• 30 Oct
    • 【見合い結婚5.5%】結婚相談所は一体何をしているというのか?

       恋愛結婚88%に対し見合い結婚は5.5%。 2007年に婚活という言葉が登場して以来、お見合いも一般的に定着した感がありましたが、なんやこれ? 絶望的な数字だ。http://www.garbagenews.net/archives/1845050.html 婚活という言葉を考えた人は「今は婚活しないと結婚できない時代」なんて言っていましたが、嘘やん。恋愛で結婚しとるやん。ある時期からお見合いと恋愛が逆転して恋愛結婚の方が圧倒的に多いのはわかりますけど、婚活ブームと言われた時期に、10%になるとかその程度でもいいんで、何かしらそのムーブメントが見えていたら納得もするんですが、グラフからはそんなこと少しも読み取れません。 結婚相談所は何をやっているのか?少子化問題をどう考えているのか? 婚活にカテゴリーされているお見合いパーティーや街コンはお見合いに入らないとか、結婚相談所の登録者数は増えているとか、細かいこと言いだすと長くなりますし、そんなこと分析してもどうせ結果は見えてますんで書きませんけど、「数字はちゃんと見るべき」だなーって何度も何度も騙されきてこれで何回目?みたいに思いましたとさ。

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  • 29 Oct
    • 世界を救うのは仕事を頑張った人でなく仕事を休んで子を産む女性

       恐らく兵庫県内でもこんなこと思う男は少ないだろうのシリーズ。 あんまり詳しく言いませんけど、先日、1年くらい前に産休取って休んでた会社の女性が産まれた子供を連れて挨拶に来てたんです。 子供は1歳になってるかなあって感じで女性に抱っこされていたんですが、よく見ると、女性はお腹が大きくてまた産まれるみたいなんです。 私は「鉄の子宮だ、百発百中だ」なんてことを思いつつ、なんだかその女性を尊敬してしまいました。 少子化問題です。かなりまずい状況だということは私も知っていますので、こうやって次々と子を産む女性をみると敬意の気持ちで見ざるにはいられないのですよ。 そして虚しくなったのです、自分の存在が。 私も仕事やってる時は、目の前にある仕事が知らない誰かの役に立ってると思ってやっていて、何かしら、この世界を救っているんだという自負心を持ち、誇りを持って頑張っています。 でも、私がどんなに頑張っても日本は滅ぶのです。子供が増えなければ。 日本は少子化で西暦3200年に日本人人口ゼロになって滅びます。これは厚生労働省が大真面目に出している未来予測です。避けられない運命ですが、必要なのは高齢化を乗り越えてソフトランディングすることです。その為には少しでも多くの子が産まれる必要があるんです。(ここまで全部「未来の年表」の受け売りです) だから世界を救うのは私じゃない。世界を救うヒーローはこの子供産むために「(私が誇りとしているところの)仕事」を休んだ女性の方なんです。  もうさあ、会社の生産活動とか一旦やめてしもて、子供を生産することに注力した方がいいんちゃうか?(って、近未来を描いた恐ろしい映画を思いだしただけです) 男はなんもできんわ。子供産む能力のある「女」って、めっちゃかっこええ、「人間が人間を作りだす」ってすごすぎ、なんてドン引きされるかもしれないことを思うのでした。 未来の年表 人口減少日本でこれから起きること (講談社現代新書) [ 河合 雅司 ] 価格:820円(税込、送料無料) (2017/10/29時点)

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  • 25 Jun
    • 怖いくらいに記憶がないということがありますか?

       数年前、会社の新人研修で意気投合して仲がよかった名古屋の友人が私のところに遊びに来たことがあると話したのですが、私にその記憶が全くなかったということがありました。 具体的に覚えてないとか記憶がぼんやりとしているとかそういうことではなくて、全く何も覚えてない「無」だったのです。遠方からわざわざ友人が遊びに来てくれたというそんな印象に残るはずのことなのに何も覚えてません。私はあまりのことに背筋が凍るように感じました。 話しは変わりますが先日、会社である仕事のことを知りたくてその仕事が始まってから2年間の議事録を調べていたのですが、あることに気付きました。私は確かにその仕事に関わったいたはずなのですが私の名前はあまり出て来ないのです。そして○○さんの名前が多く出てくるのです。 私の記憶では、私は2年間、仕事に中心人物ように関わり、その後一度離れ、その抜けを○○さんが引き継いだように思っていましたが、○○さんは初めから大きく関わっていて私は議事録にもあまり出て来ない下っ端のような存在だったようなのです。 私が2年の間、その仕事をしていたのは確かですが○○さんと一緒に仕事をした記憶はほとんどありません。 こわいこわい。私は日頃から「よくそんなこと覚えているなー」と言われ、記憶力はあるほうと自負していたのですが、それも怪しくなってきました。これは記憶の改竄というやつでしょうか?

