2011-04-19 04:04:47

「智恵子抄」と「真昼のプリニウス」

テーマ:雑記

この1ヶ月ほど頭から離れない物語が2つある。



「智恵子抄」(高村光太郎)。

http://www.aozora.gr.jp/cards/001168/files/46669_25695.html


始めて読んだのは小学校の高学年ぐらいか。

「君たちはどう生きるか」(吉野源三郎)などと一緒に、分厚く何巻もある少年少女向けの全集みたいなやつで読んだ。

もちろん、その頃には意味など分かるわけもなく、ただ活字を眺めていた。


タイトルが父方の祖母と同じ名前だった。

その全集も祖母の家にあったもので、溺愛されていた初孫に教育のつもりで渡したのだろう。

もう本はないけれど、あとで10代の終わりぐらいに文庫本を買った。


身近な死を作品にすることは残酷だと思う。

単なるメモと、推敲された作品とでは雲泥の差がある。

諸説あるのは重々承知しているけれど、今読んでみても、純粋の向こうにある冷静さが残酷に思えてしまう。

まあ、その対象への冷静さが作品の透明感を生んでいるのだろうけど。


光太郎は、なぜ、詩というものに昇華しようとしたのだろう?


以前から、疑問だった。

そして、いま、また、その疑問が沸々とある。




「真昼のプリニウス」(池澤夏樹)。

真昼のプリニウス (中公文庫)/池澤 夏樹
¥620
Amazon.co.jp
 
 
火山を舞台にした初期の作品だ。
誤解を恐れずに書いてしまえば、地球は生きているよ、がテーマになっている。

3.11以降、「日本沈没」でもなく「ドラゴンヘッド」でもなく、どういうわけか、この小説が浮かんだ。

何度も読み返したとか、ものすごく好みだとか、そういうわけでも何でもない本が頭に出てきたことが不思議だった。どちらかというと父である福永武彦の「夢見る少年の昼と夜」あたりのほうが趣味である。

本棚を漁れば、どこかに見つかるかもしれない。

でも、探さないと思う。


 

ほとんど忘れていたこの小説を思い出したこと、ただそれだけが、何か居心地のわるい感じで。



2つの物語が頭から離れない理由というか、後ろに流れるモノは自分でも分かっている。

昨年から言葉と文章にしているものに、ひとつのモチーフとして地震を扱っていたからだ。

アドバイスを受け、何度か組み立て書き直して、それなりに形にしたところで3.11があった。


当たり前だけど、全て捨てようと思った。


普段通りに行こうぜ、とか思いもするけれど、それを言っている時点で、実は普段通りではない。

「普通」は意識してないからこそ「普通」なんだろう。

 

幾日か過ぎて、違うことを考えて、戻ってきた。


ある対象を表現することに、残酷さが伴うなら、その残酷に付き合ってみようかと。

それしかないよな……。

いろいろと心配事は尽きない世の中だけどね。


基本、ワガママだから。


残酷。昔から他に的確な言葉が見つからない。

もっと、いい呼び方があればと思うけど。

おそらく、多種多様な観点からとか、物事の深淵までとか、無理にでも自分の頭をいじめてるのが推敲のイメージだからだろう。

 

 

ちなみにブログでは推敲なんてしない。

ノートにペンで殴り書きしていたのが、PCに、電脳世界に、代わっただけ。

書き直したことなんてない。

ここまで、およそ30分。

自分への確かめ殴り書きに30分。

おバカなお漏らし文未満に30分。

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2011-04-17 03:32:01

嬉しかったこと……

テーマ:雑記
イネ科花粉の季節が近づいてきた。
鴨川沿いの散歩も様子見してる。

最近、嬉しかったこと。


花見やライブ・イベントのお誘いメールを多数もらった。
まだ腰が治ってないので全て断ってしまったのが「ごめんなさい」だったけど。

腰痛が少し楽になってホッとした日にちょうど同世代♂から深夜に電話がかかってきた。
完全に引き籠もり安静だったので、何気ない会話が湿布よりも効いた。

Twitterでリプライしたら、ものすごく丁寧なリプライがきた。
このところ頭にある素朴な疑問(モヤモヤかな?)のひとつだったので、すごく参考というか考えさせられた。

