2017-07-17 05:46:15

愛と性のコンプレックス(複合観念)

テーマ:MERA REAL

 

 私は19から23まで生理用品メーカーの営業マンでした 中小企業でしたが全国展開してました あるとき岐阜の大垣ってところで新しい得意先が主催する展示会があって うちの社も出店することになり主任の海野さんと私がそこでプレゼンしたんです 海野さんは張り切ってました この得意先は海野さんが新規獲得したものでしたから
 展示会が終わった後に主催者でもある得意先の社長さんがやってきて私たちに言いました
「ちょっといくべ 終わったんやし 繰りださにゃ」
 新規得意先の社長さんからのお誘いです 断ることなどあり得ません 親交を深めておくのは営業マンの務めです 海野さんと私と得意先の社長の3人でタクシーでどこかへ向かいました 海野さんも私も行き先は知りませんがキャバレーかピンサロだろうと思いました 得意先と飲みにいくのはよくあることでしたから ところが社長さんの指示でタクシーが停まったのは岐阜は金津園のトルコ街 今はソープランドと呼び方が変わっていますが当時はトルコ風呂と呼ばれてた で その時が私の初体験

 海野さんがそのことを社内の誰かに話したようです 社内中に広まってタカハシたちの耳にも入ったんですよね タカハシが私に言うんです
「トルコいってきたんやって どうやった?」
 、、、、、 、、、、、なんだ こんなものか と思った  いまいち面白くなかった そう言うとヒロスエが応えた
「そういう人もいるよ」

当時のぼくには分かりませんでした どう捉えればいいのか どう考えればいいのか な~んにも分からなかった



 30歳頃 1年ほど和歌山のぶらくり丁に店を持つ呉服屋に就職していた時期がありました 仕事は外回りですが店にいることもあります 店で事務をしていたのがひとみちゃんでした ひとみちゃんは可愛い服が好きで暇なときは隣の洋品店でフリルのついた服とかよく見てた 
 ひとみちゃんは成田美名子の「エイリアン通り」にハマっていて私も読んでみたんですが いまいちのめり込めなかった 私がハマっていたのは三原順の「はみだしっ子」 ひとみちゃんには字が多くて読みにくいって言われたかな 私も彼女も共通して好きだったのが魔夜峰央の「パタリロ」 バンコランやタマネギたちの話でよく盛り上がってました 洋品店のお姉さんはそんな私たちを見て言ってた
 「仲がいいのねえ」 

 休日の夜にブックローン以来付き合いの続いているオーハラさん夫妻を車で送っていたんだ ひとみちゃんちの近くにきたのでノックして声をかけた お茶でも飲ませてくれない? そしたら めちゃくちゃ怒られた
「あたしはそんな女じゃありません!」

 いつも仕事で遅くなった時などにはひとみちゃんを送ってたんだ でも女性の一人暮らしの家に上がり込むのはまずかろうと思う でもその時はオオハラさん達が一緒だった オオハラさんいい人だし嫁さんは楽しい人だったから 問題ないと思った が 見ているものが違ってた 

 その後ひとみちゃんの兄に会うことになり つきあうな のようなことを言われた 私から反論することは特になかった どう反論すればいいか分からなかった 


 時は戻り生理用品メーカーに勤めていた頃のこと 大阪の営業所から和歌山までフジコちゃんと列車で帰ることになった 列車で帰るなんてめったにない事だった 二人で列車の中で弁当を食べていたらお茶がこぼれた 私はバッグから商品サンプルを取り出してそれでテーブルを拭きだした とたんにフジコちゃんが小さく叫ぶ
「きゃ! やめて!」
 ? 一瞬分からなかった 数秒後に私の手にある生理用ナプキンのことだと理解した 

 生理用品メーカーに勤めている私にとって生理用ナプキンも単なる商品としてしか見ていなかった 一般に男性が手に取るものでないのは理屈では分かっているが私はそのメーカーの社員だ 当たり前にさわっている フジコちゃんだってそれは分かってる でも そこは会社でも得意先でもない 列車の中だ、、、、 周りの人から私は変態と思われたかもしれない

 見ているものが違ってた でもフジコちゃんとのエピソードは笑い話でもいいけれど ひとみちゃんとのことは悔やまれる 未熟だった 今も同じか、、、、  
 

 

