2009-12-24 17:04:43

ささやかなクリスマス・プレゼントです

テーマ:太宰治の女たち
 メリイ・クリスマス!

 みんな、大人になると「クリスマスどころじゃないよ!」ってのが本音だと思うが、ま、今夜はイヴだからさ。
 たまにはケーキでも食べようよ──ってことで、ケーキを買ってきました。

   ↓


イージー・ゴーイング 山川健一-ケーキ



 あ、コラ、島のネズミ!
 つまみ喰いするな!


   ↓




イージー・ゴーイング 山川健一-のぞ子






 ま、のぞ子にはのぞ子の言い分があると思うが、編集部では「ケンカするほど仲がいい」と言われてます。

  ↓

 のんトラベル  by のぞ子
 http://ameblo.jp/aceofwands/




 ところで、クリスマスというと太宰治の傑作、『ヴィヨンの妻』を思い出す。あの作品は、クリスマス・イヴが舞台なんだよね。

 今夜は、ぼくの『太宰治の女たち』より、『ヴィヨンの妻』を紹介した箇所をお届けします。ぼくから皆さんへの、ささやかなクリスマス・プレゼントです。






第三章  聖母マリアのような「椿屋のさっちゃん」への深い愛
   ──『ヴィヨンの妻』─


(『太宰治の女たち』 より抜粋)


 ところで、この小説のタイトルはなぜ『ヴィヨンの妻』なのか。
 この妻は翌日、どこへ行こうというあてもなく、駅のほうに歩いて行って、駅の前の露店で飴《あめ》を買い、ふと思いついて吉祥寺までの切符を買って電車に乗る。吊皮にぶらさがって何気なく電車のポスターを見ると、雑誌の広告に夫の名が出ている。夫はその雑誌に「フランソワ・ヴィヨン」という題の長い論文を発表しているのだった。
 妻はそのフランソワ・ヴィヨンという題と夫の名前を見つめているうちに、なぜだかわからないのだが、とてもつらい涙がわいて出て、ポスターが霞んで見えなくなる──。
 この件を読むと、ぼくは毎回、「なんとかしてやれよ、大谷!」と思うのだ。まあ、そういうわけで『ヴィヨンの妻』なのだ。
 フランソワ・ヴィヨンは十五世紀のフランスの詩人だが、売春婦やならず者の中で暮らし、乱闘騒ぎの時に司祭を殺してしまい、パリから逃亡して窃盗団に加わるが逮捕されて投獄された──そういう人物である。
 彼女は吉祥寺の井の頭公園へ行き、こわれかかったベンチに坊やと二人ならんで腰をかける。坊やに家から持って来たおいもをに食べさせる。
 そして、導かれるように、中野のその飲み屋に出かけるのである。そこのおかみさんがいて、思わずこんな嘘をつく。
「あの、おばさん、お金は私が綺麗におかえし出来そうですの。今晩か、でなければ、あした、とにかく、はっきり見込みがついたのですから、もうご心配なさらないで」
 自分はお金を返すまでの人質として店にいると言い、エプロンを貸してもらい働き始める。客が増えて来ると、女給の真似事もする。
「や、美人を雇いやがった。こいつあ、凄い」と客も喜ぶのである。
 時はあたかも、クリスマス・イヴの夜なのだった。
 九時すこし過ぎくらいに、クリスマス用の紙の三角帽をかぶり、ルパンのように顔の上半分を覆いかくす黒の仮面をつけた男と、それから三十四、五の綺麗な奥さんと二人連れの客が入って来る。彼女には、その男が誰だか、すぐにわかった。どろぼうの夫なのだった。
 その夜、夫は飲み屋の亭主に返したのである。

   ※

 太宰治が女たちとの関係の中で舐めた辛酸は、筆舌に尽くしがたい。
 だが太宰はそれでも、水底に横たわり水面のきらめきを観察するように、女というものの美質を発見しようと努めた。
 それはとりもなおさず、人間というものを愛することと同義であった。
 そして驚くべきことに、太宰治という作家は、それをちゃんと実現してみせたように思える。
 たとえば、あまりにも有名な『ヴィヨンの妻』の結末の描写においてである。

