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2017年06月19日

新聞小説 「国宝」(5) 吉田 修一

テーマ:本・国内

新聞小説 「国宝」(5) 吉田 修一    4/14(101)~5/9(125)

作:吉田 修一  画:束 芋
              (1) (2) (3) (4)

 

第五章 スタア誕生 1~25
二人道成寺の舞台準備をする俊介と喜久雄。俊介は花井半弥、喜久雄は花井東一郎の芸名をもらっている。
徳次が北海道に旅立ってから既に四年の歳月が経っており、喜久雄は結局半二郎の部屋子となっていた。

 

 

初舞台の記憶を鮮明に覚えている喜久雄。御曹司だった俊介の初舞台は四歳の時であり、この初舞台の恍惚感は自分だけのものだ、と素直に思う。

 

高校に入学した喜久雄だったが、通ううちにその背中の彫り物が問題となり、保護者の間から排斥運動が起こされた。稽古の量が増えるなら学校辞めてもええわ、とあっさり退学した喜久雄。

 

時は関西歌舞伎低迷の頃、俊介や喜久雄に役など回って来ない。そんな状況で半二郎が始めた地方巡業。それが今回の「二人道成寺」。場所は四国琴平の芝居小屋。
今回の巡業には立花組の辻村が援助していた。
源吉に促されて舞台に出て踊る二人。だが客席はガラガラ。当時の歌舞伎巡業は厳しいものだった。

 

楽屋で化粧を落としている喜久雄と俊介の前に現れた恰幅のいい男。半二郎があわてて「梅木社長」と声をかける。今回の歌舞伎を仕切っている興業会社「三友」の社長。二人の出来を見て満足している。
なんでも早稲田教授で劇作家の藤川先生が二人の道成寺を観て絶賛していたという。特に東一郎には芸品があると。
目を逸らした入り口に立っている若い男が冷笑しているのを見て、腹を立てた喜久雄が声をかける。それは梅木が連れて来た竹野。映画を担当したくて入社したのに、退屈な歌舞伎担当に回されてやる気をなくしているという。
梅木が、竹野が言っていた歌舞伎の悪口を面白く話して、嫌な空気が流れる。

その流れで梅木が、この道成寺を京都の南座でかけてみようと言い出した。話を続けながら部屋の外に出る半二郎と梅木。
その話を聞きつけて感極まる源吉。だがそこに冷ややかな視線の竹野。
竹野を楽屋から押し出そうとする喜久雄に、ただの世襲の世界、最後に悔しい思いをするのはお前だ、と言う竹野。
もともとヤクザの息子、女形の姿のままで竹野を蹴りつける喜久雄。まさに狂乱の二人道成寺。

 

西回りの地方巡業も中国、四国の各県を回り、その後九州に入って連日の移動。いよいよ博多での最終公演で終了となる。半二郎が喜久雄を呼び、次の三連休で里帰りしてはどうか、と持ち掛けた。
そうさせてもらいます、と言う喜久雄に、母親のマツから送られて来る仕送りはもう不要だという事を、今度の南座での事も含めて話して来いと指示。

 

実家に帰って来た喜久雄の姿を見て慌てるマツ。だがそこに「おマツさん、おマツさん」という声。玄関わきの女中部屋に押し込められる喜久雄。状況が次第に判って来た。
屋敷も抵当に取られ、そこの住み込み女中として働いているマツ。熱いものがこみ上げて来る喜久雄。

 

半二郎の稽古を受けている喜久雄。一段落してから半二郎に実家での様子を聞かれた。長崎でのつらい立場のマツを思い出して肩を落とす喜久雄に、半二郎が通帳を差し出す。二百万近い額が入っている。毎月マツが仕送りしていた金を全て貯金していたのだ。好きに使うたらええ、と言う半二郎。

 

京都南座の「二人道成寺」の初舞台。前評判ではまだ大舞台で芯を勤めるのは早いと言われていたが、例の劇作家の藤川がNHKの番組で「スタア誕生の瞬間を観たければ南座へ」と言った事から人気に火が付き、チケットが売れた。

 

