やまたくの音吐朗々Diary

フリーライターのやまたくが綴る、

映画レビューを中心としたバトルロイヤル風味。

 

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このたび、サイトを引っ越しました(サイト名も変更)。
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■サイト名
「フリーライター・山口拓朗の音吐朗々NOTE」
■新URL
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TBやコメントまでを移すことができませんでしたが(涙、
新サイトでもTBやメントをお待ちしています。

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鳳凰 わが愛

11月3日より公開される「鳳凰 わが愛」の試写。

日中友好35周年記念作品。

監督・原案:ジヌ・チェヌ 製作総指揮:角川歴彦ほか プロデューサ:中井貴一 脚本:シェン・ジェ 音楽:S.E.N.S. 出演:中井貴一、ミャオ・プゥ、グォ・タォ、スン・チンチン、イー・カイレイほか 上映時間:121分 配給:2007日・中/角川映画

恋人にちょっかいをかけた相手に暴力をふるい、懲役15年の罪で投獄されてしまったリュウ・ラン(中井貴一)。恋人を思いながら受刑生活を乗り越えようと思っていた矢先、彼は恋人の突然の死を知らされる。が、失意の底に沈んでいた彼に運命的な出会いが待ち受けていた……。

刑務所内で出会った男女が恋に落ちる。

囚人同士が、お互いに隔離された刑務所内で、世間一般の恋人のように互いの理解を深め合うことはできるだろうか? おそらく難しいであろう。つまり、ふたりの恋情は、あくまでもプラトニックの延長上にあるものとして考えるのが妥当である。

わずか2時間で30年の歳月を一気に流す本作は、恋のディテールというよりは——お互いに惹かれ、恋におち、プラトニックを貫く——そんな恋のアウトラインをトレースしていく。配給先の宣伝文句を借りるならば、“30年に渡る愛の一大叙情詩”ということになる。

ただ、いくら限りなく愛に近い高尚なプラトニックが存在したとしても、赤の他人同士であるふたりの感情が愛と呼べるものに昇華した瞬間の具体描写は必要だったように思う。つまり、恋のはじまりとなった“ふたり一緒に懲罰を受けるシーン”だけは、その後30年に渡って貫き続けた愛を裏づけるだけの説得力をもって描くべきではなかっただろうか。

その肝要な心情描写が割愛されてしまっているために、主人公への感情移入はおろか、最後まで恋のうわっつらをトレースしていく物語の波に乗りきれない。

恋物語はさておき、この映画の見どころのひとつは、激動を極めた中国の1910年代~1940年代という時代を物語のなかに投影している点にある。国の統率者がたびたび代り、そのつどが移動したり、恩赦が行われたりと、囚人たちが置かれる境遇が微妙に変化する。囚人に対する看守の態度や束縛具合から、中国の激変ぶりをにおわせるという手法は、なかなか粋である。

とはいえ、エポックメイクな歴史の変換点が唐突に並べ立てられている感は否めず、どこか歴史教科書の年表を見せられているような、つまらなさ、現実感の乏しさを感じる。残念なことに、ここでもネックになっているのは具体性のなさということになる。

そうした歴史年表風に歩調を合わせるように、ドラマの運びも年表風だ。ご都合主義的なエピソード(自殺未遂、谷底に落ちる、脱走、地震……)を羅列することには熱心だが、主人公の内面を丁寧に描写しようという気概が感じられない。とりわけふたりに肉体関係を結ばせたくだりは、プラトニックというテーマさえもぶち壊しにした自爆だったように思う。

ラストシーンでも、皮肉なことに、その都合のよさが完全に象徴されてしまっている。ラストシーンのわずか手前の、リュウ・ランがみずからの“愛”をもってして“憎悪”を封じ込めたシーンが光っていただけに、なおさらにもったいない。もしあのシーンで潔く映画が切り上げられていたならば、本作「鳳凰 わが愛」に対する評価はもう少し違うものになっていたかもしれない。

一大叙情詩を描きたかったという意図は理解できるが、人間が描かれていないため、心が揺さぶられない。物語と観客のあいだにポッカリと口を開けた溝は、言葉少なに多感な主人公を熱演する中井貴一の頑張りを加点したとしても、そうたやすく埋まるようなものではない。ミャオ・プゥが演じたヒロインに魅力がなさすぎるのも、少なからず問題といえるだろう。

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アーサーとミニモイ

公開中の「アーサーとミニモイの不思議な国 」を観賞。

監督・製作・脚本:リュック・ベッソン 出演:フレディ・ハイモア、ミア・ファロー、ペニー・バルフォーほか 上映時間:104分 配給:2006仏/アスミック・エース

10歳の少年アーサー(フレディ・ハイモア)は、ある日、自宅の屋根裏部屋で、4年前に失踪した冒険家の祖父が残した地図を見つける。なんと体長2mmのミニモイ族が住む国に宝を隠したというのだ。借金で立ち退きを迫られた家族を救おうと、アーサーが宝探しの冒険に出た!

