• 21 May
    • 【JR貨物 苦節30年で黒字化】父は国鉄貨物課の職員でした。

      JR貨物 苦節30年で鉄道黒字の春 「復活」の原動力は? http://www.sankei.com/premium/news/170511/prm1705110005-n1.html -------------  最近の気になるニュースです。JR貨物が黒字になったんだって。  28年前、私が20歳の時に死んだ父は国鉄職員だったが、私が記憶している限りでは長い間、貨物課で仕事していた。父が死んだのは国鉄が民営化した1年後だった。その頃、父は病気のせいで既に退職していたけど。  小学生の頃、父が「国鉄は赤字だ」と教えてくれたのを思い出す。徐々にトラック輸送に移行して貨物も斜陽化して行く傾向は父の頃からあった。当然一人の力ではどうにもならず、私たちを養う為だけを考えて父なりに頑張っていたんだろう。  記事にも書いてあるがJR貨物には安楽死論もささやかれた。しかし時代は変わった。トラック輸送の人手不足にエコ志向。父の頃には想像もしないことだっただろう。黒字転換する為に相当な努力があったのが記事から伺える。  必ずしも新しいものだけが勝つんじゃないな。古い技術しか知らない私には清々しい逆転だと思えた。父も長生きしてこの記事読めばよかったのにと思いました。  

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  • 14 May
    • Wikiで間違った編集しとるアホがおったのがきっかけでレコードレーベルについて調べました。

       自分がやらなくてもいうようなことに1日無駄に時間を費やしてしまった話。  とある音楽バンドのことをWikiで調べていたらなんか不思議な編集を発見しました。そこにはデビューシングルはBMGビクターから出たと記載されていましたが最近の編集でBMGビクターはそのままなんですがそのリンク先Wikiが「アリオラジャパン」という怪しげな名前の会社に書きかえられているのを発見しました。  アリオラジャパンってなんぞね?調べてみたら2009年に発足したBMGビクターの後の会社だとわかりました。  そのシングルが出たのは1986年で当時はアリオラジャパンなんていう会社はありません。BMGビクターのWikiがなくてかつアリオラジャパンのWikiにBMGビクターの説明があるならわかりますけどもっと詳しいBMGビクター(正しくはBMG JAPAN)のWikiが独立してありますからこの編集は正しくない。私はどこぞのアホウがやった編集を元に戻すことにしました。  ところが念の為にBMG JAPANのWikiを調べておりますとBMGビクターが出来たのは1987年10月のことでシングルが出た1986年5月にはまだBMGビクターもなかったようなのです。  その1986年5月はなんという会社だったかBMG JAPANのWikiにはこう書かれていました。以下引用 --------------   1975年9月、米国RCAレコードと日本ビクター株式会社(現・株式会社JVCケンウッド)、ならびにビクター音楽産業株式会社(現:株式会社JVCケンウッド・ビクターエンタテインメント)の合弁会社としてRVC(アールブイシー、RCAビクター・RCA Victor Corporation)株式会社を設立。日本ビクターレコード事業部(現:JVCケンウッド・ビクターエンタテインメント)の、かつて「S盤」と呼ばれていたRCAレーベル部門を継承した。  1987年、この前年親会社RCAが経営危機に陥り、子会社のRCAレコードがベルテルスマン(BMG Music、西独(当時))の傘下に入った事で、RVCはBMG Musicの日本法人であるBMGビクターに事業を譲渡して解散。 -------------  うーん。よくわからない。会社は合弁会社のRVC株式会社だと思いましたがRVCの横の括弧書きの(アールブイシー、RCAビクター・RCA Victor Corporation)ってなんぞね。別サイトで調べてみますと、RCAビクター株式会社(RVC(RCA Victor Corporation)株式会社と表記)と記載されていて結局なんのことかわかりませんでしたが、色々な別名があるのだと解釈することにしました。 「RCAレーベル部門を継承」という記載も気になります。意味がよくわからない。私はより詳しく知る為にそのバンドの公式サイトのBIOGRAPHYなるものも見てみました。そうするとそこには株式会社RCAレコードからデビューと記載されておりました。これが「RCAレーベルを継承」ということか?ますますわからなくなりました。  「RCAレコード」が正しいのか?しかしこの会社って合弁会社ではないアメリカの会社の方だし。正しいといえば正しいのかもしれない。しかし合弁会社のRVCも捨てきれない。どうしたもんか?悩んだあげく考えるのも飽きてきて暫く放置していましたが、急にあることを思いつきました。  よく考えたらシングルレコード持っていました。そのシングルに記載されていることが最も正しいはず。レコードプレーヤーがないので聴けませんが本棚に大切にしまってありましたので引っ張りだして確認しました。  そしたら確かに RVC CORPORATIONと書いてある。RCAレコードらしき記載は一切なしです。RCAレコードも正しいんでしょうけど、RVC株式会社かRCAレコードかと言われたらレコードそのものに物理的に記載されているRVC株式会社の勝ちですわ。よっしゃRVC株式会社ってことで。  しかしまた問題が浮かび上がりました。前からどこかで見たことがあったんですが「air RECORDS」という文字がレコード表面の左上になんとなく書いてありました。これはなんぞね? BMG JAPANのWikiによるとレーベルとして列挙されている一つのようです。  レーベル?はあ?レーベルってなんぞね?レーベルってわかっているようでわかっていないようで私はそんな感じなのですが、前述の「RCAレーベルを継承」という使い方を考慮すればレーベルである「air RECORDS」が「~からデビュー」と表現するのに最も正しい名称なのでは?そんな使い方でもしないとわざわざレーベルというものをつける意味なんて何にもないんじゃないか?  ますます謎は深まるまま、この自分がやらなくてもいい作業を私は終えることにしたのでした。

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  • 05 May
    • 【新型フリード】自動運転に未来を感じた話

       これは近未来ですよ。すげえぜ。  最近、新型フリードを買いましたが、イマイチ自動運転なるものが上手く使いこなせてなかったんですがやっとわかりました。すごいわ。  HONDA SENSINGの自動運転機能。高速道路で80キロとか90キロとか時速を設定し車間距離と車線維持装置をONにすれば勝手に車を動かしてくれます。  あくまでもアシスト機能らしくてハンドルから手を離すと警告メッセージが出る。アシストというのは建前でこれは事実上の自動運転です。  使いこなせってなかったというのはアクセルやブレーキを踏んでしまうと機能がOFFになるようになることを理解していませんでした。あくまでも人間の操作優先ってことで。加速や減速をしたければ時速設定を調整すればよかったようです。  高速道路がすご~い楽。カーブで勝手にハンドルが曲がったり車間距離を感じとって加速減速しているのを感じる。ロボットだわ、これ。いささか興奮してしまいました。  私の人生は予定では後半分切ってますけど子供たちはもっとすごいものを見るんだろうな。想像を絶する未来社会。そんなことを思うと興奮して眠れません。なんてね。 -------------------------------------------- フリード G HONDA SENSING 6人乗りガソリン車 (補足) ハイブリッドは年間走行距離が1万くらい行かないとお得でないと車屋さんに言われてガソリン車にしました。嫁が「前が見えない」と言うので下手くそポールつけています。

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  • 16 Apr
    • 【新型フリード】価格コムでどーでもいい車の批評してる奴がいました

      ホントどうでもいい!って激しく思ったことです。  写真は私の車のスピードメーターとかのとこなんですが真ん中より少し左に「D」と表示が見えると思います。  シフトレバーのDレンジを意味しているみたいですが、価格コムのクチコミでその表示が小さいと主張しとる奴がおったんです。    いやー、なんかすごいっすね。この表示が小さいことでもう運転さえもできないといわんばかりの勢いで主張しとるんですわ。それに同意した奴らもおって議論に花咲かせてたりして。   何?その細かい性格。 怖い、めっちゃ怖い   私なんてそれ読むまで「D」と表示されていることさえも全然気づきませんでしたわ。   繰り返しますけど、ホントどーでもいいい!

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  • 12 Mar
    • 中学受験の勉強の為に学校休むってふつうなんですか?

       ドラマ「下剋上受験」を 36年前に自分も中学受験したことを懐かしく思って観てるんですが、驚いたことがありました。 阿部サダヲ扮するお父さんが3学期は学校を休ませてくださいと学校の担任の先生に頼みに行くんですよ、子供に中学受験の勉強させる為に。その場面では先生は最初は許可しないんですが「蓄膿症が酷そうです(嘘)病気なら仕方ありませんね」と気を利かせた言葉を言ってくれて休ませてくれるんです。 私が驚いたのは受験の為に小学校を休むこと自体ではありません。驚いたのはそれを堂々と小学校に頼みに行くところなんです。 私が受験した当時も東京の方では進んでいて3学期は休むのは常識で学校の先生も容認していたんだろうか。 私も受験までの1ヶ月は学校を休みました。結局受験には失敗してしまいましたから打ち消したい暗い過去になってしまいましたが、私の場合は何度か先生が家に様子を見に来たみたいでその度に母親は受験前でノイローゼ気味でとか見え透いた嘘をついて誤魔化していたようです。 ネットで調べてみますと中学受験で学校休むことをテーマに書いている人はやっぱりいて「子の意見を尊重して小学校に行きたいか行きたくないかを聞いてみてください」みたいなことを言っている人がいます。  いやいやいや。「小学校を休むの犯罪やろが」  それは言い過ぎですが小学校に行かなくてはいけないのは憲法で決まっている子供の義務です。休んだら憲法違反です。まあ休んだらエエですけどー、堂々と言っちゃいけない。こそこそ嘘ついて休むものです。 こういう所がね、中学受験ってどうなんやろって思うとこです。学校と喧嘩、そこまでは行かなくても学校と相反しないといけないところが多分にある。小学校も中学受験も子供の教育、もっと平たく言うと子の頭を良くするという共通の目的であるはずなのに。なんでこんなこと続いてるんやろと思います。 こんなことを36年間色々考え続けて、結婚して子が出来たら俺のリベンジで中学受験させたいと結婚する相手もいないのに思ったこともありますし、今でもつるかめ算とか聞くと血が騒ぐんですけど、今はまあ、アンチ中学受験に傾いてるかなという感じでいます。関連記事【おまえが言うな】塾講師が論じた言葉が『小学校のあり方』の真髄を貫いた!【はあ?】http://ameblo.jp/yasushi135/entry-12059626578.html 

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  • 05 Mar
    • 女性が活躍していない会社の製品は品質が悪いとお国は言っています!

