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29.≪第3シリーズ≫ 第5話 熊五郎の顔

2014年12月11日(木) 02時02分48秒 テーマ:鬼平犯科帳

未亡人・お延(のぶ)が惚れた男の顔は、

              夫を殺した盗賊にそっくりでーーー


 羽黒の丁右衛門一味の残党・山猫三次は高崎で捕縛されたが、兄貴分の州走(すばしり)の熊五郎は「助けに来る」と言い置いて逃げた。その熊五郎に目明かしの夫を殺されたお延は、今では中山道の新堀村で茶店を営んでいる。


 ある日お延は、病気で苦しむ信(のぶ)太郎という男を助け、2人は行く末を誓い合った。信太郎が「明日の晩には戻る」と告げ、茶店から出掛けた直後、お延に見せられた熊五郎の人相書は、まるで信太郎の似顔絵のようにそっくりでーーー。



重要街道のひとつだった中山道


京・大坂と江戸を結ぶ重要道


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①桶川

武州紅花(ぶしゅうべにばな)の名産地。信太郎が行商に行く得意先には、おそらく紅花商人の大店(おおだな)もあったことだろう。


②新堀

中山道の松井田(まついだ)宿(現・群馬県松井田町)の先にも新堀という村があるが、お延に茶店があるのは深谷と熊谷の間。



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③深谷

熊五郎探索の拠点となった深谷宿は中山道でも最大規模の宿場町。人口およそ2000人、旅籠(はたご)の数80軒という記録が残っている。



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④高崎

松平家の城下町として大いに繁栄した高崎宿。山猫三次はここで捕縛されたため、中山道を通って、唐丸籠で江戸へ送られることとなった。



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古地図(『五街道中濁案内記』部分/人文社)


 

 中山道は五街道のひとつで、江戸を起点に武州(現・埼玉県)、上州(現・群馬県)を経て信濃(現・長野県)に入り、美濃(現・岐阜県)、近江(現・滋賀県)を抜けて草津で東海道に合流、京都・三条大橋が終点となる。本作の印象的な場面を中山道の当時の街道図上に拾ってみよう。


 ①は、お延と行く末を誓った旅商人の信太郎が行商に出かけた、江戸・日本橋から6番目の宿・桶川宿。日本橋までは10里14町(約40㎞)、旅人が1日で歩ける距離に相当するため、中山道最初の宿泊地として、旅人はもちろん、参勤交代の大名の多くもここを定宿にしていた。宿泊客が多いだけに飯守女も多く、お地蔵様まで旅籠(はたご)通いをしていたという伝説がある。もちろん、実際に通っていたのは僧侶たちだが、身代わりにお仕置きを受け、背中に鎹(かすがい)を打ち込まれた地蔵(通称・女郎買い地蔵)が、今も大雲寺に残っている。

 ③は、山猫三次を移送する火盗改メが、江戸から出張った平蔵らと落ち合った深谷宿(現・埼玉県深谷市)、日本橋から9番目の宿。ここは中山道でも最大規模の宿場町で、隣の熊谷宿からわざわざ遊びに来る者もいたようだ。宿の出口にあった松の木は「見返りの松」と呼ばれ、当地の名所だったが、今は枯死してしまった。


 ③の深谷宿と熊谷宿の間にあるのが新堀村(②)。お延はここで小さな茶店を営んでいる。茶店から実家の市ノ坪(現・埼玉県熊谷市市ノ坪)まで約1里と原作にあることから、茶店近くを流れる川は星川(ほしかわ)であろう。


 ④はドラマ冒頭で、火盗改メが洲走(すばしり)の熊五郎を取り逃がす高崎宿。現在の群馬県高崎市で、江戸・日本橋から13番目の宿場だ。越後(えちご)へ向かう三国街道との分岐点だが、大名や旗本、幕府役人の宿舎である本陣は置かれておらず、宿場としては、それほど大きな規模ではない。しかし、街道筋には多くの市が立つなど商業面では大いに栄え、都々逸(どどいつ)に「お江戸見たけりゃ高崎田町、紺の暖簾(のれん)がひらひらと」と詠(うた)われた。高崎とその周辺では、今も白壁の古民家が往時の面影を残している。



犯罪人の移送


 江戸時代、囚人を移送するために用いられた籠を唐丸籠(とうまるかご)という。手足を縛った囚人を板の上に座らせ、円筒状の竹籠をかぶせたもので、「唐丸」という長鳴き鶏(美しい声で鳴く観賞用のニワトリ)を飼うための竹籠に似ていたことから、この名が付いたといわれている。


 安永年間(1772~1781)に入ると、幕府は多くの無宿人を佐渡金山に送り込んだが、その際にも唐丸籠が用いられた。中山道から北国(ほっこく)街道を通って佐渡へ向かう唐丸籠の行列は、さぞかし異様な眺めであったことだろう。竹の編み目が粗く、中にいる者の姿がよく見えるので、見せしめ効果も抜群だったに違いない。



弟分の奪還に執念を燃やす 腕利きの盗賊


洲走(すばしり)の熊五郎役・・・高橋長英

1942年、神奈川県出身。俳優座養成所を経て、フリーランスとして俳優活動をスタート。68年の森谷司郎監督作品「二人の恋人」の、加山雄三の弟役で映画デビューを飾る。数多くの作品で、蔭のある屈折したタイプの青年役を好演し、時代劇から現代劇、ホームドラマまで、幅広いジャンルで活躍する。山崎豊子原作作品や伊丹十三監督作品では、常連俳優として強い印象を残した。





原作を読む!


にっぽん怪盗伝 第7話「熊五郎の顔」


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平蔵とは別の時代の物語


 原作は「鬼平」シリーズの原点ともいえる短編集「にっぽん怪盗伝」に収録された同名小説。長谷川平蔵の時代より半世紀ほど前の享保16年(1731)という設定で、洲走(原作では州走)の熊五郎と山猫三次は羽黒の丁右衛門一味ではなく、講談や歌舞伎、映画にもなった実在の大泥棒・雲霧仁左衛門(にざえもん)の手下。火付盗賊改方の長官を務めているのは、向井兵庫という人物だ。その他の主な登場人物とストーリー展開は、信太郎とお延の恋愛物語を軸に、ほぼ忠実にドラマ化されている。


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鬼平が出会った「女」たち。

2014年12月02日(火) 16時32分38秒 テーマ:鬼平犯科帳

鬼平が出会った「女」たち。


おふさ 「本所・桜屋敷」第1巻 第2話 


 白州に立ったおふさは、詮議場へ、急にあらわれた二人の男に気づいて、これを見まもったが、彼女の表情はみじんもうごかない。

 まったく、おふさは、平蔵も左馬之助も忘れきってしまっていたのだ。

 牢屋へ去るおふさを見送りつつ、平蔵が、左馬之助へささやいた。

「女という生きものには、過去(むかし)もなく、さらに将来(ゆくすえ)もなく、ただ一つ、現在(いま)のわが身あるのみ・・・・・ということを、おれたちは忘れていたようだな」


 高杉道場で岸井左馬之助と猛稽古を積んでいた頃の「本所の銕(てつ)」にとって、桜屋敷の孫娘おふさは、神聖にして侵(おか)すべからざる存在だった。男のあぶらがこってりと腰や胸にのった商売女たちへは、遠慮会釈もない腕をさしのべる。それでいて・・・・・。

「手を出すなよ、おふささんに・・・・・」

 と、かつての平蔵は左馬之助にいい、左馬もまた、

「お前こそ、な」

「出したら、斬る」

「おれもだ」


 だれにでも(男なら)覚えのあることだろう。若い性欲を発散させる相手なら、とりあえず女でありさえすればいい。だが、純な憬れの女性(ひと)には手が出せない。

 おふさが嫁入り仕度を数艘(すうそう)の舟にのせて、ゆったりと水面をすべって行くのを見ながら、平蔵は左馬之助にいう。

「いいさ、おふささんが、しあわせになるのなら・・・・・」

 その日以来、平蔵は、まるで瘧(おこり)がおちたように無頼仲間から遠ざかる。

 それから二十年。火付盗賊改方の長官(おかしら)として「鬼」と異名を取るようになった平蔵が再開するのは、残忍な盗賊・小川や梅吉をそそのかせて近江屋夫婦を惨殺させた、氷のようなおふさだ。「近江屋にはうらみがある。金を盗(と)るより殺すことのほうが大事だった」と語って、悪びれるところがない。




★長谷川波津(平蔵の義母)


