八咫烏日記(やたのからすにっき)

静岡県東部で緊縛をテーマにしたサロンを始めます。受け手を飾る、痛みや苦しみのない、心に寄り添う縛りを心がけながら傷や後遺症のない緊縛と心の悩みを打ち明けられる場所を緊縛士烏丸リュウジとおんな緊縛師烏丸美玲が運営します。参加は18歳以上でお願い致します。


テーマ:

とある知り合いののブログに共感しました。

「確かに私はMですが Mだから何しても許してくれるとか 叩かれても嬉しいとかないんだよ。
うちにだって人権はあるよ 叩かれたら痛いし 嫌な事は嫌だし めちゃくちゃいわれると泣くし …なんかみんな勘違いしてる。
やーね ってかうちの中でMなのはキャラなのよ いじられキャラの延長? 本当に好きな人の前では確かにMよ 虐められたいし 泣かされたい。
でもねー 好きでもない奴に 命令はされたくないなー… とくにずっと命令口調はやだ」

一部抜粋…てか丸パクリ…いや、許可は頂きましたから転載ということで(笑)

これが現実であり本音なんだろうな…って思います。
ただ話のきっかけとして、ていうか話のきっかけとして「Sですか?Mですか?」という質問しか出来ないのも考えものですが、そんなクソ質問にも寛大に答えてくれた、「M」という回答を得たバカな男は「こいつはMだから何をしても許されるんだ…」と浅はかな理解をした男はSというキャラを演じようとする。

演じるにあたりSキャライメージを作るが、そのイメージも発想も貧困すぎるし、その相手との空気とか距離とかギャップがありすぎて、引かれてることすらわからない。
その陳腐なSキャラを演じるのに必死コキすぎて、相手が乗ってこなかったり、ちょっと反論や指摘を食らうと、またみっともない逆ギレをする。

それってさ…男としてカッコ悪いよね。
「ヤリたい」なら方法はあると思うんだよね。
もっとスマートにさ。
それをただ単純に「俺どSなんだけど」とか「叩く」とか「命令する」って言われて、キャー素敵(はぁとまぁく)って振り向く女子が何人いるんでしょうか甚だ疑問です。
基本打たれ弱いので、そんなメールが来たら一言「きもいうざいしね」とお返事する、もしくは以降ガン無視でOKですから。

必要なのは「好きな人は好き」「嫌なことは嫌」でいいし、それを強く口に出すことなのです。

AD

テーマ:

とある所でとある方のブログ記事を拝見しました。

ご自身を縛ってみた…ということで写真入りでした。
荷造り紐でくくられた足の写真でしたが、キレイとか汚いとか、あーだこーだの技術論や芸術論をする以前に、思わず「危ない」とコメントしてしまいました。

やはり人の身体には圧迫したり、締め付けたり、曲がらない方向に曲げたり、一定時間伸ばしたまま、または曲げたままの体勢を維持したり、ロープを通したりしてはいけない部位があるのです。

神経は潰れたら伝達網が壊れ、末端まで脳からの命令が伝わらなかったり、痺れというノイズが発生して正しい指示が伝わらなかったりしますし、筋肉も潰れたら、脳から受けた指示が正しく実行されなくなります。

また道具の点からも伸縮性や温度、圧力、拠れ、捻りに左右され変化する材質であればどんなに上手なプロ緊縛師でもケガを負わせるリスクは必ず出てきます。

縛られてみたい…という願望は今まで何百、何千と聞いてきました。

それが自分の耳に届く前にケガをされる方の傷もたくさん見てきました。

縛られたいという気持ちも伺う機会を頂き、過去に聞いてきた声のサンプルケースから皆さんのお気持ちも少しは理解出来てるのかな?って思ったり。

だからこそ、縛りへの願望はわかりますが、誰に縛られるにしても、自分で縛るにしても、日常に支障が出るような「縛り」は避けて欲しいと思います。

 

AD

テーマ:

SM緊縛=麻縄だと思っている人は沢山いるでしょう。

確かに体への負担は伸縮がないとか対荷重への耐性や体へのひっかかり、写真写りにいたるまで麻縄が優れているのは事実です。

 

最近ではネットを検索すると「緊縛用麻縄」というのもヒットします。

それこそ色を着けたり染み込ませる油にこだわったり需要に合わせた縄も簡単に手に入る時代でもあります。

雰囲気が出ないとか、やっぱりSMには麻縄という思いと意気込みを持って
最高級の縄を探してる人もいるかもしれません。

でも、どうなんでしょう?