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  • 21 May
    • 【JR貨物 苦節30年で黒字化】父は国鉄貨物課の職員でした。

      JR貨物 苦節30年で鉄道黒字の春 「復活」の原動力は?http://www.sankei.com/premium/news/170511/prm1705110005-n1.html------------- 最近の気になるニュースです。JR貨物が黒字になったんだって。 28年前、私が20歳の時に死んだ父は国鉄職員だったが、私が記憶している限りでは長い間、貨物課で仕事していた。父が死んだのは国鉄が民営化した1年後だった。その頃、父は病気のせいで既に退職していたけど。 小学生の頃、父が「国鉄は赤字だ」と教えてくれたのを思い出す。徐々にトラック輸送に移行して貨物も斜陽化して行く傾向は父の頃からあった。当然一人の力ではどうにもならず、私たちを養う為だけを考えて父なりに頑張っていたんだろう。 記事にも書いてあるがJR貨物には安楽死論もささやかれた。しかし時代は変わった。トラック輸送の人手不足にエコ志向。父の頃には想像もしないことだっただろう。黒字転換する為に相当な努力があったのが記事から伺える。 必ずしも新しいものだけが勝つんじゃないな。古い技術しか知らない私には清々しい逆転だと思えた。父も長生きしてこの記事読めばよかったのにと思いました。

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  • 12 Mar
    • 中学受験の勉強の為に学校休むってふつうなんですか?

       ドラマ「下剋上受験」を 36年前に自分も中学受験したことを懐かしく思って観てるんですが、驚いたことがありました。 阿部サダヲ扮するお父さんが3学期は学校を休ませてくださいと学校の担任の先生に頼みに行くんですよ、子供に中学受験の勉強させる為に。その場面では先生は最初は許可しないんですが「蓄膿症が酷そうです(嘘)病気なら仕方ありませんね」と気を利かせた言葉を言ってくれて休ませてくれるんです。 私が驚いたのは受験の為に小学校を休むこと自体ではありません。驚いたのはそれを堂々と小学校に頼みに行くところなんです。 私が受験した当時も東京の方では進んでいて3学期は休むのは常識で学校の先生も容認していたんだろうか。 私も受験までの1ヶ月は学校を休みました。結局受験には失敗してしまいましたから打ち消したい暗い過去になってしまいましたが、私の場合は何度か先生が家に様子を見に来たみたいでその度に母親は受験前でノイローゼ気味でとか見え透いた嘘をついて誤魔化していたようです。 ネットで調べてみますと中学受験で学校休むことをテーマに書いている人はやっぱりいて「子の意見を尊重して小学校に行きたいか行きたくないかを聞いてみてください」みたいなことを言っている人がいます。 いやいやいや。「小学校を休むの犯罪やろが」 それは言い過ぎですが小学校に行かなくてはいけないのは憲法で決まっている子供の義務です。休んだら憲法違反です。まあ休んだらエエですけどー、堂々と言っちゃいけない。こそこそ嘘ついて休むものです。 こういう所がね、中学受験ってどうなんやろって思うとこです。学校と喧嘩、そこまでは行かなくても学校と相反しないといけないところが多分にある。小学校も中学受験も子供の教育、もっと平たく言うと子の頭を良くするという共通の目的であるはずなのに。なんでこんなこと続いてるんやろと思います。 こんなことを36年間色々考え続けて、結婚して子が出来たら俺のリベンジで中学受験させたいと結婚する相手もいないのに思ったこともありますし、今でもつるかめ算とか聞くと血が騒ぐんですけど、今はまあ、アンチ中学受験に傾いてるかなという感じでいます。関連記事【おまえが言うな】塾講師が論じた言葉が『小学校のあり方』の真髄を貫いた!【はあ?】http://ameblo.jp/yasushi135/entry-12059626578.html

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  • 14 Jan
    • ドラマ「下剋上受験」第1話の感想と自分の中学受験体験の話

