※ 追記しました (2010/7/16)


ようこそ!お越しくださいまして、ありがとうございます。


平成22年3月24日にこのブログは誕生しました


それで一般公開に踏み切ったのはは3月31日です。


4月1日というキリのいい日にしないところが、私ならではです。f^_^; 


実はクリニックのホームページやブログは別にありますが、複数のためそれぞれに日記を書くということが、時間的にも大変になってきました。


そのため、各ブログの日記をここに集めて、一つの日記を見ていただくようにした次第です。


このブログもこれから作っていくことになりますが、手作りですからどうなることやら。


(;^_^A


ブログのテーマも、いろいろ設定しましたが、やっぱり哲学的なことを書いてしまうようですね。


趣味についてもいろいろ書いていきたいと思います。(選挙公約みたいですが f^_^; )


これも我ながら数だけは豊富です。

しかしその分だけ、底が浅いのだということは、本人が一番良く知っております。(-.-;)


まあ、ボチボチ始めていきますので、テキトーに覗いて下さればありがたいです。


それにしても、訪問診療美容形成外科の組み合わせってなんか変わっているというか、ユニークな組み合わせと思われるかもしれませんね。


私にとっては、保険診療も自由診療も同じ医療です。ただ、報酬をもらうシステムが違うだけだと解釈しています。

どちらの診療も、卒業してから今まで私が学んできた全てをもって行なっています。


実際、訪問診療では75歳以上の後期高齢者の皆様に、整形外科主体とした保険診療を主に行っています。

一方、美容医療は主に20代~60代の皆様への美容的な施術を保険外診療として行なっています。


一見、水と油のようですが、共通のキーワードがあります。いわゆるアンチエイジングです。

だからこれらの治療は、その方々にとっての余生でのより良い生活が送れるような方向へのアシストであると思っています。


ただ、私個人はアンチエイジングという言葉よりはアクセプタブル・エイジング(詳しくはコチラ )だと考えております。


その辺のところは、「医療全般」のテーマで日記でも書いていく予定です。



このブログ自体は、どちらかというと医療以外のことを主に書こうと思っていますが、美容形成や医療についても書いていきますので、ご覧ください。


他のホームページも、重複はしておりますが、それぞれ個性を出していますので、お気軽にご覧いただけましたら幸いです。m(_ _)m







☆アレルギー対策は大丈夫ですか?


当院も花粉症などアレルギー治療を行っています。ソフトレーザーを使用します。

皮膚炎など局所に照射する事もありますし、首すじの両側にレーザーを当てる場合もあります。


痛くもなく傷も付きません。一回で劇的に効くという方法ではありませんが、現在治療を続けられている方の話でも、「眠くなる薬を飲まなくてもよくなる」という点が長所の一つです。抗アレルギー薬には、眠気などの副作用があります。

このような薬を飲まなくてもよくなるという治療は、少ないと思います。

ご興味がありましたら下記のソフトレーザーのホームページをご覧ください。


さらにソフトレーザーは自律神経失調症の治療にも使用しています。

病院の検査では問題ないと言われていてもずっと続く症状、頭痛、肩こり、めまい、不眠などの症状の緩和に使用しておりますので、お気軽にご相談ください。

 ソフトレーザー



1 アンチエイジングに関するお悩みは
横浜アンチエイジング情報

2 プチ整形のことなら
プチ整形

メスを使用しない、痛くないリフトアップ、たるみ治療なら
テノールでシワ・たるみ解消

3 肌質改善のことなら
肌質改善

4 しわ・たるみのご相談は
しわ・たるみ相談

シミ・クスミ、毛穴などお肌のお悩みは
肌質改善術

5 当院で行っている美容形成外科全般のこと、および横浜FCクリニック形成外科については
横浜FCクリニック形成外科のホームページ

5のブログは2000年7月から続いており、日記も結構なボリュームになりました。
これらの日記は、医療以外のことが大半を占めています。
私にとっては、聖地のような、思い入れの深いブログです。



