★こころノート★心の問題(心の悩み・心の傷・心の病)をいろいろな角度から考えるネットカウンセラーのブログ

ネットカウンセリングサービス・ReLife-netを運営するカウンセラーのブログです。このカウンセラーがどういう思いでカウンセリングをしようとしているのか、どんなカウンセリングをしているのか、どういう心理学的な考え方をもっているのかを、自由に語っています。


テーマ:


拝啓

今の気分はどうですか? 

どうしようもない衝動が心を襲うことは最近ないですか?

何か、心のバランスを保つための試みはされていますか?


近年、「人を殺したくなった」という理由で起こる殺人事件が増えています。

2000年に発生した、17歳高校男子による愛知県豊川市主婦殺人事件(愛知体験殺人事件)では、犯人の犯行動機が「人を殺してみたかった」「人を殺す体験がしたかった」でした。

2007年に発生した、高校3年生の男子による、会津若松頭部切断母親殺害事件では、犯人はこう言っています。

「遺体を切断してみたかった。だから殺した。だれでもよかった」

「誰でもいいから殺そうと考えていた」

「戦争やテロが起きないかなと思っていた」

2014年7月には、長崎・佐世保市で、高校1年生の女子生徒が同級生を殺害するという事件が起きました。

逮捕された少女は「人を解剖してみたかった」と供述しており、遺体の腹部には切られた跡が残されていました。

2014年12月には、名古屋大学理学部一年の女子学生が、同市内に住む主婦を手斧で殴り、マフラーで首を絞めて殺害する事件がありました。

犯人の女子学生は、子どもの頃から奇行や動物虐待があり、同級生へ人体実験を行ったり、殺人犯たちへ激しい共感を示したりしていたようです。


ここにあげた殺人事件は、犯人が皆成績優秀な若者になっています。

しかし、知能が高かったのかというと、そうではないでしょう。

知能とは、論理的に考える、計画を立てる、問題解決する、抽象的に考える、考えを把握する、などの能力の総合で、言語機能、学習機能などを使って、自己成長と社会性を身につけていく上で必要な能力です。

上の犯人たちに決定的に欠けているものとは何だったのでしょう?

それが欠けていれば、成績が優秀も劣等も関係ない、(知能検査において)知能が高いも低いも関係ない、人間として、いや、人間か人間ではないかの分かれ目になるかも知れない、その欠けているものとは何でしょう?


上にあげた殺人事件以外に、2000年の佐賀バスジャック事件、2001年に起きた大阪児童殺傷事件、2007年に起きた秋葉原無差別殺傷事件などは、「誰でもいいから殺したい」というものが動機になった殺人事件です。

ここで、彼らが起こした殺人事件について、専門家や評論家の総評的な意見を挙げてみましょう。

≪彼らが起こした無差別殺傷事件は、とてもつもない凶悪犯罪です。

しかし同時に、「誰でもいいから殺したい」の裏に隠れた心は「誰でもいいから愛して欲しかっ た」かも知れません。

人を殺し、自分の人生も終わりにしようとした彼らは、本当は誰かに必要とされたかったのかも知れません。

彼らをただ罪人として責め立てるだけでは、私たちは事件からなにも学べません。

犯罪心理学の問題だけではなく、親子関係、思春期、青年期の心理、そして現代社会が抱えるさまざまな問題について考える必要があります。≫


私はここで、犯罪心理学などを持ち出して、「誰でもいいから殺したかった」殺人事件の分析をしようなどとは思っていません。

心理学や社会学的な分析をだらだらと並べて、それをあなたに伝えたところで、それが何になるというのでしょう!


私があなたに言いたいことはただ1つ、上で挙げた犯人たちは「人間を止めた生き物である」ということです。

そして、私があなたに聞きたいこともただ1つ、上で挙げた犯人たちをあなたはどう思うかということです。


あなたは上の犯人たちに共感しますか?

自分も、きっかけがあれば、彼らと同じような犯罪を犯したかも知れない、あるいはこれから犯すかも知れないと思いますか?