実写が3割、3Dアニメが7割程度で構成された本作品。実写が割りあてられた物語のプロローグでは、主人公アーサーの人間性が活き活きと描かれており、その後の展開にかなり期待をもたせてくれる。

アーサーは知的で好奇心旺盛な祖父のことを心から尊敬し、なおかつ、(自覚こそしていないものの)自身も祖父に負けず劣らずのアイデアマン&行動派。いつでも発明や発見、そして冒険に心を躍らせている。そんなアーサーが、冒険に出るまでのプロセスから見えてくるものは、アーサーの愛すべき人間性だ(勇敢で心優しい!)。

がしかし、舞台が小人の国・ミニモイに移り、絵がアニメになってからがサイアクだ。冒険活劇ならではの映像はそれなりに楽しめるし、百歩譲って、国王の長女セレニアとの恋物語も悪くはないが、ミニモイという国の素晴らしさがきちんと描かれていないため、話の底がどうも浅い。7つの国がどのようにリンクしあっているのかも判然としないし、妙に被害者じみたセリフを吐く孤高の悪魔との戦いという、イメージだけを先行させたような展開も、実(み)がないうえに、あいまいだ。

ミニモイの国王がテキトーそう(頭わるそう)な人物であることも、物語への興味とミニモイへの感情移入をそいだ大きな元凶であり、アーサーの冒険に同行する国王のおバカ息子の存在も、ユーモアを通り越して、終盤はかなりうっとうしい。にもかかわらず、年が1000歳だの、結婚がどうだのって……もっと本筋に力を注いでくれ!

また、真の勇者にしか抜けない「剣」というのがあるのだが、この剣をアーサーが、ミニモイに来たとたんに軽々と抜いてしまうなど、そのシーンをその後の展開にどう利用したかったのか“?”なシーンも。おまけに、本来であれば36時間というタイムリミットが生み出すはずのスリルもほとんど見られず(アーサーも夜は熟睡……)、都合のいい表面的な設定だけが、ただ漫然とそこにある感じ。

せめて、アーサーを突き動かしていた“財宝を探すため!”という行動理由が、知らず知らずのうちに“愛すべきミニモイ族を守るため!”にシフトしているくらいの展開力があればよかったのだろうが、いかんせんミニモイの国と人に魅力がなさすぎる。

プロローグとエピローグのつながりは違和感なくまとめられているものの、ギクシャクしていたアーサーと両親の関係を完全にスルーするなど、詰めのアマさも露呈。とにかくひとつひとつの設定と行動、そしてキャラクターに深みがないのは大問題である。映像とテンポのよさにノセられて、子供たちはそれなりに楽しめると思うが、おそらく強い記憶としては残ることはないだろう。

実写と3Dアニメの両刀を駆使したリュック・ベッソン作品ということで期待していたが、「レオン」「ニキータ」「フィフス・エレメント」などの作品で描かれていた“人間の純真さ”や“心弱き者の成長&他者との交流”といった、人間の内面を照射するような深く鋭い人間描写が、本作では錆び付いている……どころか、見る影すらないという点についても、重ねて、残念というよりほかない。

アメリカのエンターテインメントに及ばないのは致し方ないにせよ、せめて自国(フランス)色に染め上げるくらいの気概は見せてもらいたかった。

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ふたりのロッテ


劇団四季のミュージカル「ふたりのロッテ」を観賞。

原作:エーリッヒ・ケストナー 演出:浅利慶太 作曲:いずみたく 振付:加藤敬二

劇団四季による「ふたりのロッテ」の初演は1971年。今年(2007年)は7年ぶりの全国公演が行われている。子供から大人まで楽しめるファミリー・ミュージカルだ。

夏期休暇中に、「こどもの家」があるザルツブルグで、ミュンヘンから来た心やさしい少女ロッテと、ウィーンから来たおてんば娘ルイーゼが出会う。ふたりは自分たちの顏が瓜二つであることにビックリ! やがてふたりは自分たちが離れ離れになった双子であることを知る。両親を含めた4人で暮らしたいと考えたロッテとルイーゼは、お互いに入れ替わる計画を思いつき、それぞれの家に帰っていくが……。