<夫は、黙ってまた新聞に眼をそそぎ、
「やあ、また僕の悪口を書いている。エピキュリアンのにせ貴族だってさ。こいつは、当っていない。神におびえるエピキュリアン、とでも言ったらよいのに。さっちゃん、ごらん、ここに僕のことを、人非人なんて書いていますよ。違うよねえ。僕は今だから言うけれども、去年の暮にね、ここから五千円持って出たのは、さっちゃんと坊やに、あのお金で久し振りのいいお正月をさせたかったからです。人非人でないから、あんな事も仕出かすのです」
 私は格別うれしくもなく、
「人非人でもいいじゃないの。私たちは、生きていさえすればいいのよ」
 と言いました。>(『ヴィヨンの妻』)

 人間は弱い存在だ。どんなに強がってはいても、ふとしたことで自殺に追い込まれたり、精神のバランスを崩してしまったりする。知性を獲得したいと強く願った人間は、みんなそうだ。だがあきらめずに、愛しつづければ、誰もが太宰治のような優しい眼差しを手に入れることができるのではないだろうか。
 人間失格?
 とんでもない。「太宰治」の名前で呼ばれるものは、この地上で人類が獲得し得たもっとも美しい魂のひとつなのである。
 少しでも近づきたいものだと、ぼくは痛切に願う。



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2009-12-08 17:01:52

男が愛の嫉妬に苦しむ時──「第二章 作家の理想だった「煙草屋の娘」が他の男に汚された時」より

テーマ:太宰治の女たち


第二章 作家の理想だった「煙草屋の娘」が他の男に汚された時
   ──『人間失格』『秋風記』──
(『太宰治の女たち』 より抜粋)


<いつも自分から視線をはずしておろおろしているヨシ子を見ると、こいつは全く警戒を知らぬ女だったから、あの商人といちどだけでは無かったのではなかろうか、また、堀木は? いや、或いは自分の知らない人とも? と疑惑は疑惑を生み、さりとて思い切ってそれを問い正す勇気も無く、れいの不安と恐怖にのたうち廻る思いで、ただ焼酎を飲んで酔っては、わずかに卑屈な誘導訊問《じんもん》みたいなものをおっかなびっくり試み、内心おろかしく一喜一憂し、うわべは、やたらにお道化て、そうして、それから、ヨシ子にいまわしい地獄の愛撫を加え、泥のように眠りこけるのでした。>(『人間失格』)

 ぞっとするようなリアリティである!
 ここで、汚された妻に地獄の愛撫を加えている主人公の頭の中にあるのは、「俺だってこいつを犯した商人と同じ男なのだ」という思いではないだろうか? 
 男なんてみんな同じで、女を犯す存在なのだ。
 女だってみんな同じで、男をたぶらかす存在でしかないのだ。
 無垢なもの、純粋なもの、純真なもの、イノセントなもの。そんなものはどこにも存在しはしないのだ。
 だったら「二匹の動物」のように愛欲を貪る地獄に堕ちるか、それが嫌なら自殺するしかないではないか。

 このケースは特殊すぎると、あなたは思うだろうか?
 だったら、もう少し身近な話に翻訳してみようか。
 あなたの妻か恋人に、新しい恋人なり愛人ができてしまった。しかし──ここがポイントなのだが──あなたは彼女を深く愛しているので別れることができない。つまり、彼女を失わないですむたったひとつの方法は、あなたが我慢することなのだ。
「なに、男ができた? ふざけるな! 俺は怒った、では失敬」──というほど、愛というものはシンプルではないのだ。
 さて、彼女がその相手の男と泊まりがけの旅行に出かけ、あなたは自分の部屋にとりのこされている。夜が近づき、「二匹の動物」のような愛欲の場面が脳裏をかすめるが、電話することもできない。
 やがて彼女が旅行から帰ってきて、おろおろし、びくびくし、やたらにあなたに敬語を遣う。あるいは陽気さを演じてあっけらかんとしている(演じるのではなく本気であっけらかんとしている女がいたら、その場で棄ててやってください)
 さて、あなたはどうする? 「いまわしい地獄の愛撫を加え、泥のように眠りこける」しかないのではないだろうか?