私が質問した言葉に少しひっかかりませんか?

「犯したかも知れない、犯すかも知れない」という言葉・・・どこか、自分ではないものに突き動かされて「犯してしまう」というイメージがないですか?

得体の知れないものに支配されてやるぐらいなら、しっかりした自分の意志で犯罪に走ってみた方がいいかも知れませんね。

それはできないですか?

できないのなら、なぜできないのですか?

自分の意志で犯罪に走ることができないのは、臆病だからですか?

「臆病?」・・・ちょっと違うと思いませんか。


もしかすると、あなたはこう思うかも知れませんね。

「自分の意志で殺人はできない。だけど本能がそうさせてしまうのだ!・・・」

殺人は本能ですか?

一歩譲って本能だとしましょう。

それでは、「人間を殺してはいけない」という思いはどうですか?本能ではないですか?

「それは本能ではなくて、人間社会が規範としてつくったルール(法律)だ」

とあなたは言うかも知れませんね。

本当にそうでしょうか?

原始時代、人間は互いに殺人にいたるまでの争いをしたこともあるでしょう。

社会的規範が確立されていなかったこの時代でも、「人を殺したい」という衝動と、「人を殺すととんでもないことになる」という殺人恐怖は、自然に人間に備わっていた本能(?)ではなかったでしょうか?

人間が独りで生きていける動物なら、相手を殺して自分の利を得ることに何のためらいもなかったのかも知れません。

しかし、人間は独りでは生きていけず、必ず小集団をつくって生き延びます。

その小集団の環境が人間の生そのものであり、その中において、「人を殺すととんでもないことになる」という殺人恐怖が生まれます。

そして、殺人恐怖は「生存の欲求」が形を変えたものと思えば良いでしょう。

殺人欲求が本能だというのなら、この殺人恐怖も本能だと言って良い。

その2つの本能のせめぎ合いが、やがて人間が社会を形成するにつれ、「人は殺してはいけない」というルールになっていったのでしょう。


人間には殺人欲求と殺人恐怖の2つの本能が心でぶつかり合う時があるのです。

殺人欲求が生まれれば、ほとんどの場合、殺人恐怖も心に生じているはずです。

もしかすると、最初に挙げた4つの成績優秀者が起こした殺人事件はそうでないかも知れません。

しかし、佐賀バスジャック事件、大阪児童殺傷事件、秋葉原無差別殺傷事件の犯人には、どこかで殺人恐怖の心理もあったはずです。


あなたはどうでしょう?

「人を殺したい」という衝動に駆られたことが今までに何回かあるでしょう。

そのとき、殺人恐怖的な心を持った感覚はありますか?

よく分からないかも知れませんが、あなたが殺人を犯していないということは、それが無意識のうちにでもあったのだと思います。

殺人欲求(殺人衝動)と殺人恐怖がかろうじてバランスを保ち、あなたを人間の世界に留めているのです。


佐賀バスジャック事件、大阪児童殺傷事件、秋葉原無差別殺傷事件の犯人達は、殺人欲求に殺人恐怖が打ち負かされて人間を止めざるを得なくなった人達です。

彼らはそれを「社会への犯行」だと勘違いしているのです。


生存の欲求でもある殺人恐怖すら飲み込んでしまう殺人欲求というのは強力です。

そのような殺人欲求が生まれた背景は、やはり、両親の問題から生育環境、犯人たちを取り巻いていた人間関係(社会環境)などに歪みがあったということのようです。

特に生育環境が問題かも知れません。


しかし、先にも言ったように、ここでそれらを論じるつもりはありません。

あなたはどうですか?

時に「人を殺してみたい」という衝動を感じたとき、なぜそのような衝動が心に生まれるのか考えたことがありますか?

そしてその原因は何だと思いますか?

やはり生育歴ですか?

特に、親から幼児期に虐待を受けていたりする人は、衝動性や攻撃性を持つようになり、それが殺人衝動になることがあります。

あなたはどうですか?

やはり親に問題があると思いますか?


