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さて、ここであらためて「質問2」 に戻ってみましょう。「質問2」とは、

 

 

 

 

2.中学・高校時代はどういう生活だったでしょうか?例えば部活とか、勉強とか?

 

 

 

 

 

 

 というものでした。ここまで、僕の過去をみてきて判るとは思いますが、少なくとも、大学時点における僕の場合は、明らかに、印象や学歴というものと、実際話してみたイメージに、違和感が出ると思います。理系の大学院まで行っておきながら、管理部門を希望します!って言ってんだから、面接官は戸惑って当然です。

 

 

 

 

「大学時代と院生では、理系の学部にいたんだから、研究職でいいんじゃないの?こいつ大丈夫か?」

 

 

 

っていう、マイナス的な評価と、

 

 

 

「なんか、世間知らずだけど、面白いこと言ってるな。なんでそういう方向性になったんだろう?」

 

 

 

っていう興味が惹かれる要素と、2つが葛藤すると思います。

 

 

 

 ただし、これは、2次面接以降の話で、集団や一次面接では、あまり突拍子もないことを言ってしまうと、通過できないかもしれません。実際、僕は、学生時代にそういう経験をしましたし。会社の規模や、採用ポリシーにも寄りますが、集団や一次面接の段階では、まだまだ候補者の詳しい判断は行いません。というより、時間的にできません。面接官一人に対して、候補者が何十人という大人数なので、当然と言えば当然。だから、いくつか最低限のチェックポイントがあって、それにマッチもしくは、近い人を「通過」させるんです。二次面接を担当する面接官に、しっかり判断してもらうために。

 

 

 

 この辺の詳しい話は、「集団面接シリーズ」 を読んでみてください。

 

 

 

 話を元に戻しますが、とにかく、面接官が葛藤するのは、面接官が、第一印象から抱く人物像と、実際に話している姿から抱いた人物像に、違和感が出てくるからです。それは、今現在の価値観だけを聞いても、絶対に判りません。今現在の価値観は、単に「理系職ではなく、事務がしたい!」っていう結論のみですから。

 

 

 

 という訳で、僕がなぜ、こういう結論に達してしまったのか、っていうことを説明し、理解してもらうために、高校以前の価値観をまとめておいて、今の自分につなげるということが必要になってくる訳です。それによって、話に説得力がつき、信憑性がグッと高まります。

 

 

 

高校までの僕は、

 

 

 

『親から、東京の理系の国立大学に行けと言われてきて、また生き物に興味があり、ずっとその延長で、高校は理数科に入学した。たまたま農学部に興味を持ったが、その方向性に疑問を感じることなく、当然と思っていた』

 

 

 

でしたが、大学での僕は、

 

 

 

『学校に馴染めず、理系の適性をここで考えるようになった。アルバイト等でいろいろ学んで、考えた結果、理系職に興味がなくなった』

 

 

 

 ということです、簡単に書くと。つまり、価値観が激変してるんですよね。まさに180℃変わってる。これでは、面接官が、違和感を感じても仕方ないと思います。

 

 

 

 ここで大切なのは、面接官の違和感を払拭する材料を、キチンとまとめておくことです。会社には、色んな人がいるので、理系出身が文系職に就くことは、特別変わったことではありません。会社としては、ベストパフォーマンスを発揮してくれれば、それでいいんだから。学生までの実績と、社会人以降の可能性は、全く別物です。だから、面接官はニュートラルな気持ちで、質問しようとしています。そこで、お互い意思疎通が図られれば、自ずと過去の経験が起点になって、今の価値観があるんですよ、っていうことは、十分相手に伝わります。過去を振り返らずに、今の自分を語っても、話に説得力は出ないんです。だから、自己分析では、過去から細かく掘り起こして、今の自分につなげていかなくてはならないんです。

 

 

 

 さてそれでは、中途半端ながら、せっかく僕の過去を掘り起こした訳だし、ちょっと自己分析と働く動機ってやつを考えてみましょうか?やり方としては参考になるかもしれないしね。

 

 

 

つづく。

 

 

 

 

 

 

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<大学生活>

 

 

 僕は、大学生活初っ端で、いきなりつまづいてしまったこともあり、一時は、本気で退学も考えました。他大学への転入とかが可能かどうかとか、学生課に何度か足を運んだこともあります。実際には、現役のときに大学を蹴って浪人したことや、経済的事情、さらには勇気がなく、断念しましたが。

 

 

 

 それと、この時期に、悶々と考えていたことは、果たして自分は将来、研究畑に進んでそれでいいのか?ということです。子供の頃から、昆虫や魚類という小動物が大好きで、そこから大学まで進んできましたが、ハタチになって急に立ち止まってしまったんです。僕の情報収集不足、勉強不足な面もありました。本来、農学部は、小動物を、主として扱うことはないし、それだったら、理学部とかだったんだろうなあって、今では思ったりします。さらに、ここでは、自分の研究者としての適性も考えるようになりました。

 

 

 

 僕は、本当に大学時代は、無為に過ごしたと思います。でも、アルバイトだけは本当に充実してました(アルバイトは大型スーパーの服飾衣料部門ですが、何度かブログに書いてきてるので詳しくは触れません)。これがあったから辛うじて、大学生活は意義があったとさえ、今でも思っています。接客販売には、幼少時代から僕が持っている、相手に嫌われたくないという本質が良い方に出て、そのためには、相手の視点で対応しなければいけないっていうことを、意識して仕事してました。バイトながら、商品のレイアウトや、セール時の仕切りなんかもやらせてもらったし、のびのびとやってましたね。ここに自分の居場所があり、社会に属していると実感できる場所でした。

 

 

 

 それに僕は、同じ売り場の社員の人の売上成績が良くなるようにと、自分も最大限尽力する、ということをモットーにしてました。感謝されたり頼りにされたりすると、単純に意気に感じてしまうんですね。それに、どんなに頼りにされても、やはりバイトは所詮バイト。社員さんは生活がかかっているし、社員さんが、本来の仕事を出来る環境をサポートしようという考えです。だから、商品整理や掃除なんかも率先してやったし、レジ打ちも、できるだけ入るようにしてました。セール時の店頭販売時にも、自分から入りましたね。まあバイトのエピソードは山ほどありますが、キリがないので割愛します。

 

 

 

 ところで、このバイト生活の中で、忘れられない出来事があります。あるセール終了後の夜。閉店して、片づけが終わった後、よく社員さんとかと飲みに行ってたんですが、その日の飲みの二次会で、僕が慕っていた、違う売り場の社員さんに、大学を辞めようかと相談したことがあったんです。その当時、その人は30歳前。僕より8つくらい上でした。実は、その人は学生時代に、僕と同じようにバイトをしていて、諸事情があって退学、そのまま社員になったという経歴を持ってます。僕が相談を打ち明けた後、その人は僕にこう言いました。

 

 

 