 若き日の平蔵に、強烈な影響を及ぼした女が、もう一人いる。

 長谷川波津。平蔵の義母である。長谷川家の先々代当主・修理の妹だが、兄の遺言で叔父にあたる長谷川宣雄と結婚する。このときすでに宣雄には銕三郎(後の平蔵)という息子がいた。甥の修理の厄介になっていた宣雄が、下女のお園に手を出して、生まれたのが平蔵だった。

 実の叔父を夫にした波津は、二十七歳まで縁談の口が一つもかからなかったという女だけに、気性が強く屈折したところがある事情を考えれば無理もないことだ。わが腹から跡継ぎの男子を生むつもりだから、当然、頑として銕三郎を家に入れることを拒む。波津にとって不幸なことに、結局、跡継ぎは生まれない。

 かくして、十七歳まで実母お園の生家で育った平蔵が本所の長谷川家へ戻ることになるのだが、波津にとっては顔を見るのさえ苦々しい、「妾腹の子」である。平蔵をいじめぬくこと並々でなく、食事も奉公人同様の扱いになるのがむしろ自然というものだろう。

 つねに冷たく、さも憎さげに自分をにらみすえる義母の眼(まな)ざしを、平蔵は終日感じながら暮らさねばならなかった。その反動として、平蔵は無頼の道に走る。二十歳になった正月のある日、夜遊びから門を乗り越えて帰邸した平蔵は、波津にきつく叱りつけられ、逆上して義母をなぐりとばす。これはどう考えても、非は平蔵にある。「妾腹の子より、別の親類の子を跡継ぎに・・・・・」と、これを機に波津が画策し始めたとしても、だれが波津を責められるだろう。砂を噛むような日々を過ごした平蔵も可哀そうだが、波津はさらに哀れである。しかも、波津の気持ちを察して波津を弁護する人間は、ついに一人もいない。



おその 「座頭と猿」第1巻第7話


 おそのは、薄幸(ふしあわせ)な女だった。早くに母親が死んで、七歳から飴売りの父親に育てられ、十七の夏、線香突きをしている房五郎の女房になる。線香突きは躰によくない仕事で、おそのには優しい亭主だった房五郎は、わずか足かけ二年の結婚生活で呆気なく病死してしまう。

 しかたなく父親のところへ帰るが、今度は父の与助が中風(ちゅうぶ)で倒れる。こうなったら茶汲女になるしかない。いわずと知れた売春である。病気で手足も動かせない父親には付き添いをたのまなければならず、医薬の代もばかにならない。そこで座頭の彦の市に出会い、二十両の支度金をもらって囲い者になる

 彦の市に対しては愛情のかけらもないが、按摩ならではの十本の指は魔法のようにおそのの肉体を狂喜させる。おそのは、そうした自分が次第に恐ろしくなってくる。

 そのとき、隣りに住んでいた小間物の行商人・徳太郎の少年のような初々(ういうい)しさがおそのの心をとらえる。ところが、この徳太郎が実は夜兎の角右衛門という大盗賊の手下だ。どこまでも運の悪いおそのである。

 嫉妬に駆られた彦の市が徳太郎を鰺切り包丁で刺し殺して逃亡したとき、ようやく鬼平が動き始める。彦の市もまた盗賊の一味であることはつきとめるが、その行方は不明のままだ。平蔵は彦の市の女だったおそのに監視の網を張る。

 おそのは、また愛宕権現下の茶店へ戻っている。濃い化粧をしたおそのの姿態からは、むせ返るような色気が立ちのぼり、どこかの大店(おおだな)の番頭らしいでっぷりした男が、おそのの酌を受けて満面の笑みくずしている。

 それを編笠の中から見て、平蔵は供の同心に苦笑しながらつぶやくのだ。


 「酒井。あの女は、もう座頭のことも死んだ小間物屋のことも忘れているらしいな。あの色っぽいからだへ、男のにおいがしみつくごとに、あの女は得体の知れぬ生きものとなってゆくのさ。いや、どんな女にも、そうしたものが隠されているらしいが・・・・・」



おろく 「むかしの女」第1巻 第8話


 十九歳の長谷川平蔵が、おろくを知ったとき、彼女は二十六、七だったはずだ。当時おろくは牙僧(すあい)女と呼ばれる一種の娼婦で、本所・深川界隈で顔をきかせていた。

 「入江町の銕さんは、若いが肝(きも)のふてえ悪(わる)だねえ。気に入ったよ」と、一端の毒婦気どりで若い平蔵に近づき、女盛りのあぶらののった肌身をすり寄せたから、平蔵、たちまちその気になって、それからはおろくのひもであるこのひもは態度が大きく、躰を張って稼ぐ女の金を捲き上げては、いいように飲み食いをし、子分たちにはエエカッコシイでどんどん小遣いをやる。

 そのくせ、おろくが他の男に抱かれたかと思うと我慢がならず、なぐる蹴るは日常茶飯事。ついにあるとき、怒気にまかせて思わず脇差(わきざし)を抜き、横に払った。血だらけになって泣き叫ぶおろくへ「さまあみろ!」と毒づいた平蔵、さっさと外へ飛び出し、次に二人が出会うのは平蔵四十五歳、おろくが五十四歳の夏である。

 夏羽織を着て、袴をきちんとつけ、塗笠を手にした平蔵が船松町の渡し場から通りへ出たとき、洗いざらしの単衣(ひとえ)の裾を端折(はしょ)り、ひからびて埃(ほこり)だらけの素足にわらじ履き、白髪(しらが)まじりの引(ひっ)つめ髪の老婆が、「あの・・・・・もし・・・・・」と、声をかけてくるのだ。

「おれを、長谷川平蔵と知ってかえ?」

「は、はい・・・・・」

 老婆は、ふるえる指先で、おのがえりもとをひらいて見せた。

 平蔵は瞠目(どうもく)した。

 干魚(ひもの)のように骨が浮いた老婆の胸肌(むなはだ)に、長さ四寸ほどの切傷のあがきざまれているのを、平蔵は見た。

「お前・・・・・では、あの、おろくか・・・・・?」


 老婆の渋紙のような胸に残る傷跡は、むろん、ひもだった平蔵によるものだ。あの日、真白に、ふっくらと盛り上がっていた乳房から鮮血がほとばしったのを、いま鬼の平蔵ははっきりと思い出す。

 平蔵から財布ごと三両余りの金をもらったおろくは、ますます味をしめて強請(ゆすり)に精を出すことになる。遠い昔に遊んだ牙僧(すあい)女がひょっこり眼前に現れて、「まあ、旦那。お久し振りで・・・・・」とやれば、たいていの男が大あわてにあわてて何両か包む。

 おろくの強請屋稼業は、やがて凶悪な雷神党一味の聞きつけるところとなり、貯め込んだ金を狙(ねら)われて、おろくは簡単に殺されてしまう。小房の粂八が盗人宿の床下からおろくの死体を発見したとき、平蔵は暗然としてつぶやく。

「こやつ、気の善い女だったが・・・・・」

 左馬之助が、死体の始末について尋くと、

「おれが菩提所(ぼだいしょ)へほうむってやろうよ」



おけい 「埋蔵金千両」第2巻 第7話


 おけいは千駄ヶ谷の百姓・与兵衛の娘で、額(ひたい)の張り出した、金壺眼(かなつぼまなこ)の、どう見ても十人並みとはいえない顔だちながら、身にまとっている衣類(もの)からはじけ出そうな立派な体格をしている。そして、朝から晩まで、それこそ身を粉にして働く。こういう下女のおけいについ手を出して、これを妾代わりにしたのは太田万右衛門こと大泥棒・小金井の万五郎だ。

 その万五郎が死病にかかり、「千両には少し足りねえが、わしの金が隠してある」と、おけいに打ち明ける。一年に十五両あれば楽に暮らせた時代の千両である。

 その隠し金の半分はお前にやるから、ついては、残り半分を受け取るべき人を信州から連れてきてもらいたい・・・・・と万五郎にいわれて上田へ向かったおけいだったが、二十里も行かぬうちに気が変わる。

(いまごろ、もう、旦那さんは死んでいるかも知れない・・・・・)

 と、思った瞬間のことである。どうせ長くはない旦那に、これ以上義理立てすることはない。半分といわず、あたしが全部もらったってかまやあしない、となったわけだ。さいわい、金を埋めた場所は聞いてある。たちまち足は小金井に向かい、地蔵堂のそばの竹藪から首尾よく金を見つけ出す。

