グレースケアのとんち介護教室

時代の先端にして崖っぷち、ケアのトレンドを脱力レビュー。


テーマ:

「おしっこしたい!」「寝たい!」「どこでもいいから連れてって!」「どうしていいかわかんない!」「ちょっとー!!」。福井さん(仮名・92)、大声の訴えが続く。テーブルやイスをバンバン叩く、揺する。


トイレに行くとすぐ「出ない」「もう出たい」、トイレから出てくると「おしっこしたい!」

ベッドに行くとすぐ「起きる」「起こしてちょうだい!」「わぁ~!」、リビングに出てくると「寝たい!」「わぁ~!」


話しかけ、別のトークに持ち込んだり、ちょっと何か飲んだり食べたり、体のむきを変えたり、明るさを変えたり、台所仕事をお願いしたり、ボールを渡してその怒りをスマッシュに転化していただいたり、、、

いろいろ試みても、答えは、「わぁ~!」

なかなか、セオリーが見つけられない。

身体は重いが下肢は力が入らない人なので、移乗の繰り返しは、キツイ。


こういうときは、所在なくテレビを見ている、秋山さん(仮名・97)のお隣へス~ッと誘導。

耳の遠い秋山さん、福井さんの態度にちょっとだけびっくりしながらも、ソフトな対応。「どうしたの、うんうん身体の元気が一番だよ、ねぇいまに元気になるよ、ねぇ早く身体を直して元気になろうよ、元気になってあの世へ行こう!


福井さん、「どうしていいかわかんない!」


確かに。

でも、秋山さん、さすが年の功、私たちが何だかんだ言うよりも、福井さんには伝わるみたい。何より根気がある。

介護職の個別の関わりでは、きっと互いに追い込まれてしまうので、ほかの方の力を借りる。

その辺が、「共同生活介護」、ほかの入居者の力を引き出し、そして介護職がくたびれないためのワンセオリーでしょうか…。

福祉・介護blogランキング

↑↑          ↑↑

いろいろなセオリーを探してみる

AD
いいね!した人  |  コメント(2)  |  リブログ(0)

テーマ:

NHKのドキュメント、日本の現場。今回は特養で迎える最期。

一人一人の願いを叶える…との番組案内に惹かれてみるも、実態はまだまだ貧しい。


特養はもとより、最近はグループホームも、最期の暮らしの場として考えられている。

余命の診断のないホスピスみたいなもの。「老人に明日はない」、今日できることは惜しまず、明日のために我慢せず。いかに日常を、基本的な健康や安楽をもちつつ、それぞれなりにぶっ濃く送れるかが勝負。


今回の番組では、「部長」(ケアスタッフの主任なのか、施設ケアマネなのかよくわからない)が個別に入居者やご家族と面談をする。そして希望や思いを聞き取る。いま、ケアプランの形ではどの施設でも、形だけはやっていると思うが、番組中ケアプランに落とすところへの言及はない。


主に4者が登場する。

酸素吸入しつつほぼ寝たきりになっている櫻井さん。娘が毎日ついており、最期を迎える。

やり手の研修ウーマンだった鈴木さん。当初「人の役に立てなくなったら死にたい」と漏らすが、櫻井さんの死を経て「生きるだけで娘さんが喜んでいる。…もっと長生きしたいと思う」。

夫の墓参りを8年ぶりに実現する河野さん。「一人で寂しかったでしょ、私も寂しかった」と涙。「年1回くらいは行かせて欲しい」。

ご夫婦で入居の宮本さん。認知症だが、お嫁さんが頑張って月1回、自宅に連れ帰ると、表情よく歩いたり洗濯物たたんだり。


それぞれ、美しい。が、同時に、あらかじめ描かれたきれいな「物語」が透けてみえてしまい、息苦しい。

もっと、ワイルドでエキサイティングな年寄りを登場させた方が「現場」に似つかわしい。


気になるのは、やっぱり、家族(しかも「娘」と「嫁」)の思い入れに頼っていること。

毎日きて付き添ったり、月一回家に連れ帰ったり。多くの家族は、まずできない。やりたくない。


人の役に立てなくてもいい、と鈴木さんが思いを変えたのは、先をいく人をみて自らの老いを受け入れる、切ないけど避けられないプロセスであったけれど、その論理が「子どもが喜ぶので、生きていてもいい」というものなので、家族関係に乏しい人、孤独な人にとっては、充分に生きていていいよー!というメッセージにならない。(鈴木さんも3人の子どもがいる、とナレーションで触れられるが登場しない)。結局、家族次第というのはツライ。