南座での二人道成寺は予想以上の成功を収めた。グループサウンズを引きあいにした嫌味でさえ、そのファンだった女の子たちの目を東一郎、半弥に向けさせた。
どんどん注目を受ける二人。浮かれる俊介は毎夜祇園通い。だが喜久雄は早く一流になりたいという考え。そのちょっとした違いが、二人を大きく分けた。

 

京都南座での公演が終わると、梅木の一声で次の大阪中座での公演内容を変え、東一郎と半弥の二人道成寺を再びかける事となった。公演のポスター撮りに忙殺される喜久雄と俊介。

 

 

楽屋の途中にある、大部屋俳優がトンボを切る練習場。そこで「坊ちゃん!」という大きな声。徳次だった。上手いトンボに感心する喜久雄だが、上手すぎて自分だけ高く跳ぶから出番がないのだと言う。低く跳べばいいのだが、その調整が出来ない。それ下手ってことやで、と俊介が口を挟んで笑いが起こる。


感想
ひょんな事から急に注目を集め出した喜久雄と俊介。俊介は元々歌舞伎役者の息子という事で、幼い頃からの積み重ねがあるが、その慢心から遊び事も激しい。
一方喜久雄はすっかり歌舞伎に魅せられて、どっぷりと稽古に明け暮れる。この違いが先になって決定的な差となるのだろうか。

 

しかし前回で急に北海道に旅立った徳次が、五年の歳月を経て、また何事もなかったように二人とつるんでいるのがちょっと違和感。まあサイドストーリーだから端折ったという事か。

 

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2017年05月19日

新聞小説 「国宝」 (4) 吉田 修一

テーマ:本・国内

新聞小説 「国宝」(4) 吉田 修一    3/19(76)~4/13(100)

作:吉田 修一  画:束 芋
                           (1)   (2)   (3)

第四章 大阪二段目 1~25 
1965年(昭和40年)の大阪駅前。両手にバッグを下げた春江。弁天という名のチンピラに絡まれていると、そこに現れる徳次。
先に手を出した徳次と弁天のケンカが始まる。昼休みで多くの見物人が居たが、五分五分の力でなかなか決着がつかない。散って行く見物人。
大の字に倒れてゼーゼーと息をしている二人。

 

 

市電で春江を半二郎の家に案内する徳次。家に着くなり皆から声を掛けられる徳次は、すっかりこの家に溶け込んでいる。
徳次は稽古中の喜久雄を春江に見せるために、稽古場の襖を僅かに開ける。
半二郎に稽古を付けられている俊介と喜久雄。足の踏み出しが悪い、と喜久雄が太ももを掴まれて動かされる。二人とも青痣まで作っていた。

 

厳しい稽古に驚く春江に、しばらく終わらないから、と春江のために借りたアパートへ連れて行く徳次。
部屋はみすぼらしく、ため息をつく春江。長崎のマツからは毎月三万の仕送りがあったが、しつけに厳しい半二郎は自分の息子の俊介にも月百五十円の小遣いしか渡しておらず、当然喜久雄や徳次にも自由になる金がなかった。

 

稽古を終えた喜久雄がアパートにやって来ると、春江が飛びついた。稽古疲れでへたり込む喜久雄。春江は母親の紹介でミナミのスナックで働くという。

 

授業を終えて、自転車の二人乗りで駅に向かう喜久雄と俊介。駅で源さんが荷物を持って待っている。この月、京都南座の興業で半二郎が「土蜘」の僧の役を演じるため、半月の間二人に黒衣をさせるために呼ばれていた。
だが半二郎の目的は別にあり、この月に「隅田川」で演ずる希代の女形「六代目小野川万菊」の舞台をどうしても二人に見せたかった。
喜久雄が大阪に来てから一年あまり。喜久雄と俊介に女形の才能を見出す半二郎。

 

自転車で駅に向かう俊介は、荷台の喜久雄に「うちの部屋子になるん?」と聞いた。部屋子とは、子役の時から幹部俳優に預けられて全てを仕込まれる立場の事。見込みがあれば将来大きな役がつく可能性がある。
喜久雄を部屋子にしたい、という事は半二郎から長崎のマツに伝えられていた。その話を受けるかどうかの前に、まず我が子の顔を見なければ、と上阪したマツは、ここでの暮らしを喜々として話す喜久雄を見て安堵する。