 掘り出した九百四十両は、そのまま実家の裏に埋めて手をつけず、親の与兵衛や兄弟たちへは「旦那に追い出された」と、いいつくろう。その作り話があまりにも真に迫っていたから、やがて万右衛門頓死の噂を聞いた父親が、「あんなひどいやつのところへ線香なぞ上げに行かぬでもいいわい」といったほどだ。

 小金井万五郎の探索からおけいが浮かび、役宅へ呼び出して、平蔵がただ一言「何事も有体(ありてい)に申し上げよ」。別に大声ではないのだが、そこが鬼の平蔵の呼吸である。身をふるわせたおけいは何もかも白状する。すべてを白状した後は、すっかり落ち着き、牢内の飯をむしゃむしゃと平らげ、毎晩、牢番が呆れるほどの大いびきをかいて眠る。

 長谷川平蔵がおけいに下した処罰は、案外軽いものであったらしい。そのことは、平蔵が吐き捨てた、こんな台詞(せりふ)でわかる。


「ああした女は、根は悪くないものだ。いやなに、きれいな衣装をまとい、椎茸たぼなぞに髪をゆい、おれなぞを見ても見向きもせぬようなえらい女が、江戸城(おしろ)の中にうようよと泳いでいるが・・・・・」

 と、平蔵が山田市太郎へいったのは、御殿女中のことをさしたものであろう。

「あいつらの悪事(わるさ)ときたら、いやはや、ひどいものさ。ところが御城と将軍家の御威光で、悪事が悪事にならぬ。それにくらべたら、おけいなぞはすっとましだわ」



お豊 「艶婦の毒」第3巻 第3話


 お豊という女のことは、平蔵の妻の久栄も知ってはいない。知る者はただ、華光寺の墓石の下に眠る亡父・長谷川宣雄のみである。

 京の西町奉行に任ぜられた父と共に、平蔵夫妻が京都へ移ったのは、安永元年の秋のことだった。折りしも久栄は長男・辰藏を身ごもっていた。ときに平蔵二十七歳。妻女の懐妊中をいいことに、派手に遊び回る。後に平蔵は、剣友・岸井左馬之助にこういっている。

「いやもう、さすがに皇都(こうと)よ。酒の香も女の肌も江戸とはまるでちがうのだなあ・・・・・」

 お豊は祇園のはずれにある小さな茶店の女主人(おんなあるじ)で、背丈はすっきりと高く、しなやかな肢体の動きに独特の爽やかな躍動感がある。一目で平蔵はとりこになった。

 それから五日目の夕暮にまたやって来た平蔵は、その夜、父の役宅へ帰らなかった。お豊の烈しさは遊びなれた平蔵が目眩(めまい)するほどのものだった。裸身になると、肩や腕の肉(しし)おきはすんなりしているのに、乳房は豊かで、ことに腰まわりから太股(ふうともも)にかけての白い肌に女盛りの凝脂が満ち満ちている。化粧の気もないのに、女体から立ち昇る汗の匂いが茴香(ういきょう)のような芳香(ほうこう)を放った。

 お豊とのめくるめくような愛欲の日々は十日間続いた。そこで平蔵は父・宣雄に呼びつけられ、お豊の茶店が盗人宿であることを告げられて愕然とする。お豊は上方から近江へかけて鳴らした虫栗の権十郎という盗賊の女だったのだ。

 お豊の名は、おたか、おせん、おみつ、おしま・・・・・など、いくつもあって、どれが本当の名だか、自分でもわからない。五つか六つのとき尾張・鳴海の宿外(しゅくはず)れへ捨てられた。捨てたのは父親だったろうと、お豊は思っている。幼女の記憶にある「お父さま」は、両刀を腰に帯していた。宿場の人だかりの中で、泣き叫んでいたお豊を連れ帰り、次第に女盗(にょとう)へと育て上げたのが虫栗の権十郎だ。むろん、その肉体をわがものにした上でのことである。お豊が十七のときだった。先代・権十郎が死ぬと、お豊はそのまま二代目のものになる。

 お豊の、これまでの浮気の相手は、みな[さむらい]にかぎられている。

 二代目・虫栗も、うるさくはいわぬし、このごろは、お豊のほかに大坂で若い女を囲っているから、

「好きにしていいが、あぶねえまねはこまるぜ」

 苦笑しているほどで、それはまた[女盗]として三十何年もつき合っているお豊にふかい信頼をよせていることにもなろう。

 お豊が、さむらいに抱かれたくなるのは、きっと彼女の胸底に、

(わたしは、さむらいの子に生まれたのだ。ほんとうなら、さむらいの奥さまになれていたかも知れないのだもの)

 という女の想いが、ひそみかくれているのだろう。


 お豊が[さむらい]ばかりを遊び相手に選ぶもう一つの理由は、武士(さむらい)という生きものは盗賊から見ると、どこか間が抜けていて手玉に取りやすいからだった。

 二十余年前の平蔵と同じように、今度は、たまたま平蔵の供をして京都へ来ていた忠吾(うさぎ)が手玉に取られる。平蔵は、むろん、若い同心を無事に救い出し、女盗に縄をうつ。お豊はすでに平蔵などきれいに忘れている。平蔵は引き立てられて行くお豊を黙然とながめているしかなかった。



お熊 「寒月六間堀」第7巻 第6話


 弥勒寺(みろくじ)の前を通りすぎようとした平蔵へ、門前の茶店[笹や]から、

「ちょいと、銕つぁんじゃあねえか。素通りする気かえ」

 と、声がかかった。爺いのような塩辛声なのだが、声の主は女である。女といっても七十をこえた凧(たこ)の骨のような老婆である。これが[笹や]の女あるじで、お熊という。このあたりの名物婆さんだ。

「婆さん。笠をかぶっているのに、よく、わかったな」


 お熊にだけは、さすがの平蔵もちょっと頭が上がらない。銕三郎を名乗っていた不良青年のころ、よく笹やのお熊から酒を飲ませてもらい、泊まったことも一度ならずある。当時、お熊は四十四、五歳で、亭主の伊三郎を亡くしたばかりだった。

 例によってゴロをまき、笹やへ転がりこんだある晩のこと、夜更けてから酒気ふんぷんたるお熊が平蔵の寝床へもぐりこんできたものだ。平蔵から見れば「おふくろ代わり」の気安い相手だが、お熊にとっては、いきのいい若い男である。酒の勢いを借りてことに及ぼうとしたお熊の心情は察するに余りある。

 しかし、平蔵はおどろいた。あわてふためき、青くなって逃げ出した。こちらの気持ちもよくわかる。

 それ以来、笹やの前を通るたびに、お熊が、「銕つぁんよう。取って喰おうたぁいわねえから、寄って行きなよう」と、大声で呼びかけるので、平蔵はほとほと閉口しているのだ。ま、身から出た錆。

 盗賊改方に任じてから、平蔵は婆さんと旧交をあたため、ときにはお熊を役宅に招んで久栄の手料理を食べさせたりする。お熊はすっかり恐縮し、いくら偉い火盗改メ長官になっても昔のまま気楽につき合ってくれる平蔵に心服して、次第に密偵のまねまでし始めるのである。



おまさ 「血闘」第4巻 第4話


 妻女の久栄が、そうしたおまさを見て、平蔵にいった。

「おまささんは、若いころのあなたさまのことが忘れられないのでございましょう」

「ばかな・・・・・なにをいい出すのだ」

「いえ、まことでございますよ」

「なれど、あのころ、おまさはまだ十か、十一で・・・・・おぬし、どうかしているのではないか?」

「なればこそ忘れられぬのでございます。それが、女というものでござります」


 おまさの父親は本所・四ッ目に堂々と[盗人酒屋]の看板を掲げて居酒屋を営んでいたが、元はといえば鶴(たずがね)の忠助と異名を取った盗賊。それも昔気質(むかしかたぎ)で、「ないところからは盗(と)らず、ありあまるところから盗る。おつとめに人を殺傷せぬ。女を犯さぬ」の三ヶ条をついに一度も破ったことがなかった。

 そのころ二十歳(はたち)を出たばかりの平蔵は、忠助の正体を聞くや、なおさらにこの居酒屋の亭主が好きになり、自分も妾腹の子に生まれた苦しみを率直に打ち明けたものだから、忠助もまた感激して、二人は大いに意気投合する。いつしか盗人酒屋は平蔵にとって「我が家のようなもの・・・・・」になっていた。