       ドラマ「下剋上受験」の第1回を観たが脚本、雑くない?中卒の悔しさが全然感情移入できなかった。なぜに不動産屋?実話は土方やろ?もっともっとどうしようもなく貧乏の底辺の世界を描かないと。あと、賢いと思っていた子がアホやった描写は偏差値と点数だけではよくわからない。テスト問題解いてみて「こんなの学校で習った?」みたいな異世界が存在することを知って驚くみたいに私なら描きます。 ところでここでカミングアウトしますけど私は中学受験をしたことがあって、そして受験に失敗した側の人間なのです。といってもこれまでこの話をしてもあまり興味をもたれたことはなく「あっそう」って感じでしたけど。 めっちゃ勉強しましたので、恐らく秘密基地で遊んだとか小学校の時に体験しておくべき楽しい思い出がみなさんよりかなり少ないのだと思います。それも報われていれば何の問題もなかったかもしれませんが、結果は敗北でしたから今も私の精神に大きく影響するトラウマのようなものになっています。 思い出すのが毎週、塾でテストがあったんですが算数が毎回30点くらいしか取れなかったこと。中学受験の算数って学校の算数とは全くレベルが違う、いや別の科目と言っても過言ではない奇妙奇天烈の難問ばかり。解いたことない人でもクイズ番組「平成教育委員会」を観たことある人なら多少は知っているでしょう。 本当に情けなかった。なぜ解けないのか?なぜわからないのか?受験勉強は2年やりましたがほぼ大半の期間、全く太刀打ちできませんでした。 志望校の試験問題を解いてもどう考えても合格できるような点は取れない。そんな状況でなぜその志望校を受けたのか、塾の先生から志望校のレベルを落としてはどうかとかの指導がなかったのか、あまりよく覚えていません。 それから10年。私は大学生になって塾講師のアルバイトをするようになりました。そして私は驚くべきことに気付くのです。 中学受験クラスの算数を受け持つことになった時のことですが、なんとあれほど難しかった中学受験算数が簡単に解けてしまうのです。前述のクイズ番組も算数は全問正解ですよ。人生やり直せるなら小6に戻って灘中を受けてみたいと思うくらいでした。 その理由を考えてみましたが、恐らく中学、高校の数学で論理的に物事を考える思考が身に着いたのも大きいとは思いますけど、何よりも「大人になった」ということが大きいように思います。 よく頭の良さを示す指標としてIQが高いとか話題になりますが、あれは「実年齢に対する精神年齢の高さ」だと聞いたことがあります。当然大人になれば精神年齢は高まります。(IQは実年齢に対するですから頭が良いことになりませんが)それで解けるようになったと個人的な感想ですけど結論づけました。 それからまた10数年後のこと。兄が子を中学受験させると言います。私は兄に中学受験のアドバイスを求められることが何度かあったことを記憶しています。私は中学受験に負けたと言っても家族の中では唯一の実戦経験者です。兄は自分自身は中学受験をしたことがありませんでしたので当時の気持ちを経験者の私に聞いてみたいと思ったのでしょう。 私も当時のことを久しぶりに思い出し少しわくわくする気分になりました。兄は休みの日や仕事を早く上がった日は子に勉強を教えていたようです。本屋で買ってきた学校別の試験問題(大学の赤本のようなものです)を自ら解いてみて「90点取れた」などと自慢していました。 私はその様子を兄から聞いて自分が中学受験した頃との圧倒的な差を見せつけられたように思いました。それは兄の子には我々大卒の大人がついていて、さらに加えて我々には中学受験と塾講師経験があるということです。 親が高卒と中卒の私は親から勉強を教わった記憶はほぼありません。恐らく私が中学受験した時も同じく中学受験をした友人の中に親が大卒で親から勉強を教わっていた者はいたのでないかと思います。 親が高卒と中卒の私は圧倒的に不利です。勉強を教えないにしても「今の成績じゃ志望校は無理」と判断してくれる大人が欲しかった。経験のない親にはそんなことはできません。あの中学受験は身の丈を考えない無謀な戦いだったのだと気づかされました。 先日の話です。今、上の子が小4なんですが、嫁が言うには○○くんが中学受験するということを子が言うそうで気になるようです。 私は「俺は中学受験は必要ないと思っている。但しこれが西宮あたりに住んでいたら俺の言うことも違ったかもしれない」と返しました。西宮はそうなのかはっきり調べたわけでありませんが、地域に通える範囲の私立進学校が多くあり、地元の公立に何かしら問題があるなどのようなことで中学受験志向が高い環境であれば受験を考えるかもしれないということです。 ただ私の地域では私立進学校よりレベルの高い公立進学高がかなり近い所に多いですのでそんな環境でわざわざ私学を検討する必要もないと考えています。 まあ子供のことですから○○ちゃんと塾に行きたいとか言い出して勉強している内に受験してみたいとか流れでなるかもしれませんのでその時は封印している中学受験指導の能力を発揮することになると思います。

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  • 30 Oct
    • 【黒歴史】私は学級崩壊させた張本人でした(笑)

