映画エンドのNGシーンが楽しめるように
テーマ:哲学・人生観人生に再版があるならば、
私は改訂したい。
by ジョン・クレア
私は、もうこのままでいいです。
改訂もめんどくさいし、誤字脱字にしてもね~。
むしろ昔のまちがいや行動はそのまんまで眺めるしかないでしょう。
とりあえずの事実の表現を変えたところで、もう自己満足でしかないのですから。
「改訂したくなる」ということ自体、今を認めていないということになるのではないでしょうか
逆に、ジャッキー・チェンのカンフー映画や、ピクサ―のCGアニメなどでは、ラストのスタッフ紹介の時にNGシーンを載せていますよね。
あれくらいの遊び心がある方が楽しいでしょう。
一番重要なことは、まだこれからの白紙のページに載せる内容です。
実は今、サマセット・モームの「人間の絆」を読んでいます。
以前から読もう読もうと思っていたのですが、何故か微妙にタイミングを外してしまい、まだ読んでいませんでした。
それにしても著者の自伝的小説ですから長いです。
でも、案外読み出したら止まりません。(^_^;)
「カロマ―ゾフの兄弟」と同じくネタが満載です。
この世を動かす力は希望である。
やがて成長して果実が得られるという希望がなければ、
農夫は畑に種をまかない。
by M.ルター
ぱっと読んだ時に、すぐに頭に浮かんだのは今の政治です。
もう農夫たちに種をまかせようなんて思ってないように感じます。
むしろ試みていることは、農夫たちに管をまかせることでしょう。
(-.-;)
ビアンション!ビアンション(自作小説中の医者)を呼んでくれ!あいつなら、
私を救ってくれる……。
by バルザック
「自分」というものはホントは無いと思えば、逆に全てが幻と言うか夢とも言えます。
自分が映画を観た時には、その映画は存在する世界になります。
作家にとっては、自分の小説の世界は脳の中にちゃんと存在していますから、ある意味で小説の世界は作家にはリアルな世界とも言えるのではないかと思います。
ただ、とりあえずの現実世界と、小説の世界が混同されてくると問題にはなるでしょう。
ご高齢の方で、寝たきり状態になってくると、昼夜の区別が無くなっていき、夢と現実が混同していく現象が見られます。
私は最近は、このような夜間せん妄のような状況は周囲の人には大変なことですが、ご本人にとっては必ずしも「苦痛」とは言えないんじゃないかとも思っています。
今世の人生を脳内でまとめあげている過程での、整理の途中経過じゃないかという仮説も持っています。
だから、夢と現実がたとえ混同しても、外見上は変わらないという人もいると思うのです。
言いかえれば、もう達観しているというか、悟りの世界に居られる方です。
実は、私はこの仮説を体験してみたく、今を行動しています。
自分の人生という長編映画のエンディングをきれいに決めたい、って思うのであれば、そういうシナリオになるべく、自分が行動すればよいのです。
人間は地位が高くなるほど、
足もとが滑りやすくなる by C.タキトゥス
そりゃあそうです。
高ければ高いほど、例え高所恐怖症でなくても、目がくらくらしたり足がすくむもんです。
ミッション・インポシブル4のトム・クルーズのような人は滅多にはいませんね。

