 忠助はまだ十か十一の少女だった娘のおまさと二人暮らしで、平蔵が酒を飲み過ぎた翌朝など、おまさが小さな手で器用に白粥をこしらえ、梅干と香の物を添えて、中二階まで運んできてくれたものだ。

 やがて二十余年の歳月が流れ、火盗改方長官として泣く子も黙る[鬼の平蔵]の役宅へ、ひょっこりおまさが現れる。

 小肥(こぶと)りな少女だったおまさは、すっきりと年増痩(としまや)せしていた。齢は三十をこえたが、肌は江戸の女の常で浅黒いが荒れてもいず、身なりはきっちりとしてい、黒くてぱっちりとした双眸(りょうめ)とおちょぼ口が昔の面影を宿している。なんと、おまさは「密偵(いぬ)になりたい」と申し出たのだった。

 亡父・忠助のころからの関係で盗賊の[引きこみ]をつとめていたおまさだったが、旧知の長谷川平蔵が火付盗賊改方の長官に就任したと知り、

 (ここがしおどき。どうせ足を洗うなら、銕さん・・・・・いえ、長谷川さまのためにはたらきたい。それなら死んだお父つぁんもよろこんでくれるだろう・・・・・)

 と、思いきわめてのことである。

 以後、おまさは[まき紙・おしろい・元結(もつとい)・せんこう]と書いた紙を貼りつけた箱を背負い、手に[おはぐろ]の壺をさげて、小間物の行商をしながら江戸の町々を回り歩き、さまざまな情報を平蔵にもたらすようになるさすがに、おまさの目は女ながら冴えて光り、彼女の情報によって火盗改メが事件を解決することも多い。

 平蔵は、おまさの心の底にいまなお燃え続けている火があるのを知っている。そして、平蔵が知っていることをおまさは知っている。おまさは、もうそれだけでいいのだ。いずれ、おまさは、同じ密偵仲間である大滝の五郎蔵と結ばれ、長谷川平蔵夫婦が媒酌をつとめることになるが、それはまだずっと先の話である。



久栄(平蔵の妻) 「むかしの男」第3巻 第6話


 久栄は、障子をしめた。

 白い顔へ、血がのぼってきている。

 双眸(りょうめ)が、異様なひかりをやどしていた。

 このとき、久栄は四十一歳。

 十八歳の秋に長谷川平蔵の妻となってより二十三年。二男二女を生んでいるが、

「どう見ても、三十四、五」

 の若わかしさだと、人びとはいう。

 ふっくりとした顔(おも)だち、躰(からだ)つきで、人がらもさばけており、それでいて奉公人たちが期せずして心服せざるを得ない威厳がおのずからそなわり、長男の辰藏宣義(たつぞうのぶのり)も、

「おやじよりも、おふくろさまのほうがおそろしいよ」

 などと、遊び友だちにもらしている。


 久栄の父は大橋与惣兵衛という二百俵取りの旗本で、平蔵や左馬之助と同じ高杉道場で剣術をやっており、だから平蔵にとっては三十二歳も年長の老剣友ということになる。もともと、長谷川家と大橋家とは、本所で屋敷が隣り合っていたことから親交が深い。

 あるとき、老剣友が平蔵にこぼした。娘の久栄がとんでもない男にだまされ、傷ものにされた。もう嫁にもやれない。情けなくて、可哀そうで、ああ、あんなに温和な、優しい娘なのに・・・・・。

 とんでもない男というのは、大橋家の反対隣りにあった近藤家の息子・勘四郎で、十七歳だった久栄をもてあそんで捨て、おまけに二百五十石の家名も老いた両親も放り出して吉原の遊女と逐電した。

 それを聞いた平蔵が、

「なげいたところではじまりませんよ」

 「だからと申して・・・・・」

「よろしければ、私がいただきましょう」

 「え・・・・・」

「久栄さんを、嫁に・・・・・」

 「なんと・・・・・」

「道楽者の私では、不足かなあ」

 「そりゃ、まことか?」

「ああ、左様です」

 「まことに、まことか?」

「まことにまことですよ」

 「むすめは、傷ものだぞ」

「私だって、傷ものの点ではひけはとらない。おたがいさまですよ」

 こうして、その翌年、久栄は平蔵の妻になった。結婚初夜、久栄が両手をつき、「このような女にても、ほんに、よろしいのでございますか」と問うたとき、平蔵は、こんな極道者でいいのかと問わねばならぬのはおれのほうだと答え、「久栄。お前、いい女だ。前から、そうおもっていたのさ」と、いったものだ。

 平蔵の役宅へは、職掌柄、夜昼を問わず部下や密偵たちがやってくる。彼らはしばしば腹を空かせ、眼を血走らせ、疲れ切った表情を見せる。食うものも食わず、暑さ寒さの中で不眠不休の仕事に命を賭けているからだ。

 ようやく報告と打ち合わせが終わり、平蔵が「よう、してのけた。ご苦労だった。では飯を・・・・・」と、いいかけた途端に、久栄が侍女に膳部を運ばせて現れる。以心伝心。男が夢に見る妻の理想像が、ここにある。

 四百石の旗本の妻女ともなれば、みずから台所に立つ必要はない。しかし久栄は、ときに応じて平蔵のために台所へ出て行く。鴨の抱き身を、醤油と酒を合わせたつけ汁へ漬けておき、これを網焼きにして出すのは、久栄の得意料理の一つだ。つけ汁に久栄ならではの工夫がある。

 鴨の脂身は細く細く切り、千住葱と共に舌を焼きそうな熱々(あつあつ)の吸物に仕立てる。これが夫の大好物と知っているからである。平蔵がうれしさを隠して冗談をいう。

「久栄。わしに、このような精(せい)をつけさせて何とするぞ?」

「まあ・・・・・」

 久栄が顔を赤らめる。

 部下たちが去ったあとで、平蔵が久栄に卵酒(たまござけ)をたのむことがある。疲れがひどくたまったとき、風邪気味のときだ。これは久栄が作ったのでなくては承知しない。材料をそろえた久栄が平蔵の居間の火鉢の前へすわり、まず、小鍋へ卵を割りこむ。酒と少量の砂糖を加え、ゆるゆるとかきまぜながら、凝(じつ)と火の加減と箸の先を見つめている。熱くなったところで椀へ盛り、これに生姜の搾(しぼ)り汁を落とす。これが平蔵好みの卵酒なのだ。


 『鬼平犯科帳』とは、畢(ひつ)きょう、どれも一つの夫婦の物語であるかも知れない・・・・・。


ー「鬼平犯科帳」お愉しみ読本  佐藤隆介(食文化研究家)

 



 




















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28.≪第3シリーズ≫ 第4話 火つけ船頭

2014年11月11日(火) 01時55分05秒 テーマ:鬼平犯科帳

女房の密通を知った船頭・常吉は

                 火つけの味を覚えてしまいーーー


 平蔵が日頃、船での見廻りの際に使う船頭の名は常吉(つねきち)。「口無しの常吉」と異名を取るほど無口な男だが、その日はいささか荒れていた。女房のおさきと同じ長屋に住む浪人・西村虎次郎との密通を知ったからだが、女房にも西村にも文句が言えず、鬱憤(うっぷん)がたまっていた。


 むしゃくしゃする日々を送りながらも、ひょんなことから火つけの楽しみに魅せられてしまった常吉。ある夜、放火をしようとして近江屋(おうみや)の裏手に出たのだが・・・・・。



江戸の華・火事と、火つけ


3年弱に1度、大火が発生


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明和の大火の図。坊主くずれの長五郎(僧名・真秀)が大円寺の和尚に破門されたことを根に持ち庫裡(くり)に火をつけたことが原因。(『目黒行人坂火災絵巻』部分/消防博物館所蔵)



 「火事と喧嘩は江戸の華」の言葉があるように、江戸では町を越えて燃え広がる、いわゆる”大火”が頻発した。江戸・明治期の江戸・東京の史料を集めた『東京市史稿(変災篇)』によると、江戸時代264年間で100件以上の大火があったという。大坂や京都などに大火がなかったわけではないが、件数はそれぞれ10件もなく、江戸が突出して多かった。


 江戸で大火が多かった原因の第1は、人口流入により100万都市に膨張し、家屋が密集していたことだ。家は木造で、照明にも火を使っていた時代、ましてや、冬は乾燥した「からっ風」が吹く。一度火がつくとまたたく間に燃え広がった。


 特に、江戸三大大火と呼ばれたのが、明暦の大火(明暦3年〈1657〉1月)と、明和の大火(明和9年〈1772〉2月)、そして文化の大火(文化3年〈1806〉3月)だ。