 1988年の8月 大麻の過剰摂取をきっかけに初めての神秘体験をした カルカッタのホテルパラゴンでのこと その折にカルロス・カスタネダのことを耳にした そのすぐ後に日本人の大学生に出会った 彼女は大学でカスタネダの著作を題材にした講義を受けていた 帰りの飛行機も彼女と一緒だった いろいろ聞いた ドン・ファンの言葉にこんなのがあると言う 
『孤独な鳥は高く高く飛ぶ 孤独な鳥はどんな色にも染まらない それゆえ 孤独な鳥はすべてと一体になる』
 これだ! と思った 

 日本に戻ってからも彼女と手紙のやりとりをしていた 世界は連動し 世界が変わることで私たちも変わる 世界とあなたは連動している あなたが変わることで世界が変わるのです みたいなことが彼女の手紙に書いてあった 私の文筆力では再現できないのだが非常に読みやすくきれいな言葉が並んでいた そしてこんな言葉もあった
「私はあなたを見た時にこの人だ!と思ったのです」
 
 89年の2月頃 東京は下谷にいる彼女に会いに行った 駅で待ち合わせて橋の上を歩いて彼女の部屋に着いた 狭い場所にいろんなものがある ギンナンをフライパンで焼いたのが出された キャンパスにおちているんだと言う 眠りにつくまでずっと部屋で話していた 翌日何事もなく帰路についた 日々これ平穏 の つもりだった 

 その後彼女からえらく怒っているような手紙を貰った 内容に要領を得ないのだが(言葉はきれいだけれど何を言ってるのか分からなかった) こんな言葉があった
「あなたは本当の私を見ていません」

 その後も少しやり取りして 彼女が怒っているのはあの日彼女と添い寝していながら私が何もしなかったことに対してだろうかと思うに至った  

 その数か月後のこと 北海道のバイト先に向かう途中で私は弘前に立ち寄った 前年にインドで出会った女性がそこに部屋を借りていて私は2泊ほどさせてもらった その時に初めて風俗嬢以外との性交渉を経験した

 終わった後に彼女が言ってた 私が二人目なんだそうだ 少し前に勤め先の男性としたのが初めてだと言ってた 彼女は社会人1年生 私のことはインドで出会った時から目をつけていたという 彼女は女性用の避妊具を持っていた 子宮にかぶせるようだ 処女の時から性器の形に合わせて保健所でつくっていたのだと言う ススンデル と思った 私には考えも及ばない その彼女こんなことも言ってた
「やまちゃん 今度も私が誘わなければしなかったでしょ」

 今度もというのはインドで私たちが親しくしていながら性行為に誘うことが無かったのを意味していると思われる
 実のところ彼女に対して性の対象としての見方はしていなかった それは東京の彼女とも同じ あの夜 彼女は下谷の自分の部屋でジーパンにごついセーターを着て布団に入った 一方 弘前の彼女は私の目の前で着替えてブラにパンツだけ それ見ると ムラムラしてくる それ言うと 
「じゃ する?」

 で そうなった

 翌90年の5月にも弘前に一泊したのだがその際には彼女との価値観の違いが明らかになり 性行為もすることなくそれきりとなった 

 少し戻って90年の2月 私はバラナシにいた 毎日ガンガーのほとりで日本人を見れば話しかけていた けっこう面白い話も聞けた そこに見た目が私好みの女性が現れた さっそく話しかけると気が合いそうだった その後諸般の事情があり彼女と同じ部屋で泊まることになった 私は言った エッチする? 彼女はしばらくの沈黙の後 こう応えた
「、、、、、今ね そう聞かれて 嫌じゃないな と思った」

 その後プーリーで再会し幾日かを過ごしさらに日本に戻ってからも世田谷の彼女の部屋に2週間ほど泊まった 至福の時だった 幸せってこういうものかと思った バイト先の北海道に行く日は切なかった 京王線の電車の中で彼女が言う
「憶えておいてね わたしは忘れないよ」
「ぼくは 忘れるかもしれない」
「いいの わたしは忘れない」

 まるで映画のワンシーンみたいな気分だった

 彼女にもこの先仕事で北海道に来る予定があってその際に私を訪ねてくることになっていたのだが 実際に彼女と顔を合わせることはそれ以後なかった 東京と北海道に離れてからも手紙や電話で連絡はとっていたが 徐々に関係がおかしくなっていき会ってくれなくなったからだ なぜだか分からなかった 何が悪いのか どうすればいいのか分からなかった これは私の中で長く尾を引いた 99年にそれまで無しのつぶてだった彼女から返信がありそこにこんなことが書いてあった
「あなたは何らかの形でわたしとのことにケリをつけたいのでしょうが そんなことは出来るはずもないことです」

