2013-05-31 11:04:57

自意識 その1

テーマ:ブログ
 人前に出るときは身だしなみに気をつける 同様に人に何かを語るときは自分の言動に気をつける その気の使い方は人により違いがあるにしろ それなりには気を使う それは自分を意識しているからこそ出来ることですよね あなたも私もそれぞれの自意識を持っている 今回はこの自意識をテーマにした話をします 

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 私には赤ちゃんの頃の記憶がありません 目は見えていただろうし耳も聞こえていただろうけれど何も憶えていません おそらく自分を認識できていなかったからだろうと思います 世界は見えていてもそこにいる自分に気づいていない 見るもの聞くものはそのまま流れてしまい自分の内に残らない その状態では個として自らの意思による振る舞いは出来ない つまり 自意識が芽生えていない

 自意識は自他の違いが分からないことには生まれないでしょう 他者を知覚することで始めて己を自覚する そうして初めて自分の目で世界を見始める 私たちが認識する世界はそこから始まったのだろうと思っています

 人は同じではありませんよね 能力や身体的特徴も違えば自意識の捉え方も違います 自意識はつまりはその人の心ですが それは周りにどういう人がいるのか等の環境により大きく影響されるでしょう

 児童虐待のニュースを時々見ますが その中に虐待を緩和するために死んだ振りをしていた幼児がいました  抱かれた手の中で泣いていたら急に落とされて驚いて泣き止んだ赤ちゃんもいました どちらも最悪の形で世界を認識しだしたことでしょう、、、、私には言葉がありません

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 私は物心ついてよりいつも自分を意識しています 我を忘れるということがほとんどありません 私は自意識の強いタイプだったようです そしてその自分の自意識を持て余しておりました 自分が自分に感じているそれをどう捉えればいいのか分からなかった 自分の自意識を自分で処理できない そのせいだろうと思うのですが私はものすごく劣等感が強かった

 それがインドと大麻で大きく変わることになりました それまで日本から出たことのなかった私にはインドがものすごく新鮮だった カルチャーショック(この言葉を聞かなくなりましたね)が面白かった 日本で思い込んでいた常識が壊れる そこに大麻の効果で私の視点が変わり発想が広がる

 その結果 自分の見つめなおしが始まっていました そうなると自意識の強いことが幸いします 自意識に触れたことならどんな小さな頃のことでもどんな些細なことでも自分の記憶に残っているからです <あの時どうして自分はこのように感じたのだ?> 自分を見つめなおすことは自分を捉えなおすということです それまで処理できなかった心の内にある諸々が整理されてゆき <だから私は今このようにあるのだ> と自分を了承できるようになりました それは劣等感の解消でもありました 

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「あんた 悩むってこと知らないだろ?」
97年ごろ 建築現場で仲のいい監督からそう言われて <う~ん そうかもしれないな> と妙に納得したのを覚えてます もちろん私だって何かしらの問題を抱えているし うまくいかなくて落ち込むことはありますが だからといって、、、、、なのですね 
 私は自他の区別にこだわります 他者のことは分からないですから 自分の分にこだわるのです 自分は何をしたいのか 何をしたくないのか 自分は何を望むのか なにを嫌うのか 自分に何ができそうか できないか 等々 自分の分にこだわって考えます そして自分の言動 自分の方向性を決めるのです すると迷いが入りにくくなります 迷いを感じないということは内面の葛藤がないということです

 自他の区別って大事なんですよ 日本は仏教国なので内実はともかく「悟り」とか「自分を知る」ということの重要さは周知されていますよね お釈迦さんの「悟り」がどのようなものなのかは知りませんが 私に言わせると「自分を知る」にはまず自他の区別を厳格にすることが肝要です
 
 自他の区別に気をつけると人生にもいい影響があるかも知れませんよ 例えば好きな異性に告白しようかどうかで悩むのはその相手の言動を考えすぎるからじゃないかな 他人の心は分からないのです その相手を知っていればある程度の推測は出来ても とどのつまりは分からない だって自分じゃないのですから その人にはその人の意思があるのですからね だから相手の言動を気にして思い煩うより 自分はどうしたいのかを考えた方が建設的だろうと思います 自分の心なら深くつきつめて考えることもできますからね その相手と恋人になりたいのか それは友だちとは違うのか 自分は相手に何を望んでいるんだ? 自分の相手に対する思いがどのようなものかを見極められれば 告白するかどうかで迷い 悩むなんてこともなくさっさと行動に移すと思いますよ

 世間でよく話題になるいじめ問題にも応用できると思います いじめる側はおそらく自意識が薄い(あるいは自意識の捉え方が非常に偏っているというべきかも知れません)ゆえに悩まずにいられるのでしょうね 自意識が強いと弱いものいじめをしている自分に耐えられないでしょう だから自意識の強い人間は弱いものいじめなどしない でも いじめられる側になることはあるわけで、、、、、
 そういう時にも自分は何を望む?自分はどうしたいのかと考えるのがいいと思います 間違っても<自分はどうしていじめられるんだろう?>なんて考えてはいけません それはあなたの領分ではないのですから これ分かります?