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2012年02月15日(水) 09時39分38秒

人生いろいろ

テーマ:哲学・人生観
人生は、
片手に幸福の黄金の冠を持ち、
片手には苦痛の鉄の冠を持っている。

人生に愛されたものは、
この二つの冠を同時に渡されるのだ。

by ケー・エレン


私は、そのような別々の冠があるようには思えませんが。

強いて言うなら、冠は一つしかありません。

その一つの冠が、自分の気分やその時の調子で、黄金にも見えれば、まっ黒にも見えるのではないかと。

また「人生」は人を愛するものではないと思います。

人生は、生まれてから自分がやってきたこと、自分の周りで起こったことの全ての総和です。

数学で言う積分です。

そういうもんですから、「人生」は愛してはくれないでしょう。

ただ自分のやってきたことを示すだけです。

そこに冠を見出す人もいれば、冠どころか何も見えない人だっていることでしょう

まあ、色々な見方があるということですね。





女性が鏡に映して自分を見るのは、
自分の姿を見るためでなく、
自分がどんなふうに他人に見られるかを確かめるためだ。

by アンリ・ド・レニエ


これは、別の命題にもなりますね。

「もしもこの世に自分一人しかいないとなった時に、化粧をするのかどうか、どの服を着るのかで迷うかどうか」

という問題です。

やはり、「人から見られている」という意識の存在は大きいでしょう。

物語などに登場する「仙人」ですが、たいてい髪の毛は長くて、ひげも伸ばしっぱなしの状態です。

これも、山の中に独りで暮らしているから、という事が理由の一つではないでしょうか。


これはデイサービスでのことですが、ある女性の高齢者の方が、もう認知症寸前というくらいの状態だったのですが、デイサービスに来られるようになってから、また口紅をつけるようになったのです。

「お化粧をする」ということは、まだ社会とのつながりを意識し始めたということを表していると考えれば、また脳が活性化し始めたと思えるので、良かったと感じました。

まあ、「人に見られている」という意識も過剰でなければ問題ないことですね、過剰でなければ。
2012年02月13日(月) 11時01分56秒

あの世があるかなんて、いつかはわかるよ

テーマ:哲学・人生観
人間は生きることが全部である。

死ねば全てなくなる。

by 坂口安吾


世の中には、数多くの宗教の信者もいますし、無神論者もいます。

また、「あの世」の存在を信じている人もいれば、否定している人もいます。

「魂」の存在を信じている人もいれば、そうでない人もいます。

多くの人がいるわけです。

どちらが正しいかなんて、私にはわかりません。

自分なりの仮説があるだけです。


一方、あの世を信じている人と信じていない人で共通点はないのでしょうか。

それは、「みんな、今生きている」ことです。

その「生きている」ことだけがすべてなのか、他に何かないのか、はそれぞれが回答を死ぬまでに出すことです。

その答えは、自己採点なのです。

いつ、答えが出るか、はお分かりでしょう。

ただ、人に言えないのが残念かも。


一休禅師は歌で、自分の考えを残しました。

「死にはせぬ どこえも行かぬ ここに居る たづねはするな ものは言わぬぞ」

これについては長くなるのでまた後日。





青春ほど死の翳(かげ)を負い、死と背中合せな時期はない。

by 坂口安吾


青春は、年齢的な範疇でいえば、10代~20代前半というところでしょうか。

そういう時期に、おぼろげながらでも「死」について考えることだあります。

でも、まだ漠然としか分かりません。

まあ、病気、事故や天変地異による死を除けば、だいたい年の順というか順序どおりに亡くなります。


江戸時代にいた仙厓和尚は、正月に信者から何かめでたい事を書いてくれと言われ、「祖死、父死、子死、孫死」と書いたそうです。

このエピソードは一休禅師と言われることもあります。

信者が驚いていると、仙厓和尚は「おじいさん、お父さん、子供、孫の順で死んでいくのが、一番悲しみが少ない。この順序が逆であれば悲しみも大きくなるだろう」と説いたそうです。

私は小学校低学年の頃、自分が大きくなるということは父母が先に死ぬことだと気づいた時に、非常に悲しくなった記憶があります。

この悲しみは、人生の前半であればある程、漠然としていてかつ不安も大きいのではないかと思います。

今の私のように、折り返し地点(とりあえずの表現です)も過ぎてしまえば、もうある意味淡々としていますから、この差のことを坂口安吾は言いたかったのではないかと思った次第です。

