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2017-03-23 01:01:12

東京最後の異界 鶯谷

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東京最後の異界 鶯谷 (宝島SUGOI文庫)/宝島社
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 ヒェー、鶯谷か・・・・と、まずは本を手にして、軽くため息。
 著者は風俗ライターとしてはトップクラスの高名な人物であり、その人が「異界」鶯谷を描くのだから、まあ、相当
ディープでレベルの高い内容になるのは予想できたものの、どこかで、あんまり鶯谷、いじってほしくなくな、という
気持ちもあったのだ。
 なんていうか、私にとっては「故郷」のエリア内なのだな。

 一応、言っておくと、私が生まれたのが文京区根津。今、けっこうテレビでもよく取り上げられている「谷根千」の「根」
にあたるところ。だから鶯谷とは目と鼻の先。しかも、大学出てすぐに一人暮らししたのが上野桜木で、最寄り駅は鶯谷。
 要するに、地元民みたいなもんだな。ただ、一方で、そこで遊んだ経験もないから「風俗の拠点」としての鶯谷はまったく
知らない。
 丘の上の霊園や博物館の「聖」と、丘の下のラブホテル街の「性」が共存する街、というのは実感としてわかりつつも、
まあ、それはおおっぴらにしなくても別にいいじゃん、といった妙な「郷土意識」はある。

 なんなんだろう、こんな感触。
 自分でもよくわからないまま、つい、この本に乗せられて、久しぶりに鶯谷駅に降り立ってみた。国立博物館があまりに
駅に近かったのを思い出し、ちょっとビックリ。
 
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2017-03-17 10:51:17

自殺

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自殺/朝日出版社
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 著者は、別に親しいというわけではないが、会ったら挨拶するくらいの関係の人だ。白夜書房で『写真時代』を
はじめ、数多くのヒット雑誌を作り出した伝説的な編集者。
 その一方で、自分自身もライターとしても活躍し、かつ、なぜか実の母親がダイナマイト心中で亡くなったのでも
知られている。

 その母親の死という原体験をもとに、自然に「自殺」のオーソリティ―になってしまうまでの経緯は、とてもよくわ
かる。つまり普通の人がいだいている「あっち側」と「こっち側」の境界線が、あんまりなくなっちゃったって感じなの
かな。

 もともとブログだったのもあり、この本は、構成はカッチリと計算されているわけではない。前の奥さんと別れて
新しい奥さんと結婚するに至る著者自身の私生活についての記述から、「自殺」に深い関係を持つ人達へのイン
タビュー、元テロリストやホームレスなど、かつて出会った人たちの思い出等が放射線状にちりばめられている。
 自分の手を汚さず、都合の悪いモノや不安になるものを排除しようとする「世間サマ」の恐怖についてまで語ら
れている。言い換えれば、価値観の異質なものを排除しようとする多数派の見えない圧迫か。

 いわば、この著者は、エロ本作りなどをはじめとして、その「世間サマ」とはいつも闘ってきたのだろう。

 自殺についていえば、もちろん、この著者は、「自殺は悪いことだから、絶対にやめろ」とはいわない。ただ、
どちらかといえば、「辞めといた方がいんじゃないの」というスタンス。生きてりゃ、いやなこともあるがいいことも
いっぱいあるよ、とあとがきでも語っている。
 とはいえ、著者が、ごく常識的な「世間サマ」よりも、自殺に傾いていく「こわれ者」の方に、より強い共感を抱
いているのは、いやでもわかる。

 私も去年、試しに「ピンコロ死」のブログを始めてみたが、まったくヒット数が伸びないのと、ネタが切れたのとで
最近は更新してない。この本読んで、つくづく、「死」と向かい合う深さ、広がりがまったく違うのを感じた。
 私の「ピンコロ死」は、単に人から聞いたピンコロ・エピソードを羅列しているのに対して、これは、著者自身や
周囲も含めて、全体が生と死の間を行き来してるみたいな臨場感があるから。

 これくらいのクオリティがないと、本にしちゃいけないのかな。
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2017-03-10 01:09:02

21世紀 仏教への旅  朝鮮半島編

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21世紀 仏教への旅 朝鮮半島編/講談社
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 前の「インド編」に続いてこのシリーズを読み、だいぶ傾向が分かってきた。
 これ、「仏教」というより、「旅」の方の比重が重いのだ。この朝鮮半島編についていうなら、少年時代、
著者が暮らした朝鮮半島での思い出や、父親、母親についての思い出が、ときに仏教以上にたっぷり
登場して来たりする。

 全体を読んだ後でも、韓国の仏教事情よりも、かえって、教師としての出世を望んで、あえて半島に渡り、
校長までたどりついたものの、終戦ですべては瓦解。失意のまま日本に戻って死んだ著者の父親の姿の
方が印象的だったりする。

 でも、別にガッカリしたわけじゃない。こっちは、仏教の専門書を求めて読んでいるんじゃない。、ちょうど
『ブラタモリ』に出てくる地形の話程度に仏教が関わってくる旅行記で十分OKなのだ。
 飛鳥という土地は日本全国にあるが、その原点となったのが実は半島からの渡来人によって作り上げ
られた場所だったという話、韓国の仏教寺院の九割以上が曹渓宗という禅宗系の宗派に属する話など
それなりに、興味をそそられる話題もちりばめられている。

