打響庵

ヨガ・マクロビオティック(世我)を通して、自分発見・自分磨き・人間探求! 宇宙との同化 健康と世界平和をめざします。
「自然な食事、自然なこころと自然な身体のむすび、お伽ばなし」


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    打        響       庵

 打響庵は、今はこころの中にあります。

禅宗のながれをくむ「知行合一 慈悲」のこころのすぐそばのところにあります。

玄米と断食で元気を頂いたので、「コメ」に足を向けて寝られません。

よいことは普及しましょう・・・という新興宗教的思いから玄米の販売を40年続けてきました。

しかし、根はパン好き、そば好き、焼き林檎、寿司、ナンデモ好きな性分で、

拘りの当初3年の後は、徐々にナンデモ食べるベジタリアンになってきました。

ナンデモ食べますが、四つ足の動物の死骸は・・少ないです。


一応日本人なので、遺伝子的には、北方の遊牧騎馬民族と、南方の海洋米作民族の血が混ざっていると思われます。それで、なんでも食べたくなるのでしょう。

ちなみに、父は「騎馬兵隊」でした。学歴がなかったが馬に乗れたので優遇されたようです。

戦争関連の具体的な話をもっと聴いておけばよかったと今おもうが、ひとつふたつの生々しいエピソードが耳に残っています。

それは、いざ戦闘状態になると恐怖感が痲痺してしまうと云うこと。銃弾の飛ぶピューという音が耳の横を通って行ったということなど。

母方が南方系なのか、妹が年を重ねるごとに「ポリネシアン」になってきている。旅行すると現地人にまちがわれるそうだ。


とにかく生命現象は多様性が本分です。全てを受け入れ、全てを吐き出すことがお互いの幸せの継続の絶対条件でしょう。


ところで、庵の由来ですが「あばら小屋」でした。そば屋の屋号に多い理由は、

江戸時代に禅宗の寺の境内に、参拝客のためにつくられたそば屋の体裁があばら小屋だったからだそうだ。その際のそばのだし汁には、生臭いものは使えず、大根の汁で旨みを「だし」たのだそうだ。

打響庵で供するそばのだしには、気分によっていろいろと使います。

トマトスープ味のそばもありです。


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見聞きし体験したことをことばに置き換える作業が哲学の始まりです。

それは「思う」ことでもあるでしょう。

 

物事を感じて、自己に同化させて、全身に廻らせ、脳でことばにします。

 

腸で吸収、血液となって全身を巡る・・・食物、肉体的、物質的栄養は腸皮膚粘膜で処理し、

 

抽象的な「ことば」は脳・大脳新皮質で処理するのでしょう。

 

腸は地球の恵みと同化するところ。

 

大脳のしくみは、星宇宙の仕組みと相似であることがわかってきています。

 

相似ということは、共鳴することでもあります。

 

共鳴とは感じることであり、理解する、思う事の必須条件です。

 

つまり大脳は宇宙を理解し、人間を理解し、自分を理解するための「臓器」なのでした。

 

金儲けの計算にも大脳は便利です。ルールをまもるのも破るのも大脳は得意です。

 

科学技術の進歩によって、星宇宙、人体等の謎が解明されつつありますが、

 

科学では出来ないことが有ります。

 

それは、宇宙の存在理由の客観的証明です。

 

虚の世界や、再現出来ないことは科学では証明不能なのでした。

 

宇宙、生命についての考察は「哲学」のテリトリーです。

 

もともとが証明できないことなのですから、独善的宗教のテリトリーでもありますが、

 

論理的哲学では、大脳をフルにつかって「ことば」をつむぎ、

 

証明できないまでも「なるほど」の気分を味わうことができるのです。

 

人類が社会を構成し人間となり、命の古里「宇宙」を理解するために大脳を発達させました。

 

これは偶然ではないでしょう。必然だと思います。

 

 

哲学は、科学と宗教をむすびます。

 

客観相対性と、主観絶対性の中間にあって、両極の狭間で振動しているのが

 

哲学です。

 

打響庵は哲学そのものです。

 

ヨガも世と我の振動でしたから、哲学です。

 

しかもヨガは頭だけではない全身と宇宙との調和を目指しているのですから

 

理想的な哲学といえます。

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思・・・脳と心臓の知行合一、つまりヨガ・世我です。

人間とは・・・ヒトとして考察するとわかりやすい。

陰静なる脳と、陽動なる肉体・心臓との調和・知行合一の象徴が

「思」でした。

考察するときに使う「ことば」を正しく定義して、哲学しなくては哲学にならない。

正しいことばの定義は

「知行合一」から。

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ヨガのトレーニングというと、どこかスポーツ的な感じがします。

ヨガは、生活法なので、トレーニングというより、

日々の習慣とか、精進とかいう方があっているかも知れません。

ところで、ヨガを実践する際の心構えがあります。

無理しない。

無駄しない。

続ける。

の三つです。


単純なことですが、実際に続けていると、

この三つのことの奥深さを、しみじみ感じられるようになります。

無理しない、ということは、自分のペースに合わせるということです。

無駄しないということは、できることをきちんと実行することです。

ヨガでは人間の潜在能力は無限と考えます。

ただし、無限の定義が、常識とはちょっとずれています。

無限とは「ヒトメグリ」の繰り返しということ。



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矛盾の発生原因は

人間の向上心にある。

より良くしたいという向上心が有るために、

脳力・能力以上のことを欲するために矛盾が生じる。

ちなみに、動物植物には矛盾はないようだ。


ところで、矛盾は無巡と表記するのが正しいと考える。

矛盾の意味は「辻褄が合わない」「道理が通らない」だから、

巡らないという無巡の表現がピッタリだ。
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本日、タイトル変更をしましたのでお知らせ致します。

