江戸老人のブログ

この国がいかに素晴らしいか、江戸から語ります。


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(152)日本の雇用制度

 

 外国の友人から「日本は終身雇用だそうだけど、どういう雇用契約を結ぶの?」とでも、もし質問されたら困惑するだろう。仮に入社時に「終身雇用契約を締結して欲しい!」といえば、内定取り消しだろう。つまり日本はそのあたりは「見えざる原則」で動いている。

 この風潮は江戸時代から始まった。江戸時代の商人は、まるで「スゴロク」のように ①丁稚→、②手代→ ③番頭、→④大番頭、→⑤宿這入り(やどはいり:ここから店の外に住む)→⑥暖簾分け(のれんわけ)、と順番にあがっていき、最後は「暖簾わけ」つまり独立でアガリである。では「暖簾分け」とはどういうものだったか?
 
 簡単にいうと、退職金の代わりに店主が出資し、系列チェーン店の店主となり今まで働いていた店、つまり「本店」から仕入れをする。そして商売をしながら出資金を徐々に返済していく。すべてを返済すれば「完全独立」となる。これは商家のケースだが、職人の場合はどうか。
◎職人の場合の暖簾分け

 今風に言うと親工場の下請けとなり、仕事を回して貰いながら、新規顧客を開拓して独立する。ともに江戸時代からのシステムで、雇用主からすると古い従業員を独立させ、小僧を入れ、人事停滞を防ぐ必要があった。そうでないと、使用人が偉いのばかりとなり人件費がかさむ。
 

 小僧としても、今は無給でも ①衣食住に困らず、②真面目にやっていれば下請けの小企業主になれ、③後は腕次第となる。だから希望があることになる。すると①仕事に積極性が生まれ②定着率を高める結果となる。このシステムは今も形態は変わっても、本質は変わっていないと筆者は考える。

 これは今風の言葉では「正規雇用」の場合で、「渡り職人」は、いっときの給料はいいが絶対に出世しない。料理人でも「渡り板前」は、あくまで臨時で店を任されることはない。「仕事を転々とし・・・」といわれると悪い意味となるが、現代の新聞報道などでもこの傾向が残っている。「渡り」も心得ており、集団で「仕事をくれ」などということなど、想像もできないし、絶対にあり得ない。
 

 繰り返すがこのシステムは明治維新の「西欧資本主義の導入」からでなく、江戸時代から「日本の伝統だ。伝統文化は簡単には変わらない。

 戦後復興を果たしたのは、こういう人たちだ。丸焼けとなり裸一貫になっても驚かない。独りで何もかもできたからだ。たとえば製本業だと「他の事は何も知りませんがねえ、『製本』なら武芸百般、知らねえことはないです。『革すき、とノリ刷毛と、ノリ盆』がありゃそれで十分でさ」といい、道具があればいつでも再出発
する。だから戦後の廃墟から日本は再興した。整理してみると次のようになる。
      ↓
 ①いくら優秀な機械も、 機械は手仕事を能率化しただけだ。②だから戦後、廃墟の中の掘っ立て小屋で、自分の技術で仕事を再開した。③しかも、営業感覚を身につけているから新規顧客も開拓していった。④このような零細企業が30年足らずで大工場になっても何の不思議もない。
 という筋書きとなり、戦後復興は奇跡でも何でもなく、当然だったと納得できる。

職場は神聖だった

 ある程度の工場規模を例に話を進める。無駄口をきくものはいない。床はピカピカに磨かれしめ縄をはり、工場というより「精神修養道場」のごとき雰囲気だ。仕事は「純・経済行為」ではなく「一種の精神行為」なのであります。
 神棚がある会社など珍しくない。月一回、社長以下が、一緒に稲荷神社に参り、その後皆で同じ折り詰め弁当を食べる。すなわち一種の「聖餐式」を行う所も少なくない。

大企業も同じ

 日本では、売上一兆五千億円を超える大企業が、最も能率的な機能集団であると同時に、最も強固な運命共同体であったりする。

 多くの会社は、機能集団(仕事)と運命共同体(生活)の二重構造になっていた。重役の一人に神主がいて、全国の事業所を訪れて祭祀する、なんて話もあった。従業員は会社で仕事し、生活し、ちょっと眠るためといった風に団地の家庭に帰るのだ。

 なぜ日本社会には「希望退職」しかないのか。会社は機能集団(仕事の目的集団)であると同時に共同社会(家族的集団)でもある。だから会社からの追放は、全人格の否定を意味する。江戸風にいえば無宿人となる。人別長からはずされるのとおなじだ。
 また終身雇用では、解雇などあり得ず、「解雇はすべて不当解雇」となる。例外は「臨時雇い・アルバイト」である。

 

 江戸時代の大名行列は、家格によって行列の規模が決められていた。しかしどうも出発のときなど目立つときだけ臨時に「渡り中間(ちゅうげん)・渡り小者」を雇ったらしい。仕事は同じでも、「いつでも解雇できる」。というか一時的に雇う対象で、仲間すなわち家中(かちゅう)のものではない。

 

 反対にいうと臨時雇いは「辞めたい自由を確保」した。しかし人数を見てみるとそれほど多くはない。渡り中間も小者も江戸城への登城など、あちこちの大名家で仕事があったが、どうも一生続ける仕事ではなかったらしい。臨時雇い、アルバイトはいつでも辞められるが、一方、正規雇用で「あいつは会社をくびになった」となると、その人間のすべての人格的否定を意味する。オーバーにいうと社会にいられない。

 追放される場合は、「会社の名誉を汚した」場合だ。例えば破廉恥罪の痴漢で逮捕され、これが新聞に載ったりすると、会社への実害がない個人行為なのに、会社の名誉を汚したとして解雇される。まだ有罪ときまっていないうちから、疑いを受けただけで名誉を汚した」と追放される。
 日本では、「会社の名誉」という言葉はあるが生活の場所、たとえば「団地の名誉」という言葉はない。また痴漢行為で会社から追放されても、団地からは追放されない。「団地の名誉」などというものがないからだ。欧米とはここが違う。

犯罪抑止効果

 日本では名が通った団体に属する事が、犯罪の抑制になりうる。そのかわり会社や組織の不祥事を表に出さない弊害がある。新潟県警・神奈川県警不祥事などがいい例だ。

 日本的社会の中で何かの仕事を完成したいときは、運命共同体の一員となり、そのことで機能集団の一員として認められ、はじめて仕事が進む。自己を犠牲にしても運命共同体の一員となる必要がある。これに反すると「あれはできる男だが、協調性にかける」とされ、「有能なんだけど、あいつはスタンドプレーが多くてね・・・」となる。

 

 臨時雇いはあくまで臨時雇い、いわば他人であるから存在を意識しない。今風にいうと派遣社員とかアルバイトというのだろうが、働く人のほとんどが臨時雇い、これを江戸時代風に言うと供揃え(ともぞろえ)のすべてが「渡り中間・渡り小者」となると、その大名の沽券(こけん)にかかわる重大事となったろう。

 すなわち恥だからあり得ぬ話、公儀に知られるとお家は取り潰しだろう。上に立つ大名は、侍も農民も商人も職人をも気持ちよく働かせて名君とよばれた。現代も名経営者と呼ばれるのは中々大変なのであります。


引用図書:「日本資本主義の精神」山本七平著 光文社刊

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