さようなら日本!こんにちはタイ!

誰のため、何のための人生を生きていますか?会社や世間のため、親のために人生を生きているならそれは自分を否定してることと同じだ、と私は思います。

これまでタイは世界で最も嫌いな国でしたが、住み始めたところタイ人には惚れました(居住者としてタイという国は矛盾が多く、依然として好きにはなれませんが・・・) それでもこの国は日本よりずっと精神的に自由で、豊かだと思います。日本を出て気がついたことそれは【日本は恐怖に支配された国】【監視国家】【精神監獄】だということです。みなさん、ウサ晴らしの海外旅行はそろそろ終わりにして、勇気を出して、日本を出ましょう。一生は一度しかないのですから・・・小さな島国で一生終わるなんてもったいない!

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お仲間はほとんどゲイですが

 

ゲイの方で、バイクが好き、車が好き、将棋が好き、野球が好き、釣りが好き、賭け事が好き

 

という方は比較的少ないです。

 

 

でも、ときどき熱狂的な車ファンとか、野球ファンもおります。

 

すばらしいことですよね!

 

 

いわゆるそれらの趣味は”男の趣味”と思われている分野であり

 

 

友達や同僚にも堂々と話すことができます

 

 

 

ところが、私たちがお世話してきたお客様のなかには

 

 

料理が得意、編み物が好き、洋服に興味がある、髪の毛をいじるのが好き、フルートを吹くのが得意、ピアノが弾ける、歌や音楽が大好き、お花が好き

 

 

などという方がたくさんいらっしゃいました。

 

 

これらの人々が、自分の趣味や得意分野を、いわゆる第三者に明かすのは、並大抵のことではありません!

 

 

最近ではカリスマ料理人やカリスマ美容師などの登場もあって、料理が得意で、手先が器用などということは、むしろ女子からは憧れの的となっていますが・・・

 

 

昔はそれはとても大変なことでした。

 

 

 

例えば、私(ひでき)は、野球が嫌いな少年でした。

 

私が少年だった頃の日本は、人気スポーツは野球ぐらいしかなく、男の子であれば、ほとんど誰もが野球選手になることを夢見ていました。

 

 

にも関わらず、私(ひでき)は、ピアニストになることを夢見て日々を過ごしていました。

 

 

だから私の少年時代は灰色そのものであり、周囲との戦いであり、試練の連続であったといわざるを得ません。

 

 

もっとも辛かった思い出と言えば・・・

 

 

毎年夏になると甲子園が始まりますが

 

私はテレビの前に座らされ、両親から

 

「お前は男の子なんだから高校野球ぐらいわからないとダメだ・・・」

 

と毎日野球中継を見させられました。

 

 

さらに両親から「男の子なら野球ぐらいやらないとダメだ」と地元のチームに入ることを強制されました。

 

 

”そんなこと言われても興味のないものは興味ない”と心の中で叫びましたが、なんらの反抗もできませんでした。

 

 

男の子だったらこれが好きなはず、これをやるべし。

 

 

女の子だったらこれが好きなはず、これをやるべし。

 

 

当時の主流の考え方がそうだったんです。

 

主流に逆らって生きることがどんなに大変か

 

私は少年時代から身をもって知っていました。

 

 

結局・・野球は好きになれませんでしたが・・・

 

 

それでも、我慢して、我慢して、高校野球を見続けました。

 

あのつまらない、”玉” と ”棒” だけのゲームを・・・。

 

 

いま思えば、私が高校野球を見続けられたのは、球児たちの顔と股のふくらみを見られる、という唯一の特典があったからです(劇笑)

 

 

ときどき○○学園の○○投手という選手がハンサムだったりすると、いろんなことを想像し、夜が楽しくなりました。

 

 

地元とは関係ないその○○学園を応援したりしました。

(敗退すればそのイケメン選手が見れなくなってしまうからです)

 

 

それ以外は、野球なんて苦痛そのものでした!

(読者に野球ファンがいたらごめんなさい)

 

 

 

そもそも私は物心ついたときから音楽が好きで、ピアノにしか興味がなかったのですから

 

 

強制的な観戦は、楽しみどころか、拷問でした。

 

 

いまでもテレビやラジオで野球の話題が出るとすぐにスイッチを切ってしまうんです。

 

そのぐらい嫌い、というか苦手なんです。

 

野球=つらい思い出に連結されてしまっているんですね。

 

 

ところで、私の姉の話です

 

 

姉は、頼みもしないのに親が私に買い与えたものの、決して手を触れなかった ”バット” と ”グローブ” を使って父親と守備練習をするような女でした。

 

 

姉はスポーツが得意で、とくに戦うような運動が好きでした。格闘技にも興味があったようです。

 

 

さらに成人になってからの話ですが、車の運転も得意で、バックや切り返しなどお手の物でした。車両感覚に優れ、バックミラーなんか見ないでもすいすい駐車していました。

 

 

よく母親が、うちは女と男が逆転しているね と言っていましたが、まさにその通りでした。

 

 

 

さてさて一般の女性の場合はどうでしょうか?

 

 

このブログをご覧になっている女性の方で・・・

 

釣りが好きだとか、鉄道オタクだとか、狩猟が得意だとか

 

登山が得意だとか、めっちゃ車のメカに詳しいとか

 

週末は欠かさずバイクのツーリングに出かける

 

という方はいらっしゃいますか?

 

 

あんまりいらっしゃらないかもしれませんが

 

 

ときどき、そういう方もいらっしゃるんですよ!!

 

 

 

先日、ラジオを聴いていたら

 

いかにも女性らしい可愛らしい声をした女性アナウンサーが

 

「実はアタシ、鉄子なんです」

 

 

と言っているのを聞いて、とてもうれしくなりました。

 

 

鉄子すなわち鉄道ファンの女性ってことですよね!

 

 

その女性が言うには、人前でその趣味を告白するのが恥ずかしくて、ずっと黙ってきたが

 

あるとき「私、鉄道が好きなんです!」 と周囲にいい始めてから

 

「アタシもよ!」

 

「アタシもよ!」

 

とどんどん仲間が増えてしまったそうです。

 

 

人生面白いものです。

 

自分が ”鉄子” であることを告白した女性は、そのときから新しい人生が開けてしまったのです。

 

 

 

人間、生まれついた体が男だからといって

あるいは女だからといって

 

いわゆる男の子の趣味をめざさなくてもいいんです

いわゆる女の子の趣味をめざさなくてもいいんです

 

好きなものは自分が決めていいし

それを隠さなくていい

と思うんです!

 

 

趣味と性別はもともと関係ないです

というか好きなものは、生まれつきで

そもそもみんな違うんだから

 

 

男だから、女だからというつまらない理由で

世間にあわせる必要なんて

ないんです!

 

 

これまでの日本人は

みんながやるものをやりたがってきました

 

主流(メイジャー)に弱い国民だったんです

 

要するに怖かったんです

マイナーと思われる怖さがあったからでしょうね

 

わかります

でもそのメイジャーが必ずしも自分の好きなものでないなら

 

そのメージャーにあわせる必要なんかありません!


これからは違います!!!

 

 

これだけ世界が変わってきてるんですから

 

 

誰がなんといおうと

 

自分が好きなものを追求すればいいんです

 

 

嘘と泥棒と人殺しを除けば

どんなことをやっても許されるはずです

 

 

あなたが筋骨たくましい男性であって

 

趣味がお人形さん遊びだったとしても

 

ぜんぜん構わないのです!!