まあ、いつかは考えないといけないことですから、私はできれば早い方が良いと思っています。
2012年02月10日(金) 09時46分32秒

情熱と聞く耳、観る目

テーマ:哲学・人生観
人生において情熱ほど大切なものはない。

by J・K・ローリング


確かに情熱は必要です。

情熱は、生きる力、立ち上がる力につながりますし、好奇心も近い所にあります。

私はもう一つ必要なものがあると思うのです。

それは「聞く耳を持つこと」です。

情熱はいわば心的ガソリンになります。

そして「聞く耳」は、羅針盤であり、マップであり、今風にいえば口コミです。

ただ、情熱にしても、聞く耳にしても、ほどほどに使い込むことです。

情熱の空回りは、周囲にマイナスの影響を与えますし、聞く耳の空回りは自分にマイナスの影響を与えます。

もうひとつ、できれば「観る目」があれば三種の神器かもしれませんね。




臆病者は本当に死ぬまでに幾度も死ぬが、
勇者は一度しか死を経験しない。

by シェークスピア


これは、罪悪感などの心的「死」のことですね。

たしかに罪悪感を持つことができる人であればそうだと思うのですが、現代はシェークスピアが生きていた頃より、生き方が複雑になっているようです。

罪悪感をまったく持たない人も存在します。

そういう人であれば、反省も後悔もないのです。

精神的な病でそうなのであれば、それなりの治療をしていくことが可能ですが、問題なのは「人格障害」です。

こちらは、いわゆる一般的な社会生活はとりあえず行えるし、そもそも薬がありません。

ただ、周囲の人を振り回しますが、自身にその自覚はありません。

精神科の先生でも、治療と知ってもこれと言って良い物がないという状況なので難渋すると本で書いています。

私ももしも身近にいれば、如何して良いのかその時に考えるしかないと思っています。

シェークスピアの時代から、人間は進歩するというよりは、複雑な心理大系を作ってしまったようです。

2012年02月09日(木) 11時14分17秒

バカとハサミと希望と火は使いよう

テーマ:哲学・人生観
太陽が輝くかぎり、希望もまた輝く。

by シラー

太陽という言葉を聞くと、明るい未来、命、自然、力強さ、情熱など全体的に前向きな、プラス思考的なイメージがあります。

それを承知で言いかえれば、人間は、宇宙がなくならない限り、希望という欲を捨てない生き物だ、とも言えるのではないでしょうか。

つまり、これからを生き抜こうと思う人にとっては、絶対不可欠なアイテム?なんですね。





楽しい顔で食べれば、皿一つでも宴会だ。

by ブルデンチウス


最近は、怒った顔ならすぐに想像できるけど、笑った顔は想像できないね、という範疇の方々が多いように思います。

できれば、「同じ笑った顔は想像できない」という場合でも、その理由が「いつもニコニコしているから、想像する必要がない」という顔を目指したいですね、まあ、周りの人が退いたり居なくなったりしない程度に。
f^_^;





石川や浜の真砂は尽きるとも世に盗人の種は尽きまじ by 石川五右衛門


さすがは稀代の泥棒さんです。

浜の砂でさえも私から見れば非常に多い数だと思うのですが、それよりも泥棒の種は多いというのです。

言いかえれば、どのような世の中になっても、不満を持つ人、悪い事をしようと思う人は多いということですね。

結局は自分が良かれの、自分本位の屁理屈、自分限定の欲から離れることができないということです。




希望とは世界の状態ではなく心の状態である。

希望、
この深く力強い感覚は、
物事がうまくいっているときの喜びや成功が明らかな企業に投資する意欲などとはまったく異なるものだ。

むしろ、
価値があるという理由で働くことのできる能力である。

by ヴァーツラフ・ハヴェル(チェコ大統領)


また、希望が出てきました。

希望は「火」と同じですね。

適度な火であれば、暖を取ることもできて、やかんのお水を沸かすことができ、調理に使用することができますが、ほどほどにしないと今のシーズンでは非常に怖い火災を起こす原因にもなります。

