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この世を動かす力は希望である。
やがて成長して果実が得られるという希望がなければ
農夫は畑に種をまかない。

/ マルティン.ルター



これまでの話。

【ゲーム開発】ゲームとお金の話 その1 「それはゲームか?」
http://ameblo.jp/yokota6/entry-11129148458.html

【ゲーム開発】ゲームとお金の話 その2 「お金と時間」
http://ameblo.jp/yokota6/entry-11135250229.html

の続きです。



なんか前回「あんまり面白くないなー」と思ったのでそう書いたら意外と「見てるよ!」みたいな反応を各所でもらってしまい、寂しく泣いている子みたいになったのでちょっと自重しようと思う41歳のヨコオです。



前回までは

 「ソーシャルゲームもゲームです」
 「ゲームでお金をかせぐパターンはとても多い」

ってな感じで。
それを踏まえつつ、今日は何故「ソーシャルゲームが嫌われるのか?」を考えてみる実験。

まずはいくつかの仮説。



仮説 「技量が反映されないから嫌いだ」
仮説 「お金で解決するから嫌いだ」

これは全部ソーシャルゲームの部分的な真実ですが、同じように従来のゲームにも含まれる現実でもあります。
技量が全く反映されない(もしくはゲーム性がほとんどない)ゲームはこれまでにもありましたし、お金でゲーム内のモノゴトが解決するゲームも存在しました。そもそもゲームを買うのにお金が必要な訳ですから、無料で万人に平等な体験を供するゲームなどほとんど無かった訳です。

この2点をいくらいじり倒しても正直なところソーシャルゲームを叩く論拠としては弱い、というのが僕の印象です。



では、料金が不透明な点を突いて

仮説 「詐欺のような売り方だから嫌いだ」

はどうでしょうか?つまり「無料で始めたけど事実上高い課金をしないとクリア出来ない」的なゲームです。あの耳障りなキャッチコピーで有名なドリランドがそのタイプです。


課金なしで探偵ドリランド頑張ったことで課金とはどういうことかよくわかった
http://anond.hatelabo.jp/20111227145909

僕がドリランドを無課金でも楽しめた理由と、やめた理由
http://togetter.com/li/237941


「最初は安いと言っておきながら、騙すように後から課金する」というやり方は風俗で有名なタケノコ剥ぎを彷彿とさせますね。

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タケノコ剥ぎ(wikipedia より)
性風俗店で用いられる用語で、ボッタクリ商法のひとつ。タケノコの皮をはがす行為に由来し、初期料金を安く見せかけ、女の子の脱衣や接触行為などのオプション料金を積み上げていった結果、法外な高額の料金になってしまうこと。
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こちらはある程度は同意出来る内容です。不透明な会計はやはり人を不安にさせます。だから嫌われる、というのは一つの答えかな、と思います。

とはいえ、昔のゲームセンターのガンシューなんかは「飲み会終わった後に連コインでワイワイクリアを目指す」というプレイスタイルがよくありました。全面クリアにいくらかかるか不明だという点では、タケノコ剥ぎ的な構造を持っているとも言えます。

ソーシャルゲームをクリアするにはバカみたいに金がかかる、という事も社会の常識になればそれほど問題視されなくなるのかもしれません。



ただ、なんていうんですかね。自分の中の深いところをのぞき見ると、論理的な部分じゃない気もするんですよね。

「(感覚的に)判らないから嫌い」
「嫌いだから嫌い」

こう説明した方がしっくり来る。個人的にもフィーチャーフォン発の「射幸心だけ煽って課金させる釣りゲーやカードゲーム」はあまり好きではありません。これを端的に感じたのは新垣結衣さんが出てるモバゲーのCMです。

(CM)新垣結衣 - モバゲー クリスマス with Mobage まってる。モバゲーと。篇
http://www.youtube.com/watch?v=pDl2KKpEgrA

待ち合わせ(?)で不安そうな顔のガッキー。暇つぶしにやってるスマホのゲームの画面はほとんど見ず、周囲を気にしてばかり……たまに画面を見ても気持ちが入っていない事がよくわかる。

