認知症サポーターって聞いたことはありますか?

皆さんは認知症サポーターですか?

 

なんと全国で940万人もの方が認知症サポーターだそうです。

日本の生産年齢人口の(15歳以上65歳未満)1割以上に相当します。

 

認知症はいわば、ここはどこ?私は誰?となってしまう状態。

脳の働きが悪くなる結果、認知機能が悪化し、生活がしづらくなります。

2025年には700万人が認知症を患うと予測されています。

65歳以上の5人に1人

 

つまり、ご家族が罹患していなくても、

近所で顔を合わせる高齢者の方の何人かが認知症である暮らしが来るのです

その時、私たちはどうすればいいのでしょう?

 

私の両親は幸いまだ症状は出ていませんが、

暮らしの中で誰かが認知症であるとき、そして来たる親の介護のとき、

どうしたらいいのか、

仕事でも認知症ケアに関わることが少しずつ増えてきたので、

ひと事ではない。勉強しよう!

と認知症サポーター養成講座を受講してきました。

 

そこで分かったこと。

認知症サポーターとは何か特別のことをする人ではなく「である人」。

認知症を正しく理解し、偏見を持たず、

認知症の人や家族に対して暖かく接する応援者だそうです。

 

資格と言うと資格を活かして何かを「する人」と思っていましたが、

認知症サポーターは、心構えがある、応援者(サポーター)である人なんですね。

 

講座では様々な生活の場面でどう対応すべきか考えるユースケースが

いくつか紹介されていました。

 

例えば。

ゴミ出しの日を覚えられなくなったご近所の方に、

今日は不燃ゴミの日ではないのに、何で分別しないですか!と詰問するのではなく、

今日は不燃ゴミの日ではありませんよ。良かったら不燃ゴミの日にお声かけしましょうか?

と優しく声かけをしていました。

 

対応の心得は、3つの「ない」。

驚かせない、急がせない、自尊心を傷つけない、だそうです。

 

ご家族ならともかく、地域の方の場合は外見からは誰が認知症か分かりにくいもの。

認知症の方かどうかに関わらず、多くの人が対応の心得を知って周りの人に接するようになれば、

優しい社会になりそうだな、と思いました。

 

そして、私が目指している「まちのおや」も子どもの発達の段階を知り暖かく接する人という点で「である人」なのだなと再認識しました。

 

認知症サポーターは厚生労働省の事業として全国で養成され、

今では各自治体で年数回開催されているようです。

ちなみに国分寺では90分程度(無料)でした。

 

興味を持たれた方は、お住いの自治体に問い合わせてみてください。

 

 

 

この本を読んだとき、

ブログのタイトルに「あきらめない」という言葉を使うと

なんとも往生際の悪い感じがする、と思いつつ、

仕事も子育ても自分らしく関わりたい、

そのために日々悪戦苦闘する自分が自分らしい、と思ったことを思い出しました。

本書でいうところのbest fit.

 

全ての条件が揃って、夫やシッターさんなど誰かに家事も育児もお任せして仕事に没頭できたとしても、それが自分の心底望んでいることではなかったのです。

 

本書は、オバマ政権時代のヒラリー・クリントン国務長官のもとで、

史上初、女性として政策企画本部長(国務長官に直接報告するエライ役職!)を務めていたアン=マリー・スローター氏が、

「家に戻ると決めた」ところから話がスタートします。

 

プリンストン大学教授の夫、小学4年生と6年生の子どもを残して2年間、

ワシントンに単身赴任し週末に帰宅する生活。

仕事に充実感と達成感を感じつつも、日々の疲労に加えて、

子供の問題行動が激しくなっていったとき、

ワシントンでの生活に終止符をうち、プリンストン大学の教授に戻りました。

 

この時、子どもといられる数年を大事にしたいという自分の気持ちに納得しつつも、

「格下げ」、「ドロップアウト」したかのように周囲に見られ、

また自分自身も心のどこかでそう感じて、

周囲の期待を裏切ったとモヤモヤしたしたそうです。

 

