頭がおかしいと思われること承知の上で書くが
時間が未来から過去に向かっている、という
世界と知覚を「感覚する」ことに取り組んでいる。
 
 
そうであると説明すれば筋が通る物事は
数は多くないが歴然としてある。
 
これもそうではないか?程度の可能性なら
それこそ日常にものすごく多くの物事がある。
 
 
細かい理屈は置いておこう。今回はその話じゃない。
 
 
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我々が過去を認識できる唯一の理由は「記憶」にある。
長期記憶があるため、過去があるように知覚する。
 
科学による時間の証明もこの感覚知覚をベースにはじまっている。
 
そもそも知覚できないものを科学で証明することはできない。
証明するしない以前の問題になる。
といって、知覚できないからないということにはならない。
 
 
過去から未来に向かう時間の流れ(のようなもの)は
オレも、誰でも、うんざりするほど経験済みだ。
 
だがもし未来から過去に向かう時間の流れがあり
そのために「未来の記憶」が現在の自分にあるのだとしたら
過去の記憶を思い出しフィードバックするように
未来の記憶を思い出しフィードバックすることができるはずだ。
 
 
誰も発想したことがなく、
心の奥で否定しているので難しそうに見えるだけで
「実はすでに感覚している」のであれば
その感覚を手がかりに確定してしまった事実を検証すればいい。
 
 
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すると、どうやら該当してもいいんじゃないか?
少なくとも可能性はあるんじゃないか?
ということは簡単に思い当たることができる。
 
なら次は過去から未来へ時間が向かう人が採用している感覚ではなく
未来から過去へ向かう人が採用する感覚を特定して強化する。
 
現在の感覚(過去から未来)のいくつかは
未来から過去の感覚の邪魔をするかもしれない。
感覚というよりむしろ常識観が邪魔をするだろう。
 
 
 
常識観は過去の体験という経験から培われる。
未来から過去への時間を知覚している人は
未来から現在の体験という経験があるはずだ。
 
未来から過去に流れる世界にはその世界の
物理法則がある。それを予想し確定できるもの固める。
次に、その世界に生きる人の心理があり常識観がある。
それを再現しトライしてみる。
 

その世界観と前提をおぼろげでも再現して感覚してみると・・・
現在の自分に当てはまる未来の記憶や経験が影響しているという物事
がどんなものか?がわかってくる。
あるいは、わかってくるはずだ。

 
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そんなことを訓練?している今。
秋から海外に住もうと思っている。
 
最初はいい場所を探すために旅をするかもしれない。
いや、広い意味での物件内覧か。
 
 
ところが『海外に住む』ということ、そして
 
・海外の常識に適応しなければならない
・外国語、主に英語でコミュニケーションを取らねばならない
・飛行機に乗り超長距離移動をしなければならない
 
あともうひとつ思い出せないが、
そんな5つのトラウマが頭をよぎる。
 
 
なら海外になど住まねばいいじゃないか
という考え方もあると思うが
どうも俺にとってこれが「未来の記憶から来るもの」
ではないか?という疑惑がある。
 
ただの勘違いかもしれないがな。
だがもしそれが本当なら
未来がそうなら、そうするしかないじゃないか?
 
 
その道に進むため、ネックになっている5つのトラウマを取るため
トラウマ治療をしにいくことにした。
 
 
施術後。右が上西宏一さん。
 
 
 
目的のトラウマ解除が終わって上西さんが提案をした。
未来を先取りしてトラウマ(になり得るもの)を取ってみましょうか?
 
未来。
外国に住むなら自分で既にわかっている未来がある。
何かの事情と理由によって必ずトラウマができるということ。
 
 
この時点で2つ。
 
・税金など不用意かつ理不尽に取られるお金の搾取
・毎日の食事を気軽にできないという状態に追い込まれる
 
 
ちょうどオランダの所得税の高さが頭にあり
フィンランドの物価の高さ
外食が高くて不味いという情報
そして間違いなくコンビニでおにぎりを買うことはないだろうという予想。
料理をしないことによる諸々の不備。
 
毎日の生活に関することでのロス。
 
 
このトラウマ治療はまだ現実には起こっていないこと
に対する先取りの手入れだ。
だから今後どうなるか後を追っていく必要がある。
 
実際には「その日」「その時」が来て
体の反応と心の反応を見るしかない。
 
ただ「同じ物事を想定したときにどうなっているか?」
という反応は次回訪ねたときにわかるだろう。
 
 
 
ちょうど今取り組んでいることと
受けた施術の方向が一致していたので
どうなるか楽しみにしている。
 
人に意見を求めるなら、キホンそれを全部採用しろ。
というのがオレのベースにある考え方だ。
 
自分で解決できないから人を頼る。
あるいは、
自分よりも上手くできるから人を頼る。
または、
自分を他のことに使うために人を頼る。
 
ちょっとマネジメント的な考え方が入ってるが
どの場合も一度頼ったら任せるよ
っていうのがオレのスタンス。
 
 
もちろん自由にさせることと無責任は違う。
 
オレ自身最初の会社で人事を自由にさせて・・・
・・・という無責任をしてその後自分の首を絞めた。
 
 
 
オレは専門家のアドバイスは特に守る方だ。
自分の知覚の外にある研究された答えを言っているのだから
これまでの自分を守って言うことを聞かないなどありえない。
 
逆にオレのところに来る人にもそれを求めるし
できないなら最初から来るな、だ。
 
 
 
 
専門家のアドバイスは必ず守るし、
オレは自分で決めた自分への約束も守る。
 
決めただけなら100%ではない。
その後違う道やいい方法が出てきたら変えることもある。
自分に約束したら必ず守る。
守った結果好ましい成果が出なければ
20〜30回守ってやってみる。
もちろんそのままやれば、その結果になるので
工夫や改善を入れたり、手順を変えたりいろいろ試す。
 
それでもダメなら、方法論ではなく
根本的な何かが違っているはずだし
心身のストレスも高まってくるのでそれ以上はしない。
あらかじめそういう限界値を設けている。
 
それは気分によるものではなく
どんなに気分が悪かろうが、これは違うと思おうが
毎日頭痛で苦しかろうが、逆に気持ち良い感覚があろうが
約束を守るという自分の中のルールを守る。
 
だから誰かを頼ると決めたら
その相手を頼ると自分に約束したので
その約束を「その通り」に「最大20〜30回」は守る。
 
 
 
 
そのオレが長らく疑問に思っていたことがある。
自分に対して。
 
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身近な信頼できる人に求めたアドバイスを
即却下すること
否定すること
がよくある。
 
もちろん自分に甘えてとか、仲がいいことに甘えてではない。
そんなことをするような親しい友人はいない。
 
 
なぜそんな気質ではないのに
聞いておきながら却下・否定するのか?
 
