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41.≪第4シリーズ≫ 第10話 密偵

2016年12月07日(水) 02時27分16秒 テーマ:鬼平犯科帳

もと盗賊の密偵・弥市は

    盗賊仲間に手伝いを頼まれーーー


 かつて荒金の仙右衛門一味だった青坊主の弥市は、平蔵のキツい拷問に屈してしまった。仲間を売り、佐嶋配下の密偵となった弥市。3年後には一善飯屋の亭主となり、女房、子供をもって、堅気の幸福な生活を満喫していた。そんな時、昔の同業で顔見知りの乙坂(おとさか)の庄五郎と再会し、仙右衛門一味の生き残り・縄ぬけの源七が江戸に入ったことを告げられた。源七は仲間を売った弥市を恨み続けており、復讐のために戻ってきたのだった。




江戸時代の錠前


職人気質の鍵師たち


 ドラマ「鬼平犯科帳」に登場する盗賊一味は、さまざまに役割分担されている。仕事を成功させたいなら最初が肝心なのは、盗めとて同じこと。そういういみで、押し込みの際に一味の者を屋敷内へ招き入れる「引き込み」と鍵を開ける「錠前破り」は、どちらも負けず劣らず重要な役割を担う。錠前破りとは、すなわち、金蔵の錠前を開けるため、本物と寸部分違わぬ合鍵を作成する「鍵師」である。本作の主人公・弥市は、もと青坊主の弥市と呼ばれた盗賊で、荒金の仙右衛門配下で鍵師を務めていた。


 本来、錠前と鍵(和錠)をつくるのは鋳物師(いもじ)という職人だが、時代が下がるにつれ、太平の世に戦がなくなり、仕事の減った刀鍛冶が転職することも多かった。そのせいか、個性豊かな盗賊たちのなかでも、鍵師は特に職人気質が強いように思われる。


 たとえば、第1シリーズ第18話「浅草・御厩河岸」の松吉。本作の弥市と同じ本田博太郎が演じているが、彼の表稼業は飾り職人だ。また、第2シリーズ第9話「猫じゃらしの女」に登場する卯之吉は、鍵師としての絶対的な自信と誇りを抱いているが、かえってそれが命取りになる。本作の弥市にしても、まるで人が変わったように合鍵づくりに打ち込む姿から、一流職人ならではの厳しさと風格がひしひしと伝わってくる。




和錠の構造 


 鍵師が合鍵をつくるには、その鍵の型が必要だ。ドラマでは、粘土や蝋(ろう)を用いて錠前の鍵穴を写し取るようすが描かれる。第1シリーズ第3話「蛇の眼」では彦の市という座頭がこの役目を果たしている。


 もっとも、本物の錠前は、そう簡単にはコピーできない。重要なのは鍵穴の形そのものではなく、かんぬきに施されたバネの仕掛けと、鍵の凸部とのコンビネーションだ。


 この仕組みは非常に古くからあったもので、和錠に限らず、中国や朝鮮半島、西洋にも見られる。日本に現存する最古のものは東大寺(奈良県)の正倉院に収められている。


 最も基本的な構造としては、まず、かんぬきに2枚一組の板バネが付いている。これがハの字に広がることで錠前の内部に引っかかり、引き抜くことが出来なくなる。開けるときには、合鍵に付いた2つの出っ張り(爪)でバネを挟んで締め付ける。つまり、ハの字に開いたバネを一文字に閉じてしまうというわけだ。理論的には単純な仕組みだが、それだけに、精巧さが物をいう。職人の腕の見せどころでもあっただろう。




さまざまな工夫


 和錠の仕掛けには大きくわけて4種類あり、先述した2枚バネのほか、上下を加えて計4枚の十字型、角度の違う6枚のバネを組み合わせた矢蔵(やぐら)型、さらに、錠前のなかにもうひとつバネを仕込んだ土佐錠がある。いずれも、錠としての実用性を高めるための工夫だ。構造はシンプルだが少しでも位置がずれれば決して外れないという点で、知恵の輪に通じるものがある。


 また、当時の和錠には富の象徴としての意味合いが強かった。そのため、実用性ばかりではなく見た目の立派さや美しさも重要で、海老や太鼓、船などをかたどったデザイン重視の和錠が各地でつくられた。先述の土佐錠(高知県)の他、からくり仕掛けを施した阿波錠(徳島県)、表面に丸みをもたせた因幡(いなば)錠(鳥取県)、鍵穴部分をヒキガエルの腹のように膨らませた安芸錠(広島県)が、日本の四大錠と呼ばれている。


 




青坊主の弥市役・・・本田博太郎・・・1951年、茨城県出身。劇団青俳を経て、映画、テレビドラマ、舞台と幅広く活躍。舞台では、70年代後半の蜷川幸雄演出作品で頭角を現し、80年代には時代劇などにも出演し、個性的な役柄を多く演じた。ホームドラマではユーモラスな父親、アクション物では狂喜的な犯罪者、SF物では現代に蘇った”北京原人”を演じたこともあるなど、並々ならぬ幅広い演技力をもつ。




原作を読む! 


鬼平犯科帳(2) 第5話「密偵」


弥市最期の壮絶な見せ場は 

           ドラマだけのオリジナル

 

 原作はシリーズ初期の作品。弥市は平蔵の前任者・堀帯刀のときに佐嶋与力直属の密偵となっており、平蔵とは最後まで顔を合わせることがない。その最期もあっけなく哀れなもので、這ってでも家族のもとへ帰ろうとする感動的な死にざまはドラマ独自のアレンジだ。

 

 また、弥市の女房おふくも人物像が少し異なる。弥市の浮気を疑って自ら尾行に乗り出す原作のおふくはいかにも江戸の女房らしく、落語のようなユーモアがあり、ほのぼのとした笑いを誘う。