      女性活躍推進法に基づく「えるぼし」認定企業等が公共調達で有利になります!各府省等が総合評価落札方式又は企画競争による調達によって公共調達を実施する場合は、女性活躍推進法に基づく認定企業(えるぼし認定企業)などを加点評価するよう定められました。  なんだってさ。    そもそも女性が活躍しているかは会社の内部の話しであって公共事業で納める製品の品質に何の関係があるんですかっ?お国にいいもの納めればそれでいいわけでしょ?お国は女性が活躍していない男ばっかの会社は良い製品を納められないと言っているようです。

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  • 22 Jan
    • イクメンとか言うけど育児が女中心で何がいけない?

       イクメンとか言う言葉いる?男が育児に参加する必要ある?  全く何もせん男はアカンとは思うで。休みはバイクとゲームばっかで全然育児に参加せえへんクズ旦那がおると聞くけど、そういうのはアカン。  俺はそういう考だという前提を強調してから言うけど、 「ええんちゃうか?育児は女中心で」  育児休暇取る男は数%しかいないと問題視しているがそもそもそれの何がいけない?女は専業主婦、又は育児と両立できる程度にセーブして仕事する。男は毎日遅くまで残業、休日出勤もある社畜だが時々できる範囲で育児に参加。それでいい。そういう男女分担をして何がいけない?  男が育児に積極的でないのは、既にもう育児をスタートする時点にそうなるように仕向けられているから。男は腹も痛めないし母乳も出ない。それで女に思いっきり差つけられる。それをきっかけに戦意喪失する。  人間はそういう作りなっているんだから仕方ない。  バイク、ゲームのクズ旦那だけシバキまわしたらええ。俺はそういう奴らとは違う。適度に育児やってる。わざわざイクメンなんてキモい言葉でアピールせんでよろし。

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  • 14 Jan
    • ドラマ「下剋上受験」第1話の感想と自分の中学受験体験の話

       ドラマ「下剋上受験」の第1回を観たが脚本、雑くない?中卒の悔しさが全然感情移入できなかった。なぜに不動産屋?実話は土方やろ?もっともっとどうしようもなく貧乏の底辺の世界を描かないと。あと、賢いと思っていた子がアホやった描写は偏差値と点数だけではよくわからない。テスト問題解いてみて「こんなの学校で習った?」みたいな異世界が存在することを知って驚くみたいに私なら描きます。 ところでここでカミングアウトしますけど私は中学受験をしたことがあって、そして受験に失敗した側の人間なのです。といってもこれまでこの話をしてもあまり興味をもたれたことはなく「あっそう」って感じでしたけど。 めっちゃ勉強しましたので、恐らく秘密基地で遊んだとか小学校の時に体験しておくべき楽しい思い出がみなさんよりかなり少ないのだと思います。それも報われていれば何の問題もなかったかもしれませんが、結果は敗北でしたから今も私の精神に大きく影響するトラウマのようなものになっています。 思い出すのが毎週、塾でテストがあったんですが算数が毎回30点くらいしか取れなかったこと。中学受験の算数って学校の算数とは全くレベルが違う、いや別の科目と言っても過言ではない奇妙奇天烈の難問ばかり。解いたことない人でもクイズ番組「平成教育委員会」を観たことある人なら多少は知っているでしょう。 本当に情けなかった。なぜ解けないのか?なぜわからないのか?受験勉強は2年やりましたがほぼ大半の期間、全く太刀打ちできませんでした。 志望校の試験問題を解いてもどう考えても合格できるような点は取れない。そんな状況でなぜその志望校を受けたのか、塾の先生から志望校のレベルを落としてはどうかとかの指導がなかったのか、あまりよく覚えていません。 それから10年。私は大学生になって塾講師のアルバイトをするようになりました。そして私は驚くべきことに気付くのです。 中学受験クラスの算数を受け持つことになった時のことですが、なんとあれほど難しかった中学受験算数が簡単に解けてしまうのです。前述のクイズ番組も算数は全問正解ですよ。人生やり直せるなら小6に戻って灘中を受けてみたいと思うくらいでした。 その理由を考えてみましたが、恐らく中学、高校の数学で論理的に物事を考える思考が身に着いたのも大きいとは思いますけど、何よりも「大人になった」ということが大きいように思います。 よく頭の良さを示す指標としてIQが高いとか話題になりますが、あれは「実年齢に対する精神年齢の高さ」だと聞いたことがあります。当然大人になれば精神年齢は高まります。(IQは実年齢に対するですから頭が良いことになりませんが)それで解けるようになったと個人的な感想ですけど結論づけました。 それからまた10数年後のこと。兄が子を中学受験させると言います。私は兄に中学受験のアドバイスを求められることが何度かあったことを記憶しています。私は中学受験に負けたと言っても家族の中では唯一の実戦経験者です。兄は自分自身は中学受験をしたことがありませんでしたので当時の気持ちを経験者の私に聞いてみたいと思ったのでしょう。 私も当時のことを久しぶりに思い出し少しわくわくする気分になりました。兄は休みの日や仕事を早く上がった日は子に勉強を教えていたようです。本屋で買ってきた学校別の試験問題(大学の赤本のようなものです)を自ら解いてみて「90点取れた」などと自慢していました。 私はその様子を兄から聞いて自分が中学受験した頃との圧倒的な差を見せつけられたように思いました。それは兄の子には我々大卒の大人がついていて、さらに加えて我々には中学受験と塾講師経験があるということです。 親が高卒と中卒の私は親から勉強を教わった記憶はほぼありません。恐らく私が中学受験した時も同じく中学受験をした友人の中に親が大卒で親から勉強を教わっていた者はいたのでないかと思います。 親が高卒と中卒の私は圧倒的に不利です。勉強を教えないにしても「今の成績じゃ志望校は無理」と判断してくれる大人が欲しかった。経験のない親にはそんなことはできません。あの中学受験は身の丈を考えない無謀な戦いだったのだと気づかされました。 先日の話です。今、上の子が小4なんですが、嫁が言うには○○くんが中学受験するということを子が言うそうで気になるようです。 私は「俺は中学受験は必要ないと思っている。但しこれが西宮あたりに住んでいたら俺の言うことも違ったかもしれない」と返しました。西宮はそうなのかはっきり調べたわけでありませんが、地域に通える範囲の私立進学校が多くあり、地元の公立に何かしら問題があるなどのようなことで中学受験志向が高い環境であれば受験を考えるかもしれないということです。 ただ私の地域では私立進学校よりレベルの高い公立進学高がかなり近い所に多いですのでそんな環境でわざわざ私学を検討する必要もないと考えています。 まあ子供のことですから○○ちゃんと塾に行きたいとか言い出して勉強している内に受験してみたいとか流れでなるかもしれませんのでその時は封印している中学受験指導の能力を発揮することになると思います。

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  • 24 Dec
    • 一人キャンプをテーマとしたドラマの構想

