋が垂れにくく、煤(すす)が少ないのが特徴である。



屋内の灯り


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 蝋燭(ろうそく)を用いた照明器具には燭台(しょくだい)、手燭(てしょく)、提灯(ちょうちん)がある。荒神の二代目・お夏の部屋にある燭台はむき出しのシンプルな形だが、「火袋」をつけたワイングラス形のものも。小型の燭台に携帯用の持ち手をつけたのが「手燭」で外出用、その進化形として登場したのが「提灯」だ。


 余談だが、史実の長谷川平蔵は、火事現場に持っていく「高張提灯(たかはりちょうちん)」を大変上手く利用したという。長谷川家の定紋入りの高張提灯を通常の倍もつくらせて、火事があるたびそこかしこに掲げさせた。治安維持が目的だったが宣伝効果も絶大で、売名行為だと非難する者もいたほどだ。



屋外の灯り


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(資料提供:神戸らんぷミュージアム)



 さて、実際のところは、当時貴重品だった蝋燭(ろうそく)よりも、灯油のほうが普及していた。灯油の種類はいくつかあったが、本作の捕物シーンでお夏が放火する際に使ったのは、おそらく高価な菜種油であろう。長屋などに住む町人たちが重宝していたのは、安い魚油だが、においと煤(すす)の多さには、皆、閉口したようだ。


 灯油を使った照明器具の代表は行灯(あんどん)。行灯は、油を入れた「火皿」を置く台を、和紙製の火袋で覆ったもので、いわば和式のランプだ。


 本作のお夏の部屋で見られるのは、江戸で好まれた「角行灯」と呼ばれる角柱型の行灯で、江戸で人気のあったタイプ。お夏の部屋の出入り口の廊下には上方風の「丸行灯」も見える。また、夜中に起きた場合に備えて就寝する時点けておく小型の灯りで「有明行灯(ありあけあんどん)」と呼ばれた室内灯も当時使われていたようだ。


 一方、屋外用の行灯には、夜間航行する際の目印に使う「舟行灯」、商家や飲食店の軒先などにつるされた看板兼用の「掛行灯」などがある。また、辻番所の前などに設置された「辻行灯」は常夜灯だった。街灯としてはもちろん、防犯にも役立ち、江戸の夜を明るく照らしていた。


ー鬼平犯科帳 DVDコレクション 34-














34.≪第3シリーズ≫ 第15話 スペシャル炎の色≪其の壱≫

2015年10月13日(火) 01時57分51秒 テーマ:鬼平犯科帳

おまさは荒神の二代目・お夏の

         怪しい魅力に惹かれーーー


 密偵・おまさは、盗賊・峰山の初蔵と再会した。初蔵は荒神の一味と合同での押し込みを計画しており、おまさに手伝ってほしいと頼む。荒神一味は先代の助太郎が亡くなり、その女房だったお夏が二代目を襲名することになっていた。一味潜入に成功したおまさだったが、お夏の妖しい魅力に次第に惹かれていく。一方で、初蔵や荒神一味の古株・袖巻の半七たちは、お夏のやり方に不満を抱いていた。先代・助太郎の七回忌と二代目襲名披露の日、峯山、荒神一味が一堂に会してーーー。





江戸時代の女ひとり旅<其の壱>


危険を承知で旅に出た女たち


 本作のラストで、お夏は京へ、ひとり旅立つ。


 江戸時代も中期を過ぎると、五街道をはじめとする多くの街道の整備が進み、旅籠が軒を連ねる宿場が充実し、街道にも茶店がそこかしこに店を構えるようになっていった。


 女性の旅には面倒な「女手形」の申請や、関所での厳しい「女改め」が付きもの。だが旅に出やすい環境が整備されたことで、庶民の女性でも旅に出る者が次第に増えていった。


 もちろん女性だけの旅は、男たちの好奇の目を集めることになり、乱暴されて金品を奪われ、果ては女郎屋に売り飛ばされる、殺されるといった危険と背中合わせの部分が大きい。そこで、旅に際して、武家や裕福な商家、豪農の女性たちは、従者に下男などの男を何人か伴うのが一般的だった。だが、そうした男性を伴うことができない庶民の女性たちも、観光、参詣(さんけい)、湯治、墓参、吟行(ぎんこう)にと、旅への熱い衝動に突き動かされ、数人で、あるいはひとりで旅に出る者が増えていった。



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ひとり旅の女客が宿に着いて、洗い桶の水で足を洗いながら宿の下女に話しかけている。

(歌川広重『東海道五十三次「村市坂」のうち赤坂』/大津市歴史博物館所蔵)