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41.≪第4シリーズ≫ 第9話 霧の七郎

2016年11月16日(水) 02時14分53秒 テーマ:鬼平犯科帳

七郎は平蔵への恨みから辰藏殺しを

      浪人・上杉にもちかけるがーーー


 兄・小川や梅吉を平蔵に捕縛、処刑された霧の七郎は、数名の手下を率いて江戸に潜入、虎視眈々(こしたんたん)と復讐の時を狙っていた。ある日、七郎は浪人・上杉周太郎と出会う。上杉の剣の腕を見込んだ七郎は、平蔵を苦しめるため、辰藏殺しを依頼した。しかし上杉は、辰藏が平蔵の息子であることを知らなかったうえ、腹を下して苦しんでいるところを助けてしまった縁で、殺害を断ることに。その後、辰藏の紹介で上杉と手合せをした平蔵は、七郎の盗人宿を教えてくれと頼むがーーー。





長谷川家を狙った盗賊たち


辰藏、久栄も標的に・・・・・


 時に温情を見せることもあるが、流血沙汰を厭(いと)わない兇賊にはどこまでも苛烈で容赦がない・・・・・。そんな火付盗賊改方長官・長谷川平蔵に恨みを抱いたり、疎(うと)ましく思ったりする者は多い。なかには実際に報復行為をもくろむ輩もいて、「鬼平」シリーズにも度々登場する。本作の霧の七郎もそのひとりだ。


 盗賊・霧の七郎には、小川や梅吉という実兄がいた。梅吉も盗賊で、過去に、密偵・相模の彦十の活躍により火盗改メが捕縛に成功(第1シリーズ第2話「本所・櫻屋敷」)。後日、磔刑(たっけい)に処せられている。原作によると、幼い頃に両親を亡くした七郎と梅吉は、その分大層仲の良い兄弟だったという。


 それだけに七郎は、兄を死に追いやった平蔵を激しく憎んでいた。が、同時に、平蔵の怖さは身にしみている。直接やりあっては、返り討ちにされかねない。そこで、これはと見込んだ浪人の上杉周太郎を使って、平蔵の子息である辰藏の殺害を思い立ったというわけだ。ちなみに辰藏は、第6シリーズ第9スペシャル「迷路」でも、平蔵に復讐を誓う裏世界の顔役に命を狙われている。


 また、第1シリーズ第19話「むかしの男」では、盗賊に雇われた近藤唯四郎という浪人が、平蔵の妻・久栄を、役宅に捕らえられている盗人仲間を破牢させるよう、脅迫している。


 幸い、霧の七郎のたくらみも近藤唯四郎の強請(ゆすり)も失敗に終っているが、火盗改メ長官という職務は、本人だけではなく、身内にとっても大変危険な役目であることがよくわかる。




平蔵を襲う兇刃(きょうじん)の数々


 身内ではなく、平蔵本人に兇刃を向けた不適な輩もいた。その代表例が、第1シリーズ第26話スペシャル「流星」の生駒の仙右衛門と、鹿山の市之助だ。仙右衛門と市之助の2人は平蔵暗殺を共謀して殺し屋を雇う。殺し屋は、火盗改メの同心・小柳安五郎の妻、見廻り中の同心、門番を次々と斬殺し、最後には平蔵本人にも襲いかかった。平蔵と、平蔵を暗殺しようと躍起になる盗賊たちとの攻防は他に、第1シリーズ第9話「兇賊」や、第5シリーズ第1話「土蜘蛛の金五郎」でも観ることができる。


 このように、標的が身内か本人かという違いはあるものの、平蔵への恨みを晴らすための計画が描かれた作品を挙げればきりがない。盗賊たちにとって「鬼の平蔵」は、それだけ目障りな存在だったのだ。




兄の仇を討つため 平蔵を狙う兇盗

霧の七郎役・・・片桐竜次・・・1947年、山口県出身。東映作品の殺陣を担当する東映剣会に所属して映画デビュー。悪役が集まったピラニア軍団の一員として人気を得、時代劇やヤクザ物といったドラマはもちろん、バラエティ番組でも活躍した。もとはアクションシーンを得意とする肉体派悪役であったが、近年では、刑事ドラマの警察側の上役など、さばける役の幅広さを披露している。




原作を読む! 


鬼平犯科帳(4) 第5話「霧の七郎」


平蔵も実力を認めた 

        風変わりな浪人が活躍

 

 ドラマの上杉周太郎は剣の腕はほどほどで、平蔵の評価もあまり高くない。ところが、原作の上杉は平蔵の長男・辰藏が通う道場の当主の兄弟子に当たり、剣の腕前は、平蔵をして「真剣で斬り合ったら五分と五分」と言わしめるほど。

 

 また原作では、久栄の”むかしの男”である近藤勘四郎(ドラマでは唯四郎)を使って久栄を脅した黒幕も、霧の七郎という設定になっている。霧の七郎と平蔵には、浅からぬ因縁があったのだ。


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40.≪第4シリーズ≫ 第8話 鬼坊主の女

2016年10月07日(金) 17時53分03秒 テーマ:鬼平犯科帳

大盗・鬼坊主清吉は辞世の

  歌の代作を隠し金で依頼するがーーー


 大盗・鬼坊主清吉がついに捕まった。牢名主を気取り、思うままに振る舞う鬼坊主は、処刑の日が近づくと、自分の情婦・お栄に連絡を取る。確かに、自分の辞世(じせい)の歌をつくらせろというのだ。その歌をつくる代金・六百両は、何とお栄の家の床下に隠してあった。ばかにされたと怒ったお栄は、食いつめ浪人に、安く辞世の歌をつくらせ、残った金を独り占めしようとたくらむ。一方、清吉の手下は、お栄を殺して隠し金を奪おうとしていてーーー。



鬼平図解帳 鬼坊主の女


盗賊たちの辞世の歌


 辞世(じせい)とは、死に臨んで遺す詩歌や言葉のこと。本作で鬼坊主清吉が「浅野内匠頭(たくみのかみ)でいきたい」と言ったのは、当時浅野内匠頭の辞世の歌が有名だったからだ。



市中引き廻しで朗々と


 鬼坊主清吉(安永5年〈1776〉~文化2年〈1805〉)は、平蔵とほぼ同時代を生きた実在の兇賊だ。江戸中を蹂躙(じゅうりん)した神出鬼没ぶりが評判となり、のちに歌舞伎や浄瑠璃、落語にまで取り上げられた。」


 「武蔵野に~」の辞世の歌は、「武蔵野(関東平野西武)一帯に名をはせた自分だが、(磔(はりつけ)となる)今日を迎え、少し元気をなくしている」といった意味。これを市中引き廻しの際に、何度となく馬を止め、ふてぶてしく大声で吟(ぎん)じたという。


