福岡で「親不孝通り」復活 活性化へ住民ら決定


福岡市・天神地区で、かつて浪人生や学生でにぎわった名物通り旧称「親不孝通り」は
非行を助長するなどの理由から「親富孝通り」と改名されていたが
改名とともに客足が遠のいた。

商店主らが慣れ親しんだ名称でにぎわいを取り戻そうと 旧称復活を求め、19日に復活が決まった。


との記事でございます。

経済優先の風潮の象徴のようにも思えますが

「親富孝通り」って(笑)

わざとらしすぎ!!

反発されたり 妙な罪悪感観じて居心地が悪くなって
人足が遠のいたってことはありうると思います。

何度も目にする文字や言葉が人間の潜在意識に与える影響は
想像以上に大きいです。

ですので
「親不孝」という言葉が

親不孝の助長に繋がるのか
親不孝を戒めることに繋がるのか
興味深いことでありますね。

でも子どもというものは
ある年齢に達した際には

親の期待という呪縛から
なんとしても自由になりたい!


と思うのが健全です。

その時に極端な行動に走ることがあったとしても
それは親不孝ではなく

親と自分の人生を不自然に膠着しているコードを
断ち切るための儀式に過ぎないのだと思います。

子供は親の愛情という名のエゴに気づいていて
それでもなお親を愛しているので
そこから自由になりたい気持ちと
自由になることの罪悪感のはざまで苦しみます。

それが極端な言動に現れていることが多いのではないかと思います。

親の期待

それは親自身のコンプレックスや
「こうでなければ幸せになれない」という
独善的な思い込みから生まれていることがほとんどです。

子供の人生は子供だけのものであり

親はその応援団長になるか
幸せを願いながらもただ黙って見守る

以外にないのだと思います。

そのような無条件の愛に触れたなら
子供は決して人生を転落してゆくことなどないと思います。

過干渉な親に足りないものは

自分の子供を信じきること

この一言に尽きると思います。

































































AD