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2009-12-03 23:16:48

今夜は「第一章 最初の「鉄子」田部あつみだけが死んで一人のこされる」より

テーマ:太宰治の女たち



第一章 最初の「鉄子」田部あつみだけが死んで一人のこされる

   ──『鐵面皮』『虚構の春』『葉』──
(『太宰治の女たち』 より抜粋)


 そう言えば太宰治について書いているこの頃、酒の席での話に限られるが、女の人に冗談でこんなことを言ってみたりする。
「わかったよ、じゃあもうしょうがない、俺と心中しよう」
 キャハハハッ、とみんな笑っている。
 しかしそのうちに、思い詰めたような表情でこんなふうに言われたらどうしよう。
「いいの? じゃあ、私がつれていってあげる」
 マ、マズイかも。
 もうこういう悪質な冗談を言うのはやめておこう。
 いっしょに死ぬ。男女はその過程で、セックスの快感やヘロインによるトリップよりも甘美なものを、体験するのかもしれない。
 この時に太宰治は、心中の甘美な秘密を知ってしまったのではないだろうか。そして、自分がこれから書く小説はすべて遺書なのだと決める。
 この事件が太宰治に与えた影響は計り知れないだろう。
 太宰がもらった手紙で構成されているという体裁の『虚構の春』には、こんな手紙がありぞっとさせられる。

<罰です。女ひとりを殺してまで作家になりたかったの? もがきあがいて、作家たる栄光得て、ざまを見ろ、麻薬(まやく)中毒者という一匹の虫。よもやこうなるとは思わなかったろうね。地獄の女性より。>(『虚構の春』)

 うわーっ、ぼくまでうなされそう──。
 しかしそれを小説に書いたということは、太宰治は開き直ったのではないだろうか。野望に燃えた女も強いが、開き直った男というのもまたあなどれないのだ──と最近ぼくは思う。
 男たちよ、開き直れ! 
 女どもに遠慮なんかするな! 
 一回きりの人生じゃないか!



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太宰治の女たち (幻冬舎新書 や 6-1)/山川 健一
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2009-12-02 00:03:54

女友達の一人が

テーマ:太宰治の女たち
 ある本屋さんに、もうずいぶん前から知ってる女友達がいるんだよね。
 彼女がこんなメールと写真を送ってくれました。


昨日の、うちの店の新刊書コーナーど真ん中の写真をお送り致します。
頑張って売りまーす!!
新書担当は去年入った女の子なのですが、偶然にも私と同郷なもので妹のように可愛がっています。健さんの本をしっかり売るように言い聞かせておきますのでご安心を(笑)
あ、勿論私も買いました。
楽しみに読ませて頂きますね。

今から出勤、行ってきます。



イージー・ゴーイング 山川健一-書店


 S子ちゃん、どうもありがとう。
 よろしく頼むね! 

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2009-11-30 02:42:48

本屋さん

テーマ:太宰治の女たち

イージー・ゴーイング 山川健一-本屋
 

 街の本屋さんに行ってきたよ。
 ちゃんと並んでた。
 1冊買おうかと思ったんだが、自分で自分の本を買うのがバレるとカッコ悪いんで、やめておいた。

 この間、渋谷の本屋さんでそういうことがあったんだよね。
 なにげなく自分の本を買おうと思ったら、

「山川さん、ちゃんと平台のいい場所に並べておきましたよ。ご覧になりますか?」って言われた。

 あれは恥ずかしいからさ!

「ありがとうございます。あ、すみませんが領収書ください」って、意味もなく領収書もらったりして。
 しかしさ、本屋さんに行くと、こんなにたくさんの本の中から、この小さな本を選んで買ってもらえるのかなぁって、不安になるよね。何冊出しても、この気分は変わらないよ。



のらさん、渓人さん、蠍座アストロノーツさん、祥子さん、ビリー君、lennon さん、だいけんさん、みんなどうもありがとう!