      多分、今年の4月以降のことだったと思いますが、嫁が小3の子の授業参観に行った時のことを話しました。嫁「○子ちゃんがね、国語の時間はちゃんと先生の言うこと聞いてたんやけど、社会の時間はお喋りしてたのよ」俺「そんなもん、席まで行って頭こついてこいや!」嫁「うわあ。でもね、あとでママ友さんに聞いたんやけど、担任の○○先生って頼りないって親の間で噂になってるらしいのよ」俺「そうなんか。そうであっても叩かなあかん。子供の教育は命がけや。周りの目なんて気にしてられないんや」というような話をして特に解決策を話すでもなくその話は終わりました。実は私、その話を嫁から聞かされた時「叩きなさい」とは言ったものの内心、血の気が引くような感覚を感じていたのです。私は小学5年生だった時のことを思い出しました。何十年もの間、独身時代は勿論、結婚してからもその間の生活には何の関係もなかったので忘れてしまっていましたが私が小学5年の時のクラスは所謂「学級崩壊」をしていたのでした。授業中はものすごく騒がしく立ち歩きをする生徒もいて誰も先生の授業を聞いていませんでした。そしてカミングアウトしますけども、それを最も激しくやって最も学級崩壊の中心人物だったのは私なのです。私は当時、有名私立受験を志しており進学塾に行っていました。塾では学校より先取りで学習します。学校では、一度塾で勉強したことがある、しかも遥かに簡単な内容を聞くわけですから学校の授業はつまらない。それで授業中にお喋りしたり立ち歩いたりしておったのです。(○子ちゃんが俺見たいになったらどうしよう)私はあらためて自分が小学生の親であることを自覚するのでした。そんな話があって私は何十年かぶりに小学校の時のことを思い出したわけですが、ちょうどその時、小学校の同窓会が計画が持ち上がっていました。私のところにも案内状が来て既に出席のハガキを返信してしまっていました。当時のことを覚えている同級生もいるだろう。学級崩壊のことで私のことを嫌っている同級生もいるかもしれない。小学校の時に学級崩壊を起こした張本人なのにどの面下げて同窓会に行けるんだろうか。私はそう思いました。私はこの悩みを嫁に相談しました。俺「同窓会で一言謝ろうか。あの時は俺も子供で何もわかってなかったって」嫁「そんな何十年も前のこと、みんな忘れてるよ」俺「そうやなー。昔過ぎ。気にしているのは俺だけかも」嫁「うん、ほんとそう。自分から言うことないよ。何か言われたとしてもさらっと流せばいい」俺「確かに自分から言い出すのもなんだか変に思われそうや」嫁「うん。絶対おかしい」私は嫁にそう励まされてシレっとしてればなんとかなるかなと思うようにしました。先生も出席するらしいですが出席するのは小学6年の時の先生で小学5年の担任は来ないし大丈夫だと思いました。それから迎えた同窓会当日。私は小学校の同窓会に出席するのは初めてでした。あれから30数年が経ち、みんな大人になっていました。友「やっちゃん(私の小学校の時の呼び名)、久しぶりー。全然変わってない。小学校の時のまま!」俺「ええー。誰でしたっけー」(半笑い)そんな会話を何度もしました。なんだか私を迎え入れてくれている。私を怨んでいる同級生もいなさそう。たとえ内心怨んでいたとしてもう学級崩壊の件は触れずにシレっとしてればなんとかなると再度思いました。そして宴も中盤にさしかかった頃、同窓生一人ずつのスピーチがありました。語れるわけがない。小6担任の女先生には一言お礼を言いたかったのですが学級崩壊の件に触れることになってしまう。皆が小学校時代の思い出を語る中、私は当たり障りのない何の面白みもない近況報告だけをしました。それから学年主任だった先生のスピーチがありました。その先生は小学5年の時の学年主任でもあり、厳しい頑固親父タイプの先生。教えてもらったことはありませんが私も恐い先生と思っていたと記憶しています。先生は開口一番、「担任持ったことないけど、○○ヤス(私のこと)のことはよく覚えているよ」と私のことをフルネームで言いました(会場からどっと笑い)俺「・・・」もう逃げられない。先生の口から避けていた例の話が出てしかも全員に告げられた。もう話さなければならない。先生の話が終わった後、私は横の席にいた友人に言いました。俺「あの時のことを悔いている。悪かったと思っている」友「みんな悪かったで。やっちゃんだけのせいやないで」俺「そうなんかな?みんな俺の行動に流されて悪くなったんとちゃうか」友「それは違うで。その証拠に俺の妹も○○(私の小5の担任)が担任になってその時も学級崩壊してたんや」俺「そうなんか・・・」その友人は現在、教師をしています。彼はこうも言いました。「子供は未成熟なので悪くなるのは当たり前。親の躾もあるけど学校の授業ではコントロールできない教師が悪い」彼曰く、現在は学級崩壊対策マニュアルというものがあって、先生を訓練するプログラムがあるそうです。別の友人で小5の時に同じクラスだった女性はこう言いました。「私ら女子も悪かった。やっちゃんは関係なく女子は全員、○○を嫌っていたんよ。なんか話してることが薄いというか何言ってるかわからんかった」その後、前述の教師の同級生と色々と議論しました。俺「みんなそう言ってくれるけど、やっぱり俺はよくなかった。塾がいけない。塾で先に勉強しちゃうから学校がつまらない」友「それはちゃう。塾と学校ではベクトルが違う」俺「だったら俺みたいな生徒をどうしたらいい?」友「それでも上手くやるのが学校教師やで」俺「そんな具体性のない答えはないわ。学校が塾と戦えるようにすればいいんとちゃうか。小学校も進学コースを作って対抗すればいい。それが競争原理ってやつ」友「それは無理。民間はあくまでもビジネス。ビジネスを出発点としない公立学校はコンセプトが全然違う」・・・などなど話は塾存在論にまで発展していきました。俺「そういえば俺って小6からは割と大人しかったもんな」友「そう。それも○○がアホやった証拠」俺「そう考えると塾で先に習ってたから学校がつまらなくて騒いでたというのは違うような気がしてきたわ」友「○○先生(小6担任の女先生)がよかったんよ」俺「ああ、俺もそう思う。○○先生には感謝している」小学5年当時のことを知っている別の先生とも話しました。先「あの時はたいへんやったよー(笑)○○○○(問題の教師)が○○先生(前述の学年主任)にいつも怒られててねー。横で聞いてるのが辛かった」(終始笑)俺「実は○○○○先生が算数のテストの答えを間違えていて指摘したことがあるんです。○○○○先生はなかなか間違いを訂正せず、授業中に長い間議論になったんです」算数で小5に論破されたことがあるのに校長になれる教師の話先「へええ、そんなことがあったの。○○は算数もできないアホやったと言うことやね」俺(笑)学年主任の先生とは宴では話しませんでしたが、帰りのエレベーターでいっしょになって声をかけられました。「○○ヤスやな。○○○○(問題の教師)の時は・・」(笑)「ええ、小5は黒歴史なんです」(周りの女性陣からどっと笑い)「黒歴史って・・・」と小6担任だった女先生。そして私はこう言いました「後2年で子供が小5になります。今度は親として考えなければ」(すぐにお別れの雰囲気になったのでそれ以上は話しませんでした)ここで気づいたんですが先生たちは問題教師のことを呼び捨てにするんです。普通生徒に対しては○○先生と言うでしょう。後輩なら○○くんと言うのかもしれませんが。私にはなんだかそれが一人の教師として認めないと言っているように聞こえてなりませんでした。先生たちの話ぶりからして私の知らないところで色んなことがかなりの問題になっていたと推測します。勿論なにもかもわかったわけでありませんが、先生たちにとってはもう生徒が授業中にお喋りする云々の次元の話でなかったのかもしれません。その問題教師ですが教師の同級生曰く、今度校長になるそうです。俺「考えられへん」友「ああ、俺もそう思う。○○とすれ違ったことあるけど無視したったわ」教育界って一体どうなってるんでしょうかねえ?-----この件ついては同窓会終了後、実家に帰ってから母とも話しました。母「最初は○○(問題教師。母も呼び捨て)に呼び出されてヤスはどうなってしまったんやろってびっくりしたけど、お父ちゃんと授業参観に行って『この先生、何?』って思ったんやで」俺「その話は初耳やな。保護者会でやりこめた話は聞いてたけど授業参観みてそう思ったというのは」母「それで一気に自信ついたんよ。ヤスは何も悪くないって」俺「そうやったんか。それでその後の保護者会の話になるんやね」(ここから私も聞いたことがある話)母「お父ちゃんが『子供の成績が悪いなら補習してください』って言うたんよ。そしたら○○は『上司に怒られます』やって。お父ちゃんは『だったら校門の前で補習すればいい』って言うたんよ」俺「お父ちゃんらしいわ」母「それでお父ちゃんがコテンパンにやりこめて、あんたの通知簿の成績が一気に上がったんよ。この子、勉強できるのに何でこんなに成績悪いんやろって思ってたけど、そのことがあって、ほとんど全部『よくできる』(3段階の最高)になったんよ」俺「ヘタレやな。上司に怒られると言ったことといい、親を恐がって成績よくするなんてそこがヘタレ」母「お父ちゃんはね、子がどんなに悪くても子を守らないといけない。子を信じないといけない、そう言うてたんよ」俺「・・・」信じていてくれた死んだお父ちゃんのことを思い出すと私は涙がこみ上げて来ました。前述の教師の同級生は「あの小5の体験があるから自分が教師になってもあれ以上の酷いことはないって自信がもてるんや」と言っていました。私も子が後2年で私が学級崩壊を体験した学年と同じ小5になります。今の処、学校からの呼び出しはありませんので、冒頭で書いた子の授業中のお喋りの件は比較的軽傷のようですが、これから○○○○のようなヘタレが担任になって学級崩壊が起こらないとも限らない。どんなに同級生に励まされてもどんなに先生たちが問題教師に不適合者のレッテルを貼ろうとも、やはり学級崩壊の一端を担った私の罪が消えたとは思いませんが、この経験は子育てをする上で普通の親が持ち備えることがない大きな経験だったと思います。私はこの経験を生かし、そしてお父ちゃんと同じように、全力で子を信じ全力で子を守ろうと決意するのです。