 清吉の墓がある東京・雑司ヶ谷霊園には、現在も辞世の歌の碑が建立されている。だが、「嵐」は「厚さ」、少し萎れる」は「枝葉しほるる」と記されるなど、原作・ドラマ・歌碑で少しずつ違っている。


 そもそもこの辞世の歌、当時から本人の自作とは信じられていなかったようだ。


 本作で描かれているように清吉が誰かに頼んでつくってもらったか、のちの粋人が戯(たわむ)れに詠んだものではないかと考えられていた。


 盗賊の辞世の歌といえば、何といっても有名なのが、安土桃山時代に出没した石川五右衛門(生年不詳~文禄3年〈1594〉)の「石川や~(左参照)であろう。「盗人」という言葉に、「私服を肥やす腐敗した為政者」と「盗賊」の2つの意味が掛けられた秀作といわれる。



さまざまな盗賊たちの辞世の歌


 歌舞伎『白浪五人男』のモデルになった大盗・日本左衛門(享保4年〈1719〉~延享4年〈1747〉)も、「おし鳥の~(左参照)」ではじまる辞世の歌を残している。「おし鳥」には「押盗り」の意味が掛けられ、「青あみ」は罪人用の唐丸籠にかける青網を指している。


 さらに、鼠小僧次郎吉(寛政9年〈1797〉~天保3年〈1832〉)にも辞世の歌がある。「天が下~(左参照)」だ。


 「古き例」とは石川五右衛門など盗賊界の大物先人たちのこと。「自分も大物盗賊と肩を並べるほどの盗人になった」という意味の歌だ。


 盗賊の辞世の歌には、自分が”並”の盗賊ではないところを見せようとする、強烈な見栄が込められている。



実在の人物の辞世の歌


◆石川や 浜の真砂は 尽きるとも 世に盗人の 種は尽きまじ

[石川五右衛門] 没・1594年


◆おし鳥の 人の思いは かさなりて 身に青あみの 

かかるかなしさ  [日本左衛門] 没・1747年


◆天(あま)が下 古き例(たとえ)は しら浪の 身にぞ鼠と 

現れにけり  [鼠小僧次郎吉] 没・1832年


◆風さそふ 花よりもなほ 我はまた 春の名残を いかにとやせん  [浅野内匠頭長差矩]


◆弓取の 数に入るさの 身となれば おしまさりけり 夏夜月

[明石義太夫]



磔の日も 見栄を捨てきれない 盗賊の頭目
鬼坊主清吉
役・・・ガッツ石松
・・・1949年、栃木県出身。もとボクサーで、WBC世界ライト級チャンピオンシップ載冠者。スポーツ選手引退後、俳優・タレントに転向した草分け的な存在で、「北の国から」(81年)「おしん」(83年)など話題作にも多数出演。S・スピルバーグ監督作品「太陽の帝国」(88年)R・スコット監督作品「ブラック・レイン」(89年)といったハリウッド映画にも出演し、引く手数多の俳優となった。





原作を読む! 


にっぽん怪盗伝 第8話「鬼坊主の女」


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実在の盗賊にまつわる ”噂”に材を取った好短編
 

 原作は「にっぽん怪盗伝」に収められた同名小説。江戸の当時から清吉の辞世の歌は別人の作と噂されていたことに材を取り、お栄という女をつくり出して小説化したもの。清吉ではなく、お栄のしたたかさにスポットライトを当てた、ひねりの効いた好短編だ。

 

 原作では辞世の歌をつくった浪人の名は明らかにされず、孝行娘のおふゆは登場しない。清吉の手下の浪人・高坂左門も登場せず、辞世の歌をつくった浪人が殺されることはない。


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40.≪第4シリーズ≫ 第7話 むかしなじみ

2016年09月23日(金) 01時44分22秒 テーマ:鬼平犯科帳

彦十は、むかしなじみへの同情から

     盗めに手を貸そうと決心してーーー


 年甲斐もなく食べ過ぎでお腹を壊した彦十は、心弱くなり、昔の女・おりんを思い出していた。そんな時、偶然にもむかしなじみの盗賊・網虫の久六と再会する。一度は久六のことを平蔵に知らせた彦十だったが、久六が病の息子のために盗みをすると打ち明けたことから同情してしまう。おりんと自分とのことに久六を重ね合わせた彦十は、平蔵に内緒で盗めの手助けをする決心をした。しかし、彦十のことを心配する平蔵は、すでに彦十を見張る手はずを整えていてーーー。




相模の彦十・その幅広い交遊録


顔の広さは密偵随一


 年甲斐もなく飲み過ぎ食べ過ぎで寝込んだり、網虫の久六の身の上話に同情したとはいえ密偵のくせに盗賊稼業を手伝おうとしたり・・・・・。本作を見る限り、お調子者でお人好しの相模の彦十は、密偵としてはいささか頼りない。が、彦十には、大滝の五郎蔵や小房の粂八などの、他の密偵たちに負けない”強み”がある。それが顔の広さだ。


 香具師上がりの無頼者だった彦十は、流ればたらきの盗人として、各地の盗賊一味を渡り歩いた過去をもつ。本作の平蔵の言葉を借りれば、往時の彦十は「脂がのりきっていて、諸国の盗人からひっぱりだこだった」のだ。この時に築いた広大なネットワークが彦十の強み。事実、むかしなじみである網虫の久六に声を掛けられたことから話が始まる本作のように、彦十がかつての盗賊仲間と再会したことが発端となって、盗賊一味の捕縛に至るケースは決して珍しくない。



本格から兇賊までを網羅


 そんな彦十のネットワークは、本格派の盗賊から、兇賊、チンピラ・無頼者までと幅広い。特に、本格派の盗賊との人脈は厚い。これは、彦十自身が、お盗めの際に人を殺めたことがない本格派だったため。彦十と親交の深い本格派には、第2シリーズ第10話「盗賊二筋道」の高萩の捨五郎や同第21話スペシャル「熱海みやげの宝物」の馬蕗の利平治のように、のちに密偵となった者もいる。