 世と我のむすび→打響庵


打響庵の日常の挨拶 「ドウカサレマシタカ?」

都会と野生の中間地点・・・田舎
心と身体の中間地点・・・食事
宇宙と地球の中間地点・・・ITネット
その他

に拠点を設置します。

珈琲と思われる飲み物は、タンポポティだったりします。

今後も宜しくお願い致します。
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 ヨガにも流派らしきものが有るようです。流派と云わないまでも~ヨガという言い方が一般に普及しています。料理の世界でも所変われば品変わるで、各地に~料理というのがあります。食材も大きなくくりでは穀物野菜魚介肉など共通ではあっても、具体的な素材は各地各様です。料理人が違えばまた違った味わいになるのも当然のことでしょう。
 
 ヨガの意味は結び・結いでした。それがなぜ健康法だったり、美容体操だったり、瞑想術・呼吸法だったりするのでしょうか?

 結び・結い・ユジ・ユガ・ヨガ・・・のままではいけないのでしょうか?

いけませんね!

 ヨガの結びの意味を「生かす・活かす」には「応用活用」が必要です。

それで百花繚乱の色々なヨガが派生するのでしょう。ひとの数だけヨガがある!とは沖導師のことばでした。
 ところで、ヨガには72の門があるとも云われています。流派が72ということでしょう。その根拠は知りませんが、百人百様でいいと思います。72などとけちる事はないのです。しかし、一定のパターンが有るとも云えます。いくつのパターンに分類するかも各自の自由です。ただし合理的で論理的で有るべきでしょうが。

 むすび世我では大雑把にヨガの門を4つに分類しています。四値論という学説に依っていますが、世界がとりあえず四次元世界と思われることも理由です。その4つとは1食事、2心、3,身体、4総合という具合です。それぞれ食事ヨガ、こころヨガ、身体ヨガ、総合ヨガといっても良いと思います。

 そもそもむすぶという概念は宇宙大の寛容性があります。宇宙は全てが総合、むすばれて存在しているのですから当然と云えば当然でしょう。

むすびという概念を生活の実体験から理解すれば、総合、総合統一、バランス調和などのニュアンスの言葉に派生していきます。陰陽、呼吸、生死、動静・・・男女など対立しながらも補い合っている状態はすべて「むすび」といえます。

 そもそも私がヨガに興味を持って、ヨガらしきことをかじっているのは「ヨガの寛容性」に惚れたからでした。巷氾濫する宗教や学問的哲学、良き教え、科学的知識などヨガの寛容性、可能性、応用力、底知れぬ神秘性に比べたらまことに狭量で窮屈なものです。
 それぞれの分野のスペシャリストはいますが、それらを総合する分野があるべきです。それがヨガ=世我と云えばいいのでしょう。

 72でも100億でもいいですが、それらの目指すところは結局は「健全な人間と世界」の実現ではないでしょうか。つまり平和の実現です。平和は勝ち取るものという哲学者がいます。世界には常に争いがあって、それが平定されている状態をpeaceピース平和ということなのでした。
そうだとして、闘い、勝ち取るの「戦争によって」というふうに短絡して考えるのはなんとも浅はかとしかいえません。必ずしも闘いは戦争に限りません。戦争というのは国同士の武力による争い、殺しあいです。百人百様の闘い、葛藤があって当然です。ヨガの哲学こそその解決の多様性を示唆しているのです。

食事ヨガが100点で、心、身体ヨガがともに0点で良い訳がありません。身体ヨガが90点であとは5点づつというのも寂しい限りです。ヨガはバランスでもありますから、それぞれほどほどに及第点が干し芋のです。それぞれ3割づつクリアできれば良いのではとも思います。野球の打率3割はトップランクです。

総合的と、云うのは簡単です。しかしまとまらなければ混沌、無秩序というウラがあります。
ヨガの先達はそのことをよくよく承知で、ヨガの訓練の基本に「緊張・弛緩」をすえたのでしょう。
つねに無巡を意識してその無巡を意識的に克服する訓練の門がヨガであると、定義したいものです。

 
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幼少期には食が細かった。

夏休みに毎年熱海郊外山沿いの叔母の家に遊びに行った。

そのときはご飯が美味しく食が進んだ。

そこは現在のやまね工房。


20代に丹那トンネルを通過中、訳もなく涙がながれてしばらく止まらなかったことを体験した。


その後三島のヨガ道場で人生の目標を得た。

北海道とオーストラリアが気になりだした。


北海道に移住した矢先、出会った知人がオーストラリアの学校の先生になった。


あれから四〇年


白髪の増えた頭をちょんまげにした。

つむじが三つあり、床屋が苦手なのだ。


皮肉にも友人に床屋がふたりいる。

最近は、ロシアとオーストラリアの両方に挟まれつつある。

 

人生120年、折り返して後半・・・出来たあぐらがヒザ痛であれれ。


年相応に身体が変化する現実を味わっている今日この頃。
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