 「只管打坐」ならぬ、「只管人生」のくだりも、なかなか考えさせられた。道元の「只管打坐」が意味がなくても
目的がなくてもただ座禅をしろ、という教えだとすれば、「只管人生」は目的とか意味がなくても、ただ生きる。
死ぬまでは、ただ生きる。
 これ、案外、実践するのは難しそうだ。つい意味や目的、考えちゃうからな。
 
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2017-03-05 12:55:07

21世紀 仏教への旅 インド編

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21世紀 仏教への旅 インド編・上/講談社
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 この著者の、仏教関連本や生死に関する本は、どこかカッコつけてる感じがして、どうも肌に合わないのだが、この本はそんなに嫌味には思わない。
それはどちらかというと紀行文の方に比重があって、あまり自分の考えとかを前に押し出してこないからだろう。つまり旅行記なんですね。

 ほぼ10年前、インドの、シャカゆかりの地を回ってきた話。途中、ガタガタの悪路を車で行って、体もガタガタになった、とかそういう記述があちこちにあって、これがなぜかホッとさせられる。
 私も、今から30年以上前、一度だけインド行ってるので、その雰囲気もある程度わかるし。IT大国として発展している部分の報道が日本でも多いが、
農村など根っこのところはそんなに変わってないのだろう。そのあたり、農村巻き込んで変わりまくっている中国とは、どうも体質的にもだいぶ違う気がする。
 「聖人」として崇められているガンジーが、ガチガチのカースト維持派だったのも興味深い。ガンジーが悪いっていうより、インドの中に、そういう体質は残り続けているのだ。

 後半、差別されている階級の人たちを中心に、新たにインドに仏教徒が増えている話、その中核になって活動している日本人仏教僧・佐々井秀嶺師に会った話などが出てくる。潜在的な仏教徒はインドに1億人以上いる、なんてあたりは、ちょっとオーバーじゃないの、とも思ったが、ま、インドのヒンズー教徒にとっては、ヒンズーと仏教の境があいまいみたい、と考えれば少し納得。

 著者が推測するシャカは、「求道者」よりも「伝道者」であり、徹底した理性を持ちつつ、複雑でアイマイ。その部分が魅力的、といったあたりのまとめも、
ほんの少しはわかる気がする。
 万物は変化する。だから、今の偏った科学万能社会も、そう長く続くことはない。だぶんそれが仏教のスタンス。
 
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2017-02-28 12:44:09

アメリカ先住民の宗教

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アメリカ先住民の宗教 (シリーズ世界の宗教)/青土社
¥価格不明
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 以前、『今日は死ぬのにもってこいの日』を読んでいたりしたのもあって、アメリカ先住民、いわゆる「インディアン」と呼ばれる人たちの死生観や自然観には興味はあった。動植物を含めた自然のすべてには精霊が宿っていて、地上のすべての存在はほぼ対等。人間は多くの点で、地上の生き物の中で最も弱く、最も能力の乏しい存在で、命を保つために大地の恵み深さに依存している・・・・。
 だからこそ、食料として肉や穀物を提供してくれる動物や植物にも、また命をもたらしてくれる太陽や大地にも、日々、感謝の祈りを捧げる。自然と一体となっているから、生も死も、あるがままに受け入れていく。

 何ともうらやましいような生き方ではないか。
 インディアンにも数多くの部族がいるが、この根底にあるものはある程度共通しているという。

 さて、本の後半に、その宗教を徹底的に破壊して、自分たちの価値観を押し付けようとした外部勢力が登場する。いうまでもない、ヨーロッパからやってきた「キリスト教徒」たちだ。ピルグリム・ファーザーズなんてのは、祖国・イギリスで宗教弾圧を受けてアメリカに移住してきたくせに、そのアメリカで、先住民の手助けで生き残れたにもかかわらず、定着後は自分たちが「宗教弾圧」を始めてしまったという。
 先住民なんて野蛮人であり、彼らの宗教なんて「迷信」。正しい宗教である「キリスト教」に改宗させなくてはいけない、と。

 そうやって、万物に精霊が宿るとする先住民の宗教を根絶やしにして、人間優越主義のキリスト教にすべてを変えようとしたわけだ。

 それが20世紀半ば以後、キリスト教側も、ようやく先住民の宗教の価値をそこそこは認め、先住民たちもキリスト教徒ではありつつ、昔の宗教も守る、といった立場に立てるようにはなってきたらしい。やれやれだ。

 まあ、私たちにしても、先住民の宗教の方にシンパシ―を感じつつも、欧米の物質文明が生み出した今の便利な生活を捨てきれないわけで、自然環境を次々と破壊しながら行けるところまで行くしかない。かつての公害にしても、原発にしても、先住民の宗教からは決して生まれ得ない代物だ。

 ただ、核戦争か、彗星の地球衝突か、凄まじい異常気象か、何かわからないが、とんでもないことが起きて人類のほとんどが死に絶えた、なんて事態がおきた時に、生き残るのはキリスト教ではなくて、先住民の宗教の方の気はする。
 
 
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