 

興業が終わった京都の夜、お茶屋遊びをした喜久雄と俊介は、その店「井出」の市駒と富久春を待っていた。そこへ普段着に着替えた二人が。
境内で焚火がしたいという市駒の言葉で、枯れ葉を集めて火を囲む四人。俊介が富久春の手を引いて暗がりへ行き、キスを交わしている。
二人はもう長いんやろな?と話す喜久雄に、ポツポツと身の上話を始める市駒。
お茶屋遊びが初めてだったと言う喜久雄に、市駒が「うち、喜久雄さんにするわ」と言い自分の人生を賭けると言う。慌てる喜久雄だが、満更でもない。奥さんなどとは言わず、二号さんか三号さんに予約だと市駒。

 

京都南座の屋上でキャッチボールをしている喜久雄と俊介。半二郎がどうしても二人に見せたいという小野川万菊は、身内では遠州屋の小父さんと呼ばれている。挨拶をすると半二郎に言われていた二人は階下に降りた。半二郎に連れられて小野川万菊の楽屋へ挨拶に。
万菊が俊介に会うのは五年ぶり。半二郎は喜久雄も紹介した。俊介は、ちらっと向けられた万菊の視線にゾクッとするが、俊介には遠州屋の小父さんとしか見えていない。
挨拶を終えて去る時、万菊は喜久雄を呼び止めてきれいなお顔、と褒めたが、役者になるならその顔は邪魔も邪魔、いつかその顔に自分が食われる、と忠告。混乱する喜久雄。

 

 

半二郎の楽屋で昼食を済ませた喜久雄と俊介は、万菊の舞台を観るために、用意された席でその出番を待った。

出し物は「隅田川」。狂乱ものと言われるもので、我が子を人商人に攫われてもの狂いとなる、班女という女。
万菊演じる、班女の作り出す怪奇な世界に引き摺り込まれる喜久雄。「化け物」。あまりに強烈な体験に、心が拒絶反応を起こすが、次第にその化け物がもの悲しい女に見えて来る。
この日の小野川万菊の姿が、のちの二人の人生を大きく狂わせて行く。

 

アパートの炊事場で、店に出す煮物を作っている春江。小皿を貸してくれたおばさんとの会話。そこに飛び込んで来る徳次。店用の冷蔵庫が見つかったという。探し出したのはあの弁天。春江に惚れている、と徳次。
弁天とつるんでいる徳次を心配する春江。本来なら鑑別所から逃亡中の身の上なのだが、喜久雄のお供が決まってからは、愛甲会の辻村が動いて、その収容期間を短縮させた。
そんな逃げ得が身に着いた徳次は、手代の修行にも飽きて弁天と遊び歩いている始末。
冷蔵庫をトラックに載せて待っている弁天。何やら徳次と北海道行きの話などひそひそやっている。現場監督もどきの仕事で月四万のボロい話。

 

弁天と共に手配師から話を聞いた徳次は、喜久雄にこの話の次第を説明した。
北海道で勝負に出てみようと言う徳次に、急な話で声も出ない喜久雄。騙されているのでは?と心配する喜久雄に、もっと大きな事で坊ちゃんを助けたいと話す徳次。
字が書けるのも、計算が出来るのも、全部坊ちゃんが教えてくれたおかげやけん、と話す徳次。
「徳ちゃん・・・」それだけ言うのがやっとの喜久雄。止めたところでここに徳次の居場所がない事も事実。
心配いらんて、と言った徳次の笑顔を、本当に久しぶりに見たように思う喜久雄。

 


感想
最近、家事多忙でちょっとご無沙汰。

半二郎の厳しい稽古を、全く辛いとは思わずどんどんのめり込む喜久雄。半二郎が喜久雄と俊介に見出した女形の素質と、小野川万菊との出会い。

 

ずっと喜久雄を見守って来た徳次が、一旗あげようと北海道に行く。そんなうまい話があるわけないとは思うが、さてこの先どうなって行くのか。喜久雄から離れたサブストーリーにも興味がある。