最近その理由がわかってきた。
 
 
 
 
即却下することのほとんどは
 
「そのアドバイスは既に何度もやったことがあるか、
様々な角度から考えてダメだと知っている方法であるか、
あなたの思考の癖によって出てきているだけの内容だから」
 
というようなことだ。
 
オレはオレのことをよく知らない人には意見を求めないので
オレのことを知ってくれていて、かつ考える力のある人に話をする。
 
その相手が真剣のオレのこと、
物事のことを考えてくれているのはわかる。
 
 
なぜこの3つの理由があるときに即却下するのか?
それが
オレのこと自分の視点で考える
という2つの理由があることがわかってきた。
 
この基準で考えてもらい採用することもよくある。
その物事はビジネスなど
「フォーカスし成果が出ればいい物事」で
「自分自身を生かす」ものであることがわかった。
 
 
 
これはオレが普段から人にアドバイスする視点と
全く違うということに最近まで気づかなかった。
 
オレは人にアドバイスするとき
相手の人生のことを相手の視点で考える。
 
噛み合わないはずだ。
組み合わせの基準が間違っている。
 
 
相手の構造を理解するためにオレは時間をかける。
相手がどんな人間か、何が得意か。苦手か。
性質、反応、そして生き方全般を見る。
 
その上で【そんな構造を持った相手】が
【どのような人生を歩んできたか】を見る。
 
自ずと、
『なら次はこういうことに自分を使うことだ』
というアドバイスになる。
もちろん人生早々に終わっている人もいるから
「そのままでいいですよ」ということもある。
 
その中身は、必ずしも強みを使うとか楽なものではない。
あなたの生きているストーリーの中で
あなたというスペックの人が動くなら
次はこうだから、これをするべきだ・・・となる。
 
 
 
ところが、「その人個人」を見て「自分の視点」で言うなら
『君はこれが得意なんだからもっと成果出した方ががいいよ」
みたいな中身になる。
抽象的な書き方をしたが、具体的な内容でも意味は変わらない。
 
 
ほとんどの人がアドバイスをする(受ける)ときに
成果のことを真っ先に考える。
これには「上手くいけばいい」とか
「うまくいくことが大事だ」という前提がある。
 
ところが
自分を上手に使おうが
成果が上がって物事が上手くいこうが
そんなのは人生の組み立てにはほとんど関係しない。
 
 
 
オレもお金を稼ぐぞ、という時期があった。今もある。
それならその内容にフォーカスすればいいので
受けるアドバイスは「この商品をこう売る」
「あなたの性質を考えればこれが最もよく売れる」
でいい。
 
オレも全採用して約束を守る。
 
 
 
だが例えば、
結婚相手を選ぶとか
新しい経験をして知覚を広げるとか
ひとつ区切りがついたので次何をすればいいかとか
 
そしてマイナスが起こってからどうするかを考えるのではなく、
普段から自分の大切な人のことを考えるのなら
 
つまり成果の後にも影響を与える物事を考えるとき
相手自身のことを考えるやり方は全く通用しない。
 
 
相手の人生から考え、
「流れ」と「全体」の両方を見て
次はこれ。それはこうやる。
ということを落とし込んでいく必要がある。
(オレの強み発掘はこの軸でやっていた)
 
 
 
そのときに必要とされるのは立体思考で
成果と相手自身を生かすことを考えるのは平面思考になる。
 
平面思考をいくら重ねても立体にはならない。
ただ成果が増え、ただ自分を生かすだけでしかない。
 
この立体思考を身につけることを
超コンサルタント養成講座でやっている(つもり)なんだが
それぞれの面々との進み具合を見てみると
残念ながらほぼ全くと言っていいほど誰もできていない。
(そこは今後進める上での課題だ)
 
 
 
この違いが、オレが感じていた違和感だった。
違和感を感じながら採用したことも何度もあり
もちろんその物事が上手くいっても
オレの生き方が上手くいくことには繋がっていない。
 
例えば新しい商品を扱うとき
例えば新しい勉強や経験をするとき
例えば誰と付き合うかを選ぶとき
 
それを自分を生かす視点や、
成果が取れる視点で選んでいる人をオレは好まない。
はっきりと嫌いだともいえる。
感情の話ではない。浅い。
そこには「海は遠浅が安全で綺麗で一番いいよね」みたいな浅慮がある。
 
 
厳しければいいというものでもない。
適切であるかどうか。
最適であるかどうか。
 
成果や自分に目を奪われている人にはわからないだろうが
人生の「流れ」と「全体」を想定できない人を
オレはいわゆるレベルが低いポジションを維持している人だと思う。
どんなに成功していようが
どんなに幸せだろうが。
実績があり人に恵まれ金があっても。
 
そういうのは全部外の状況のことだろ。
 
 
 
最近人の人生を全霊で考える機会が続き
人が自分のことを考えるときと
自分が人のことを考えるときの何が違うか?
と考えてみたら
そんなことがわかってきた。
 
 
オレのことを考えてくれる時はぜひ「流れ」と「全体」を考えてほしい。

■重複するとき

テーマ:

お盆ということもありふと立ち寄ったコンビニで

ワンピースのムック本?みたいな分厚いのを買った。

ところがそれは以前既に買い、読み終わったものだった。

 

 

 

そういうこともたまにはある。

しょうがない途中だった本を読み終え、

 

 

次の本↓に移ろうとした。いや、移った。

 

 

 

するとどうだろうか。

なんとこの本まで以前に読んだことがあった。

 

考えてみれば複雑系科学者アルバート・バラバシの本を読んでいないわけがない。

なんで買ってしまったのか。

いや、なぜ買おうと思ったときに気がつかなかったんだろう。

 

 

内容的には面白いからもう一度読むつもりだが

早々にくじけてしまって読まないかもしれない。

 

基本的に一度読んだ本は読まない。

 

 

どちらもものすごく名著なので興味ある人は

画像をクリックすると直接アマゾンの画面に飛ぶ。

イノベーションのコラムを連載したとき。

イノベーションの結果得られるものは全て

「時間か距離、またはその両方の短縮」だと書いた。

 

で、どんどんどんどん距離が、時間が短くなるとどうなるのか?

