HIKARI.の自由帳

日々を楽しく、明るく照らす生活を心がけています。摂食障害診断を経て、姫依存症および、化学物質過敏症です。


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「痩せ姫」感想まとめです。以前、ツイッターなどでも書いたことを、改めて。だいぶの長文です。執筆者の宝泉薫様とのやりとりも抜粋して記載させていただきます。
 
読了時。頭の中に言葉が噴水のように駆け巡って涙が止まらなかった。どうにかしてまとめたいけど……真っ先に出てきた言葉は、「肯定」。
数日かけて、ゆっくり読んでいました。本当に読むのが楽しくもあり興味深くもありしんどかった。太宰も三島もシャフト作品も好きだし、そういった精神論と摂食障害を結びつけているところにハッとさせられたし、まさにそれな(真顔)ってなる箇所が多くて、嫌にもなりましたし愛おしくも感じました。確かに動物であることを放棄できるのは人間だけかなと納得しました。例えば、自力で生理を止めたり、避妊したりに代表されるようなこと。言うなれば、依存症というのは、進化したが故に生じた歪みみたいなものかな〜?とか。動物にも精神論ってあるのでしょうか?サルくらいならモラルくらいは感じてそうだけど…などとぼんやり思いました。
 
ここで、少しの自分語り。すみませんね、恐縮しますが読んで頂けたら幸いです。私は幼い頃から、いつの間にか、全力で生き抜くために必死でした。いい子、いい生徒、といった周りからの評価に縛られて、上手に生きていなかったのだと思います。かなり、無理をしていたのでしょう。でも、無自覚でした。小学生の時、少しの期間、渡米して以来、ぽっちゃり体型になり、たまにお腹が痛い、頭が痛いと言って休んでいた頃はまだバランスが取れていました。おそらくは。しかし、ずーっと、「細身で色白、病弱、光に透けて消えてしまいそうな女の子」への憧れを抱いていました。そして、「普通の女の子」である自分を卑下してもいました。今思うと、痩せ姫への羨望ですね。
 
そんな中、5年前大学生だった私は両祖父の闘病と死去、自身の過労がきっかけで摂食障害を発症しました。病院やカウンセリング、自分での勉強を通して一度寛解しましたが、一度覚えた蜜の味からは逃れられませんでした。そして病識をきちんと得た上で、依存症と折り合いをつけて生きて行く事を選びました。その頃、自分の身体を徹底的にコントロールする術を身につけた「つもり」でいました。「病気に見られたくない。完璧な身体を手に入れるんだ」と。
 
ところが、極端な痩せ願望もそれほどなく、BMI18.5程度を保つことに必死になっていた私は、思わぬ落とし穴に突き落とされました。過食嘔吐による時間の浪費で卒業のための論文を書けないと自己判断して、心療内科への入院を願い「贅沢な缶詰」をさせて欲しいと両親に頼みました。しかし、検査の結果、心臓が極端に弱っている事が判明したのです。睡眠時心拍が、20台でした。つまりは、3秒に1回しか打たない心臓って訳です。いつ逝ってもおかしくない状況だとわかりました。愕然としました。そして思いました。自己実現のために摂食障害という生きる術をやっと得たのに、それでも上手く生きられないものかと。結局、論文など到底書けずに泣きながら食事を摂る毎日になりました。当時、入院しながらもずっと同じ体重を維持していましたが、ベッドから動けず脂肪だらけの体型にみるみる変わって行ったのが今でもトラウマになっています。
 
それからなかなか安定せず、入退院を繰り返していたのが今年、2016年の1月中旬までです。どんどん痩せ願望が酷くなるばかりで、精神が荒れていました。昨年9月頃などは、まさに「緩慢なる自殺」を図っていました。日中は水分すらまともに摂らず、夕方からの過食、そして嘔吐を繰り返して、最終的に疲れ果ててなんとか眠る毎日でした。毎日毎日、朝、起きてしまうのが怖かった。眠ってそのまま死にたかった。気付いたら、郊外の内科にいました。隣のベッドで30歳19kgの女性が輸血されているような所です。私は何故そんな場所に自分がいるのか訳がわかりませんでした。時間の感覚がめちゃくちゃになり、季節が飛ぶように過ぎていき、とても焦りました。自分の身体をどれだけ呪ったことか。治りたいけど、治ってしまったら、どう生きていけばいいのかわからない!
 