 

 

 

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2017年04月22日

新聞小説 「国宝」 (3) 吉田 修一

テーマ:本・国内

新聞小説 「国宝」 (3)   2/22(51)~3/18(75)

作:吉田 修一  画:束 芋
                                 (1) (2)

第三章 大阪初段 1~25

どしゃ降りの中、タクシーを降りて改札に向かって走る喜久雄とマツ。それを見送るために追う組員数名。
発車する寝台特急「さくら」。この慌ただしい出発の理由は、例の朝礼の一件。

 

 

あの朝、喜久雄のドスは宮地の大親分の腹には届いたが、財布のおかげで傷は浅いものだった。むしろ体育教師、尾崎の体当たりで肩を脱臼した喜久雄の方が重傷。
普通なら警察沙汰になるところを、尾崎が宮地を保健室まで連れ込み、治療の折りに、この話を美談として穏便に済ませる事を提案。吉良上野介を引き合いに出され、宮地がその話に乗った。
ほどなく宮地は朝礼の場に戻り、警察を呼べ!と暴れる喜久雄を前に演説を続けた。
ただし宮地が被害届を出さないための条件は「立花の息子を長崎から追い払うこと」。

 

列車がそろそろ博多に着こうとした時、徳次がバッグを持って現れた。驚く喜久雄。
話はあの朝に戻る。警察に徳次を捕まえさせようと電話をした喜久雄。だが徳次はそれを察して捕まる事はなかった。その後伝え聞いた喜久雄の刃傷沙汰。
徳次が向かった立花組では、喜久雄をどこかに預ける件の協議。ヤクザにはしないと言い張るマツに、組を仕切っている辻村が、あの襲撃の時にも来ていた、二代目花井半二郎の名前を出した。

 

大阪の駅に着き、改札を出ると「立花喜久雄君」という紙を持った男。早速タクシーに乗せられる。男は半二郎のところの番頭をしている多野源吉。
マツに仕込まれた挨拶を聞いた源吉は気さくに「源さんと呼んでくれ」と言って二人を中華そば屋に連れて行く。

 

廊下を歩く女中の足音に目を覚ます喜久雄。早朝の5時にここ、花井半二郎の家に着いたのだった。
源吉が「もう昼近いで」と言って布団を畳みに来た。
源吉は、洗面台で身繕いをした喜久雄と徳次を連れて、ここの女将、幸子に引き合わせる。半二郎の後妻で四十前の色気ざかり。
マツ仕込みの挨拶をする喜久雄に、お昼にしよかと気楽に返す幸子。

 

喜久雄たちが連れて来られたのが家族用の台所。そこでうどんをすすっている同じような年恰好の少年。花井半二郎の一人息子の大垣俊介。花井半弥の名で舞台にも出ている、喜久雄と同じ十五歳。
母親に子供扱いされて面白くない俊介。喜久雄たちを下働きと勘違いして丼の片付けを喜久雄に言いつけ、それを怒った徳次と揉めそうになる。
更に俊介は、稽古に行くから車を回せと源吉に命令。そんな事やった事もないくせに、と大笑いする幸子に面子を潰された俊介は、プイと玄関に向かう。

稽古と聞いて気になった喜久雄は幸子に聞いた。義太夫の稽古だという。聞かれるままに、母親から文楽を観せられていた事を話す喜久雄。
興味があるなら、俊介が行っている岩見のお師匠さんとこを覗かせてもらい、と話す幸子。

 

マツが愛甲の辻村に頼んだのが、とにかく大阪で高校に通わせて欲しい、という事。その旨を半二郎に伝えると、うちの倅と同い年だから倅が通う予定の天馬高校に通わせる、との段取りに。半二郎は、役者に学問は不要、という先代の方針に苦しんだ経験を持っていた。

 

昼食を終えて、俊介が稽古を受けている岩見に出掛ける喜久雄と徳次。
中から聞こえる張扇の音と共に聞こえる俊介の声。稽古をつけている岩見鶴太夫。古希を迎えたが生気が漲っている。

 

 