 

 

人の世界観とか前提が変わる。

今の常識は通用しなくなる。

 

 

 

最近。

 

フェイスブックが取り組んでいた人工知能(同士)が

人間には理解不能な独自の言語で話し始めたため

運用をストップしたというニュースがあった。

 

 

 

人は自分たちが創造できる以外の創造を恐れるんだな。

そう思った。

 

脳は電気信号のやり取りで処理されている。

機械も電気信号でやり取りされている。

だから失語症や頭は回るけど四肢を動かせなくなった人が

科学の力で脳の信号を機器で読み取り

発話、文字で現わせるという技術が既に使われている。

 

 

頭で思ったことを電気信号として読み取り

技術的には検索や購入することができるようになる。

端末はキーボードではなく直接想像から行う。

機器は小型化されるものなので

その形として候補に挙がっているのがコンタクトレンズだ。

 

それをひとつ前の記事で書いた。

 

高速処理によって話している目の前の相手の言語が

自分の言語に翻訳される。

音声ありならイヤフォンもあるのかなと思うがどうだろう。

結局スカウターみたいになるのか??

 

 

 

オレはハイテクが大好きなんだよ。

最初に買った車も当時基準でハイテクだらけだった。

居心地が良かった。

 

ダイソンの理念と行動も好きだしだから製品を買ってしまう。

先日もうっかり新しい掃除機を買ってしまった。

 

でもVRみたいなまだ洗練されていないものに

あまり興味がわかない。

まず形。目の前にあんなデカイものをつけるのは

美的センスからして問題外。

まだまだ発展してからやればいいと思ってる。

 

 

 

おっとやばい。

ハイパーループについて書こうと思っていた。

一番上の写真がハイパーループ。

 

次世代の高速移動手段と言われているハイパーループ。

時速は1200キロとも言われ新幹線の3倍。

124キロを12分という目安らしい。

およそ10キロで1分。東京大阪間なら50分。

 

それでいて低コストが期待されるらしい。

内容は説明が面倒なので動画を見てくれ。

 

 

 

 

最初の路線はドバイ〜アブダビの124キロと言われている。

フィンランドのヘルシンキと、スウェーデンのストックホルムも

ハイパーループで結ぶという計画があるらしい。

 

そうなってくると短距離移動で飛行機が活躍することはなくなる。

ハイパーループが架設できない距離の都市間は飛行機が残りそうだ。

 

 

 

 

一方飛行機も開発が進んでいる。

一番近未来で有力視されているのがNASAが開発した全部翼の機体。

 

 

 

空気抵抗を極限まで少なくすることができるらしい。

ボーイングと共同の実験機は成功していて15〜20年後には

実用化されるのではないかと言われている。

 

 

高速化も考えられている。

次世代の飛行機では機体の強度を高めるために

窓を排除した飛行機が考えられている。

その代わりに、壁と天井がスクリーンになり

タッチパネル用にも扱えるようになるらしい。

 

 

 

 

逆にほとんどが窓であり特殊なガラスで傷はナノマシンが修復する

というようなものも開発されているらしい。

 

 

 

超音速、マッハ1.7(時速2100キロ)が想定されているものもある。

コンコルドがソニックブームの地上への影響から引退したのを

この機体はその衝撃を100分の1まで下げたらしい。

 

 

 

 

だからのこんな形。

実現すれば東京〜LA間を5時間。

NY〜ロンドンは3時間になるという。

「実験」が15〜20年後になるらしい。

 

 

 

だめだ。どんどん話が逸れていく。

とにかく超高速移動手段は開発されているということ。

ただ最速のものは最初数も少なく価格も高くなる。

 

今現在は、世界中で日本の新幹線、

中国やフランスの高速移動手段が勝負している。

日本は必ずしも勝てていない。

 

ひどいのはインドネシアの・・・

また話が逸れるからやめておこう。

 

 

 

 

あー早く未来にならないかな。

この漫画の「移動」がすごい。

移動が当たり前になってる、と思ったことはないか?

いや、ない人がほとんどだろうけど。

 

この漫画では登場人物のほとんどが世界の様々な場所に移動する。

 

 

他の漫画でも世界の様々な場所に

特に主人公とその仲間が行くことはある。

だがより多くの人がこんなに普通に移動する

というような世界観のものはあまりない。

 

通常は拠点があって移動したり拡張したりする。

主人公が移動する、というようなことはよくある。

設定上大勢の移動が必要なこともある。

例えば戦争系の漫画だと、戦場が移動するので

登場人物の軍人も移動する。

 

ハンターハンターの違うところは

どうやら

その世界の設定そのものにあるらしい。

 

 

 

人が簡単に移動する世界。

簡単に移動できる世界だと言い換えることもできる。

 

簡単に移動できる世界に必須とまでは言わなくても

必要な条件が3つある。

人が簡単に移動していいんだという心理になれる条件。

 

 

 

 

ひとつ目は高速移動手段があること。

世界が狭くなるためには高速移動できなければならない。

産業革命以降の人の認識の変化を見ていけば理解できる。

 

ふたつ目は国境など制約的なルールが緩和されること。

理想は撤廃されること。

自国や母国と変わらない感覚があればハードルは下がる。

例えばどこでもドアを使えるとして。

すごく美味しいフレンチを食べたいと思ったとき

パリに行くか近所に行くか。

心理的なハードルが下がっていればこの2つの選択は同等になる。

 

しかし言語の壁、習慣の壁があれば消極的になる。

なので、みっつ目は言語や習慣が簡単にクリアできること。

これは科学の世界の現実的な発達分野で

コンタクトレンズで脳波を読み取り

タブレットを必要としない目の前のモニター

そして翻訳機能などが開発されていっている。

何十年先になるかわからないが採用確率は高い。

 