内科退院後、私はある決断をしました。それは、家族と完全に離れること。生まれ育った関東の土地、環境、全てを一回捨てて浜松へ転地療養に行く。3年前からおつきあいしている彼の元へ。提案してくれた彼はまさに命の恩人。ありがとう。それからは大きく体調を崩すことはほぼなく、家事とアルバイトをこなせるまでに回復しました。今は、ある会社で正社員として社会復帰させてもらえるという夢のような話まで進んでいます。
 
今はまだ、過食嘔吐の習慣は少し残っていますが、症状は格段に減っており、毎食適量食べられるし、痩せに固執もしなくなったし、もはや障害とは言えなくなりました。
 
さて、話を戻します。食べすぎを吐き戻す行為というのは、満足感、罪悪感、挫折感が三位一体であると言えます。元来やるなら徹底的にやりたいという想いが強い摂食障害者は、自己欲求を満たせることはなかなかありません。しかも、行為によって得た痩せ体型は「摂食障害者体型」という一般化に他ならず、私はそれが嫌だと思います。一般化などされず、特別な唯一無二の存在でいたかったのです。20キロや30キロ代の痩せ姫たちからすれば太っている、あるいは健康的。一般人から見たら細すぎるという体型を維持し、中庸でいることが私の目標でありましたし、同時に私の「生きづらさ」でもあると、この本を通じて感じました。ちょっと、一般的な摂食障害者とは違う考え方なのかなと思いますが、競争意識としてはマウンティングの一種なのかなとも思っています。我ながら、たちが悪いなあ(苦笑)
 
最終章のYさんの言葉で「わずかな隙間」という表現がありました。私はそこにいたい。前は、過食嘔吐で命を削りながら、いつか訪れる近い死の未来に向かって生きていくのだと思っていました。それは、私の両親からすると悲劇なのかもしれませんが、私にとってはそれが幸せでした。逆に今は私が主人公の世界で生き抜こうと日々楽しく過ごせています。もちろん、常に葛藤はありますので、隙間の中でもちょうどいい場所探しをしている感じなのかなあ、と。今後はいつ死んでも、あの子は幸せに生きたね!って言ってもらえたら、嬉しいなあと思います。最近は、大きな夢ができて、毎日きらめいて、光に満ち溢れた毎日です。
 
このご本に出会えて、背中を優しく後押しされたかのような安堵感に包まれました。本当に、ありがとうございます。感謝の気持ちをいくら表現しようとしても、良い言葉が思いつきません。
 
宝泉薫様より。「わずかな隙間を見つけて生きていくのはやはり大変なことなのだと、しみじみ思います。そこに僕の、痩せ姫への畏敬もあるようなのですが。あと、マウンティングは誰もがやってることで、そんななか、貴方のやり方は攻撃性のない、孤高の、品位のあるものだと感じます。」
 
孤高かつ品位があるとおっしゃっていただけて、本当に嬉しかったです。所詮、個人の言うことですが、今後は自信を持って発信して行きたいという気持ちがあります。
 
金子みすゞがみんな違ってみんないいと詠ったけれども自殺してしまったという一節にとても心が惹かれました。幼少期よく読んでいましたけど、改めて悲劇性の魅力みたいなものは強く感じるところ。
 
