善知鳥吉左の八女夜話

福岡県八女にまつわる歴史、人物伝などを書いていきます。


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夜話65

  土橋八幡宮縁起  その一


八幡神は豊前の国に早くから渡来土着している新羅系氏族の秦氏の祖先神ヤハタの神という説がある。


磐井活躍の土地に生活するわれらにとって嬉しい説だ。


磐井の祖先神を祀る筑紫神社の祭神の白日別(しらひわけ)は新羅神が分けられた神を意味すると歴史家金達寿は杉山に伝えた。


われらの先祖はヤハタの神の現世利益の神威にむかしから頼っていたのだ。


磐井がヤマトに敗れたのち、八幡信仰発祥の地豊前にのがれたと風土記は言う。ヤマトが知らない金属、外交などの知識も持つ集団がそこにいた。

八幡信仰集団を背景に再起のはかりごとをめぐらすに最適の所だった。


磐井が八女から姿を消したのち、約250年後に隣り合うふたつの村びとの代表が宇佐八幡宮を訪れた。


磐井のもたらした平和と富が八幡神信仰のおかげと知っていた。


なぜに二つの村か。


臨村はお互いの無事平安な共存があってこそ成り立つ。


そのためには生産物の交易の公正さも保たれねばならない。

 

公正な市の成立には神の威力が必要である。


村びとの代表は約1220年まえの延暦三年に八幡神の「よりしろ」の榊の小枝を持ち帰った。


榊は村の境界の市に最適の場に植えられ八幡神として崇められた。


場所は現八女公園の高台の麓だつたと郷土史家の井上農夫は言った。


八幡神は両村に繁栄と富をもたらした。めでたい村名が自然に生まれた。


稲富村、福島村と呼ばれるようになる。稲富は文字通り。「島」は地域。


両村はその榊を神体にして社を建て崇敬し神領もある神社だつた。


前の大友氏がこの地方を攻めたとき黒木氏によりその社は焼却された。


やがてこの地方の頭領の筑紫広門が八幡鎮座の近くに館を建てた。

植えられた「よりしろ」の榊は両村に繁栄と平和をもたらしたのである。


よりしろの榊は次第に繁リ巨木になり日光を遮るようになつた。



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