「別にゲームを好きじゃないし、楽しんでないし、本当に暇つぶしのツールとして使う人種」

これを見た時、自分の作ったゲームをこんな風に適当にプレイされたくないな~と思いました。ゲームに限らず、表現に携わる多くの人はそう思うんじゃないでしょうか。

つまり、ライトなゲームにしたり、お金をかけさせる事は自分の中で問題なのではなくて。結果としてできあがったモノが「暇つぶしとして内容を見て貰えない(だから内容はコピーで構わない)」っていうムーブメントが苦手みたいで。

これが自分の中の不快感の根っこにある気がします。



でも、冷静になって考えてみると僕も同じような事をやらかしてるんですね。たとえばテレビ。

僕は一日中パソコンの前に向かって仕事をしているんですが、横で点いているテレビは完全に環境映像になっちゃってるんですね。誰かが一生懸命作った番組やCM、PVなんか全部流し見です。

自分にとっては一所懸命見るに値しない、まさしく暇つぶしな訳です。テレビ放送なんて無くても全然困らない。だけどまああるから流しておくか、程度のモノです。

これって完全にガッキーのCMと同じですよね。
テレビをバカにしてる。



こうした「どうでもいいと思ってるけど消費する人間」はユーザーのピラミッドとしては最下層です。ゲームもピラミッドの裾野が広がった事で、上の方(先鋭化した熱心なユーザー)と下の方(暇つぶしとしてしか考えない人)の幅が広がり、その結果、理解出来ない、理解したくないムーブメントが現れるようになったと。

これが世の中に「ソーシャルゲーム嫌い」が生まれた本質な気がします。



そして、僕としても、まあ、あんまり暇つぶしゲーに本流になられても困る訳です。ただ、そこにあんまり絶対正義があると思っていなくて。

人は自分のやっている事は清く正しく、相手が愚かで間違っていると思いたがります。たとえば、「ソーシャルゲーはつまらなくて、コンシューマーは面白い」とか。しかし、結局のところ「面白さ」や「楽しさ」の定量的な比較なんて出来ないので、どちらが優れているかを立証する事は出来ません。「オレが面白いと思うから面白いんだ」という反証の出来ないような主張は、感想であって定理でもなんでも無いからです。

反証可能性 - Wikipedia http://bit.ly/ypPll2

「面白さ」という基準を用いる限り、自分の正しさを証明したり、何か他のモノを否定したりすることは出来ません。たとえそれが気に入らないゲームだとしても。



じゃあ、自分の気に入らない状況を指をくわえて見てればいいのか?というところですが、ここで、不健全図書が話題になったときにマンガ家の島本和彦氏の名言を思い出してみます。

「いやな本をとりのぞくより-
 ケチケチしねえで
 おもしれえ本をバンバン買ってやるのよ!」(※)

※炎の言霊 島本和彦名言集より
http://www.amazon.co.jp/gp/product/402250840X/ref=as_li_ss_tl?ie=UTF8&tag=bukkoro-22

この考え方が自分には一番しっくりくる。ソーシャルゲームを排除したり否定したりするのではなく、ガッキーが夢中で操作するようなゲーム性の高い製品を作る方向で頑張る。場合によってはソーシャルゲームの特性も取り込んだりする。そうする事で世界は(自分にとって)変わるんじゃないのかなーと。

なんだかキレイ事のようですが、汚いよりイイと思うんですよね。だってほら、小説や映画が高貴なモノだと勘違いしてマンガやゲームを否定したりする老害を僕らはさんざっぱら見てきた訳ですから。ああはなりたくない。



……というなんというかボンヤリ結論になりました今回。

いずれにしてもゲームという大きなくくりの中でここまで否定的な反応が起きたのはユーザーにとっても初めて体験な気がします。産業が成熟した事を喜んでもいいのかもしれないなーとチラッと思ったり思わなかったりシマシタ。

ということで、今日はこのへんで。
次回は。

「正しいお金儲けとは?」

の予定。多分、最後です。


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