縄初心者の失敗は冷静さを欠いた縄選びから始まります。

どんな素材が良いとか個性だけにこだわり、余計な時間を費やしているのです。

結論からいえば繊維に関する知識が無い限りそんな試行錯誤に意味は無いのです。

今一般的に使われてるのは黄麻(こうま、ジュート麻、インド麻)が中心。
他にもマニラ麻、サイザル麻、ニュージーランド麻などがありますが
基本は園芸用で加工しても硬くて緊縛には向きません。

基本的には使い捨てと考え「捨てても惜しくない」レベルの金額の麻縄を自分で愛着を持って加工することが一番なのです。

それを面倒だと言う人は、SMショップや通販で加工された縄を1本2000円~4000円くらいで購入すれば良いでしょう。
大体最低限7~10本は必要ですのでそれなりの出費は覚悟ですが。

万が一の時には1本数千円もする縄を切って無駄にしなければいけない。

でも道具にこだわることで道具だけを大切にすることに目が行ってしまい
結果パートナーを傷つけることにもなってしまいます。

ちなみに自分も麻縄を束で購入して時間があるときに自分の好みの縄を作ります。

色々試して結果辿り着いたのは浅草橋の老舗の縄専門店でジュート麻のロープを買ってきて作るというものです。

普通の行程と言えば、縄を適当な長さに切り、煮て、陰干しして、ケバを焼き、オイルを染み込ませて、また干して・・・出来上がるまでに数日かかります。

結構大変な作業ですが、自分で作れば他の材料を入れても1本数百円換算ぐらいでしょうか・・・。

作ることで愛着も湧き、道具を大切にする気持ちも生まれます。

あまり長ければ使いこなせないし、足りなければ足せば良いけど、自分のこだわりは結び目は最小限で出来るだけ1本で完結したいので結果10~15mに落ち着きました。

必要な長さは身長の3倍程度と言われてますから170cmくらいまでなら5mくらい、つまり10mを半分に折り曲げた長さになればある程度の縛りは出来ます。

ただしあまり長いのは素人さんにはちょっと取り回しに手こずると思います。

道具に対するこだわりはよいと思います。
とはいえ、やはり危険な道具であることはお忘れなく。

AD

テーマ:
何かをご覧になってこちらにたどり着き、ブログをご覧頂いてる皆様。
アクセス頂き誠にありがとうございます。
おかげさまでアクセスも前日の2倍増でした(^ω^)

なんだか自分も身に覚えのない誹謗中傷を受けるほど有名人でもないし、派手に活動してるつもりもなければ活動休止だとか再開だとか宣言してる訳でもないので、たかだかネット上に名前があったからどうなるものでもないし、暇な人間がさも鬼の首を取ったかのように騒がれるような人ではないのです(笑)

まぁ自分の思うところを思うままに書いているブログでもあるし、共感してくださる人に向けて自分の言葉で発信しているだけなのでツッコミどころは少ないと思いますが来たついでにお読み頂ければ幸いです。

自分は人に対して中傷をすることに吐き気がします。

世の中ネットで発言したものが勝ちのような風潮は否めないのですが、確信のない噂についてバカみたいに騒いでる人間の気が知れません。

そのあくまでも噂の範疇を出ないことをさも真実のようにあげて自分の言ってることが正しいと宣うことに喜びを感じているならその人間のレベルは到底低い低いものだし、そんなレベルの低い発言に振り回されることで貴重な時間を過ごす事こそ無駄だと思います。

てか、そんなに暇なんですかね?
そんな時間があったら自分の腕を磨くとか道具を手入れするとかそれこそ働けって思うのですがね(笑)

しかもアニメキャラの名前を自分の名前として声高に叫ぶなんて恥ずかしいこと今時幼稚園児でもやりませんよ(笑)
ある意味低脳でバカが突き抜けてて感心しちゃいます。著作権とか知らないんでしょうね。

ちゃんと活動してる人はもっと忙しいと思いますがほんとに暇な人なんだなーくらいしか思えません。

Twitterごときでフォロー?フォロワー?が4桁いるからと言って自分には発言力があると思い込んでるあたり、ただの痛い人でしかないでしょうし、相手にしてロスするだけ時間のムダでしかありません。

ひとつだけ言わせて頂くなら、いま難癖を発信しているレベルの低い暇な族も聞いた話では南の方で障害者を騙り年金を騙し取ったり、縛り手さんに怪我をさせるなど問題を起こして逮捕歴のある前科者だという噂だし、名前出してる女性も名字の方の病気と逝去の混乱に乗じて名前を勝手に襲名したという業界ではご意見番とも言える方も言ってらっしゃると、もっぱらの噂です。

