ノスタルジー

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「ノスタルジー」

ブレードランナー2049を観たのだけど、リドリースコットの世界観は無く、未来像にも違和感が残った。2549年になればこうなっている可能性はあるが、人間には揺り戻しという特性がある。いわゆるノスタルジーだ。

破壊と再生に向かう世界を描く時、ノスタルジー的なシーンを忘れずに入れ込む。そして過去を懐かしみ、今よりもマシだと想いを馳せる。

今より過去の方が良かったかと言われると、長く生きた僕としては、そうは思わない。だが、過去は、辛い事は忘れ、愉しかった事だけが思い出として残る。もしくは辛かったことも、愉しかった思い出にすり替わる。

だから、過去に戻りたいと思う人は多く、そして行き過ぎた社会は過去に意味を見出し、再生が始まる。そういうものだと僕は思っている。そのためか、映画に描くほど文明は進んではいないし、世界は破壊されてはいない。

文明にブレーキがかかった反面、もちろん推し進めたい人間もいる訳で、その間の中で、微妙なバランスを取りながら、世界観は作られていくのだろうけど、少なくとも過去を懐かしむという感性が人間に残っている間は、映画のような未来像は来ないと期待したい。

郡上八幡という街も、進みすぎた文明のアンチテーゼ的な想いが残る街でもある。個人では進化を求めても、街全体では過去を慈しむ想いが残っていれば、街は残される。個人でも、そういう想いの人が増えてきて、過去の農業に注目が当たりだした。

僕は決してノスタルジーでやっている訳ではないのだけど、文明が進みすぎたために失う物の多さをたくさん見てきた。それは環境に留まらず、人の心もそうなのだから、困ったものである。

そうした破壊に直面した時、一度文明をリセットする必要があると、僕は言い続けている。グローバリゼーションよりもローカリゼーションの中に、助け合いやもたれ合いというものがあり、それが心の破壊を食い止めてくれる。

自然回帰といえば分かりやすいが、僕らが生まれてきたのは、この美しい環境があるからこそという当たり前の事実を見直し、無肥料、無農薬、自家採種の農業を、過去の知識から再現し、暮らし方も、現代文明から離れて、過去の文明に取り入れてみた方がいい。

単純に、その方が心地よいのだから。