 繰り返します いじめられている側が <自分はどうしていじめられるんだろう?> なんてことをいくら考えても確かな答えは出ません それはあなたの領分ではないからです いじめというアクションを起こしている者 つまりいじめている側が <自分はどうして人をいじめるんだろう?> と自分の行為を考えるのは有意義なことだろうし答えを見つけることでその人は一つ上のステップにもいくでしょう しかし いじめというアクションを受けている側にとっては「なぜ」はあなたではなく相手側の意識の領分です それはあなたが考えて理解出来る問題ではないのです 自他の違いです 分かりますか

 自他の違いを分かったうえで人の心を推し量ること それ自体はもちろん悪いことではないのですが しかし いじめを受けているときにそんなことしても、、、、 さらに悪くすれば相手に阿ることが当たり前になったりするかもしれませんね それではつまらない人間にしかならないと思いますよ(なんか日本の外交姿勢を思い出してしまう) 他者にからみかけるときには礼儀が必要です いじめというからみ方をしてくるということはその礼儀を無視しているということです そんな相手に迎合する必要はないし してはいけない 相手のためにも迎合してはいけないと思いますよ 自分のことだけ考えればいいのです 自分はどうしたいのだ? 本当はどうしたいのだ? そのことだけを考えて 自分にできることをすればいいのです

 いじめられている者がその状況を変えたいと考えるなら逃げるか戦うかになるかと思います 戦うと言ってもいろんな戦い方がありますけどね どちらでもいいんですよ 自分の心に問いかけて 深く深く問いかけて心のままにしましょう 自分はどうしたいのだ? 自分にそれができるか? 心の奥深く問いかけることで 何を選ぶにしろ覚悟というものが出来てきます 覚悟があればそれを行動するのは何も難しくありません

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 橋下徹の慰安婦関連の発言が世間を騒がせましたね 沖縄の米兵に風俗の活用を勧めたのはちょっと問題だったかも知れませんが(表立って言ったのがまずかったかと私は思っています)、、、、
 しかし「慰安婦は必要だった」発言についてはそのどこに問題があるのか 私には分からない 叩いている人たちは人権問題だとか暴言だとか言うようだけど具体的になぜどうしてが語られていないようなので感情的になって叩いているようにしか見えません 感情的になってる人は何が正しいのかを論理的に考えることが出来ないでしょう そんな人たちを相手に話すのはしんどい 私ならさっさと逃げ出すところです しかし橋下氏の立場では逃げるわけにはいきませんよね

 私は今回の橋下発言にはほぼ納得する者なので 叩いている人たちの心は分かりません しかし それでもある程度なら推測することは出来ます 以下は橋下発言について私の理解が正しいという前提の上での推測です

 「慰安婦は必要だった」発言を叩く人たちの理由には二つ考えられます 一つは橋下氏が嫌いで蹴落とすことが目的である場合です 
 以前に週間朝日が橋下氏の出自に関する記事を書いて問題になったことがありましたね 私は興味がなくて記事もまともに読んでいないのですが父親が部落出身だとか在日朝鮮人であるとかですかね 週間朝日のその記事に関しては良識派が多勢で逆に週間朝日の側の方が叩かれ謝る羽目になりましたが 差別主義者はおさまらないでしょうねえ
 差別と言うのは合理的な理由がないから差別なので(合理的理由がある場合は差別ではなく区別と呼ぶべきでしょう)理を示されたからと言って差別主義者が簡単に改心するとは考えにくい おそらく今回の件では差別主義者たちはこれ幸いと橋下氏を叩く側に回っているでしょうね
 2ちゃんねるを見ているとつまらないことで橋下氏を中傷する書き込みがちょくちょくあります 見ていて辟易するのですがこれも自意識の薄い人たちの仕業なんでしょうねえ いじめのところでも言いましたが 自意識が強いと人を貶めようと中傷している自分に耐えられない 例え匿名で他者の目から隠れることは出来ても自分の目はごまかせません にも関わらず下種な中傷が出来るのは自意識が薄くて自分のしていることが分からないからだろうとしか思えないのです
 しかし彼らはどうして橋下氏を貶めようとするんだろうね 僻みとか妬みとか、、、、、自分をごまかすためってのもあるかな、、、どうなんだろね? 

