流石の間の悪さ

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我が子テンテンも4月13日で4歳を迎えました。
本人は保育園等で誕生日のことを「お兄ちゃんになる日」と刷り込まれているようで前日からワクワクし通しでした。

で、当日。
嫁は仕事で私は臨時休のため、私が面倒を見ていたのですが、嫁が出勤した後、突然ガタガタ震えだす。
熱を測ると37.6℃もあり、風邪を引いた模様。
夕方には39℃を超え、たつことも出来ない状態に。
医者に見せると「インフルエンザ」の可能性大とのこと。

せっかく買ったケーキも食べれず、誕生日プレゼントのおもちゃはリンリンに奪われ最悪の誕生日になりました。

流石B型!

追)翌日には熱が下がり、インフルエンザではなかった模様。なぞの発熱がB型らしい。
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義珍の拳

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最近道場生のおじさんにお借りして読みました。

船越義珍、空手を沖縄から本土へ持ち込んだ先駆者としてご存知の方も多いでしょう。
この小説は義珍の生涯を綴ると同時に作者(今野敏)の空手への洞察を表現している。

興味深かったのは、現在我々が空手の型とし認識している物は沖縄に伝わる伝統の唐手(トゥディ)とは大きく異なり、腰は低く、大きく足を開く形に変形して伝わったということ。

これは、義珍の息子の義豪が4年間しか空手を稽古できない大学生に向けて考案した形であり、型を通じて長年の鍛錬により得られる力(ガマク、チンクチ、ムチミと表現されている:中国で言うところの功夫、我々の言うところの呼吸力に相当すると思う)ではなく、筋力とバネで力を得るために出来ているということである。

確かに、腰を深く下ろし、足を大きく開く形は動きにくく、実践では使い物にならないが足腰の筋肉を鍛えるためだといわれれば納得がいく。

また、型も平安は一般に広めるために考案された型で、一般に教える形と直弟子に教える形は全く動きが異なっていたそうである。

小説では空手が広まるに連れて本質が失われてゆく状況に苦悩する義珍の姿が描かれている。

やはり武道は広げると本質が失われる、師について深めるのが正当な有り方だと思いました。
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