      俺「ありがとう、○子さん(嫁)」嫁「は?」俺「この間、子供たちとママ友さんパパ友さんと行ったキャンプは楽しかった」嫁「うん。楽しかったねえ」俺「そこで会社の先輩から20年前に譲ってもらったテントをほぼ初めて使ったね」嫁「そんなん持ってるなんてびっくりやった」俺「このキャンプに行く機会を得たのは○子さんがママパパとの付き合いをやってくれていたから。すごく感謝する」嫁「ええ」(汗)俺「運命の糸を感じている。20年前にテントを譲ってもらったこと、○子さんと結婚してキャンプに行けたこと、全てが神が創りたもうたシナリオなんだ」嫁「最近なかったと思ってたらまた始まったね!」俺「これはね、アカシックレコードと言うんだ。全て決められている神に」嫁「それは知ってる。結婚前に言うてたから」俺「ほんでね、これは運命なので書かないといけないと思った」嫁「結局それか!言うてみ」俺「先日、芸人がね一人キャンプをやってるのをテレビでみた」嫁「『それは前から考えていた』やろ?ヤスさんは未来人やからね」俺「そう。20年前にこの構想があった。会社の人に誘われて初めてキャンプに行ったがすごく楽しかった。勿論みんなで行くので楽しいのだが一人でキャンプに行く人ておるんやろかと考えていた」嫁「その小説の題は?」俺「アウトドアー(仮題)」嫁「じゃあ手短にあらすじ言うてみ」俺「一人でキャンプに行くのが趣味の主人公。楽しそうに男女が入り乱れてバーベキューをやる集団を横目に一人で肉を焼いて食べている」嫁「ほうほう」俺「天気予報がはずれて夜は雨になる」嫁「はい」俺「朝起きると川が増水している。そこへ鉄砲水が迫る。みんな急いで逃げるが男女の集団の中のかわいい女性が逃げ遅れて水に飲まれてしまう」俺「後先考えず水に飛び込む俺。じゃなかった主人公!」俺「ラスト30分を見逃すな。彼女を助かる為の壮絶な戦いが始まる!みたいなー」嫁「甘いな。設定が甘い」俺「といいますと?」嫁「やっぱり日頃から恋焦がれている女性にしないといけないわ」俺「ということはその男女の集団は知り合いの方がええかな?」嫁「いっしょにキャンプに行く会社の同僚と言う方がいい」俺「なるほど。彼女は主人公のかた思いの女性である方がいいな」嫁「それじゃ一人キャンプじゃなくなるね」俺「おおー、忘れてた。あれだね。何かしら一人キャンプをやってるのが会社でバレて連れっててくれよーみたいのがいいね」嫁「その連れっててくれよーって言うのはチャラい男でその彼女の彼氏というのはどうやろ?」俺「ああ、それ。王道ベタパターンや。それ採用」嫁「一人キャンプをやってるバレ方はどうする?」俺「ちょっと話題になってテレビに出るのはどうかな?一人キャンプの主人公はテレビでちょっとした有名人になってることにする」嫁「センパーイ。見ましたよーみたいな」俺「チャラい男は後輩?」嫁「そう。ヤスさんの作品によく出てくる年下に負けるみたいなニュアンスが醸し出されていいと思う」俺「なるほど。チャラいけど営業成績は主人公よりいいみたいな」嫁「それでチャラい男が嫌がる主人公に無理やりキャンプ企画させる」俺「そこで出てくるのが例のスノーピークやね。みんな主人公のキャンプ装備に驚きまくる」嫁「まだ甘い。会社でチャラい男が彼氏とわかっているけど密かに女性に恋焦がれている描写は必要やわ」俺「それはもちろん描く。あと思ったけど女性を助ける為に飛び込む伏線がいるな。命かけるだけの理由がいる」嫁「自己犠牲やね」俺「そう。会社の中での主人公の振る舞いは自己犠牲に満ちている。自分は悪くないのに責任とったりとか。生い立ちから掘り下げて主人公の性格を伏線として描いていく。父親は幼い頃に亡くなっているが、キャンプに連れて行ってくれた記憶がかすかにある。あと一人キャンプの目的にも自己犠牲というか自分には何の特にもならない目的がある」嫁「ボランティアとか?」俺「ゴミを拾うとか。自然を守る地道な活動がいいかな?」嫁「環境問題を絡める?」俺「壮大なテーマが背景にあるみたいな。鉄砲水に自然の大きなパワーを感じるみたいな」嫁「すごい壮大になってきた」俺「ここまでのまとめ。映画化を意識して冒頭は独り寂しくキャンプをやるシーン。キャンプ装備はメチャメチャすごい。でもテントの中で寝る時はなぜか涙が。奇しくもその日は主人公の誕生日。主人公はすごい装備で一人キャンプをやるちょっとした有名人。それを知った会社のチャラい男にキャンプを無理強いされる。これでいい?」嫁「おもしろくなってきた」俺「それでキャンプに行くがいちゃいちゃしているチャラい男と女性の様子を見せつけられながら黙々と肉焼いたりちゃんちゃん焼きしたり、もちろんスノーピークのテーブル。テントの張り方指導したり、そのカッコよさに女性も少しときめいている。何もしないチャラい男とはちょっと喧嘩になっていたりして」嫁「そこからは鉄砲水起こって主人公が飛び込むと」俺「彼女が鉄砲水にさらわれているにも関わらず腰の抜かして逃げ惑うチャラい男。セリフが欲しいね。『愛する者の為に命をかけてみろ!』と言い放ち濁流に飛び込むわけね。この辺りはポセイドンアドベンチャーのパクリ」嫁「ラスト30分のクライマックスが始まるわけやね」俺「最後の戦いが始まる。木の葉のように濁流に翻弄される主人公。彼女になかなか辿りつけない」嫁「意識が朦朧とする中、走馬灯のように思い出が蘇るんやろ?」俺「ようわかるね。出来たら女にモテるんちゃうやろかと始めたキャンプ。でも環境問題に目覚めてゴミ拾いをしにキャンプに行くようになる」嫁「不純な動機から始まって別のことに昇華していく。ヤスさんの王道パターンやね」俺「鉄砲水の件は即テレビ報道。ネットでは一人キャンプくんが鉄砲水に飛び込んだことがすぐに話題になる。山崎監督率いる白組のCGで濁流の再現が必要やわ。自衛隊の全面協力は当然。全国から応援の声も描写するからエキストラすごい人数いる」嫁「無名の俳優で製作費節約!」俺「絶望的な人生。結局どうにもならなかった。でもこの一瞬にかける。この日、この為、彼女を助けるためだけに一人キャンプを始めたんだ。これは初めから決まっていた運命だったのだー」嫁「ベタベタなパターンや!」俺「やがて彼女を助けることができて二人、河口近くの河原に横たわっている。自衛隊の救助ヘリの爆音は必須。全国からかけつける応援の人々。エンディングロール」嫁「うーん。そこは違うなあ。よくある10年後って奴が欲しい」俺「あっ。いやそれも考えていた」(汗)嫁「ほんまかいな」俺「そして10年後。当然ながら恋愛はそんなに上手くいかなくて彼女とは結ばれていない。スノーピークのキャンプ装備は全部鉄砲水で流されてしまったが主人公はキャンプをやめてしまったのだろうか」嫁「うむ」俺「彼女とは異動で離れ離れになっている。彼女は風の知らせでチャラい男と結婚したが離婚したという」嫁「女はホンマにアホやわー」俺「主人公は諦めてはいなかった。失ってしまったキャンプ装備を少しずつ揃えようとしていた。既に40歳。一人キャンプを再開するのに10年かかった」嫁「時間は残酷」俺「そしてやっとのことで一人キャンプを再開する主人公。やっぱり一人なのにスノーピークの豪華装備でバーベキュー。キャンプ場に来ていた人たちがその滑稽な様子をみてツイッターで拡散」嫁「ツイッターやったことない」俺「『キモいおっさんが一人キャンプやってるー』『キャンプ装備すげー。声かけてみようかな?』というツイッターの声。古参のネット民が気づく『それって一人キャンプくんじゃん!女性を助けた英雄じゃん!」と」嫁「ピンと来ない」俺「テントで一泊して朝起きると主人公の前に大勢の人が集まっている。一万人のエキストラやね。『一人キャンプパイセン、肉食わして下さいよー』というDQN。『肉持って来ましたよー』という親子連れ。いつしか拍手が湧き上がる。鳴りやまない拍手。その中に彼女がいることを発見する主人公。見つめう主人公と彼女。軽く微笑み返し。ぱっとスクリーンが暗くなってエンディングローーーール」嫁「ツイッターで拡散とか意味がわからない」以上「アウトドアー(仮題)」というドラマの構想でした。

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  • 03 Nov
    • ドラマ「逃げ恥」は女性差別、女性蔑視!

      ドラマの「逃げ恥」なんだがめちゃおもしろい。今期のドラマ視聴率ナンバー1らしいね。エンディングのダンス、完全マスターは無理だけどなんとなく練習してたりする。 ところでこのドラマってタジマみたいな女性なんとか団体が「女性サベツダー、ギャー」って叫びそうな内容だと思うのは私だけでしょうか? 女を家政婦扱い、あげくにシェアするなんてモノ扱いしている。→女は家事の道具という思想。 あと、石田ゆり子扮する伯母さんは未婚独身のキャリアウーマンなんだがその生き方を後悔しているような描かれ方。→女性社会進出の否定。ということになりませんか?女性なんとか団体さん、差別してますよー。 このドラマってそういう批判をかわすのが上手い感じがする。それでいて暗に最近の時代の流れにアンチテーゼ投げてるように思う。考え過ぎですか? #逃げ恥 

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  • 30 Oct
    • 【黒歴史】私は学級崩壊させた張本人でした(笑)