 一方、兇賊やチンピラ・無頼者には”本所の銕”こと若き日の平蔵とつるんでいた頃に出会った者たちが多いようだ。第2シリーズ第15話「密告」のお百や第6シリーズ第9話スペシャル「迷路」の猫間の重兵衛はその典型ともいえる。捜査線上に過去に付き合いがあった人間が浮かぶと、平蔵はすぐさま彦十を呼び、自身の記憶を確認している。平蔵とこうしたやりとりができる密偵は、平蔵とかつての人間関係を共有している彦十ただひとりだ。


 いずれにせよ、身分や世代を超えてこれだけ多くの人間と関係を築いてこられたのは、ひとえに彦十の”人徳”だろう。持ち前の愛嬌と人好きのする笑顔で、どんな相手の懐(ふところ)へもすっと入っていく。顔の広さもさることながら、この親しみやすいキャラクターこそが、老密偵・相模の彦十の最大の武器なのかもしれない。



彦十、平蔵、共通のむかしなじみ


 彦十と平蔵の共通の”むかしなじみ”は、他にもいる。例えば、所・深川に茶店「笹や」を構えるお(通称・笹熊)は、若き日の平蔵に酒や一夜の宿を提供した相手。彦十とは、「爺い」「婆あ」と言い合う仲だ。


 第2シリーズ第20話「下段の剣」の松岡重兵衛は、彦十が盗賊だった頃に”江戸一”と評された用心棒。平蔵にとっては、盗みに手を染めようとする自分を止めてくれた恩人でもある。


 第3シリーズ第14話「二つの顔」に登場する夜ぎつねの富造は、彦十いわく「箸にも棒にも引っかからない悪」。平蔵に喧嘩を売ったことがあるという。


 例え盗賊ではなくても、いずれも、ひと癖もふた癖もある人物ばかり。彦十と平蔵の、当時の放蕩三昧(ほうとうざんまい)ぶりがうかがえる顔ぶれだ。



兇賊→栗原の重吉

上方~北陸道で暗躍する盗賊・須(す)の浦(うら)の徳松の手下。

彦十が徳松一味を手伝った際に知り合う。

第4シリーズ第2話「うんぷてんぷ」



チンピラ・無頼者→猫間の重兵衛

裏世界の顔役。平蔵、彦十が出会った当時は木村源太郎を名乗っていた。父親と自分の右腕を切った平蔵を深く恨んでいる。

第6シリーズ第9話スペシャル「迷路」


チンピラ・無頼者→矢野口の甚七

平蔵が本所で暴れていた頃の知り合い。彦十いわく、平蔵に金をせびったり、悪い遊びを教えていたりしたらしい。

第6シリーズ第9話スペシャル「迷路」


チンピラ・無頼者→殿さま小平太

彦十、平蔵の無頼時代の仲間。平蔵が妹のように思っていたお百に乱暴をはたらいたため、平蔵と仲違(たが)いする。

第2シリーズ第15話「密告」


チンピラ・無頼者→お百

彦十、平蔵の知人。彦十が「銕っつぁんからの餞別(せんべつ)」だと言って渡したかんざしを終生大事にしていた。

第2シリーズ第15話「密告」


チンピラ・無頼者→伏屋の紋蔵

”殿さま小平太”とお百の子。紋蔵を見た平蔵は、すぐに彦十に顔を確認させて、紋蔵を密告したのが誰かを看破(かんぱ)する。

第2シリーズ第15話「密告」


本格→蓮沼の市兵衛

お盗(つと)めに短くて3年、長くて6~7年の歳月をかける本格派。「自分とは格が違う」と、彦十も一目置いている。

第4シリーズ第1話「討ち入り市兵衛」


本格→松戸の繁蔵

伝説の老盗賊・蓮沼の市兵衛の右腕。20年ぶりに再会するも、兇賊にやられた繁蔵の死を悼み、彦十は男泣きに泣いた。

第4シリーズ第1話「討ち入り市兵衛」


のちの密偵→馬蕗の利平治

高窓一味の嘗役(なめやく)。彦十が平蔵の熱海湯治に同行した時、17~18年ぶりに再会。彦十とは気心の知れた仲。

第2シリーズ第21話スペシャル「熱海みやげの宝物」


のちの密偵→おまさ

鶴(たずがね)の忠助の娘で、もと盗賊。自ら志願して密偵となり、平蔵にとってもなくてはならない存在となっている。


のちの密偵→高萩の捨五郎

彦十が盗人だった頃の知り合い。身寄りがなく、平蔵のためなら命も惜しくないと思っているなど、彦十との共通点は多い。

第2シリーズ第10話「盗賊二筋道」

第3シリーズ第8話「妙義の團右衛門」


 

 

彦十をだまそうとした かつての盗賊仲間

網虫の久六役・・・草薙幸二郎・・・1929年、東京都出身。大学中退後、劇団民藝などを経て、「夜明け前」(53年)で映画デビュー。今井正監督作品「真昼の暗黒」(56年)の主演で、第1回製作者協会新人賞を受賞。その後、日活アクション映画の個性的な悪役を多く演じ人気を博した。時代劇、現代劇を問わず活躍し、知的なイメージを生かした脇役で存在感を示した。07年、肺炎のため鬼籍に入る。




原作を読む! 


鬼平犯科帳(10) 第5話「むかしなじみ」


平蔵との絆を描く 彦十ファン必読の作品
 

 密偵・相模の彦十の”女性関係”が明かされる。ファン必読の一篇。かつて、女房を他の男に”売った”ことがある彦十は、同じような経験をした網虫の久六に同情を禁じ得ない。そのためずるずると久六の盗みを手伝うことに・・・・・。

 

 もちろん、それに気付かぬ平蔵ではない。おまさ、五郎蔵、「五鉄」の主人・三次郎とともに、何としても悪友・彦十を守ろうとする。ドラマは、そんな彦十を大切に思う平蔵の気持ちからストーリーまでを、ほぼ忠実に再現している。


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39.≪第4シリーズ≫ 第6話 俄か雨

2016年08月05日(金) 17時44分24秒 テーマ:鬼平犯科帳

情けない同心・細川峯太郎。

    結婚して一時は落ち着いたがーーー


 市中見廻りの途中、雷雨い見舞われた平蔵は、雨宿りのため廃屋に飛び込んだが、そこで、同心・細川峯太郎と女の密会を目撃する。細川はその時、外出先から戻って来た手配中の浪人に気絶させられるという失態を演じた。そのふがいなさを平蔵は叱り、とある同心の娘との縁組を取りもつ。一時は落ち着いたかに見えた細川だが、そのうちに密会を重ねていた女・お長(ちょう)への浮気心がわき、お長のいる茶屋のある目黒に、再び足を向けてしまう。