どうせ見知らぬ人を叩いて楽しんでるようなそこまで暇人なんだからパソコン操作してアイコラ作るくらいの時間はあるでしょうし、そんな自演乙を真に受けて目くじら立ててるようなのは人間的に小さい方だから業界では誰も近寄りたくないだけだと思います。

まぁ、あくまでも噂は噂ですので信じる理由もなければどうのこうの言って関わるだけムダだと思ってます(笑)

事実は事実として知られていないこともたくさんあると思います。もうずいぶん時間も経っていることですしね。

自分は別に勝手に名前を名乗っている訳でもないし、自分の流派を何年もかけて大成してきただけで、それが好きか嫌いかは見る人の判断です。

誰にも信者はいるでしょうし、それが羨ましいものであればやっかみも出ますよね。

自分にも信じてくれる人がいる限り潰えるものでもないと思います。

嫌いなら嫌いでそれは仕方ないこと。ただただ気持ち悪いしバカの暇潰しに付き合うほど我々は暇じゃない、とだけ言っておきます。

テーマ:
八咫烏の縄は
早く縛る
美しく飾る
早く解く
を基本にしております。




写真はオーソドックスな胸縄縛りです。
だいたい縄を使う方は7メートル(2つ折りで3.5メートル)をお使いだと思います。

通常の倍の長さになりますがこれは1本の縄で完結したいのと結び目を極力少なくしたいとの考えから烏丸流では15メートルを使っています。

長い縄だと縛るのにも取り回しも手こずるし、時間もかかるし、大変だと思われますが縛る時間はそれほどかかりません。

また解く場合も普通なら行った道を戻る訳ですから相応の時間がかかるもの。
縛るより解く方が絡まらないようにと神経も使うし汗だくになります。

と思いますよね?普通なら。

と、そこは日々色々なことを考えております。

見た目もよくある胸縄縛り。やったことがある人ならその大変さもわかって頂けるかと思います。

でも縄は「一筆書き」で描くこと。
やり方によっては縛りにかけた時間よりもっと早く解くことが出来るのです。

烏丸流早解きの術(笑)



30秒で外せる胸縄縛り。
種も仕掛けもございません。

いかがでしょうか?

テーマ:
今まで自分に縛られてくださった人は数知れず。

数としては多いのか少ないのか、判断はつきませんが、今の自分の技術向上や考え方にこれだけの人が関わってくれていることは間違いなく感謝に堪えません。

年齢も老若問わず様々…齢で判断することではないけど幅広く、その理由もその人の分だけあります。

いつまでも癖(へき)は抜けない。
それは仕方ないことだけど、この癖についてはアングラが故、どこにも訴えられず、時間だけが過ぎていくのです。

ちょっとした踏み出す勇気ときっかけなんでしょうけどね。

でも現実問題として近くに縄をきちんと扱える人がいないのも鬱々とした自分の気持ちを押し殺し、時間を重ねていくだけで何もなく終わってしまうのです。

自分の縄を受けてくれた人…未経験、初体験の人にとっては一度縛られてみると、良くも悪くもこんなもんだと目を覚ますケースが大半で、リピートするかは別として、縛られることの楽しさは与えることができたのかな…?って思いますし、経験者はその違いをきちんと肌で感じ、理解して、今までがいかに危険だったのかを受け取ってくれます。

縛られたいという気持ちに年齢は関係ないと思うし、その生い立ちの中で、どのタイミングで出会い、その時の感情でどう思ってくれるのか、人間観察出来るのが自分としては楽しい部分かもしれません。

縛られたい理由を探していらっしゃる方も少なくないし、自分がSMに興味を持ち、過去に縛られた経験もあるが縛られることにさほど感じなかったことがMであろう自分に違和感を感じて悩む方も中にはいます。

その縛られたい理由は人それぞれですし、縛られることに違和感を感じる方もいるということは、緊縛がSM志向において万能ではない証だとも思います。

例えば今から縛られる人は束ねられた縄を見て色々想像するでしょう。

縛り上げられる過程が好き、
縄に包まれることで安心感を感じる、
縄を解かれた時の体中に血が巡る感じがいい、
痛い、苦しいのが好き、
縛り手の持つ世界観に触れたい、
拘束され動けないことに興奮する、

