2012-01-23 17:04:19
ラジオ出演にて「阪神淡路大震災17年を迎えて」
テーマ:ブログ
~ラジオ番組でのお話~
私は阪神淡路大震災の時に神戸にいて、家は全壊になりました。
震災の前夜、リビングで母と長話になり、うとうと・・・と、リビングで母と二人居眠りしてしまいました。
朝方、ゴ~~~と、音が激しく聞こえて来てドン!という音と共に大きな横揺れと縦揺れが私たちを襲った。
朝5時47分、体が宙に浮くぐらい飛ばされて、これ以上飛ばされないように母にしがみつき必死に抱き合いました。
大きなタンスが倒れ、大きなブラウン管テレビが飛んで、自分の部屋で寝ていたら、私は今ここにいなかっただろうという悲惨な状態でした。
命からがら逃げ出した・・・
『前を向いて生きていくしかない!命頂いたのだから悔いのない人生を生きなければ』と、カメラと少しの荷物を持って単身でフランスへ渡りました。
以前から腕に職を付けたい、表現者でありたい!という思いがあり、パリへ行くことを決心しました。
フランスでは写真家の人たちとの出会い、パリに着いてから毎日撮り続けた写真をフランスや世界で活躍している写真家や評論家の方に見て頂いたら、「エリナちゃんにしか撮れない写真がある。写真家になりなさい」と、助言を頂き、写真家として開眼する。
帰国後も私の尊敬する写真家の方々が写真展に足を運んでくださったことが私の力になり、この道でいく!!と、写真家として続けていくことに。
たくさんの出会いに人に助けられて生きていることを感じます。
ラジオではこれからどんな写真を撮っていきたいですか?という質問に「やはり、人を撮りたい」と、答えました。
35カ国以上を撮影の旅をしていく中で、いつも私の風景の中には人の気配があります。
なにより、その国で出会う人が私を助けてくれたり、笑顔をくれたり、そんな一期一会が震災でぽっかりと空いた寂しさや悲しい心を少しずつ埋めてくれたのです。
だからこそ、人を撮り続けたいと思いました。
「これから撮ってみたい人は?」という質問に→サザンオールスターズの桑田佳祐さんと俳優の竹野内豊さんと答えさせて頂きました。
昨年12月に神戸ワールド記念ホールでコンサートをされた桑田佳祐さん。
阪神淡路大震災より17年経っても神戸のことを忘れずにあたたかいエールを送ってくれたこと、本当にありがたくて、神戸の人たちへのあたたかいメッセージソング!テレビの前で泣きました。
悲しみは消えることはない、時間が解決してくれることでもない、だけど生きていかなきゃいけない、たくさんのたくさんの葛藤と戦いながら、乗り越えようとしながら、みんなみんな頑張っている。
風化させてはいけない。
本当に桑田佳祐さんに感謝です、大きな勇気を頂きました。「桑田佳祐さん、ありがとうございます」
そして、竹野内豊さん。映画『太平洋の奇跡』を観に行って、冒頭から涙が止まりませんでした。
画面からは映画の物語ではなく、あの日の現実が目の前で繰り広げられていて、竹野内豊さんも役に入っていたということではなく、魂で演じられているそれ以上、もう大場大尉自身になっていて感銘を受けました。竹野内豊さんにどこか似ている私の一度も会ったことのない祖父にどこか面影を重ねて、今まで閉じていた思いが溢れ出し、胸が熱くなりました。表現者として尊敬しております。「竹野内豊さん、魂が震えました」
表現者として、人として尊敬するお二人にお会いしたいです。・・・と、手に汗をかきながらお話しする私でした(^0^;)
今年は写真集、エッセイなど制作、写真展も京都、大阪、沖縄、フランス(パリ)、ブラジル大使館、福島県など決まっており、たくさんの方にお会いできることを楽しみにして、制作に励んでおります。映像の世界も。
これからも応援よろしくお願い致します!! 山崎エリナ
今年のお正月に神戸で撮影「大漁の旗のように!!日本中が元気でありますように!!」
阪神淡路大震災から13年目に風化させたくない思いから出版した書籍『千の風、神戸から』 今ある神戸を撮影し、私が住んでいた懐かしい町や商店街の人の笑顔が心を救ってくれました。神戸の方の手記なども掲載しております。