言いかえれば、「適度の火」が希望であり、「業火」が欲と呼ばれているものに相当するのではないでしょうか。

さらに言えば、「自分だけの火」は自分本位の愛欲であり、「自分だけでなく周りの人にも温まってもらいたい、利用してもらいたい火」は、キリスト教で言う愛であり、仏教で言う慈悲という火じゃないかと感じました。


そういえば、お釈迦様はこの世の人たちは、自分の家が火事なのにそれに気づかないでいるようなものだ、と言ったそうですがこれも「火」ネタですね。
2012年02月08日(水) 12時09分13秒

さあ、元気を出して!エゴな私

テーマ:哲学・人生観
さあ、元気を出して。

最悪の事態はまだこれからやってくるんだから。

by フィランダー・ジョンソン


おそらく「最悪の事態」は「死」の事を言っているのでしょうか。

「死」が最悪かどうかは人それぞれでしょうけど、大切なことは「今」が最悪ではないということを認識することでしょうね。





人生を越えた何かがあるとき、人生は美しくなる。

by J.ドルメッソン


「人生を超えた何か」は、なんでしょう。

自分の前にそびえる高い壁のようなことでしょうか。

いずれにしても、ちんたらしていては到底達成できないことか何かでしょう。

子供の頃読んだ、初めてジェット機で音速を超えたという人の話を思い出します。

音速に達しないうちは、エンジンの音も当然聞こえてきますから、音はうるさく、機体もガタガタミシミシ揺れていたそうです。

それが音速を超えたら急に静かになったのです。

当たり前と言ってはそうなのですが、まさに新しい世界に入ったということですね。

その人の感動したという話を考えると、何でもそうだと思うのですが、自分で「もうこれぐらいで十分だろう」「これ以上は無理」という気持ちをどこまで抑制するのか、その引き際って難しいと感じます。

ちょっと無理を承知で頑張ることが、吉と出るのか、凶と出るのか。

でも、そのリスクを超えないと、新しい世界は見えないのです。

ゴルフでも、「ネバー・アップ、ネバー・イン」という言葉があります。

グリーン上で、カップにボールを入れたいのであれば、少なくともカップに届くくらいの力で打たないといけません。

そのかわり、カップを外せば向こう側に行ってしまいます。

大事を取るなら、少し弱く打って手前に止めることです。

でも、そうするなら1打で入れることはあきらめなければいけません。

この選択肢も人生では頻繁に出てくることです。

さあ、どちらにしますか。





幸福の話をこれほどまでに聞かされていなかったら、
人間はもっと幸福だったろう。

by シャルドンヌ


ことほど左様に、人間は隣の芝生が青く、きれいに、立派に見えるのです。

でも、大切なことは、その「幸福」について話を聞かせる第三者に問題があるというのではなく(ホントはあるのですが)、その話を聞いてしまい、それを重要視し、うろたえる自分に問題があると気づくことでしょうね。




もはや愛してくれない人を愛するのは辛いことだ。

けれども、自分から愛していない人に愛されるほうがもっと不愉快だ。

by ジョルジュ・クールトリーヌ


ストーカーまがいの行為など、相手がどんな愛し方をするのかによっても、少しは違うかもしれませんが、原則的に相手が想うことについてこちらがとやかく言う筋合いはないと思います。

会社の上下関係よりも、グーチョキパーの関係の方がバランス取れていいかもしれませんよ。

まあ、いずれにしてもエゴな名言ですね。


今気づきましたが、「エゴ」って「エコ」に濁点が付いています。

その濁点の分だけエコではないのです。

確かに、感情に脳を支配されると、酸素消費が多くなり、脳内の活性酸素が増えますから、エコではありません、という蛇足でした。
2012年02月07日(火) 17時25分20秒

最下位のチームでも希望は持てる

テーマ:哲学・人生観
夫が妻にとって大事なのは、ただ夫が留守の時だけである。

by ドストエフスキー


あとは、退職金をもらう頃と、生命保険でしょうか、なんてことだけにならないようにしたいものですが、結婚も10年、20年、30年と経っていれば、もう大方の関係性は修正しがたいものがあるのではないかと思います。

