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斜視・斜位等の両眼視機能不良及び両眼視機能異常がTVで放送されると、世紀の大発見とばかりに両眼視をアピールされるお店もあるようですが、見る為の情報処理過程を含めてアセスメントした場合、それだけでは不十分な事は往々にしてあります。

「TVを見て心配になった・・・」と御来店された数名おられましたが、シンプルに入力部分の問題だけであれば、視機能のアセスメントを綿密に行うことで解決できる事もあります。

しかしながら、このようなシンプルな問題だけをクローズアップしてしまうと、本質的な困難を見逃してしまうというケースを数例。

両眼視機能不良に関しては、量的にも質的にも困難があると示唆される斜位で、自覚的な困り感とアセスメントから得られた結果が合致する為、眼鏡装用にて良好な視機能が得れる度数にてフィニッシュ。

ここまでは、当方でも日常的且つ当たり前に行うことであり、今更あらためてアピールする必要も無いと思われます。

下記は、多くはないが、決してレアでも無いケース。

光に対しての過敏さがあり、この部分に対する配慮や方策が必要だったケース。
(読書時、白い紙面が黒い文字に侵食していく・文字が揺れ動く・反転する)

また、視機能系は眼鏡で良好になっているにも拘わらず、よりクリアになった視力によって視覚情報の弁別・混乱が起きたケース。
(なんとなく曖昧に処理していたことが、よく見えるようになったことで情報整理に混乱が生じていると思われる)

複視が恒常的に起きていたのを、プリズム補正で単一にまとめた時、今までの視覚情報が変わったことでパニックが起こったケース。
(いつも見ていた世界からの変化に対し、その変化に対する耐性が弱かった為、徐々にほんの少しづつ複視の距離を近付けていって対応。度数が強い弱いの問題では無く、状況変化に対する対応。)

「シンプルな問題」が「簡単な問題」とは全く思っていませんが「様々な困り感は両眼視機能のみに問題アリ」というバイアスが掛かった場合、それが「見ること全体の質を上げる」という事にはならないケースも多々あるということです。

「視力」や「両眼視機能」等のボトムアップ要素に困難があるならば、正しい環境(検査環境)と知識で、根拠に基づいた補正することは根底ですが、単に外界の像を鮮明に写し取ることが目的では無く、それらを分析・統合する情報処理機能、これらの協調がうまくできている事が「正しく見ること」と言えます。



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