それでもあなたは頑張っている。

殺人衝動に殺人恐怖をぶつけて、何とかバランスを保とうと頑張っている。

私は「辛抱しなさい、きっとあなたにも幸せになる時が来るから・・・」などという言葉は掛けません。

なぜなら、もうあなたは辛抱して頑張っている。

精神のバランスを何とか保とうと、必死で喘いでいるじゃないですか!

それで幸せになるかどうかは分かりません。

しかし、衝動殺人に走った犯人よりあなたの方が幸せになる可能性は高いでしょうし、彼らよりあなたの方が幸せになる権利があると言えのではないですか?


それでもあなたは、衝動殺人に走った犯人達に同調しますか?

彼らは人間を止めた生き物で、言わば「人間モドキ」として「人間とその外側の世界の境界」にいるのです。


私は、彼らを差別的に言っているのではありません。

人間は、常に心に矛盾を抱えながら生きています。

その矛盾と何とか折り合いを付けながら生きています。

ある種の人達は、殺人衝動(殺人欲求)と殺人恐怖という矛盾した心を抱えて葛藤しています。

衝動殺人に走った犯人達は、そんな人々の生き様を裏切ったのです。

「人間モドキ」というのは、矛盾した心に負け、矛盾した心のバランスを保って何とか生きている人々を裏切り、人間社会に悪影響を与えて、人間界から「境界」へ行った人達を言います。

あなたは、衝動殺人に走った犯人を見て、「俺だって、自分の親や社会に対して強い憎悪を持ちながら、時に人を殺したいという衝動をもちつつ、それを何とか抑えて生きているのに、なんでこの犯人は殺人に走るんだ!」と叫びたい気持ちになりませんか?

犯人達は、「俺だけではない、俺と同じ気持ちで歯を食いしばって生きている人間はいっぱいる」というあなたの気持ちを裏切っているから、あなたはそう叫びたくなるのです。

それだけではありません。

犯人の中には、アスペルガー症候群と診断された人がいます。

反社会性パーソナリティ障害と診断された人もいます。

当然、アスペルガー症候群や反社会性パーソナリティ障害の人のほとんどが犯罪を犯すわけではありません。

というより、これらの障害があっても、犯罪に走る人はごく少数です。

しかし、世間はそうは理解しません。

犯人が、アスペルガー症候群や反社会性パーソナリティ障害と診断されることで、世間は、これらの障害を持つ人々を差別し始めます。

その差別の目は、あなたにも差し向けられるかも知れません。

そういう意味で、犯人達はあなた方を裏切っているのです。


衝動殺人に走った犯人達は、「人間とその外側の世界の境界」にいる「人間モドキ」です。

あなたも犯人側の方(境界)に立ちますか?

人間モドキがいる「境界」は、人間に戻れるか人間の外側の世界(死)に行ってしまうかの境界です。

犯人達が人間に戻れるかどうかは、犯行後の心しだいです。

あなたは、まだその「境界」の手前に居るでしょう。

殺人衝動(殺人欲求)の本能が、境界にあなたを追いやろうとしています。

殺人恐怖の本能が、あなたを人間の世界に引き戻そうとしています。

あなたは、殺人衝動に突き上げられて犯人側の方(境界)に行ってしまいますか?


「うるさい! 俺の心を理解したようなことを言うな!」

と、あなたは叫ぶかも知れないね。

そう、私はあなたの心を理解していないだろう。

しかし、理解しようとはしている!