女手形を持たずに旅に出る者も


 女性のひとり旅でまず大変なのが宿の確保だ。旅籠は女性だけの客は敬遠気味で、ましてひとり旅となるとほとんど相手にしてくれなかった。


 そこでとったのが”旅は道連れ作戦”だ。道中で同じひとり旅の女性や、女性グループを見つけて声をかけ、同行・同宿を願った。


 女性の旅の必携品といえば女手形。が、発行が間に合わなかったり、発行の煩わしさを嫌ったり、あるいは最初から関所破りを犯すつもりで手形を持たずに、旅に出る者も。お夏も女手形を携帯していなかったのではないか。


 関所破りは露見すれば磔(はりつけ)だが、時代が下るにつれ、取り締まりが緩くなっていった。


 そもそも女手形を持たず関所を避ける方法は関所を通らないことしかない。関所そばの茶店の亭主などに金を払い、関所の塀などに開けた穴をくぐるなどして秘密裏に抜けた。江戸後期になると、女手形を偽造して売る者が現れたり、役人が袖の下を受け取り抜け道を教えたりと、手形がない旅人を逆手の取った商売が生まれた。文久年間(1861~1863)に、手形を持たない女性が、天下一厳しい箱根の関所を、100文の抜け道案内賃で通った記録も。


 関所を避けるもうひとつの方法は”まわり道”。東海道の箱根、新居、中山道の碓氷(うすい)、木曽福島の四大関所を避けるため、「女人道」とも呼ばれた脇街道を行く。山道ではあるが、女達は珍しい眺望を楽しみながら意気盛んに旅を続けたようだ。







原作を読む! 


鬼平犯科帳(23) 第2話 特別長編「炎の色」

鬼平犯科帳(24) 第3話 特別長編「誘拐」



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ドラマと異なる お夏の人物設定

 

 本作は「鬼平犯科帳」23巻「特別長編 炎の色」と、作者逝去のため未完に終った24巻「特別長編 誘拐」の合作。

 

 原作とドラマでは、お夏の人物設定が、同姓愛者である以外は異なる。原作のお夏は25歳。荒神の助太郎の、女房ではなく隠し子だ。ドラマでは畜生ばたらきを嫌うが、原作では、今回は仕方ないと納得。そのため、盗人宿に火を付けることもない。

 

 江戸を逃れたお夏がおまさを探す話だけが「誘拐」から抽出した部分で、以降の展開はドラマ独自のもの。「誘拐」には他にも魅力的な登場人物が現れ、未完が残念だ。


ー鬼平犯科帳 DVDコレクション 34-



鷹山が手本とした直江兼続

2015年09月25日(金) 01時15分40秒 テーマ:鬼平犯科帳

鷹山(ようざん)手本とした直江兼続


 大河ドラマ『天地人』の主人公として一躍有名になった直江兼続(なおえかねつぐ)は、上杉景勝の家老として米沢藩の礎(いしずえ)を築いた人物だ。関ヶ原の戦い後、上杉家は三十万石に減封されたが、兼続は家臣をほとんど解雇せず、節約を奨励し、田畑の開墾、産業振興を積極的に進めることで家臣団を養った。実は、治憲(はるのり)の財政再建策の多くは、この兼続が行った方法を模倣(もほう)したものだったのだ。


 にもかかわらず米沢藩において兼続(かねつぐ)は、徳川家に歯向かい、減封の理由をつくった「奸臣(かんしん)」と見なされていた。しかし後世になると、「あの鷹山(ようざん)公が手本としたのだから、実は兼続公も偉い人なんだろう」と評価が一転した。



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 武将としても優れていた兼続は、詩歌や学問にも詳しく、

文武両道を地で行く人物だった。

(『直江兼続像』/米沢市上杉博物館所蔵)


ー鬼平犯科帳 DVDコレクション 33-







33.≪第3シリーズ≫ 第14話 二つの顔

2015年09月05日(土) 02時30分23秒 テーマ:鬼平犯科帳

茶店「ひら井」には 

    怪しげな男が出入りしていてーーー


 道端で平蔵は阿呆鳥(あほうがらす)の与平に声を掛けられ、素人娘のおはるを世話された。おはると平蔵が出会ったのは茶屋「ひら井」。すっかり平蔵を信用したおはるは、女将・おろくに、もみあげにえぐったような傷のある気味の悪い男が付いていると話す。平蔵はその男がかつてひっかかりのあった富造ではと疑う。しかしその男は倉治郎という盗賊で、平蔵の正体を知っていた。倉治郎はおろくと共謀し、与平を殺害、おはるも殺そうとするがーーー。



江戸の三大鬼子母神


子授け・安産・子育ての守護神


 本作のラストシーンで、平蔵が参詣する雑司ヶ谷・鬼子母神堂。同堂は目白にある長谷川家の私邸からほど近いこともあり、第3シリーズ第12話「隠居金七百両」をはじめ、他の作品にも何度となく登場する。