稽古の中休みで、見学していた二人が呼ばれた。幸子があらかじめ連絡を入れていた。
歌舞伎役者はまず義太夫と踊りを知ってなければ半人前にもなれないという。また、歌舞伎には文楽を歌舞伎にしただけのことがなければ意味がない、と鶴太夫は皆に話す。

ふいに鶴太夫が喜久雄に声を出せと指示。聞いていたものをそのまま真似る喜久雄。それに続けて徳次も。そうして唐突に稽古の続きが、喜久雄と徳次も含めて始まった。

 

鶴太夫が喜久雄たちを神聖な稽古場に引き上げたのには訳があった。数日前に訪れた半二郎は頼まれて男の子を預かる事になったが、俊介と一緒に稽古をつけて欲しいという。
俊介にはどうしても甘えがあって、ライバルが必要だという事。そしてもう一つ、その子が生来の役者の資質があるように思える、という事。
そんな事も知らず、喜久雄は義太夫節の虜になって行く。


感想
親の仇を討ち損ねた喜久雄が、あの花井半二郎の家に預けられるまでの話。
徳次の人生を考えて、敢えて警察に売ったのだが、勘のいい徳次はそれを切り抜け、大阪に行く喜久雄になおも付いて行く。この、何があってもゆるがないという徳次のキャラクターにも惹かれる。

 

喜久雄が歌舞伎役者としてのし上がって行くための、端緒というべき章であり、新たに加わった俊介との関係も楽しみになっている。

 

 

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2017年04月06日

「コンビニ人間」 村田 紗耶香

テーマ:本・国内

遅ればせながら、といったところだが、昨年芥川賞受賞の時、息子が買った文藝春秋を譲り受けて、延々と放置していた。
今回たまたまページを開いて一気に読んだ。以下、あらすじと感想。

 


あらすじ
コンビニ(スマイルマート日色町駅前店)でキビキビと働く女性、古倉恵子。コンビニ店員として「生まれて」18年の、現在36歳。
コンビニ店員になる前の記憶があいまいだが、奇妙がられる子だった。幼稚園の頃、公園で死んだ小鳥を見て「これ、食べよう」と言って母親を驚かせたり、小学校では男の子のケンカに「誰か止めて!」との叫びを聞いて、スコップで暴れ

る男子の頭を殴ったり。
何かをすると周りが強く反応する、そういう思いから、自分から動く事を一切やめた。

 

大学1年の時、今のコンビニがオープンする準備段階を目にして興味を持ち、面接を受けた。研修の過程で、店員としてのスキルをどんどん身に着けていく。手本通りにこなして行く快感。
他の店員たちとも適度な距離を保ち、日常生活も見かけ上うまくこなしている。相手の表情を見て「ああ、私は今上手に「人間」が出来ている」と感じる。
同僚の泉さん。似た年恰好のため、同年代としてのセンスを真似ている。

 

学生時代の友人との会話。結婚していない事に対して最近問われる事が多い。あまり体が丈夫じゃないから今もバイト、という言い訳を続けている。

 

ある日店に、新人の白羽がやって来る。痩せて背が高く、勤勉とは無縁の印象。商品並べもまともに出来ない白羽に恵子が細かく説明。こんな仕事は男の本能には向いていないと居直る白羽。
別の店員が白羽の奇妙さを指摘し、古倉さんは怒らないですよね、と感心。ぎくりとする。

 

バイトが休みの日に妹のところへ遊びに行く恵子。電気会社に勤める夫と、乳幼児の息子を持つ妹。結婚もせず、18年もコンビニ店員を続けている事の言い訳を、妹に考えてもらっていた。

 

客にいちいち指図をする中年男性を巡ってひと悶着。店長が対応した。それが一段落して白羽の話に。今日も遅刻でまだ顔を見せていない。別の店員から、勤務中にケータイ見ているとの情報も。
そこへやって来た白羽に店長が叱咤。恵子と二人だけになった時「コンビニの店長ふぜいが」と罵る。次々に出て来る差別用語。
何の気なしに、どうしてここで働き始めたのかを聞くと、婚活だと言う。だがろくな相手が居ない、とまたグチ。

 