この技術が実現すると、外国人と意思疎通をすることに

言語の壁によるストレス

文化の壁による無理解が

制約条件ではなくなる。

 

 

あとはもちろん、経済的にそれが可能であるか

時間的にそれが可能であるか、ということはある。

仕事はかなりフレキシブルになり、

住んでいるところを問わなくなる。

 

 

 

 

そんな夢みたいな。そんな馬鹿な。

そう思うかもしれない。

 

平民が自由に旅行できるようになるとか

馬が金属の車に取って代わるとか

ビジネスはそこらへんの誰でもできるようになるとか

 

そんな戯言を言えば頭がおかしいとされる時代もあった。

 

夢を語ってるんじゃなくて

単なる事実と確定している方向の話をしている。

 

 

 

これを読んでいるあなただって

同じセミナーや同じ人のセミナーを

全国でリアルに、またはネットで受けられるようになると

ほんの10年前には思わなかっただろ?

 

 

 

 

今日は銀座、明日は渋谷、昨日は出張で大阪。

そんなように今日は地元の東京。明日はニューヨーク。

昨日はローマでお茶・・・ってなるのは珍しくなくなる。

 

頻度の高い都市ってのは出てくると思うけど。

 

 

で、そうなってくるとあるひとつのことが変化する。

漫画の中ではそれが当たり前に描かれているけど

誰もそれに気がついていない。

 

今オレたちって、時間軸によってコミュニティが変化している。

小学校は小学校の、中学は中学、学生時代は学生同士の人間関係がある。

バイトできる年齢になるとバイトの仲間。

会社に努めるとその会社の人。

結婚し子供が生まれるとその地域の関わり。

 

わかるかな?

 

実際には場所も少しずつ変わるので

時間と連動しているように感じているけど

実は時間の基準によってのみ関わりが変わっている。

 

 

 

 

これが場所軸によって関わりが変化するようになる。

ハンターハンターでは

例えばクラピカを取り上げると

 

クルタ族に属している固定場所の時期。

ハンター試験からキルアの家までの4人の仲間の時期。

裏社会に入りのし上がった時期。

蜘蛛への復習実行の時期。(また4人合流)

裏社会で地位を固める時期。(漫画には出てこない。グリードアイランドとキメラアントの時期)

十二支んの時期。

カキン王族護衛の時期。

 

時系列で並べたけども

面白いほど場所が変わり

そして関わる人間の種類、コミュニティや仲間の顔ぶれが変わる。

 

 

これはゴンやキルアにも言えることだ。

 

 

 

つまり移動がスタンダードな世界では

これまで時間によって決められた場所設定の人間関係が

線形で構築されていたのに対し

場所の選択をする世界観を人が持つと

その場所場所の人間関係が非線形になる

・・・というようなことになる。

 

 

線形というのは、

時系列だと小学校と中学校で関わる人が違うのだとしても

その流れで行けば、この時点でどの程度変わるか?が

確定しているということ。

 

中学になると、そのまま公立に行けば

同じ小学校の人と60%関わるよね。

私立に行けばほぼ0%になるね・・・と「決まっている」。

流れによってどうなるかが決まる。

 

 

非線形では、その都度どの場所の何に関わるのか?

ということが自分でも選べるし

現代では知覚できない新しい「きっかけ」などの理由で

予想外に「そうなってしまった」ということが起こり得る。

 

以前にやってきたことと、これからやることの間に

相関性がなく(あるいは薄く)

以前と関連して次が生まれるのではなく

新しい関係やコミュニティがいきなり生まれ得るようになる。

 

 

 

 

あーやばい。書いてて思ったけど

これはエスモーズ大学院のコラムで書くようなことだな・・・。

 

 

 

つまりハンターハンターでは2つの重要なことが示唆されている。

①移動が当たり前の世界

②関係性が複数かつ複雑で非線形な世界

 

 

 

なんでこれを取り上げることがそんなに重要なんだ?

 

それは、特に②が当たり前になってくると

ひとりの人間が、

一度の人生で複数の人生を経験することになる

ということが可能になるからだ。

 

 

例えばもし自分が漫画の描き手なら

・クルタ族の復讐のストーリー

・裏社会のストーリー

・カキンのストーリー

だけでも十分ひとつの漫画になる。

 

なんなら、

・グリードアイランドだけのストーリー

・ハンター試験だけのストーリー

・キメラアントだけのストーリー

なんかでも十分物語が構築できる。

 

 

単独でも立派なストーリになるものが

様々な登場人物のいろいろな場面に適用されている。

 

ある意味物語に一貫性がなく

登場人物個人の生き方に一貫性はあっても(クラピカの復讐)

その人生には一貫性がない。

 

 

将来。未来。今よりも多くの%の人がこの生き方を選択し

あるいは選択せざるを得なくなるようになる。

世界観の背景がそうなるので、人の前提がそれに従う。

 

これは別に名をつけるなら変化する人生とも言える。

「今の時間軸でも変化あるよね?」と思うかもしれない。

だけどその後の世界からすると

今オレたちが言っている変化というのは

ちっぽけでカスみたいなものでしかなくなる。

 

 

 

 

日本では明治の頃に世界の国々を回ったイギリス人

イザベラ・バードのような特殊な人が

その時代の誰も信じることができなかっただろうが

パッケージ化されて誰もが世界旅行に行くことができるようになった。

 

ちなみに世界で最初にパッケージ化したのもイギリス人で

トーマス・クックがそれをやってのけた。

 

 

 

まだ何十年先になるかわからないが、

今日は銀座、明日は渋谷に行くような感覚で

今日はロンドン、明日はバンコクに行くようになる。

 

それが当たり前になると、文化の毛色の違いから

個性(自分)はより自分に適した場所、あり方

関わり方などを選ぶことができるようになる。

 

移動が当たり前の世界になっても

生まれた土地や文化、子供の頃に受けた教育の影響が強く

心理的にはそれを起点に展開される。

 

 

 

さて。オレが今から海外に住もうと思っているのは

そういう選択の先取りであって

ただ未来に確定していることを知り、やろうとしているにすぎない。

 

