マラリアと戦う日本の蚊帳

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国際派日本人養成講座よりの転載です。

http://blog.jog-net.jp/201707/article_4.html

 

住友化学のオリセットネットは「売り手良し、買い手良し、世間良し」の「三方良し」経営の世界的な成功事例となった。

 

■1.「これだけ多くの世界中の人々に、うちの蚊帳は期待されているのか」

 国際社会を代表する政治家や実業家が年に1回、スイスの保養地ダボスに集まって、世界の諸問題を討議するダボス会議。2005(平成17)年の「貧困撲滅のための財源に関する分科会」で、一つの事件が起きた。[1]

 壇上から、タンザニアのムカパ大統領が「今日も、この瞬間も、マラリアで亡くなっていく子供たちが存在します。今すぐに助けが必要なのです」と訴えた。現実に2000年には世界で84万人の死者が出ており、そのほとんどがアフリカだった。[2]

 それを聞いていたハリウッド女優のシャロン・ストーンが「私が個人として、一万米ドルを供出します。それでオリセットの蚊帳を購入して配布してほしい。他にも賛同する方はいませんか」と呼びかけた。その呼びかけにマクロソフトのビル・ゲイツなどが次々に賛同し、その場で100万ドル、1億円相当の寄付が集まったのである。

 オリセットネットは蚊帳を作るポリエチレンの糸に防虫剤を練り込み、それが徐々に表面に染み出して、5年以上も防虫効果を持つという製品で、日本の住友化学が開発した。

 ダボス会議の前年に、オリセットネットは米国の『TIME』誌から、"Most Amazing Invention"(最も驚くべき発明)の表彰を受けており、シャロン・ストーンが「オリセットの蚊帳を」と言い出したのは、こういうニュースで有名になっていたからだろう。

 ダボス会議に招待されていた住友化学社長・米倉弘昌(よねくら・ひろまさ)は、この光景を見ていて、「これだけ多くの世界中の人々に、うちの蚊帳は期待されているのか」と思った。「これはうちとしてもひとつ、覚悟をもって世界の期待に応えていかねばなるまいな」と決心した。


■2.「あなたがた日本人ならみんな知っているかと思った」

 ここまで来るまでには、住友化学の中で多くの人々による10数年にわたる悪戦苦闘があった。発端は、かつて住友化学が世界のベストセラーとして売っていたマラリア対策の殺虫剤スミオスチンが徐々に売り上げを減らしていたことだった。

 日本では戦後の早い時期に、下水溝整備など蚊の発生源対策と殺虫剤散布により、マラリア撲滅に成功していた。しかし広大なアフリカ大陸で発生源対策も不十分なまま、殺虫剤を撒き続けていて、いつかはマラリア撲滅に成功するのだろうか? そんな疑問が先進国の政府援助を減らしつつあった。

 海外農薬事業を担当していた川崎修二は、この苦境を乗り切る術(すべ)はないかと、旧知の世界の熱帯医学の権威的存在である英国の医学研究所のカーチス博士に相談した。博士の答えに川崎は驚いた。

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 あなたがた日本人ならみんな知っているかと思った。今、注目されているのは蚊帳(かや)を使ったマラリア対策ですよ。[1, 366]
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 日本人の伝統的な生活の智恵である蚊帳が、マラリア対策として注目されているという。しかも、博士はその蚊帳に殺虫剤を染みこませておけば、蚊の絶対数を減らしていける、という。

 川崎の下で研究に従事していた伊藤高明も、アメリカの国際開発庁が殺虫剤に浸した蚊帳を使って、住民参加の実験を始めている、という情報をつかんでいた。しかし、その蚊帳は単に殺虫剤の溶液に浸しただけで、半年ごとにそれを繰り返す「再処理」をしなければならない。

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 途上国の普通の人が、殺虫剤の液で蚊帳を処理すること自体が、常識的に考えてあり得ない行動やな。本気なのか、このやり方は。
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■3.分子レベルの設計

 伊藤は樹脂の中に殺虫剤を練り込んで、すこしづつ滲み出てくるようにすれば、「再処理」などしなくとも長く使える蚊帳が作れるのでは、と思いついた。そこで樹脂や製造工程に詳しい奥野武に相談した。奥野は初めは、そんなものは商売にはならない、と乗り気ではなかったが、熱心な伊藤に根負けして開発を始めた。