 

 

 

趣味や得意分野に性別やセクシュアリティ(性指向)は

 

まったく関係ない

 

と言ってもいいでしょう

 

いや、そういったことに性を持ち込むなら、かえって視野を狭め、世界が狭くなるでしょう

 

 

だからみなさん、これからもどんどん

 

自分な好きなことに

 

没頭してまいりましょう

 

他人から何と思われるようと

 

 

ご質問ご相談ございましたら、いつでもお気軽にこちらからお問い合わせください。

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

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まずはじめに、こちらをご覧ください。

 


世界幸福度ランキング


国連の世界幸福度調査で下記の6項目について調査した結果です


1)人口あたりGDP

2)社会的支援
3)健康寿命
4)人生選択の自由度
5)信頼・裏切りのなさ、たとえば政府や企業の腐敗など
6)性の平等性

このランキングにおいて世界157カ国のうち【第1位】になったのはデンマークです。

トップ10カ国のうち北欧、ヨーロッパ、英語圏の国々が多数を占めています。

高福祉、高負担と言われる北欧ですが、やはり性の自由は保証されているようです。

アメリカは意外に下で【第14位】です。

 

 

自由の国と言われるわりには低いですね。


アジアのトップは

シンガポールで【22位】

タイが【33位】
次は台湾で【35位】・・・

 

 

日本はといえば

ずっと下の【53位】でした。

 

(韓国や中国はさらに下)

 

明白なのは、日本はシンガポール、タイ、台湾より幸福度が低い!?ということです。
 

 

 

 

 

ランキングがなんだ!!

そんなもの当てになるか!!

 

とおっしゃる方もいるでしょう。

 

 

 

でも、少なくとも私はタイに13年住んでいて、精神的にはすご~~~~~く

楽 

だと実感しています。

 

 

 

現下の日本を同性愛に関する法律や条例で見る限り

 

わが国で

”性の平等性”

”性の自由” 

が保証されているなんて

絶対に言えないと思います。

 


むしろ概念的に、日本にはゲイは存在しない

 

 

 

あるいは居ても完全に目立たない存在になっている

 

 

という認識のほうが正しいでしょう。

 


 

昨今、あれだけ女性や子どもの人権云々、叫ばれる時代になっても

 

 

 

LGBTの権利は無視されていますし

 

 

 

法律なんか

全くと言っていいほど

何も成立していません!

 

 


 

私個人は・・・


ゲイであろうが、ストレートであろうが、きちんと社会に貢献しているし
 

みんなの役に立っている

 

これでいいじゃないか!!


セクシュアリティのことはほっといてくれよ!!

と言いたいのですが・・・

 

そんなことを声高に宣言する人もいません!!

 

 

そういう考え方自体が日本には存在しません!!




日本に住む限り、性の多様性など尊重されない、のが現実です。


というより、みなさん最初からご自身の性指向はひた隠しにして生きている

 

 

というのが現状です。


日本にいるゲイの友達が受けている精神的苦痛は

次のようなものです。

 

 


日本に住む限り、結婚しろ、結婚しろ、と死ぬまで言われ続ける!!


日本に住む限り、男は結婚して一人前、家族を持って一人前、と言われ続ける!!


日本に住む限り、セクシュアリティは死ぬまで封印せざるを得ない!!


 

といった類のものです。

 

 

 

あなたはこれらの攻撃を簡単にかわすことができますか?

 

 

 

 

 

 

ところで、最近同性婚が合法化されたアメリカですが・・・

日本よりはましなもののそれほど自由ではない、とアメリカ在住の日本人はいいます。

 

 

 

だから、いまアメリカに住んでいても、将来はタイに移住しようと、考えている人は多いです。

 

 

 

 

私自身はパタヤーに来て精神的にはずいぶん楽になりましたが・・・

 

 

 

 

日本に住んでる仲間のことを思うと、いてもたってもいられないときがあります。

 

 

 

 

自分だけ楽になればよい、というものではないからです。

 

 

 

 

日本で苦しんでいる仲間のことを思うと

 

 

これからは

 

 

 

ありとあらゆる手段を使って、日本中のゲイを誘い出し、タイへ移住させなくては、と思ってしまいます。

 

同胞を救おうとするのは

いけないことでしょうか?

 

 

 

 

性の自由が認められていない国はわれわれにとっては監獄同様です

 

 

 

監獄からの脱出、いわば ”脱獄” の幇助をしたくなります。

 

 

大げさですか?

 

 

わかってます。

日本はすばらしい国!

 

 

でも、経済的肉体的に恵まれていても、精神面で自由がないなら、それは自由がないのと同じではないですか?

 

 

 

自由がないなら獲得するまで運動を続けるか、さっさと逃げ出すしかありません。

 

 

さあみんな一緒に ”脱日” しましょう!

 

 

脱日ですよ、脱日!

 

 

 

北朝鮮の人たちだってこれ以上、祖国に期待できないと思ったから逃げ出しているんです

 

だったらゲイの脱日だってあり得るでしょ?

 

それは ”脱北” と同じだもの。

 

 

どんなに頑張っても自由が得られないなら、その国とバイバイするしかない

 

 

 

と思い行動したのは私です。

 

 

 

その意味で

日本⇒タイへの転居は

国外逃亡に近いものがあると考えます。

 


 

 

 

逃亡とはリスクを抱えての移動ですから

 

 

 

当然、支援は必要になるわけです。

 

 

 

 

脱出に際し、最も肝心なものが、経済面(お金)の問題でしょう。

 

 

 

 

 

リタイア後に年金という財源を抱えて出国するならともかく、若くして移住するにはそれなりの資金が必要です

 

 

 

これだけは、”なんとかなるさ” ではどうにもならないものです。

 

 

 

とはいえ、みなさん幸いお金はなんとかなるみたいです。

 

 

 

 

どちらかというとゲイは高学歴で多才で高収入な人が多いですから。(高額納税者が多い)

 

 

 

 

 

健康や体力に自信をもっているゲイも多いです。(病弱ゲイは少ないので、医療保険をあまり使わない)

 

 

きちんとした資金計画、もしくは将来設計があれば、移住はそんなに大変なことではありません。

 

 

 

 

 

最後に私は日本の政府に申し上げたい!

 

 

「ゲイをないがしろにすると、これから日本は税収が減りますよ!」

 

 

 

 

 

 

国は貴重な財源を失うことになりますけど、いいんでしょうかね?

 

 

 

いいですよね。

そもそも日本政府は

ゲイにずっと冷たくしてきたんですから。

 

 

自業自得ですよね。

 

 

 

 

 

そんなことより・・・

これからの使命について考えています。

 

 

 

 

私たち在住者の使命は移住者の精神的なケアーだと思っています。

 

 

 

 

簡単に移住といっても、人間そんなに簡単に変われるもんじゃないですし

 

 

あの超快適なJapanを飛び出して、この超いい加減なThailandに住む

 

 

というのはなかなか簡単にできることではないからです

 

 

 

やはり、人生を

日本⇒タイへ

シフトさせるには

 

 

調整のための時間

が必要となるわけです

 

 

 

私はそういった人々のサポートに残りの人生を捧げよう

 

と思っています。

 

 

 

 

 

そんな使命があるので、私はあのすばらしい国、日本へは帰れないのです。

 

 

 

 

 

ご質問ご相談ございましたら、いつでもお気軽にここからお問い合わせください。

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お客様をはじめとしてたくさんの方々とおつきあいしてきましたが

 

 

自分は○○ができないので・・・

 

自分は○○が苦手なので・・・

 

 

と素直に、自分の不得意分野や苦手科目を口にする人に

 

成功者が多い

 

と感じている

 

 

 

そういう人は要するに

 

世の中、ひとりで廻せないことを良くご存知の方なのだ

 

自明の理を理解している人

 

いわば自然の法則を心得ている方々だ

 

 

だから

 

仕事するにしても、遊ぶにしても

 

ひとりでは何もできないので

 

”○○さん、協力をお願いします”

 

を連発する

 

 

 

言ってみればこれまで出会ってきた立派な人たちは皆

 

”【お願い上手】”

 

の人たちであった

 

 

私たち業者もそういう人から【お願い】されると

 

”しょうがないな、やってあげるか”

 

と言いつつも

 

心中は、

 

”ああ俺たちは頼られているんだ”

 

とうれしくなる

 

だったら

 

”あの人のために一肌脱いであげよう”

 

とか

 

”頼られてるんだから、しっかりしなくっちゃ”

 

とか思うわけです

 

 

 

何より

 

”お客様に頼られてる”

 

という感覚は

 

本当に有難く、うれしいものです!