      多分、今年の4月以降のことだったと思いますが、嫁が小3の子の授業参観に行った時のことを話しました。嫁「○子ちゃんがね、国語の時間はちゃんと先生の言うこと聞いてたんやけど、社会の時間はお喋りしてたのよ」俺「そんなもん、席まで行って頭こついてこいや!」嫁「うわあ。でもね、あとでママ友さんに聞いたんやけど、担任の○○先生って頼りないって親の間で噂になってるらしいのよ」俺「そうなんか。そうであっても叩かなあかん。子供の教育は命がけや。周りの目なんて気にしてられないんや」というような話をして特に解決策を話すでもなくその話は終わりました。実は私、その話を嫁から聞かされた時「叩きなさい」とは言ったものの内心、血の気が引くような感覚を感じていたのです。私は小学5年生だった時のことを思い出しました。何十年もの間、独身時代は勿論、結婚してからもその間の生活には何の関係もなかったので忘れてしまっていましたが私が小学5年の時のクラスは所謂「学級崩壊」をしていたのでした。授業中はものすごく騒がしく立ち歩きをする生徒もいて誰も先生の授業を聞いていませんでした。そしてカミングアウトしますけども、それを最も激しくやって最も学級崩壊の中心人物だったのは私なのです。私は当時、有名私立受験を志しており進学塾に行っていました。塾では学校より先取りで学習します。学校では、一度塾で勉強したことがある、しかも遥かに簡単な内容を聞くわけですから学校の授業はつまらない。それで授業中にお喋りしたり立ち歩いたりしておったのです。(○子ちゃんが俺見たいになったらどうしよう)私はあらためて自分が小学生の親であることを自覚するのでした。そんな話があって私は何十年かぶりに小学校の時のことを思い出したわけですが、ちょうどその時、小学校の同窓会が計画が持ち上がっていました。私のところにも案内状が来て既に出席のハガキを返信してしまっていました。当時のことを覚えている同級生もいるだろう。学級崩壊のことで私のことを嫌っている同級生もいるかもしれない。小学校の時に学級崩壊を起こした張本人なのにどの面下げて同窓会に行けるんだろうか。私はそう思いました。私はこの悩みを嫁に相談しました。俺「同窓会で一言謝ろうか。あの時は俺も子供で何もわかってなかったって」嫁「そんな何十年も前のこと、みんな忘れてるよ」俺「そうやなー。昔過ぎ。気にしているのは俺だけかも」嫁「うん、ほんとそう。自分から言うことないよ。何か言われたとしてもさらっと流せばいい」俺「確かに自分から言い出すのもなんだか変に思われそうや」嫁「うん。絶対おかしい」私は嫁にそう励まされてシレっとしてればなんとかなるかなと思うようにしました。先生も出席するらしいですが出席するのは小学6年の時の先生で小学5年の担任は来ないし大丈夫だと思いました。それから迎えた同窓会当日。私は小学校の同窓会に出席するのは初めてでした。あれから30数年が経ち、みんな大人になっていました。友「やっちゃん(私の小学校の時の呼び名)、久しぶりー。全然変わってない。小学校の時のまま!」俺「ええー。誰でしたっけー」(半笑い)そんな会話を何度もしました。なんだか私を迎え入れてくれている。私を怨んでいる同級生もいなさそう。たとえ内心怨んでいたとしてもう学級崩壊の件は触れずにシレっとしてればなんとかなると再度思いました。そして宴も中盤にさしかかった頃、同窓生一人ずつのスピーチがありました。語れるわけがない。小6担任の女先生には一言お礼を言いたかったのですが学級崩壊の件に触れることになってしまう。皆が小学校時代の思い出を語る中、私は当たり障りのない何の面白みもない近況報告だけをしました。それから学年主任だった先生のスピーチがありました。その先生は小学5年の時の学年主任でもあり、厳しい頑固親父タイプの先生。教えてもらったことはありませんが私も恐い先生と思っていたと記憶しています。先生は開口一番、「担任持ったことないけど、○○ヤス(私のこと)のことはよく覚えているよ」と私のことをフルネームで言いました(会場からどっと笑い)俺「・・・」もう逃げられない。先生の口から避けていた例の話が出てしかも全員に告げられた。もう話さなければならない。先生の話が終わった後、私は横の席にいた友人に言いました。俺「あの時のことを悔いている。悪かったと思っている」友「みんな悪かったで。やっちゃんだけのせいやないで」俺「そうなんかな?みんな俺の行動に流されて悪くなったんとちゃうか」友「それは違うで。その証拠に俺の妹も○○(私の小5の担任)が担任になってその時も学級崩壊してたんや」俺「そうなんか・・・」その友人は現在、教師をしています。彼はこうも言いました。「子供は未成熟なので悪くなるのは当たり前。親の躾もあるけど学校の授業ではコントロールできない教師が悪い」彼曰く、現在は学級崩壊対策マニュアルというものがあって、先生を訓練するプログラムがあるそうです。別の友人で小5の時に同じクラスだった女性はこう言いました。「私ら女子も悪かった。やっちゃんは関係なく女子は全員、○○を嫌っていたんよ。なんか話してることが薄いというか何言ってるかわからんかった」その後、前述の教師の同級生と色々と議論しました。俺「みんなそう言ってくれるけど、やっぱり俺はよくなかった。塾がいけない。塾で先に勉強しちゃうから学校がつまらない」友「それはちゃう。塾と学校ではベクトルが違う」俺「だったら俺みたいな生徒をどうしたらいい?」友「それでも上手くやるのが学校教師やで」俺「そんな具体性のない答えはないわ。学校が塾と戦えるようにすればいいんとちゃうか。小学校も進学コースを作って対抗すればいい。それが競争原理ってやつ」友「それは無理。民間はあくまでもビジネス。ビジネスを出発点としない公立学校はコンセプトが全然違う」・・・などなど話は塾存在論にまで発展していきました。俺「そういえば俺って小6からは割と大人しかったもんな」友「そう。それも○○がアホやった証拠」俺「そう考えると塾で先に習ってたから学校がつまらなくて騒いでたというのは違うような気がしてきたわ」友「○○先生(小6担任の女先生)がよかったんよ」俺「ああ、俺もそう思う。○○先生には感謝している」小学5年当時のことを知っている別の先生とも話しました。先「あの時はたいへんやったよー(笑)○○○○(問題の教師)が○○先生(前述の学年主任)にいつも怒られててねー。横で聞いてるのが辛かった」(終始笑)俺「実は○○○○先生が算数のテストの答えを間違えていて指摘したことがあるんです。○○○○先生はなかなか間違いを訂正せず、授業中に長い間議論になったんです」算数で小5に論破されたことがあるのに校長になれる教師の話先「へええ、そんなことがあったの。○○は算数もできないアホやったと言うことやね」俺(笑)学年主任の先生とは宴では話しませんでしたが、帰りのエレベーターでいっしょになって声をかけられました。「○○ヤスやな。○○○○(問題の教師)の時は・・」(笑)「ええ、小5は黒歴史なんです」(周りの女性陣からどっと笑い)「黒歴史って・・・」と小6担任だった女先生。そして私はこう言いました「後2年で子供が小5になります。今度は親として考えなければ」(すぐにお別れの雰囲気になったのでそれ以上は話しませんでした)ここで気づいたんですが先生たちは問題教師のことを呼び捨てにするんです。普通生徒に対しては○○先生と言うでしょう。後輩なら○○くんと言うのかもしれませんが。私にはなんだかそれが一人の教師として認めないと言っているように聞こえてなりませんでした。先生たちの話ぶりからして私の知らないところで色んなことがかなりの問題になっていたと推測します。勿論なにもかもわかったわけでありませんが、先生たちにとってはもう生徒が授業中にお喋りする云々の次元の話でなかったのかもしれません。その問題教師ですが教師の同級生曰く、今度校長になるそうです。俺「考えられへん」友「ああ、俺もそう思う。○○とすれ違ったことあるけど無視したったわ」教育界って一体どうなってるんでしょうかねえ?-----この件ついては同窓会終了後、実家に帰ってから母とも話しました。母「最初は○○(問題教師。母も呼び捨て)に呼び出されてヤスはどうなってしまったんやろってびっくりしたけど、お父ちゃんと授業参観に行って『この先生、何?』って思ったんやで」俺「その話は初耳やな。保護者会でやりこめた話は聞いてたけど授業参観みてそう思ったというのは」母「それで一気に自信ついたんよ。ヤスは何も悪くないって」俺「そうやったんか。それでその後の保護者会の話になるんやね」(ここから私も聞いたことがある話)母「お父ちゃんが『子供の成績が悪いなら補習してください』って言うたんよ。そしたら○○は『上司に怒られます』やって。お父ちゃんは『だったら校門の前で補習すればいい』って言うたんよ」俺「お父ちゃんらしいわ」母「それでお父ちゃんがコテンパンにやりこめて、あんたの通知簿の成績が一気に上がったんよ。この子、勉強できるのに何でこんなに成績悪いんやろって思ってたけど、そのことがあって、ほとんど全部『よくできる』(3段階の最高)になったんよ」俺「ヘタレやな。上司に怒られると言ったことといい、親を恐がって成績よくするなんてそこがヘタレ」母「お父ちゃんはね、子がどんなに悪くても子を守らないといけない。子を信じないといけない、そう言うてたんよ」俺「・・・」信じていてくれた死んだお父ちゃんのことを思い出すと私は涙がこみ上げて来ました。前述の教師の同級生は「あの小5の体験があるから自分が教師になってもあれ以上の酷いことはないって自信がもてるんや」と言っていました。私も子が後2年で私が学級崩壊を体験した学年と同じ小5になります。今の処、学校からの呼び出しはありませんので、冒頭で書いた子の授業中のお喋りの件は比較的軽傷のようですが、これから○○○○のようなヘタレが担任になって学級崩壊が起こらないとも限らない。どんなに同級生に励まされてもどんなに先生たちが問題教師に不適合者のレッテルを貼ろうとも、やはり学級崩壊の一端を担った私の罪が消えたとは思いませんが、この経験は子育てをする上で普通の親が持ち備えることがない大きな経験だったと思います。私はこの経験を生かし、そしてお父ちゃんと同じように、全力で子を信じ全力で子を守ろうと決意するのです。

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  • 25 Oct
    • 【逆差別】女管理職3割枠でこれから男は昇進できない

