邪馬台国と日本書紀の界隈

邪馬台国熊本説にもとづく邪馬台国・魏志倭人伝の周辺と、一から始める日本書紀研究について
ぼちぼちと綴っていきたいと思います。


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 写真は、幣立神宮近くから北東側(上)と北西側(下)を撮影したものです。

 写真上の奥の方には阿蘇の外輪山、写真下の奥の方には宮崎県の最高峰・祖母山があります。そして、その手前に広々とした高原が広がっているのです。

 ここから東に10キロメートル強行くと高千穂神社、高千穂峡に着きます。そこからすぐにイメージできるのは「ここが高天原だったのでは?」ということです。この辺りには時に見事な雲海が現れることがあるそうです。雲に覆われた広大な高原は、まさに「高天原」と呼ぶにふさわしい幻想的な情景だったのではないでしょうか。妄想を膨らませると、雲海の雲は高千穂を越えて延岡の平野部へ流れ下ったかもしれません。すると、海辺に住む人の目には、まさに雲の上の国と映ったに違いありません。

 

 スピリチュアルスポットとして人気の幣立神宮は、熊本県上益城郡山都町にあります。私は『邪馬台国は熊本にあった!』でこの一帯を旁国のひとつである「姐奴国」と比定しました(その中で「山門町」と誤記しており、大変失礼していますが…)。

 

 そして、高千穂神社のある高千穂エリアは「対蘇国」としました。阿蘇と対になっている地域だからという意味あいも込めて、そう比定しました。

 

 「魏志倭人伝」側からみるとそうなるのですが、一方『日本書紀』からみると、ここが高天原であり、瓊瓊杵尊が高千穂から延岡方面へ天くだるという神話の地であったと考えることができます。神話の里の中心とでもいうべき高千穂神社には、日向三代の皇祖神とその配偶神(以下の六神:瓊瓊杵尊と木花開耶姫命、彦火火出見尊と豊玉姫命、鵜鵝草葦不合尊と玉依姫命)など『日本書紀』神代の主人公たちが祀られていますし、幣立神宮は神武天皇の孫である健磐龍命がこの地で天神を祀ったと伝えられ、祭神には天御中主神や天照大神が名を連ねています。

 もちろん、そのことだけでこの一帯を高天原だとは断言はできません。しかし、そんな天孫降臨の舞台を目の当たりにしたような気にさせてくれた山都・高千穂行でした。

 

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拙著『邪馬台国は熊本にあった!』(扶桑社新書)

 

 

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