 

 

そもそも子どものころから

 

役立たず

 

とか

 

でくのぼう

 

とか

 

言われてきた自分にとって

 

タイで起業して

 

お客様の役にたっていると感じるときが一番うれしい

 

 

 

 

 

 

 

 

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最近、毎晩のように
 
寝る前にスマホをいじっています
 
日本と世界のニュースをチェックするのです
 
それがクセになってしまいました
 
 
 
 
これってどうなんでしょうか?
危険なことでしょうか?
 
 
 
ニュースを読んでいると
もっと知りたい!と思うようになり
もっと知りたい!が加速し
情報あさりが止まらなくなってしまうんです
 
 
 
午後10時に床についたとしても
あっという間に午後11時
あっという間に午前0時
 
 
もうちょっと、もうちょっと・・・
と続けているうちに午前1時
さらに気づけば午前2時
 
 
 
翌朝、寝不足のまま起きることに
 
 
 
学生ならまだしも
社会人なら完全にアウトな時間帯ですね
 
 
 
それはガキの頃
深夜テレビを見ていて
スイッチを切ることができなかったのと同じ症状
 
パタヤーに来て
 
知らず知らずのうち
ダメ人間への道を歩いている
ような気がします
 
 
それでも寝る前のスマホいじり
やめられないです
 
自分にブレーキをかけられない情けない男になっていくような気がします
 
私は意志が弱いのでしょうか?
 
それとも?
 
 
 
もしかしたら・・・
 
スマホを見続けるという行為そのものが・・・
 
健康を害する行為
なのかな
 
と思うときがあります
 
 
 
 
ネットで得られる情報は
ゴミみたいな情報が多いと
内心わかっているクセに
それでも見てしまう
 
なんなんでしょうね
これ?
 
 
 
本当は外からの情報を遮断して
自分との対話をしたほうが
 
 
よほど真実が見えてくるというのに
 
 
外の情報に振り回されっぱなしとは
 
 
 
 
ちょっと前までは
新聞を読むまで
テレビをつけるまで
 
何が起きているのか
わからなかったのに
 
 
いまでは
どこでも
いつでも瞬時に
ニュースが見られるようになりました
 
 
 
昔のほうがシンプルでよかった
 
と思っているのは私だけでしょうか?
 
 
 
なぜなら・・・
 
われわれの思考には
適度なお休みがあったからです
 
 
 
この思考期間中に
情報の質を見極め
善悪の判断をしていたのです
 
 
 
 
いつもネットに繋がっている状態とは
 
常に”酔っている”のと同じ状態で
 
 
正確かつ冷静な判断ができずに
いる状態を作り出すわけです
 
 
 
これらの利便性に満ちた社会は
 
 
われわれにたくさんの
 ”メリットのように見えるもの” 
を提供しながら
 
 
一方ではわれわれを蝕んでいることをあなたはご存知でしょうか?
 
 
われわれの大切な時間を盗んでいるといってもいいくらいです
 
 
 
 
この利便性こそが、かえって不都合な結果を生み出しているのです
 
 
 
”便利さを尊ぶ” 気持ちは、裏側では ”不便を恐れる” 気持ちを育ててしまいました
 
 
不便は孤独を呼び
 
孤独はストレスを呼び
 
さらにストレスが依存を呼んでしまったのです
 
 
 
 
 
専門家に言わせればスマホ依存はアルコールやギャンブル依存と同じだそうです
 
 
 
これは見逃せない事態だと思います
 
 
 
さて、スマホ依存、ネット依存が立派な病気であり
 
 
麻薬中毒と同じように深刻な事態なら
 
ネットを介したやり取りを生活の糧としている
 
 
われわれ旅行関連の人間にとっては深刻な事態となり得ます
 
ネットを通したコミュニケーションから遠ざかることは不可能だからです
 
 
 
 
ところで・・・
 
世間を騒がす(と言われている)
ようなニュースが
 
 
一体どこまで重要なのでしょうか?
 
金正男の殺害?
豊洲市場の問題?
スポーツ選手のドーピング問題?
イスラエルとパレスチナの問題?
 
 
これらはわれわれの生活にまったく無関係ではないものの
 
 
そんなに一喜一憂するレベルのものでしょうか?
 
さらに・・・
 
 
 
SNS・・・楽しいがくだらないといえばくだらない内容のやりとり
人のうわさや雑談に終始している現状
 
ポルノ・・・健康でスケベな男子の息抜きとして欠かせないものですが、見始めると止まらないのが難点です
 
 
これらの”ひまつぶし行為”がどんどんわれわれの時間を奪っているような気がしています
 
(SNSやポルノが必ずしも悪いとは思っていませんが、無駄な時間を過ごしていると感じることは多いです)
 
 
われわれはもっと自己の内面を見つめ
 
この世に生まれてきた理由や
 
やるべきことを実現するための方法について
 
考えるべきではないのか?
 
 
 
あるいは・・・
 
好きな人
好きなこと
好きなもの
 
について考え、それらに対して時間を割くべきではないのか?
 
と思ったりします
 
 
 
 
 
現代人はまさに
氾濫する情報の川の中にいて
その川に飲み込まれそうですが
 
 
行き着く先はどこなんでしょうか?
 
 
 
”操作”
 
 
 
という滝つぼなんじゃないか、と思ったりします
 
 
操作とはある目的を達成するために、人々を無意識に導くことです
 
 
 
 
 

 
常に情報を与えられている状態は、一見世間と繋がっているかのように見えるので
 
”一種の安心感”
 
を与えられているようなものです
 
しかしその代償として、危険かもしれない媒体へのアクセスを無意識にさせられているような
気がしてなりません
 
 
われわれは、孤独解消や安心感(つながり感)と引き換えに毎日、危険な媒体に接するよう習慣づけられているような気がします
 
(だからといって一日中砂の中に頭を突っ込んでいろ、というわけではありませんよ)
 
 
われわれが健全さを保つための方法としては・・・
 
必要な情報と
そうでない情報
を選別する目をもつこと
 
そして・・・
 
見えない存在たちが
きょうもスマホを通して
”依存”と”操作”という
底なし沼
にわれわれを導くため
 
 
いまこの瞬間も
あの手この手で
われわれを誘っているのでは
 
と疑う目を持つことだと思います
 
 
また、われわれは精神の安定と冷静な判断力を保つために
 
一定時間、孤独になるべきかもしれません
 
(現在パタヤーのホテルではほとんどネットが使えますが、思い切ってネットを使わず3日間くらい過ごすのはどうですか?)
 
いつの時代も
われわれの内なる声が
その力強い内なる声が
われわれに
直感を通して
判断力を与えてくれると
信じます
 
 
 
そう考えるのは間違えでしょうか?
 
 
 
われわれは
勇気をもって
この事態に対処すべきと考えます
 
この危険で巧妙な勢力
の言いなりになってはならない
と思うのです
 
 
そのためにはスマホとは一定の距離を置く必要がある
 
 
と結論いたします!
 
私はきょうから寝る前にスマホを見るのを辞めることにしました
 
その代わり、落ち着いて瞑想できるような音楽を聴くことにしました
 
読者のみなさまに置かれましてはスマホ依存から抜け出す方法についてネットで紹介されていますので一応ご覧ください
 
私的にはあまりにも一般論すぎてぱっとしないと感じますが、それでもいくつか実行する価値はあると思います
 
スマホ中毒から抜け出すには強い決意が必要かもしれません
 
あなたはどう思われますか?
 