だから成功とか幸せは関係しない。

今の生活と同じく、少なくとも今後2年ぐらいは

家の中でだらだらし、パソコンに向かい

気が向いたらカフェに行き

起きるまで寝て腹が減ったら食べる

という生活をするだろう。

それをする場所が外国であり自分の居心地重視の場所になる。

 

 

長く書いた割にただそれだけの話なんだが。

どちらも英国のメディアだが経済誌の「エコノミスト」

そして「モノクル」が調査しランキングしている

世界で最も住みやすい都市ランキングというものがある。

 

 

 

思うんだが

何を基準にするか「成功」か「幸せ」かによって

都市の評価ってのは分かれるんじゃないか。

成功ならニューヨークが思い浮かぶ。

 

オレはオレ個人の人となりに合った都市を探しているけど

参考に調べてみると結構おもしろかった。

 

「エコノミスト」の方が好みで、幸せ系より。

「モノクル」の方が実際的で、成功系よりかな。

 

 

 

まずは「エコノミスト」。

 

写真は1位の都市。

 

調査基準は安全性、医療、文化・環境、教育、インフラの5項目で評価。

1位:メルボルン(オーストラリア)/97.5点
2位:ウィーン(オーストリア)/97.4点
3位:バンクーバー(カナダ)/97.3点
4位:トロント(カナダ)/97.2点
5位:カルガリー(カナダ)/96.6点
5位:アデレード(オーストラリア)/96.6点
7位:パース(オーストラリア)/95.9点
8位:オークランド(ニュージーランド)/95.7点
9位:ヘルシンキ(フィンランド)/95.6点
10位:ハンブルク(ドイツ)/95.0点

ほとんどがオーストラリアとカナダで占められている。

ウィーンが2位というのが意外だ。

ヘルシンキ9位は結構興味がある。

 

 

先日書いた記事はどちらも同点5位の都市だ。

ケロウナはカルガリーから地上を移動。

 

こうやって見てみるとオレもなかなか見る目があるんじゃないか?

 

パースに行きたいとは思わないが

メルボルンを起点にするのはありかもしれない。

緑の公園が多いことから「ガーデンシティ」と呼ばれているらしい。

 

チェック世界で最も住みやすい都市ランキング2016

チェック世界で最も住みやすい都市ランキング1位はどこ?

 

 

 

「モノクル」の方を見てみよう。

まずは1位の都市の写真。

 

 

 

「ウソだろ?」と思わなかったか?

オレは思った。

1. 東京
2. ウィーン
3. ベルリン&ミュンヘン
5. メルボルン
6. コペンハーゲン
7. シドニー
8. チューリッヒ
9. ハンブルク
10. マドリード
11. ストックホルム
12. 京都
13. ヘルシンキ
14. 福岡
15. 香港

 

こっちの評価基準は調べてもよくわからなかった。

東京が評価されたのはこういうことらしい。

 

「今回は評価基準にナイトライフも加えられた。犯罪件数が少なく、規則正しい交通機関はもとより、夕暮れからの過ごしやすさ、快適さ、便利さを実現している街としてあげられた東京。朝まで営業する居酒屋やナイトクラブだけでなく、海外ではあまり見られない遅くまで開いている本屋などのショッピングスポット、レストラン、飲み屋、スポーツやエンターテイメントのアクティビティースペースなど、仕事を終えた東京のサラリーマンたちには数多くの選択肢が与えられている。」

>>このサイトから抜粋

 

東京は3年連続1位。京都と福岡はランキングが落ちたらしい。

 

 

チェックMONOCLE、世界の住みやすい都市ランキング2017年版を発表

 

 

 

 

どちらにもかぶっているのが

ウィーン

メルボルン

ヘルシンキ

の3つ。

 

ウィーンなんかどっちも2位かぶりで

なんだか色々と信じられないな。

文化がいいのか?

 

 

 

 

これから冬に向かっていくから

最初は南半球でメルボルンかアデレードを考えている。

オークランド(エコノミスト8位)に

トライしてもいいかもしれない。

 

日本の家、家具はどうするんだ?

全部売るのか。

安いところ借りて帰ってきたら寝れるようにするか。

 

瀬戸さんから斬新な提案が飛んできた。

その方法でやろうかと思ってる。

 

 

 

{F9DF0E3A-C640-4A6E-B1EF-91A730E67AD2:01}
 

 

パエリヤの世界大会とか、ピッツァの世界大会とか

それから

世界バリスタチャンピオンシップとか

日本人の受賞ってものすごいあるんだよな。

 

まぁ味覚の良さってのもあると思うし

細かいことに打ち込める性質もあるかもしれないけど

オレは「賞を取る」ことが上手い国民性なのかな?

って思ってる。

 

 

 

だからさ。

決まった体系のことで成功しようと思って

ニューヨークとかパリとかに行って

上手く成功する人も多い。

 

逆にリタイアしてアジアやオーストラリアに住む人もいる。

 

オレはどっちでもないんだ。

決まった世界で活躍はできないし

緩やかメインの生活は苦痛を伴う。

 

 

 

オレはオレの個性に合った今後の進み方のために必要な

でも自分の人間としての心地の良さがしっかり持てて

かつ、だから、仕事というか活動が上手く進むっていう

そんな土地に行こうとしている。

 

日本で世界1位なところがあれば出て行かない。

そもそも海外嫌いだしな。

 

そこは都会ではないと思う。

しかし田舎でもない。

 

 

 

個を最高に生かす土地に住む。

それが今オレがやろうとしていることなんだ。

永住じゃない。数ヶ月かもしれない。

 

上手い例えじゃないんだけど

自分が愛した人が、知り合った時には

「あと1年の命」だと知っていたとして

そんなの付き合って結婚するに決まってるだろ?

子供も作る。母体もろとも台無しと思わない。

最低でも産むまでは生きる。それしかない。

 

こういうの年数じゃないんだよ。

年数の多さに甘えて大切なことを見失うってのが

「当たり前のスタンダード」だからピンとこないだけだ。

 

 

 

まずは昔愛した女。

ケロウナとアデレード。

そして今興味のある女。

メルボルン、オークランド、ヘルシンキ。

 

そいつらの懐に入り込んでみようと企んでる。

上手くいけばなおのこといいけどな。

月曜の朝にお邪魔します!