その後、感想の追加として、あまり公表できないことを含めて送らせて頂きました。私と彼のことについてだったのですが、大変ご丁寧なお返事をいただきました。
 
『それは「意味のある巡り合わせ」だったのでしょうね。人によっては、そういうものが悪いほうへ悪いほうへと向かうこともあるので、よい巡り合わせに恵まれたのではと感じます。金子みすゞの夫のように、悲劇性には惹かれないタイプの人も世の中には多いことですし。先駆者という表現、光栄で恐縮です。もし僕にそういう要素があるとしたら、先駆者は孤独だと思うので、貴方のような方がいてくださるのは大きな支えです。』
 
建築学科に進み、最後の論文を書こうとしていた時は、食欲中枢に働きかけられる空間位相について考えていました。拒食に過食をもたらすような、過食に拒食をもたらすような空間を作ることができたら、摂食行動異常の衝動を打ち消すことができるのでは?摂食障害者が楽になるのではと。必ず何かしらのパターンがあるなぁと彼女たちの写真を眺める日々でした。でも統計をとるためのアンケートをとれるだけの人脈もないし、人それぞれすぎるかな、、、と呻いているうちに自分の病状が悪化してしまいました。
 
私にとっての、「悲劇」は私にとってなくてはならないもので、今の自分が大好きなので完全に受け入れられているのですが、両親にとってはかなりの負債になっていると感じています。それすらも一種の悲劇なのですが、唯一受け入れづらい悲劇です。まさに痩せ姫本での「母の呪縛」に縛られているところがあります。
 
宝泉薫さんは「本物」。まさにそうだと思います。そして、私も。自分で言うのはおこがましいのはわかっていますが、一方的にとても似たものを感じています。ただ私自身が患っている事を除けばですが……。まあ、今後は患っているとは考えず、そういう生き方だ、その生き方を受容してくれる人と付き合っていこうと思っています。その上で、痩せ姫方との交流がメンタル面で引きずられずにできたら、最高だなぁ。いっそ、女性に生まれなければよかったなぁと思います(笑)
 
私は自分がずっとサイコパスの精神異常者だからそれを隠して擬態してる自分に酔ってたけど、本当は本当の自分をさらけ出せる人がいなくてずっと苦しかったんだ。医者やカウンセラーには言えたけれど、やっぱり異常と言われて肯定されてこなかったから悪循環が起きてたんだ。
 
宝泉薫様より。『ここの「擬態」という表現、唸らされました。身を守る手段でもあるけど、人間がやりすぎると心が壊れてしまいそうで。』
 
私は元々がオタクなんですけど、「普通の人」になりたいという思いがあって、隠せてる〜とか思ってました。でも本当に隠したかったのは自分の異常性で、更に本当はそれを他人に認めて貰いたかったのだと思います。
 
『人との違い=個性だとしたら、個性は何かしら異常性なわけですよね。逆に、異常じゃない個性って存在するのだろうかと。貴方がわたしらしくあるために、役立つことがあれば嬉しいです。痩せ姫本の感想にまず「肯定」と書いてくださったのが、改めて心に響いてます。おっしゃる通り、患ってるかどうかは忘れていいと思いますよ。僕も痩せ姫依存性なわけですが、とりあえず、生活の妨げにはなってないのでよしとしてます。僕の人生には絶対に必要ですし…… なので、貴方とは同じ立場なのだと感じます。「本物」同士の交流、ぜひよろしくお願いします。〜中略〜ところで、「擬態」という言葉に出会い、まさに!と思ったわけです。あらゆる状況でわたしらしくいることは不可能だし、わたしらしくいられる状況を自分で見つけ、作りながらしのいでいくことが生きやすさにつながるのでは。という思いに至りました』
 
擬態というのは自分を一般化して生きやすくする術でもある一方、本当の自分を隠すという生きづらさを生む訳で、後者というのは自分で気づかないもので、しかし苦しさだけは感じていたのだと最近やっと気づきました。
 
私は一時期自助グループに属していたことがあるのですが、「治療」「寛解」「回復」が目的な活動が嫌になってしまい辞めました。今思うと、「理解」「認知」が目的だったらまだ続けていられたかもと思います。わたしらしくいられる場所作りというのは、なかなか難しいものですね。巡り合わせは運ですが、行動しないとそもそも巡り合わないですからね。救いに出会える痩せ姫というのは相当な幸運なのだと思います。
 