鬼平図解帳 俄か雨(にわかあめ)

江戸の生活に浸透していた算盤


算術の得意な勘定方同心


 本作の主人公・細川峯太郎は、火付盗賊改方の同心。物語の前半では木村忠吾や沢田小平次のような探索方ではなく、内勤の勘定方(勝手方ともいう)。現代の会社でいえば経理に担当し、会計・出納(すいとう)を担当する。


 細川の父もやはり勘定方をしており、息子である峯太郎に算術を仕込んだ。父亡きあと、お役目を引き継いだ彼は、火盗改メの勘定方をたった1人でやってのけ、ただの一度も間違いをしたことがない(原作より)。


 算術の得意な細川が、お長(ちょう)に対して身分を偽るに当たって、読み書き算盤(そろばん)を教える「寺子屋の先生」を選んだのは、自然なことと言えよう。


 寺子屋とは個人経営の学校のことで、江戸では手習(てならい)指南所などとも呼ばれた。当時、武家でない子供が通う公的な教育機関は存在しなかったが、商家の子供などが将来、大店で出世しようと思ったら、基本的な読み書き、計算ぐらいはできなければならない。寺子屋の需要は全国的に見ても大変高く、江戸だけでも1000軒を超える寺子屋があったと記録されている。



算盤は都市生活の必需品


 寛永4年(1627)、日本独自の数学である和算学者・吉田光由(1598~1673)が書いた数学書『塵劫記(じんこうき)』が、ベストセラーとなった。基本的な加減乗除をはじめ、日常生活に必要な算術を楽しくわかりやすく解説したもので、この本の普及に伴い急速に広まった算盤は、早速寺子屋の授業にも取り入れられた。地方の寺子屋では、読み書きだけしか教えないところが多かったが、商売人の多い江戸や大坂などの大都市では、算盤教育が非常に重視された。


 百年程前まで、算盤は下に5つ、上に2つの珠がある形だった。東海道五十三次の最後の宿場である大津(現・滋賀県大津市)が、算盤の産地として全国的に名を馳せていた。


 算盤自体の歴史は古く、その起源はメソポタミア文明にまでさかのぼる。中国で発明された算盤が日本に伝わったのは室町時代末期頃。それが江戸時代になって急速に庶民の間に広まった背景には、先に述べた『塵劫記』の影響や商家での需要だけではなく、金本位制と銀本位制、十進法と四進法が入り交じった複雑な通貨制度があった(本紙25号「春の淡雪」参照)。そのため、火盗改メの財布を預かる細川の仕事は、忠吾が言うほど気楽なものではなかっただろう。細川が頭のいい男であることは間違いないと思われるのだが・・・・・。


 いかんせん、算術の道と色恋の道はまったく別のものである。計算通りにはいかない、といったところなのかもしれない。




荒物屋の女房を誘惑し 捕縛された色男の盗賊

鳥羽の彦蔵役・・・柴田てる彦・・・1943年、東京都出身。俳優座養成所(15期)を経て、主にテレビドラマを中心に活動。数々の作品で悪役を演じた名脇役である。また、声優としても知られており、海外ドラマ「大草原の小さな家」(75年)の父親チャールズ役や、宮崎アニメの劇場版「名探偵ホームズ」(84年)のホームズ役でも強い印象を残した。現在は時代劇の舞台公演などでも活躍している。






原作を読む! 


鬼平犯科帳(18) 第1話「俄か雨」 

                第6話「草雲雀」


木村忠吾のライバル 

      同心・細川峯太郎が初手柄

 

 原作では妻女を迎え、すっかり大人になった木村忠吾と入れ替わるように登場する細川峯太郎。気が弱く女好きという忠吾のよく似た性格の持ち主で、平蔵にも目をかけられて、原作シリーズ後半において欠かせぬ存在になっていく。

 

 ドラマの脚本は細川が初登場する「俄か雨」と、その後日談である「草雲雀」とを合体させたもの。盗賊に女房を寝取られる亭主も実は盗賊だったという設定を割愛した一方で、お長の人物像には、原作以上の深みをもたせている。


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4.≪第4シリーズ≫ 第5話 深川・千鳥橋

2016年07月17日(日) 14時14分29秒 テーマ:鬼平犯科帳

最後の女・お元と静かな余生を送りたい

           間取りの万三はーーー


 ”間取りの万三”の本業は、腕の良い大工。労咳もちで、余命いくばくもない。やはり同じ病気をもつお元を最後の女と思い定め、ふたりで静かに余生を送ろうと決意した。そのためには金が要る。そう思い込んだ万三は、かつて自分が引いた、盗賊たちの間で半ば伝説となっている”幻の間取図”を高く売ろうと、己斐(こひ)の文助を通じて鈴鹿の弥平次と会う。ところが、本格だった鈴鹿一味は、三代目・弥平次の代ですっかり兇賊に変わっていた。弥平次は間取図を奪い取ろうとたくらんでーーー。



江戸時代に恐れられた不治の病


江戸の人々を苦しめた労咳


 本作の万三をお元が思っている「労咳」とは、肺結核のこと。結核菌に肺が感染して発症するこの病気は、昭和18年(1943)に抗生物質ストレプトマイシンが発見されるまで効果的な治療法がなく、死の病として恐れられていた。


 例えば三浦浄心は「慶長見聞集」(1615年)に、「労療(ろうさい)(労咳のこと)がはやっているが、治すことは難しい」という意味のことを書いている。


 また、幕末に長崎を訪れたオランダ人軍医ポンペの見聞記には「日本には肺結核や気管支を病んでいる人が多い」と記されているから、病魔は江戸だけでなく、日本全国に広がっていたようだ。


