2010年08月23日
Theme: 義母
胃ろうと人工呼吸器
お盆が過ぎてすぐ、義母は入院していた療養病院と提携している、医療病院に入院しました。
容態が急変したわけではないのだけど、微熱と時折起こる痙攣、
これらがなかなか治まらなくて、療養病院で血液検査とレントゲンを撮ってもらい、
でも、その結果も異常なく、血液の数値も正常(=内臓の機能も正常)、
肺にも酸素が行き渡っており異常は認められない、なので微熱と痙攣の原因は不明。
医師の「原因がわからないんです」という言葉に義姉が不安に思ったのか、
医療病院への転院を申し出たのでした。
今迄にも似たような状態が度々あり、そのたびにどこも異常はありません、と言われて、
いつのまにか平熱に戻り容態が落ち着いていた。
でもそういうことを繰り返すたびに義母は言葉少なになってゆき、
終始寝ている状態、目を開けていてもベッド脇に居る私たちのことをわかっていないようだった。
それでも、口からとろみ食のご飯を食べ、ごく稀に笑顔があり、
そして更にもっとごく稀に言葉があったんだけど。
義姉が転院を申し出たのには、きっかけがありました。
たまたま義姉がお見舞いに行った時に、義母のベッド周りに医師や看護士さんたちが
集まって酸素マスクやら点滴やら、ワサワサとしていて、
そんな時に義姉が部屋に入って行ったものだから、
丁度良かったと言われて、微熱が下がらないことや痙攣があることを説明されたそう。
そして、義姉が言うには『最悪のことも覚悟を』やら、『延命措置はどうしますか』とか言われたらしい。
そこまで言われたのに後日医師から言われた検査結果が何も異常が認められなかったので
義姉は不安に思って転院を申し出たようでした。
最悪のこと、やら延命措置、なんて言葉を聞いたら動転するのは判るけど、
検査結果を説明された時は医師の口からはそういう緊急性の言葉は一切聞かれなかったんですね。
その時は義姉も「今日はこないだみたいなこと(最悪の覚悟や延命措置のこと)言われヘンかったわ」と
言っていたけど、ちょっと私は「んん?!」と思ってしまったのでした。
最初の義姉の『最悪の覚悟』『延命措置』という言葉に対して。
こんな時にこんなことを思っちゃイケナイとは思うのだけど、
今までに何度と無く、義姉の勘違いというか、天然ぶりに 「ええっ?!」と驚かされてきた私は
どうも今回も義姉の聞き間違いや勘違いのような気がしてしまって…(不届きものな私)。
でも、夫も医療病院で精査をしてもらって悪いことはない、
ということで義姉と夫で決めて義母は先週転院したのでした。
そこである程度のことがわかりました。
とにもかくにも、認知症がかなり進行しているということと、
今までに何回か脳梗塞が起こっていた痕跡がみられるということ、
これらによって脳がダメージを受けていて、微熱と痙攣が起こっているそうです。
脳の画像を見た夫は、その様子にかなり驚いたようでした。
私は、それこそ10年くらい前、最初に『もしかして…』と思った頃に受けた義母のMRIの
画像を見たことがありましたが、その時点で当時の担当医に「萎縮しています」と言われてたものでした。
それから10年以上経っていたら、そりゃぁかなり、進んでいたことと思います。
脳梗塞のことは判らなかったけど、これも大小かなりの痕跡があったそう。
で、意識はあるものの、昏睡状態が長く続き、時折目を覚ますけど
認識する力(能力)はもうないそう。
とにかく、認知症の進行による原因が大きいみたいです。
口からの食事もできなくなり、鼻からの経管栄養と腕への点滴になっています。
でも、この鼻からの経管栄養も1ヶ月もできるものではないそうで、
近々胃ろうになるかもしれません。
劇的に回復すればまた口から食べることはできるでしょうが、
医師によると、アルツの進行は止められないので、
良好な状態に保つことは出来ても、現状からの回復は望めないそう。
そして、このまま進行して自発呼吸が困難になった時、
人工呼吸器を使うことになるが、どうしますか、と確認があったそうです。
夫と姉はそこで相談して、人工呼吸器は使わない、と決めたらしい。
…ということは、自発呼吸ができなくなった時は・・・。
このことを私に話してくれた夫はなみだ目になっていました。
夫と姉が決めたことなので私はただ、わかった、と言うだけでしたが、
覚悟を決めたんだなぁ、とずしりと胸にきました。
ネットでちょっと調べてみたら、
認知症の後期には痙攣が見られるとのこと、
その痙攣も緊急性の無いものも勿論あるけれど、
全身の痙攣が継続するようであれば緊急性があるみたいです。
痙攣の発作に酸素が使われてしまい(筋肉が収縮する為に酸素が必要)、
呼吸の為の酸素量が少なくなってしまうからだそう。
だから、人工呼吸器が必要になるみたいです。
ベッド脇で見る義母はスースー気持ち良さそうに寝ていて、
痙攣は見受けられなくて、ただ本当に眠っています。
口からの食事が摂れなくなったのは残念です。
それから、言葉。6月だったか、久々に聞いた義母の言葉。
眠いですか?という私の問いかけに、「眠ない」とこたえた声。
これが最後だったのかな、と思うとちょと切ないです。
しかもそれを聞いたのが義姉でも夫でもなく、私だったというのも。
義母の認知症を疑いだして約10年、それくらい経てば認知症後期(末期という言葉は何だか…)
になるのですね。
でも私は、今でも密かに思っています。義母は100歳は無理でも90歳までは永らえるんじゃないかな、と。