 「お前さ、大学って入るのは難しいけど、辞めるのは非常に簡単で、アッサリしてんだよ。拍子抜けするくらい。でもな、卒業したか中退かっていうのは、その後の社会の位置づけって、全然アッサリしてないんだよ。まあ、俺自身の能力の問題もあるんだけど、ウチの店舗で、他の大卒の社員を見てみなよ。俺と同じか、もしくは年下でも、マネージャーになったりしてるヤツいるだろ?そんなもんだよ、世の中って。今、お前が中退するのは非常に簡単だろうけど、でも辞めない方が絶対にいい。やってる勉強に興味ないんだったら、大卒っていう免許証をもらうと思ってりゃいいじゃん。だいたい、お前の学校の姿見たことないから何とも言えないけどさ、内にこもって研究するなんて、向いてないよ。お前はもっと人に接する環境の方が絶対に合ってるって。」

 

 

 

 結果的には、これが人生の分岐点になりました。何年かしてその人に、僕にそんなこと言ったのを覚えてるか?って聞いたら、酔ってて覚えてないって言ってましたが(笑)。それでも僕は、非常に感謝してます。

 

 

 

 まあ、バイトでは、自分の可能性を引き出してくれる刺激があったし、周りの人にも恵まれました。おかげで無事、卒業までたどり着くことができたし、理系なんだから、理系の仕事に就くのが当たり前だ、っていう普通の常識を疑うこともできるようになりましたね。何事も経験は大切です。

 

 

 

 でも、大学時代には、就活は一切しませんでした。大学院に進んだのは、「このまま大学を満足せずに卒業して、社会人になったら、子供の頃から信じてきた価値観を否定することになるなあ。せめて研究室に入って論文は書きたいなあ」っていう、ただそれだけの想いです。この頃から、将来は研究職に就くことは、全く選択肢にありませんでした。ただ学生生活を満足したもので終えたいということです。

 

 

 

 大学院時代にも友達が亡くなったりといった事件はあったんですが、まあそれは以前書いたので、割愛するとして、以上が僕の学生時代までの過去の話です。

 

 

 

 このシリーズは、僕の過去を赤裸々にすることが目的ではないので、かなり端折って書いてきましたが、学生の方が、実際に棚卸する際は、もっと、どんなことでもいいから、頭に浮かんだことをダラダラと書き出した方が絶対にいいです。これは自己分析の大事なツールになりますので。

 

 

 

 

 

 

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<大学入学時>

 

 

 高校時代までって、意外と僕のような価値観を持ってる人って多いんですよね。そして大学に入って、時間の使い方が一変して、例えば、「大学に入って遊びまくる!」っていうのも、非常に理解できます。それが正しい大学生だとも思いますね。時間の使い方がこれほど多岐に渡り、生き方も様々なんだって知る時期とかぶるからね。高校から大学への節目は、人生観形成の起点でもあります。

 

 

 

 誰しも、高校から大学に変わったときって、自分の引出しが劇的に増える時期だし、それが成長なんだとも思います。僕も高校から浪人、そして大学と移行していく中で、考え方に変化が出てきます。

 

 

 

 浪人中は、広島という、僕にとっては大都会に住むことになりましたが、予備校の寮にいたということと、全ては、大学に入ってから、と考えていたので、初めての都会の刺激には触れずに過ごすことができました。門限も8時だったしね。ここでも優先事項は、勉強だったかなあ?でも、勉強のペースとかは、自分で設計しながら自分で主体性を持って出来たので、勉強以外で得ることも多かったですね、今考えると。しかし、浪人時代に得たものがあるなんていうことは、学生時代にも考えませんでした。38歳の今だから、あらためて思えることです。

 

ちなみに、浪人時代は、何が一番嫌だったかというと、もし新聞沙汰になるようなことになったら、「無職」って紹介されるのかなあっていうことです。

 

 

 浪人中に得た価値観で、その後に悪影響を及ぼしたのは、「意外と、世の中の受験生って、そんなに大したヤツいないなあ」という考えでした。高校の頃は、クラスの仲間が、みんな成績良かったし、3年間も一緒にいると、だいたい試験の結果も、自分の“定位置”が決まってきます。僕は中から下でしたから。でも浪人すると、それこそ、ピンからキリまで色んなヤツがいます。だから浪人中の成績は、文句なく良かったです。志望校に関しても、偏差値的にはそんなに飛び抜けて高い訳でもなかったし、まあ普通にやってれば、楽勝って感じ。

 

 

 

 今思えば、本当に自己中の考えだし、世の中の仕組みを判っていなかったと、恥ずかしいですが、予備校だって学校法人といいつつ、継続しなければいけない。当然ながら収益は必要。お客様である浪人生のモチベーションを下げないように、1年間モチベーションをキープして、自信を持って受験させるためには、あの手この手を使います。偏差値だって冷静に考えれば、浪人生は良くて当たり前。

 

 

 

 まあでも、浪人生活はあまり楽しくはありませんでした。今考えれば、浪人時代はあっという間の1年のような気がしますが、当時は一日一日が長かった。早くこの生活に終止符を打ちたくて仕方なかったですね。

 

そんなこんなで、無事、志望の大学に入学することになります。まあ落ちることは考えていませんでした。なんてったって過信の塊ですから(笑)。大学時代の話は、これまでも何回か記事にしてきているので、詳しくは書かないけど、今日は入口のところ、つまり入学当初のことを書きます。

 

 

 僕は、大学は第一志望ではあったんですが、入学してすぐに、学校に本当に興味がなくなってしまいます。理由は2つあります。

 

 

 

 ・・・ちなみに、ここまでの僕の人物像やこれから書く人物像は、メチャクチャ嫌なヤツなんですが、今ではいいヤツです(笑)。ムカツクかもしれないけど、あくまでも、僕の過去の棚卸を素直にやっているんだから、という広い心で読んでください。多かれ少なかれ、学生時代には、自分のことを過大評価することって大アリだから。・・・もっとも僕は、今でも過大評価してるけど(笑)。

 

 

 

 と、ちょっと言い訳の予防線を張っておいて書きますが、大学に行かなくなった理由として、

 

 

 

①同じ試験を受けて合格して、そして入学してきた同じ学年の奴らが、みんな頭悪く見えた。
②僕が受ける前年に、農学部の改組があって、旧9学科が統合されて、新3学科になり、学生は勉強しながら自分の希望と適性を見極めつつ、学科を決められるとのことだったのに、実際は違った。

 

 

 

 ということが挙げられます。

 

 

 

 ①については、これはどうでしょうか?こういう人っているんじゃないかなあ?でもここから先が問題で、学校の友達では物足りないから、アルバイトやサークル、その他活動で、色んな人と出会って、刺激を受ける!っていうアクティブ派であれば、全然問題ないし、むしろその方が自然なんでしょうが、僕は、ネガティブ派に陥っちゃった(笑)。俺の選択は正しかったのか・・・?って感じに。

 

 

 

 実は、ここで壁にぶち当たるのも、過去にちゃんと伏線があります。僕はずっと田舎育ちで、観光とかでも、他県の人があまり来ることがなかったし、人口も少ないし、狭い閉鎖的な価値観で育ってきました。高校時代も、学校の教師に洗脳されて、生活の中心は、勉強だったし。ガリ勉とかっていうんじゃないけど、要は都会のように、例えばアルバイトをするとか、街へ繰り出して遊ぶとかっていう、文化もなければ場所もないって感じ。だから、やることって限られてくるんですよね。高校生活の時間を利用して、いろんな経験ができる状況じゃないから。