特筆すべきは、ロッテとルイーゼの思いの強さである。お互いになりすまして、まだ見ぬ親のもとへと行くくだりは、この物語の最大の見どころだが、そうした行動の原動力が、「まだ見ぬ親に会いたい!」「家族4人で一緒に暮したい!」というふたりの強い気持ちにあることが何より素晴らしい。

現実的なことを言うならば、いちど離婚した両親が再び一緒に暮らすこと自体が、必ずしも幸せを生み出すとは限らないと思うし、両親が言うところの“大人の事情”も、少なからずこの世には存在する。

ゆえに、この物語の結末(両親の再婚)が、完ぺきなハッピーエンドだとは思わない。

ただ、それは物語のひとつの落としどころにすぎず、むしろ「ふたりのロッテ」の価値は、この世の中に、大人の事情によって胸を痛めている子供たちがどれだけ多くいるか、そしてまた、そうした子供たちに、逆境をはねのける能力が潜在的にどれほど備わっているか——といった本質を掘り下げている点にある。

欲を言えば、たとえ両親が再婚に至らなくても、ロッテとルイーゼの取った行動が決してムダではないことにまで言及してもらいたかったが、子供向けの作品であることを考えると、いたずらに物語を複雑にするのは得策ではないのかもしれない。

子供の心は、大人が思う以上に傷つきやすく、とても繊細だ。がしかし、その心を理解している大人は(親を含め)なかなか多くはいない。「ふたりのロッテ」は、そうした大人たちの代りに、子供たちの複雑な心を理解し、あるいは、代弁する役割を担っている。

客席から舞台を見つめる多くの子供たちは、主人公のロッテとルイーゼに、自分が置かれている境遇やモノの感じ方を照らし合わせて、大きなシンパシーを感じることだろう。一方、大人たちは、繊細で、傷つきやすく、けなげで、まっすぐな子供たちの純真さを目の当たりにし、ハっとさせられることだろう。

もちろん、そうした大まじめなテーマを、エンターテインメントという土台を踏み外すことなく、明るくユーモアをもって描いているところが「ふたりのロッテ」の魅力であり、全編を通じて、深みのある歌声とバイタリティあふれるダンス、それに快活な演技で観客を魅了する。とりわけ、お互いになりすましたふたりが、それぞれの自宅で四苦八苦するシーンは、ほほえましくもあり、また、ひそかに胸を打つ。

人生の喜怒哀楽や人情の機微を、歌とダンスで表現するミュージカルは、子供たちにとって、ワクワクとドキドキがつまった宝箱のようなものだろう。歌声は“感性と想像力の畑”を耕し、ダンスは“勇気の泉”にパワーを注ぎ込む——。子供たちに希望を与える良質の作品につき、機会があれば、ぜひ親子でご観賞のほど。

※妻が作ったサイト「ふたりのロッテ ファミリーミュージカルを楽しもう!」もヨロシク!

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プラネット・テラー

60~70年代に数多く存在した「インディーズ系の低予算映画=グラインドハウス映画」を現代によみがえらせようと、クエンティン・タランティーノとロバート・ロドリゲスがそれぞれにメガホンをとったタッグ企画「グラインドハウス」。

公開中の「デス・プルーフ in グラインドハウス」はタランティーノ監督作品で、9月22日より公開される「プラネット・テラー in グラインドハウス」はロバート・ロドリゲス監督作品。

先日書いた「デス・プルーフ in グラインドハウス」のレビューはコチラ

本レビューは「プラネット・テラー in グラインドハウス」のほう。

監督・脚本・撮影:ロバート・ロドリゲス 出演:ローズ・マッゴーワン、フレディ・ロドリゲス、ジョシュ・ブローリン、マーリー・シェルトン、ジェフ・フェイヒー、マイケル・ビーン、レベル・ロドリゲス、ファーギー、ブルース・ウィリス、クエンティン・タランティーノほか 上映時間:105分 配給:アメリカ2007/ブロードメディア・スタジオ

舞台はテキサスの田舎町。米軍の悪人部隊長の生物兵器実験により、町中にウィルスがばらまかれた! 住人が次々とウィルスに感染し、感染者はゾンビとなって人々を襲う。町は大パニックになるが、なんとかして町を抜け出そうと住人たちが結託。果たして彼らはこの絶体絶命のピンチを切り抜けて、生き残ることができるのだろうか?