 渓人さん、mixiで紹介してくれて、感謝します。
 セブンアンドワイで注文すれば、セブンイレブンで受け取れば送料が無料なのがいいよね。
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2009-11-29 14:06:17

「プロローグ/女たらしのリレー」より(『太宰治の女たち』)

テーマ:太宰治の女たち
 「太宰治の女たち」が、とうとう発売になったよ!
 お陰さまで、すべり出しは好調のようです。ホッ。
 今日から不定期に、本書の一部を紹介していきます。
 前にも書いたけどさ、「こんな本が出ました!」というのを知らせるのは、もはやブログしかないんだよね。

 お読みになった方、ご自身のブログに感想をアップしてくださると、とてもありがたいです。
 このブログでこれから紹介していく箇所に限り、あなたのブログでもご自由に引用して下さってOKです。

 ブログで話題になるとなんとかこの本が黒字になり、ぼくが次の本を書ける──という具合にポジティヴな連鎖がつづいていくというわけです!

 みんな、よろしく頼むよ!
 伏して、お願いいたします。

 


プロローグ
女たらしのリレー

   より抜粋

 今なら太宰はさしずめ、毎日テレビのワイドショーを賑やかすトリックスターになっていただろう。スキャンダルが相次ぎ、マスコミが何台ものカメラで追い回し、その突きつけたマイクにこのハンサムなスターは刺激的なコメントを発する。

──太宰さん、どこに隠れていたんですか?
「あちこち、あちこち」
──家族に悪いとは思わないんですか。
「家庭の幸福は諸悪のもとだからね」
──でも、三人もお子さんがいるんでしょう。
「父はどこかで、義のために遊んでいるのさ。地獄の思いで遊んでいる。いのちを賭けて遊んでいる」
──あなたがしたこと、小さなお子さんはわかっていると思いますか。
「恥の多い人生を送ってきたものだよ」
──テレビを見ている人に、謝罪のコメントとかは?
「人非人でもいいじゃないか。俺たちは、生きていさえすればいいのさ」
──あ、太宰さん、太宰さん、ちょっと待ってください!
「俺は嘘なんかついたことはないんだよ。命があったらまた会おう。みんな、元気を出せって。絶望するな。では、失敬」

 ロックスターも真っ青なカッコ良さではないか。それが、太宰治という作家の本質だったのだとぼくは思っている。
 渋谷では今夜もドラッグが売買され、あちこちで恋愛とセックスに絡む痴話喧嘩や暴力沙汰が起こり、多くの日本人が貧乏になった。
 そんな今を、どう生きればいいのか?
 女という不可解なものを、あるいは女の人にとっては時に暴力的で恐ろしい男というものを、どう愛すればいいのか? 太宰治の小説は、そんな疑問への痛切な解答の宝庫なのだ。それを知ること。今ぼくらが太宰を読む意味はそこにある。
 日本文学と呼ばれる多くの小説が、昆虫の標本のようにピンで留められ観察されるばかりになってしまった今、太宰治は今も血を流しながら毒舌を吐き陽気に笑い飛ばし、ぼくらの胸の奥底にその言葉がストンッと飛び込んでくる。





太宰治の女たち (幻冬舎新書 や 6-1)/山川 健一
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2009-11-26 18:06:16

「太宰治の女たち」の見本ができたよ!

テーマ:太宰治の女たち

イージー・ゴーイング 山川健一-本人



イージー・ゴーイング 山川健一-本



「太宰治の女たち」、発売を3日後にひかえて、たった今見本が届きました!
うれしいです。

内輪でお祝いのビール飲みに行こう。
おーい、誰と誰が行けるんだ?


担当の茅原秀行が考えてくれた帯のコピーです。

   ↓




太宰治の女たち

山川健一

落伍者のフリした、
人間関係の天才。 
男女の疑問は
太宰に聞け!