次に店へ行った時、シフト表の、白羽の名前にバッテン。常連客の女性へのストーカーまがいの行為が見つかり、店長がクビにしたという。

 

久しぶりに同級生の集まり。バーベキューパーティで、ユカリの旦那も来ていた。仕事の話から、例によって恵子が結婚していない話題。いつも通り体が弱いとの言い訳に、ユカリの旦那が反応。就職が難しくても、結婚ぐらいはした方がいいとおせっかい。次第に盛り上がり、婚活サイトに登録したら、とまで。
「今のままじゃだめって事ですか、それって何ですか」の言葉に、場の空気が一変。自分が異物になっている事に気付く恵子。
だから治らなくてはいけないんだ。治らないと正常な人達に削除される。

 

パーティの後、休みだったが店に顔を出す恵子。店員たちから声をかけられ、今はまだ使える「道具」だと実感する。
店の外にいる白羽を偶然見つける恵子。常連客の女性を待ち伏せていた。今度こそ警察沙汰になりますよ、と警告されても居直る白羽。だが話しているうちに感情が高ぶり、泣き出す。

 

仕方なく白羽を連れて近くのファミレスに入る恵子。ドリンクバーで恵子に出された飲み物を飲みながら、延々と持論を展開する白羽。この世界は縄文時代と同じ。ムラのためにならない人間は削除されて行く。
結婚して、文句を言われない人生を送りたい、という白羽に、婚姻だけが目的なら、私と婚姻届を出すのはどうか、と提案する恵子。
君を相手には勃起しないとうそぶく白羽に、婚姻届は書類上だけの話だと説明し、コンビニ店員を例に挙げて、皆の中にある「普通の人間」という架空の生き物を演じるのだと言った。
どこかで変化を求めていた恵子。悪い変化でも、膠着状態よりはマシ。沈黙する白羽。

 

見切りをつけて帰ろうとする恵子に、ぽつりぽつりと身の上話を始める白羽。
ルームシェアをしていた相手が居るが、家賃滞納で追い出されかかっている。北海道の実家には弟夫婦がいて借金が出来なくなった。
長い話に、翌日の仕事に差し支える、と強引に自分のアパートまで白羽を引っ張って来る恵子。妙な臭いのする白羽を無理やりシャワーさせている間に、妹に電話して家に男性が居ると話す。妹は勝手に話を作り上げて感動。

シャワーから出て、恵子が妹に電話をかけた事を知った白羽は、そんなに結婚をあせっているのかと引くが、恵子自身にはそんな気はなく、嫌なら帰っていいと突き放す。翌日仕事だからと、さっさと寝る恵子。翌朝も書置きだけして店に出る。

 

帰宅すると白羽はまだ居た。恵子のことを底辺中の底辺、子宮も劣化した「ムラ」にとってのお荷物と罵った一方で、恵子の提案を受けるという。
白羽が家に居ることで(貧乏人が同棲)皆が納得してくれる。あなた側のメリットは?と聞くと「自分を世界から隠して欲しい」。赤の他人に干渉されるのはうんざり。
何も食べていない白羽に冷蔵庫から炊いた米、茹で野菜(醤油をかけたもの)を出す。食材には火を通すが、味は必要ない。塩分が欲しい時には醤油をかける。

 

こうして始まった同居生活。同級生の集まりに行った時、皆は狂喜乱舞。こちら側へ「ようこそ」。
白羽の分の食費が増えたので、出勤日を増やす必要がある。店長へ申し入れ。
そのついでに店長が、白羽の私物が置きっぱなしだとのグチ。何の気なしに「持って行きましょうか」と口をすべらせると、店長が食い付いた。
混雑する店内に入り、ヘルプをしてその場を逃れるが、バックルームに戻ると店長が喋ったため、皆が恵子と白羽の関係を聞いてくる。

 

帰宅すると、白羽は風呂場のカラになったバスタブでタブレットを見ている。押入れでは虫が出るという。コンビニで白羽の事を話してしまったと言うと、困るのは貴女だと返す。今までただ気持ち悪かっただけだから何も言われなかった。

だがこれからは直接言われる、と。

店では白羽と恵子の事が広まり、皆からしつこく聞かれるようになった。うんざりする恵子。

 