 

 

 

 さらに、浪人して1年余分に費やして、志望した大学に入ってみたけど、実際にいるのは、高校時代に遊んでばかりだったとか、偏差値も全然良くないのに、たまたま受かったとか、高校では、部活もイベントもメチャクチャやってたとか、要は勉強以外のこともしっかりやって、青春を満喫して、大学に来ている。今考えると、僕なんかより、よっぽど視野も広く、幅広い経験を積んだ連中なんでしょうが、当時はそんなこと考えもしなかった。なんでこんなヤツらでも受かるような大学に来たんだろう・・・?って自己嫌悪の世界。さらに、僕の大学でのクラスは、東京圏の人間が多かったため、飛び交う言葉は標準語。最初は、これにも馴染めなかったんですよね。自分から溶け込んでいこう!っていう前向きな気持ちもなかったし、最悪パターンです。

 

 

 

 それでも当初は、クラスの連中とも遊んだり、麻雀やったり、飲み行ったりもしましたが、楽しくないんですよね。いつしか疎遠になっていくのは当然の流れかなあ?って気がする。

 

 

 

 そして②番目。時代背景としては、昭和から平成に変わり、ハイテク文化や、バイオテクノロジーという分野も徐々に発達しようとする時期。当時は、多くの国立大学で、旧態依然とした体制を、時代にマッチしたものに改変していこうという姿勢が見受けられていました。そんな余波を、ウチの大学も受けていて、ちょうど僕が、現役のときは旧学科、浪人してから新学科に移行したんです。僕は新体制の中で、いろんな視点から自分の適性と希望をジャッジできるんだと思っていたんですが、結論を言うと、僕の学年までは旧体制のまま。この辺は書き出すと長くなるし、批判めいた記事になってしまうので書きませんが、まあ要は、将来所属する研究室なんかも1年生の時点で、学校側に決められてしまった、ということです。これには幻滅してしまいました。

 

 

 

 もちろん、これら2つの理由は、僕の自己中から出た産物です。僕以外の連中は、普通に学校に行って、普通に皆と勉強をして、決められた研究室に入った訳ですから、単なる僕のわがままなんだと思います。でも若かった僕のモチベーションを下げるには、十分な動機でした。ということで、最初の1年目で、スッカリつまずいてしまった訳です。つまづくというか、自分への問いかけですね。「今まで信じて進んできた歩みは、果たして正しかったんだろうか?なんでこの大学に入って、壁に当たってしまったんだろう・・・?」ってね。結局、これは卒業まで続く葛藤になります。

 

 

 

 

 

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<高校時代>

 

 

 ところで、中学校の時って、今振り返ったら、一番充実してたなあって、感じる人って多いんじゃないでしょうか?僕は教育学の専門家ではないので、講釈を垂れることはできないけど、中学生というのは小学生と違って、世の中の良いことや悪いことが判ってきて、自分も分別ついてきて、自分で、主体的に考えることを覚えてくるので、大人になった!って勘違いする年代です。実際は子供なんだけどね。しかも小学校からの友達に加え、違う学校の友達もできる。行動範囲も広がるけど、でも客観的に見ると、そこは地元であり、文化も共有。まだまだ狭い世界です。

 

 

 

 過去の自分を振り返って今の自分を語るとき、この中学校時代にルーツがあることって意外とあります。昔の話は、大学生の今でも、地元の友達と会って飲んで話したりすると、いくらでも出てくるでしょ?そういったことを思い返してみるのもいいですね。

 

 

 

 さて、次は高校です。僕は高校の頃は、一転して、学校自体に興味を持たなくなりました。学校が嫌いとかっていうんじゃないんですが。

 

 

 

 これはよくある話ですが、高校って受験によって入学してきた人が集まって、進路も成績も、近いレベルの生徒でクラスを構成するから、成績も中学のように、思ったほど良くないことってあるんですよね。僕の成績も、クラスでは、中の中、もしくは中の下でした。学年全体では、上位の方ではありましたが、理数科というクラスには、中学校で成績上位でした!ってヤツが集まってくるので、クラスでは平凡な成績でしたね。でもキャラクターではしっかり自分の存在感はありましたけど(笑)。

 

 

 

 理数科では3年間同じクラスメートなんで、3年間環境の変化とか、刺激もない状態。クラスメートとの連帯感は生まれますけど。でも、みんな最終ゴールを志望校合格に置いてるから、仲良く睦まじく、っていうレベルではないです。もちろん、仲が悪い訳とかって言うのではなく、普段学校終わってから、あまり遊ばないってこと。

 

 

 

 学校側の理数科に対する認識も、有名大学に何人入ってくれるか?っていう期待の目でしか見てないし、勉強優先の毎日。部活には入る気がなかったので、そういうストレスはなかったんだけど、気詰まりはしましたね。田舎って、外の情報ってなかなか入って来ないんです。だから教師たちが、

 

 

 

「都会のライバルたちは、予備校行ったりして勉強してるんだから、田舎ではもっと頑張らないとダメだ!」 

 

 

 

 みたいなことを言って、洗脳してくるんです。だから、結構勉強してたんじゃないかな?あの頃って。

 

 

 

 僕自身は学校行事とかにも、冷めたところがありました。中学校の頃は、結構イベントには参加していたんですが、高校では、例えば体育祭や文化祭なんかに出るのがイヤで、休みっぱなしでしたね。行ったことありません。1,2年の頃は、体育祭の応援練習とかいって、3年生が仕切って、色々やらされるんですが、いつも逃げており、目をつけられてました。でも行かない。なんで団体行動が苦手になったのかは、よく判らないんですが、いつの間にかそうなってましたね。自分が主体的に動けるイベントっていうのは、好きなんですけど、やらされてるのは苦手でした。楽しくないから。ここには自分の存在が崇められて、初めて安心して自分が出せるっていう価値観がある。自分勝手とも言います(笑)。

 

 

 

 そんなこともあり、実は高校時代の思い出ってあまりありません。毎日同じような生活をしてた気がする。しかも、そんな理数科の価値観が嫌いだったんで、授業終わったらサッサと帰る。僕は「汽車通学」(電車はありません!)組で、時間も1時間に1本くらいでしたから、それに合わせて本屋に寄ったりして。その高校には、同じ中学から何人か進学していたので、そいつらとほとんど毎日、ファミコン三昧(笑)。スーパーマリオとか、サッカー、ファミスタとかですかね?僕の家が駅から一番近かったので、いつも僕の家に寄り道です。約2時間の、言ってみればサークルのようなものでした。

 

 

 

 高校時代には、好きな女の子とかもいましたが、お付き合いごっこ程度。なんか本当に思い出がないんです。あまり人受けがよくない性格が、ここで出来上がったような気もするし。

 

 

 