私は阪神淡路大震災の時に神戸にいて、家は全壊になりました。
震災の前夜、リビングで母と長話になり、うとうと・・・と、リビングで母と二人居眠りしてしまいました。
朝方、ゴ~~~と、音が激しく聞こえて来てドン!という音と共に大きな横揺れと縦揺れが私たちを襲った。
朝5時47分、体が宙に浮くぐらい飛ばされて、これ以上飛ばされないように母にしがみつき必死に抱き合いました。
大きなタンスが倒れ、大きなブラウン管テレビが飛んで、自分の部屋で寝ていたら、私は今ここにいなかっただろうという悲惨な状態でした。
命からがら逃げ出した・・・
『前を向いて生きていくしかない!命頂いたのだから悔いのない人生を生きなければ』と、カメラと少しの荷物を持って単身でフランスへ渡りました。
以前から腕に職を付けたい、表現者でありたい!という思いがあり、パリへ行くことを決心しました。
フランスでは写真家の人たちとの出会い、パリに着いてから毎日撮り続けた写真をフランスや世界で活躍している写真家や評論家の方に見て頂いたら、「エリナちゃんにしか撮れない写真がある。写真家になりなさい」と、助言を頂き、写真家として開眼する。
帰国後も私の尊敬する写真家の方々が写真展に足を運んでくださったことが私の力になり、この道でいく!!と、写真家として続けていくことに。
たくさんの出会いに人に助けられて生きていることを感じます。
ラジオではこれからどんな写真を撮っていきたいですか?という質問に「やはり、人を撮りたい」と、答えました。
35カ国以上を撮影の旅をしていく中で、いつも私の風景の中には人の気配があります。
なにより、その国で出会う人が私を助けてくれたり、笑顔をくれたり、そんな一期一会が震災でぽっかりと空いた寂しさや悲しい心を少しずつ埋めてくれたのです。
だからこそ、人を撮り続けたいと思いました。
「これから撮ってみたい人は?」という質問に→サザンオールスターズの桑田佳祐さんと俳優の竹野内豊さんと答えさせて頂きました。
昨年12月に神戸ワールド記念ホールでコンサートをされた桑田佳祐さん。
阪神淡路大震災より17年経っても神戸のことを忘れずにあたたかいエールを送ってくれたこと、本当にありがたくて、神戸の人たちへのあたたかいメッセージソング!テレビの前で泣きました。
悲しみは消えることはない、時間が解決してくれることでもない、だけど生きていかなきゃいけない、たくさんのたくさんの葛藤と戦いながら、乗り越えようとしながら、みんなみんな頑張っている。
風化させてはいけない。
本当に桑田佳祐さんに感謝です、大きな勇気を頂きました。「桑田佳祐さん、ありがとうございます」
そして、竹野内豊さん。映画『太平洋の奇跡』を観に行って、冒頭から涙が止まりませんでした。
画面からは映画の物語ではなく、あの日の現実が目の前で繰り広げられていて、竹野内豊さんも役に入っていたということではなく、魂で演じられているそれ以上、もう大場大尉自身になっていて感銘を受けました。竹野内豊さんにどこか似ている私の一度も会ったことのない祖父にどこか面影を重ねて、今まで閉じていた思いが溢れ出し、胸が熱くなりました。表現者として尊敬しております。「竹野内豊さん、魂が震えました」
表現者として、人として尊敬するお二人にお会いしたいです。・・・と、手に汗をかきながらお話しする私でした(^0^;)
今年は写真集、エッセイなど制作、写真展も京都、大阪、沖縄、フランス(パリ)、ブラジル大使館、福島県など決まっており、たくさんの方にお会いできることを楽しみにして、制作に励んでおります。映像の世界も。
これからも応援よろしくお願い致します!! 山崎エリナ
今年のお正月に神戸で撮影「大漁の旗のように!!日本中が元気でありますように!!」
阪神淡路大震災から13年目に風化させたくない思いから出版した書籍『千の風、神戸から』 今ある神戸を撮影し、私が住んでいた懐かしい町や商店街の人の笑顔が心を救ってくれました。神戸の方の手記なども掲載しております。最近の画像つき記事
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