○タラタラとした生き方、それでいいんじゃないか?
ご多聞に洩れず、人生の意味を考え続けてきたのが、僕のこれまでの生の軌跡である。これ自体、悪しきことではないのだろうけれど、人がそもそも自己の生の意味・意義を考えはじめるとき、その底には、自分はなにかを成し遂げる存在であるとか、はたまた自分は、他者とは違う何ものかである、ありたいという願望が潜んでいるのが人間の哀しきサガだ。
いまにして思えば、反吐が出そうな自己愛の変質した願望だ。耐え難き自我像である。哀しいくらいに。過去において、<タラタラした>という形容語を口にするとき、それは決まって、他者の言動を批判するためだけの、己れの意見が認められないことへの苛立ちの、自己愛から発せられた言葉である。換言すれば、英雄願望。無論、この際の英雄とは、己れの姿を重ね合わせている、あり得ない夢想である。バカとしか形容のしようのないことであった。
一切の思い入れを剥ぎ取っても、過去の教師生活で得たもの、獲得し得たと思っていたあらゆる能力は、どのような社会機構の中においても通用すると錯誤していた、しかし、それらの殆どすべてが、自己の無能力の別称だと気づいたときのおぞましさといったらない。絶望というような概念すら当てはまらない。それは、一種のapathy(無感動)だ。世界から投げ出された、どうしようもない孤立感にたじろいだ末に訪れる、ブラック・ホールのような精神の底の底の暗黒である。
僕は期せずして、文字通りタラタラと生きることしか出来ない状況に追い込まれた。自分には何かが出来る、と思い込んだ根拠となったはずの能力?は無能の裏返しに過ぎず、それを生活言語で表現すれば、単なる独りよがりというものに限りなく近い。独りよがりで生きてきた47年間のツケが後年どっとまわってきたことになる。人間の感覚とは鈍いのか鋭敏なのかは分からないが、教師生活最後の2.3年間の記憶の中の風景のすべてが、灰色にしか感じ取れなったのが、当時の僕の心境を感覚で表現した結果だと思う。あの頃、日本では認可されていないはずの、怪しげなクスリをどれだけ大量に個人輸入したことだろう。十分な認識がなかったにせよ、たぶん麻薬に限りなく近いものも混じっていたのではないか、と思う。最初の家族との最後の年末に、訳のわからぬ植物の種(ネット上では観賞用ということで取締りを逃れていたが、明らかにトリップするはずの植物の種だ)を数粒噛み砕いて呑み込んで数時間したら、猛烈な嘔吐感に襲われて1時間以上吐き続けた。典型的なバッドトリップだ。救急隊員のみなさんにはまことに迷惑な話だが、僕はたまらず当時の女房に救急車を呼んでくれと懇願したが、彼女は、冷たい目線を投げかけるだけで、放置されたのである。もし、違法薬物で病院に担ぎ込まれたら、それだけで仕事をクビになると思ったのだろう。当然のことだが、当局はこんなことが起こらなくても、虎視眈々と学内の政治的な理由で、僕の首切りを画策していたのに、それを彼女が知らなかっただけだ。それにしても、状況を読めない人が考えることはいかにも興味深い。というか、お笑いに近い。彼女は、僕の脳髄の中の灰色の風景のことなどツユ知らず、「あなたもそろそろ教頭になる歳ね」だって。忘れもしないね、あのときの白々しい感覚を。制度的な夫婦関係といっても、ここまで距離感があれば、もはや見知らぬ人のように思える。当然だが向こうも同じだっただろう。
年の暮れに京都市内のヴァプテスト病院に担ぎ込まれたが、こういう病人?には医者も冷たい。嘔吐感と微熱が続いていたが、生理食塩水の点滴だけ。かろうじて水だけが飲める状態。まったく眠れず、睡眠導入剤が処方されたが、勝手なものでクスリに対する拒絶反応にて、飲むのを拒否すると、香水をつけすぎた当時の女房(病院に香水などつけてくるな!それも海外からの土産に買ったポワゾンだ。皮肉かいな、それって)に呑めと言われても絶対に呑まなかった。が、オウムみないな化粧をした、どうみてもヤンキー上がりの看護婦(やはり看護師よりもいいね、この呼称の方が)さんに説得されたとき、どういうわけか、とめどなく涙があふれて、素直に呑んだ。ふと、ベッドの足元を見やると、冷たい女房の視線が突き刺さるように僕を射抜いた。まあ、当然と云えば当然か。
正月の2日に帰宅して、かたちだけのおせち。その年の6月に僕は退職に追い込まれる。崩壊という名がつくことのすべてが、僕の、あるいは、当時の家族に襲いかかった。家族崩壊と、無職になった、47歳の路頭にまよった自分。
それ以降、今日に至るまで、タラタラとした生き方をしてきたが、こういう心境も悪くはない。過去への未練から3度の自死からの奇跡的な帰還はあるが、もはや、すべてがふっきれた。訪れるべき死までせいぜいタラタラと生きて、そういう生き方の中からしか手にすることの出来ない価値観、世界観を通して世の中を見据えていこうと思っている。あるいは、人間も。そういう覚悟で、いまを生きている。今日の観想として、書き遺しておきましょう。
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長野安晃