       政府は2020年までに女性管理職の割合を3割にする数値目標を掲げているらしい。てか、皆さんの会社の女比率ってどれくらい?管理職候補の女ってどれくらいいる?パートのおばちゃんと派遣社員ばっかりとか?俺の嫁なんか総合職だが子育てと両立したいから責任の重い過酷な仕事はいや言うてるわ。管理職いや言うてる。そんな女もいる。いや寧ろ多い。管理職拒否の子育て奮闘ママ社員と事務職除いたらどんな女が残る?これはですよ「正社員総合職でかつ一生独身女なら片っ端から管理職に登用しなさい」と政府が会社に命令しているってことでっせ。 そうしないと3割無理。頭数は限らてるんだから。管理職の能力がなければ登用しないのは男も同じだが、女の場合はさらに子育てママ除いて、そもそも女は派遣事務職も多いんだから、女はますます頭数少ない。 女の管理職3割枠のおかげで昇進できない男も出てくる。こういうのを逆差別と言うらしい。 政府から突きつけられる数値目標を達成する為、多少難ありでも女なら登用!○○君の方が能力あるけど男なのが惜しいねえ、みたいな暗黒の未来が待っている。 #女性活躍推進政策 #逆差別

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  • 13 Sep
    • ネットで見つけた男女比率1:9の世界【まとめ】

      ネットで見つけた男女比率1:9の世界 パート1http://ameblo.jp/yasushi135/entry-11062881203.htmlネットで見つけた男女比率1:9の世界 パート2 第1章http://ameblo.jp/yasushi135/entry-12131183041.htmlネットで見つけた男女比率1:9の世界 パート2 第2章http://ameblo.jp/yasushi135/entry-12133551492.htmlネットで見つけた男女比率1:9の世界 パート2 第3章http://ameblo.jp/yasushi135/entry-12135872770.htmlネットで見つけた男女比率1:9の世界 パート2 第4章http://ameblo.jp/yasushi135/entry-12140754555.htmlネットで見つけた男女比率1:9の世界 パート2 第5章http://ameblo.jp/yasushi135/entry-12143899707.htmlネットで見つけた男女比率1:9の世界 パート2 第6章http://ameblo.jp/yasushi135/entry-12148662021.htmlネットで見つけた男女比率1:9の世界 パート2 最終章http://ameblo.jp/yasushi135/entry-12152280430.html-------------------------------(関連記事)135神戸ライブメモリアル (ネットで見つけた男女比率1:9の世界 原案)http://ameblo.jp/yasushi135/entry-12148754674.html通ってた結婚相談所の変だと思ったルールhttp://ameblo.jp/yasushi135/entry-11255270705.html小学校から私立に入れる」と言ったお見合い相手の話http://ameblo.jp/yasushi135/entry-11237074654.html嫁とのお見合いの場所は絶対にお見合い場所として選んではいけない所でした。http://ameblo.jp/yasushi135/entry-11182300133.html今の嫁と結婚を決めた条件はことごとく裏切られたの話http://ameblo.jp/yasushi135/entry-11162417630.html

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  • 28 Aug
    • 母がネットもやってないのにフレッツ光に入会していた。

      母が「(固定)電話代が高い気がする」というので明細を見てやったら、フレッツ光をやってるんです、インターネットもやってないのに。ネットもやってないのにフレッツ光をやってるのはオプションの光テレビをセールスに勧められたからのようです。明石では普通のアンテナでテレビ大阪が観れないので「テレビ大阪も観れますよ」と言われたとのことです。(電話代が高いと思ったのは母の勘違いでNTTの明細に光テレビの為に契約したフレッツ光ライトの料金が入っている意識がなかったようです)「これってさあ、テレビはあくまでもインターネットのおまけ機能やで。インターネットやっててそのついでにテレビ大阪も観たいというならお得なんやが、テレビ大阪だけの為にフレッツ光やるってどうなんやろ?なんだか騙されている気がする」母曰く、そうやって近所の年寄りがネットもやってないのにフレッツ光をやってるのが多いらしいです。NTTのカスタマーセンターに電話して「ネットはやってないから安くならないか」と聞いてみましたが、テレビはネットのオプション機能ではあるんですが、そういう理由で安くなることはないそうです。「ネットはやってないけどテレビだけでフレッツ光に入る人って多いんですか」「はい、そういうお客様も多くいらっしゃいます」「まあそう言うでしょうね。でもこういう売り方ダメですよ。騙しですよ。この電話で言っても仕方ないので意見として上に上げておいてください」「・・・。はい、ご意見として今後の参考にさせて頂きます」それから解約金とか解約手続きの話しを聞いて電話を切りました。「最近、テレビ大阪観てとらへんから今までのアンテナでエエけどなあ」と母。「セールスっていかにもNTT本社から来たみたいな感じで信用してまうけど、あれって単なる代理店やからな。押し売りと同じ。ネットをやらないのにフレッツ光ってどう考えてもおかしいと思うのが普通だわ。あいつら押し売りと同じやからそんなこと考えない。今後は大企業の商品であっても信用したらあかんで」と言っておきました。解約金がかかる期間があるみたいですのでそれが過ぎたら解約手続きをやろうと思います。(関連記事)ジェイコムが勧誘に来たけどクーリングオフした話http://ameblo.jp/yasushi135/entry-11961760346.html

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  • 06 Aug
  • 30 Jun
    • 寿退社とか甘いこと言うてる女に内心イラっと来てます

      「会話のある夫婦シリーズ」です俺「この間、結婚するから会社辞めるって言う女の子の送別会があったんよ。俺は欠席したけど」嫁「寿退社かあ。最近、珍しいねえ」俺「うん。俺の職場の周りではすごい久しぶり。結婚しても仕事続ける女ばっかだ」嫁「女は男の仕事に左右されるからなあ。旦那が東京だと辞めてそっち行かなあかんとかあるんちゃう?」俺「あ、そういうこともあるんか・・・。話してよかったわ。ちょっとは気が晴れた。実はね、その辞める子のことでモヤモヤしとったんよ」嫁「なんとなく言いたいこと想像つくわ」俺「『ここまでいっしょに頑張って来たやんか。もうちょっと頑張られへんか?』って思うの。確かにこの会社は地獄。女子供が働くところじゃない。でも、せめて子供が出来るまでは頑張られへんか?って思う。ここんとこ、そのことでイライラしてたんよ。」嫁「ははは。ヤスさんて、女だからって容赦しないみたいなとこあるね。それが本当の男女平等やけどね」俺「そうやねん。寿退社とか甘いこと言うてる女、実は内心イラっと来る、口に出さへんけど。男同士だと『女に学はいらん。女は家に引っ込んでろ』とか言うてるわりに、いざ自分の周りで家に引っ込む女いたらイラっと来る。言うてることは男尊女卑で、考え方はフェミニスト。自分でもおかしいんよ」嫁「最近はその面倒くささがだいぶんわかって来たわ」

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  • 20 Apr
    • ネットで見つけた男女比率1:9の世界 パート2 最終章