筆文字アーティストのわたなべゆきこです。

千式コラムを1つ1つ読んで、筆文字で表現した千式カードを今週も紹介させていただきます

出たのはこちらです
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なんのためかわからなくてもやるものはやるが、それを言い出すと1000人講演会だってなんのためにやるのかよく分からない。別に1000人来なくてもいい。10人でも100万人でもなんでもいい。でもそれならこれまでと同じだよな。
そもそもなんで講演やるんだっけ?ひとつ、1000人とか大ステージとか、おもしろそうだというのはある。だけどおもしろそうだからやるわけではない。もろもろの経費で講演会が儲かるとは思えないし。
人ってなんのためにやるかわからないことをやるよな。オレはそれ肯定派だけど。
千式コラム1000人講演会何のため?#0570より


なんのためにやるかわからないことをやる??

意味がわかりません。

やってみて、結果的に何のメリットも成果もなかった…ってこともあるってことですよね??

と、思っていました。

なので超BS的な仕事をしていると、絶望的な気分でした。
究極に、損したくない!と思っていたのかもしれません。


今は、「メリットがあっても、なくても、どっちでもいいよね!」と思うようになりました。
ケセラセラ〜ですルンルン


そんなわけで、今週は「なんのためにやるかわからないこと」をやってみてはいかがでしょうか

もしくは、「なんのためにやるのか」を徹底的に考えてみるのもいいかもしれませんねウインク


以上、わたなべゆきこでしたピンク薔薇
◆千式カードは2360円で販売しています。
◆額入り、送料込み
お申し込みはこちらです。
お問い合わせはこちらです。
生きてきた過程ってのは誰にとっても
「自動書記のストーリーテラー」じゃないかと思ってる。
 
その物語をちょっと読み返してみよう。
 
 
 
 
親がダメな人だったとか貧乏で苦労したとか
若いうちに海外に出たとか。
貧乏時代に苦労をし乗り越える。勉強はコツコツ続ける。
大人になって事業をし不労所得まで持っていく。
そうして新しい発想を広めていく。
そういうことはレアではあるがあり得はする。
 
どこかで聞いてもおかしくない。
そういう人生ストーリーがあってもおかしくない。
 
 
ドラマティカルに創作された映画ほどおもしろいものじゃない。
 
 
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だけどひとつ前、ふたつ前の記事に書いたように
 
別れ話の翌日に帰国して説得し外国に連れて行く
嫁の根性が気に入らないから海外に飛ばす
 
・・・なんてことはあまりないんじゃないかと思う。
 
 
 
数えたことはないけど数十人の女と付き合い3度結婚した。
精神異常者と付き合ってしまって心身ともに疲弊したことがある。
好きになりすぎて即東京から福岡に家を移し結婚したことがある。
秒速で3回目の離婚をした。
 
 
2度目の結婚で娘が生まれた。
なのに一度も一緒に住んでおらず育ててもいない。
6つの県に住んだことがあり40回ほど引越しをした。
日本以外の3つの国に住んだことがあり約30カ国を訪れた。
 
 
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タイタニックが沈没するストーリー。
それよりも遥かに以前名前もタイタニックにそっくりな
世界最大級の豪華客船が処女航海で氷山に当たり沈没、
という小説が書かれていた。
 
こんなのもある。これも19世紀末の話だが
海で拾った瓶の中に
「何々の船で誰々が反乱を起こした助けてくれ」
の手紙がありいち早く手を打つ。
(確か)軍が駆けつけた時反乱は起こっていなかった。
手紙を流した署名の人物がそこにいたが
「そんな手紙は流していない」と言った。
しかし事情徴収が進むにつれてその反乱は
これから起こることだったということが判明した。
 
その手紙もそこから遡る以前に売れない小説家が
自分の原稿を瓶に詰めて大量に海に流したものだった。
船の名前、手紙を出した人物、反乱する人物、
全て(未来に)実在する名称だった。
 
 
 
 
本人も気がついていない何かの知覚手段で未来を知ったのか。
あるいはもっと超常的な力が作用してそうさせたのか。
 
何が起こったかは別にいいんだけど
未来のストーリーを紡ぐというのはあり得ることだと思う。
 
 
レオナルド・ダ・ヴィンチは
彼が生きていた時代よりも400年以上後に発明される、
戦車
ヘリコプター
機械戦士
電卓
を当時すでに発明している。
当時の理屈で再現研究したところどれも立派に機能した。
 
 
思うに先駆っていうのは今よりも進むことじゃなく
未来を先取りすることなんじゃないかな?
そういう「機能」。ただの。
 
 

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左:今日来たダイソンの掃除機。早く掃除したいが充電待ち
右:大阪本町の比較的新しいスリランカカレーの店。かなり美味かった
 
 
で何が言いたいんだよ?ってなるよな。
 
俺がプライベートでやっていること。
例えば好きな女ができたらすぐに結婚する。
3度離婚する。
様々な土地、住みたいところに住む。
子供を育てない親という位置。
 
トータルで見ると破天荒に見られているだろうし
少なくとも常識的な考えからはいくつも離れていることがある。
ここには書けないこともいくつもある。
 
自分のやってることだけじゃない。
離婚率は上がる。
先進国に世界標準という見方もあるけども
自然派生する離婚の%は明治の水準まで戻る。だから上がる。
 
 
 
子供ができても結婚しない選択肢も今より広がる。
葬式をしない家庭が増える。
住みたいところに住むようになる。
家を所有するために買わなくなる。
年寄りが若くなる。高齢化しても活性は衰えない。
健康保険は破綻する。年金も破綻する。
民間企業がこの分野を担当するかもしれない。
当然選択権が持てるようになり加入しない人が増える。
 
 
 
これから静かで土地と空気がいい海外に住もうと思ってる。
それだって、都会中心のライフスタイルが
今後他の選択肢に移行変化することの先取りだ。
 
今のオレとバックグラウンドを見れば奇抜と感じたり
子供に対する責任の欠落と見る人もいるだろう。
わずか25年前には髪が黒くなければ不良だと思われたように。
 
 
 