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  • 28 Aug
    • 母がネットもやってないのにフレッツ光に入会していた。

      母が「(固定)電話代が高い気がする」というので明細を見てやったら、フレッツ光をやってるんです、インターネットもやってないのに。ネットもやってないのにフレッツ光をやってるのはオプションの光テレビをセールスに勧められたからのようです。明石では普通のアンテナでテレビ大阪が観れないので「テレビ大阪も観れますよ」と言われたとのことです。(電話代が高いと思ったのは母の勘違いでNTTの明細に光テレビの為に契約したフレッツ光ライトの料金が入っている意識がなかったようです)「これってさあ、テレビはあくまでもインターネットのおまけ機能やで。インターネットやっててそのついでにテレビ大阪も観たいというならお得なんやが、テレビ大阪だけの為にフレッツ光やるってどうなんやろ?なんだか騙されている気がする」母曰く、そうやって近所の年寄りがネットもやってないのにフレッツ光をやってるのが多いらしいです。NTTのカスタマーセンターに電話して「ネットはやってないから安くならないか」と聞いてみましたが、テレビはネットのオプション機能ではあるんですが、そういう理由で安くなることはないそうです。「ネットはやってないけどテレビだけでフレッツ光に入る人って多いんですか」「はい、そういうお客様も多くいらっしゃいます」「まあそう言うでしょうね。でもこういう売り方ダメですよ。騙しですよ。この電話で言っても仕方ないので意見として上に上げておいてください」「・・・。はい、ご意見として今後の参考にさせて頂きます」それから解約金とか解約手続きの話しを聞いて電話を切りました。「最近、テレビ大阪観てとらへんから今までのアンテナでエエけどなあ」と母。「セールスっていかにもNTT本社から来たみたいな感じで信用してまうけど、あれって単なる代理店やからな。押し売りと同じ。ネットをやらないのにフレッツ光ってどう考えてもおかしいと思うのが普通だわ。あいつら押し売りと同じやからそんなこと考えない。今後は大企業の商品であっても信用したらあかんで」と言っておきました。解約金がかかる期間があるみたいですのでそれが過ぎたら解約手続きをやろうと思います。(関連記事)ジェイコムが勧誘に来たけどクーリングオフした話http://ameblo.jp/yasushi135/entry-11961760346.html