根っからの映画好き監督が、グラインドハウス映画に対する愛をたっぷりと浸潤させつつ製作した「プラネット・テラー」は、タランティーノが監督した「デス・プルーフ」同様、モロにB級テイストな映画に仕上げられている。

デジタル撮影ながらも、使い古しのフィルムについた傷や飛び、色あせなどを再現して60~70年代の雰囲気を演出した映像もさることながら(劇中にリールの喪失まで再現!)、BGMと効果音を多分に生かした演出、今さらながらに取り上げた“ゾンビ”というテーマ……、そのどれもが、古きよき時代の映画に対するオマージュにほかならない。

物語では、ホラーとアクションという2本の大黒柱を用意して、適度なドライブ感と緊張感を客に味わわせる。とくにホラーを超えてスラッシャーな映像(コチラは特殊メイクと最新技術のコラボ!)は最大の見どころで、内臓、脳味噌、性器、鮮血などをまきちらしながら、スクリーンを異常空間へと導く。グロいビジュアルは、見る人が見れば目を覆うレベルであることには違いない。

一方、後半に行くに連れてヒートアップするアクションは、あえてヒロインに大役を任せての大立ち回り。そのトリを務めた義足の痛快エピソードに至っては、笑って見届けることが正しい見方だと信じてやまない。そして拍手喝采をお忘れなく(笑)。

そんなホラー&アクションで全編をコーティングしながらも、要所要所にブラックジョークとユーモアをちりばめている点も職人の“粋”。注射針、レズ、バーベキュー、性器、タランチュラ、タランティーノ、スペシャルな義足、「1完消失」……。お馬鹿なネタでさえ大真面目に盛り込むサービス精神は、イヤラしいと言ってしまえばそれまでだが、“振り切っている感”があるだけに、潔し、と評価したい。

しかも、決して少なくないキャラクターの性格や内面を的確に描写すことにより、人間物語としてもそこそこ楽しめるようになっている。限られたシーンでキャラクターの人生背景までをにおわせる手腕は、お見事というよりほかない。

そういう意味では、グダグダのB級映画というよりは、ちょっぴり品があるうえに、整った脚本と演出完成度を誇る優等生的なB級映画(つまりA級?)といえる本作「プラネット・テラー」は、ディテールにあらゆる見どころをちりばめた職人監督のお家芸たる秀作。この映画に対して「新しさがない」という批評は、ある意味、最大の褒め言葉になるのかもしれない。

それにしても、新しさがない。

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オーシャンズ13

公開中の映画「オーシャンズ13」を観賞。

監督:スティーブン・ソダーバーグ 出演:ジョージ・クルーニー、ブラッド・ピット、マット・デイモン、アンディ・ガルシア、ドン・チールド、バーニー・マック、エレン・バーキン、アル・パチーノほか 上映時間:122分 配給:2007米/ワーナー

一筋縄ではいかない豪華キャストでおなじみ「オーシャンズ」シリーズ。「11」「12」に続く第3弾は「13」。

プロの犯罪集団「オーシャンズ」のメンバーのひとり、ルーベン(エリオット・グールド)が、ホテル王ウィリー(アル・パチーノ)にハメられて、失意のどん底に突き落とされる。ダニー・オーシャン(ジョージ・クルーニー)は、ラスティー(ブラッド・ピット)ら「オーシャンズ」のメンバーを再び集め、復讐を開始する……。

オーシャンズに抱くイメージは「ルパン」だ。クライムムービーのクセして、そこにはクライムムービーにつきものであるダーティな雰囲気がまったくない。高難度なミッションを颯爽と(都合よく?)遂行する姿は「ルパン」のスピリットを彷彿とさせる。悪く言えば荒唐無稽。しかも、「オーシャンズ」の場合は、とっつぁ~んこと銭形警部張りの強力な追手もいないものだから、スリリングさという点では「ルパン」の足もとにもおよばない。

が、それがどうした。

そのマンガ的な脚本とノリが許されるのが、「オーシャンズ」シリーズにほかならない。見どころは、綿密な根回しからミッション本番へと続く一連の流れのなかでメンバーたちが見せるユーモアあふれるやり取りに尽きる。

「11」でムリクソ集められ、また、「12」で再びムリクソ集められたメンバーが、「13」では、「忠臣蔵」顔負けの結束力をもって敵討ちに出る。アクの強かった個々のキャラが、いつしか“ONE FOR ALL ALL FOR ONE”の意識へと変化しているところが、なんともほほ笑ましい。軽妙なテンポとブラックジョークを織りまぜたCOOLな会話、それに、随所にちりばめたオマージュと楽屋ネタが、この作品の推進力だ。

「オーシャンズ」のウリは豪華キャストだが、本来主演を張るべき人たちが、決して主演とはいえない役をキッチリと演じるプロフェッショナルさは、見ていてなかなか楽しいものだ。豪華キャストゆえのデメリットよりも、豪華キャストゆえのメリットを最大限に生かした、いや、豪華キャストでしか描きえない世界を作り上げている点は評価すべきだろう。