例えれば、プロ野球のペナントレースで、100試合を終えた頃に、最下位で首位から20ゲーム離れたチームが、優勝に向かって走る気も失せているようなものです。

それでもやることはあります。

それは……





終わり良ければすべて良し。

by シェークスピア

これってシェークスピアの作品からの言葉だったんですね。

勉強になりました。

この言葉を聞いて何故か思い出す言葉があります。

「旅の恥は掻き捨て」です。

途中のプロセスも、自分があとから思い出す時に、懐かしく、心地よくなるためには大切なことだと思うからでしょうか。






結婚の幸福は、まったく運次第ですもの。

お互いに気心がわかっていても、前もって似ていても、
そんなことで幸せが増すというわけのものじゃないわ。

by J.オースティン

ホント、結婚がうまくいくかどうかなんて難しいものじゃないかと思います。

名言のように、「似た者同士」であっても、それが原因でことごとくぶつかるという場合もあるだろうし、互いの気心が分かりやすくうまくいく場合もあるかもしれません。

せめてもの緩衝材は、お互いの思いやりでしょうか。

あとは外から降りかかってくるエピソードにどう波に乗るかでしょうね。

幸福かどうかは別にして、団体で行う縄跳び競技に近いかもしれません。

チームの気持ち、モチベーションが同じレベルであることが大切ですし、誰かが失敗しても、それを一人の責任にはしないことです。

多分「自己責任」という言葉を言い合わない世界の方がうまくいくんじゃないでしょうか。




この人生は、
どんなにつらくとも生きるに値する。

そのためには三つのことが必要だ。

それは、
勇気と、
希望と、
いくらかのお金だ。

by チャーリー・チャップリン



チャップリンは大好きな俳優の一人です。

ちなみに、バスター・キートンも好きです、知らない人がほとんどでしょうけど。

この勇気は、人生の局面で面と向かう勇気と、言いにくい時でも「イエス」「ノー」が言える勇気かもしれませんね。

希望はあんまり具体的でかつ広大なものよりも、羅針盤というか灯台くらいの設定にしておく方が、良いのではないかと思っています。

2012年02月06日(月) 09時38分18秒

CMも時にはためになる

テーマ:哲学・人生観
もし神が女性に男性を支配させたいと考えていたなら、
神はアダムの頭から女性を創ったであろう。

また、
もし神が女性を男性の奴隷にしようと考えていたなら、
アダムの足から女性を作ったであろう。

だが、
神はアダムのわき腹から女性を創り給うた。

by アウグスチヌス


じゃあ、なぜ脇腹なのでしょうね。

勝手解釈ですが、人間の体幹、それも心臓レベルの真横ということで、対等なレベルである事を象徴しているのかと思いました。

それにしても、確かブッダも右わきから生まれたという伝説を持っています。


場所が近いので、偶然かもしれませんが何か共通の発想もあるのかもしれません。

ちなみに、言葉だとさらっと流せますが、ビジュアルにイメージするとかなり凄そうです。

映画ならCGもんですね。f^_^;





私は出来るだけのことをやったのだ。

……あとは神よ、裁きを与えたまえ!
by フォーレ


まさに「人事を尽くして天命を待つ」ですね。

まったく同じじゃん、と言いたくなるくらいです。

どうも、人間は自分がやったことに対して、結果がどうであれそれを受け止めなければいけないのですが、自分独りで全てを受け止めるという態度ではなく、「神」なり「天」なりがそれを判定して、合格であれば「合格である」というお言葉を聞きたいのでしょうね。