 ただ、クラスでそんな成績上位じゃなかったとはいえ、一応、理数科なんで、希望する大学の選択はある程度できる成績ではありました。子供の頃から、ずっと親に言われている「大学は東京の理系の国立に」という刷り込みの影響以上に、東京の大学に行きたいとは思っていました。当時の志望学部は、生物系の学部か、農学部。ただ、大学に入って何がしたいのかってあまり考えていなかったような気がします。この大学のこの学部で、この勉強がしたい!っていうのではなくて、大学には行くのが当たり前なんだ!っていう常識感が強かったですけど。なぜ行くのか?っていうことはあまり考えたことありませんでしたね。今思えばこれがよくなかった。

 

 

 

 現役の時は、東京の大学は受験しませんでした。これは当時の国立大の受験日程の問題です。ハッキリ言って、共通一次試験(大学入試センター試験の前身です)の自己採点の結果がよくなかったし、浪人する気でいたから、大学はどこでもよかったんです。一つ某大学の農学部に受かったのですが、結局、行かずに浪人しました。

 

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<小中学時代>

 

 

 小学校時代の家庭環境を書くと、僕は、典型的な「おばあちゃん子」です。父親も母親も、ともに自営業者。父親は設計士で、母親は喫茶店経営。よって家のことは、母方のおばあちゃん任せでしたね。子供の頃から、そういう環境にいると、それが普通だと勘違いしてしまうのですが、圧倒的に親より触れていました。特に母親の方は、朝早く家を出て、夜も10時すきに帰ってくる。子供はすでに寝てる時間です(笑)。しかも月の休みは2回です。ほとんど顔を合わさなかったような気がします。顔を見るのは、いつも店の顔。

 

 

 

 このおばあちゃん子だったというのは、実は僕の人生観にとって、重要なファクターです。甘えん坊のわがままっ子だからねえ。今でも同じ。それとプラス島根県西部出身ということもね。

 

 

 

 中学時代というのは、多かれ少なかれ誰でもそうでしょうが、反抗期の時代です。特に、僕の時代は「校内暴力」という言葉が流行った時代。でも僕の学年は、そんなに荒れてはいませんでした。多少、素行の悪いヤツらはいましたが、相対的には大人しかったと思います。大人しいというより、全体的に冷めていたといったほうがいいかなあ?実際にウチの母親は、6歳下の僕の妹を引き合いに出し、「あんたの周りは、なんか変に大人びてて冷めてた。妹の友達の方が可愛げがあって良かった」と言ってます。

 

 

 

 僕は根性がないので、中学に入ったら楽な部活に入ろうと思っていたんですが、たまたま1年の時の担任が、柔道部の顧問。これで僕の3年間が決まってしまいました(笑)。当時は体格もそこそこ良かったので、半ば強制的に柔道部へ。最初はイヤイヤでしたけど。自分でいうのも何ですが、結構強かったし、地区や県でも優勝したり、そこそこの成績を残してました。主将もやりました。僕が1年の時や2年の時は、先輩がメチャメチャ怖くて、訓練と称した理不尽なトレーニングとかもあったりして、僕の時代になったら、それだけはやめようと思っていました。それと子供ながらに合理的に練習したいと思って、練習項目を短冊形式に書き分けてプログラムを作ったりとか、寒い時期は筋トレ中心に切り替えたりとか。今考えると非常に些細なことではあるんですが、悪い伝統だけは打破したいって思ってましたね。つまり先輩が後輩をいじめるとか、根性論や気合で乗り切るとかっていう悪しき慣習ね。まあ顧問の先生に理解してもらっていたからできたことではありますが。おかげで後輩たちとは、仲良くやってたはずですよ。

 

 

 

 ・・・でも、相変わらず自分自身の根性だけはなかったので、柔道自体は嫌いでした。格闘技系は向いてないみたい(笑)。練習を楽しいと思ったことはありませんでした。試合も憂鬱感の方が強くて、楽しむなんて出来ないし。相手がいつもデカク見えたり、強そうに見えたり。基本的にマイナス思考なんで。でも始まっちゃえば、結果は良かったんですが。

 

 

 

 中学校では2つの小学校が一緒になるんですが、僕は規模の大きい方も小学校卒だったんで、基本的には交友関係もあまり変わりません。勉強もそこそこでした。

 

 

 

 また、相変わらず学級委員や生徒会もやっていたし、柔道部の主将ということもあり、この頃は結構学校では僕の存在は有名でした。何でもそうですが、今までこうだったから、それが正しいんだっていう固定観念にあまり囚われないタイプだったんで、余計に目だったみたい(僕自身は何をどう変えたかハッキリ判っているので、ここでは具体的にエピソードは挙げませんが、学生の皆さんがこういう作業をする際は、面倒でもキッチリピックアップして下さい)。でも先生の言うことを、はいはいと聞くタイプではなかったし、多少は反抗期っていうこともあって、素直に従うのはかっこ悪いって思ってた時期でもあったんで、僕のことを支持してくれる先生と支持しない先生とが極端に別れてました。いい悪いは別として、女性の先生に受けが悪かったような・・・。

 

 

 

 中学の頃は、恋愛話の一つや二つ、あるもんですが、僕にはなかった(笑)。しつこいですが、多少有名だったんで、後輩の子から手紙をもらったりしたこともありましたが、成就はしてません。

 

 

 

 ちなみに、過去を振り返る過程で、絶対に恋愛の体験って思い出されると思います。自分の人生観を見つめ直して、生き方に繋げるのであれば大いに有意義ですが、少なくとも採用面接の場では、恋愛話は仕事に繋がりにくいので、エピソードとしては避けた方が無難です。だいたい、面接官も、人の恋愛体験を深く聞いていくのは、気が引けるし(笑)。でも今の自分の価値観を考える際には恋愛っていうのは非常に大切なんで、ムシはしないで下さい。

 

 

 

 友達関係でいうと、この時代の友達は今でも付き合ってるヤツが多いです。男女問わず。僕の結婚式でも中学時代の友達だけで、円卓埋まったくらい。言い方を変えれば、大学以降の友達がいないってことなんだけどね。実は今の会社にも、僕が幼稚園の頃から付き合ってるヤツがいます。僕が引っ張ったんですけど。

 

 

 

 だから今振り返っても、中学校の頃は本当に楽しかったです。友達にも恵まれたし、勉強でつまづいたこともないし、柔道部主将・生徒会という立場的に影響力もあったし、怖いものはなかった。いじめられっ子でもなかったし。挫折らしきものもありません。

 

 

 

 この時代は、ファミコン全盛期で、友達と遊んでもほとんどゲームでした。あとはパソコンが出始めたころで、ほとんどの友達が持っており、僕もほしいと親に打診したところ、父親は「これからは、コンピューターが主流になるから、子供のうちから慣れておいた方がいい」と言ってくれて、クリスマスに買ってもらったな、確か。でもほとんどゲームをすることのみで使用してましたねー。まさに親の心子知らずです。だからハッキリいって、中学校時代にパソコン持ってたことが今に活きてはいないですね。パソコンといっても、今のようにネットがあったりとかっていう時代じゃないですよ。もっと前です。詳しく書かないですけどね。

 

 

 

 またこの当時、筑波で万博は開催されて、「ポマト」というじゃがいもとトマトを遺伝子操作で融合させたものがありました。僕は実際に筑波に行ってはいないですが、この映像を見たときは実に衝撃的でしたね。遺伝子っていうのは何だ?って感じ。小学校からの「生き物」好きが、この頃から「生物」という分野に興味を惹かれるようになってきたんです。