 そう 私はケリをつけたかったんだ でも彼女にはその意思が無さそうなのを知って やっと私の中でケリがついた


 上記3人は三者三様です 彼女たちについて描こうと思えば描けることはいくらもあるのですが すべて 割愛します 言い訳はしない 非難もしない 皆様でご自由にお考え下さい


 

 でも ひとみちゃんのことは心残りです 彼女が言ってた
「あたしはお兄ちゃんみたいな人と結婚したい」

 ひとみちゃんの家族はお兄ちゃんだけだったんです 詳しいことは知りませんがそのお兄ちゃんのことが好きなんだね お兄ちゃんは近々結婚する予定なんだけれどあたしも結婚するならお兄ちゃんみたいな人がいい ってことでした 
 当時のぼくは理屈は分からないけど いいな って思った 

今の私はそれをこそ求めているのだと知ってる 私にとってはそれがパリワラ ひとみちゃんと私では育った環境がかなり違うようだけれど共通のものを求めていたと思う 
 ひとみちゃん 今 どうしてるかな 
 

 

 90年前後の私には女性との絡みが多かったのです 10人近くいたかな エッチしたのは半分ぐらいですが私のモテ期だったんでしょうね 91年にパリワラに出会ってからは静かなものです 2000年前後にまたちょっとあって刑務所出てからもまたちょっと、、、まあ そんなこんなでいろいろありました 良くも悪くもいろいろありました 言ったら驚かれるだろうこともあります でも 言いません (#^.^#)

 まあ なんにしろ経験のおかげで昔は分からなかったことも 今はそれなりに分かるようになったかもしれません 

 人生いろいろ 男もいろいろ 女もいろいろ です それには愛と性をどのように捉えるかが大きく影響してるでしょう あなたはどのように捉えてるのかな?


 生意気なことを言わせてもらえば なんでもいいんですよ

 

 なんでもいいんです それぞれの価値観から 愛と性にもいろんな形があるだろうし なんでもご自由にどうぞ ということです だって それ とどのつまりは自己責任だもの ビートルズの最後の言葉が正鵠を得てると思います
 and in the end, The love you take is equal to the love you make 
 結局ね あなたが受ける愛はあなたが与えた愛と同じなんだよ 

 私はそれを始めは量的なところで捉えたんだ 多く愛した人は多く愛される 深く愛した人は深く愛される みたいなね でも今は 質的なところでも捉えられるな と理解してる どんな風に愛するかってこと 愛の中身

 あなたの愛ってどういうもの? あなたはそれを受け取るんだよ


 気をつけることがあるとすれば自身の望みを勘違いしないことかな 自分は何を求めてるんだ? 快楽か幸せか それとも永久か

 なんて問われても 分からないかもしれないですよね 昔のぼくがそうです でも 大丈夫 分からなくても間違わずにやってける秘訣がある 自分の心に正直にやってけばいい その際に世間的な価値観とのズレにコンプレックスを感じることがあるかもしれません その時どうするかですよ 世間の価値観に基づくか自分の心を信じるか 

 どのみち自己責任なんですから 心のままにするのが一番だと 私は思うな

 

 みんな 幸せになろうね

 

 

 

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コメント

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7 ■Re:Re:Re:はじめまして

>SALAさん
(*´▽`*)

6 ■Re:Re:はじめまして

>やまさん
改めまして、
この度は、本当にありがとうございました。

5 ■Re:はじめまして

>SALAさん
ありがとうございます 納得できる人生を (=゚ω゚)ノ

4 ■はじめまして

やまさん
はじめまして。
やまさんの貴重なご体験のお話をしていただき、
ありがとうございます。
私も内なる声に耳を傾け、
自分の本音と建前を見極め、
それを可能な限り近づけていきたい。
そのように感じております。
やまさん、この度は誠にありがとうございました。

3 ■Re:山さん

>ふにふにさん
同意で~す 幸せになりましょう( ´∀` )

2 ■山さん

はじめまして
男も女もというより人間は環境により価値観も違えば道も違いますね
色々な体験して変わっていきますよね。
幸せの形
各各違っても。
私は幸せになりたい
なるぞ~って思っています
人生一度きりなんですから

1 ■世間の価値観と自分の価値観

私の見知るインドの人達には自分の価値観と世間の価値観に大きなズレが無いように思います ヒンドウが強いからだろうと思います 比べると日本では価値観のズレが大きいように思われます もちろんそれぞれの環境と個性から千差万別でしょうけれどね 両者の価値観のズレが大きいとコンプレックスも複雑で厄介かもしれません 負けないようにね 

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