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2005-08-31 14:53:09

「Marquee Moon」 Television

テーマ:音楽
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2005-08-26 11:56:39

自分らしい「ふつう」

テーマ:雑記
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2005-08-25 12:49:01

台風

テーマ:雑記

台風だ。

台風といえば、やっぱりこれでしょ。
今日、この映画を観てる人、日本に10人はいてると思う。

ジェネオン エンタテインメント
台風クラブ


工藤夕貴。さりげに好みだったりする。代表作といえばやっぱりこれでしょ。

ビクターエンタテインメント
ミステリー・トレイン


これは映画館で観た。
Joe StrummerとScreamin' Jay Hawkinsが出てる。今観ると元気な姿それだけで涙が出てくる。


話を元に・・・。


台風。

むかし20代前半。えらく煮詰まってた頃。台風がきて梅田にある今はもうつぶれてしまったファストフード店の2階で過ぎ去っていくのをひとり、ガラス窓越しに見ていた記憶がある。店内には有線放送で流行の曲がながれていた。どんな曲だったかはぜんぜんおぼえてない。そんなメロディを聞きながしながら何冊かの本をテーブルのうえに積み重ね、始発の時間までねばってた。


気圧のせいかな?

月の引力よりも低い気圧の方が細胞がざわめくよ。

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2005-08-24 11:55:01

自分の核(コア)に近付く  <原風景> 

テーマ:雑記

はじめてのTB。mayumiさんのとこ。「私の核(コア)に近付く」。
http://ameblo.jp/skylark-hill/entry-10001374616.html
こんな文章からはじまってる。


人の行動の出発点、あるいは動機のようなもの。それってなに? と、考え込んでいた時期があった。私の答は「恐れ」と「怒り」。そこから出発していることの、なんと多いことか。


ちくりとこめかみあたりを刺された。この小さな痛みが消えないあいだに残しておこうと思う。よくあるんだ。忘れてしまうことが。ヒトって忘却の生き物だから。自分に痛くないことはすぐ忘れる。だから、忘れないうちに言葉として残しておこ。そう思う。まとめるつもりはない。考えをまとめるつもりはさらさらない。ここにあるのは断片。断片が浮かんでる。ただ、それだけ。


これは同調ではない。mayumiさんの文章に同感したから綴ってるんじゃない。誰か他のヒトの意見に対しては、うなずいたり、首を横にふったり、そんなものが混在してるのがふつう。すべて賛成、すべて反対、そんなことはヘン。白や黒よりも、その間のグレーが自然。自分の意見さえ満足に理解できないのに他のヒトのことを分かることがおかしい。


自分の核(コア)。


おそらく、その表面はそんなに単純じゃないだろうな。きっと、もう私利私欲でぐちゃぐちゃ。イヤな部分がかなり露骨にでてるだろうな。その中心にあるものなんて見たくないっていうのが本音。半分、本音。あとの半分は見たくないってものが見たいっていうアンビバレント。


「恐れ」はともかく、「怒り」はマイナスのパワーだと思ってる。指向がプラスであろうとマイナスであろうと「怒り」から生まれる行動は基本的に否定してる。この思考性はいつからか知らないけれど、自分のなかで重要な規範のひとつとなってる。


「恐れ」は生きていく以上、仕方のない感情だ。自分を守るための必然。守る?それは生き残るための手段だといえるかもしれない。少し乱暴な物言いだけれど、宗教だって死への「恐れ」から発生した一面もあるだろうし。今、この世界をつくる部分も「恐れ」を打ち消すために成立したことが多くあるはずだ。


ただ、ひとつだけ怖い「恐れ」がある。それは自己否定。自分を否定してしまう「恐れ」だ。自分がかわいい。最終的にはそれがこの世に自分を生きながらえてる感情なんだろうし、もし、それがなければ破滅に向かうしかない。


そして・・・NY9.11。国家に恐れや怒りがあるのかどうかわからないけど、個人のレベルでは、そんな場所に立っている人が沢山いることを知った。ある意味、人を生きていかせるエネルギー。恐れや怒りを動機とすること。それをとことん意識した時、私の中に別のなにかが生まれた。そのもっと深い所に、澄んだ美しい涸れることのない泉のような、そんな場所があるはず。そんな仮説が生まれ・・・。確信。今私は、それを少しも疑わない。


再び、自分の核(コア)。


この言葉を見たとき、真っ先に連想したのは「原風景」。それはmayumiさんの言う「澄んだ美しい涸れることのない泉」と限りなく近い意味なんだと思う。


「原風景」。みんなそれぞれの「原風景」があるんだろうと思う。それは言葉であったり、音楽であったり、感触であったり、匂いであったり、風景であったり。五感をフルにつかった、いや、それ以外の感覚までつかった印画紙みたいなものだろうか。


自分の「原風景」。何だろう。きっと。たぶんそのままの風景かな。京都、東山の蹴上あたりの風景。昔、そう、まだ路面電車が走ってた頃の風景。


東山動物園や蹴上発電所のとなり。三条通の真ん中に路面電車の蹴上駅があった。駅といってもほとんど中央分離帯に毛が生えたような大きさ。で、道をわたってレンガのトンネル(ねじりまんぽ)をくぐる。右手に見えるのはインクラインの終点。さびたレールと敷石。坂道になっていて、そのてっぺんまで歩いていく・・・。