認めてほしいというか、褒めてほしいというか、そういう欲が底にあるような気がします。

別に悪いことではありません。

そういう欲があることも受け止めるだけですから。

まあ、やることやったんなら、それくらいのアメはあってもいいかも。





私は決して拒絶しないし、決して反対しない。

忘れてしまうことは時々ある。

by ディスレーリ


ある意味、これは「悟り」ですね。

だから、これは完成された心境ではないでしょうか。

「忘れる」とは、過去を悔まなくてもよくなる一つの解決策です。





きみのためにたとえ世界を失うことがあろうとも、世界のためにきみを失いたくはない。

by バイロン


この「世界」は、日本人であれば「世間」に置き換えた方が分かりやすいかもしれません。

否定はしませんが、そういう気持ちになることも、「その時だけ」かもしれないと思っておくことも、大事ではないでしょうか。

愛欲も諸行無常です。

そりゃあ、そういう気持ちがずっと続くのであれば、それに越したことはないのです。

ただ、ずっと続く人が多いのであれば、この世の中の離婚の数は多くないはずです。

世の中を見ていると、芸能人などではドーンとボルテージが急激に上がるような熱愛タイプの方が、案外早く冷めていくような気がしますね。

むしろ、じわっと持続している方が、続いているような。


それでオジサンは思い出しました。

サントリーウィスキーのCMです。

大原麗子さんの、「少し愛して、長く愛して」です。

これが、究極ですね。


2012年02月04日(土) 09時13分04秒

柳を幽霊と思うのか、樹と思うのか

テーマ:哲学・人生観
人間には幸福よりも不幸のほうが二倍も多い。

by ホメロス


同じことをお釈迦様は「苦」と呼びました。

けれども「苦しい」という意味ではなく、「ドゥッカ」という言葉を中国の発音に変えた言葉が「苦」だったのです。

「ドゥッカ」は「思い通りにはならない」という意味だそうです。

四苦八苦の四苦は「生きること、老いること、病気になること、死ぬこと」は自分の思い通りにはならないということです。

思い通りにはならないということを「不幸」と考えれば、人生は不幸の方が多いのかもしれません。

でも「不幸」と「思い通りにはならないこと」を一緒にせず、別のことだと考えれば、そうではなくなります。

あんまり、人生を幸福と不幸の量的なバランスでは考えたりせず、こだわらない方が良いと思います。

いずれも金融相場と同じで、時期によって変動しますから。





十人十色というからには、
心の数だけ恋の種類があってもいいんじゃないかしら。

by トルストイ


心の数だけありますし、一人の人間でも年齢や相手によって恋の種類は変わると思いますよ。

とすれば、心の数以上に存在することになります。

まあ、数えるだけ時間の無駄というくらいあると思います。




人はおおむね自分で思うほどには幸福でも不幸でもない。

肝心なのは望んだり生きたりすることに飽きないことだ。

by ロマン・ロラン


まるで竹内まりあさんの歌詞のようです。

「人生はあなたが思うほど悪くない」

確かに、望んだり生きたりすることに飽きないことが重要ですが、さらに言えば、

望んだり生きたりすることに苦しまないこと

だと思います。

苦しむのが嫌であれば、

望むことや生きることに対して、自分の好き嫌いをあんまり付けないこと

が肝心と思います。


2012年02月03日(金) 09時46分30秒

「安定」と「平均」の共通点

テーマ:哲学・人生観
ある年齢以後になると友人を選ぶよりは、友人に選ばれる場合の方が多い。

by ジード


人生の折り返し地点を過ぎれば、もう安定しているし、自然に同じような性格、気質の方同士が集まりやすいという意味でしょうか。

どちらが先に声をかけるかは、性格の違いもあるでしょう。

自分の人生が落ち着く方向に向かうことを邪魔しないような人が選ばれやすいというか、自然に集まってるのです。

人間は元来「安定」が好きなのです。

結婚も選ぶときの前提となる条件は、やっぱり生活の安定ですね。

自ら波乱万丈の人生を望む人は、非常に少ないと思います。

人間は、山あり谷ありの人生を通じて、「安定」する方向に修正出きることを望み、努力します。


しかし「安定」も実は「平均」と同じ幻の一種だと気づく目的が最後に控えているように思えてなりません。

まあ、それまでのシナリオにすぎないのです。





貧乏には、楽しいことが沢山あるに違いない。

でなければ、こんなに沢山の人が貧乏であるわけがない
 
by ドン・ヘロルド


これは本当にそう思っているのか、いや「そう思う方が楽だよ」と言ってくれているのかどうかですが、おそらく後者じゃないでしょうか。

とすると、これは方便なんですね。