 

 

 

 柔道が強かったということもあり、いくつかの私立から勧誘もありましたが、僕は柔道で生きるつもりなかったし、第一嫌いだったんで、親からすっと刷り込まれてきた、県立の理数科に進みました。生物がスキということ以外、理系に進むことに対して、深く考えてはいませんでした。刷り込み効果の影響か、理系に進むが当然なんだっていう気持ちで、何の疑問も持ってなかったですね。

 

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 それでは、僕の過去の掘り起こしを簡単にやってみましょうか?ここからは、3年前に行ったものを、敢えて手を加えずに、そのまま掲載します。なぜかというと、すでに3年前に、自己分析の結論が出ているからです。結論が出ているものを修正するのも変な話だしね。

 

 

 

 

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 自己分析における過去の掘り起しって、まず今の時点の自分を分析して、そこから過去の洗い出しっていう順番もあるでしょうが、僕は過去から徐々に洗い出していこうと思います。

 

 

 

 

 僕は島根県に生まれて育ちました。島根県っていうのは、日本でも1,2を争うくらいマイナーです。しかもその島根県でも西よりの方です。江津市という、人口は今現在26,000人くらい?の市です。江津市民が東京観光に行って、東京ドームに入場すると、半分あまるくらい(笑)の規模感です。

 

 

 

 「山陰地方」とも言いますね。山の陰・・・ う~ん、地名からして前向きじゃないですね。実際に、義務教育の社会の教科書には、過疎化の代名詞になっているくらいだから仕方ないんですけどね。これは余談になりますが、大学時代の最初の頃は、住民票を江津市に置いていたんですが、車を購入する際に、住民票を移そうとしたら、市長が、「若者の人口が減るから残しといてくれ」って、打診しに来たこともあります。もちろん市長としては、冗談のつもりだったんでしょうが。

 

 

 

 実家の自分の部屋は、2階にあるんですが、ベランダから日本海が見えます。でも後ろを振り返ると山。そんな環境下で10代を過ごしましたね。僕の価値観や精神は、ここから根付いたものがたくさんあります。

 

 

 

 僕は子供の頃は、昆虫や魚が大好きで、夏休みの自由研究は昆虫採集。魚も沼や小川で採ってきては、水槽に入れて飼う。水槽の中をいつまで視ていても飽きませんでした。夢はファーブルを超えること!でしたね。

 

 

 

 親からは、子供の頃からずっと、「高校は、隣の市の県立の理数科に入って、大学は東京の理系の国立大に行きなさい」と言われており、そういう進路になるんだろうって半ば洗脳されて、それが普通なんだって思ってましたね。

 

 

 

 小学校の頃は、学級委員とかは1学期に必ずやってました。生徒会も副会長でしたし。だからという訳ではないでしょうが、クラスではリーダー的存在というか、言動に影響力がある一人だったと思います。責任感や正義感とかもあったほうだと思います。やんなきゃいけないことは自分がやる、悲しんでいる友達を見ると気になって仕方ない、みたいな。当時流行した言葉でいうと、「ひょうきん」な性格だったし、友達も比較的多かったので、毎日遊ぶ友達には事欠かなかったなあ。低学年の頃は、野球とか釣りとかっていうアウトドア派だったんだけど、高学年になると、スーパーカー消しゴムで遊んだり、あとは、電子ゲームが台頭してきた時期で、次第にインドア派になっていきます。ちなみに、任天堂のファミコンは、僕が6年生の時に発売になってます、確か。

 

 

 

 僕は、良く言うと、友達の喜ぶ笑顔が見たい!という意識があって、ゲームや漫画本とかも、気軽に貸してあげるようなところがありました。スーパーカー消しゴムも、気前良くあげちゃったりして。いわゆる親分肌。外面も良かったので、友達の親にも、受けは良かったです(笑)。でも、悪く言うと、それは嫌われて、仲間はずれにされたくない!っていう、被害妄想が常にあって、その強迫観念が、気前よい行動に出ていたんでしょう。僕は、昔からウジウジと引きずる性格で、対人関係では、典型的マイナス思考なところがあります。友達は、自分のことを悪く言ってるんじゃないだろうか・・・?とか、嫌われてるんじゃないだろうか・・・?とかね。これは大人になった今でもある、僕の本質です。僕の心の底流には、常に流れている思想です。神経質なんですね、基本的に。

 

 

 

 そのくせ、自分の思い通りいかないと、すぐにムカついて、回りに気を使わせてしまうなんていう非常に自己中な子供でした。また、勉強はそこそこ出来ましたが、一生懸命頑張ってる自分を他人に見せるのがイヤで、学校では授業中とかも、いつも悪ふざけとかしてました。先生の評価は真っ二つに分かれていたと、後に母親から言われました。いい子ですねーっていってくれる先生と、ちょっとどうですかねえ?っていう先生とね。

 

 

 

 今でもそうですが、これは僕の本質である、神経質でマイナス思考の要素と、他人に余裕ある姿を見せたいっていう、やらしい意識がぶつかってしまい、印象にズレガ出るのだと思います。今でもそうですが、昔からものの言い方は、尖ってるとか、威張ってるとか、生意気とかって言われるし。でもそれはマイナス思考の裏返し。

 

 

 

 それと、学級委員とか生徒会っていうのは、結構生徒の前で司会をしたり話をする機会があったりしますね。だから僕は子供の頃から人前で話すことに慣れています。

 

 

 

 

 

つづく。
 

 

 

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 シリーズの一番最初に書いたように、自己分析は決して難しくはありません。難しく考えたり、悩んだりする時点で、すでに方向性を見誤っていると考えて下さい。

 

 

  僕のブログは、小理屈を並べているので、結局、自己分析は難しいんじゃないか・・・?って一見考えちゃうかもしれないけど、その目的を見失わなければ大丈夫です。学生サイドの自己分析の目的は、ESや面接で、自分のことを、自信を持って伝えるためにやるんです。だから何度も言ってるように、考える過程では、本音ベースで構わないし、その方がいい。

 

 

 

 難しく考えてしまうのは、模範解答をどこかに求めてしまうから。加えて、キーワードありきでエピソードを考えてしまうから。さらに、テクニック論に走ってしまうから。これは、大学入学までの受験勉強のように、○×で合否が決まる価値観を、どこかでまだ引きずっている証拠です。自分のことを考えるのに、模範解答はないんです。ていうか、全部が正解なんだから。友達と飲んでて、自分のことをお互い語る時は、自由に議論してるでしょ?こういう一定のルールのもとで、逸脱しないように気をつけて話そう!なんて考えますか?そんな堅苦しいこと考えた時点で、そっちが気になって、お酒も美味しく飲めないし、自分のことも話せない。盛り上がらないっていう流れになると思います。

 

 

 

 いくら難しく考えたって、自己PRに自信を持てなければ、意味ないんだから。僕の経験上、自己分析はこうやるべきなんだ!ってテクニックに固執している人に限って、面接で失敗しています。自分の言葉で考えてないから、色んな角度の質問に堪えられなくなるんです。最終面接までやったことのある人間がいうんだから、間違いない(笑)。