 奥野は、繊維の中に練り込まれた殺虫剤の分子がどのような温度でどう動くのかまで検討して、樹脂の仕様や製造方法を検討した。その結果、何年も殺虫効果が続く樹脂を作ることができた。

 また、伊藤は、暑いアフリカで蚊帳の中を少しでも涼しくするための編み目の大きさにもこだわった。蚊は編み目を通過しようとする時、羽を広げた状態で通ろうとする事を発見し、マラリアを媒介するハマダラカは日本の蚊よりも一回り大きい事から、編み目を少し大きくする事とした。

 こうしてできあがった蚊帳を外務省のODA(政府開発援助)担当者やJICA(国際協力機構)に説明したが、その良さは理解が難しく、反応は鈍かった。川崎は現地でこの蚊帳の効果を実証することが必要と考え、「小規模援助」に着目した。各途上国の日本大使が少額の人道支援を大使権限で実施できるという仕組みである。

 この仕組みを使って、5年ほどの間に43カ国にわたって、数十帳から時には千張もの蚊帳が現地で使われるようになった。マラリアの院内感染が明らかに減少した、という報告も6カ国からあがってきた。

 

 

■4.アメリカ国際開発庁からのクレーム

 しかし、思わぬ所から横やりが入った。マラリア対策に取り組んでいるアメリカの国際開発庁から、1990年にクレームが届いたのである。

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 自分たちがせっかく殺虫剤を「含浸するタイプの蚊帳」を広め、ユーザーである住民自身での「再処理」習慣を根付かせるための啓蒙活動を行っている横で、「再処理をしなくてよい」という製品を展開するとは、どういうことなのか。マラリア対策プログラムに対して、「マイナスの影響を与える製品」の展開はやめてほしい。[1,
 677]
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 国際開発庁が広めようとしていた蚊帳は、単に殺虫剤の溶液に漬けて、繊維の表面に殺虫剤が付着しているだけの従来型のものだ。半年もすると殺虫剤が消え失せて、効果もなくなってしまう。そのために、半年ごとに殺虫剤の溶液に含浸するという「再処理」が必要だった。それをいかにアフリカの住民にさせるか、がネックとなっていた。

 マラリア退治を真の目的としていれば、再処理を必要としない住友化学のオリセットネットの登場は両手をあげて歓迎すべきことだった。しかし、国際開発庁の担当者たちは、そんな事をしたら、自分たちが今まで進めてきた対策を否定することになる、と考えたのだろう。

 いかにも唯我独尊、不合理な主張だが、米国の国際開発庁は世界のマラリア対策の主導権を握っていた。その影響力で、各国からの注文は減っていった。今まで事業を担ってきた川崎も奥野も他の部署への異動を命ぜられた。オリセットネットの先行きは真っ暗になった。


■5.「この申請は、スミトモからのあの蚊帳か」

 一人、オリセットネット事業に残った伊藤は、それでもあきらめなかった。今までの各地での適用成果をレポートにまとめて、WHO(世界保健機構)の認定を受ければ、道は開けるかもしれない、と考えた。認定には3年の年月と数百万円の費用がかかる。伊藤は新しい上司を説得して、なんとか申請の許可を貰った。

 その申請を受け取ったWHOの職員、ピエール・ギエ博士はルワンダ人の学生スタッフを呼んで聞いた。「この申請は、スミトモからのあの蚊帳か」「ドクター・ピエール。間違いありませんね。日本のスミトモの、オリセットネットという蚊帳です」

 ピエールはフランスの開発研究局の出身で、以前からアフリカの現地でマラリア対策活動について研究を積み重ねていた。その学生スタッフが、ある日、持ち帰った蚊帳を見て、「これは、珍しい製品があったものだね」とピエールは感心した。それは川崎の時代に少額無償援助で各地にばら撒いたオリセット蚊帳のひとつだった。

 マラリア対策の現地での実態を目の当たりにしていたピエールは、住民に従来型の蚊帳を再処理させることが、その普及の妨げになっていることを理解していたのである。

 その時の事を思い出しながら、ピエールは思った。

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 そうか。あの蚊帳がついにWHOに認定の申請をよこしてきたというわけか。今の動きからすると、これは大きな潮目の変化になり得るかもしれない。[1, 816]
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■6.WHOの前代未聞の推奨と大量注文