ご意見やアドバイスをお聞かせいただければ幸いです
 
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正月休み最後のお客さんが帰って行きました

 

 

これでホッと一息つけるかな、と思っていたら・・・

 

 

正月に休みを取れなかった人やこれから遅い正月休みという人たちがタイにやって来るので・・・

 

そんなにのんびりもできない

 

と気づきました

 

 

 

まあ、いいか・・・

これが俺のやりたかったことだもんね

 

と思い返しました

 

 

 

 

そもそもパタヤーという海辺の

田舎町に住んでいると(旅行者は別だけど)、仕事でもしてないと死にそうなくらい退屈になるんだから

 

仕事があるっていうのは有難いことなんだよね、本当に・・・

 

 

 

 

さて、正月休みを終えて日本に戻ったお客さんたちからのメールを開くと

 

 

文面がものすごいため息をついている

ように見える

 

 

 

 

”羽田に着いたとたんに気が重くなりました” 

 

とか

 

 

 

 

 

”関空に降り立った瞬間に足かせをはめられたような気分です”

 

 

とか

 

”これから年度末にかけて地獄です”

 

 

 

とか、かなり気分悪そう・・・

 

 

 

 

「まあまあそんなに落ち込まないでくださいよ・・・」

 

 

 

 

「○○さんは仕事があるだけ良いじゃないですか、将来のあるすばらしい仕事だし」

 

 

 

 

「パタヤーで充電できたんですから、しばらくは頑張れるでしょう」

 

 

 

「あっという間にゴールデンウィークですよ」

 

 

 

といって取り繕ったり、お客様たちを励ましたりするのだが・・・

 

 

 

とはいえ、日本に戻った瞬間、お先真っ暗、と感じる人は多いです

 

 

 

 

”明日から会社と自宅の往復”

”明るい話題なんてどこにもない”

”あるのは義務と責任ばかり”

 

 

と落ち込んでしまう

 

そんな気持ちになる原因はどこにあるのでしょうか?

 

 

ひとつにはこの時期の日本の天気、気候だと思います

 

 

1月、2月の日本は寒気だけでなく、関東以西の太平洋側を除いてはどんよりと曇った日が多く、日照時間も短いわけです

 

(長期間太陽が見られないってつまらないですよね・・・パタヤーに北欧出身の人が多いわけです)

 

 

 

 

 

それに2017年のカレンダーには、11ヶ月以上もの空白があるのです

 

 

つまり

 

 

残りの11ヶ月間、たっぷり働いてもらうからな

 

 

とカレンダーに言われているようなものなのです

 

(カレンダー見てるだけで拷問みたいなもんですよね)

 

 

 

たとえ何十年同じ職場に勤めていようが、年の初めには気が引き締まるものです

 

 

(これ私たちも日本に暮らしていたからよ~くわかります)

 

 

 

 

 

ところでパタヤーはこの暗さや落ち込みとはまったく”正反対にある”場所だってご存じでしたか?

 

 

 

ここではすべてが自由で、すべてが輝いていて、すべてが許されている(と思われている)んです。

 

 

 

事実として、パタヤーほど太陽が輝いている場所はありません

 

(そりゃもう暑くて暑くて汗が出ちゃいます)

 

パタヤーこそ、あらゆる意味で、ゆるゆる、だらだらな場所はありません

 

 

結局、パタヤーこそがゲイを差別せず、暖かく迎い入れてくれる場所なんです

 

(正確にはゲイであろうがレズであろうがバイセクシャルであろうが、すべての性指向が許されているんです)

 

 

 

こんな場所は世界のどこにもない! と断言できるんですね

 

 

これは確かです!

 

 

 

タイにはバンコク、プーケット、チェンマイ、サムイ島など、多少ゲイを受け入れてくれるところはあるにはありますが・・・

 

 

 

パタヤーほど、どんな人間も無条件で、そしてダイナミックに受け入れてくれる街はない、と思っています

 

 

 

 

 

日本にお住まいのゲイのみなさん

 

 

 

仕事が始まったからといってどうか落ち込まないで!

 

 

プレッシャーなんかにつぶされないで!

 

ゲイにはパタヤーがあります!

あなたにはパタヤーがあります!

 

 

 

あなたが悩むのは真面目だからですよ

でもこの街にくれば悩んでる人なんか居ません

 

 

ここにはあなたの話を聞き、あなたと一緒に街を歩き、楽しいものを見たり、一緒に食事してくれる仲間がいるんですよ

 

 

 

次の旅行までもう秒読みが始まっている、と思ってください

 

 

あと、ほんの少しの辛抱です

 

確実に春は近づいています

(そもそもパタヤーに春はないけど)

 

 

 

私たちはあなたの帰りを待っています

 

 

どうか元気を出してくださいね!

 

 

 

 

今年もタイ・パタヤーからたくさんの愛と癒しを込めて

 

 

ひでき

 

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【休暇=悪なのか?】

 

どうして日本人は休暇=悪と考えるのでしょうか?

 

(もしくは休みを取ることに罪悪感を感じてしまうのでしょうか?)

 

 

 

きょうは休暇を取ることの意義について話したいと思います

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

まず始めに、私たちがこの12年間

お客様と接していて

 

日本人はどうして休みを取ることに

これほどまでに抵抗を感じるのだろう?

 

別の言い方をすれば

 

日本人はどうしてこれほど心に余裕がないだろう?

 

と思う部分がありましたので

 

そのことについて書きたいと思います

 

最後には、南国で自由を満喫している私たちが

 

みなさんにも、同じく本来の自由を手にするヒントが得られれば、と思ってアドバイスを書きました

 

参考になればうれしいです

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

現代日本の豊かさは、日本人ひとりひとりが

心と体と私的な時間を犠牲にして働いているから成り立っているのでは

 

と思うときがあります

 

今日の日本人が息切れしていて

すごく疲れているように見え

人生を楽しんでいないように見えるのは

 

時間の余裕のなさが原因だと思います

 

日本のマスコミをはじめとするあらゆる業界は

 

忙しいことは良いこと

心に余裕のないのは当然のこと

 

と国民に思い込ませ、それにつけこんで商売していると言っても過言ではないでしょう

 

忙しくて手が廻らないことに対する解決策として、スピード、快適さ、スムーズさ、便利さに重きを置いて商売をしているわけです

 

素朴の良さを味わう余裕のない人には表面だけの美しさや機能性、即効性を売り込み、その代価を払わせようとしています

 

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ある意味、すべてがダサくてのろいタイランドから見ると羨ましくも思えるのですが

 

 

落ち着いて考えてみると、これほど見事なシステムを支えている日本人には心の余裕などあるはずがない!

 

と容易に想像できてしまいます

 

 

よく年寄りと幼い子どものほうが真実をわかっている、ということがあります

(彼らは仕事に追われるということがありませんから)


 

一見難しく見えることも時間をかけて対象物に接すれば見えてくる、ことがあります


先入観を捨て、執着を捨てれば

物事を素直に、ありのままに見ることができるようになります

 

肝心なのは

しっかりとした背景と本質(プロセス)の把握

だと思うのです

 

 

人は背景とプロセスを理解したとたん

物事を客観的に見られるようになり

愚かな判断をしないようになります

 

逆を言えば、人が安易な判断、無駄な判断をしてしまうのは

 

心に余裕がないからであり

 

対象物に対して適切な判定時間を持てば(長すぎるのもダメですが)真実は見えてくる

 

ということです

 

(そもそもわれわれ人類は愚かと言われながらも、地球上では最も優れた種なのですから)

 

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で、われわれはそれ(真実)をわかっていながら、なぜそれに抵抗できないんでしょう?

 

そこにはわれわれの知り得ない

 ”隠された仕組み”

があるんだと思います

 

それは長い時間かけてわれわれの脳に刷り込まれた恐怖が関係しているのだと思います

 

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最近、電通社員の過労死が問題になりましたが

 

そのことが取り沙汰されて、あなたの会社の労働時間は減りましたか?