 

 

 

 さて、僕はこのシリーズの中で、自己分析を「過去の自分から掘り起こして、今の自分を語る」と定義しました。さらにそれを、「未来につなげる」とも書きましたが、この未来につなげるというのは、ここまで学生サイドと会社サイドの温度差を、自己PRをいくつか例に挙げて説明したので、何となくイメージができたと思います。今日は「過去の自分を掘り起こす」ということ考えてみます。つまり僕が最初に投げかけた「質問2」 です。

 

 

 

 その前にまず大前提として言っておきたいのは、

 

 

 

「過去の掘り起こしは、あくまでも、今の自分を語るために行うのであって、決して、過去のエピソードが、自己分析の主役にはならない!」

 

 

 

 ということです。つまり自己PRで、高校以前のことを題材に自分のことを語っても、評価されないという意味です。社会人として活躍できるかどうかは、当然ながら未来の話です。未来において活躍できるかどうか?を第三者にアピールするのに、今現在の自分ではなく、過去の自分を語っても、それは、

 

 

 

「自分は、昔はこんなにスゴイ人間だったんですよ」

 

 

 

 っていう風にしか聞こえません。つまり、言い方を変えれば、

 

 

 

「それに比べて、今は全然ダメな人間なんです・・・。」

 

 

 

 っていうことになる。これでは面接官は不安です。まさに「判断つきかねる人」ですね。でも、結構いるんですよ、こういう人って。過去の自分を、自己PRに使っても間違いじゃないんですが、それが、今の自分にどう活かされてるか?という視点が、抜け落ちていては意味がない。今の自分に活かされていなければ、未来の自分、つまり会社の入ってからの自分の活かさないだろう、と判断されるのは自然な流れです。

 

 

 

 過去の自分というのは、あくまでも、今の自分を語るために存在します。人間の本質って、ある日突然、一瞬で完成する訳ではなく、生まれてから、日々の積み重ねで、じっくり形成されていくものです。一般的な学生は、20歳前後。まだまだこれからの人生のほうがはるかに長いし、これから色んな出会いがあって、色んな影響や刺激を受けて、どんどん価値観や考え方は変わっていくものですが、本質って、そう簡単には変わんないものです。たった20年、されど20年。積み上がったものは、決して消えることはありません。

 

 

 

 僕なんかは、学生時代には、これでもかというくらい過信家だったんで、人にアタマを下げることに抵抗があったし、あまり周りの人と打ち解けることも、積極的にはやりませんでした。学生時代から10年以上を経て、今の自分はどうかというと、容易にアタマも下げられるようになってるし、打算的なことも含めて、相手に合わせることもできるようになりました。つまり価値観や考え方が変化したんです。でも、大人数で何かやるとか、団体で行動するとかっていうのは、相変わらず苦手です。仕事の付き合い(例えば飲み会とか)で、やんなきゃいけないときは率先して仕切ったりします。学生時代だったら、参加もしてないはず。でも基本的には、大人数は楽しくないので一次会で帰ります。

 

 

 

 僕のこの行動パターンは、価値観や考え方の変化と、本質は、そう簡単には変わらないっていうことを表していると思います。

 

 

 

 学生の皆さんも、20年で積み上がったものが外見の印象や、しゃべり方に必ず反映されます。過去の自分を掘り起こすというのは、そんな自分になった過去の起点を探ること。

 

 

 

 これは、言葉に書けば非常に簡単に終わるんですが、自分で自分のことを考えるのは結構大変です。だから、箇条でも何でもいいから、まずは書き出してみることが大事なんですよね。必ず今の自分を語る鍵があるはずなんですよ。子供の頃から熟成された本質っていうのは、そう簡単には変わらないはずだから。

 

 

 

 僕のブログは具体的に、が信条なんで、過去の自分の掘り起こしという作業について、この後、ちょっと僕を題材にやってみることにしますね。

 

 

 

つづく。

 

 

 

 

 

 

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 学生の皆さんが、会社に入って、いきなり社会貢献をするような仕事や、何かを企画したり開発したりする仕事に就ける訳はありません。そういうことを担当する部署に配属になることはあるかもしれないけど、実際の担当仕事は下っ端仕事だから。

 

 

 もっとも、どんな大企業にだって、社会貢献を仕事の軸にしている部署なんかありませんけどね。そんな経費垂れ流しの部署があるわけない。民間企業の考える社会貢献とは、そんなキレイごとではなく、裏には現実的な「そろばん勘定」があります。つまり儲かってナンボ、利益があがってナンボ、ってやつ。

 

 

 

 ほとんど全ての学生が、社会人1年目の年に、徹底的にすり込まれることは、「売ること」と「利益を出すこと」です。売ったり利益を出したりすることは、非常に泥臭く、地道で、スマートな仕事ではないけれど、このポイントは、株式会社にとっては最優先命題です。ある意味、経営理念以上ですね。あまりにも当たり前のこと過ぎて、誰も口に出して言わないだけです。

 

 

 

 でも多くの学生は、この命題がスッポリ頭から抜けています。個人個人の「働く動機」は、色んなものがあっていいし、本音丸出しでも全然構わない。でも会社サイドから視る「働く動機」というのは、実をいうと、以下の2つしかありません。

 

 

 

「とにかく売ってくれ!」
「とにかく利益を出してくれ!」

 

 

 

 逆に言うと、この感覚を理解できる可能性が感じられない学生は、面接での評価が、非常に低いことがあります。理屈ばかり、能書きばかりで、現実に背を向けそうな人。こういうタイプは、入社後に安易にすぐ辞めていく可能性が高いんです。

 

 

 

 どんな業界だって、そしてどんな職種だって、表から見える華やかそうな顔があれば、裏にはどろどろした顔があります。キレイな経営理念の裏側に、泥臭い金儲けという側面があるように。

 

 

 

 今までしつこく書いてきた、就活における「学生サイドのゴール」と「会社サイドのゴール」の温度差。実は、一番大きな要因は、この金儲けの部分です。

 

 

 

「御社の社風に共感して・・・」
「御社が目指されている社会貢献の姿勢に興味をもち・・・」

 

 

 

 こういう切り口の志望動機を並べる人って多いですね。耳障りもいいです。もちろん、これは口上の切り口としては、間違いないかもしれない。でも、このことだけに終始している人は、面接のやり取りで、うまくすり抜けて内定をもらっても、入社後のギャップに悩んで、早々と退職していく可能性が強いタイプなんです。

 

 

 

 早期に辞めていってしまっては、お互いが不幸になる。だから、面接官のキツイ突込みが入る訳ですね。これは別に、意地悪している訳でもないし、圧迫している訳でもない。要は、面接官も不安なんです。このまま採用して、実際に、金儲けの感覚を理解してくれないんじゃないか?って想いを払拭するために、わざとシビアな質問をぶつける。

 

 

 

 社会貢献の裏には、常に利益があります。会社に利益がなければ、つまり、カネが儲かっていなければ、社会貢献も何もない。それに、社会に還元する前に、まずは、従業員と株主に還元しなければいけないのです。従業員は生活のため。株主は会社の実体論。