 2001年春、ピエールから伊藤にメールが入った。オリセットの件で話がしたい、ということだった。来日したピエールはフランス語訛りの英語で伊藤に言った。

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 WHOは今、マラリア対策蚊帳について、大きな方向転換をしようとしています。これまでに再処理を行わせることで、ユーザー住民の啓蒙を図ることを目指してきました。だが今、ようやく、そのプロセスを経ていては、普及が進まないということが、合意となりつつあります。

 WHOはそう遠くない将来、長期残効蚊帳、つまり再処理をしなくても、長期間にわたって殺虫効果が残るものを推奨する方向に舵を切り替えるでしょう。そのときに、あなたがたのオリセットの蚊帳は、現時点で最も性能面で優れている蚊帳であると理解せざるを得ません。[1, 850]
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 同年10月、WHOは「長期残効蚊帳」という新しいカテゴリーを創設し、その第一号認可品としてオリセットを推奨した。WHOが新カテゴリーまで創設して推奨するのは前代未聞のことだった。同時に「フィールド評価用」として、7万張りもの発注をしてきた。今までの膠着在庫が一掃されるだけでなく、大至急、増産体制を作らなければならない。

 伊藤は上司に掛け合って奥野を戻して貰った。奥野は事態の急進展に驚いたが、大車輪で動いて、年間10万張りの生産体制を整えた。


■7.「WHOが無償でうちの技術が欲しいといっていると?」

 WHOはさらにオリセットの急速な普及を促進するために、矢継ぎ早に手を打ってきた。

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 すばらしい技術であるオリセットの技術を、アフリカで現地生産できるよう、できれば無償で蚊帳生産技術を供与してほしい。それにより生産規模を拡大し、安く大量の蚊帳を供給できる体制を構築したい。[1, 930]
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 WHOは「安く大量の蚊帳を供給できる体制」のメンバーも揃えていた。住友化学が殺虫剤、エクソンモービルがポリエチレン樹脂を提供し、技術供与されたアフリカ現地の製造委託先が蚊帳を製造する。それをユニセフが買い上げ、PSI(ポピュレーション・サービス・インターナショナル)がマラリアの感染地域に配布・啓蒙を行う、という体制である。

「WHOが無償でうちの技術が欲しいといっていると?」と、社長の米倉弘昌は上申書に目を留めた。技術で商売をしてきた住友化学がタダで外部に技術を出すなど前代未聞だった。

 しかし、と米倉は考えた。技術料をタダにしても、その分、製品価格が下がり、販売量が増えれば、殺虫剤の販売だけでも利益は確保できるだろう。なにより、それだけ多くのマラリア患者を減らせるし、現地生産によって現地の雇用も生み出せる。


■8.「三方良し」経営の世界的な成功事例

 アフリカでの製造技術移転先として、ピエールからの紹介もあり、タンザニアの企業、AtoZが選ばれた。住友化学が設備投資のアドバイス、機械の調達先の紹介、ライン作り、作業者の指導まで行った。

 やっとのことで生産ラインを設置し、しばらく経ってから、住友化学の指導員が訪問してみると、工場の床は散乱し、物も乱雑に置かれていた。そんな状況から、指導を繰り返し、2005年には300万張りへと拡大することができた。
 
 冒頭で紹介した米倉がダボス会議で「これだけ多くの世界中の人々に、うちの蚊帳は期待されているのか」と感じたのは、この頃のことであった。

 ユニセフからは再三にわたり、オリセットの供給能力を年産数千万張りに増強して欲しいとの要求が来ていた。増産のために、現地でのもう一つの製造会社として、AtoZ社のグループ会社と住友化学のジョイント・ベンチャーを作った。

 こうした思い切った増産により、現在、タンザニアの生産能力は年間3000万張りに達し、最大7千人もの雇用機会を生み出している。なによりもオリセットネットやその他の対策の効果もあいまって、マラリアによる死者はかつての100万人規模から現在では60万人レベルに減少している。

 

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 拙著『世界が称賛する 日本の経営』[a]では「売り手良し、買い手良し、世間良し」の「三方良し」経営が日本の経営の本質だと説いたが、オリセットネットはその世界的な成功事例と言えよう。

 

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