「いやホントに楽しいよ」という気持ちももちろん入っているのでしょうが、全体的には「好きで貧乏やってんじゃないよ」という人の方が大半だと思います。

そういう人たちから見れば、「お前、本気で言ってんの?」となることでしょう。





「寒い晩だな」「寒い晩です」妻の慰めとは、
まさにかくの如きなり。

by 斎藤緑雨


これは短い会話ですが、カウンセリングの基本が入っていますね。

話した相手に気持ちが伝わっていると感じさせるに、相手の言葉を繰り返すことがあります。

それだけで、同調していますよと知ってもらえます。

また、余計な言葉を付けずに、次の相手の言葉を待つ態度、沈黙することで次の言葉を促すということは、有用です。

ご主人もそれを分かっているから、「慰め」と言っているのですね。

静かな夫婦愛を感じさせてくれますね。






悪い人々にたいする非難や拒絶によって自分を浪費することがないように。

むしろ善き人々の美徳を称えよう。

by エマーソン


以前にも書きましたが、怒りに怒りを持って対応することは、結局自分に良くない方向を向かせてしまいます。

怒りは免疫細胞を減少させますし、脳での酸素消費が増え、脳内の活性酸素を増やします。

その結果、脳細胞を損傷させてしまいますから、ホントに損なんです。

「売り言葉に買い言葉」は商売の中だけにしましょう。

2012年02月02日(木) 10時23分07秒

感性を完成させよう

テーマ:哲学・人生観
何かをうまく語ることは、
何かをうまく描くことと同様に難しくもあり面白いものだ。

線の芸術と色の芸術とがあるように、
言葉の芸術だってそれより劣るものじゃない。

by ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ(画家)



別に(画家)は付けなくてもゴッホなら分かるのではないでしょうか。
(苦笑)

もっと名前の知らない哲学者は一杯出ているというのに。

以前、日本のアニメと例えばディズニーアニメの違いについて読んだことがありますが、そこでは輪郭線について書いてありました。

日本のアニメでは、例えば宮崎アニメでもわかるように輪郭線を描いてあります。

それに対して、ディズニーの白雪姫を見てもわかるように、向こうは輪郭線を黒ではっきりとは描いていません。

どちらが良いとかではなく、表現の違いを思い出した次第です。

ゴッホは、この輪郭線に魅了され、日本の浮世絵を模した絵もたくさん書いています。

ひょっとしたら、日本人受けが良いのは、ゴッホの輪郭線も重視した画風が影響しているのかもしれないと感じます。


「言葉の芸術」、魅力的な言葉ですね。

文学も絵画も鑑賞する場合、どうしても鑑賞する側の経験や知識などの総合的な感性に影響されます。

養老先生が書かれているように、「バカの壁」があります。

その人の感じ方の限界です。

中国の故事に相当するのか、「知音(ちいん)」という言葉があります。

これはある琴の名手が、素晴らしい聞き手が聴いてくれていたからこそ、素晴らしい演奏ができていたという話だそうで、「音を知る」人同士の関係性があるのです。

そして、その素晴らしい観賞者が死んだ時に、名人は琴の弦を切ってもうそれ以降は琴を弾かなかったというエピソードだそうです。

そこから、知音は互いによく心を知り合った友の事を意味するようになりました。

それぐらい深い関係性があるのです。

日本にも江戸時代には「見巧者(みごうしゃ)」と言って、歌舞伎などを鑑賞する時に、素晴らしい感性で評価できるという人のことを指す名称があったと記録されています。

いかなる芸術にしろ演者と観客は、両極性の法則のように、どちらも存在しないと完成されません。

二つで一つなのです。

技を磨くのは演者だけじゃないのです。

観る方もうかうかしてはいられません。

自分を向上させないと、演者の訴えたかったことが分かりません。

まあ、完全に理解することは不可能でも、それに肉薄するような研ぎ澄まされ方が必須なのです。

見る側にも、ちゃんと観るためにはそれなりの覚悟が必要なんですね。




人間的に言えば死にもよいところがある。

老いに決着をつけねばならないからだ。

by ラ・ブリュイエール



個体レベルでいえば、「死にたくない」「老いたくない」という気持ちが出てくることは無理ないかもしれませんが、全体で考えるとやはり必要なことなのだと思います。

池田清彦先生の本に書いてありましたが、「死」は進化論から見ても必要なことなんです。

個体が死んで、新たに生まれるシステムでないと、進化できませんから。

宇宙全体は諸行無常なんです。

そう考えると、「死にたくない」は単なるわがままと分かります。

「死」に対する漠然とした不安を解消するには、ちゃんと向き合うことしかありません、「死」にも、「死への不安」にも。



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