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  • 16 Jan
    • 明石に総合選抜という特殊高校入試制度があった。

      最近うれしいことがあったので記念カキコ。先日、高校の時の同級性が、私が昔やっていたサイトを辿って某SNSの友達申請をしてくれました。今はそのサイトは更新を休止していますが残骸を残していたのです。こんなこともあるもんだと思いました。そのサイトというのは明石市の特殊高校入試制度「総合選抜」の廃止運動をしていたサイト。総合選抜についての詳しい説明は省略しますが、希望した高校に入学できないことがあることや、受験の負担は緩和されるものの学力低下の原因になっていることが問題視されていました。(以下、総選と略します。総選について詳しく知りたい人はウィキペディア「総合選抜」を参照してください)サイトを運営していた時は兎に角楽しかった。サイトのアクセスは毎月3万アクセスくらいあったと思います。この手のローカルテーマにしてはすごいアクセスでした。本業も忙しい中、県立図書館で資料集めをしたり、サイト上で記事を執筆したりと毎日忙しくしておりました。活動はネットが中心でしたが、市議会議員と直接話したり、県庁に出向いて情報開示請求したり、総選賛成派の「敵」が現れて議論したりと、それなりに戦いがあって胸躍る思いでした。サイトの更新を休止したのは総選が廃止となった平成20年のことですが、それから7年経った今でも色々思うところがあります。総選廃止後、我が母校である明石南高校は低学力生徒の受け皿的存在になりました。これはある程度予想していたことでしたが、偏差値は神戸の公立底辺校と同等で、私立底辺校だった八代(現・神戸国際)にも負けているという、卒業生としては悲しい限りの結果を招きました。サイトではよく加古川地区より明石市の子供たちの学力が低いことを取り沙汰しましたが、現在は兵庫県の学区再編により明石と加古川は同学区となり、加古川地区と張り合う必要もなくなりました。明石市議会は学区再編に猛反対し県に意見書を提出したりしていましたがその甲斐空しく、総合選抜廃止がめざした明石の子供の学力向上は学区再編という大きな変革に飲まれる形となりました。こういったその後の大きな動きの中、今も残しているサイトの残骸を完全削除してしまおうかと思ったこともありましたが、今回のようにサイトを辿って私を見つけてくれる友人がいたり、またウィキペディアでは全国で完全廃止となった今も全国の有志が「総合選抜」を盛んに更新していたりと、少なからず「負の記憶遺産」として残しておく意味があるのかと思い、削除できずに今日に至る次第なのです。当時のサイト明石により良い教育を!

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  • 08 Nov
    • アガリ症の私でもプレゼンが出来る!と思えるようになった話