オレのストーリーはプライベートがメインテーマなんじゃないかな。
仕事や事業としての行動は単に優秀であることが際立っているだけで
自由にやらせてもらい、いい人に恵まれている
ただ普通のありふれた「素晴らしいもの」でしかない。
 
オレは自分のやっている個人的な生き方そのものに
一度も疑問を持ったことがない。いつも確信に溢れている。
もちろんそのときどきで嫌な思いをすることはある。
常識とやらから外れているから。
 
といって「これが俺だ!」「個性だ!」なんて思ったことは一度もない。
違いによるものではなく、
これは感覚的なものになるけど
「そういうこと」「そういうもの」なんだ、
ということをやっているだけだ。
 
それがどう
「そういうこと」「そういうもの」なのかというと
人間の自然に生きる姿とかそんなんじゃなくて
この先の、未来にこの答えがある
というような種類のものなんだよな。
 
 
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左:料理をしないオレでもできる昆布締め。桃を昆布締めしたら異常に美味かった
右:近所の読書をしに行く珈琲屋
 
 
 
最近ネットを見ているとある研究結果で
「外食や家政婦などにお金を使う」人は
お金を物に使ってしまう人よりも幸福度が高い、とあった。
学者がしっかり研究した結果。
お金で時間を買う、ということだ。
 
これってオレが昔から言っていることで
記憶はおぼろげだけど初めて家政婦を使ったのは
02年ごろだったから・・・15年前か。
 
欧米の富裕層でもかなり多くの人がこれをしていないらしい。
 
だから、旧態然とした常識観ってのは
マジョリティで必ず残るものだと思うし
変化はゆっくりなものだと思うけど
 
この研究結果に出たようなことを
オレは15年前から実践している・・・というようなところが
「未来の確信」ってやつ。伝わるかな?
 
 
 
そんなオレが体使って次にやろうと思っているのが海外移住。
ひとつ、ふたつ前の記事で
カナダのこととオーストラリアのことを書いた。
 
海外が好きじゃない。むしろ嫌いだ。
日本が好きだ。
 
そんな個人の気持ちとか、自分の向き不向きとか(向きなら東京)
そういうんじゃなくって
この個人の次の未来の運びはもう外国で決定だろ、って
自分じゃないどこかの自分自身が言っている。
 
まぁ今はそう言っているから変わるかもしれないけど。
 
 
 
 
このブログでも過去に
「正月の静けさが好きなんだ」と書いてきた。
 
この間東京で瀬戸さんに言われたんだ。
「松さんの奥の方はもっと静だ」って。
 
 
過去にも何度かまりぽんの言葉が「響く」んじゃなく
「刻み込まれる」という感覚を持って
その後も覚えていることがある。
 
オレは何が本質か見極める力がすごくあるから考えてみたけど、
 
本質にも「事実」よりのものと「真実」よりのものがある。
 
自分のことを誰かに指摘してもらったとき
真実よりの本質・・・真実の強度が強い本質を突かれると
それが本物の中の本物だと見分けがつく。
 
これまで本質であることは間違いないのに
違和感があることがあって「これはどういうこと?」
って思ってきたんだけど謎が解けた。
 
 
 
内面の奥にある「静」とオレが好きな静けさは
全く同じものじゃないかもしれない。
 
だけど、オレはどこかでそれを求めてる。
 
普段だってノイズキャンセリングをするし
今の季節早朝からセミが鳴くので耳栓だってする。
ライブ配信中やセミナー中に
ちょっとした私語があるだけでもう集中できない。
そうは見えないかもしれないけど頭が飛んでいる。
 
 
 
あまりいい気のしない海外に住むなんて考えもしなかったけど
静かを基準にしたとき
過去の経験の全ての土地の全ての記憶から抜き出してみると
それがつまり、ケロウナとアデレードだった。
 
ロンドンでもアムステルダムでも、タイの郊外でも
四万十のさらに奥、宿毛の方でもそういう経験はしている。
 
でも自分の身を置くこと。
「個の頂き」にあること、を考えると
こういうところこそ自分がいる場所ではないか?
と、そう思った。
 
 
 
 
自分がいるべき場所であるところ、に
自分の身を置くというようなことは
数十年の間にもっと数が増えて定着していくだろう。
 
そう考えてみると、
オレがやっていることなど
決まり切った現実(という未来)から
決まったことをピックアップして
まるで居心地の良さだけを追求しているみたいだ・・・
 
少しダサいか?
 
そんなストーリーテラーは果たしておもしろいのか。
甚だ疑問が残る。
 
 
 
あとはまだ「天才」が残っているから
このストーリー×天才でどうにかならないものかな。
 
 
普通は自動書記である自分のストーリーを
オレは手動書記に変えようとしているのかもしれない。
 
アナログ時代への逆行みたいな気がしてきた・・・

すアデレードには2ヶ月だけ住んだことがある。

18歳のときだ。

オーストラリアを旅してメルボルンで日本人女性と知り合った。

 

 

 

 

その彼女がアデレードに住んでいたので

訪ねて行き、また別の日本人女性とシェアしている

郊外の一軒家に部屋を借りた。

 

 

 

 

ほとんど覚えていないんだが、断片的な記憶を探ると

「トイレットペーパーが切れたから買ってきて」

ということになり、

 

ヒマしていたオレが買って帰ると

女2人して「あぁいい紙のやつ買っちゃったか」

もっと安いので良かったのに・・・・・

 

そんなことを言われた記憶がある。

 

 

その家はアデレードの中心部からトラムに乗って

南の方に下っていく途中にあった。

 

 

 

 

右のボロい印象があるが、よく考えてみると

そりゃ26年も経っているわけで

近代的な車両も走っているはずだよ。

 

 

そこで語学学校に通っている女の子と知り合って

付き合うことになった。

その子と休日よく訪れたのがグレネグルビーチ。

 

 

「よく」と言ってもあまり覚えていなくて

たぶん3度ぐらいじゃないか。

海岸沿いの綺麗なモーテルに泊まった記憶がある。

 

トラムの終点駅の周辺が少し賑わっていて

そのまま数十メートル歩けば海岸と桟橋になってる。

 

 

 

 

彼女「桟橋って英語でjettyって言うんだよ」

オレ「へーそうなんだ」

という会話をしたことは覚えている。淡い思い出だな。

 