あとはくつろぎながら、オーシャンズワールドを味わうのみ、だ。

人工知能セキュリティをめぐっての攻防戦も笑えるし、ブラット・ピットもそこそこよく食べてるし、マッド・デイモンの“媚薬”や“付け鼻”もノリノリだ。そのほかにも、痛々しすぎるホテル批評家のくだりや、“人工地震作戦”や“ホテルの屋根をもぎ取り作戦”という、ぶっ飛びエピソードも恥じらいなくドーンと待ち構えている。日本のマーケットを意識しているのか、「煎茶&玄米茶」「久保田(日本酒)」「相撲」「日本製バイク」等、日本ネタも乱発されていたが、ありがちな勘違い解釈もなく、ホっとするやらしないやら。

コロっと転がるダイスの軽やかさ。あの空気感こそが「オーシャンズ」。今やハリウッドのギャラNo.1男マッド・デイモンに対して「ようやくヤツも一人前になってきたんじゃん?」とエラソーに突っ込みを入れられるのが「オーシャンズ」。どんなに難しいミッションも2シーンくらいの説明で成し遂げてしまうスマートさが「オーシャンズ」。能天気な気配を漂わせつつ、仮面の裏にクレバーな頭脳と仲間への愛情を隠し持ったメンバー。彼らの会話や思惑をニタツキながら観るべきが「オーシャンズ」。「13」に至っては、そこに名優アル・パチーノの“オーシャンズ理解度”100%の演技が華を添えているというワケだ。

アメリカ人でなければわからないようなネタに反応できない悔しさもあるが、それを差し引いてもそこそこ楽しめるエンターテインメント作品。ただし、奥深さやリアリティや感動などというものは、どこを探しても見つからないので、そうした期待はバッグにしまって劇場入りしたほうがいいだろう。

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待つ女

9月6日に渋谷のシアター・イメージフォーラムで封切られた「待つ女」の試写。

監督&脚本&製作:ジャン=パスカル・アトゥ 出演:バレリー・ドンゼッリ、ブリュノ・トデスキーニ、シリル・トロレイ、パブロ・ドゥ、ラートーレ、ナディア・カシほか 上映時間:86分 配給:2006仏/オンリー・ハーツ

7年の刑で服役中の夫のもとに、週2回の面会に欠かさず出向く妻。ある日、面会を終えると刑務所の出口で見知らぬ男が声をかけられ……、いつしか、その男に体を許してしまうようになる。ところが、そのときふたりの情事を録音するテープレコーダーが回っていた。実はこの男は刑務所の看守で、夫に頼まれて妻を誘っていたのである……。この三角関係に出口はあるのだろうか?

地元のフランス映画祭で評価されたという芸術志向の官能作品。86分という短い尺に収められた世界は決して楽しいものではない。説明的な描写もセリフもことごとく排除され、最小限のシーンのつなぎあわせのなかで、奇妙な三角関係がくり広げられていく。

誰が善人で誰が悪人なのか? 何が正しくて何が過ちなのか? どこからが愛でどこまでが愛じゃないのか? そうしたことに、分かりやすい回答は何ひとつとして導き出されない。客はただただ役者の表情と行動に、自分の解釈を補足して、この映画を完成させなければならない。思わせぶり? その通り。芸術的? その通り。エンターテインメント性? 0%。哲学や芸術を愛するフランスゆえに評価される作品なのだろう。

登場人物の背景や本心を表す言葉がほとんど聞かれないこの映画は、描き込みという点では、ほぼその役割を放棄しているに等しい。ただ、この作品が扱っているテーマ——刑務所という“壁”が生み出す禁欲——への興味は尽きない。

たとえば、その壁が「死」であれば、時間をかけて克服していくという手段もあるだろうし、「病気」という壁であれば、体と体を寄せあうこともできるだろう。しかし「刑務所」という壁は、相思相愛の健康な男女が引き離されるというまれなケースを生み出す。もはやそこに一般論や倫理が入り込む余地はない。

妻と寝るよう(しかも情事を録音するよう)看守に仕向ける夫に、不倫相手が看守だと知りながらも逢瀬を重ねる妻。夫はテープを聞きながら自慰にふけり、妻はほかの男と寝ることで精神的なカタルシスを得る。この夫婦の愛情のカタチを、倒錯だ、弱さだ、変態だ、と断罪することは簡単だが、忘れていけないのは、その倒錯じみたシチュエーションを、彼ら自身が語らずとも是認していることだ。

