至福体験 その後。

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ちょっとブログの間隔があいてしまいました。

みなさま こんにちは。

いつの間にかすっかり春めいてまいりました。

 

木蓮のお花が咲き

木々のつぼみも膨らんで

花開く時をじっと待っています。

 

自然って本当に偉大だなあと思います。

何が起ころうとまったく動じず

ただただ起こるべき事を起こらせる

 

あ。これってわたしたちの本性そのものですね。

 

先日かなり長い至福体験をして

いろんな気づきがありました。

 

二日目の朝目が覚めたときに

わたしの意識は元の状態にかなり近く戻っていました。

ですがその前の状態とはやはり何かが違っています。

 

久しぶりのクライアントさんがセッションにいらして

その方はいろいろと探求されている方なので

わたしのブログを読んで

 

その状態に自分も至りたい

と思っている

 

とおっしゃいました。

 

 

その脳波の状態になれば

思ったことはすべて即座に現実化するはずだ

 

とその方はおっしゃいました。

 

けれどもわたしは

そんなことは断じてない

と体験から思いましたので

そうお伝えしました。

 

引き寄せの法則というものは存在します。

 

それは同じ周波数のもの同士が同調・共鳴する

 

というラジオニクスの法則で

物理法則です。

 

ですからいつもよい気分でいたなら

そのような気分でいられるような出来事が自分の人生に展開する

 

逆にいつも不安や不満の感情を抱き続けていると

そのような出来事に遭遇しやすくなる

 

というのは事実ですし

それはもう当たり前のようにわたしの人生で体験していることです。

 

ですが

至福体験は

その3次元の周波数を超えちゃったところに同調している時に起こっているので

引き寄せの法則の適用外でしたYO!

 

そもそも何が起ころうと至福なわけですから

 

こういうことが起こってほしい

 

あるいは

 

こういうことは起こってほしくない

 

みたいなのがまるでないので

 

すべてがあるがまま

 

です。

 

いろんなことがただ起こっている

 

ただ至福に満たされてそれを眺めている

 

という感覚でした。

 

わたしは100%その状態になりきらずに

今何が起こっているのか確かめたい

という気持ちを残していたので

 

その状態の中に身をゆだねてしまいたい欲求と戦って

 

(これは眠りに落ちることの気持ちよさの誘惑と戦っている感じとそっくりで

 気合を入れればある程度シャキッとできました。

 ただそうしたくない、なぜならこの状態気持ちがいいから。

 みたいなお布団の中でまどろんでいる寝起きの感覚に似ていました)

 

いろんな検証というか実験をしてみました(笑)

 

その状態といつもの状態の境目を

行ったりきたりしてみて 

意識の変化を観察してみたりとか。

 

あの状態が瞑想中と異なるのは

瞑想中はじっと動かないで目も閉じているわけですから

外界のことは目に入ってこない状態なのに対して

 

普通に生活したままその周波数になっているという部分です。

ですからいろんなものが目に入ってくるわけです。

 

それらのものは今まで多かれ少なかれ

わたしに快や不快の感覚を生んでいました。

好き嫌いといってもいいでしょう。

 

たとえば ここからの眺めって綺麗だな~~

とか

陽射しが気持ちいいな

とか

どっかの若いママが子供を叱り飛ばすその声聞きたくないよ!

みたいなことです。

 

ところがあの状態の時

わたしにはその感覚がまるで感じられませんでした。

 

わたしの自宅が確定申告の書類で散らばっているのを見ても

「嫌だ」と感じませんでした。

 

そこに展開している景色と

自分の周波数が異なっているために

感情が動きませんし どこか

 

なすすべがない

 

と感じるのです。

 

よく映画などで

亡くなった人が愛する人を抱きしめようとして

スルッっとその身体を透過してしまう

みたいな場面がありますが

あれに少し似ていました!!!

 

ただわたしの場合は生きているので(笑)

気合を入れれば落ちている紙を拾うことはできました(笑笑)

 

ただ紙を一枚拾うにもすごくエネルギー使うというのか

結局あの状態の時にはお片づけができませんでした。

 

そもそも片付けようというモチベーション(欲求)が長続きしないため

気がつくと止めています。

 

なすすべがない

ような感覚というのは

「為そう」とするエネルギーの希薄さから来ていました。

 

ですので願望の実現には

欲求の強さが間違いなく必要です!

 

そんなこんなで朝起きてもとの感覚に戻っていた時

わたしはちょっぴりほっとしたのです。

 

そうして小1時間かけて部屋を片付けたのですが

わたしは深い満足感を感じました。

 

望んだことを自分で実現できるって素晴らしい

 

とも感じました。

 

話をずっと戻すと

そのような体験から

 

悟りの状態になれば 望みがことごとく現実化する

 

なんてことはないのだと断言しちゃったわけです。

 

そもそも望みがない状態なわけですから

実現のしようがありません。

 

そうして何の望みもない状態を(つまり望みがすべてかなった状態を目指して

多くの人は引き寄せの法則などを追求しているのだとは思いますが

 

その状態になるために

望みをすべて叶える必要すらありません。

 

あらゆる願いがかなった状態と同じ状態は

あなたのB面(古い?)にすでにあります。

 

わたしたちの人生というのは

洞窟の中を探検しているようなもので

何が起こるかわからないハラハラドキドキ感を味わったり

おもしろさを感じたりできます。

でもやっぱりこれはアトラクションなんですね。

 

なんかもう出口までの道のりがわかっちゃってから

洞窟の中にまた戻ってきて探検を続ける感じがして

ハラハラドキドキ感はもうあまり感じませんし

何が起こっても動じない感覚がそこにはあります。

 

それでもやっぱり楽しいのです!

 

わたしはもうちょっとこれを楽しもう!とそう思います。

そうしてわたしは生来おせっかいにできているので

まだまだ その幻想につかまっちゃって苦しんでいる方々に

 

それは幻想なんだよ。

だから何も怖いことなんかないし

すぐにだって変えたり止めることができるんだよって

お伝えしてゆきたいと思いました。

 

余談ですが

亡くなった肉親などが

家族の元に来てその暮らしぶりを見ることがあるなら

あんなふうに感じるのだと思います。

 

だからたとえばすさんだ暮らしをしているのをみたとしても

断じて「がっかりしたり」とかはないと思います。

 

いろんな気づきがありましたが

だらだら書いているうちに長くなったので

いつかまた続きを書きますね。

 

セドナやラニカイなど特別な場所で

至福の瞑想時間をみなさんとご一緒したいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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