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(広重「江戸高名会亭尽」より「雑司ヶ谷之図」国立国会図書館所蔵)


 鬼子母神(きしもじん)は仏界の守護神の一神で、子授け、安産、子育ての神として、日本では平安時代から信仰を集めていた。もともと鬼子母神は、500人とも1万人ともいわれるくらいたくさんの子を産みながら、人間の子供をさらって食べていた邪気だった。そこで釈迦が、鬼子母神が最も愛していた末子を隠し、子を失う母親の苦しみを悟らせたところ、釈迦に帰依し、安産、子育ての神となることを誓ったといわれる。


 鬼子母神は、日蓮が法華経の守護神として重視したことから、日蓮宗や法華宗の寺院でまつられることが多い。江戸時代の三大鬼子母神といわれたのが、雑司ヶ谷鬼子母神、入谷(いりや)鬼子母神、そして中山鬼子母神(千葉県市川市)だ。


 ちなみに寺院によっては、鬼子母神の「鬼」の字から、鬼のツノにも見える第1画目の「ノ点」を外している。釈迦に帰依したからとも、鬼子母神像が鬼ではなく菩薩の姿をしているからツノを取ったともいわれる。三大鬼子母神はいずれもノ点がない。



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 本作に登場する雑司ヶ谷鬼子母神堂は、堂の北にある、平安時代の弘仁元年(810年)に創建された日蓮宗・法明寺(創建時は真言宗)という寺院の、飛地境内に建立された支院だ。堂に納められている鬼子母神像は、室町時代の永禄4年(1561)に、付近の土の中から掘り出されたものと伝えられる。その後、安土桃山時代の天正6年(1578)に、村人たちが現在地に堂字を寄進して、像を法明寺から移した。現在の本堂は四代将軍・家綱が在位していた寛文4年(1664)に、安芸広島藩主・浅野家に嫁した加賀藩主・前田利常の息女が寄進したもの。以来、多くの参詣客を集めるようになった。


 境内には現在樹齢700年とされる大イチョウが、参道には同じく樹齢400年のケヤキ並木があり、秋になると紅葉の名所として親しまれた。門前には料理屋が立ち並び、江戸の中心から離れた地にありながらも、参詣客が絶えなかったという。



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 一方、江戸後期の文人で、幕臣でもある大田南畝(蜀山人)の狂歌の一節「恐れ入谷の鬼子母神」で知られる入谷鬼子母神は、法華宗・真源寺(台東区下谷)にまつられている。創建は江戸初期の万治2年(1659)。開基に当たり、日蓮像とともに、鬼子母神像を併祀したことから入谷鬼子母神と呼ばれるようになり、雑司ヶ谷鬼子母神と並ぶ子育て信仰の中心地となった。毎年、七夕前後に同寺院を中心に朝顔市が開かれるが、これは周辺に広がる入谷田圃(たんぼ)で、江戸末期から朝顔づくりが盛んであったため。朝顔市は明治に入ってから入谷名物とされるようになった。



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 3つ目、千葉・市川の中山鬼子母神は、日蓮宗の大本山・法華経寺の境内に建つ鬼子母神堂にまつられている。同寺院の創建は鎌倉時代の文永元年(1264)。堂に納められている鬼子母神像は、日蓮が自ら彫刻開眼したもの。そのため鬼子母神信仰が厚く、今も全国から参詣客が訪れる。




もみあげに刀傷を持つ 不気味な兇盗


神崎の倉治郎役・・・田中浩

 1934年、京都府出身。三船プロダクションでは殺陣師・久世竜に教えを請い、「鬼平」の殺陣師・宇仁(うに)貫三(かんぞう)とは兄弟弟子の関係。日本を代表する悪役だが、一方、ハムのCM「わんぱくでもいい。たくましく育ってほしい」の父親役や、特撮ドラマ「ジャッカー電撃隊」(77年)の司令官役で、子供たちにも人気の名脇役でもあった。93年、心筋梗塞で鬼籍に入る。



原作を読む! 


鬼平犯科帳(12) 第5話「二つの顔」


原作には描かれていない 洒落た話を加えたドラマ

 

 ストーリーは原作とドラマでおおむね相違はない。ただ、人物設定や物語の導入、展開に若干違いがある。おはる(原作=おみよ)には妹の他に弟もいる。父親の病気は労咳で、亡くなった母の死因も同じ。倉治郎、富造の顔の特徴も刀傷でできたものではない。

 

 ドラマでは、彦十が平蔵に女難の相が出ていると告げるところから話が始まり、木村忠吾はおはるを長屋から連れ出すため癪を装うが、いずれも原作にはないエピソード。平蔵の女難とは、果して何だったのか。


ー鬼平犯科帳 DVDコレクション 33-











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