『ハッシュ。つまらぬ事をするでない。人間どもは捨て置いて戻って来るがよい。』


長老の声がする。

当然の事だが、話は全て筒抜けだ。


「やだなぁ。それじゃあ俺は半分しか戻れないじゃないか。」


ハッシュがとても楽しそうに答える。


「なるほどね。」


リノが感心した風に頷く。

実のところ、どうやって長老との話し合いに持ち込むのか訝しんでいたのだ。


「これまでだって、俺が気に入った人間たちは逃がしてくれただろ?」


ハッシュは半分人間の血を引いている。

彼はこの森の異端児、唯一の例外なのだ。


『お前が勝手に逃がしただけだ。』


苦々しげな声。


「ひどいなぁ。いつだってこうやって直談判して許しを乞うているっていうのに。」


ハッシュは両手を広げ軽やかに踊るようにくるりと回りながら空に向かって芝居掛かった調子で言う。


『ふん、たわけた事を。まぁ良い。だが、今回ばかりはそうもいかんのだ。』


長老の声がこもる。


「何か理由がおありなのですね?」


間髪入れずにサラが訊ねる。


『それは…。』


あまりにもタイミングの良過ぎる質問に思わず答えそうになる。


『お主らには話せん。』


慌ててはぐらかしてみても肯定したも同然だ。


「あぁ、そうなの?って引き下がると思う?」


リノが突っかかる。

ここが正念場だと踏んだのだろう。

交渉ごとはタイミングが重要だ。

ところが…。


「まぁ、いいんじゃないの?直接話せばわかる事さ。」


ハッシュは気楽にそう言うと、冒険者たちが歩いて来た方へと歩き始める。

長老の元に辿り着く公算でもあるのか?

聞きたい気持ちはあったが、とにかく一同は後に続く。

疑問は道中に訊ねるつもりだった。

だが、それは叶わなかった。


ほんの数歩。

ちょうどリノが付けたマークを通り過ぎたあと。

突然目の前に見た事のない景色が広がったからだ。

少しひらけた空間に石造りの祭壇らしきものがあった。

周りには何本か石柱が建てられており、そのどれにも緻密な彫刻が施されていた。

そしてその一本一本の柱の前に端正な顔をした男女が一人ずつ座っていた。


「エルフ族!本物…?」


驚きの声を上げたのはレクトだ。

レクトの記憶が確かならこの辺りにはエルフ族はいなかったはずだ。

ましてや、こんなに人間族の近くにいるエルフ族など聞いた事がない。


「これも盟約とやらのせいってわけか。」


したり顔で一人大きく頷くレクト。

盟約のなんたるか、その中身が分からずにいることは、どうやら忘れているらしい。


『やはり来おったか。』


中央の一際大きな石柱の前に座った男性がとても残念そうに口を開く。

その声は先程までと同様に森中に響き渡る。


「残念ながらじい様たちがいくら道順を組み替えても無駄さ。彼らにはどうしてもここに来てもらわなきゃならなかったんだからね。」


ハッシュの声はそれまでとは打って変わり、不気味なほどに落ち着いていた。

冒険者たちは不穏な空気を感じ取り、背筋が凍りつきそうになるのを感じていた…。

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