 結核は感染力が非常に強く、当時の医療技術では防ぎようがなかった。本作のお元も「父親からうつされた」と述懐しているように、江戸時代に身内がひとり結核を患うと、家族皆に伝染し、次々と命を落してしまった。当時、結核は「伝尸(でんし)」とも呼ばれたが、”尸”は屍(しかばね)の意味。結核が伝染して人が次々に死んでいくようすからこの名が付いたのだろう。江戸時代の人たちが、結核をいかに恐れていたかがわかる。


 また、現代ほど医学が発達していなかった江戸時代に恐れられたものに、労咳の他にコレラや疱瘡(天然痘)、赤痢などの疫病もあった。


 特に九州に上陸したコレラ菌は、安政5年(1858)に大流行し、俗に”3日ころり”といわれたほどで、たくさんの人が短期間のうちに亡くなってしまった。




治癒は神仏頼み


 こうした疫病の多くは、特効薬や対処法の発見とともに終焉を迎えるが、当時は原因も治療もわからない謎の病。それ故、俗信や迷信も多かった。


 例えば、先述の「慶長見聞集」には、結核は”心の病”と指摘されているし、他に、過度な性交渉や、逆に性的欲求不満が結核を誘発するともいわれ、諸説紛々だった。


 治療については、養生するぐらいしか手立てはなく、あとはひたすら神仏に救いを求めた。なかでも有名だったのが、東京都文京区に現存する「伝通院(でんつういん)」。境内には結核を苦に心中した男女が葬られたという夫婦塚があり、この夫婦塚に祈ると結核が治ると信じられていたとか。


 神仏のご加護がどれだけあったかは知るよしもないが、万三、お元の余命がいくばくもないことを察知していたからこそ、平蔵も温情をかけたに違いない。


ー鬼平犯科帳DVDコレクション 39ー





原作を読む!


鬼平犯科帳5巻 第1話「深川・千鳥橋」


仲間からの信頼もあつい 

         大滝の五郎蔵の密偵デビュー

 

 ドラマのおまさと相模の彦十に代わって、原作で万三の動向や鈴鹿の弥平次を見張るのは大滝の五郎蔵だ。原作では、これが五郎蔵の記念すべき密偵デビュー戦。


 盗賊の頭目だった五郎蔵は、平蔵のはからいにより一度破牢。変装や追跡など、苦労しながら張り込みに初挑戦する。結果、火付盗賊改方は鈴鹿の弥平次一味の捕縛に成功した。


 なお、万三を思うあまり、お元が万三のことを平蔵に訴え出るのはドラマのオリジナル。原作のお元は、万三がどのように金策しているかを知らなかったようだ。















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38.≪第4シリーズ≫ 第4話 正月四日の客

2016年06月06日(月) 17時38分53秒 テーマ:鬼平犯科帳

”真田蕎麦”を懐かしむ正月四日の客。

             その正体はーーー


 蕎麦屋”さなだや”では、正月四日には”真田蕎麦”しか供さない。"真田蕎麦”は、ねずみ大根を使った、普通な辛く感じられる蕎麦。ある年の正月四日、この蕎麦を喜ぶ客が現れる。その客と店の女房・おこうは、”真田蕎麦”を介して一年に一度、交流を深めていく。一方平蔵は、腕に亀の刺青(いれずみ)がある”亀の小五郎”を追っていた。真田蕎麦を好む客が現れて3年目、小五郎の話を聞いたおこうは、亀の刺青をその客の腕にも見たことを思い出す。



鬼平図解帳 正月四日の客


十万石の城下町だった信州・松代


郷愁をそそる、数々の名物


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 本作「正月四日の客」は、信州・松代(現・長野県長野市松代町)に緑が深い。ドラマのなかには、松代を彷彿とさせる数々の名物が、そこかしこに登場する。


まず、平蔵がある年の正月四日に、同心・木村忠吾を伴って訪れる本所の蕎麦屋”さなだや”の女将・おこう。おこうは本所・入江町にあった長谷川家に奉公していたことがあり、若き日の平蔵をよく知っているのだが、このおこうの出身が、松代だ。



250年の間、松代を治めた真田家


 松代は、10万石の真田家の城・松代城の城下町。真田家といえば、関ケ原の戦いの時に、真田信之が徳川家康率いる東軍についたにもかかわらず、父・昌幸(まさゆき)と弟・信繁(のぶしげ)が西軍についてしまい、親兄弟が敵味方に分かれて戦ったことで有名だ。戦いのあと、大坂の陣を経て信之が松代に転封されたのは7年後。その後信之は藩の基盤を築くことに尽力し、真田家は明治維新までの約250年の間、松代藩を統治した。本作に登場する「さなだや」や「真田蕎麦」の名前も、この真田家から来たものだろう。



真田蕎麦で結ばれた縁


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 本作で”さなだや”は、正月四日には「真田蕎麦」しか客に供さないようすが描かれている。この「真田蕎麦」も信州名物だ。おこうにとっては、幼い頃に、母親がつくって食べさせてくれた思い出の蕎麦だが、あまりの辛さゆえに常連客にも敬遠されている。名うての食いしん坊・木村忠吾でさえ、しり込みする始末だ。


 その理由は「ねずみ大根」にある。真田蕎麦のつけ汁には、「ねずみ大根」のおろし汁が入っているのだ。「ねずみ大根」は水分が少なく辛みが強いのが特徴で、根の先端がまるでねずみのしっぽのように見えることから、この名前がついたという。清涼感のある辛さが蕎麦にはよく合う。


 加えて「ねずみ大根」には風邪の菌を殺す作用があるなど、健康に良いとされている。93歳までの、当時としても並外れた長寿を誇る前述の真田信之も、「辛い、辛い」と「ねずみ大根」を食べていたのかもしれない。


 さて、本作に登場するおこうと一年に一度「真田蕎麦」を介して交流を深めていく大店の主人風の男。実は亀の小五郎という大盗なのだが、この男の出身も信州だ。そのため、一般受けしない「真田蕎麦」を喜び、正月四日に店へ通うようになる。この小五郎が「上田から松代あたりの山間(やまあい)で穫れる」と述懐している「ねずみ大根」を、故郷を偲(しの)んで懐かしむようすが描かれている。



遊女たちが生んだ「信濃追分」


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 さらに、おこうが作中で三味線を爪弾きながら披露するのは、「信濃追分(しなのおいわけ)」という、信州地方に昔から伝わる民謡である。


