マスコミの責任
テーマ:ブログ先日、映画『連合艦隊司令長官、山本五十六』を見た。
既に半藤氏の原本は読んでいたので、筋書きは良く分かって
いたので、今回の目的は役所さんが主人公をどのように演技
するんだろうという興味が強かった。
いやぁ、実に良い感じが出ていて、さすがに一流俳優は
成り切ってるなぁって感じでした。
本題はここからですが、
この映画の中で、香川氏演ずる新聞社の主幹が出てきます。
お付きの駆け出し記者(玉木氏)が多分若い頃の半藤さんの
ように感じたが、ま、それはさておき、この主幹が凄い強烈な
個性なんですなぁ。
ご存知のように、日中戦争が泥沼化している世情を受け、膠着を
打開すべく政府は奔走して居るわけですが、そんな中、欧米の
圧力が日増しに強まってくるわけです。
山本さんたちは三国同盟に反対の立場ですが、新聞(当時の
マスコミの主体)はこぞって、対英米の盾にと囃し立てます。
世論もこれに乗せられ、『弱腰海軍』と囃し立てます。
山本氏は標的にされ、その身の危険を感じた海軍首脳は彼を
海に出す事を決めます。
山本氏は米内氏、井上氏に後を託し、海へと出てゆきます。
その結果は、『絶対してはならぬ対英米戦争の指揮を執る』
という、気持ちと行動が正反対の立場に立たされる訳です。
アメリカの国力を良く知る山本氏等海軍左派と言われる人達は
対英米戦は亡国に繋がるとの主張でしたが、新聞各紙は、
『あの大国ロシアにも勝ったではないか』、『アメリカを仮想敵と
して大きな予算を取り軍備をしてきたのに、イザとなったら戦争は
出来ぬと言うのか』と書き立てます。
ロシアとの戦争はロシアの特殊な国内事情があり、しかも勝った
のではなく、かろくも講和に持ち込んだのだというような考え方は
まったく通じません。
それが証拠に、ポーツマス講和条約を結んだ小村寿太郎は
国賊扱い、不満の群集による日比谷焼き討ち事件等々、
世論は英米恐るるに足らずとの一色に染まってゆきます。
ここまで見ても、いかにマスコミの世論誘導の影響力が強かったか
と言う事が分かります。
もちろんマスコミとて、世論を集約し、それに迎合し、煽り立てた
と言う事でしょうが、まったく冷静さを欠いていたのは紛れもない
事実でしょう。
世論に訴えるべきは、データに基づいた冷静な分析や反対意見の
本質や世界情勢や相手国の考え方等々、民衆が正しく判断できる
ための糧を提供し、当社としてはこう考えると言う事だと思うが、
この時代は軍部の影響も強かったのであろうか、むしろ世論操作に
走ったような趣さえある。
そして一転、戦争となると、『勝った、勝った』の連呼です。
一億総玉砕まで囃し立てる始末です。
さすがに香川氏、煽り立てる新聞社の主幹を小面憎いほどに上手く
演じきってました (^^;)
さて、この負ける戦争に走った責任は日本人として総括された事が
ありません。
直接間接に多くの指導者がかかわった事でしょう。
が、マスコミの役割もこれらの人達と同じか、あるいはそれ以上に大きい
のではないか?
極東軍事裁判においては戦犯が多数処刑されましたが、マスコミの
責任は一切追求される事はありませんでした。
アメリカ的な『言論の自由の保証』はあるとしても、日本国民を戦争に
駆り立てた責任は大変大きいはずだが・・・。
結局、『何を書いても自由。信じるかどうかは読者次第』と言う事なのか。
マスコミは書きっ放しで良く、書いた結果に対する責任は無いのか?
我々も新聞テレビやインタネット等、多くの情報に接する訳だが、
真の事実や情報に向き合う心構えと不断の努力がない限り、マスコミに
踊らされ、大衆の力を結集して悪い道を選ばされる危険を負担してしまう
事になり兼ねない訳ですなぁ。
いわゆる『衆愚』にならぬ努力が大いに求められる所以です。
山本氏が駆け出し記者に語る、『目で、心で、世界をよく見なさい』と
言う言葉が鮮明に思い出されます。
マスコミの本業こそがそこにあるべきではないのかと強く思った。
なかなか良く出来た映画でした。