摂食障害者は、自身を記号化している節があると思うんですよね。本来は、ひとりひとり抱えている物は千差万別なのに、没個性というか……それが救いでもあり、余計な生きづらさに繋がるのかもしれませんね。
 
宝泉薫様より。「つながる安心と没個性って、表裏一体だと思うんです。一方、ただでさえ少数派なのに、パートナーの支えがあるとはいえ、なるべく独りでつらさと向き合おうとするのはかなりの勇敢さなのではと。DMを拝読しながら、ちょっとうるっとしました。わたしをみて!ってメッセージを発しながら寄り添いあえる人を探しているんでしょうね。」
 
私の主治医は私自身だと自負していますし、それは自身の矜持のなせる技でしょう。私の頭を常に支配している数々の思考たちは、なかなか収束してくれません。断薬してからは、お酒の力を借りてなんとか疲れを癒している訳です。最早、薬と楽しみが合体している状況だとわかっていますが、依存からは抜けたかな。癒される、手段だ。美味しいはしあわせ。
 
とある日の宝泉薫様のツイート。「それにしても、DMでいただいた感想は想像を超えていた。あれに見合うリアクションができるのか、疑わしくも情けなくも感じるが、それよりもああいう感想をいただけるような本を書けたことを今は誇りたい。我ながら楽天的だけど、そうでなければものを創ることはできないし。」
 
感動しました。まさかと思ったけど、私のことだった。
 
過食嘔吐は悪いことだと自分を責めるのはもうやめにしたし、経済的にきつかったり生活が圧迫されないなら立派な生きがいだと思うんです!だって、適度に痩せてて、食べ物が美味しくて、最高に幸せなんだもん。つまりは適度を守れば全然悪いことじゃないんよ。って思います。
 
この本では、体型に固執しがちな摂食障害者の精神を是正しようとしなかったところが評価できました。私は散々医者に、女王をやめろ、特別でいるのを諦めろ、と言われてきたけど、そういった崇高な精神を評価してくれたところがとても良かっだと思います。
 
宝泉薫様より。「普通でいたい人に、世間はあたたかい(ぬるい)分、特別でいたい人には厳しいのかも。医者は人を普通にするのが仕事ですしね。崇高は孤高に通じるので、味方を増やす必要があり、それになれたなら幸いです。」
 
孤高というのは、やはり、孤独であり寂しいものなのだと思います。それを自分で認めるのには、一般的には覚悟が必要だと思うのです。しかし、この本や宝泉薫様のように味方となってくれる存在があると、本当に嬉しく思います。
 
私は、昔から自身で嗅覚、味覚、聴覚など所謂五感を含めて、感覚が他人より秀でているという自覚がありました。自分でも良いと思うし、周辺に評価されて嬉しい!と思うことが多々あったから。でも、それを裏付ける学歴や資格を持っていない。驕りだとも思われたくないし。しかも、それらの裏付けを取ろうとする事は、さらにその上がいることを知ることでもあるので怖い。これは生きづらい。最近、ありがたいことに貴方は魅力的だよって言ってもらえることがチラチラあるようになった。でも、思春期に全くそういうことがなかったのはきつかったんだろうなぁ……って思います。
 
摂食「障害」って言われるから、私は病気なんだ一般的じゃないんだ異常なんだ……って自分を追い込んでしまってた。でもこれは一種の能力なんじゃないかなぁと思ったらすごく楽になった。
 
突然ですが、セックスは高度なコミュニケーションだというのは本当にそう思うんです。食べ物に美味しい不味いがあるのと同じでセックスにも質や満足度があるし、場合によっては手をつなぐだけ、ハグするだけでめっちゃ満足するし。オキシトシンの分泌を感じます。そうそう、セックスを嫌う傾向のある摂食障害者って、もしかしたら質のいいセックスができるだけ、他人に心を開けていないのではないだろうか……などとぼんやり。或いは、開ける相手に出会いたいけど出会えないとか。みなに、幸あれ。
 