 このうち、明和の大火は火つけが原因だった。目黒の大円寺から出火し、麻布から神田、千住まで広がり、死者約1万4700人、行方不明者約4000人を数えた。火つけ犯は坊主くずれの無頼漢。平蔵の父である、時の火付盗賊改方長官・長谷川宣雄の配下に捕縛された。



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火の見櫓(やぐら)を上る八百屋お七。人形浄瑠璃や歌舞伎で上演されるにつれ、話は誇張されていった。(芳年『松竹梅湯嶋掛額』部分/国立国会図書館所蔵)



 一方、本作で伊勢屋の火つけ犯を推理する同心・木村忠吾が口にした「八百屋お七」は、近松門左衛門が「好色五人女」の題材にしたため広く知られるようになった実在の人物。天和(てんな)の大火(天和2年〈1682〉12月)によって焼け出された八百屋一家は、菩提寺の円乗寺(えんじょうじ)に避難した。そこで娘のお七が寺小姓と恋仲になる。やがて家が再建され一家は戻ったが、お七の小姓への思いは募るばかり。もう一度火事が起きたら会えるかもしれないと、あちこちに火をつけた。


 江戸時代、火事を起こした者にはきびしい罰則が待っていた。不注意で失火した家も財産没収、江戸所払いなどになった。火つけは、たとえ小火(ぼや)で終っても、市中引き廻しのうえ、火あぶりの刑に処される。お七の火つけは、小火ですんだという説もあるが、罰則通りの刑が科されている。明和の大火の無頼漢も同様だ。


 本作で平蔵は、常吉の投げ文が源七一味召し取りのきっかけになったことなどから、火つけの現場を取り押さえた時も軽い刑にとどめた。だが、これは明らかな脱法行為。事が露見したり、常吉が再度火つけをしたりすることがあれば、平蔵は間違いなく切腹もの。平蔵も佐嶋与力も、それを重々承知していたのだ。



放火に手を染める 無口な船頭

・常吉役・・・下条アトム

1946年、東京都出身。新劇俳優の一家に生まれ、高校卒業と共に民藝俳優教室に入って、舞台などに立つ。69年、TVドラマ「信子とおばあちゃん」でデビュー。70年、山本迪夫監督作品「悪魔が呼んでいる」で映画初出演。その後、森崎東、野村芳太郎、山田洋次ら、名監督作品で、さまざまな角度から描かれた現代青年役を好演。性格俳優として評価される。




原作を読む! 


鬼平犯科帳(16) 第4話「火つけ船頭」


平蔵が情けをかけるドラマ 厳格に法を執行する原作

 

 ドラマで常吉は、女房の浮気に怒ることもできない大人しい男に描かれている。だが原作では密通が続いていると知ると恨み、女房の島流しが決まると(ざまあ、見やがれ)と喝采する。

 

 ドラマでは平蔵が、はかなげに飛ぶ蝶を優しい視線で追うシーンが3回登場する。根は悪党ではない常吉をかばう、平蔵の優しい心情を表す伏線としての演出と見るのはうがちすぎだろうか。だが原作にはそうした描写は一切なく、火つけに本当の悪漢はいないとしながらも、法を厳格に執行する。


ー鬼平犯科帳 DVDコレクション 28-

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28.≪第3シリーズ≫ 第3話 馴馬の三蔵

2014年10月20日(月) 23時59分56秒 テーマ:鬼平犯科帳

粂八兄貴分

        馴馬の三蔵のお盗めを偶然知ってーーー


 盗賊・鮫洲(さめず)の市兵衛の女だったお紋は、盗賊時代の小房の粂八とわりない仲になり、市兵衛から逃げたいと訴えた。粂八は、兄貴分・馴馬の三蔵(さんぞう)の女房・おみののもとにお紋を預ける。ところがお紋とおみのが何者かに殺されてしまった。三蔵は行方をくらましてしまうが、粂八は市兵衛を犯人だとにらんで追い続ける一方、三蔵に対する恩と負い目も忘れたことはなかった。月日が流れ、密偵となった粂八は、料理屋「万亀(まんかめ)」に居座り盗めをしかけようとしている三蔵を偶然発見する。



からくり屋敷・料理屋「万亀」


からくりに見る、盗賊の知恵と技の集大成


 ある日の昼下り、料理屋「万亀」で、命の洗濯をする”猫どの”こと同心・村松忠之進と木村忠吾。2人がいる部屋の床脇の壁は、何と”どんでん返し”になっていた。他にも料理屋「万亀」には、隠し階段や、壁が引き戸になった部屋があり、厠(かわや)の反対側にも扉があるという。実は「万亀」は、ただの料理屋ではなく瀬田の万右衛門(まんえもん)一味が巣喰う盗人宿だった。


 盗人宿とは、盗賊たちが連絡を取り合ったり、盗んだ金品を隠したりするための場所。一味の者を主人に据えて、表向きは堅気(かたぎ)の商いをすることもあれば、荒寺などを使うこともあった。いつ何時、火盗改メや町奉行所の調べが入るかわからないので、からくりを施(ほどこ)して逃走経路を確保してあることも多い。第1シリーズ第26話「流星」に登場する、鹿山の市之助らの盗人宿などはその好例。万一の際、床板を外せば船に乗って川に出られるような工夫がなされていた。


 一方、盗みに入るために施す”盗み細工”も盗賊がらみのからくりのひとつだ。盗み細工とは、平常は大工として働いている盗人が、のちにその屋敷に押し入るために施す細工のこと。外堀に秘密の入り口を設けたり、木に滑車を仕掛けたり・・・・・。鮮やかなからくりは、第1シリーズ第15話「泥鰌の和助始末」、第2シリーズ第13話「四度目の女房」を鑑賞してほしい。


 いずれにせよ、からくりはお盗めを首尾よく運び、万一の時はお縄から逃れるための、盗賊たちの知恵と技の結晶といえる。しかし、それとて鬼の平蔵にはほとんど通用しなかったのだから、”労多くして功少なし”といったところだろうか。



密偵・粂八 恋物語


本作で明らかになった小房の粂八の悲恋話に、ぐっときたファンも多いはず。


粂八、そして平蔵の恋愛観とは?


 幼い頃の思い出は、おん婆に手を引かれて雪のなかを歩いた記憶だけ。そんな孤独な生い立ちの粂八にとって、お紋がいかに大切な存在だったか。それは、お紋の寝顔を見守り、汗を拭いてやろうとする粂八のしぐさを見るだけでしみじみと伝わってくる。馴馬の三蔵が、自分の女房おみののことを、”生涯に一度だけ本気で惚れた女”と説明しているが、それは粂八にとってのお紋も同じだった。だからこそ、粂八はお紋を殺された恨みを忘れられず、同時に、最愛の女房を殺された三蔵に対して心底申し訳なく思ってきたのだ。


 一方、平蔵も母親の愛情を知らず、孤独な幼少時代を送ったひとり。粂八の胸の内はよく理解できたに違いない。粂八の心のなかで今も生きるお紋をこれからも大事にするようにと伝える表情や、すべてを打ち明けようとする粂八を「口に出しては、味ない、味ない」と赦(ゆす)すラストシーンに、平蔵の情の深さがよく表れている。


 さてその後、粂八はお紋を思い続けて独り身を通したのか、それとも、別の女と幸せになったのか。ファンとしては気になるが、その点については、ドラマシリーズでも原作でも明らかにされていない。


女房の敵討ちを決意する 粂八の兄貴分の盗賊


馴馬の三蔵役・・・金内喜久夫・・・1933年、福岡県出身。63年文学座研究所に入所し、65年の「花咲(チェリー)」で初舞台を踏む。その後、舞台と平行してTV、映画で活躍。悪役から刑事役まで、無骨な役柄で人気を得る。舞台では75年に「五番町夕霧桜」で十三夜会奨励賞、08年に「舞台は夢~イリュージョン・コミック~」などで第43回紀伊國屋演劇賞を受賞している名優である。


ー鬼平犯科帳DVDコレクション28  原作18巻 第2話「馴馬の三蔵」ー





原作を読む! 