「共感的理解」っていうやつだ。

「共感」を「相手と同じ感情をもつこと」という意味にとるならば、そんなことなんてできやしない。

でも、「共感的」というのは、「あたかも相手と同じ感情をもっているように感じる」ということなんだ。

だから、「共感的理解」で、あなたを共感に近い形で何とか理解しようとはしている。

それは、心理学などを持ち出して心の説明をするのとは違う。

そんなことをしても、ちっともあなたへの理解にならないことぐらいは分かっている。

私は、あなたと似たような経験をしている多くのクライアントをカウンセリングしているので、彼らの経験を借りて、あなたに共感的理解はできる。

できるけれど、あなたをきちんと理解することはできていないと思う。

きちんと理解することはできていないけれど、それでもあなたに対して溢れる思いがある。

その溢れる思いを伝えるには手紙しかないと思ったので、こうして手紙をしたためているのです。

手紙をしたためながらも、なお、あなたを理解しようとしているのです。


次の文を読んでみてください。

これは、以前、私がカウンセリングしたクライアントから寄せられたメールの一部分です。

彼は、深刻な精神疾患に罹っていた母親から虐待を受け、父親も精神病になっていて、ひどい家庭環境で育った人でした。

「時々人を殺したくなる」ということでも悩んでいた人でした。

そんな彼が、どれだけ精神のバランスをとろうと必死だったかを、この文章から感じ取って欲しいのです。


≪わかってるけど、動けない、動かない。そういう事が多いです。

今そうしなければってところで、踏ん張れないで生きてきました。

こうしよう、あぁしなければっていうので、何かと挑戦しては失敗して上手くいかなくて、今に至っています。

上手くいかなくて、問題が大きくなる度に弱ってきたような気がします。

もう信用出来るものの幅が極端に狭まってしまって、どんなに元気でも身動きが取れないような状態なのかもしれません。

それでまた新しい失敗を作って、自分を貶めてしまいます。

全部自分の思い込みで、それを止めたらいいだけっていう気もします。

言う程簡単じゃなくて、悪い方向にどんどん進んでしまいます。

今、正直、次に何か良くない事を自分がしてしまいそうで怖いです。

冷静でいることが出来ていません。

私がもっとまともだったら誰も苦しませずにすむのに・・・≫


私はこのような訴えを今までたくさん見てきました。

だから、このような悩みに対して共感的理解を少しはできると思っています。

あなたはどうでしょう?

あなたには、彼のような苦悩がないですか?

程度の差はあっても、今までに幾度かあったのではないかと思います。

上に示した彼もそうですが、あなたも、これほどの精神的葛藤を抱えならがらも、必死で人間を保って生きている訳ではないですか!


だから私は、そんなあなた達を裏切る衝動殺人の犯人達が許せないのです。


神戸市須磨区で起きた児童殺傷事件の犯人「酒鬼薔薇聖斗」が言った、次の言葉をあなたはどう思うでしょう?

「弱いものなら誰でも良かった」

「人の痛みのみが、ボクの痛みを和らげる事ができるのである。」

「ボクには一人の人間を二度殺す能力が備わっている」

「僕は殺しが愉快でたまらない 」


これらの言葉と、上で示したクライアントの苦悩の言葉、どちらが「人間の声」として聞こえますか?