       他人はどうかとかあまり聞いたことがなくて比較したことはないんですが、私は多分、先天的な脳障害的なことで極度のアガリ症なんだと思います。 一番やばかったのが、入社3年目のこと。私の会社では入社3年目の研究発表みたいなことがありまして同期がそれぞれの部署でテーマを決めて論文書いて大ぜいの前で発表するみたいなイベントがあるんです。 ああー思いだしたくもない。心臓バクバク、膝がくがく、手は震えるわ、声はうわずるわ、悲惨なもんでした。練習の時は割と人並みに発表できてたんですが本番ではボロボロでした。指導してくれた先輩には本当に申し訳なかったと思います。 そんな私でもお客さんの前で説明したり、偉い人の前で話したりそれなりに場数を踏んでだんだんと慣れて来て、心臓はバクバクは少なくなり、それなりに話せるようになりました。 ここ数年は心臓のバクバクはなくなっていたのですが、今度はお腹が痛くなるようになっているんです。「次は僕のプレゼンです」のCMのように下痢ではなく胃痙攣のような腹痛。場数を踏んでアガリ症を克服して来たかにみえましたが、全く治っているわけでなくて、今度は心臓ではなく胃に来るように形を変えただけだったのでした。 それと心臓バクバクも完全になくなったわけでなくて、初対面の人が多い場所で自己紹介が廻って来るようなシチュエーションで、ホントどうでもいい名前を言うだけの自己紹介なんですけど、発作的に心臓バクバクが再発したりします。「クッソ!頭はムチャムチャいいのに!」 前に出世競争に負けたと言いましたけど、その原因はこのアガリ症のせいだと思っています。 悔しいです、私は何も悪くないのに。できることなら薬に頼って治したい、脳手術で脳の欠陥が治るものなら受けてみたい。 ついこの間まではそう思っていましたが、実は最近いいことがあったのです・・・。 みなさんはあまり知らない大ぜいの前で壇上に上がってスクリーンに映し出されたプレゼン資料を指し棒で指しながら話すということをしたことがありますか?これからの人生で起こりそうですか?これからも全くなさそうですか? 実は先日、会社で「プレゼン研修」というのがあって、そんな練習をして来たのです。 私の会社の研修って全国のグループ会社から受講生が集まって来るって感じで、毎回のように、自己紹介とか発表みたいなのがあるのが定番スタイルで、ただでさえアガリ症にはしんどいシチュエーションなんですが、それが今回は「プレゼン」という直球ど真ん中の研修だったのでした。 これ受けろと部長から案内メールが来た時は「プレゼン」の文字を見た瞬間に心臓バクバク(笑)研修へ出発する日はとても憂鬱でした。 多分、壇上に上がって発表練習をするんだろう。しどろもどろになって恥かいたらどうしようと、不安でいっぱいでした。 ところがそんな心配する必要なかった。すごくいい研修だったんですよ。 講師の先生はその世界では有名は方。元は予備校のカリスマ教師の先生だったそうです。 先生はまず最初にこんなことを言いました。「みなさんはプレゼンを学校で教わったことありますか?みなさんは教わったことないのです。だから出来なくて当然なんです」「緊張するのは自律神経が正常な証拠。緊張しない方が病気かもしれませんね」 アガリ症アカン奴がハッとするような言葉の数々。アカン奴の私は一気に救われた気分になりました。 それからプレゼンが上手くなるテクニックを色々と教えてくれました。「声を大きさ、話す速さ、間の取り方、姿勢・・・一辺にできるようになるなんて無理です。まず一つだけできるようになってください。できるようになったら二つ目に挑戦してください」「(スクリーンに写される)プレゼン資料は究極のカンニングペーパー。忘れないように書いておいてチラ見するんです」「強調したい所を赤字にしておいてください。赤字が来たら声のトーンを上げる!」 アカン奴にとにかく優しく丁寧なんです。 アカン奴が少しずつステップアップして、工夫しながらできるようになるように教えてくれるんですが、よくよく考えるとこれって学校の勉強とか、会社で若手に仕事を教えたりする時には普通にやっていたこと。 しかしプレゼンという場面になると、本番に向けての準備はするものの、指導する方もされる方も素人で、誰も体系的に教わったことがない。ただ字数が多いだけの眠たくなるパワポ作って、プレゼン発表は話の上手い営業(と信じているだけ)にやってもらおうかみたいなことになって、何が正しいか誰もわからず手探りでやってる。 話すのが上手いとかアガリ症だからとかそんな次元の話じゃない。そりゃあ上手い人は上手いんでしょうけど、それ以前にちゃんと技法というものがあってそれを実践すれば出来るようになるのです。 実践練習では「最初より上手くなったと思いませんか?上手くなったでしょ!」ってさすがは予備校の元カリスマ教師って感じで、暗示をかけるように話しかけてくれるんですが、歳のせいかどうもこういう洗脳教育にはなかなか引っかかりにくい。www  でもね、研修が終わった後は入社3年目の研究発表のトラウマが一気に解消されような気がして、晴れやかな気分になりました。【送料無料】 あなたが変わる「話し上手」の法則 / 田中省三 【単行本】価格:1,296円(税込、送料込)

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  • 20 Sep
    • 算数で小5に論破されたことがあるのに校長になれる教師の話

      俺「片道100キロの道のりを行きは時速50キロ、帰りは時速20キロで行きました。さて平均時速何キロだったでしょう?」嫁「ええー。50キロと20キロを足して・・・」俺「はい、終わり。バカか。足してとか言うてるよーじゃ、ダメだ」嫁「・・・・」そして私は解き方の解説をしました。俺「いやなんでこんな話をしたかというとね、実は昨日の小学校の同窓会で、小5の担任だったアホ教師がテストで俺のこの問題の答えに×付けたんで抗議した話を思い出したんや。」嫁「訂正してくれたん?」俺「どうやったかな?アホ教師、すぐに誤りを認めず食い下がってたな。その教師は○子さん(嫁の名前)が今言った解き方を正解だと主張していた。俺は絶対に間違ってないという確信があったので引き下がらなかった。授業中に結構長い間、議論していたと思う。確か他の親御さんからも抗議文が届いていて援護射撃になった。こんな簡単な問題解けないなんて、教師として生きる価値ないことの証明やで」嫁、あまり興味ない様子。(チッ。嫁って本当に○○(地元のトップ公立高校)卒なの?こんな文章題解けないなんてアホか)と心の中で思いながら私は話を続けました。俺「それがよー。昨日の同窓会でわかったんだが、そのアホ教師は今、教頭で今度、校長になるらしいねん。この文章題解けない奴が校長って、どうなっとるねん」嫁「それだけじゃないみたいなことあるからねー、特にあのセ・カ・イは」俺「信じられん。小5に論破されたことがある暗い過去を持っている教師が校長になったらアカンやろ。こうやって日本の教育は滅ぶんだ。○ね、○ね、○○○○(アホ教師の名前)」嫁「その小学校の子供たち、かわいそう」wwww

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  • 08 Aug
    • 【おまえが言うな】塾講師が論じた言葉が『小学校のあり方』の真髄を貫いた!【はあ?】