      いよいよ最終章だよ!!-----------------------------<最終章> (前回までのあらすじ) 結婚の宛てもなく20代を過ごした私。そんな中、偶然にも圧倒的に女性が多い集いの場を見つけそこで初めてお付き合いするようになる女性をものにする。しかし1年半後の33歳にして結局別れてしまい、再び結婚可能性ゼロに陥る。私はスポーツクラブで体を鍛え始め、女性の見る目が急に変わったと感じ始める。しかし何か今後のプランがあるわけでもなく結婚の可能性ゼロであることは変わりなかった。そこで私は最後の手段として結婚相談所にお見合いの世話をしてもらう。しかしお見合いトークが上手くいかない。女性からの申し込みはあるもののいつもお断りは相手から。このままずっとこんなんだろうか。不安を感じつつ毎週のようにお見合いを続ける私であった。(あらすじ長!)-----------------「なんだか変な感じになってしまったわ」 4回目のお見合いは最悪の結果になりました。私が何か軽はずみな発言をしたらしくそのせいで途中から急に雰囲気が悪くなり相手の女性は終始つまらなそうな感じになってしまいました。 お見合いをした喫茶店を出た後、私は「この先に用がありますので」と言ってすぐに女性と別れました。いつもでしたら駅までいっしょに歩いて駅近くでお別れでしたが今回は歩くのもいやでしたのでその場でさよならしました。 相手の女性に再び会わないようにする為、暫くは何をするでもなく北野の辺りをうろうろしていましたが季節は夏の8月です。うだるような暑さに耐えられなくなりすぐに女性が向かった駅の方へ降りていくことにしました。 私は駅までの途中のファミレスに立ち寄りました。「ああ、ここ懐かしいな」 それは6年前のことでした。当時私はあるミュージシャンのファンが集うチャットをよくやっていました。私は高校の時からそのミュージシャンのファンでCDは全て揃えていてライブにも何度か行ったことがありました。 そのファンたちとのチャットを通しての交流は兎に角楽しかった。毎日のようにファンたちとあれこれ話すのを楽しんでおりました。 チャットで話すようになってから数ヶ月後くらい経った頃だったと思います。いい話がありました。私の地元である神戸でそのミュージシャンのライブがあると言います。チャットは毎日ライブの話で持ちきりでした。 そんな中、いつもチャットで話していた方が「ライブが始まる前の数時間、いつものチャットのメンバーでちょっとしたお茶会をしませんか」と言い始めました。 私はその方に「ヤスさん(私のハンドルネーム)は地元だから場所探しをお願いします」と頼まれてしまいました。 なんだか不思議な感じでした。なんせ私は相手の顔も名前も知らないのです。誰なのかもわからない人たちが集まるお茶会の場所探しをするのです。私は断ろうと思いましたが、チャットの盛り上がり方に押されて、場所探しをやる羽目になりました。 そこがこのファミレスでした。そしてそのお茶会で私はあることに気付くのです。(女が多い) お茶会は男女比率は3:5の割合で女性の方が多かったと記憶しています。私は気にとめたこともありませんでしたが、そのミュージシャンは女性ファンが多かったのです。お茶会の後、ライブが始まってからの観客は圧倒的に女性が多いと一目でわかりました。 大学時代、会社入って以来、何もなかった、お商売の女性との出会いしかなかった私に突然、一般女性と気軽に交流できる場が目の前に拡がったのです。 私は思いました。これは神様がくれたチャンス。結婚できる最大のチャンスだと思いました。そしてそのチャンスを何もかも無にしてしまったのは第1章で書いた通りです。(あれから6年くらい経ってるのかな?あの頃は本当に楽しかったな・・・。こんなことになるなんて思ってもみなかった。もうええ加減しんどくなってきたわ。このお見合いで終わりしようかな・・・)「いや、諦めたらアカンわ」 そして私は結婚相談所に電話しました。「あのさ、俺だけど、ヤス」「あら、ヤスさん。今日(お見合いは)どうだった?」「あかんやろね。ところでさあ、この間、申し込みがあったって見せてくれた、身長162cmだからって断った子なんやけどな」「はいはい、○○さんね」「名前は知らんけど、公務員だった?あと国立出てるな?あってる?」「はい、合ってますよ」「見合いするわ。段取り頼むわ」 どんなに辱めを受けようともいいんです。いっぱい恥ずかしい思いして、どんなに無様でもいいんです。これまでの6年間は決して無駄じゃない。最後までやり遂げよう。そう思い直しました。 そして迎えた次の日曜日、2004年8月22日。私はその女性とお見合いをすることになりました。いつものように事務所に顔合わせをしました。彼女は特に一目ぼれするとかそんなこともなく可もなく不可もなく、真面目そうで将来いい嫁さんになりそうというのが第一印象でした。そしてまたいつものように喫茶店へ移動ということになりました。「あの、いつも場所は○○○○珈琲ですか」と私「ええ、そうですね」「今日はちょっと違う場所にしませんか」「はい」 私たちは「今日も暑いですねえ」などとお決まりの天気の話しを軽くしながら駅の方向へと向かいました。 私はインスピレーションのようなものでお見合いの場所を決めていました。その場所でお見合いすれば必ず成功するという何か根拠があるわけでありませんが直感というかひらめきのようなものがありました。「ここです」 そこは例のファミレスでした。 ネットで「お見合い ファミレス」とキーワードで検索しますとたくさん記事が出てきます。お見合いの場所としてふさわしいか否かという話をしている人がよくいます。 ファミレスはふさわしくないというのがひとつの見解のようです。お見合いはホテルのロビーにあるようなカフェラウンジでやるのが一般的で私の相談所の近くにはそういうのがありませんでしたので高級喫茶店として名高い○○○○珈琲が利用されていたようです。 私は敢えてそのルールを破ることにしました。 結婚可能性ゼロのどん底まで堕ちた私はオトナに従うしかない、それはよくわかっています。でも、神様が結婚のチャンスを最初にくれた1998年7月5日のあの場所にもう一度戻ってみたい、そこに何かある、必ず何かある、そう信じようと思ったのです。 私たちは店員に促されて席につきました。席に着くと彼女が周りを見渡しているのがわかりました。「日曜日だと言うのになんだかすごく空いてますね」 店内は私たち以外の客はまばらで思った通りほぼ貸切状態のようでした。「ええ。○○○○珈琲もいいんですがあそこは隣の席との距離が近くてね。ここなら一目を気にせずお見合いができるでしょ」「いいですね。私もそれが気になっていました。ほんと、こんなとこにファミレスがあったんですね。全然知らなかった」「ここはサウナビルの奥まった所にあるんでここにファミレスがあるのを知らない人が多いんだと思います」「サウナはよく利用するんですか?」「サウナはあまりないですが、一度、昼間にコーヒー1杯でおおぜいが集まれる場所という条件で探して欲しいと頼まれたことがありまして、予約するようなところですと高くつきますから、歩いて探し回ったことがあったんです。それでここならと思ったんです」「穴場ですね。休憩所としてチェックしておきます」「休憩所ね」(笑) 最初にそんな会話をしました。 この後そのファミレスについてはそれ以上は特に何も話しませんでした。このお見合いルールを破った私の行為が彼女にどう映ったかを聞くことはしませんでしたが、 彼女が一目を気にしないでいいことに甚く喜んでいると言うことは感じ取れました 。 それからは普通にお互いの仕事ことや趣味のことを話し、特にここで書いておもしろいこともありませんので省略しますが、ただ一つだけ言いますと初めて2時間会話がもちました。 沈黙が続くことなく話題がなくて焦ったりとかもなく、なんとなく普通の会話をしている内に気がつけば2時間が経っていました。彼女は終始にこやかでドリンクバーのカフェラテをおかわりしていました。 私は仲人士さんの「話がもった人がご縁のある人」という言葉を思い出しました。  次の日の午前中に相談所に電話しますと彼女からOKの返事があったとのこと。勿論こちらの返事もOKです。絶対にこちらから断らないのが信条ですので(笑)当然その彼女が今の嫁というわけです。 私は3年前につきあっていた女性と別れ、神様がくれた最大の結婚チャンスを無にしてしまいました。でも最後の最後に少しだけ、全てが始まったその「約束の地」を使わせてもらったのです。 こうして私の嫁探しの旅は終りました。ミュージシャンの追っかけやったり、初めて彼女が出来て失恋も経験して、急に体を鍛え初めて、そしてお見合い。お見合いは意外にあっけなく終わりましたけど最初に「男女比率1:9の世界」を見つけてから6年。今ではいい思い出となりましたが、この6年はこれまで生きた中でも最も自信を持って語れる人生の一コマとなったのでした。というわけで感動のエンディングロール!(終わり)

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  • 28 Mar
    • ネットで見つけた男女比率1:9の世界 パート2 第6章

