2015年09月09日(水)

野田聖子代議士に拍手を送りたい!

テーマ:安竹の考え方
野田聖子氏が「総裁選に挑もうとした態度」を国民はどのように見ていただろう!

今朝の静岡新聞の『論壇』で政治評論家の屋山太一さんは、安倍首相が50年来の政治家で「これほど時流に合う政治はない・・・」と誉めそやしている。『総裁選をやる場合ではなかったのだ。野田さん』と切り捨てている。!間違った政治評論だと私は悲しく思う

私はふと「時流」と「流行」はどう違うのかと考えた。漢和辞典を見ると『時流』はその時代の流行・風潮と書いてある。『流行』は世間に広く行われること、はやることと書いてある。

さて、政治とは流行を追う事なのでしょうか?時流に身を負かすことなのでしょうか?政治評論家とあろう方が(今朝の論壇を見るかぎり)とんでもない評論を展開している。

過去に地球上で頻発した戦争の反省に立って、人類は「平和」を求め続けるために「政治」に期待しているのだ。核にはそ核を、侵略には侵略を、銃には銃を・・・そのための安保法改正であって良いものだろうか。

個別的自衛権を集団的自衛権容認に憲法解釈をすればアメリカの思うつばである。日本の憲法を守り続ける事こそ、経済大国に成長した今こそ「世界に冠たる日本」の存在意義ではないだろうか。

静岡新聞の『社説』では、安倍自民総裁選で貴重な機会が失われた・・・!と説法している。従来の自民党は保守勢力を束ねる中で様々な考えや意見を認めてきた寛容性にあり、国民の多様な考えを政治に反映させる体制が派閥であった。

野田氏の総裁選出馬に必要な20人の推薦人は19人でストップしたようだが、当然のようい切り崩しに合って、政治家たちの本来の国民の代表たる民意は反映されなかったようだ。

地方創生、地方から選ばれた政治家たちの論戦もなく国民の多くが淋しい総裁選であった。
「戦わずして誕生した政権に国の将来を託せるような時代ではない」という社説が身に染みる国会議員はどれ程いるだろうか。
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