 

 

 

 だから、新社会人は、社会貢献のことを考える前に、まずは、商品のことを一生懸命勉強して、どうやって売るか?またどうやって効果的に動いて経費をカットするか?を一生懸命考えることが先なんです。

 

 

 

 これも何度も書いてますが、せめて僕のブログを読んでくださる学生には、この仕事の本質である、カネ儲けという現実を、いち早くしっかり意識してほしいと考えています。これが、企業研究の根幹だと言ってもいいし、この認識で企業研究をしていくと、企業の採用に関するポリシーや、叫びというものが必ず見えてきます。それが見えれば「働く動機」と結びつけるのは、メチャクチャ容易になります。

 

 

 

つづく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 ここで、自己分析とは、ちょっと論点がずれますが、今後の人生を考える上で、大事な価値観を書きたいと思います。そこから逆算すれば、自己分析の重要性がイメージできるはずなので。

 

 

 今の世の中は、終身雇用制と年功序列が崩壊して、能力主義時代に移行してきており、最初に入社した会社に一生勤めあげる、なんていう概念は、少なくとも、万人に共通ではなくなってきました。背景には、完全なる大競争時代に突入し、大企業だからといって、必ずしも将来安泰ではなくなってきていることも挙げられています。このため、会社に対する忠誠心や愛着が希薄になり、会社をうまく利用して、スキルアップしたい!という価値観の人間が増えてきており、結果的に、転職するという選択肢が、都市圏を中心に、以前より幅広く用いられるようになってきました。

 

 

 

 

 僕も転職組です。今まで数社渡り歩いてきました。これからだって判りません。だから転職するということ自体を否定するつもりもありません。

 

 

 

 

 但し、肯定もしません。これが情報化社会のワナだと、僕は考えていますが、上に書いてきた社会構造の変化によって、転職する人間が増えてきた、という趣旨の記事を読むと、一生同じ会社に勤め上げる人間なんて、博物館行きの希少価値なんじゃないか?て考えてしまいがちですが、そうではなく、同じ会社(もしくは同じグループ)で、定年まで活躍するビジネスマンは、たくさんいます。まだまだこちらの方が圧倒的に多いです。

 

 

 

 

 実際に、僕が最初に入った会社でも、僕の同期だった奴ら、そして社歴は僕より先輩だけど、年恰好が僕と同じ人たちで、第一線で、バリバリ仕事をしている人間がたくさんいます。だからみんながみんな、転職する訳ではなく、やはり同じ会社に腰を据えて頑張る人も多いし、日本経済全体で見れば、このタイプの人が多いはず。

 

 

 

 

 しかし一方で、学生時代に、あれほど就活を頑張って、せっかく入った会社なのに、入社後すぐに辞めてしまう人間が多いのも事実です。あまり知られていませんが、例えば、毎年数百人の新卒を採用する大企業。営業色の強い企業に見られる傾向ですが、こういった企業では、もちろん会社にも寄りますが、毎年数百人単位で辞めていく人間がいます。企業の文化と自分のライフスタイルが合わないから、という理由が一番大きいでしょうが、こういう人が鬱憤を晴らすために、ネットの掲示板にカキコして、その企業の体質が、いかにも悪質だと言わんばかりの記事を展開していくことになるんです。

 

 

 

 

 僕はこういうのは、転職組とは言わないと思っているし、一緒にしないでほしいとも思っています。

 

 

 

 

 転職とは、今在籍している会社における、過去の実績及び今後の展望と、自分の将来とを天秤にかけたとき、違う環境に身を投じた方が、よりスキルが得られ、パフォーマンスが発揮できるのではないだろうか?と考えた結果の選択です。今の現状が、あまりにもイメージと違いすぎたので、とか、学生時代にやりたいと思ったことができそうにないので、という理由で、入社後数ヶ月で辞めるのは、単なる現実逃避です。第一、入って数ヶ月で、自分のやりたいことが出来ないなんて判るわけがない。仕事というのは、そんなに浅いものではありません。

 

 

 

 

 ところで、今僕が書いた、「転職とは今在籍している会社における・・・・・・と考えた結果の選択です」というくだり。これって、実は学生の皆さんが、就活の取っ掛かりでやる、自己分析と同じことなんですよね。このように、社会に出ると、転職するしないは一切抜きにして、絶えずどこかの節目節目で、必ず自己分析を行うようになります。自問自答とも言うけど(笑)。ここで、転職組と学生組とで、決定的に違うのは、働いたことがあるかどうか?という点だけ。それ以外は、差なんてないし、面接官が視たいのは全て一緒ですから。転職組だって、ここのところがしっかり固まっていないと、次に入った会社で、また後悔してしまうことになって、安易に辞め癖がついてしまうことだってあります。

 

 

 

 

 こういう負の連鎖を回避する方法って、あるのでしょうか?

 

 

 

 

 実はあるんです。それが、「働く動機」 なんですよね。

 

 

 

 

 今現在、自己分析を行っている3年生も、無事内定をもらって、来年の自分に期待と不安を持っている4年生も、「働く動機」だけは、常に意識し続けてほしいと思います。これが曖昧だと、将来、絶対に自分に言いわけを作ってしまうから。特に企業研究において、その会社のパンフレットやHPに書いてある、社会貢献や社会還元、華やかな企業理念と商品ブランドなんかばかりに目を向けていると、志望動機を披露する際に、非常に薄っぺらいものになり、そこに自分のポリシーが全く入っていないものになってしまいます。どこの会社だって、自分の会社に好印象を持ってもらおうと、パンフレットやHPには、良いことしか書いてないものです。そこだけみても、会社の本質は見えてこない。

 

 

 

 

つづく。

 

 

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 さて、質問1に関しては、何を書いても全然構わない、と言いました。何故かというと、気張って考えてしまうと、素直に自分と向き合えず、大切なキーワードを見過ごしてしまう危険性があるからです。でも実際に、それを自己PRとして使えるようにするには、志望する会社サイドのゴールに合わせていく必要があるということも説明しました。

 

 

 会社サイドのゴールに、うまく自己PRを合わせるためには、自分の本質と売りを、的確に会社に伝えることが必要なんですが、困ったことに、ここで一つ不安材料が出てきます。

 

 

 

 本シリーズの15 で、ちょっと触れましたが、それは、いわゆる「NGワード」というやつです。面接で自己PRをする際に、使ってはいけないキーワードが存在する、というウワサですね。具体的には、

 

 

 

「社交性がある」 「協調性がある」 「向上心がある」

 

 

 

 なんていうキーワード。自己分析の段階で、学生の頭を悩ますこのウワサ。でも安心してください。これらはすべて、NGではありません。大いに使ってもよろしい。

 

 

 

 でも一方で、「NGワード」と言われても、ある意味仕方ないのかな?っていう見解もあります。今日はその話。

 

 

 