      (前回までのあらすじ) 結婚の宛てもなく20代を過ごした私。そんな中、偶然にも圧倒的に女性が多い集いの場を見つけそこで初めてお付き合いするようになる女性をものにする。しかし1年半後の33歳にして結局別れてしまい、再び結婚可能性ゼロに陥る。私はスポーツクラブで体を鍛え始め、女性の見る目が急に変わったと感じ始める。しかし何か今後のプランがあるわけでもなく結婚の可能性ゼロであることは変わりなかった。そこで私は最後の手段として結婚相談所にお見合いの世話をしてもらうのであった。(お話しは何度かお見合いしてから続きます)「相手さんからお返事ありました?」「既にお電話がありました。今回は御縁がなかったということでした」(またダメか・・・) 私が入会した結婚相談所ではお見合いの次の日の午前中に相談所の事務所に電話をかけ、仲人士さんにお見合いの返事をすることになっていました。 そしてお互いの返事がOKであればお互いの携帯電話番号を仲人士さんが教えて、そこからおつきあいが始まるというシステムでした。 これはどの相談所も同じ感じと思います。因みに私はそういうことがなかったのですが、おつきあいをしながら別の人と同時並行でお見合いするという人もいます。特に悪いことではないそうです。 先ほどの仲人士さんとの会話は2004年8月上旬頃の話です。当時35歳です。その時点で私は既に3回のお見合いをしていました。最初のお見合いは7月の第一日曜日。結婚相談所の登録申し込みをしたのがは6月上旬でしたが、たまたま仕事が忙しかったり、必要書類の準備に手間取ったりしたせいもあり、初めてのお見合いはほぼ1ヶ月後のことでした。7月の約1ヶ月の間に3人の女性とお見合いをしたわけです。 約1ヶ月の間に3回と聞いてお見合い経験のある方はどう思われるかわかりませんが私はものすごいスピード感だと思いました。なんせ2002年4月につきあっていた女性と別れた後、ちょこちょこ出会い系をやって以来約2年間新たな女性との出会いなど皆無に等しかったわけですから。何も行動せず日常生活を普通に送っていたら女性との出会いなどありません。私はあらためてそう思いました。「それにしても難しい。会話がもたない」 3回のお見合いは全て翌日の連絡で相手からのお断りでした。3回共、このお見合いは失敗だったとお見合いが終わった後、相手の返事を待たずともすぐわかりました。 お見合い開始直後はお互いの仕事や趣味を聞いたりするのですが段々と話題がなくなり次第に沈黙の時間が多くなって行ったのでした。 こういうのは焦れば焦るほど上手くいかないものです。結果、相手に好印象を与えることができず応えはNG 私は仲人士さんに言われた「お見合い時間は2時間」と言うのを忠実に守ろうと努力しましたが、全く初対面の女性と話を2時間もたせることは至難の業でした。 恥ずかしながら私、自分は女性とのトークが得意だと思っていました。スナック従業員の女性や男性に優しくすることをお商売とする女性が私の話で抱腹絶倒、腹を抱えて笑っていたのを何度も目にしていたので自信を持っていました。 しかしそれはお見合いトークには通用するものではありませんでした。 下ネタ御法度、マニアックな話は御法度、初対面の人に濃い話は御法度(ここで書いてるような話しです)。相手は真面目に結婚を切望する至って普通の女性。(男に優しくする従業員女性が不真面目と言ってるわけでないですよ)あくまでもマジメな感じで誠実さをアピールしないといけないのです。 誠実さなんてアピールしたことがありません。下ネタしか言ったことがありません。ここで書いてるようなアクの強い濃い会話しかしたことありません。 私はかなり頭を打ちました。今までのことは全て無駄。一からトークを学びなおさないといけない。果たしてこんなことをやっていて本当に結婚できるのか? 私は気を取り直して電話の向こうの仲人士さんに言いました。「確か既に決まっているお見合いって次の日曜のあと1回だけですよね。その次のお見合いも決めておきたいので土曜日に紹介リスト見に行きますわ」「はい、お待ちしてるわ。ヤスさんにお見合いのお申し込みあるから見に来て下さい」「わかりました。見に行きます」 そして次の土曜日、私は結婚相談所に行きました。「お申込みがいっぱい来てるわよ」 仲人士さんは私が事務所に入るや否やすぐに紹介リストを持ち出しました。「この方なんかどう?」「いやあ、ちょっと待ってくれよ。その前にさあ・・」 因みにお見合い3回目の頃には仲人士さんともぶっちゃけた感じで話すようになっていました。「(お見合いの)会話がもたへんわ。初対面の女性と2時間も話されへんで」「ヤスさん、最近何の映画観たん?」と仲人士さんは言いました。 私は「またその話か」と思いました。 この仲人士さんはお見合いの最初の顔合わせの時に話のきっかけをつくる為かよく「最近観た映画は?」と聞いていました。 映画観賞というのは最も無難な男女共通の話題ではないかと思います。それで仲人士さんはそう聞いていたのだろうと推測します。 私も自分の趣味の欄に一応書いておくか程度の気で「映画観賞」と書いていました。しかし、その頃は全く映画館に行きませんでしたし家でゆっくりレンタルのDVDを観ることもありませんでした。なんせ、仕事とお見合いの他はスポーツクラブで忙しかったものですから。(兎に角、少しでも話をもたせないといけない) 紹介リストには趣味の欄があります。この趣味の欄は話すきっかけを探る手掛かりでした。相手のことは会ってみないとわからないでしょうけど、そこに私が苦手な趣味を書いていれば、お見合いの時間はもたない可能性が高いと考え、お見合い候補からはずすようなことをしていました。 因みに私が拒否反応を示した女性の趣味を思い出せる範囲でいいますと「スポーツ観戦、ゴルフ、釣り(意外にある)」でした。 今思えばそんなことを考えるのは馬鹿げたことだったと思います。お見合いの時間をもたせられたら成功ではないのです。短い時間でも自分のことをアピールできたらいいのです。しかし当時は仲人士さんに言われた2時間に拘ってしまい、それを達成する為にはまず趣味の話題で入っていくのが得策だろうと考えていました。 一体私は何をめざしているのだろうと思ったりもしました。本当の目的は結婚相手を見つけることであってトークが上手くなることではないのですから。 「聞き上手は話し上手よ」仲人士さんは優しくそう言いました。「ああ、わかっている。しかし相手のことを聞くのも1時間ともたない。段々と沈黙が長くなるよ」「話しがもたなかったらそれで御縁がなかったと考えて見れば?御縁のある方は自然と話せるものよ」「そんなもんかなあ」 私はそんな仲人士さんの励ましで少しを気を楽にしました。 それから仲人士さんは何枚も申し込みがあった方の紹介リストを見せてきました。 私は人気がありました。殺到していたと言っても過言ではありません。それまでの3回のお見合いは3回とも相手からの申し込みでした。中には「こんな美人が私に?」というものもありました。(やはり痩せた効果が出たのか?) 私はいつしか選り好みをしていました。結婚の可能性ゼロで最早選ぶ権利さえもないと感じていた私でしたが、この世界は男女比率1:9の再来のようでした。 断っておきますが私は面食いではないですよ。寧ろブス専(笑。ただ拘る条件もあって職業欄が家事手伝いか空欄はNG、同年齢か年上(35歳以上)はNGでした。「じゃあこの方どう?前にヤスさんが断った方だけどどうしてもと言ってるのよ」「162cmはちょっと高い」 あと身長も条件でした。あまり思い出せないんですけどこの頃の私の小柄な女性が好みだったようです。最近は寧ろガタイのいい女が好きだったりして。 結局この日は翌週以降のお見合いの日取りを決めることができませんでした。私は、あと1回だけ決まっている翌日のお見合いを控え「聞き上手!聞き上手!」と自分に言い聞かせ、相手の趣味や仕事からどう話しを展開していくかの作戦を考えながら家路に着くのでした。ネットで見つけた男女比率1:9の世界 パート2 最終章http://ameblo.jp/yasushi135/entry-12152280430.htmlへつづく

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  • 27 Mar
    • ネットで見つけた男女比率1:9の世界 パート2 第5章