鬼平犯科帳(18) 第2話「馴馬の三蔵」


粂八の悲しい過去が! ファン必読の名編


 原作には、粂八が、お紋の敵である瀬田の万右衛門を捕縛するくだりはない。だが、平蔵に隠し事をしたことで密偵としての自信を失っていた粂八が、万右衛門を殺めることなく火盗改メに裁きを委ねる場面はしっかりと描かれており、ここに粂八の密偵としての覚悟がにじみ出ているように思われる。

 

 ラストシーンは、原作、本作ともに、シリーズ屈指の名場面。粂八にみなまで言わせずに立ち去る平蔵と、その気遣いに男泣きする粂八の姿に胸が熱くなる人も多いはず。



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すべてを聞かずに立ち去る平蔵と、その思いやりに涙する粂八。屈指の名シーンだ。



ー鬼平犯科帳 DVDコレクション 28-




27.≪第3シリーズ≫ 第2話 剣客

2014年09月06日(土) 01時20分54秒 テーマ:鬼平犯科帳

同心・酒井

殺害した浪人は盗賊の一味だった


 市中見廻りの最中に、着物の袖に血が付いた不審な浪人を見つけた平蔵は、忠吾に尾行させるが、まかれてしまう。ちょうど同じ頃、同心・酒井祐助の剣の師・松尾喜兵衛が何者かに殺害されていた。平蔵は、殺しの犯人が、忠吾にあとをつけさせた浪人ではないかとにらんで捜査を開始するが、一向に足取りがつかめない。一方、密偵・おまさは、旧知の盗賊の手下・定七を見かける。次第に浪人と定七のつながりが浮かび上がってきてーーー。



師思いの誠実な同心・酒井祐助


役目への忠誠心は人一倍 火盗改メを支える筆頭同心


 本作の主人公である酒井祐助は、火盗改メ・筆頭同心。木村忠吾や沢田小平次ら同心の中ではリーダーに当たる。筆頭与力の佐嶋忠介が平蔵の右腕だとすれば、酒井同心はさしずめ左腕といったところだろうか。あまり派手なことをするキャラクターではないが、第1シリーズ第1話「暗剣白梅香」の冒頭シーンに顔を出して以来、ドラマ全体を通しての登場場面はかなり多いと言っていい。


 そんな”目立たぬ重要人物”ーーー実はかなり腕の立つ剣術遣いであることが本作で初めて明かされるーーー酒井祐助の言動に注目してみよう。


 たとえば第1シリーズ第3話「蛇の眼」。一瞬目が合っただけの男を盗人と看破した平蔵に「長官の勘ばたらきは外れたことがない」と感嘆することしきりだ。その様子から見て取れるのは、長官への尊敬の念。この言葉と彼の表情には、へつらいでもなければ  とも違う、純粋な尊敬の気持ちが表れている。


 なればこそ、人一倍役目にも熱が入るというものだ。第2シリーズ第21話スペシャル「熱海みやげの宝物」では、小田原町奉行所が事態を引っかき回すのに業を煮やして「この奉行所はイモです!」と苛立ちをあらわにする一幕も。


 もちろん、これは酒井の真面目さゆえに出た言葉で、ふだんの彼が同僚や密偵たちに声を荒げるようなことはない。同心たちにとって平蔵が「父」的な存在であるとするならば、酒井は「兄」。その優しく頼もしいまなざしは「暗剣白梅香」で、役宅の庭で剣の稽古に励む木村忠吾にかける「転げて骨でも折る前に、こっちへ来てお茶をいただけ」という言葉などからも想像できる。




久栄や同僚、密偵の協力で恩師の敵討ちを果たす


 このように、真面目だが割とソフトな印象を与えてきた酒井の、骨太な側面を描き出したのが本作だ。敬愛する師匠を殺され、同門の人々から罵倒されても、公私混同してはならぬと役目を優先する。そんな酒井の胸中を慮(おもんばか)って、さりげなく彼を支える久栄、おまさと彦十、同心たちの心遣いが胸にしみる。そして、周囲の人々にそうさせたいと思わせる酒井同心の魅力は何かと考えた時、「一途」という言葉が思い浮かぶ。それは職務に対しても、尊敬する人や供に働く者に対しても変わることはない。それが彼の”武士道”なのではないだろうか。



江戸時代の葬儀


 殺された松尾喜兵衛には身寄りがなく、弟子の酒井祐助が喪主となって葬儀を取り仕切った。梵字(ぼんじ)を書いた幟(のぼり)を掲げた葬列の様子がドラマの中で描かれているが、これは「野辺送り」といって、棺(ひつぎ)を墓地へ運ぶ儀式だ。酒井をはじめ参列者の多くは白い衣服を身につけている。黒い喪服が定着したのは大正末期といわれ、江戸時代は白が主流だったようだ。また、現代は簡略化さあれることが多いが、当時の通夜は、文字通り夜通し行われたという。原作には、門人たちはもちろんのこと、近所の人々も大勢集まったと書かれている。


 江戸時代の葬儀といえば当時は土葬がメイン。特に7歳以下の子供は、家の床下に埋めることがあったが、これは「子供が生き返ってくる」と信じられていたためだとか。


 また、第2シリーズ第15話「密告」のお百のように身よりのない者は、無縁仏として葬られた。




演じる俳優によって様々な個性を見せる”酒井祐助”


 酒井祐助の役はドラマの配役としては二枚目のポジションで、3人の俳優が演じている。

①第1シリーズの篠田三郎版は涼しげな美男子で、優しさと知性を漂わせている。

②第2シリーズの柴俊夫は、明るく元気で、茶目っ気のある役作り。

③第3シリーズ以降を担当して酒井のキャラクターを確立したのは勝野洋だ。

 無口でポーカーフェイスの勝野=酒井は、いかにも武士らしい落ち着いた佇(たたず)まいだ。





不遇な身を持て余す 腕の立つ剣客


石坂太四郎役・・・中尾彬(あきら)・・・1942年、千葉県生まれ。美術大学入学後、「真昼の誘拐」(61年)で映画初出演。これがきっかけで日活の第5期ニューフェイスに合格、大学を辞めて俳優活動に入る。それまではチンピラ役などでの映画出演が多かったが、「月曜日のユカ」(64年)で、都会的な二枚目として注目され、その後は、理知的でニヒルな役柄を多く演じる名優である。現在は、バラエティ番組でも人気を集めるほか、画家としても活躍している。





原作を読む! 


鬼平犯科帳(6) 第3話「剣客」


剣士・沢田小平次同心が 恩師の仇討ちを果たす


 小野派一刀流の剣士でもある同心・沢田小平次が、逆恨みによって暗殺された恩師のかたきを取る仇討ち話。ドラマでは、主人公が勝野洋 扮する酒井祐助に変った他、原作には登場しない久栄も姿を見せる。

 

 クライマックスは何と言っても、縁側の立った沢田が敵の頭上を飛び越え、一瞬の抜き打ちを決める対決シーン。血湧き肉踊る立ち回りでの作品を手がけた池波正太郎の手腕が、いかんなく発揮された名場面だ。そのダイナミックな殺陣は、ドラマでもほぼ忠実に再現されている。


東北自動車道 羽生パーキング 上り線

2014年08月26日(火) 01時16分08秒 テーマ:鬼平犯科帳

ようこそ、江戸へ。


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 江戸時代、ここ羽生の隣町に、江戸の要所「栗橋関所」がありました。


この「栗橋関所」は、東海道、中山道と並ぶ五街道のひとつ、


日光街道に位置する関所で、約二五〇年にわたり、


「入り鉄砲と出女」を取り締まる重要な役目を担ってきました。



 『鬼平江戸処』は、江戸の玄関口だったこの地に、


時を隔てて蘇った現代の「江戸の入口」です。


ここには、東京への入口として、そして江戸時代への入口として、


古き良き時代の江戸の世界が生き生きと広がっています。



 空間だけでなく、時間をも超えていく豊かなクルマの旅をーーー。


ネクスコ東日本がお贈りする新しいくつろぎ処、どうぞごゆっくりお楽しみください。




★胡瓜(きゅうり)とみょうが梅酢漬


ちょっと贅沢八種の味 福神漬


★しいたけ野沢菜ピリ辛煮



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住 所  長野県千曲市大字中355

TEL   026-274-3001

フリーダイヤル 0120-86-5878



かすたーど かすてら焼き 火盗


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株式会社 長登屋 NNI


住 所  埼玉県川越市上老袋146-3

フリーダイヤル 0120-090330




羽生パーキング





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27.≪第3シリーズ≫ 第1話 鯉肝のお里

2014年08月21日(木) 01時30分43秒 テーマ:鬼平犯科帳

一味から逃れた鯉肝のお里に

         ある盗みの話が持ちかけられてーーー


 ある飯処で偶然見かけたお里の振る舞いに、不審を抱いた密偵・おまさ。おまさの報告を受けて、お里が女賊であることを見抜いた平蔵は、伊三次にお里を探らせることに。お里はかつて、盗賊・白根の三右衛門一味の引き込みを務めていたが、今は一味から逃れて、義父・長虫の松五郎の家に住みついていた。松五郎から金を少しずつくすねては、男漁(あさ)りと賭博に明け暮れる毎日を過ごすお里。やがて三右衛門一味がお里を見つけ出し、盗めの話を持ちかけてきてーーー。