あの日電話を掛けてから1ケ月ほどして妹が訪ねて来た。外出を促したが、白羽は部屋から出なかった。妹が来て、電話で喜んだ状況とは違っている事に気付く。あれを家に入れておくと便利だと説明する恵子に、いつになったら治るの、と泣き始める妹。コンビニのバイトを始めてからますますおかしくなったとも。
そこに、風呂場から出て来る白羽。実は恵子とケンカをして風呂場に居たとの説明。元カノと飲みに行ったのがバレたのだという嘘の演出に、妹として許せない!と叫びながらも、このうえなく嬉しそうな妹。
叱るのは「こちら側」の人間だと思っているから。問題だらけでも「こちら側」の方がマシ。

 

翌日、店から帰るとまた女物の靴。白羽の弟の嫁だという。ルームシェアの家賃滞納で実家まで請求が来た。どうしてここが判ったのかと白羽が聞くと義妹は、以前彼が借金で実家に来た時、亭主に頼んで白羽の携帯に追跡アプリを入れたのだと言って鼻で笑う。

義妹の視線が恵子に向かった。36歳でバイトをしているという返事に驚き、就職か結婚、どちらかした方がいいと忠告。

白羽は、彼女にはバイトをやめてもらって職探しをしてもらう、と宣言。しぶしぶ帰る義妹。疲れてぐったりとなる恵子。

 

コンビニを退職した恵子。18年間勤めた割には全くあっけなかった。
白羽はネットで恵子が次に働くための求人チェックを意気揚々と行っている。
眠くなったら眠り、起きたらご飯を食べる生活。日付を見たら二週間ほど経っていた。全てをコンビニにとって合理的かどうかで判断していた自分。基準を失った。

 

コンビニを辞めてから1ケ月あまり。初めての面接。白羽が見つけて来たもの。
面接先まで送るという白羽。電車で向かうが、一時間以上前に着いてしまった。コンビニのトイレに向かって恵子も後に付いた。
コンビニに入った瞬間、聞こえる懐かしいチャイム。コンビニの中の音全てが細胞へ直接働きかける。
店内の商品レイアウトが気になって手直しする。怪訝そうに見る客に「いらっしゃいませ」と挨拶してごまかす。更にチョコレートの陳列も売れ筋に合わせてセットし直す。
女子店員も怪訝な顔で見るが、レジに忙しくて身動きが取れない。本社の社員を装い会釈する恵子。それだけで納得する店員。
その間にセットし直したチョコに目を止めて客が盛り上がる。
レジが一段落して女店員が近づくと、店の運営についての注意すべき点をテキパキと教えた。信頼しきった声で「はい」と返す女店員。

 

トイレから戻った白羽が「何をしているんだ!」と怒鳴る。訳が判らない女店員。
店の外へ引き出された恵子は「コンビニの声が聞こえるんです」。
怯えたような表情の白羽に、人間としていびつでも、コンビニ店員から逃れられない、私の細胞全部がコンビニのために存在している、と話す。
狂ってる、そんな生き物を世界は許さない。そんな事より僕のために働いた方がずっといい、と諭す白羽に、コンビニ店員という動物である私に、あなたは全く必要ないんですと言った。

気持ちが悪い、お前なんか、人間じゃない、と言う白羽の手を振りほどく恵子。白羽は去って行く。

 

細胞全てがコンビニのガラスの向こうで響く音楽に呼応して、皮膚の中で蠢いているのをはっきりと感じていた。

 

 

感想

コンビニやマクドで見掛ける、マニュアル通りの挨拶、応対にイラっとする事がたまにあるが、そのマニュアル通りに動く事で、ようやく「人間として生きられている」。そんな主人公を巡る話。

 

まず、本当に読み易いのに驚く。何の抵抗もなく読み進めているうちに、終わってしまったという印象。
文章力がある、という事なのだろう。
また、一人称なのに、どこか客観的な表現(あらすじでは便宜上三人称としている)。

十八歳でコンビニバイトを始めてから、同じ店で十八年間。元々おかしな子、と言われて来たのを、沈黙する事でかわして来た(本質は変わっていない)。コンビニのマニュアルを纏う事で「普通の人間」を手に入れたものの、延々と勤める