“肉体関係のない愛は愛じゃない”と言ったのは、作家の渡辺淳一だっただろうか——。

もしそうだとすれば、刑務所という“壁”で隔てられた肉体の不在が、精神を瓦解させるほど大きな苦痛になる可能性は十分にあるし、あるいは、彼らにとって“壁”を乗り越えるための唯一の手段がこの奇妙な三角関係だったとすれば、そこに非難の矢を放つことは、そうたやすいことではない。

物語では、夫に頼まれて逢瀬を重ねていた看守が、しだいに妻に惹かれていくというもうひとつの愛を交錯させながら、愛とSEXという本能的なテーマを、一段深いエリアまで掘り下げている。彼らに審判を下すのは、彼らでも裁判官でもなく、見る側ひとりひとりの価値観でしかない。

夫がどういう罪で服役しているのか、看守がどのような見返りで妻を誘うことになったのか、そうしたディテールはつまびらかにされていない。親切さという点においては、不親切の極みをいくような映画であり、その不親切をもってして、つまらない、と感じる人も少なくはないだろう。

しかしながら、その不親切さこそが、客の想像力をかき立てる装置として機能していることはたしかであり、その狙いを素直にくみ取るしかないほど、説明描写や感情表現に抑制を利かせた演出は徹底している。「待つ女」は徹頭徹尾、不埒(ふらち)でストイックな作品である。

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河童のクゥ

公開中のアニメ映画「河童のクゥと夏休み」を観賞。

監督・脚本・製作:原恵一 原作:木暮正夫 音楽:若草恵 主題歌:大山百合香 美術:中村隆 声優:冨澤風斗、横川貴大、植松夏希、田中直樹、西田尚美、なぎら健壱、ゴリほか 上映時間:138分 配給:2007日本/松竹

夏休み前のある日、康一は川べりで大きな石を拾った。家に戻ってその石を洗ってみたところ、石のなかから河童の子供が! 「クゥ」と名付けたその河童のことを、康一と康一の家族は秘密にするつもりだったが、ひょんなことから表ざたになってしまう……。

康一とクゥの交流を描いたほのぼの感動ファンタジー……であることに間違いはないが、この作品はなかなか鋭い社会批評映画でもある。というのも、康一とクゥの交流を単純な美談でまとめるのではなく、ところどころに、社会や家族、友達にまつわるギスギスとした軋轢を浮かび上がらせているからだ。

「クゥを嫌う康一の妹」「康一に対する同級生からのいじめ」「マスコミの過剰かつ無節操な取材攻勢」「そんなニュースに踊らされる世間の人々」……etc。クゥの唯一の理解者であるはずの康一ですら同級生の女の子に「どブス!」と罵声をあびせもすれば、おびえるクゥをテレビに登場させて悦に入ることもある。主人公といえど、決してデキタ人間としては描かれていない。

ヒリヒリとした現実に目を向け、社会を美化することなく真摯に見つめようという姿勢がうかがえる。しかも、人間の排他性(弱者や他の生き物に対する)はもとより、やじ馬根性、能天気な日和見、凶暴なメディアスクラム……などの痛々しい現実に、簡単に救いの手を差し伸べることもない。問題は問題として残し続ける。そこには製作者のかたくなな意志がうかがえる。

そうした暗部を照らしながらも、クゥとの交流を通じて康一や家族が少しずつ成長していく様子をあたたかい目でつづっていく。なかでも、康一とクゥが遠野に河童を探しに出かけるくだりは、ひとりの少年の成長期としても、クゥの初体験記としても、ロードムービーとしてもしっかりと機能しているうえ、夏の空気感もたっぷり感じさせてくれる。

また、クゥのキャラクター設定が絶妙だ。初めて会った人に「お初にお目にかかります!」とペコリと頭を下げる姿は、礼節を手放して久しい現代人にはまぶしいくらいだし、情緒豊かで好奇心旺盛な子供らしさも好感度「大」。喜々として康一と相撲に興ずる姿、自転車から流れる風景に目を丸くする姿、頭のお皿にビールを注がれて酔っぱらう姿、亡き父親の腕(すでにミイラ化)を必死に守ろうとする姿……、そうした一挙手一投足を愛さずにはいられない。

クゥと康一が迎えるラストシーンも悪くない。一緒にいたくても一緒にはいられない非情な現実。だけど未来が暗いわけではない——そんなラスト。(人間社会で)さんざん不快な思いをしたにもかかわらず、「康一、おめーには世話になったな」とお礼を言うクゥのことを、涙なくしては見られない。