粋をくゆらす喫煙ブーム


老若男女が愛したたばこ


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羅宇(らう)に竹が用いられるようになって煙管の軽量化が進むと、長い煙管がお洒落だとされた。(喜多川歌麿『咲分ヶ言葉の花 おかみさん』/たばこと塩の博物館所蔵)



 役宅の牢に捕われたお里と、縁側に座る平蔵。それぞれが煙管(きせる)で一服する姿で本作は終る。この印象的なエンディングにも描かれている通り、当時、たばこをたしなむ人は、身分、性別を問わず多かった。


 そもそも、日本にたばこが伝来したのは江戸時代の少し前だったといわれている。ポルトガル人がたばこを吸うところを初めて見た日本人は「南蛮人は腹の中で火をたいとる!」と驚いたとか。やがて、たばこは日本全国に普及。幕府は喫煙やたばこの耕作・売買を禁じる法度(はっと)をたびたび出すものの効果はなく、愛煙家は増えていった。江戸のたばこ屋・三河屋弥平次は『狂歌煙草百首』のなかで「たばこを吸わないのは100人に2人か3人」と記している。これが事実なら、江戸っ子の喫煙率は97%以上。人気のほどが伺える。


 たばこが一般化すると、江戸っ子は”いかに粋にのむか”を競った。当時は、現代のような紙巻きたばこはなく煙管が主流。そのため、実用性はもちろん、ファッション性も兼ね備えた煙管がつくられるようになった。



江戸っ子好みの煙管


 煙管は、刻みたばこを入れて火をつける「火皿(ひざら)」、口をつける「吸口(すいくち)」、フィルターの役割を果たす「羅宇(らう)」、煙管の頭部である「雁首(がんくび)」からなるが、その材質、形状、意匠は実に多彩。例えば、雁首や吸口に彫刻をしたり、羅宇に蒔絵(まきえ)を施したりと、工夫を凝らした品が登場。





原作を読む! 


鬼平犯科帳(9) 第2話「鯉肝のお里」


平蔵が強い信頼を寄せる 2人の密偵の仲に変化が・・・・・

 

 ドラマ「鯉肝のお里」と原作には大きな違いがある。それは、密偵・大滝の五郎蔵とおまさの関係だ。ドラマでは、お里の動向を探るためにおまさとともに長屋に暮らすのは相模の彦十。だが、原作では五郎蔵で、2人は男女の仲に。

 

 「似合いの夫婦になる」と、2人を長期間の張り込みにつかせた平蔵の思惑通りに事が進んだのだ。ドラマのおまさと五郎蔵を見て、やきもきした読者も多いのではないだろうか。


ー鬼平犯科帳DVDコレクション27  原作9巻  第2話「鯉肝のお里」-



26.≪第2シリーズ≫ 第21話 熱海みやげの宝物≪其の参≫

2014年07月18日(金) 00時03分59秒 テーマ:鬼平犯科帳

地方奉行所と火付盗改方

両者は犬猿の仲だった・・・・・?


 火盗改メを立てる素振りを見せつつも、江戸者を見返してやろうと兇賊・高橋九十郎探しに躍起になる小田原藩奉行所。一方、火盗改メ側は筆頭与力の佐嶋が手柄を譲る余裕を見せたり、筆頭同心・酒井祐助が「この奉行所はイモです」とこきおろすなど、相手を一段下に見ている節が。本作における両者のやりとりを見る限り、火盗改メと小田原藩奉行所の関係は一筋縄ではいかないように思える。


当時、江戸市中で、犯罪の取り締まりや治安維持を担った主要機関は、江戸町奉行所と火盗改メの2つ。江戸町奉行所の長(おさ)である江戸町奉行は寺社奉行、勘定奉行とともに三奉行と呼ばれる重要な役職で、幕府は、江戸町奉行に相当する役職を、直轄地(天領)のうち、特に重要な地方都市にも配置した。それが、京都、大坂、駿府の各町奉行をはじめとする遠国(おんごく)奉行だ。ちなみに、単に「町奉行」といえば江戸町奉行を指し、他の奉行は都市名を冠するのが通例だったという。以上のような幕府の職制に従い、諸藩も町奉行(名称は藩によって異なる)を設置。本作の小田原藩奉行所も、こうした藩の町奉行が率いる機関のひとつだ。


一方、火盗改メは江戸郊外でも捜査できる権限があったため、地方の町奉行所と連携し、犯罪者の捜査・逮捕にあたることもあっただろう。いわば、地方警察署と警察庁による合同捜査だ。両者の思惑やプライドがぶつかり合うであろうことは、江戸の奉行所も現代の警察も同じだと想像してみるが、いかがだろうか。



江戸幕府の捜査機関


下図の各町奉行の権限は基本的に町方(まちかた)に限られるが、火盗改メは江戸内外、町人、僧侶等の区別なく捜査を行うことができた。


                                 将軍ーーーーーーーー

                                                      |

        ーーーーーーーーーーーー|ーーー|     大名

                                        |           |

    若年寄                      老中    寺社奉行                                                        

                    |ーー|ーー|                  |

           奈 京 大   遠       (江戸)                 藩     

           良 都 坂            町                     

           奉 町 町        奉                   (藩の役所)

           行 奉 奉            行                 

      改       行 行             ( 南・北)                


        捜査・裁判                                      捜査・裁判


*1665年「盗賊改」、1683年「火付改」を設置。「火付盗賊改」となったのは1718年。

 長谷川平蔵が長官だったのは1787~1795年。












26.≪第2シリーズ≫ 第21話 熱海みやげの宝物≪其の弐≫

2014年07月15日(火) 23時59分01秒 テーマ:鬼平犯科帳

平蔵に惹かれた孤独な老盗賊


盗賊としての利平治


 馬蕗の利平治は、上方が本拠の本格盗賊・高窓の久兵衛(きゅうべえ)一味の嘗役。頭目の信頼厚く、病気療養中は五十両もの見舞金を渡された。盗賊としての性根は座っていて、口を割らせようと痛めつけても、けっして吐くことはないと、利平治に付きまとう横川の庄八も認めるほどの筋金入りだ。


 また、道中、庄八が高窓一味を乗っ取った高橋九十郎と通じていると察すると、足をくじいた芝居をし、時を稼いで江戸入りを遅らせるなど、盗賊らしい用心深さも持ち合わせる。



むかしなじみの利平治と彦十


 利平治が相模の彦十と出会ったのは17~18年前。その頃彦十は高窓一味にいて、兵庫・有馬温泉で療養中の利平治に、頭目の見舞金を届けにいった。そこで、お互い親子の縁が薄い身の上とわかった2人は意気投合する。原作によれば、喜んだ利平治は彦十を宿に10日も泊めたらしい。


 本作で利平治は再会した彦十にある頼み事をし、礼金を渡そうとする。と、彦十は、顔をゆがめて2人はそういう付き合いだったのかとなじるシーンが印象的。利平治は良かれと思ったことが、彦十には水臭く感じられたのだろう。



平蔵に惹かれる利平治


 利平治は、盗賊の頭目というふれ込みの平蔵が、見ず知らずの自分をどうして助けてくれるのか、不思議でならない。だが、平蔵にとって、大事なのは、まず彦十。その彦十が大切に思うむかしなじみだからこそ、自分を助けてくれることを知る。


 また、街道から大きく外れた自分たちを佐嶋与力たちが見つけられるかと、やきもきする彦十に対し、悠然と構えている平蔵もいい。配下に対する絶大な信頼が見て取れる。


 利平治が平蔵に惹かれたのは、この、人を信じ切る平蔵の器の大きさ。彦十は幸せ者だと、しみじみ語る利平治のせりふは含蓄(がんちく)がある。



平蔵に口説かれ密偵に


 高橋一味を始末したあと、平蔵は利平治を放免する。ところが後日、利平治は平蔵を訪ね、仕置きしてくれと願う。若頭が身罷(みまか)り、生きていても意味がないと思い極めたためだ。