      塾説明会で「レベルの低い小学校の授業なんて何の役にも立たない」と発言した塾信者の母親に対して、塾講師が論じた言葉が『小学校のあり方』の真髄を貫いた!うーん。この記事を賞賛している人がいますけど、私は私立中学受験経験者なんでそうなのかもしれませんが、なんかしっくり来ない。素直に響かない。虫のいいこと言ってるとしか感じない。「オマエが言うな」って思います。学校がバカだからと思って塾始めたんとちゃいますの?学校だけでは進学校に合格できないことがビジネスになると思ったんとちゃいますの?そうでないと塾なんてやらないわ。そんなのに学校のすばらしい役割論じられてもなあ。勿論、子供には学校は役に立たないと言っちゃいけない。それはよくないと思います。でも母親をそう言わせてるのは紛れもなく小学校授業とは別世界の超難問を入学試験に出題する進学校であり、そしてそのビジネスに乗った進学塾でしょ。母親をそうさせてしまったのはおまえらなのにどの口が言うとんねんと思います。内容はよいことを言ってるのはわかりますが、これが賞賛されるのには違和感を感じます。

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  • 07 Feb
    • 【黒歴史】昔、新興宗教に入信していたことがあります

       打ち消したい過去ですが、ノストラダムスの大予言を信じておりました。 多分1999年8月より後だと思いますが、週刊SPAに「ノストラダムスの大予言を信じていた人たちのその後」みたいな特集があって、その中で「ノストラダムス挫折組」という表現がありました。 1999年に何かが起きると思っていた人たちが1999年に何も起きなかったということで、その人たちを挫折組と称したわけです。まさに私のことだと思って笑えました。 予言と言えばもう一つ打ち消したい過去を言っておかねばなりません。 カミングアウトしますけど実は私、新興宗教に入っていたことがあるんです。今は阪神甲子園駅からその会場行きのバスがあるらしいです。その会場が出来た時は既に辞めていたので行ったことないですけど。 きっかけは入信していた母親の奨めでした。入っていたのは確か高校生の時だけだったと思います。週1回、会場に通っていました。会費はかなりリーズナブルで私の小遣い+親に電車賃もらってなんとかなる程度でしたが、ある時から突然、新会場(今の西宮にある会場)を建設する為の寄付金集めが始まりました。その寄付金集めがきっかけで母親は行かなくなりました。親も一応は宗教に身ぐるみ剥がされたみたいな話は基礎知識としてあったようで、それで幻滅したんだと思います。 私の方はと言えば私も寄付金集めには疑問をいだきましたが、どちらかと言うと大学入ってから大学のサークル活動が楽しくなってなんとなく足が遠のいて行ったというのが本当のところです。 入信していた当時はその新興宗教の教祖様を超能力者だと信じていました。 教祖様の前でトランス状態になって踊り狂う信者。教祖様が手をひょいひょいと動かすと信者も操り人形のように踊る。私はそれを目の当たりにして超能力の存在を信じるようになりました。 教祖様は信者の質問に答え、その人個人の将来を占ったりもしました。また日本経済の先行きを予言したりもしていました。 今思えば、教祖様の前で踊る信者は暗示効果として科学的に実証されていますし、予言にしても本当に当たるか、今までも当たったことがあったのか怪しいものでしたが、当時はそんなことは考えませんでした。  やめた後に信者のみなさんが阪神大震災で多く死んだという話を聞いて「なんだ。予言できてないやん」と冷めた目で思いました。 その教祖様は2010年に亡くなられたそうですが今の私には関係のない話です。ただ、藤原紀香が芸能界に入る前に信者だったそうでその入信期間が私がやめた後だったと知った時にはもう少し続けていればよかったと思いました。誠成公倫

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  • 13 Jul
    • 小学生の時に塾に通っていてズルしたことがあります。

      多分この話って30年くらい誰にも言ってないなあの話。 小学生の時に私立中学を受験する為に塾に通ったことがあります。受験の結果は不合格で地元の公立中学に行きましたけど。 塾には毎日通っていて家ではいつも塾の宿題に追われていました。学校の休み時間に宿題やったり、時には内職したりしていました。学校から帰って塾が始まるギリギリまでその日が期限の宿題をやっていたこともありました。よくやってたもんです。そりゃあもう過酷な毎日でした。  先日、そういう話を嫁にしました。嫁は中学校の内申書を維持し地元の公立トップ校に行ったタイプの人間でして塾にはほとんど行ったことがありませんでした。 私は「それでね、いよいよ宿題が間に合わなくなってねー。これって誰にも言ったことがなくて、初めて言うんやけど、本屋にね、同じ問題集売ってるでしょ。塾の問題集は別冊の答えが抜き取られてるわけなんやけどね、本屋に答えがあんねん。見に行くわけなんよ」と嫁に言いました。  嫁は「なんか、かわいそうやね。小学生がそこまで追い詰められたんやね」と、悲しげに言いました。嫁が悲しそうな顔をするので、私もあの頃を思い出して余計に悲しくなりました。 あの体験は何だったのか?小学生のある時期を勉強に追われ、何か得たのか失ったのか?それは今もよくわかりません。

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  • 12 Dec
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