ずいぶん前からの、ネット上だけの知り合いが、ひさしぶりに自分のブログに書き込みをしていて、無事で暮らしてることが分かった。

モデルチェンジ中のバンドが少しずつ形になってきた。
時間はかかるやり方かもしれないけれど、メンバーの意志とか個性が融合される流れが理想だったので。


他にもいろいろとあった。
挙げてみたら、全て、ヒトとの繋がりだったことに気付く。
だから、嬉しいんだろう。
リアルな知り合い、そうでない知り合い(?)、そんなことに関係なく、改めて、ヒトとの繋がりは素晴らしいと思った。
ものすごく単純な思考回路だけど、繋がりは大切にしたいな。
と、ふだん、周囲からマイペースだと言われてる自分でもそう思う。


少しだけ残念なこと。


腰のコルセットに慣れてきた自分。

観たかったライブに行けなかった。

河原町十条が、京都の碁盤の目になってる道の角ではなくなった。よく分からない新しい道ができてる。


大きな残念は……書けない。多種多様すぎて、頭の整理が追いついてない。それでもインプットは続ける。インプットしないとアウトプットも出てこない。そうやって、これまでもやってきたし、これからもそうなんだろう。嫌な癖だ。

もうひとつ、迷ってることがあるけれど、それはもう少ししたら、ここで書きながら、まとめてみよ。言葉や文章にしながら考える。良くも悪くも、これも自分の癖みたいなものだからなぁ。
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2011-04-05 00:58:24

科学者でも、予知能力者でもないからね…

テーマ:雑記

先週の日曜日から腰が痛い。

日曜のスタジオ終えてから、しばらくして「あっ、痛いかな?」だったのが水曜日には激痛になった。

原因というか、きっかけが分からない。

木曜日に病院へ行ったが、そのきっかけが分からないので「絶対にこれです!」という断言ができないらしい。

レントゲン写真の前でいろいろな可能性を説明してもらい、結局、湿布とコルセットもらって様子見することになった。

実は、コルセット初体験。あまり味わいたくない始めてだ。



某所で。


yosh_guanは理系だったよね? ぶっちゃけ、どうなりそうなのか教えてほしいよ。 RT @yosh_guan: @…… もうひとつ。再臨界の噂について。 http://bit.ly/gGWxH0


というRTをもらった。福島原発1号機再臨界の可能性云々についてのリプライした、そのRTだ。的外れかもしれないけれど、こんな文章を打った。4月2日の深夜。


@…… 福島原発に限定しても「ぶっちゃけ」は予測できません。実際、専門家の解説は初期(水素爆発)の時点で説得力がなくなりました。理系の括りでいうと0%か100%起こる事象でないと「絶対」の言葉は使いません。今、その「絶対」がない状況です。(つづく)

@…… ただ、自分なりに「ぶっちゃけ」ると、再臨界よりも、「放射性物質は漏れている」がどこからなのかどの程度なのかは分からない、施設破壊の詳細と含めて、正確な公表が出るまではあらゆる可能性があるかと。余震も続いてますし予断を許さない状況だと思います。


で、少し迷ってから、もうひとつ、こんなのを打った。


@…… Twitterも難しさを改めて実感しました。他にも思うことは多くあるのですが。文字数制限。ブログに書き連ねます。


ということで、超個人的な呟きの前置きを連ねてみる。



自分は確かに理系だったけども、科学者でも、ジャーナリストでも、予知能力者でもない。なんとなく理系を選んだぐらいの、いい加減な奴だ。ただ、3月11日以降、似非科学者やジャーナリストや予知能力者が溢れていた状況を、あまり好ましいとは思っていない。どちらかというとイヤだ。


東日本大震災を、全体としてみると、どうしても焦点がぼけてしまう。それは被害はもちろんのこと、今後のことを考えると、あまりにも大きすぎるからだと感じていた。某大臣が語った「戦後最大の国家的危機に直面している」は文字通り、その通りだと思っている。


だから、福島原発のことだけに焦点を絞った。エネルギー問題。原発に賛成・反対に関しては横に置かせてもらった。本当は、すごく大切な話だとは思うけど、現実に起こってしまった以上、その話を加えると観点がずれるような気がしたからだ。



誤解承知で、簡単にまとめるとこんな感じかな?