(減っていないですよね)

 

なぜなら、あれは氷山の一角であり

長時間労働をさせている企業は

いまだ山ほどあるからです

 

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おもしろいことに、日本のカレンダーは月曜休みが多く

三連休を取りやすい形になっていますね

 

ゴールデンウィークや年末年始を除き

決して長期の休みを取りやすい形にはなっていません

(国会はそのように決めてるんですよね)

 

 

私たちのお客様は三連休に一日有給をくっつけて

四連休にして三泊四日のタイ旅行に来る人が圧倒的に多いです

 

これだと上司にも叱られず

同僚の理解も得られるらしいのです

(どうして???)

 

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日本人は個人の希望よりも、和を大事にする国民だと聞いたことがあります。

 

みんながわがままを言い出したら、収集がつかなくなると思っている人が多いのでしょう

 

でも、私は本当の ”和” というのは、個人個人の持ち味を出し切ったところにあり

 

それを全体の発展のために構築したとき、はじめて壮大なプロジェクトができ上がるのだと思います

 

日本の会社で見られる ”和” の精神は、ファシズムの一種であり、個人がどれだけ犠牲を受け入れたか、その犠牲度を貢献度にすり替えただけの ”茶番” と言えます

 

 

私はサラリーマンの方で

2週間以上、1ヶ月程度の休みを取って

パタヤーにきた人に

お目にかかったことがありません

 

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依然としてアメリカの支配下にある日本の産業界は労働者に

”休暇=悪”という概念を植えつけています

長期休暇などもってのほかです


 

米国御用達の経団連あたりが、労働者が権利意識に目覚めさせないように、必死に働きかけているわけです

 

なぜなら本来、人間は時間があると

真実(本当の幸福とは何かなど)について目覚めてしまうからです

 

雇う側は労働者に自由など謳歌されては困るのです

 

権利など行使せず、黙って働き続けてほしいのです

 

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幸運、いや不幸なことに・・・

 

ほとんどの日本人は勤労=美徳と刷り込まれているので

 

会社に勤めている限り、長期休暇など夢の夢とあきらめている人がほとんどです
 

 

私としては、この意味がわかりません

 

 

経営者は契約でいつでも労働者を切れるのに

 

なぜ条件で仕事をしている労働者が、その会社に忠誠を誓おうとするのかと

 

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経営者のほうは・・・

”立場の弱い労働者なんかいつだって切れる”

”せっかくの労働力なんだから、ぼろ雑巾になるまで働いてもらわねば”

 

と考えているわけです

 

 

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日本人サラリーマンが

 

いつまで経っても幸せになれないもうひとつの理由は・・・

 

せっかくもらった給料がまたたく間に消えてなくなってしまう、という事実があるからです

 


給料は入ったその日のうちに

家賃、ローン、子どもの教育費、光熱費、通信料、保険料などに消えてゆきます

 

どれも必要なもののように見えますが、これらは日本人がこの国で人間らしい暮らしをする上で最低限必要なお金と ”思わされている” のです

 

必要と思わされている?

誰がそう思わせているのでしょうか?

 

みささんからお金を引き出そうとしている

マスコミ、政府、いやらしい企業などです

 

日本人がタイ人に比べ、はるかにたくさんのキャッシュ(給料)を手にしているのに

 

豊かさを実感できないのは、そこに理由があるのかもしれません

 

 

 

おかしくないですか?

 

GDP世界三位と言われる国の国民が、月100時間も残業して

 

その給料から生活費を払ったら何も残らない?

2週間の休みももらえない?

これって豊かってことなんでしょうか?

 

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私は一時帰国のたびに思います

 

海外から羽田や成田に降り立ったとき、日本人の顔をよく見ると、タイ人みたいに微笑んでいないことに気がつきます

 

空港から都心に向かう電車の中で、日本人はみんながっかりしているように見えます

ため息をついているように見えます

明日から現実(刑務所)が待っているからでしょうか?

 

 

私の錯覚でしょうか?

 

 

さて、現代日本人はお金に余裕がないだけでなく、心にも余裕がないように見えます

 

何かに心を奪われていることは悪くないことのように思えますが・・・

 

正しい意味で心の余裕がなくなっていると感じるのは、この日本の何でもすぐ出来てしまうスピーディーな世界が良くないのかもしれません

 

 

昔っから

 

ひまを持て余すことを ”ろくでもない” と思う国民性が関係しているのかもしれません

 

ひまな時間=だらけている時間、ふらふらしている時間と思うのかもしれません

 

時間の余裕をマイナスと解釈する国民性も大いに関係しているのかもしれません

 

ちょっと待ってください

 

時間のゆとりをもつことと

ひまを持て余すこととでは

意味がちがうのではないでしょうか?

 

本当の貧乏=心の貧乏

心の貧乏=時間の貧乏

 

なのかもしれません

 

要するにいたずらに忙しくさせることにより、気持ちを余計なことを考えさせないようにさせ

 

マスコミは悪いニュースだけを流し、人々の心のなかに暗い感情のみ育てるのです

 

結果として、日本人の将来は不安でいっぱいになります

 

(この国では、毎年どんなことがあっても春には桜が咲く、というのに、(笑))

 

 

 

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ところで、いまの日本に蔓延しているこのわけのわからない

労働価値観もしくは勤勉美徳論は

 

すべてある理由と目的のもとに

造られたことをみなさんご存知でしたか?

 

それはずばり、GHQが戦後の日本に対して行ってきた占領政策のことです

 

戦後の占領政策とは日本植民地政策、つまり捕虜利用計画もしくは日本人総奴隷化計画といってもいいでしょう

 

いまの日本を見れば、この計画がまさしく達成されつつあることがわかります

 

日本人を家畜のように働かせること、死ぬまで働かせることが

 

司令部にとって最も都合の良いことだったんですね。

 

(その点、安倍首相は偉いですね!今でも ”一億総活躍社会” なんて馬鹿げた目標を掲げて、アメリカの犬をやってますよね)

 

 

日本人を骨抜きにするため占領軍は秘密裏な政策を実施しました

 

日本がアメリカのために働くことが最上、という洗脳教育を施しました

 

真実を見抜かれないためにも、余計なことを考えさせないためにも

 

それは必要だったのです

(ある意味、戦勝国としては当然ですね)

 

 

当時のアメリカは日本人全員を捕虜にすることもできましたが、日本を平和国家にするという名目で、日本人の勤勉さをアメリカ帝国の繁栄のために利用してきたわけです。

 

なんと見事な

政策でしょう!!

 

まあ、一部特権階級の日本人はそのメリットを享受できたかもしれません。

 

しかし、植民地の基本は奴隷ですから、日本人という貴重な働き蜂から時間と心の余裕を奪いとることが至上命令で、ほとんどの人は自由な時間などもらえませんでした(われわれの祖父母や父母はそれが当たり前でした)

 

われわれが本当に自由でないことを感じる瞬間があります

 

それは ”社員が上司に休みを要求すると叱られる” という現実です。

(上司はそのまた上司から安易に休みを与えるなと命令されているのです)


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休暇の意義って何でしょうか?

 

人間が疲労から回復し、正常な状態に戻るために必要なものではないんでしょうかね?

 

本来休暇とは、人間がまっとうな思想を取り戻し、正確に物事を判断し、自分の心身に対して全うなケアーをし、他者に思いやりを持ち、心を正常かつ清浄にもどすための大切なプロセスなわけです

 

それを阻害されることは、不自然なことなんです

 

ですから、まっとうな人間は、不条理なものに接すると 

 

”何かおかしい” 

 

”どっかおかしい”

 

と感じる回路が残っているわけで、それが

 

”みんなががまんしている”

 

”みんながそう考えている” 

 

だけの理由で主張できなくなっているならそれはとても悲しいことです

 

(ここに心に埋め込まれてしまった恐怖という地雷があるのです)

 

 

人間に残っている自然のアラームが機能しなくなっている人こそ

 

すでに洗脳された人間、もしくは人間の心を失った人間、と言えるでしょう

 

 

この奇妙な事実がわかっているにも関わらず

 

いまだに

 

休暇=遊び

遊び=怠けること


のように認識しているということは

 

この占領軍の植民地政策にまだ気がつかないでいることの証拠です

 

これに気がつかない以上、サラリーマンが時間の自由を得るのはかなり先のことでしょう

 

残念なことです

 

でも諦めてはいけません!