家族に嫌われ10年間一度も面会に来ない、とか数年ぶりに来たら葬式の段取りを相談されちゃうとか、そのうえ、きつい認知症で、大声は出す、机はバンバン叩く、ほかの人のご飯に手を出す、セクハラする暴力ふるうなんて入居者でも、、、でも生きていていいっつう強力な論理が欲しい。介護職だけは、半ばあきれ、あきらめ、でも関わり続ける。迷いながら。


そんな人がいたら、誰だって、心中「くたばれっ」と毒づかないではいられない。鈴木さんも、見送ったのが優しい櫻井さんではなく、そんな暴力老人だったら、考えを変えないで済んだかもしれない。


それから、一人一人の思いが、あまり引き出されている感じがしない。

河野さんの願いも、車で20分のお寺で墓参りをするだけの、ささやかなこと。きっと、自費で、ヘルパーを雇い、介護タクシーを使えるのなら、毎月でも毎日でも行けるはず。夢はかなう!お金があれば、というのは、老いも若きも関係ない事実。ただ、現状の介護報酬の枠でも、施設職員をやりくりして個別外出できる、という事実は大きい(職員配置や自己負担額などは不明だけど)。それから、車イス自走の練習意欲に結び付けているのも、いい(実際に役立ったかは不明)。


ラストは七夕で願いごとを書いているシーン。「寿司を腹いっぱい」(職員の代筆?)はいいけど、あとのネタに乏しい。経験的には「家に帰りたい」「息子に会いたい」「金持ちになりたい」「好きなだけ寝ていたい」「バナナを食べたい」などなどいろんな欲望が出てくるはず。(なかったのか、映せなかったのか)。特別な願いでなくても、日常のなかで、この人員配置のなかで、どうささやかに叶えてみせるか、その知恵や工夫も知りたい。


続編に期待、というか、やっぱり裏物をつくらなきゃだめか?

福祉・介護blogランキング

↑↑          ↑↑


クリックでもっといいレビューを探す


AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:

八神さんのお通夜、十余人でしめやかに行われる。お坊さんが4人、うち一人は小僧さんながら、詠々と声変わり前の高いオクターブで読経。和尚と小僧2人のみで節を合わせてのハーモニーも10分。思わず夜中まで続く2人の熱っぽい練習を軽く嫉妬しながら覗く兄弟子の姿が思い浮かぶ。○○菩薩、△△菩薩、××菩薩と数十のお名前を並べたて、どうか極楽浄土へお導きたもれ~、という趣旨。

その間、参列者の間に焼香台がまわり、お経の山場ごとに小僧さんの指示で合掌を繰り返す。まあ普通のお通夜なのだが、どこか居心地の悪さ、違和感をぬぐえない、なぜかというと-

八神さんは、クリスチャンでした…。

ホームにも、たまにクリスチャン仲間(本人は兄弟姉妹と呼ぶ)が来て、笑顔で談笑していった。お通夜の席に、例のブラザーたちの笑顔がない(笑顔はなくても良いがブラザーたちもいない)。ご本人、信仰心は篤い方だったのに、最期は和尚と坊主に送られてしまうとは(しかも少しアヤシイ感じの)。確かにキリスト教でもややマニアックなタイプだったようで、家族間で信仰の違いもあったことだろう。それにしても、本人天国に召されるつもりが、最期の最期で極楽浄土に行かされる。油断できない。