このあたりの風景だな。おそらく幼い頃の記憶。完全に刷り込まれた風景。なぜ、それほどまでに残ってるのかっていう理由はおいておくとして、未だにここに立つと身体が緊張し、ふるえる。近づいただけで、ざわざわとするんだ、身体の細胞が。


表現すればいい。アートに昇華させればいい。「写真」でも、「言葉」でも、「音楽」でも、どんな形ででも。料理ひとつ作るにしても、その清冽さを表せたらすごいことだよ。けれど、怖がってしまう自分。今までの私。でも、だんだんわかってきた。手放していい、ということ。その先に、道は必ず続いているということ。


表現することは苦しい。とてつもなく苦しい。そう思う。


歌いたいなら、まずは自分の声を獲得しなければならない。でなければ、自分を表現することはできない。自分の声を獲得するためには裸の自分と、むき出しの世界と、向き合わなければいけない。カラオケで歌うのとは似て非なるもの。


救済のための文学、救済のための音楽、そんなものがあるとしよう。たとえ、そんなものがあったとしてもそれを創った者は救済されない。創った者自身はさらに深みに入り込んでいく。表現とはそういうものだ。


そんなふうに思ってる。


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頭のなかのBGM。YMOではこれがいちばん。これを打ってる間、頭のなかを7曲目「灰色の段階(GRADATED GRAY)」がリピートしてた。

Yellow Magic Orchestra
Technodelic
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抜粋部分は色のところ。勝手に改行とか変えてしまった。ごめんなさい。
>>>>>>>
この間、蹴上にいく予定があったんだけどダメになってしまった。レンガのトンネル(ねじりまんぽ)の写真でも・・・って思っていたのだけどね。
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そんなふうに思ってる・・・・けど、現在身体中に負のパワーが巣くってる。この感じ、少しイヤだな。どうにかふっきりたいと思うのだけど。。。。
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2005-08-23 18:45:23

「チューリップガーデンを夢みて」 新井千裕

テーマ:文学

どの作品でもよかったのだけれど、とりあえずこれにしておこ。


どうせ、どれを挙げても知らない人の方が圧倒的に多数派だろうし。


86年「復活祭のためのレクイエム」で第29回群像新人文学賞を受賞。これがデビュー作。
この新人賞をとった人の並びでいくと時系列順で、村上龍、村上春樹、笙野頼子、伊井直行と多和田葉子、阿部和重の間。


手元にある本はこんな感じ。で、これはイコール著作リスト。


「忘れ蝶のメモリー」(単行本、講談社、90年)
「ミドリガメ症候群」(単行本、扶桑社、90年)
「復活祭のためのレクイエム」(講談社文庫、90年)
「天国の水族館」(単行本、PHP研究所、91年)
「チューリップ・ガーデンを夢みて」(単行本、朝日新聞社、91年)
「100万分の1の結婚」(単行本、PHP研究所、92年)
「ソーダ水の殺人者」(単行本、光文社、92年)
「逆さ馬のメリーゴーラウンド」(単行本、中央公論社、97年)
「恋するスターダスト」(単行本、講談社、05年)


年代を記したのは90年から92年にかけて一気に出て、その後、しばらく音沙汰がなかったことを言いたかっただけ。97年の「逆さ馬のメリーゴーラウンド」で作家活動からは完全に遠ざかったかと思ってただけに今年出た新作は驚きだった。


はじめに読んだのは「ミドリガメ症候群」。


どこが琴線にひっかかったのか?


当時、華美な言葉やきれいな文章ってやつに嫌気というか疑問を感じてた。それはおそらく、もっと簡単な言葉で世界を表現できないのかなって単純な思いと、いわゆる「美しい」とされる「ふつう」の言葉は使いたくないという天の邪鬼からきてる。喩えれば、ありふれた耳障りのよいポップスよりも、XTCみたいなひねくれたポップスの方が心地よいし、なによりも自分らしいなって。そんな感じの時期だったんで、新井千裕の作品に出て来る言葉遊び的な部分や少しずれたシチュエーションに「いい感じ」という思いを抱いたのだと思う。それは・・・それっていうのは「ふつう」の言葉を使いたくないっていう部分・・・毎日を過ごしてるなかで基盤のひとつにしっかりと組み込まれてると実感する。今でもそう。この文章をたれ流してるときでもね。


自分らしい「ふつう」を。
それをいつも思ってる。


で、新作がこれ。


新井 千裕
恋するスターダスト

>>>>>>>
群像新人文学賞。W村上を別とすれば、地味といえば地味だよね。まあ逆にいえば渋いメンツともいえるかもしれないけれど。受賞作のなかで読んだことのあるのはW村上と「極楽」(笙野頼子)、「草のかんむり」(伊井直行)、「アメリカの夜」(阿部和重)ぐらい。あと受賞作は読んでないけど多和田葉子は好きだな。あの言葉遣いは希有な存在だと思う。

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