うちに、次第に綻びが出て来た。

 

そんな時に現れた白羽。いきなり婚姻届、にはちょっとドン引きだったが、もともと自身を突き放しているし、他人が感じる白羽に対する嫌悪感さえも、あまり感じていない。
そういう意味では、どこかが欠落している、という恐ろしさがジワジワと迫って来る。

 

結局白羽のようなクズ人間にさえも見放され、喜びを以て元のコンビニ生活に戻って行く姿に、悲惨さを感じるのか、明るさを感じるのか。その両面性を持つのが、この小説を非凡なものにしている。

 

自分自身のエピソードで、幼稚園の運動会での大玉送りを、先生から「乱暴に扱ってはダメ」と言われて丁寧に扱いすぎ、競技が中断してしまったという話に、笑った(本人にそういう資質あり)。

 

 

 

 

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2017年03月26日

火の鳥 羽衣編 単行本 ⑧

テーマ:本・国内

羽衣編 初出:「COM」1971年10月号

 

芝居仕立ての進行。
遠州三保の浜。裸の女が松の木に薄衣をかける。
通り掛かった男がその衣を取って、売るために持ち去ろうとする。
女の声で、返して下さい、と懇願。男は姿を見せろというが、こんな姿では出られない。
男は別の着物を持って来る。初めて見る女の肌にうろたえる。
その隙に羽衣を取り返そうとする女だが、それを止める男。
空から来たという女に、勝手に天女だと思い込み、年貢を召し上げられるグチを話す。
そして、三年一緒に暮らしてくれたら衣を返すと言った。

 

男は、女を「おとき」と名付けて一緒に暮らし始めた。娘も生まれ、幸せな日々を送る男。娘が大きくなったら、いい男と結ばせると言うと、おときは結婚させない、と否定。
そろそろ三年の期限が近づいていた。ずっとここに居て欲しいと願う男。
おときの話では、彼女の国でも大きな戦があり山野も枯れ果てている。

そんな所に兵が来て、平将門反乱の鎮圧をするための兵として出仕せよとの命令。
無理やり連れて行かれるところに、おときが例の衣を差し出し、これと引き換えに亭主を見逃してくれと頼む。驚く男。

 

男:ズクは見逃してもらえたが、おときを心配する。
おときは千五百年の未来から来たという。未来のものを過去に持って来れば歴史が変わり、恐ろしい事になる。
ズクは、羽衣を取り返すために行ってしまった。

 

一年経ってもズクは戻って来なかった。
娘をあやしながら話すおとき。
千五百年の未来で大きな戦争があり、孤児だった彼女は収容所に入れられていた。その時に火のように燃えるふしぎな鳥を見た。鳥は好きな時代へ送ってあげると言われた。
ただし、昔の時代の歴史を決して変えてはいけないと約束した。
羽衣が人手に渡り、この娘も大きくなれば、未来人の産んだ子孫が出来てしまう事になる。
おときは娘を殺そうとするが、どうしても出来ない。
娘を連れ、かあさまの国に帰りましょう、と言って消えて行くおとき。

 

矢傷を受けながらも、羽衣を取り返して来たズク。
だがおときと娘は既にいない。
松の木のふもとに羽衣を埋めるズク。そして息絶える。

単行本 第8巻 第一刷 1983年

 


感想
芝居仕立てであり、一頁に横長のコマを四つ配し、各コマの右手に松の木、左手に家、というレイアウトのまま全てのコマを維持。その中で物語を進めて行く。
手塚にとっても実験的な試みだったのだろう。
話のベースは「羽衣伝説」。おときは1500年の未来から来た。手助けをしたのは火の鳥。
待っても帰らぬ亭主に、結局母娘は「かあさまの国に帰りましょう」と言って、どこに行ったのか?

 

初出の時は、生まれた子供が放射能による奇形で、それを嘆いて殺すという話だったようだが、単行本化される時に、全面的に手直しした様だ。
後半の暗転、スポットライト等、芝居の効果を楽しむような表現。

 

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