自分を悲劇のヒロインにすることで美につながるのでは?みたいな自意識は残念ながら少なからずあるから認めないといけないけど、でもそのパワーだってきちんと糧にしてると思うからいいかなぁって思います。私は痩せ姫への強い憧れとか羨望も抱いているし、痩せへのパワーを原動力にして生きていく姿は崇高で美しいと思う。できれば痩せ姫方とはずっと寄り添っていきたいと一方的に思ってるのは、自分が患ったからなんだけれど、私は改めて「そちら側」には行けないし行かないと思います。
 
先ほどのメッセージと前後していますが、ここで私の言葉を。『宝泉薫さんは私が初めて出会った「先駆者」なのだなと勝手に思っています。』
 
女王や神や天使になりたいわけじゃない。唯一無二になりたい。それはなんなんだ???って考えてたんだけど、それは「わたしになる」ことなんだって気づきました。で、奇しくも、アイドル寺嶋由芙ちゃんの最近の新曲とタイトルが合致してて、あれっ!深い、深いぞゆっふぃー!?って戦慄しました。私の考えていた社会ってすごく遠くで重い物に思えたけど別に生きやすい社会は滅茶苦茶近くにあったしそう大変なものじゃなかったし、ずっと簡単に自分で選べるものだった。
 
「まとも」を考えるにあたって、高学歴の学生として社会復帰しなきゃ、高給取りの社会人にならなきゃって散々自分を追い詰めてたたけど、それは自分を許せてなかったからできなかったことで、妥協点を見つけることでこんなにも毎日がゆるやかに楽しくなるなんて思えなかったんですよね。「妥協」って言葉自体は大嫌いなんですけれど、例えば時間に追われて成果が中途半端になる妥協と、丁寧に精一杯できることをコツコツと積み重ねて自分の持つ能力限界まで何かを作れましたって結果の妥協は全然性質が違うと思うのです。
 
広告代理店のコンペで心身を削る同期、大病をかかえて大手銀行で働く同級生、証券会社の寮の4畳半で炊飯器も置けず生活してた男性とか、塾の新卒採用でご飯が食べられないほどの多忙で辞めた同級生、理系院卒で就活したけど採用先が限られてて病んでしまった同級生、とかが身近にいるからこその私らしくをめっちゃ考えてしまう。某広告代理店勤務で自殺した女の子の件で労災下りた事象については、散々逡巡しました。やっと、世間が気づきを得ましたね。これからどうにか変わっていかないだろうか。私ができることはないか。
 
私、散々医者に「考えすぎ」って言われてたんだけど、考えるのってべつに悪くなくない?ってもう開き直っちゃったら生活まわるようになったのすっごい皮肉ですよね。
 
最近の出会い。約3週間前、大学でお世話になった先生のお友達を紹介して頂きまして、お喋りしました。その場で軽く摂食障害の話をしたのですが、その方は、痩せ姫の生きざまは「たっとい」ね、とおっしゃっていました。尊く、貴い。染み入ります。(先日、記事に引用させていただきました)丁寧に、本来の意味での適当に生活すること。過食衝動が消えたら食べ物への執着も消えてしまうかと思ったけれど、もっと美味しくて満足できる料理を作れる気がしています。
 
さて、私にとってのファッションというのは、昔は嫌いなところを隠すためのカモフラージュが大きかったです。今は、服の力を借りて、私自身の魅力を引き立てるものとして纏っている。そこに自己嫌悪は全くありません。
 
そして、気づきを得ました。私の「痩せ姫愛」と「痩せ姫嫌悪」はひっくるめて「痩せ姫依存症」であるのだと。宝泉薫様はある種の特異点だと思ってたけど、私もそうだったんだ!!ただ、私は今まで引きずられていた訳だから、エフさんのことを益々尊敬します。
 
本日は、これにて。
お読みいただきありがとうございます。
 


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