「ウソをつくのは人間だけだ」——そんなクゥから教わることは少なくない。愛情、優しさ、忍耐力、勇気、それに寛容さ。と同時に、その裏側に透けて見える人間のマイナス面もイヤというほど見せられる。これだけ多くの要素を詰め込んでおきながら、散漫になりすぎることも、辛気くさくなりすぎることもなく、全編を吹き抜ける風だけは常に夏色。そこがまたいい。

東京タワーで亡き父を思うクゥがせつない。そしてまた、劇中で犠牲死を遂げた康一の愛犬「おっさん」も、人間と人間社会を見透かした存在として見逃せない。

ぜひとも親子で一緒に見てもらいたい映画だが、大人ひとりでも十分観賞に耐え得る良質の作品だ。

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デス・プルーフ

60~70年代に数多く存在した「インディーズ系の低予算映画=グラインドハウス映画」を現代によみがえらせようと、クエンティン・タランティーノとロバート・ロドリゲスがそれぞれにメガホンをとったタッグ企画「グラインドハウス」。9月1日より公開される「デス・プルーフ in グラインドハウス」はタランティーノ監督作品で、9月22日より公開される「プラネット・テラー in グラインドハウス」はロバート・ロドリゲス監督作品。

本レビューは「デス・プルーフ in グラインドハウス」のほう。

監督・製作・脚本・撮影:クエンティン・タランティーノ 製作:ロバート・ロドリゲス 出演:カート・ラッセル、ゾーイ・ベル、ロザリオ・ドーソン、ヴァネッサ・フェルリト、シドニー・タミーア・ポワチエほか 上映時間:113分 配給:2007米/ブロードメディア・スタジオ

あるテキサスの夕暮れ、学生時代の仲間3人で飲み明かす若い女3人組に不気味の男の影が近付いてくる。男の名前はスタントン・マイク。ドクロマークのついた無気味なシボレーを乗り回す中年男だ。彼はこの夜、とんでもない事件(事故?)を起こす……。14ヶ月後、ある休日に70年型ダッチ・チャレンジャーに試乗しようとした女3人組に、再びスタントン・マイクの影が近寄り……とんでもないカーチェイスが始まった! さて軍配はいかに!

タランティーノの最新作は、これまでに映画という映画を見まくってきた彼が、それまでに見てきたすべての映画に対するリスペクトを込めて製作した大傑作! 映画界きっての鬼才が、2時間のフィルムに焼きつけた映画への熱い思いが、見る者を得も言われぬ興奮へと導く!

スリラーからコメディ、エロ、スラッシャー、一発逆転のリベンジアクションまで、あらゆる要素を盛り込みつつ構築されたストーリーもさることながら、巧みなカメラワーク、ベタさと斬新さを使い分けた映像(タランティーノ自身が撮影監督を担当)、遊び心のあるガーリーな会話、キャスティングの妙、映像との相乗効果を狙ったBGM、映像処理を最低限に押さえたスタント、ユーモアのある編集センス……どれもが心踊るほど映画愛に満ちている。

静謐な描写から圧倒的なインパクトまでをまんべんなくちりばめつつつ、細部にまで愛情をたっぷりと浸潤させた職人芸の極み。古き良き映画たちへのオマージュを根底に横たえながらも、出来上がったものはタランティーノのオリジナル以外の何ものでもなく、また、映画的脳内ワールドを炸裂させた“よがり”まくりの作品でありながらも、万人がしっかり楽しめるエンターテイントとして仕上げられているところが、タランティーノの天才たるゆえん。テイストはキッチュでベタな低予算映画そのものながら、空気感の心地よさはピカイチで、すべてがデジタル化され、莫大な資金を投入して作られる大作映画とは一線を画す(アナログ的な)スリルと喜びと興奮と笑いを届けてくれる。

強いてあげれば、前半にやや冗長さがうかがえるが、それもクルマが走り出す前の入念なアイドリングと考えればOK。その後、一気にアクセルが踏まれたときに振り落とされないよにご注意のほど。

すべてが見どころであり、すべてが魅力につき、どこがどうという具体的なレビューは避けるが、映画ファンなら笑みを抑えずには見られないだろうし、映画ファンでなくともスカっとした気分で劇場をあとにできるだろう。二度、三度と見返しても、おそらくはそのつど新たな魅力が発見できるであろう本作は、タランティーノの脳を解読するうえでも、格好の題材になるハズだ(笑)。

「パルプ・フィクション」が90年代の代表作なら、本作「デス・プルーフ in グラインドハウス」は00年代の代表作か? 古くも新しく、ベタながらもシャープで、陳腐ながらも最高にCOOL! アンサンブル? ミクスチャー? なんでもいいけど、タランティーノにお礼を言いたい。ナイスな映画をありがとう!