 発祥地は、中山道と北国街道の分岐点にある宿場・追分宿(現・長野県北佐久郡軽井沢町)。宿場の遊女たちが、碓氷(うすい)峠を行き来する馬方たちの唄に、三味線の伴奏をつけて歌ったのが始まりで、のちに流行唄となった。越後(現・新潟県)や蝦夷地(現・北海道)にまで伝えられ、越後追分や江差追分などの追分節を生んだ。


 懐かしい旋律、そしてピリッと辛い蕎麦ーーー。寒さ厳しい城下町から生まれた名物は、どれも郷愁をそそるものばかり。信州出身ではなくとも本作が醸し出す故郷の匂いに浸るのも、また一興だ。



さなだやのモデルとなった名店


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 実は、「さなだや」には、モデルになった店が存在する。それは、信州上田の蕎麦屋「刀屋」だ。


 上田市にある」「池波正太郎真田太平記念館」の近くにあり、」食通としても有名な原作者・池波正太郎が愛した名店でもある。」著作『むかしの味』(新潮文庫)にも、「あるじの蕎麦切の手練(しゅれん)のほどに、はじめはびっくりしたものだ」と綴られている。


 食べきれないほどの大盛りの蕎麦を出すことでも知られる。真田蕎麦が名物となっているのも、「さなだや」と同じだ。





年に一度、故郷の味を求め 訪れる盗賊の頭目

亀の小五郎役・・・河原崎長一郎・・・1939年、東京府出身。もと前進座の総師・長十郎の長男で、45年、帝国劇場「お染七役」の丁稚役で初舞台を踏む。61年、「鉄火大名」で映画デビュー。加藤泰監督作品「瞼の母」(62年)を始め、作品に恵まれたうえ、しっかりとした実力で頭角を現す。テレビ分野では、優しい父親役を多く演じ、ホームドラマなどで欠かせない存在だった。03年、急性心不全で鬼籍に入る。






原作を読む! 


にっぽん怪盗伝 第10話「正月四日の客」


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真田蕎麦で結ばれた 

         大盗賊と蕎麦屋の老爺

 

 「鬼平犯科帳」の原点ともいわれる短編集「にっぽん怪盗伝」に収められている一編。ドラマでは、女将・おこうが、亡くなった亭主・庄兵衛にかわって蕎麦屋を切り盛りしているが、原作では、亡くなったのはおこう。客(実は盗賊・亀の小五郎)に親愛の情を感じてしまい、正体を知って悩むのは同じ。だが、ドラマでは平蔵への義理で密告するおこうだが、原作の庄兵衛は小五郎の非道さに我慢ならなかったからという理由だった。


ー鬼平犯科帳 DVDコレクション 38-













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38.≪第4シリーズ≫ 第3話 盗賊婚礼

2016年05月29日(日) 01時15分45秒 テーマ:鬼平犯科帳

本格の一文字と兇賊の鳴海の間に

         縁談がもち上がってーーー


 本格派の盗賊・一文字一味の二代目・弥太郎。その弥太郎のもとに、尾州(びしゅう)名古屋(現・愛知県名古屋市)の兇賊・鳴海の繁蔵から書状が届いた。亡くなった親同士の約束で、繁蔵の妹・お糸を嫁にもらってほしいという内容だった。が、繁蔵の狙いは、一文字を自分たちの急ぎばたらきに巻き込むこと。お糸として紹介された娘は、実は替え玉で、繁蔵の女だった。両一味の連絡(つなぎ)役・長島の久五郎は、繁蔵の陰謀を知るが、弱みを握られているため弥太郎に告げられない。やがて婚礼の日がやってきた。




人前式だった江戸時代の婚礼


花婿宅で開かれた祝言


 本作で、弥太郎とお糸(実はお梅)の婚礼が開かれたのは、弥太郎配下の勘助が亭主を務める料理屋・瓢箪屋(ひょうたんや)。しかし、料理屋などで婚礼を行うのは、江戸時代では異例だ。


 当時の婚礼は、武士も庶民も、花嫁が嫁ぐ先の花婿の家で行うのが一般的だった。今でいう「人前式」だ。結婚式は「祝言(しゅうげん)」と呼ばれていた。


 弥太郎が瓢箪屋を祝言の場に選んだのは、「江戸にお越しの際はぜひ寄って」などと社交辞令は言いつつも、兇賊の繁蔵に住まいを知られたくない本音が出たのかもしれない。



身分の違いが現れた結婚制度


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 そもそも、身分制度の厳しかった江戸時代、武士と町人の婚礼は違っていた。とくに大名階級の婚礼道具は贅(ぜい)を尽くしたものを用意。下の錦絵に描かれているように、仰々しい行列でお輿入れを行なった。


 17世紀末頃になると、力をもち始めた町人たちも、武家の婚礼仕度をまねるようになるが、本作で描かれているのはあくまで町人、それも盗賊の婚礼である。



祝言の前に「入家式(にゅうかしき)


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 一般的に花嫁は、花婿が裕福なら、婚家が差し向ける駕籠に乗って輿入(こしい)れする。江戸時代、祝言はたいてい夜に行なわれたため、花嫁を駕籠が迎えに来るのは日暮れ頃。嫁入り道具などの行列を従え、仲人に導かれて嫁ぎ先の家に向かった。


 花婿宅に着くと、江戸では、門をくぐる前、門がなければ家の敷居をまたぐ前に、花嫁が婚家の水を飲まされる「入家式」が行われた。嫁ぎ先の家の人間になるための儀式だ。


 入家式が終わると婚礼に移る。金屏風の前に座る花婿、花嫁の並びは現代とは逆で、花婿が向かって右、花嫁が左だった。仲人(なこうど)、家族、親族、知人、友人が見守るなか、夫婦固めの「三三九度の盃」が交わされる。


 花嫁衣装は、打掛(うちかけ)から着物、帯、肌着まで白一色の白無垢(しろむく)。これはいわば死装束で、婚家で一生を全うするとの覚悟を表すとされる。かぶり物は、真綿の布を袋状に仕立てた綿帽子。角隠しが広まったのは江戸後期からといわれている。