などなど。

それをただ気持ち良いと表現するしかないのもわかるし、その人が縛られることによって得られる快楽はその人にしかわからないし、人から聞いた話が自分の嗜好に合致するかは、やはり縛られてみなければわからないことなのです。

縛らせろという相手に縛られたら、たぶん何も感じないと思います。
なぜならそこに縛られ手の気持ちは穿ったもの以外にないからだと思います。

自分が理解をして、自分の思い描く緊縛の世界を実現されたら感動するし、それを私欲なく現実に受け手さんが望む縛りが出来る人が「出来る緊縛師」だと思うのです。

テーマ:
「緊縛はSMではない」というのが持論です。

SMにはサブミッション(拘束)という言葉はありますが、これは縄で縛ることではなく拘束すること全般を表し、現代では緊縛を指すSM用語に適当な言葉がないから混ぜているだけなのです。

その昔、約150年くらい前にはいわゆる「お縄」に捕らえる役(警察的な役割)が捕獲、護送のための縄は誰もが普通にできました。

「縛る」のが専門の仕事の役目もあり、いわゆる問い(取調、自白、戒めのための拷問)は縄をかけ吊るされたりした後に「責役」なり「主人(または付き人)」なり「役人」なりの仕事として責め苦を与える役割があったのです。

※縛る・捕らえる=今でいう警察。
※問う=裁くのは今でいう裁判所。

それらが各藩の各奉行所の中で一緒に機能していたから、日本古来の捕縄術も今となってはきちんと歴史として伝わらずに時代劇などでも表現されていないため結局黒歴史とともに闇の中に葬られたのです。

例えば、捕縄(ほじょう・とりなわ)も昭和40年代までは警察の逮捕術として教えられていました。
警棒を繋ぐロープで犯人を取り押さえる技術として一定の練習をしていたそうです。

とはいえ、その昔、捕縄術は武芸百般の一つであり、本流、我流、亜流も含めたら、全国に数百の流派が存在することになり、同じ縛り方でも呼び名が違うのは当たり前。
また武道だから縄も武士が刀を持つが如く、殺人の道具でもあると教えられているのです。

問い(緊縛)も各奉行所で技術交換はあったとはいえ、やはり各地で縛り方は無数にありました。

また亀甲縛りは元は諸説ありますが、農民が年貢米を納めたり、結納などおめでたい出来事の際に米俵を固定する縛りに、土地の反映や末永い幸せを願う気持ちから、その象徴である亀を模した六角を表現したという説や、「市中引き回し」のように捕縄術の護送をする際の罪状や身分を明確にするために一目でわかる縄を施した縛り方といった説などあるのです。

武道の流派や土着の風習を合わせたら縛り方はとてつもない数になるのですが、それを緊縛はSMだと様々なメディアを通じて声高に叫んだ者勝ちなのです。

「縄を施す」というのは現代では美術的要素が強くなりました。

なので、それを統一するものがないから、これが正しいという縛りはないし、一本の縄は自由なので、縛り手、受け手、見る人の感性が重視されてきてると自分は思います。

それに触れた人が「美しい」と思わせるのが縄師、緊縛師の仕事であり、そこに自分の欲は挟むべきではないのです。

したがって「SM緊縛」は間違いだと自分は思っています。

SMはSMだし、そのいちジャンルとして「緊縛」は混ぜて欲しくない。

そんなこともわからないような族が縄を持つことが、受け手の皆さんにもいかに危険かということをわかっていただけたら良いと思います。

テーマ:

最近は人や自分のマイノリティを「S」「M」「どS」「どM」の4つに分ける傾向にあります。

それなりに影響力のある有名人や芸能人が自分の言っている言葉に責任を持たずに、強めの発言をするから俺は「S」だとか、自覚している事を揶揄されることに反論しないから「M」だとか、半ば決め付けとも思える言葉がネットや電波を通じお茶の間に届けられています。

そのお茶の間の先で受け取る側は様々なレベルであり、まだ年端もいかない子供がその言葉の意味をきちんと理解もせずに、翌日、自分よりも弱い者に「反論しない」その相手に対し「M」だと決め付ける。