この3つが、頭の底にあってのリプライだった。




その後、高濃度の放射能汚染水漏れが公表された。亀裂が一箇所かすら分からない。まだ施設破壊の全容なんて、一般庶民には謎の謎だ。

ここ、西日本(京都)では、TVでのニュースが減った。エジプトの反政府デモ並とまでとはいえないけども、情報量はそれに近くなってきたんじゃないかと感じている。

まじめに恐い。




これ、腰痛紛らわしの文章。でも、痛みからは逃げられない。根源から目を背けるのは難しいのを実感。

ちなみに腰痛と福島原発に因果関係なし。それだけは確実な真実。

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2011-04-01 02:34:50

學天則

テーマ:雑記

「1928年に作られた東洋初のロボット「学天則」を復元したものです。圧縮空気を使ってなめらかに動き、人間の想像力を表現しています。」

今週、水曜日に大阪市立科学館のプラネタリウムに行く予定だった。

諸事情で自分だけパスしてしまったんだけど。
その小冊子、おそらく子ども用に作成されたガイドブックにある「學天則」の説明が上にある文章。もちろん、本物ではなく、実物大のレプリカだ。

カレル・チャペック(その兄かな?)が「ロボット」という造語をつくったのが1921年。
アイザック・アシモフが「われはロボット」を発刊したのが1950年。
「鉄腕アトム」を手塚治虫が連載スタートしたのがその翌年。

「學天則」は、製作した生物学者が「天則に学ぶ」という意味で名前を付けたそう。



アシモフの作品に出てくるロボット三原則はこんな感じ。

第1条:ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。

第2条:ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。

第3条:ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。
(ウィキペディアより抜粋)


「鉄腕アトム」に出てくるロボット法にも似たような記述がある。

・ロボットは人間を幸せにするために生まれたものである。
・ロボットは人間につくすために生まれてきたものである。
・ロボットは人を傷つけたり、殺したりしてはならない。

http://www.asahi.com/ad/clients/atom/world_robotlaw.html  より抜粋)


本物の「學天則」はドイツに売られて行方不明……おそらく廃棄になったらしい。

アシモフの作品は短編集で、ロボットシリーズなので粗筋をまとめるのは無理だけど、誤読承知で簡単にまとめてしまうと、三原則と人間が、機械と心の絡みがメインになっている。

「鉄腕アトム」の世界観もそれに近い。

アニメ「鉄腕アトム」の最終回は、調べれば出てくると思う。「たったひとつの冴えたやりかた」(ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア)と似ているといえば、似てる。


個人的にはマンガ「鉄腕アトム」で読んだ「アトムの最後」(?)が印象に残っている。「鉄腕アトム」その後の話って感じだけど、いわゆる番外編。

アトムは博物館みたいなところに置かれていて、ちょうど「猿の惑星」みたいに、ロボットが支配する世界になり、人間は道具になっていた……という設定。タイトルとは裏腹にアトムは脇役だ。それに、手塚治虫の一部作品にあるように結末は救いようのない箇所に落ちる。


たしか、手塚治虫漫画全集で読んだのかな?

何冊出てるの?っていう黒っぽいやつね。



「學天則」から始まって、なんとなく「鉄腕アトム」番外編を思い出していたのが昨日。

ロボットが、あれのメタファー?

そうかもしれない。

アトムの妹の名前が、あれだもんな。



アトムの妹。頼むから、祈るから、お願いだから、もう、おとなしくしててよ。

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