ちょっと前までは100歳まで、と思っていましたが今はちょっと譲って90歳までは。
そんな気がします。
容態が急変したわけではないのだけど、微熱と時折起こる痙攣、
これらがなかなか治まらなくて、療養病院で血液検査とレントゲンを撮ってもらい、
でも、その結果も異常なく、血液の数値も正常(=内臓の機能も正常)、
肺にも酸素が行き渡っており異常は認められない、なので微熱と痙攣の原因は不明。
医師の「原因がわからないんです」という言葉に義姉が不安に思ったのか、
医療病院への転院を申し出たのでした。
今迄にも似たような状態が度々あり、そのたびにどこも異常はありません、と言われて、
いつのまにか平熱に戻り容態が落ち着いていた。
でもそういうことを繰り返すたびに義母は言葉少なになってゆき、
終始寝ている状態、目を開けていてもベッド脇に居る私たちのことをわかっていないようだった。
それでも、口からとろみ食のご飯を食べ、ごく稀に笑顔があり、
そして更にもっとごく稀に言葉があったんだけど。
義姉が転院を申し出たのには、きっかけがありました。
たまたま義姉がお見舞いに行った時に、義母のベッド周りに医師や看護士さんたちが
集まって酸素マスクやら点滴やら、ワサワサとしていて、
そんな時に義姉が部屋に入って行ったものだから、
丁度良かったと言われて、微熱が下がらないことや痙攣があることを説明されたそう。
そして、義姉が言うには『最悪のことも覚悟を』やら、『延命措置はどうしますか』とか言われたらしい。
そこまで言われたのに後日医師から言われた検査結果が何も異常が認められなかったので
義姉は不安に思って転院を申し出たようでした。
最悪のこと、やら延命措置、なんて言葉を聞いたら動転するのは判るけど、
検査結果を説明された時は医師の口からはそういう緊急性の言葉は一切聞かれなかったんですね。
その時は義姉も「今日はこないだみたいなこと(最悪の覚悟や延命措置のこと)言われヘンかったわ」と
言っていたけど、ちょっと私は「んん?!」と思ってしまったのでした。
最初の義姉の『最悪の覚悟』『延命措置』という言葉に対して。
こんな時にこんなことを思っちゃイケナイとは思うのだけど、
今までに何度と無く、義姉の勘違いというか、天然ぶりに 「ええっ?!」と驚かされてきた私は
どうも今回も義姉の聞き間違いや勘違いのような気がしてしまって…(不届きものな私)。
でも、夫も医療病院で精査をしてもらって悪いことはない、
ということで義姉と夫で決めて義母は先週転院したのでした。
そこである程度のことがわかりました。
とにもかくにも、認知症がかなり進行しているということと、
今までに何回か脳梗塞が起こっていた痕跡がみられるということ、
これらによって脳がダメージを受けていて、微熱と痙攣が起こっているそうです。
脳の画像を見た夫は、その様子にかなり驚いたようでした。
私は、それこそ10年くらい前、最初に『もしかして…』と思った頃に受けた義母のMRIの
画像を見たことがありましたが、その時点で当時の担当医に「萎縮しています」と言われてたものでした。
それから10年以上経っていたら、そりゃぁかなり、進んでいたことと思います。
脳梗塞のことは判らなかったけど、これも大小かなりの痕跡があったそう。
で、意識はあるものの、昏睡状態が長く続き、時折目を覚ますけど
認識する力(能力)はもうないそう。
とにかく、認知症の進行による原因が大きいみたいです。
口からの食事もできなくなり、鼻からの経管栄養と腕への点滴になっています。
でも、この鼻からの経管栄養も1ヶ月もできるものではないそうで、
近々胃ろうになるかもしれません。
劇的に回復すればまた口から食べることはできるでしょうが、
医師によると、アルツの進行は止められないので、
良好な状態に保つことは出来ても、現状からの回復は望めないそう。
そして、このまま進行して自発呼吸が困難になった時、
人工呼吸器を使うことになるが、どうしますか、と確認があったそうです。
夫と姉はそこで相談して、人工呼吸器は使わない、と決めたらしい。
…ということは、自発呼吸ができなくなった時は・・・。
このことを私に話してくれた夫はなみだ目になっていました。
夫と姉が決めたことなので私はただ、わかった、と言うだけでしたが、
覚悟を決めたんだなぁ、とずしりと胸にきました。
ネットでちょっと調べてみたら、
認知症の後期には痙攣が見られるとのこと、
その痙攣も緊急性の無いものも勿論あるけれど、
全身の痙攣が継続するようであれば緊急性があるみたいです。
痙攣の発作に酸素が使われてしまい(筋肉が収縮する為に酸素が必要)、
呼吸の為の酸素量が少なくなってしまうからだそう。
だから、人工呼吸器が必要になるみたいです。
ベッド脇で見る義母はスースー気持ち良さそうに寝ていて、
痙攣は見受けられなくて、ただ本当に眠っています。
口からの食事が摂れなくなったのは残念です。
それから、言葉。6月だったか、久々に聞いた義母の言葉。
眠いですか?という私の問いかけに、「眠ない」とこたえた声。
これが最後だったのかな、と思うとちょと切ないです。
しかもそれを聞いたのが義姉でも夫でもなく、私だったというのも。
義母の認知症を疑いだして約10年、それくらい経てば認知症後期(末期という言葉は何だか…)
になるのですね。
でも私は、今でも密かに思っています。義母は100歳は無理でも90歳までは永らえるんじゃないかな、と。
ちょっと前までは100歳まで、と思っていましたが今はちょっと譲って90歳までは。
そんな気がします。