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恋とスフレと娘とわたし

9月1日より公開される「恋とスフレと娘とわたし」の試写。

監督:マイケル・レーマン 脚本:カレン・リー・ホプキンス、ジェシー・ネルソン 撮影:ジュリオ・マカット 音楽:デヴィッド・キティ 出演:ダイアン・キートン、マンディ・ムーア、ガブリエル・マクト、スティーブン・コリンズほか 上映時間:102分 配給:2007年米/東北新社

スウィーツショップを経営する未亡人のダフネ(ダイアン・キートン)は、女手ひとつで3人の娘を育て上げた。長女と次女は無事に結婚したが、三女のミリー(マンディ・ムーア)だけは、なかなかまともな彼氏に恵まれない。ミリーの身を案じたダフネは、ミリーに内緒で花嫁募集のWEB広告を出すことに……。果たしてミリーに幸せは訪れるのか?

ちょっぴり笑えて、ちょっぴりせつない、ハートウォーミングムービー。

娘の結婚相手を探そうと懸命になる母親。「WEB広告」というのが、いかにもイマドキだが、その親心自体は、昔も今も何ら変わりがない。日本にもかつて娘にお見合い写真を押しつける母親が、そして、そんな母親のおせっかいに抗う娘がいた時代があった。つまり、本作のテーマは決して新しくない。子供を思う母親と、自分の人生は自分で切り開きたいと思う娘の物語である。

ミリーの前に現れる男は、社会的な地位も考え方も対照的な“建築家”と“ミュージシャン”のふたり。大半の客はハナから、どちらがミリーにふさわしい男か察するが、ミリー自身はそれを計りかね、同時にふたりの男と逢瀬を重ねる。そして案の定、片方の関係はしだいに深まり、もう片方の関係は(一見深まったようで)弱まっていく……。

二またの代償を払うと同時に、ミリーがはたと自分の気持ちに気づくというシークエンスは、あまりにストレートすぎるが、不器用なミリーが“自分らしさ”と“理想とする結婚像”のはざまで葛藤する姿は、多くの独身女性の共感を誘うだろう。また、スフレの焼き具合にミリー自身が見失っていた自分の気持ちを教えられるという比喩も、(ベタながらも)ほのぼのとせつなさを誘う。

一方、本作のもうひとつの見どころは、娘におせっかいを焼きまくる母親のダフネの存在である。愛情は理解できても、おせっかいは大迷惑——それがきっと万国に共通する子供側のホンネ。しかしながら、そうは言っても、ついつい口を出してしまうのが、母親というものなのだろう。とりわけダフネは、そんな“ついつい”の度合いが激しいドタバタMAMA。その一挙手一投足の激しいこと、激しいこと(笑)。

そんなドタバタMAMAと3人娘の明け透けすぎるほどオープンなやり取りは痛快すぎるほど痛快で、「これが親子の会話か?」と思わせる下ネタ話までもがガンガン飛び出す。セキララという言葉が陳腐に思えるほどディープな親子のやり取りは、日本にはあまり見られない価値観ゆえに、興味深いやら、開いた口がふさがらないやら(笑)。

しかも、機関銃のごとく全編に放たれた小ネタ——愛犬、Hなサイト、変な笑い方、低血糖な精神病者、ケーキ、ギター、面接、携帯電話、水玉の服、静電気、模様替え、オシャレなBGM、パスタ、暴れっぷりが◎なわんぱく坊主、ペニス&ヴァギナ、家族で合唱……etc.——のかずかずにもア然とさせられる。“軽い”と言ってしまえばミもフタもないが、大黒柱の恋愛物語を、小ネタの応酬で補完してみせた手腕は見事というよりほかない。

本作「恋とスフレと娘とわたし」は、恋に迷う小羊(女性)たちに共通するであろう人間の無知と成長を、小難しい話をいっさい割愛して、甘くハートフルな笑いのスパイスを織り交ぜながら描いた秀作。オススメ対象は女性だが、“のぞき見”好きな男性もそこそこ楽しめるだろう。

強いて言うならば、ダフネのハツラツぶり&おせっかいぶりは少々くどすぎるし(痛々しすぎる?)、小ネタがやや下品すぎるキライはあるが、そんな彼女たちだからこそ築き上げることができた明るく元気な「母+3人娘」家族に、ある種の理想を見てしまうのもまた事実。オーガニズムの話で盛り上がれる母と娘の関係……、それってやはり無敵だと思う。

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