中国武術 カンフー 横浜武術院 日本華侘五禽戯倶楽部のblog

中国武術師範 伝統華侘五禽戯伝人 太極拳・気功講師 成澤正治のブログ


テーマ:

寒山寺

 

今年2017年も、真ん中の6月を迎えました。

 

日本国内の報道や関心もまったく持たれていませんが、1972年の「日中共同声明」から45年め、

 

1978年の「日中平和友好条約」の締結から、来年が「40周年」です。

 

つまり民間レベルでは中国大陸との「武術交流」は、このわずか40年の中の歴史でしかなかったという事実なのです。

 

その期間で私の35年間の経験的キャリアからの知ることでは、

 

小学校1年生になった頃、1974~75年にブルース・リーさんの映画「燃えよドラゴン」が大ヒットして、それまでの空手ブームに新たな流れが加わりました。

 

そして、テレビ番組でも「G’メン75」という刑事アクションドラマに「香港カラテシリーズ」という!?今から思えば不思議なタイトルの番組がとても人気がありました。

 

※「中国武術拳種!?香港!? なんで日本のカラテ!?」(笑)

 

その当時はまだ「中国大陸ブーム」は起きておらず、「武術拳種」も含めて「料理」や、文芸なども含めた多くの中華的文化は「香港」「台湾」経由で入って来ました。

 

詠春拳テキスト

 

そのために当時の日本国内の「中国武術系」は大陸のものではなく、香港や台湾系の伝統拳術が短期間で習った日本人研究者の紹介や関連人物の来日などで入ってきていました。

 

私もその流行が始まった1978年頃の当時から非常に関心を持っていて、ビデオで映画などの映像を撮っては、何度も繰り返し見て 自分で勉強し、「外形:外目から見える型」は練習していました。

 

※後に「外形」ではなく「内在意識」「正しい武術基礎」「武術理論」「武術思想」が最も重要なことを理解した「いいきっかけ」でもありました・・

 

1980年代は「日中平和友好条約」締結後に「中国大陸ブーム」が起こり、

 

TVドラマ「西遊記」やサントリーウーロン茶、そのCMで太極拳が扱われて「太極拳人気」が始まり、

 

当時は絶大な人気のあった映画俳優ジャッキー・チェンさんの出演した「カンフー映画」シリーズや元祖香港制作での「少林寺映画シリーズ」が武術・カンフーブームを更に作りあげました。

 

(※ですから、その時代を知る世代の皆さんは「今現在」にリバイバル意識で、またあの熱い武術ブームの再燃に協力をお願いしたいことをよく思います・・)

 

中学生になり、1981年に、初めて本場中国大陸での「中国武術人士」の出演した映画「少林寺」が社会現象になるほどに人気が出て、当時から名の通っていた「台湾系武術拳種」の道場をいくつか見学し、

 

多くの太極拳教室も見て来て、最終的には当時住んでいた東京のサークル教室へ通うことにしました。

 

ひとまずは同じものに関心を持つ皆さんと一緒に居れば、情報も入ってくるし、将来的に何かチャンスがあるだろうと思っていました。

 

1983年に当時所属していた教室の協会が中国北京から高名な武術家の謝志奎老師を招き、その特別講習会に参加し、初級長拳一路、二路、三路を学びました。

 

初めて見た中国武術家の謝老師の気風は堂々としていて、当時はすでに60歳を過ぎていながらも、身動きの素早さや落ち着いたたたずまいに、とても感動しました。

 

老師は14歳で単身で武術に打ち込む日本人の私をとても気に入ってくれました。

 

その後に「当時」に本能的直感で思ったことは「今の日本にいるような、中途半端な日本人指導者に付いても武術の体得や普及は無理だ」という感覚でした。

 

そして「自分がいつかしら、日本人初の正統中国武術人士・指導者になればいい」

 

そう、決意しました。

 

謝老師は短期来日であったので、帰国され、その後に日本武道館地下道場で武術の普及活動をしていた全日本太極拳協会に来日されている杜進老師が指導されていることを知り、訪ねて入門しました。

 

それからの「武術の縁」が力強くなり、

 

1985年に上海初訪問を実現し、杜老師の師爺の伝統中国武術家 徐文忠老師に学び、同時に上海体育学院武術班で武術訓練を受けました。

 

翌年1986年には安徽省武術隊での1か月の短期留学特訓を経て、その後からは単身で既に中国語を駆使し、いつも自在に中国国内を回り、上海、安徽省、湖北省、北京への武術隊/武術学校への留学パターンが出来上がり、

 

上海では「花妙林老師」安徽省では「楊承冰老師」の師匠が待っていてくれて、常に「中国武術の故郷」が自分にはある。

 

それが普通になりました。

 

そして中国大陸、武術協会との交流は32年、武術キャリアが合計で35年経った今でも、その時の流れにも応対して「太極拳」「気功」「武術理論」「養生学」と学びも進化して今日があります。

 

これまでの私の経歴でいえることは、

 

私はしっかりとここまでにずっと続いてきた本場中国武術界、上海武術協会、安徽省武術協会からの直接な大きなバックアップの支持があり、

 

正統「中国武術人士」の初代日本人確立者の一人です。

 

 

日本国内と中国国内の中の武術界をひたすら見続けて、活動し、感じ続けて、これまでの武術修養期間35年だけでなく、10歳の小学4年生からは、武術書籍を探しては購入し研究し続けて行って来ました。

 

その経験が今これから役立つと感じています。

 

その私が小学生時分の頃の感覚のあった中国武術、

 

それが、中学生、高校、大学生となり、社会へ出て、

 

今から21年前に、当時は職業として まったく成り立たなかった「中国武術 教練」の仕事をスポーツクラブで実現させ、

 

コツコツと武術普及を始め、運営組織を横浜武術院として今老若男女の全世代に「武術」「太極拳」「健身気功」

 

そして「文武精神」でもある「武術思想哲学」「中国武術史」「伝統中国医学の養生」を教え広めています。

 

私の憧れは「映画俳優」ではなく、「中国武術人士」であり、その実現を果たしました。

 

 

大会入場式

 

大会開会式

 

 

今この現代日本社会環境を見渡すと、

 

武術活動界のみならず、「何でもあり」になり過ぎてしまった世界観を見ながら、

 

「これから先」を想うに、「思考的、技法的、に何でもありでの中国武術系項目」

 

は、その内容が不完全であれば、当然に行われていく武術活動を行っているものでは、確実性からは遠ざかる必定を日々感じている時期になっている実感がします。

 

 

正しく「中国武術文化」を日本に定着させるためにも、

 

「武術精神」「武術技能」「北東アジアの歴史認識」「思想哲学」「養生」そして「体育運動・スポーツ」

 

を私達はすべて統括して、確実な武術活動を正しく行っていきます。

 

今年の夏は、これから、しっかりと将来に向けた発展のために頑張ります。

 

孫中山故居記念館6

 

 

AD
いいね!した人  |  リブログ(0)

NARUさんの読者になろう

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります

AD

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。