 念のために申し上げておきますがここで私が差別主義者と言っているのは 政治思想の違いから橋下氏に反対している人たちのことではありません そういう人たちなら普段は反橋下でも発言内容に正当性を見れば橋下支持にまわるでしょう あくまでも橋下氏に対して合理的理由のない中傷をしている人たちのことなので誤解のないようにお願いします

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 「慰安婦は必要だった」発言を叩く人たちに考えられるもう一つの理由は性の捉え方の問題です 「従軍慰安婦」と限定すれば兵隊さんたちの性の問題として考えていかなければなりません 家族から離れて戦地に行く 人を殺しにいく 自分も殺されるかも知れない戦争状態での「従軍慰安婦」です 大変だと思いますが しかし

 しかし 橋下発言を叩いている人たちは「従軍慰安婦」どうこうよりも その発言が売春を肯定したかのように見えることに嫌悪感を感じて叩いている人が多そうです 女性を性欲の捌け口にしているだの女性蔑視だの人権問題だのと非難するのはそういうことでしょう でも その考え方 間違ってますよ 

 性欲があるのは男性だけではないでしょう 女性だってホストクラブ通いをしている人がけっこういるらしいし 性の捌け口を求めているのは男性だけじゃない なのに性の捌け口どうこうで女性蔑視の方向に考えるのはおかしいでしょう 男女同権で平等に考えましょう もちろん体力差など合理的理由がある場合は区別して考えなければなりませんが 売春に対して男性が加害者で女性が被害者なんて考え方は明らかに偏っている レイプや強制猥褻のように一方が望まない形での性行為は断固としてNOですが お互いが了承しての売春に女性蔑視だの人権問題だのの非難は筋が通らないでしょう

 女性蔑視とはいえなくても売春はいけないこと 売春を肯定しているかのような発言それ自体が問題なのだと考える人もいるでしょうが それもどうなんでしょうか ちょっとヒステリックになりすぎてるように私は感じます 日本では売春は一応は違法ですがヨーロッパでは合法の国があるでしょ(日本も昭和33年までは合法だった)ストリップ劇場と同じで場所柄とかに気をつければ売春は誰に迷惑をかける行為でもない 売春を違法にしているのは道徳が理由なのでしょうね でも道徳は時とか場所などで変わりますよ

 あなたが売春を不道徳なものと考えるのはかまいませんし その考えの下にあなたご自身が売春も買春もしないのはあなたの自由だし さらに売春が不道徳であるから止めましょうと人々を啓蒙なさるのもけっこうなことなのですが しかし 世の中にはあなたとは違う考え方の人もいるだろうことは頭に入れておくべきだと思います 
 道徳なんてね 時代によってあるいは国や宗教観などによって変わります 道徳は決して普遍じゃない 普遍じゃない道徳感で人を非難するとあなた自身の見識が疑われるかも知れませんよ

 ちょっと考えてほしいのですが、、、、
 売春をいけないものと考えるのはどうしてですか?
 そんなの当たり前じゃないか! 
 なんて言わないで考えてもらえるとうれしい なぜかと言えば自他の区別を見極めるには自らの性を考えるのが一番の近道だと考えるからです 何度もいいますが自他の区別って大事なんですよ

 自他の区別がしっかり分かっていないと 自分が本当は何を望んでいるのかが分からない 自分のことなのに分からない 分からないということすら分からない だから他者の価値観に身を寄せてしまう 自分が本当に望んでいるものが分からないから 俗世的な欲望に流されてしまう 自他の区別がついていないから人の意見を自分の意見のように思ってしまう 自他の区別がしっかりしていないと自分の意見が持てないし 何よりも自分の言葉が喋れない(これを書いていてコンシャスネストークという言葉を思い出した)

 自他の区別を露骨に意識するのが性差ですよね 思春期以降の男女間でならほぼ100パーセント自他の違いを意識するでしょう 性教育として絶対にこれだけは共通して教えなければいけないのは相手を尊重するということです あとは愛と性をどのように捉えるかをそれぞれに気づいてもらうことだと思います 大雑把に言えば人はみんな幸せになることを望んでいる ではどうすれば幸せになれるのかに気づいてもらうこと これはプライベートなところに入っていきます 価値観は人それぞれです 特に性については人に語るものではないでしょう それを自分たちだけで共有するからこそ2人の関係が密接になる そうじゃないですか 愛と性について自分はどのように捉えているのだろう? 考えましょう

 そして もう一度、、、、
売春はどうしていけないんだろう?

 人の言う道徳なんかいったんおいときましょう 建前じゃなく本音で考えましょう 人の価値観ではなく自分の価値観で考えましょう 私ね 私の価値観で見ると 確かに売春は不道徳かも知れないけど それをことさらに喚きたてる人たちに偽善を感じてしまうんです 売春は汚れ仕事だと思うし自分の身内にはやらせたくない でもそれを生業にしている娼婦というのはとても高貴な人たちだと思うのです おかしいかな?



よく言われることですが職業に貴賎はありません 貴賎があるのは個々の人です 差別主義者や娼婦を見下す人たちの品性が下種なんです

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