いまこそ日本人は自由になるべきです!!

その時が来ているのです!!!

 

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私の試した方法になりますが・・・

 

この呪縛というか洗脳から抜け出すひとつの方法を提案します

 

(でも危険ですから、心臓が弱い人は、絶対にやらないでください!!)

 

思い切って1ヶ月以上~1年程度の休暇を取ることです

 

(はっきり言って無理ですよね)

(サラリーマンの方だったら即、クビですよね)

 

 

これをすれば物事の真実がはっきり見えてきます。

 

あなたにまだ洗脳前の ”人間らしい感覚” が残っているのなら、休暇1ヶ月を過ぎた頃から、きっとその回復回路が作動し始めます

 

そのときにハッと気がつくでしょう。

 

 

旅行に出るのも良いでしょう

でも、三泊四日ではダメです

 

絶対に一ヶ月以上であること!

これが鍵です!

(やっぱり会社、辞めるしかないですね)

 

みんなが休む正月やゴールデンウィークを利用してはいけません

 

この休みとは自己革命のための時間と言ってもいいでしょう

 

 

自己革命のための時間とはあなたが自分で決断しないと作れないもんなんです

 

 

つまり、あなたがそれだけ人生を愛し、大切なものだと感じない限り、決断はできないのです

 

 

幸せとは、強い決断(洗脳や刷り込みとの決別)ができる人にしかやってこない、ということなのかもしれません

 

あなたはどう思いますか?

あなたならできそうですか?

 

ご質問ご相談ございましたら、いつでもお気軽にここからお問い合わせください。

 

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昭和天皇が亡くなったときは涙が出なかったが

 

なぜかプミポン国王が亡くなったと聞き、不思議と涙が溢れてきた

 

 

個人的な話になるが・・・

 

そして、当然のことながら、私自身国王に会ったことはないが・・・

 

 

崩御の知らせを聞いたとたん

 

あの曲が突然心の中で流れ始め

それが頭の中で何度も繰り返されたのである

 

そして思わず涙が出てしまったのである

 

 

あの曲とは・・・

国王を称える歌である

 

春の穏やかな日差しのなかに、うっすらとした悲しみと愛情を感じさせる曲である

 

実はこの曲、タイの映画館では上映開始前に当たり前のように流れる曲だが

 

 

それが私がタイに来てからの日々と重なっていて

 

 

万策尽きて、どん底の日々にあって

 

旅行者のように楽しむこともできなくなったとき

 

なけなしの100バーツで映画を見に行ったときに遭遇した曲だった

 

 

思えば・・・

 

 

タイはゲイに優しい国

 

という安易な思い込みだけでそれまで滞在していたスペインからタイに移動し

 

まったく何の計画もなく起業してしまい

 

その後、半年間は集客の見通しもつかず

経費ばかりが出てゆき

所持金が減るばかりの日々だった

 

明け方、ひとり浜辺を散歩しながら

 

 

”ああもうすべて終わりだ”

”自殺するしかないな”

”自殺するならあの岩がよさそうだ”

”いっそあそこから飛び込んでしまえ”

 

と思っていた

 

ケンジには内緒だったが

何度もそう思っていた

 

 

私に自殺を思いとどまらせたのは

 

 

・ケンジがひどく悲しむだろう

 

・死体を日本に搬送してもらうのはかなり大変そうに思えた

 

 

という二つの理由だった

 

 

思えばあれが一番つらい時期だった

 

 

 

王様には申し訳ないが

この曲は国王への想いというよりは

そのときの思いに重なっている

 

 

 

それでも国王はわれわれに近い存在だった

 

 

昼も夜も

街中でも国内どこにいても

いつも我々を見てくれていたあの方

 

それが国王だった

 

優しい顔をしたあの方はもういないのだ

 

そう思うとまた涙が出てくる


 

国王は自分にとってタイのお父さんだった

 

でもタイ人にとってはこれからも心の中に生き続けるお父さんなのだ

 

タイ国民よ、悲しいでしょうが

それでも、元気を出してください

 

みなさんが笑顔で働き

 

みなさんが笑顔で観光客を迎えてくれることを王様もお望みだと思いますよ

 

日本人もタイ人も同じです

 

あなたたちは私たちの大切な友人、そして家族です

 

 

最後に

 

ありがとう、お父さん

 

 

 

そして

 

 

さようなら、お父さん

 

 

合掌

 

 

 

この曲をお聞きになりたい方はこちらをクリックしてご覧ください。

 

 

 

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30代にある人々を ”30代の若者” と十把一絡げとしてしまうのは安易過ぎるので

 

これまで出会った30代の人々について自分なりの見解を書こうと思う

 

わたしが30代を若者と呼んでしまうは、今の30代は概して昔の20代のように幼稚だからである

 

人生を達観したかのような物言いをするかと思えば

 

なんでこんなことで怖気づくの、と言いたくなるほど臆病

 

わがまま一杯に育ったせいか

 

あるいはすくすく育った成果なのか

 

好き嫌いがはっきりしており、自己主張も強い 

 

なによりクレーマーが多い

(文句をつけるのが得意)

 

 

それに反して極端に忍耐力がない

 

 

先日、フライパンを買って卵焼きを作ろうとしたがうまく焼けない、と業者に苦情の電話をした

 

という若者の話を聞いたが

 

いまの30代にはそんな幼稚な人間がいる

 

(昔の30代はそこそこ大人だったよな~と思う)

 

 

お金を出せば何でも手に入ると信じている世代でもある

 

 

以下、タイ・パタヤーにおけるガイド経験から

 

過去に、”これは面白い”と思った30代からのリクエストを紹介する

 

Aさん: ”ひできさんは夜の案内してくれるのはありがたいが、ホテルまでついてくるのはやめて欲しい、それはプライバシーの侵害だから”

 

 

Bさん: ”パタヤー市内の全屋台の地図とリストを作ってほしい、だって屋台は美味しいから”

 

 

Cさん: ”あのう、いま午後7時ですけど、男の子とラン島来ちゃってるんでディナー行けません、ぺこりスタンプ。オプション代金払い戻してくれますよね?(以上、すべてLINEで)”

 

 

Dさん: ”ボク、タイ料理まったくダメなんですけど、タイ行ってもいいですか?”

 

 

Eさん: ”ひできさん、アナルセックスのやり方、教えてください。Yahoo知恵袋で調べたんですけど、出てこないんです”

 

 

これに対する私からの回答

 

 

Aさん: そもそもガイド頼んだ時点でプライバシー公開でしょ。いまさら何を。気持ちわかるけど。

 

 

Bさん: 屋台悪くないよ。でも屋台が美味しく感じられるのは、できたてを食べられるのと、味の素を多用しているからだよ。屋台だと客は安くて済むけど、店は儲からないんだよ。悪い油と安い材料で衛生的かつ卓越した味出せると思う?化学調味料でごまかしているとしか思えない。プラスチック溶け出すような食器で出される屋台料理を食べ続ければ死ぬぜ。

 

 

Cさん: 君はそもそもビジネス経験ないんだろう。仕事の厳しさ、経費、時間を守る礼儀、労力、というものをまったく理解していないので話になりません。

 

 

Dさん: 旅先にはタイ以外を選ぶといいよ!(でも結局、来ちゃったんだよね)

 

 

Eさん: はっ、そんなこと知恵袋で調べるなっつうの!

 

 

笑い事のようで笑い事ではない・・・これら30代のリクエストのなかには時代を反映する重要事項が含まれているように思う

 

★世の中、お金を払えばなんでも許される、という発想

★世の中、すべて文書化、データ化、映像化できる、という発想

★世の中、すべてがスピーディーなのが良いという発想

★世の中、クリックひとつで課金返金ができるものだ、という発想

★世の中、最後は客が勝つ、という甘えの発想

 

これらの原因はどこにある?