 僕の面接は、自己流です。ある程度、外部の専門家と呼ばれる方々に、ご指導を受けたことはありますが、それは基本的な考え方で、こういった外部の専門家には、自分が所属する会社の採用ポリシーや、採用したい人物像は、絶対に判りません。だって外部の人間なんだもん。これは、学校で開催される就活講義や、ガイダンスでも言えることですが、講義する人が、人材コンサルとかカウンセラーの場合に、その人の経歴を、まずはしっかりと見て下さい。今までの職歴が、コンサルやカウンセラー一筋って人は、ハッキリ言って企業の採用に関する心の叫びを理解してはいません。

 

 

 

 良い悪いは別として、そういう人種なんです、彼らは。これは批判でもなんでもなく、仕事の住み分けの問題です。だから、講義の内容そのものは、比較的スムーズに理解できるのですが、じゃあ実際どうやるの?っていうことを、説明してない場合が多いんです。というより、説明できないんだけどね。何故かというと、学問と違って、就活は、人によって考え方や捉え方が異なるからです。杓子定規に、誰にでもピッタリハマるやり方なんてないんだもんね。上っ面ばかりの話で、耳障りはよかったけど・・・、なんて経験ありませんか?これがまさにそういうことです。

 

 

 

 ちょっと、話が横道にそれましたが、僕の考えは自己流だけに、全面的に信じることは、危険なのかもしれないけど、でも、実際の面接の場で、NGワードを意識して質問をしている面接官なんて、絶対にいないはずです。そんなちっぽけなことに固執していると、かえって、候補者の本質や適性を、見逃してしまうことになりかねません。

 

 

 

 普段の生活でもそうだと思いますが、飲み会やサークルで、新たに出会った人と色々お話していく中で、「この人は性格的に合うなあ」とか、「この人はちょっと苦手」とかって感じることってあると思います。これは、皆さんが相手を“面接”しているということです。その”面接“の過程で、外見の好き嫌い、知性レベルの好き嫌い、性格の好き嫌い、しゃべり方の好き嫌い等は、知らず知らずのうちに判断していると思いますが、例えば女性が、初めて会った男と話をしてる際に、「俺って社交的なんだよねえ」っていうその単語を聞いた瞬間、今まで積み上がった印象や、判断そのものが一気に崩れて、大嫌いになった、なんてことは絶対にあり得ないと思います。つまり使った言葉の好き嫌いのみで、切り捨てることなんてあり得ない、ということです。

 

 

 

 そうではなくて、それは「社交的」っていう言葉じゃなく、その前段階で、何か不快感や違和感を抱く相手の言動があったはず。そして最終的に、社交的っていう言葉を使ったもんだから、

 

 

 

「何なの、あの人?? 今まで、さんざん好き放題しゃべってるし、ちょっとこっちが意見すると、ムッとしたのがすぐ顔に出るし、こっちの気持ちも全然理解してくれないし、それで社交的?笑わせないでよ!」

 

 

 

 っていう状況になる。あるでしょ?こういうことって。この”面接“では、その男は、あなたの面接に不合格となった訳ですね。その男性の価値観では、自分は社交的な人間なんだ、って判断してるのかもしれないけど、少なくともあなたの価値観では、とても社交的なんかじゃないって思った訳です。この温度差。

 

 

 

 これと同じことが、採用面接の場でも起きるんです。候補者が、社交性があるんです!と自己PRをして、実際になぜそう思うのかを聞いてみると、全然社交的なことにつながらない、ということがね。

 

 

 

 企業は、自分の会社のほしい人物像に、できるだけマッチする学生を採ろう!という想いで、面接に臨みます。目の前の候補者が、自分の会社のほしい人物に近いかどうか?を判断するために、その人の自己PRを聞くんです。だから、「積極性がある」とか、「リーダーシップがある」とかっていう、“無難”なキーワードと同じスタンスで、「社交的である」とか「協調性がある」とかっていう、“タブー”のキーワードも、何の特別な感情もなく普通に聞いています。但し、そのキーワードをそのまま信じる訳ではなくて、その信憑性を色んな角度から、質問というカタチで確認してくるんです。エピソードも聞いて、そのエピソードから興味を持ったことや、違和感を抱いたことなんかを聞いていって、「これは間違いなく社交性があるなあ」とか「全然違うなあ」とかってジャッジしていくんですね。

 

 

 

 じゃあなぜ、社交性とか協調性というキーワードが、「NGワードと言われても仕方ない」のかというと、簡単に言うと、広すぎるからです。つまり、人によって理解に温度差が非常に出やすいということですね。

 

 

 

 上の例でいうと、いろんなことをしゃべりまくる男からすれば、俺って社交的だなあ・・・って思っているけど、聞いてる女の子にしてみれば、自分勝手な無神経ヤロウ!ってことになっています。要は、この辺の差が大きいということ。

 

 

 

 短い時間で、的確に自分のことを伝えなければならない面接という場では、自分の気持ちが伝わらないというのは致命傷になりかねません。その際、人によって受け取り具合が広すぎるという抽象的なキーワードは、面接官が勘違いする危険性が高い、ということなんです。だから、決して使ってはいけないというのではなく、使うからには、しっかり自己分析をして、エピソードもしっかり固めて臨む必要があるということになるんですね。

 

 

 

 一般に、抽象的な表現というのは、ポイントを絞ると、別のキーワードに変換できることって結構あります。例えば「協調性がある」というキーワードは、エピソードの内容によっては、「状況判断ができる」とか、「相手の立場に立ってモノを考えることができる」とかね。そのキーワードがいいかどうかは、全てエピソード次第。

 

 

 

 だから僕は、何度も主張していますが、キーワードありきで自己分析を始めると、方向性を間違ってしまう可能性が非常に高いんです。危険性と言ってもいいでしょう、この場合。キーワードは、一番最後に決めてもいいと思う。まずは過去の、どんな些細なことでもいいから、できるだけ詳しく棚卸をすることが先決です。そうすると必ず、自分の奥底に流れる共通の価値観が浮かんでくるはずなんです。

 

 

 

 再度言いますが、面接においては、決してNGワードなんて存在しません。でも、自分という人間に対する予備知識も全くない、年恰好も価値観も、自分とは違うであろう面接官に、自分という人間を理解してもらうという観点からいくと、出来るだけ手持ちの武器(つまりエピソード)と乖離してない方が良いのは間違いないことですね。誤解を招くことは、どうしても避けたいですから。キーワードが具体的で、イメージ範囲が狭い方が、候補者と面接官の質問と回答における認識のズレが少なくなります。飲み会は、2時間くらいじっくり相手を観察できるけど、面接は最長でも1時間。ズレだけは避けたいのが実情です。

 

 

 

 あるキーワードだけで、決して合否が決定しないということは、以前書いた「福利厚生」の質問についての是非に似ています。ていうか、面接は初めから終わりまで全て線でつながっているので、似てて当然なんですが。今日の趣旨とは全く関係ないですが、福利厚生の質問をテーマにした記事は、就活攻略本に関してが、メインテーマでした。ちょうど就活攻略本を買うかどうしようか?を悩む時期でもあるでしょうから、過去僕が書いた、攻略本の考え方をリンクさせときます。時間があれば読んでみて下さい。

 

 

 

「攻略本を総論で読むということ 1」

 

 

 

「攻略本を総論で読むということ 2」  

 

 

 

 

 

つづく。

 

 

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