祝言につきものの「髙砂」


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 婚礼の内容は、三三九度のみ。これが終わると、花嫁は「お色直し」をし、ここから祝宴が始まる。お色直しの衣装は花婿が花嫁に贈った。江戸の祝宴では、初めに雑煮が出たあと、酒や料理、菓子類が振る舞われる。


 祝宴には「髙砂」の謡がつきもの。髙砂は能の演目のひとつだ。長寿を保った夫婦愛と世の平穏をたたえるめでたい曲として、能を観たことのない庶民の間でも謡われた。


 祝宴が終わると、いよいよ「床入り」だ。これをもって江戸の、普通の祝言は、すべて終了となる。




えどの紅屋


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①携帯用の化粧道具/紅板や筆など。時代が下がるにつれ、装飾性も増した。

②小町紅/江戸時代の紅の、いわばトップブランド。

③紅猪口、紅筆/器の内側に塗りつけられていた紅を、少しの水で溶きながら紅筆にとって使う。

(図版提供:ポーラ文化研究所)



 箱根の宿で、お梅が「江戸で紅屋はどこの店がいいかなんて野暮なこと」を尋ねてきたと、おまさが役宅で平蔵らに告げるシーンがある。


 紅屋とは口紅用の紅を扱う店のこと。白粉(おしろい)屋で紅を、紅を、紅屋で白粉を一緒に商うところも多かった。行商を含めた小間物屋も紅を扱っていた。


 江戸時代、紅は主に紅花を練り固めた紅餅(べにもち)から抽出してつくられた。紅花は山形・最上川流域が一大産地で、北前船によって紅餅が京・大坂に運ばれ、そこから江戸に入ってきた。



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高い竿の先に赤いのぼりを出しているのは、中嶌百助という紅や白粉などを売る紅屋。

(歌川広重『名所江戸百景 駒形堂吾妻橋』/国立国会図書館所蔵)




 寒中の丑(うし)の日に売り出された紅は、発色が良く紅花の油分が乾燥を防ぐことから、この日に紅を新調すると美しくなれるといわれ、寒紅(かんべに)、寒の丑紅(うしべに)などと呼ばれて人気だった。


 紅は筆や指で口唇にさすほか、小指の先で目尻にさして目許を涼しげに見せることも。紅餅からの抽出量は非常に少ないため、「紅一匁(もんめ)、金一匁」といわれるほど高価で、皿や猪口(ちょこ)に入れて大切に売られていた。





節目を通す 印象に残る盗賊

長島の久五郎役・・・中村橋之助・・・1965年、東京都出身。歌舞伎役者。70年、本名の中村幸二で初舞台を踏む。80年、三代目中村橋之助を襲名。年少の頃からテレビドラマ等に多数出演し、俳優としても活躍。その多くは時代劇だが、NHK大河ドラマといった大作から、「必殺仕事人・激突!」(91年)「水戸黄門外伝かげろう忍法帖」(95年)といった娯楽作品まで幅が広い。11年、日本芸術院賞受賞。




原作を読む! 


鬼平犯科帳(7) 第7話「盗賊婚礼」


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同心、密偵が登場しない 偶然の捕り物騒動

 

 原作では、巣鴨の三沢仙右衛門宅を訪ねようとした平蔵と岸井左馬之助が、偶然、瓢箪屋の裏道を通りかかったとき、屋敷内の物音に気付いて乗り込むという設定。与力、同心、密偵は、ひとりも捕り物にかかわらない珍しい作品だ。

 

 また「一文字」一味は、原作では「傘山」一味。久五郎が先代から受けた恩義についても、原作ではその内容については一切触れられていない。



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ー鬼平犯科帳 DVDコレクション 38-











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「寛政の三奇人」蒲生君平

2016年04月30日(土) 18時21分38秒 テーマ:鬼平犯科帳

もう一人の奇人・蒲生君平



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生涯、仕官することができず、赤貧に苦しんだ蒲生君平。

(小堀鞆音『蒲生君平肖像』/蒲生神社所蔵)



 蒲生君平(がもうくんぺい)は、自らと同じく「寛政の三奇人」と呼ばれる高山彦九郎を慕った勤皇思想家だ。しかし、もう一人の三奇人・林子平(はやしこへい)と会った時には、粗末な身なりを笑われ、口論となり仲違いしている。


 文化4年(1807)、ロシアの南下を憂えた君平は『不じゅつ緯(ふじゅつい)』を著し、北方防衛の必要性を主張するが、幕府に咎(とが)められ、不遇のまま46歳で世を去る。後世、君平の功績として高く評価されたのは、荒廃した天皇陵(古墳)を調査し、著書『山陵志(さんりょうし)』にまとめたこと。同書のなかで古墳の形を「前方後円」と形容したことから、のちに「前方後円墳」の語ができた。


ー鬼平犯科帳 DVDコレクション 37-


















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若き日の平蔵

2016年04月09日(土) 22時12分43秒 テーマ:鬼平犯科帳

本作で新たに明かされるーーー若き日の平蔵


 「鬼平犯科帳」には、繰り返し若き日の平蔵が描かれる。


 四百石の旗本・長谷川家の長男に生まれながら、妾腹(しょうふく)であった平蔵は、義母に跡継ぎと認めてもらえなかった。気位が高く、気性が激しい義母は、平蔵を妾腹の子とさげすみ、いじめぬく。


 平蔵は、いたたまれなくなって屋敷を飛び出し、「本所の銕」と呼ばれて放蕩(ほうとう)の限尽くした。たった五十両の金欲しさに盗人になりかけたこともあった(第2シリーズ第20話「下段の剣」)。


 密偵の相模の彦十やおまさと出会ったのは、その頃のこと。少女時代のおまさは、酔いつぶれた平蔵を介抱し、卵酒をつくってくれる母親のような存在だった(第1シリーズ第5話「血闘」)。


 本作「うんぷてんぷ」では、思い詰めた平蔵が、義母の殺害をくわだて、池田又四郎を長谷川家の養子にしようとした衝撃の過去が明かされる。


 平蔵は高杉道場の後輩・又四郎を実の弟のように思っていた。しかし、平蔵の胸の内を見破った又四郎に「それは、いけませぬ」と言われ、思いとどまる。本作で新たに明かされた過去は、妻・久栄や弟分・録之助にとっても初耳だった。


ー鬼平犯科帳 DVDコレクション 37-















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