決め付けられた人は自分は「M」だから反論してはいけないと決め付ける。

それがさらに過剰になったら「ど」をつけて片付けていく。

結局マイノリティは4つに大別されていくのです。

逆に言えば、基準が4つしかないのか?と思うのです。

反論できないから自分は「M」だという程度の認識。

ちょっとツンケンしてるのが自分は「S」だという程度の認識。

根拠があろうがなかろうが、上からはっきり自分の意見を強く言うからあの人は「どS」だという程度の認識。

何をされても、何を言われても、ひたすら耐えて、へらへら笑ってやり過ごすからあの人は「どM」だという程度の認識。

つまりは自覚して、こうしてる自分に酔ってるのが「S」や「M」。

端から見て、あまり自分にとって気分のよいと思えない言動に対し区別して他称として使ってるのが「どS」「どM」。

攻撃性の有無を簡単に分けて型に嵌めようとするから間違いが起きるのです。

そんな程度の認識の人間が、形としてのジャンルに当てはめたら大きなカテゴリとしては「SMプレイ」ですが、やっていることは「プレイ」=「遊び」、ただの性交為に、ちょっと道具を持ち出しただけの「ごっこ」なんです。

偉そうに自分を「どS」と表するバカもいますが、きちんと常識のある、見分けが出来る人からしてみたら滑稽でしかないのです。

人を「S」や「M」にしか分けられなければ、そこに不確かな上下が生まれ、それを使いこなせなければ、不条理ないじめが生まれる。

「S」を騙る人間は「M」に対して、いじめをしていることに気づかず自分の欲のためだけに人を傷つけているのです。

SだのMだのを持ち出さなくても人を表することは出来るし、本当のSMは愛情表現でもただの信頼関係でもないのです。

あたかも結論かのように「愛」だの「信頼」だの「究極」だの…SMを表面でしか知らないから言えること。

そこに身を置く人たちにはそれが「普通」なのだから、あえて自分を「S」だの「M」だのは言わないものです。

たった4つ、さらに大きく分けて2つになんか人のマイノリティをわけるなんて不可能です。

相手を大事に出来ない、自分を大切に出来ない人に「SM」を語る資格はないと思います。

誰かを怪我させる前に、傷を負う前に気づいて欲しいです。


テーマ:

武芸にはありとあらゆる流派が存在し、剣術はもちろん、槍術、薙刀、体術、諸作法、縄術その他を合わせると何千もの流派が存在したと言われています。

有名な所で言えば、柳生真影流とか薩摩時源流とか何百人も集まる門下もあれば、たとえ一人でもその流派を守ろうとするものもあったことでしょう。

烏丸流「八咫烏」も2人だけでやってる小さな流派と言えます。
いや、勝手に流派を名乗ってるだけですけど(笑)

縛りや結びに関しては、先人たちの工夫を勉強させていただき、自分たちで考えるアイディアを盛り込み独自の形に完成させているだけかも知れません。

とはいえ、独自の型を持っていて、その技術は他言無用というもの、つまりは自分で編み出した奥義があり、それを守るということならば、流派として存在するのはアリだと思います。

捕縄(捕縛)術とはいかに相手を拘束して身動きを取れなくすること、緊縛(術)とは相手に苦痛を与えることを主目的にするという技術です。

それに対して、我が「八咫烏」は古典捕縛術をベースにしておりますが独自にアレンジを加え、痛みや苦しみを最小限にして苦痛を与えず、体を包む心地良い縄かけで安心感を与え、素早く解放できるような縛りを実践しています。

ともすれば縛られた人が激しく踊っても崩れないような縄を纏わせることや、縛り初めから縄の流れ、そこにかかる圧、纏めに至るまでの完成を、見てくださった方が美しいと思ってくれる縛りを探究していきたいと思っています。

拡大しようという野望は一切持っていないし、表に出ようとも思わなければ、どこかと張り合うつもりもありませんしこちらから何かを仕掛けるようなこともするつもりはありません。

 

しかしながら意に反するようなことがあれば自分たちの信念の下戦いますし自分たちの正義に従って誰かの力になるようにいたします。

教えて欲しいという人がいたら正しい緊縛の普及のため尽力したいと思いますが、そこに疚しい気持ちが見える時にはきっぱりとお断りいたします。

縛られたい、縛りを体験したいという方がいればご連絡ください。

これからも人を活かす縄というものもあると信じて活動していきたいと思います。


テーマ:

SM系サイトやSNSでMだと公言している女性にどうにか近づければ、SM関係なく簡単に会ってヤレるのだと思っている族もすくなくありません。コピペで手当たり次第メッセージ送ったり、必死に「自分はドS」アピールをしているのを見ると非常に見苦しく哀れな気持ちにになります。

