2010-08-31
だから僕は壺でも売ろうかと思う
テーマ:後ろむき歩きな日常
今日、会社で水とコーヒーを交互に飲んでいた時のこと。
僕は、紙コップで飲んでいたこともあって、
飲んだ後のコップを洗わず、次の飲み物を入れていた。
当然、水を入れるときには、
少しのコーヒーが混ざり、
コーヒーを入れるときは、
少しの水が混ざることになった。
僕はふと思った。
僕が今から飲むものは、
水なのか、コーヒーなのか、
一体どちらなのだろう、と。
たとえば、
「少量のコーヒーが残ったコップ」に入れた水。
それは、純粋な水、とは言い切れないだろう。
「コーヒー風味の水」とも言えるし、
「めちゃくちゃ薄いコーヒー」とも言える。
逆に、
「少量の水が残ったコップ」に入れたコーヒー。
これは、
「ちょっと薄いコーヒー」とも言えるし、
「強烈なコーヒー風味の水」とも言える。
なんて考えだすと、
もうどっちだか分らない。
まてよ、
どっちだか分らないということは、
水とコーヒーの境界線というのは、
かくも曖昧なものなのか。
気づけば僕は、普段から、
水だと信じてコーヒーを飲んでいるかもしれないし、
コーヒーだと信じて水を飲んでいるかもしれない。
そういえば、
コーヒーっていうのは、
どの瞬間からコーヒーなんだろう。
水何ccに対して、
豆を何粒挽いた瞬間からだ?
仮にその境界線が決まっていたとして、
その寸前の液体は、コーヒーにもなりきれない、
かといって水でもない、
一体何なんだ?
そう考えたら、
世の中の物事の境界線というのは、
万事これと同じぐらいフワフワしているんじゃないか。
例えば僕の人差し指と中指。
両方の指の間にある退化した水かきみたいな皮膚は、
どこまでが何指なんだろう。
分からない。
正義と悪、なんかも、
境界線が分からないものの典型だな。
誰かが正義と信じる行為を行うことによって、
誰かが不幸になる。
結果、不幸になった人にとって、その行為は
悪になってしまっている。
そんな感じで戦争とかもおこるんだ、きっと。

●
そんなわけで、
コーヒーを飲んでいただけで、
なんだか混乱してしまうような週明け。
と、不思議ちゃんぶったりしながら、
つつがなく業務を遂行しております。
ちなみに上の写真は、
昨日とってきた神戸の夜景です。
きれいだなあ。
でも、この明かりの下、
何人がセックスしてんだろうとか、
考えたらまた混乱してきます。
イエイ!
僕は、紙コップで飲んでいたこともあって、
飲んだ後のコップを洗わず、次の飲み物を入れていた。
当然、水を入れるときには、
少しのコーヒーが混ざり、
コーヒーを入れるときは、
少しの水が混ざることになった。
僕はふと思った。
僕が今から飲むものは、
水なのか、コーヒーなのか、
一体どちらなのだろう、と。
たとえば、
「少量のコーヒーが残ったコップ」に入れた水。
それは、純粋な水、とは言い切れないだろう。
「コーヒー風味の水」とも言えるし、
「めちゃくちゃ薄いコーヒー」とも言える。
逆に、
「少量の水が残ったコップ」に入れたコーヒー。
これは、
「ちょっと薄いコーヒー」とも言えるし、
「強烈なコーヒー風味の水」とも言える。
なんて考えだすと、
もうどっちだか分らない。
まてよ、
どっちだか分らないということは、
水とコーヒーの境界線というのは、
かくも曖昧なものなのか。
気づけば僕は、普段から、
水だと信じてコーヒーを飲んでいるかもしれないし、
コーヒーだと信じて水を飲んでいるかもしれない。
そういえば、
コーヒーっていうのは、
どの瞬間からコーヒーなんだろう。
水何ccに対して、
豆を何粒挽いた瞬間からだ?
仮にその境界線が決まっていたとして、
その寸前の液体は、コーヒーにもなりきれない、
かといって水でもない、
一体何なんだ?
そう考えたら、
世の中の物事の境界線というのは、
万事これと同じぐらいフワフワしているんじゃないか。
例えば僕の人差し指と中指。
両方の指の間にある退化した水かきみたいな皮膚は、
どこまでが何指なんだろう。
分からない。
正義と悪、なんかも、
境界線が分からないものの典型だな。
誰かが正義と信じる行為を行うことによって、
誰かが不幸になる。
結果、不幸になった人にとって、その行為は
悪になってしまっている。
そんな感じで戦争とかもおこるんだ、きっと。

●
そんなわけで、
コーヒーを飲んでいただけで、
なんだか混乱してしまうような週明け。
と、不思議ちゃんぶったりしながら、
つつがなく業務を遂行しております。
ちなみに上の写真は、
昨日とってきた神戸の夜景です。
きれいだなあ。
でも、この明かりの下、
何人がセックスしてんだろうとか、
考えたらまた混乱してきます。
イエイ!


