いつもゆったりとしたワンピースに身を包まれ、体を揺すって歩いていた八神さん。お通夜の間中、私は祈っていた、棺桶のフタを開けて「Oh,Happy Day!」と立ち上がってくれることを。合掌。

福祉・介護blogで予約する天国

AD
いいね!した人  |  コメント(2)  |  リブログ(0)

テーマ:

 食道がんでもって1年ほど、残りをせめてグループホームのような環境で楽しく過ごしていただきたい…。ケアマネジャーから八神さん(仮名・84歳)を頼み込まれたのがちょうど昨年の6月。経済的負担を考えて躊躇するご家族をケアマネ「早ければ3・4ヶ月のことだから」と説得。入居前までは特養のショートステイと病院と自宅の間を行ったりきたり、自宅がどんどん短くなるなかで、ぎりぎりターミナルケアを見通した選択だった。

 グループホームがターミナルまで担うのかどうか、意見は分かれる。ただ、本人らしさを尊重し、病院でも自宅でもない「在宅」死の試みは広がっている。医師や看護師が常駐しているわけでもなく、介護保険の訪問看護も使えない、週1回の訪問診療だけ、という条件では、最期まで充分にできるか心許ない。八神さんも、食事が減る・嘔吐するなどの変調があればすぐ病院で受け入れ態勢をとるとの約束と、家族にホームでできる生活支援とできない医療対応について理解いただいた上での入居。

 ずっと食欲もあり、家事もでき(座ってやるもの)、車イスで買物や散歩にも行けていた。いつも妹や娘の名を出して会いたいよ~と繰り返しているお婆さんにも、根気よくつきあったり喧嘩したり。モダンなお父さんのつくった唄を披露してくれたり。がんなんてウッカリ忘れていた

 それが今年の6月頃より、徐々に食欲が落ち、微熱も続き、活気が薄れ、7月からは嘔吐も繰り返されるようになり…。主治医と相談しつつ、今月17日に入院、今後の治療の方針を決める検査を予定し数週間で戻る可能性もあったはずが。

 23日容態が急に悪くなったと家族から。お見舞いに行くと、言葉かけにはうなづいたり首を振ったりされるものの、意識は半ば朦朧とされている。腕に点滴と、鼻からは酸素、痰がからむ喉に吸引。そしてオムツ。ホームを出るときはお喋りもでき、食事も少しばかりはとり、トイレも行けていたのに、、、

 そして、今日の午後、息を引き取られました。

 自分はもっと淡々と、職業的に受け入れられると思っていたのに、すごく悲しかった。在宅ヘルパーのときに何人かの臨終に会ったし、老健でも病院に移って亡くなった人は少なくなかった。でも今回ほどこたえたことはない。

 医師からは「身体はボロボロなのによくここまでもった、ホームの生活が合っていたのでは? 1年前に入院していればもっと早かったでしょう」とのお話。確かに、今回入院して検査のため食事をとらずに点滴にかわり、ベッド上での生活になって、ホームでは他の人と暮らす手前、気張っていたものが、プツリと切れたのかもしれない。

病院は責められないし、ホームでの生活の継続はやっぱり近いうちに無理になっていたと思う。もともと想像できたことだけど、それが急だったので、悲しくて悔しくて残念で、でも苦しむ期間が少なくてギリギリまでホームで楽しく暮らせたからよかった、とも思いたいが、よくわからない。やっぱり悲しい。

ホームの関わりだと、半ば身内のようになってしまう。少人数ゆえ一人いなくなると喪失感も大きい。そして力を引き出すとか、自立支援とかいっているけど、やっぱり、なだらかな下り坂は避けがたい(時に急坂やガケ)。自分の道もだけど。だから、いつも『俺たちに明日はない』心がけ、今日やりたいこと自分が力を出せることをやっておきたい。

グループホームでは亡くなられたときを退居日とする。八神さんはどちらへ退居でしょうか―、冥福を祈ります。


福祉・介護blogでケアの目的を探す
いいね!した人  |  コメント(1)  |  リブログ(0)

AD

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。