      (前回までのあらすじ) 33歳で結婚の可能性ゼロのチョーやばい状態となった私はスポーツクラブで体を鍛え始め、女性の見る目が急に変わったと感じ始める。しかし何か今後のプランがあるわけでもなく結婚の可能性ゼロであることは変わりなかった。そこで私は最後の手段として結婚相談所の門を叩くのであった。 カミングアウトしますが実は私、結婚相談所のお見合いで結婚したのです。 これをカミングアウトというのかどうかちょっと半信半疑なのですが、私以外で結婚相談所で結婚したという人は周りではあまり聞いたことがありません。 たとえそうであっても隠しているような感じがします。30歳超えて結婚する人で、きっかけが「友人の紹介」の人は十中八九そうです。(何の根拠もない断言!) 隠すようなことだとしたら、カミングアウトでいいかもしれません。 業者(結婚相談所の自虐的表現)に頼らなければならない状況に陥った、あるいは最初からそれしかなかったことを知った時は非常に残念でしたが、今は良い嫁、かわいい子に恵まれて、とてもよかったと思っています。 業者に頼ったことは他人には堂々と言うようにしています。 最近はもうあまりないですけど以前は年に1回あるかないかですが「結婚のきっかけは?」と聞かれることがありました。そういう時は「結婚相談所に登録してお見合いしました」と応えます。 それに対するこれまでの反応は、意外な応えに困った様子で「ふ~ん」と言うしかないか、「出会いは何でもええ。それも出会いの一つや」なんて何だか私が間違ったことでもしてフォローでもされるかのようなのが多かったです。まあそうやってドン引きさせて反応を楽しんでいるんですけど。 余談になりますが嬉しかった反応も言いますと「どんくらい金かかった?」って食いついてきたことですね。私は「こうこうこうで総額ン十万(詳細はあとでいいます)かかったかなあ」と言ったのですが「それメッチャ安いやん!」と言われました。 その嬉しい反応は高校の時からの親友で私と同じく結婚に苦労したタイプの奴。私のように最終的にお見合いではありませんでしたが、女性にかなりの高額プレゼントをして次の日連絡が取れなくなったという武勇伝を持っているような人です。恐らく彼はそういう自身の数々の失敗を思い出して結婚相談所がリーズナブルと感じたのでしょう。彼は業者に頼むことより自力でやることの方がもっともっと無駄なお金を遣うのだということを私に言わんとしたのです。 話し戻します。2004年6月、私は満を持してある結婚相談所の門を叩きました。 結婚相談所についてはネットでメッチャ調べました。勿論、結婚相談所について知るのは初めてでしたが、中には入会金と会費がバカ高くて積極的に成婚を促さず長く会員のままでいてもらうことで儲けているような悪質な業者もあるようでした。私は入会金、月会費がリーズナブルで、成婚した際に成功報酬を納めるタイプにしました。 雑居ビルの一室にある事務所に入ると少し化粧が派手目の高齢の女性がテーブルに案内してくれました。私はいかにも若い人の世話が大好きなおばさんという第一印象を受けました。「どうぞこちらにお座りください」「こういうの全く初めてです。お見合いもしたことないし」「そうですか。あなたならお見合い申し込み殺到よ」と謎の言葉を言う女性(こういう世話をする人を仲人士さんと言って資格試験もあるそうです。以下、仲人士さんと言います) そしてまずお見合いの流れについて簡単に説明してもらいました(あくまでも私が入会した相談所の場合です)「まず初めにこの事務所に来ると女性の会員リストが閲覧できます」「こんな感じよ」と言って仲人士さんはいくつか見本を見せてくれてました。 リストは一人一人1ページを割いた「紹介カード」というものになっていて写真、生年月日、職業、学歴、趣味、簡単な自己紹介が載っています。あと、初婚再婚とか家族構成とか書かれています。勿論、個人情報ですので名前欄は空白、仕事、学歴は最低限の表現にしています。本人の希望だと思いますが写真が載っていないものもありました。(なんかリアル。これって実在の人?見てもいいのか?私はまだ会員でもないのに)「リストの中からお目当ての女性を選んでもらったら、相手の女性にお見合いのお申し込みがあったことをお伝えします」 それから相手の女性が事務所に来た時に私の紹介カードを見てもらい、それでOKならそれからお見合いの日取りを決めるという流れになるとのことです。「私の紹介カードをみる為にわざわざ事務所にきてもらうってなんか悪いですね」「そんなに気を使わなくていいのよ。女性があなたのことを気にいらなかったら男性リスト見て他の男性にお見合い申し込みして帰ればいいだけだから」「あは。それもそうですね」「それからお見合いの日はまずこの事務所に来てもらいます。それで10分ほど顔合わせをした後、2人だけで移動、そこでお話しして各自解散になります」「場所は喫茶店とかですか?」「ええそうよ。○○○○珈琲さんをみなさん良く使われるわ」 ○○○○珈琲は高級喫茶店だと聞いたことがありますが、なんだかすごくラフな感じです。私が想像していたお見合いとかかなり違っていました。「お見合いって何時間くらいなんですか」「そうねえ。2時間くらいかなあ、みなさん」 その時の私はこの2時間という時間についてあまり何も思いませんでした。文字通り「2時間、女性と会話すればいいのか」としか思いませんでした。私はこの2時間がどれほど過酷な時間になるとは今は知る由もありませんでした。 それから入会するのに必要な書類や費用など一通り説明を聞き、特に問題は見当たらず、ネットでも評判を調べておったこともありましたので、すぐに入会を決めました。そして身上書(お見合い用語でプロフィールカードのことです)を記入しました。 身上書に書く項目は先ほど見せてもらった女性のリストとほぼ同じ感じですが、会社名、卒業校名を実名で書くなど多少詳しくなっています。(家族構成を書くのがおもしろいな。片親とかわかっちゃうな) 先ほど見た女性の紹介カードもそうでしたが私には「知り合う前から家族構成がわかる」ということを不思議なことに思えました。 お見合いだから当たり前のことなのかもしれません。私の薄い知識の中の話ですが女性が次男かどうか拘るということは聞いたことがあります。次男であれば親の面倒を看なくていいという話だったと思います。そこに拘るかは人それぞれと思いますが、身上書の各項目を埋めていく内に私は「昔はもっと周りの女性のことを知っていたなあ」などとおかしなことを思いました。 学生まではクラスの住所録が配られて住んでいる場所を知っていました。個人情報云々がうるさくなってからはなくなりましたが会社に入ってからも昔は年賀状を出すために住所録が配られたものでした。 住所録の話はまあいいんですけど、少なくとも同じ学校、同じ会社であることは間違いありません。間違いなく知っています。そうやって相手の素性をある程度知っていて安心感を持っているのです。そういう意味で学校や会社がお見合いの場を提供していると言えるのではないでしょうか。 学校時代、会社の縁での結婚の可能性が全くなかった私には、合コンなどで「どこの馬の骨?」という出会いしかありませんでした。いえ、そういう出会いを否定するわけではないですけど、この度、女性の紹介カードを見たり、自分が事細かく身上書を書いてみて、今まで自分が結婚しようと思ってやってきたこととかなりのギャップを感じたのでした。「年収いくらだったかなあ?」「今は大体で書けばいいわよ。証明になるものを提出してもらいますので違ってたら訂正しておきます」「やっぱり年収を書くのは男だけなんですね」「昔からそうよ。どんなに時代が変わってもこういうところは変わらないのよ」 私は思い出せる範囲で身上書の年収欄に金額を書きました。 そういえば私は先ほど見せてもらった女性の紹介カードの年収欄はどれもこれも空白だったことを思い出しました。女性が結婚相手の男性に年収を求め、結婚相談所とはそういう世界であることはネットで調べた時から知っていましたが、逆に女性には年収が不問であることは考えたこともありませんでした。 私は昔、男は三高と言われていたことを思い出しました。高学歴は兵庫県限定のローカルルールでなんとか満たした、高身長、高収入はアウト!と友人と話したものでした。また男余りで何%かの男は結婚できないと言われ、もてない男はふんだりけったりでした(一応、今後の伏線ですので抑えておいてください) では書類の提出みたいな話もちらっと出ましたので、ここで結婚相談所に登録する時に必要書類について箇条書きにしてみます。結婚相談所に全く縁のなかった人にはおもしろくなんともないかもしれませんが。●写真(まあこれはわかるでしょう)●戸籍謄本又は独身証明書 最近は個人情報保護の観点から戸籍謄本の提出はなくなっているそうです。独身証明書は役所でもらえます。●運転免許証(ある人のみ) 身分証明書の意味もありますが免許あるかどうかってその後のお付き合いにとって重要なんだろうと思います。●最終学歴の証明書(短大卒又は大卒のみ) 同窓会名簿とか卒業アルバムでもいいそうです。私は家の額に飾ってあった卒業証書を持っていきました。●資格(国家認定)を身上書に記入する場合それを証明するもの(ある人のみ)●年収500万円以上の金額を身上書に記入する場合、源泉徴収票などそれを証明するもの(勿論、年収を書かなければならない男性のみ)「最近写真撮ってないですわ。カメラ屋で撮って来ようかなあ」「じゃあ今ここで撮ります?」「え?」 すると仲人士さんはデジカメを持ち出して私を窓際に座るように促し、写真をパシャパシャ撮り始めました。派手目のおばさんにデジカメで写真を撮られる私。なんだか滑稽な光景のように思えました。 見せられた写真は少し逆光?と思いましたが紹介カードは会員さんだけですけども不特定多数の人が見るものですしこの程度でいいかなと思いました。 ついでになりますけど気になる費用ですが記憶の範囲で紹介しておきます(あくまでも私が入会した結婚相談所の場合です。また10年前の情報です)●入会金 約3万円●月会費 約7千円 お見合いしなくても払います。月会費を払っているからというわけなのかわかりませんが、毎月会報誌(紹介カードを集めて小冊子にしたもの)が届きます。会報誌を見て気にいった女性を見つけたらお見合いを申し込んでもいいそうです。●お見合い 1回につき2千円 月会費とは別に1回毎に払います。●婚約成立料 約20万円 めでたくご成婚に至った場合、男女それぞれから支払います。ここで結婚相談所を退会します。あと、写真撮影料840円(さっきので金取るんかい!)「では、書類が揃って初回費用の振込が終わったら入会です。それからお見合いを進めていきます」「来週までに全部揃えてまた次の休みに来ます」「お待ちしていますよ。頑張ってください」 という初めて結婚相談所の門を叩いた1日のお話しでしたが、これからどうなるかなんてすぐには何も考えませんでした。相談所をあとにした後、その足でスポーツクラブへ行って汗を流して家に帰ったことだけは鮮明に記憶しています。(つづく。今回は会話文を入れて小説風にしてみました)第6章へ

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  • 19 Mar
    • ネットで見つけた男女比率1:9の世界 パート2 第4章

      (前回までのあらすじ) 33歳で結婚の可能性ゼロのチョーやばい状態となった私はスポーツクラブで体を鍛え始め、女性の見る目が急に変わったと感じ始めるのである。相も変わらず結婚の可能性はゼロであったが不思議と不安もなく自信に充ち溢れるのであった。 2003年11月、スポーツクラブで体を鍛え始めて1年になろうとしていました。当時、元々72キロあった体重は64キロまで落ちていました。 お気づきかと思いますが8キロ痩せるのに1年かかっています。 なぜかと言いますと、アイスクリームも食べてましたし、お酒も飲んでいましたし、食事制限とか見よう見まねで何もかも自己流だったからです。でもそうやって時間かけて痩せるのがリバウンドしにくいんだとも言われたこともありましたけど。 もう35歳。後がない。 私は忘れてはいませんでした。結婚しないといけない。その為には目標のジャニーズの若い子のような体型にならないといけない。前章で述べたように女性の見る目が変わったことで私は何の根拠もなくそのように思うようになっていました。 それにはまだまだ程遠い。そういえば最近の体重は一進一退を繰り返しています。 もっともっと頑張らないといけない。そこで私はこれまで適当にやっていた食事制限を強化することにしました。といってもコンビニで買う弁当のカロリー表示をみるくらいなもんですけど。お酒は控えて、よく言われる1日1600キロカロリー以下を守るように努めました。「さて、目標まで痩せたらその後どうする?」  「お見合い?」まあそう考えるでしょう、フツー。何をやってもダメだったのですからもうあれやこれや考えないでオトナの言うことを聞いてみようみたいな感じでした。 といいましてもお見合いをどうやってやるのかわかりませんでした。ドラマでよくあるような見合いババアが突然お見合い写真を持ってきて、庭でししおどしがカコーンとか鳴って「ではここからはお若い二人にお任せして・・・」みたいなんかな。私にはそんなイメージしかありませんでした。「結局『業者』に頼るしかないのか」 いつ知ったのかはっきりとは思い出せませんが結婚相談所という業種があることを私は知っていました。 確か子供の頃、母の自営のお客さんが結婚相談の仕事をしているというのを聞いたのが最初だったと思います。それから結婚情報の大手企業が私の会社の顧客であったりとか、家にどこで私の住所を知ったのかわからないですがそういう業者のDMが届いたりだとかそんなことだったと思います。「結局金で解決するしかないのか。それにしても堕ちたもんだ」 私は業者に結婚相談することを恥ずかしいことのように思いました。自力でなんとかすることにまだどことなく拘っているんです。しかしそんなことを考えても仕方ありません。現実は、もう自分は業者に頼らないと結婚できないほどに堕ちてしまっています。もうこうするしかないのです。 2004年4月、体を鍛え始めて1年と4ヶ月。昨年の11月からさらに6キロ落として体重は58キロになっていました。 ジャニーズの若い子のような体型になろうと思うと計算では52キロまで落とさなければならない。そしてさらなる食事制限をしてスポーツクラブに通いましたが、倦怠感など体調の異変を感じるようになりこれ以上は痩せられないと思うようになりました。 結局最も体調が良いと感じる60キロ前後で落ち着くことにしました。ジャニーズ体型にはなれませんでしたがそもそも35歳のおっさんです。もう充分だと思いました。 そして2004年6月、私は満を持してある結婚相談所の門を叩きました。「もうこうするしかないんです」 それは「婚活」という言葉が世に出る3年前のことでした。(つづく)第5章へ

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ヤス

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昭和43年生まれ
自己紹介:
バカっぽい文章を書くのが好きでたまに書いています

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