 

まずは親にある、と思う。

 

最近の親はかわいいかわいいとわが子を育てた挙句、会社の入社式にまで顔を出し、息子を叱った上司に逆切れし、裁判を起こしたりする始末

 

さらに社会的な要因も・・・

 

最近のネット取引では、条件さえ揃えば、即予約、即決済、即返金が実行されている

(ただし、付帯条件は読んでないケースが多い)

 

最近は、どんなことでもネットで検索すれば情報が出てくる・・・

 

だからそのように思ってしまうのも無理はない。

 

 

瞬時に夢が叶う世界では、なんでも、簡単に、欲しいものが出てくる、と錯覚しがちだ。

 

 

だが、これこそが大きな間違いであり、諸悪の根源なのだ。

 

 

~~~~~少し話題を変えよう~~~~~

 

 

 

ずいぶん昔の話になるが、刑事コロンボという映画があった。

 

コロンボ役の俳優はピーターフォーク、米国ロスアンゼルス市警察殺人課の警部補という役だった

 

コロンボのやり方は地味だが

巧妙に細工された完全犯罪を

ひとつひとつ丁寧に検証してゆき

最後には真相を突きとめるという

手法だった

 

彼の有名な台詞に 「うちのカミさんがね・・・」というのがあるが

 

 

私はもうひとつ彼の口癖である

 

「あたしゃ足で稼ぐたちでしてね」

 

という台詞が気に入っている

 

足で稼ぐ、とは彼の場合、こつこつと事実を検証するという意味だろう

 

つまり、犯人がどんなに巧妙な仕掛けをしたとしても、地道な積み重ねはそれを見破る、という意味だ

 

それはあることを達成するのに、どんなに時間がかかっても、あきらめなければ必ず道が開ける、ということに似ている

 

 

大変失礼だが、このような精神が30代には 

”圧倒的に抜け落ちている”

ように思う。

 

 

いやこれは、30代に限った話ではない。

 

40代でも50代でもへらへらしたネットの情報にふりまわされ、行動がおぼつかない人は多い。(要するに自信がないんだな)

 

 

現代は、情報は好きなだけ、簡単に、いつでも、無料で、集められる時代である。

 

 

ネットの情報をコピーして、プリントアウトすれば、一冊の指南本ができ上がるくらい

 

一瞬にして啓蒙されたかのような知識人が出来上がる時代である

 

 

特にタイの”ゲイ情報”に関しては、調べれば大まかなことはすぐ出てくる。

 

 

そういうあなたも・・・

「タイの夜街なんて、お茶の子さいさい

ネットで調べれば簡単、ひとり歩きも簡単、オレは立派な冒険家!」

なんて思っていませんか?

 

確かに、そう思えるような部分もありますよね。

 

ただ、その感覚には大きな見落としがあるのです!

 

 

ネットで入手した情報、それは知識には違いないけど、それは厚みのある知識、つまり本物の知識ではないんです。

 

そこに書かれたことが確かだと、誰が証明してくれるのですか?

 

 

そこには体験に基づく実証も確証もないことを忘れてはなりません。

 

そもそも知識とは、知ることであり、自分にとって有益かどうか識別することです。

 

 

知識とは、ただ知っているだけではなく、それが価値があるかどうか識別ができる、これが本物の知識になるわけです。

 

 

そのプロセスをすっ飛ばして

 

 ”ひとり歩きなんて簡単”

 

と思って行動したら怪我するのは当然でしょう。

 

と、そう言いたくなる。

 

 

われわれの多くは、精密な調査もせず、文面や画像の情報を、本当の情報と勘違いして、理解しているだけなのだ。

 

 

その点でわれわれは、警戒心のかけらもなく、お人好しな生き物なのである(完全にネット主催者に操られているとも言える)

 

タダ情報の裏には常に、広告、宣伝、勧誘、誘導などの意図が含まれているのに・・・。

 

 

本物の知識というのは、やはり、”金を払って” 足で稼いで” 身につけるものなのではないだろうか?

 

 

このシンプルな事実を知らなければ、北朝鮮の人々と同じように、簡単に操られてしまうだろう。

 

(これこそ日本マスコミのやってきたことだけど・・・)

 

 

見知らぬ土地での自己判断

結果はいつも悲惨。

大怪我か大損。

 

 

ネットで調べられるものは、ほんの表面だけ、と思ったほうがいい

 

本物の知識とは ”足” で歩いて、”体” で痛みを感じて、額に ”汗” をかいて、ときに ”不快” な思いをし、”挫折” や ”焦燥” 、 ”欠乏” や ”絶望” を味わい、それを乗り越えたときに、はじめて体得できるものなのだ、と思う

 

本物の知識を得るには ”労力もかかるが、時間もかかる” ということを忘れてはならないように思う

 

 

 

 

われわれはつまみ食いして ”ああ知識を得た” と勘違いしているだけだ

 

30代よ、早くこのことに気づいてほしい!

 

12年この街に住み

ゲイガイドをやってきただけの私が申し上げるのもおこがましいが

 

自らの体験こそが唯一の”知識”であり

 

それをお客さんの安全と快適に使えるようになったとき、初めて”知恵”と呼べるのだと思う

 

 

ネットの文章や写真は

どれだけ真実味があっても

それは他人が寄せた情報であり

あなた本人が体感したものではない

 

あなたにとってはごくごくうわべだけのもの

 

はっきり言って、どうでも良いものも多い

 

はっきり言って、アンタ暇つぶしにそれ見てるだけじゃないの

というの人も多い

 

 

信じていいのはマクドナルドの開店時間くらいだ

 

 

さらに厳しいことを申し上げると・・・

 

いまの30代に関して、すごくもったいない、と思うことは・・・

 

その体力、気力が充実していながらも

 

リスクを怖れて行動しない、という点である

 

あなたあなたの内部に埋め込まれており、それを発掘できるのはあなただけなのだから

 

たとえあなたが持つ才能を発見してくれた誰かがいたとしても

 

それを取り出し、磨くのは”あなた自身”ですよ。

 

もちろん、才能が世に出るまでは血のにじむような努力が要求されるが、それは十分ペイされるだろう。

 

自分を信じて進むとたいていリスクを生むことになるが、成功と同時にそれは美談へと変化する

 

かくして30代のみなさん

 

情報は簡単に集められても、体験というのは簡単に得られるものではないんですよ

 

このことに早く気がついて欲しいと思います

といいたくなってしまう

 

 

 

 

 

さて、一方で彼らばかりを責めるのも正しくない。

 

彼らの育ってきた環境が彼らの思想や行動に少なからず影響を与えたことは事実であり、環境的影響というのは無視できないだろう。

 

正しい意味で彼らは成熟しきった社会に産まれ、高度な通信機器が生活を支配するなか

 

バブル後の意気消沈した時代のなかで、無数の机上の空論にさらされ、泥臭い経験を積むチャンスさえ奪われてしまった、ということもある

 

残念なことだが、快適な環境を作ってしまった上の世代もいけないのだ

 

なぜなら人間はぬるま湯からは出たがらないからだ 

 

いまの30代はどっぷりと日本国が提供する快適なお湯に浸かっている(それが彼らを甘やかしてしまったとも言える)

 

 

いずれにしても、こんなんじゃ

30代のみなさんの先は長いと感じました

 

でも、安心してください!

 

みなさんにはまだ時間がたっぷりあるのですから 

 

念のため、付け加えておくと

30代といっても、個人差のある話であり、少なくともわれわれがお世話してきた顧客の30代は

 

若造というよりはしっかりした青年が多かったように思う

 

なかには知性教養とも優れ尊敬に値するという人物もいらっしゃった。

 

だから必ずしも30代すべてが幼稚だと言っているわけではないんです。

 

どうかお許しを。

 

 

みなさんの【ご意見】お待ちしております!

 

 

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あくまでも海外、タイ側からの見方である

植松聖(さとし)容疑者(26才)ような人間はタイにはあんまりいない