ここで著者が考えたこと。

「仕事か家庭か」は女性だけの悩みなのか。

子どもや配偶者との時間を大切にしたいという思いは根源的な欲求であり、

女性も男性もないのではないか。

ということ。

 

本書の中では男性が子育てのために仕事を調整したり、

スローダウンしたりする様々な例(ゲイカップルを含む)が紹介されてますが、

良くも悪くも子育ては女性の役割と社会で見なされているため、

男性は女性以上に苦労している、と言います。

 

問題は、子育てを女性がやるか男性がやるかではなく、

子育てや介護など誰かのために世話をすることの価値が過小評価されていることではないか。

 

自分や自社の利益を追求し、仕事で成長し、昇進し、成果をあげる。

競争心もケアも人間の根源的な欲求でありながら、

あまりに競争に価値を置きすぎている「競争バイアス」がある、

と著者は言います。

 

もっと「ケア」に価値を置こう。

子育て、介護だけでなく、地域やコミュニティ活動、そして自分自身のケアを含めた広い意味で、人を大事にすることを。

 

仕事と子育てについて感じ方は個人や置かれた環境によって違うと思いますが、

私の感じてきたことをスパッと言語化してくれたように思えました。

 

過去の自分は仕事に忙殺されてしまい、自分自身の体・心、子育てを置き去りにしてしまったことに気づき、セルフケアを軸に、子育てと仕事、地域を近づけながら暮らしていきたいと思うようになりました。

 

私の周囲でも少しずつ介護が生活の一部になっている知人友人がいます。

親が介護が必要になったとき、親の気持ちに寄り添って関わっていきたいとも思います。

 

これらは、best fistを日々模索する自分自身のunfinished businessであることを心に留めて日々生活しようと思いました。

 

 

 

 

 

 

 

皆さんは、朝型ですか?夜型ですか?

 

私は子どもが生まれるまでは、

会社に残ってそのまま仕事を続ける方が中断されずに良いと思い、

夜型で仕事をすることが多かったです。

 

ところが、、、

子どもが生まれるとそうもいきません。

それで、寝かしつけをし、

その後目覚ましをセットして起きるのですが、

苦痛で苦痛で。

(自分の年齢も関係あるのかもしれませんが ^^;)

 

ある時、この睡魔との戦い無駄だ!と悟り、

さっさと諦めて子どもとぐっすり寝て、

早朝に起きるようになりました。

 

すると、

頭スッキリ、やる気アップ。

仕事ははかどるし、

仕事がそれほどなければ本を読んだり、

日の出とともにランニングをしたり。

欲しくて諦めていた自分だけの時間が手に入りました。

しかも、6時間の質のいい睡眠とともに。

 

ここまでは、ありがちな話なので、

それほど驚くことでもないと思いますが、

朝型が良い科学的な理由があるそうです。

それは「意志力」に関係する、という本を読みました。

 

意志力とは、こうしようと自分を律する力。

子どもを起こして保育園や学校に向かわせ、

イライラを抑え、

満員電車で押し出されないように頑張り、

仕事をきちんとする。

迎えまでにここまで仕事を終わらせるゾと頑張り、

飲み会に行きたい衝動を抑え(エッ私だけ?)

などなど。

形は違えど人は一日中、何らかの形で意志力を使っています。

 

ポイントは、人間の意志力には限界がある、ということです。

体力と同じで、使いすぎると疲弊してしまうのです。

 

朝型が良い理由は、意志力の在庫がたっぷりある時間だから

特に、新しいアイデアを考える、

まとまった時間で何かをやり通す、

運動や瞑想など、

よしヤルゾという意志力が必要なことは、

朝がオススメだそうです。

 

そして、もう一つ朝型のいいことがあります。

それは朝型が習慣化すると

意志力が必要な活動に、もはや意志力を使わなくなるので、

意志力の在庫がたくさんある状態で一日を過ごせます。

その結果、イライラもストレスも少ない、

良い一日を過ごせるのです。

 

朝型、オススメです!

 

読んだ本は

「うまくいっている人は朝食前に何をしているのか」

(SBクリエイティブ社)です。

 

では、良い一日を!