私は、専門家やジャーナリストや評論家、文学者や芸術家が「人間」を持ち出して云々する意見を聞きたい訳ではありません。

一般普通人として、どちらの声が「人間」だと思うかを聞いているのです。


この答えは保留としておきましょう。


ともかく、あなたが衝動殺人の犯人達に共感的理解を示すのは良しとしましょう。

犯人達も、あなたのような理解者は必要かも知れません。

しかし、あなたには、犯人達に向かって言って欲しいことがあるのです。


「俺は、お前達とは違う!」


・・・・・・と、胸を張ってニタリと微笑んで言って欲しいのです。


もし犯人達が、「殺人もできないような腰抜けが何を言っている・・・」と嘲笑するようなら、彼らがいかに独房の中で恐怖に慄く精神状態を送っているかを想像すればいい。

酒鬼薔薇聖斗が言ったような言葉は、やがて人間でなくなる彼らが、最後に「人間としての尊厳を残したい」と虚勢を張った叫びでしかないのです。

衝動殺人の犯人達は、「社会を破壊する」と豪語しながら、殺人後は社会が作った人権とやらの法律によって守られている弱い生き物です。

処刑台に送られるときは、遅ればせながら殺人恐怖の本能がうごめき、彼らの精神を混乱させるでしょう。

それでも彼らは殺人したことを後悔することはないかも知れません。

でも、あなたは勘違いしてはいけない。

それは彼らが英雄だからではなく、彼らの精神が枯渇して機能を失いつつあるからそうなってしまうのです。


あなたは、「俺は、お前達とは違う!」と彼らに別れを告げ、人間界の方に手を差し伸べるべきです。

人間界では、あなたのように精神を病んでいるように見える人を、避けようとしたり差別したりする人もいるでしょう。

しかし、あなたのような人を何とか支援したいという人も大勢います。

そう、あなたの心が矛盾を孕んでいるように、人間の社会も矛盾が衝突し合っているのです。


あなたはみんなの手を求めて自分の手を差し出してはいけない。

あなたが信用できる人、あなたが心を開くことができる人にだけ手を差し伸べれば良いのです。

差し伸べた手を相手の手が握ってくれたら、絶対離さないこと。

もしかしたら、心の病が津波のようにあなたを「境界」へ押し流してしまうかもしれない。

だから絶対に離してはダメです!


そうならないためには、自分は「誰のために生きているのか?」を必死で考えることです。

人間は、誰のために生きているかが明確になっているほど、生きがいを感じる(生命力を発揮する)ものなのです。

「誰」というのは、手を握ってくれた相手でもいいし、恋人や配偶者でもいいし、友だちでもかまいません。

それらは、時間や状況と共に変化もするでしょう。

(ここで、両親や兄弟の名前が出てこないのは悲しいことですが、もしあなたが彼らにそれを感じるなら、彼らを「誰」としてもいいでしょう。)


「誰かのために生きる」というのは、「自分のための生きがい」となり、「自分のための生きがい」を守るために、「生きがいの対象である誰かの生」を守る必要が出てきます。

そして「誰かの生を守る」という意識が、「人を殺すべきではない」という考えを生むようになるでしょう。



「人を殺してみたい」と言うあなたへ、長い手紙を書きました。

今の気分はどうですか? 

どうしようもない衝動が心を襲うことはないですか?

殺人欲求に悩まされることがあったら、この手紙をもう一度読んでみてください。

あなたは、「境界」付近で人間界の方へ手を差し伸べるのことを覚えておいてください。

そして、人間界にはそれを待っている人々が大勢いることを忘れないでください。



敬具

(あるクライアントへ、思いを込めて・・・)




☆★ ReLife-netについて ★☆



ReLife‐netはメールカウンセリングを実施している心の悩み相談業です。
心の相談ならどんな小さなことでもご相談ください。
カウンセリングは2回まで無料となっています。


・ReLife-netのホームページ→http://relifenet.biz/
・「ご相談受付フォーム」(正式な相談を受付ける窓口です)→http://relifenet.biz/?page_id=11
・「心の悩み投稿ポスト」→http://relifenet.biz/?page_id=343


☆☆メールマガジン紹介ページ☆☆

【M-03. メンタルケアノートーセルフカウンセリング心の悩みに役立つ考え方】


★メルマガの登録はこちらからもできます★

☆☆ ブログ紹介 ☆☆

「こころノート」: 

ReLife-netのカウンセラーがどういう思いでカウンセリングをしようとしているのか、どんなカウンセリングをしているのか、どういう心理学的な考え

方をもっているのかを、自由に語っています。

「ネットカウンセリングで働く人のうつを克服ブログ」: 

「うつ病」とまではいかなくても、「憂うつ以上うつ病未満な気分」を何とかしたい人、はっきりとうつ病だと分かっている人、その中で特に働いてい

て、仕事に支障をきたしている人々を支援するためのブログです。

「ネットカウンセリングで子どものいじめ・不登校・引きこもり克服ブログ」: 

いじめや不登校による引きこもりの子ども達が増加しています。こんな子ども達に対して、学校現場や民間団体などが色々な試みをしていますが、家庭

では心のケアが大変大事になってきます。その心のケアに焦点を当てた内容を綴っていこうと思います。
AD
いいね!した人  |  コメント(2)  |  リブログ(0)

ネットカウンセラー☆やまさきさんの読者になろう

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります

AD

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。