 

 

その時の彼女と泊まったモーテル

この海辺の感じ

トラム終着駅の周囲の雰囲気、空気。

 

カナダのことを思い出して連鎖的に

記憶の上の方に上がってきた。

 

やっぱり静かなんだ。

 

土地が落ち着いていて空気がいい。

日が長いことも共通しているかもしれない。

日が長いのは好きなんだ。

結構大事な条件と言ってもいいかもしれない。

 

オランダで21時頃に道に迷った時も

ロンドンのフラットのキッチンに20時半頃に西日が射していた時も

本当に「気持ち」ってやつがよかった。すごくいいんだ。

 

日が長いってことは緯度が高いってことで

だから夏場もそんなには暑くない。

それもいい。

 

 

もちろん夏だから日が長いわけで

その場所は冬になると夜が長くなる。

 

 

 

 

先日ふと思い立って昔の知り合いに連絡してみた。

 

そしたらやり取りの中で昔の写真が出てくる。

なんだそれは。いちいち取ってるのか?

そういえば一緒にいたとき、話のネタで

スマホ開いてよく写真見せてたなと思った。

 

 

オレはそういうのが一切ない。

昔の写真がない。

ブログにアップするとすぐに端末から消す。

 

だからブログ以前の写真は何一つ残っていない。

 

いや写真がないだけじゃないな。

 

その知り合いはやり取り中で

「あんなことがあった」「こんなことを言われた」

とよく細かく覚えているなというぐらい覚えている。

オレは泊まったホテルの自分の部屋とそいつの部屋の位置関係

・・・ぐらいしか覚えていない。

 

地理は得意だが3D認識が必要なものは覚えてるのだろうか?

なんの役にも立たないが。

 

 

 

というわけなので、この頃の彼女の顔も最初の嫁の顔も

おぼろげにしか思い出せない。

 

 

 

 

グレネグルビーチとケロウナのオカナガン湖と

どちらも気候、土地、日が長い、空気がいいという共通点がある。

洗練された街の雰囲気がある。

といって都会的に忙しくはない。

時間はある程度ゆっくり流れている。

 

偶然かもしれないがどちらも西側に水がある。

 

 

 

 

アデレードで付き合った彼女とはその後

オレがバンコクの親父のところへ

彼女は仙台郊外の実家に帰ったことで

終わりを告げた。・・・・かのように見えた。

 

国際電話でこれは終わりだね、みたいな話になった時

翌日飛行機に飛び乗り、東北新幹線で会いに行った。

 

そして一緒にバンコクに行こうと語った。

最初NOとしか言われなかったが

熱意が伝わったのかどうなのか

理由はわからないがバンコクで2年過ごした。

そして一緒にロンドンに行き郊外で数ヶ月暮らした後別れた。

 

 

 

 

寄り道もあり長くなったので

ケロウナとグレネグルビーチのことはまた次に書こう。

 

本当にいろいろと「覚えていない」んだが

なんだか中途半端な思い出話になった。

「海外で一番良かったところはどこですか?」

「ロンドンかな?」

という会話をたまにする。

 

この間もそんなことを聞かれ、話した。

 

 

 

それから数日経ってふと、

「そうではないな?」という考えが頭をよぎる。

 

今まで忘れていた場所のことを2つ思い出したのだ。

 

ひとつはカナダのケロウナという場所だ。

 

なんでそんなあまり聞いたことのない土地に

縁があるのかというと

まずまずのひとしおならないストーリーがある。

 

検索してみたら2010年1月にこのブログでもそのことを書いていた。

 

 

 

 

27で最初の結婚をした。

相手はひとつ年下だった。

 

今から考えてみると、

26で結婚とかしちゃうんだなって感じだが。

 

その時の嫁にイラっとして

「ちょっとお前外国で一人で生きてみろ」

と根性入れ直すようなことを言い

あてもなくカナダへ飛ばした。

 

 

 

 

半年ぐらいが経ち、

様子を見にいくことと

迎えに行くことを半々の目的として

オレもカナダに飛んだ。

 

 

嫁はワイナリーの仕事を自分で見つけてしていた。

それが

アイスワインの生産で有名なケロウナだったのだ。

 

そんなことはすっかり忘れていた。

 

 

 


ケロウナにはオカナガン湖という湖があり

その湖畔に芝生の公園やレストラン、モールなどがある

少し栄えた場所がある。

 

 

確かその頃は夏で、気候はよく

太陽がなかなか沈まず

湖は美しくて空気は澄み

気温はちょうど過ごしやすい感じで

レストランのウエイトレスの対応がものすごく良かった

 

・・・というようなことを思い出した。

 

とにかく土地と空気の感じがいい。

 

 

 

 

オレは今こんなことを考えている。

世界中のどこに住むといいか。

気持ちよく執筆に集中できる・・・まさに「できる」のはどこか。

 

 

 

海外にはそういうところは全くないと思っていた。

まず言葉が通じない。

喋る方じゃないけどこれがストレスになる。

 

話しかけられる。応えないといけない。

別に応えなくてもいいが空気が面倒だ。

 

当たり前だけどその国の常識観があって

それを基準に接してくる。

オレにはそれが価値観の押し付けのようで息苦しい。

 

 

 

 

日本なら少なくとも勝手がわかる。

自分から話しかけることはないが、

社会のシステムがわかっていて便利だ。

 

常識観を避け、必要な時は対抗することを知っている。

 

ある種の贅沢もできる。

 

 

 

 

芦屋も土地と空気がいい。

「そこにいる」ということがうまくできる。

 

なんだが、

このケロウナを思い出した時

そこよりもいい場所っていうのは

そうそうないんじゃないか?と思った。

 

 

土地と空気で言えば高知の南西

宿毛(すくも)から四万十の間のあたりが

これまで行った日本の中では最高にいい。好きだ。

 

だがきっと不便と閉塞に苛むにちがいない。

 

 

 

結局芦屋にいても誰に会うわけでもなく

日常生活は毎日ほぼ変わりがないということを思えば

「ケロウナに住んでみてもいいか?」

と思ったのだ。

 

 

そう思ったら、連鎖的にもうひとつ

ケロウナから見て地球の裏側にある場所が思い浮かんだ。