自分の考えすぎで済めばいいのですが、狭い世界なので、そういうことをする族の情報は入ってきますし、中には悪質な例も耳にすることもあります。

ろくに縄も触ったことがないのに縛れもしないで緊縛師を名乗るやつ。
年上の女性を騙り相談に乗るふりをして年端もいかない女の子に裸の写メを送らせる。
マッサージ師を称してタダもしくは安価で施術すると誘い体を触る。
カメラマンを騙り写真を撮り雑誌に売る。
一人で来ると言って誘い場所に複数集めて無理矢理される。
遠方の女の子に片道の航空券や切符を送って、呼び寄せるなんていうのも少なくないとか。

ネット上のリスクを回避するには、やはり使う側のモラルが問われます。

騙す人間が一番悪いのはもちろんですが、やはりネット上の人間関係は希薄な所から始まっているので、騙されることのないように、よく話し、特に慎重に、よく考えて行動して欲しいと思います。

 

人には言えない自分だけの秘密。
その秘密は自分だけのもの?
そんなことを考えてる自分は変なんじゃないか?

そんな風に思い悩み、誰にも相談出来ずにネットにそのキーワードを入れると、大量の情報が溢れてきます。
非現実な世界はとても甘露で淫靡に見えることでしょう。
「自分もこんなことをされてみたい」
そのクリック一つで注ぎ入れられた今まで見たことのない世界に様々な想像をするかも知れません。
でも、それは仮想現実であり、実際に行われたとしたら、身体にケガをしたり、心を痛めたり、犯罪に巻き込まれたり、あらぬ中傷を受けたりしてしまう危険もあるのです。

これまで痛い思いをしていないのは、ただ運が良かっただけ。

今の現実が正しいかは本人もわかっていないのかもしれないし、自分が受けてる愛情が、端から見たら、本当は「暴力」なのかもしれません。
殴られている訳じゃないから大丈夫ではないのです。
相手の都合だけで自分が少しでも「嫌」だと思うことを強要されているとしたら、それは「被害者」なのです。

その嫌な気持ちに勝る感情が有る限り、外から見たら「暴力」だと思われる行為も、端から見たら「痛みを伴う行為」も、自分たちの世界では他ならぬ「愛情の交換」であるのでしょう。

でも、本質を見ないで、行為だけを捉え、ただ叩く、ただ罵倒する、ただ縛る、ただ乱暴に振る舞う…だけがSMだと思い込んでただ何の手間もかけずにヤリたいだけの男子はたくさんいるのです。

Mだと自覚する人も「初対面の相手がS」だというだけでキュンキュンする訳ではないし、お手軽に股間の一部の快楽を満たしたい男子が相手はMだからSっぽく振る舞えばヤレんじゃね?みたいな陳腐な考えしか持たないから、真に「SM」という性癖に悩み、場を求め、相手に委ね、結果騙され、傷つく人が増えているのです。

自分が求めた結果に満足していたら、その傷痕にすら愛しさを感じるのです。
その痕が消えていくことに悲しさすら覚えるのです。
身体に刻まれた愛されている証があるから生きていけるということだと思うのです。

それをそう思えるだけの関係を築くのは容易ではないし、本来端折ってはいけないことなのに、「俺はS、お前はM…だから相性抜群」っていうのは、ヤリ目のバカ発言以外の何物でもないのです。

M側はとても繊細だし、打たれ弱いし、傷つきやすいのです。
それを「傷つくのが好きだからM」だと思っているなら、そういう奴こそ消えてしまえと思います。

世の中の大半の自分をSだと言ってるバカは、本来のSMとSMキャラを混同して物事を考え股間の一部を脹らませているのです。
いじられキャラ=Mという意識で、「自分はM(どえむ)」だと言っている人も少なくないはずです。

そういうキャラでいなければ、社会の中で生きづらいのかも知れませんが、少なくとも、自分から「どえむ」だとかを表すのは控えて欲しいと思います。

まずはちゃんと恋愛をしてほしいと思います。
相手の心や気持ちがどこにあるかを確かめてからでも遅くはないし、SMに甘美な世界を感じるのは、この先の人生のいつかのある時で良いのかもしれません。

AD

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス

      ランキング

      • 総合
      • 新登場
      • 急上昇
      • トレンド

      ブログをはじめる

      たくさんの芸能人・有名人が
      書いているAmebaブログを
      無料で簡単にはじめることができます。

      公式トップブロガーへ応募

      多くの方にご紹介したいブログを
      執筆する方を「公式トップブロガー」
      として認定しております。

      芸能人・有名人ブログを開設

      Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
      ご希望される著名人の方/事務所様を
      随時募集しております。