というか個人による大量殺害のような話をあまり聞いたことがない

(クーデターとか暴動とかはあるが)


日本から来た観光客のみなさんの意見を集約すると

タイはゆるゆるでいいや

なんかやる気ないね

かなりいい加減だな

緊迫感がないわ



という感想が多い

(かなり表面的だが旅行者の意見としては十分である)


旅行者はこの半分眠ったような国民の行動を

リラックスできる理由だと捉えている



一方、日本で生きていかねばなららない人間にとって

現実は冬の寒さより厳しいのである

日本にはこんな不文律がある


きちんと学業を修めていなくてはならない
(要するに中卒ではダメってことだ)

きちんと就職していなければならない
(要するに一流企業でないとダメだってことだ)

きちんと家庭をもっていなければならない
(独身ではダメだということだ)

きちんとした場所に住んでいなければならない
(四畳半のアパートではダメってことだ)

結婚した人間であれば

きちんと子どもを産み育て、親の面倒も見なければならない
(親の面倒を見る前にこっちが倒れてしまうよ?)

さらにきちんと世間から認められた人間でなければならない
(認められるってどういうことよ?)


日本人としての規範であり

憲法である

日本人はほぼ99パーセントこのがんじがらめの思想に縛られているので

精神科に入院している人はすでに”まっとうなコースを外れた者”として扱われる

知的障害者だけでなく、収入の低い人、地位の低い人、病弱な人も、正規のコースを外れた者に分類される

就職してない人、就職できない人、生産性の低い人も同じ

結婚しない人、結婚できない人、子どもができない人も同じ

汚い仕事、きつい仕事、危険な仕事に従事している人も同じ

年金生活者、老人、体が不自由な人、心を病んでいる人も同じ

さらに、ジェンダーを変更した人や、同性を愛する人も同じカテゴリーに分類される 

(要するにわれわれゲイは最初から不具者なのだ、日本では)



ときどきわれわれのように海外で暮らしている人間も

異端視されることが多い


要するに社会からアウトローと目されている人(その概念を容認している人も)は、

すべてまっとうな軌道を外れた人間としてみなされるのである


だから、さとし君は、そういう人たちの存在を

”抹消”することによって、彼らと彼らの家族の苦痛を和らげたいと思ったのであろう


ある意味、愛に基づいた行為とも取れるが

天の道には反している


さとし君に他者の人生の長さを決める資格はなく

まして手を下す権限も与えられていないのに

障害者は生きていても仕方がないから、はい、私が楽にしてあげますと

ハサミで切るようにバッサリ

人生の糸をちょん切ってしまったのは短絡的と言わざるを得ない



一方で、障害者を家族にもつ人間のなかには世話の必要が無くなったわけで

ホッとしている人も少なからずいることだろう


でも、それは一時的な安堵で

時間が経ったあとで、その家族だって

縁あって生まれてきた自分の息子や娘が他人の手によって

命を絶たれたことを死ぬまで嘆き悲しむだろう

わが身を呪い、障害を持ったわが子を支えきれなかったことを生涯後悔するだろう


このような事件を、社会のせい、個人のせい、他人のせいにするのは簡単だが

背景はかなり複雑なようである


では、なぜタイではこのような事件がほとんど起きないか、というと

ほとんどのタイ人はその日暮らしだからである

彼らはきょうを生きるのに精一杯であり

他者からどう思われるかなど

気にしている暇はないのだ


それでも楽しそうに見える彼らの行動や会話からは

彼らのなかに
貧しさゆえに
家族で助け合わないと
つまり、誰かが家族を助けないと
やってゆけない現実があるのだ

貧しさが持つ唯一の強みである

最近、パタヤーのボーイズタウンでも
ラオス、カンボジア、ミャンマーからの出稼ぎゴーゴーボーイたちが多くなった
概して彼らの微笑みはタイ人よりも深く
仕事ぶりも熱心だ

彼らは背中に弟や妹だけでなく、祖国に残してきた父ちゃんや母ちゃん
じっちゃんやばっちゃんを乗せているのだ


一刻もはやく送金しなければならない
一バーツだって多く送金してやらねばらならい


最近はタイが金回りがよくなってきたと思っている人がいるが
それは間違いであり、単なるハイパーインフレが進行しているだけなのである

しかし、周辺国から来た人間にとってタイは明らかに
カネが稼げる土地なのである

従って、タイで働くラオス、カンボジア、ミャンマー人は
その顔つきが違うのである


さてさて、植松容疑者を個人レベルで見たいと思う
植松聖(さとし)君は個人として、どうすべきだったのだろうか?

いまさら何をすれば良い、という段階ではない
極刑は免れないだろう


ああすればよかった
こうすればよかった的な論理になってしまうが


あくまでもタイに住む側からの意見を述べさせていただければ
さとし君には愛する対象物があったのだろうか?

それは家族であったり、恋人であったり、友人であったり、
それは仕事であったり、夢であったり、趣味であったりすると思う

さとし君、ゲイだとは思わないが
ゲイであろうが、なかろうか
彼に心から愛する人がいたら

命の尊厳を軽視するような行動は
絶対に取らなかっただろう

そんなことをすれば
愛するものすべてを失うことになるからだ

もし、さとし君にスッテキな彼女がいて

「そんなことしたらアタシは悲しむよ」

と言ってくれたら、思いとどまっただろう

というか人を殺すなんて、考えもしなかっただろうよ

おそらくさとし君にはそこまで愛する人がいなかったのだ
ただのひとりもいなかったのだ
彼は淋しかったのだ
心の底から

今回の事件は、さとし君の孤独に端を発しているのかもしれない
一方で背景には・・・

高度に管理化された社会
個性や独自性を尊重しない社会
生産性のみを追求する社会
外見を気にする社会
忙しすぎる社会


の存在があることをわれわれは忘れてはならないと思う。

このなかで最悪なのは、忙しすぎる、という事情だ。
これこそが人間に、考え直すきっかけを与えず、次々と起こる事件の教訓を忘れさせてしまうのである

かくして愛を無くした社会は
おのずと崩壊へと進んで行き
最後にはすべてが無と帰してしまうのである

であれば・・・

私はさとし君に言いたかった 

おい、さとし

人を殺すくらいのエネルギーがあったら

パタヤーに来ればよかったのに

こっちで好きな子でも作れば

人生に張りが出るし

輝くことができたかもしれない

やり直すきっかけになったと思うぞ


みなさんのご意見をお聞かせください



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テーマ:
舛添さん、大変なことになっていますね。

それでもまだ、地位や名誉や小額の退職金が欲しいですか?


いい加減、見苦しいから辞めなさい。


この時代、もう東大卒がすごいとか、知事とかすごいとか

誰も、これっぽっちも思ってませんよ



むしろ、あなたの往生際の悪さに

みんな辟易してるんだから。


ところで、あんたに朗報がある

名誉回復の唯一の方法を教えるよ!!



いままで私用で使い込んだ金を計算し

【同じ金額】を施設に寄付するんだ



介護施設でもいいし、待機児童のいる場所でもいい


謝罪なんかしなくていいから


本当に困っている人のところに行き

寄付するんだよ



要は、いますぐ困ってる人のところへ行き

助けるんだよ!!


都民に愛を与えるんだよ

奪ってばかりいないでさ!




あんたのしぶとさとか執念深さとかは認めるよ

でもそういうことは、私腹肥やすのにつかうんじゃなくて

そういうことに使えよ



それだったら少しは見直されると思うよ



それが人間の心ってもんだろう

あんた知事になってからおかしかったよ

ずっと人の心なくしてたもんな




最後ぐらいきれいに辞めろよ


あと5年、10年

がまんしろ



すべてのほとぼりがさめたら

静かに、美術館巡りでもすればいいじゃん

でも、自費でな。


いまのままだと醜すぎるよ

じゃね、また東京か湯河原で会おうね

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