 平蔵は、望み通り遠いところに送ってやろうと言う。だが、そのあと一転して伝法な口調で、どうせ死ぬならその前に、俺のために働く気になってくれないかと持ち掛けた。


 これまで何人もの心を鷲づかみにしてきた、”男たらし”な言葉に、すでに平蔵に惹かれていた利平治もやられてしまう。残る人生を預けようと決意した瞬間だった。




「鬼平犯科帳」”一度きりの密偵”


平蔵に見込まれて密偵になりながらも、

その後ドラマには2度と登場してこない者たちがいた。


 本作は「利平治が密偵となったのはこの日からであった」と、密偵として大いに活躍したかのような余韻を残すナレーションで終る。だが、利平治はその後、ドラマに登場しない。


 実は原作では、利平治は「殿さま栄五郎」をはじめ何度も登場して、平蔵そして火盗改メのために活躍する。最後にはその活躍を恨む兇賊の手に掛かって殺害されてしまうほどだ。しかし、ドラマではこの利平治の役どころは、それぞれ他の密偵たちの活躍に置き換えられており、利平治は出て来ない。


 原作にもドラマにも1度しか登場しない密偵ももちろんいる。が、利平治のように原作では何度か登場するが、ドラマには二度と登場しない。あるいは別名に置き換えられるものも少なくない。


 印象的なのは岩五郎だ。原作では第1巻から登場する密偵第1号で、何度も活躍する。しかし、佐嶋与力直属の密偵という設定だったせいか、ドラマには基本的に登場しない。原作で岩五郎が話の中心となる「浅草・御厩河岸」は、ドラマでは松吉という別の密偵に置き換えられた。ところが「密偵たちの宴」では、原作では岩五郎は登場ぢないが第3シリーズ第19話のドラマ版では設定を微妙に変えて登場。しかし、その後彼の活躍を見ることはできなかった。


●松吉・・・第1シリーズ第18話「浅草・御厩河岸」
         もと錠前破り。盗賊・鶍(いすか)の喜左衛門に招かれた甲州・石和でお縄になり密偵に。         
         原作では岩五郎という名だった。


●関宿の利八・・・第1シリーズ第20話「山吹屋お勝」
         大盗賊・夜兎の角右衛門の配下だったが、平蔵のはからいで足を洗い、火盗改メの密偵と  
         なり、専(もっぱ)ら木村忠吾の手先を務める。


●岩五郎・・・第3シリーズ第19話「盗賊たちの宴」
         通称「豆岩」または「チビ岩」。岩五郎は「密偵たちの宴」の原作には出ていないが、ドラマ

         ではこの1回にのみ登場、設定も変えている。


●砂井の鶴吉・・・第4シリーズ第11話「搔堀のおけい」

         五郎蔵を慕うもと手下。押し入った商家の下女を手込めにして破門に。ラスト、平蔵が五郎 

         蔵に預け、密偵に仕立てることになった。


●仁三郎(にさぶろう)・・・第9シリーズ第2話「一寸の虫」

          3年前、盗賊一味と一緒に召し捕られたが、長谷川平蔵にその人柄を見込まれ、獄門首

          になるところを助けられた。


ー鬼平犯科帳 DVDコレクション 26-  

   







26.≪第2シリーズ≫ 第21話 熱海みやげの宝物≪其の壱≫

2014年07月07日(月) 23時52分54秒 テーマ:鬼平犯科帳

彦十のむかしなじみ・馬蕗の利平治が持つ

                      ”盗賊の宝物”とは


 熱海に湯治(とうじ)に来ていた平蔵は、お供の相模の彦十から、嘗役(なめやく)の盗賊・馬蕗(うまぶき)の利平治が同宿していることを聞いた。嘗役は単独行動が常だが、利平治には連れがいた。不審に思った平蔵が彦十に様子を探らせたところ、利平治の連れは、利平治の持つ”盗賊の宝物”が目的だということがわかった。平蔵は、盗賊の頭目に扮して、利平治を無事に江戸まで送り届けると、彦十に約束する。やがて東海道を行く平蔵たちの前に、”宝物”目当ての盗賊一味が立ちはだかった。




将軍家の献上湯だった熱海温泉


全国でも指折りの名湯 熱海温泉の魅力


 働き詰めの長谷川平蔵が、体調を崩してしまい、湯治に出かけた。そこで出会った嘗役(押し込み先を物色する役目)の盗賊・馬蕗の利平治の持つ、嘗帳という”宝物”を探り当てるまでの顛末(てんまつ)を描いた本作。物語の舞台のひとつ熱海温泉は、当時から全国でも指折りの名湯として大変な人気を集めていた。


 その人気を決定付けたのは、初代将軍・徳川家康。慶長2年(1597)に初めて熱海を訪れた家康は、ここの温泉がいたく気に入り、慶長9年(1604)に2人の息子を連れて再訪、数日間にわたって滞在した。さらにその半年後には、京都で病気療養中だった武将・吉川広家(きつかわひろいえ)への見舞いとして熱海の湯を運ばせている。


 この”宅配温泉”は、四代将軍・家綱の時に始まった「お汲湯(将軍家御用汲湯)」という制度の原点となった。お汲湯(くみゆ)とは、将軍家への献上湯のこと。年に数回、お汲湯が命じられると、将軍家から指定された27軒の湯戸(宿)の主人が大湯(湯元)から湧き出る源泉を汲み、真新しい檜(ひのき)の樽に詰める。これを人足たちに担がせて、昼夜を通して江戸城へ運ばせた。所要時間15時間。汲んだ時には100度近くあった熱湯が、お城へ着く頃にはちょうどよい湯加減になっていたという。


 お汲湯(くみゆ)のルーツとしてますます高名になった熱海には、大名から農民まで、さまざまな身分の 湯治客が訪れた。平蔵一行が泊まる「次郎吉の湯」は、原作では「次郎兵衛の湯」で、「熱海でもそれと知られた宿屋」らしい。宿の主人と平蔵とのアワビ談義から察するに、なかなか豪華な食事も出るようだ。また、平蔵夫婦が寝起きする部屋の他、相模の彦十と小者の弁吉が花札をしているような小部屋も2部屋を借りている。彦十の言う通り、これはかなりの贅沢。


 当時、庶民は素泊まりが基本で、食事は宿の設備を借りて自炊するのが普通だった。目の前が相模湾という場所柄、新鮮な魚介類が豊富で安く買えたことも、熱海人気を高めた理由のひとつだ。



熱海七湯


●野中の湯・・・泥の中から湯が沸いていて杖で突くと吹き出したという。野中山のふもとにあり、湧出      地(ゆうしゅつち)が浅いため、入浴向きではなかった。


●大湯(間歇泉)・・・地面を揺るがす勢いで1日6回湯と蒸気が交互に噴出したという。熱海温泉の湯元だったが後に枯湯。現在は人工的に噴出させている。


●小沢(こさわ)の湯・・・小沢にあったため、土地の人たちから「小沢の湯」と呼びならわされた。温泉たまごで有名だ。


●清左衛門の湯・・・その昔、清左衛門という農民が馬を走らせていた時、この湯壺に落ちて焼け死んでしまったことから名付けられたという。


●風呂の湯・水の湯・・・豊富な湯気を利用して、饅頭(まんじゅう)を蒸したり酒を温めたりした”風呂の湯”と、塩分のない”水の湯”が隣り合って並んでいる。


●佐治郎の湯・・・別名を「目の湯」といい、眼病と火傷(やけど)に効くとされた。佐治郎という者の邸内にあったことから、この名が付いた。


●河原湯・・・かつて東浜と呼ばれた石ころだらけの河原に湧き出る源泉。七湯のうち唯一、地元の住民や近郷の人々が自由に入浴できた。




原作を読む!


鬼平犯科帳(13) 第1話「熱海みやげの宝物」


ゴボウのような容姿の馬蕗の利平治が初登場


 馬蕗とは、ゴボウのこと。ドラマでは、平蔵が利平治の嘗帳のありかをずばり言い当ててみせるが、原作では、高窓の若頭を見逃してもらう代償として利平治自ら平蔵に差し出す。また、ドラマではラストで身罷(みまか)ってしまう若頭だが、原作では利平治の昔の女の娘と深い仲になり、盗賊から足を洗う。嘗帳の預け先も、実姉ではなく、赤の他人である茶店の夫婦。原作の利平治は、ゴボウのような容姿に反してずいぶん肝が太い。


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