生身の女に全身でぶつかり、太宰治は三十九歳で死んだ。 
幻冬舎新書 新刊  定価(本体800円+税)



太宰治の、文学上の共犯者となった「五人の女たち」
最初の心中相手で、一人絶命した「田部あつみ」
最初の妻で不貞をはたらき離縁された「小山初代」
“椿屋のさっちゃん”のモデルで、二番目の妻「津島美知子」
『斜陽』のために自分の日記を提供した「太田静子」
玉川上水で太宰との心中を遂げた「山崎富栄」



二十一歳の太宰治が心中を試みた時、相手の女・田部あつみは、死の直前で 他の男の名前を叫んだ。それに気づいた彼は、二人を固く結んでいた手首の 紐を断ち切って、一人生き残る。太宰治の小説はすべて、女の嘘から始まっ たのであり、常に生身の女を描いたものだった──。太宰治の作品と人生、 そして、そこに介在し小説モデルにもなった五人の女たちを紹介しなが ら、男女の機微をも読み解く画期的な一冊!!
太宰治の女たち/山川 健一

イージー・ゴーイング 山川健一-新書

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 みんな、よろしくね!

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2009-11-23 16:10:17

どうにか、なる。

テーマ:太宰治の女たち
 今日はいい天気だね。
 ちょっと寒いが、煙草を吸いながら原稿を書いてるので、窓を開けてる。
 気持ちがいいよ。

 さて、「太宰治の女たち」の発売日が近くなったので、テーマに「太宰治の女たち」を追加しました。左のサイドバーにある"Theme"で選ぶと、関連記事を並べて読めます。

 ついでに、「神をさがす旅──島へ!」というテーマも追加した。
 これはむしろ自分用で、「神をさがす旅」を書いてるんで、関連記事を並べて創作ノートがわりに読み返すためです。

 ブログって便利だよなぁ。
 創作ノートを公開する作家ってどうよ、という気もするが。


 「太宰治」と「島旅」を並べてみると、この半年の自分の精神の軌跡がよくわかるね。


 壊れてしまった自分
   ↓
 島で「神」を感じることで回復へ


 大まかに言えばそういうことなんだろうと思う。
 そしてこうした精神の旅は、きっとぼくだけではなく、このブログを読んでくれてる人の多くにも共通しているのではないかという気がします。
 どう、あなたは、そんなことはないかね? 壊れてしまいそうだ、と感じることがたまにはありませんか? 

 太宰治については、朝方ベッドに入ったばかりの時とかにさ「あれも書きたかったなぁ」という気持ちが募る。新書なんで、あんまり枚数増えても困るから仕方なかったんだが。

 たとえば、太宰治の最初の短編、「葉」の冒頭部分はこんなふうに印象的な文章ではじまる。

 死のうと思っていた。ことしの正月、よそから着物を一反もらった。お年玉としてである。着物の布地は麻であった。鼠色のこまかい縞目が織りこめられていた。これは夏に着る着物であろう。夏まで生きていようと思った。(「葉」)

 正月から夏まで、わずか半年だ。
 しかし、その半年を乗り切ることが信じられないほど困難だ、ということが人生にはあるんだよね。太宰のこの文章には、そういう圧倒的なリアリティがある。
 これは本でも紹介したんだが、最後の数行が素晴らしいんだよ。
 これは、書けなかった。書きたかったが、もう間に合わないので、ここで紹介するね。


 よい仕事をしたあとで
 一杯のお茶をすする
 お茶のあぶくに
 きれいな私の顔が
 いくつもいくつも
 うつっているのさ

 どうにか、なる。
                                       (「葉」)


 太宰治は、ほんとうに素晴らしい作家だとぼくは思います。「どうにか、なる。」、こんな文章を、生涯最初の短編で書けるとはね!

 さて。
 ぼくは一杯のお茶ではなく、これからコーヒーをいれます。
 きれいなぼくの顔が、うつってくれるかな?

  どうにか、なってほしい──。
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2009-11-05 22:15:24

月夜の帰り道と「太宰治の女たち」の再校

テーマ:太宰治の女たち

イージー・ゴーイング 山川健一-ゲラ


 帰り道、雲の向こうにぼんやりした月が見えた。
 春ならおぼろ月というのだろうが、この季節のああいう月は何と呼べばいいのだろうか? 日本語はむずかしいね。

 ぼくは小脇に「太宰治の女たち」の再校を抱えていた。
 今日あがったばかりなのだ。

 アメーバブックス新社で、小説やエッセイやブログ本や、何冊もの本の最終ゲラを読み、赤入れするのがぼくの仕事のひとつだ。
 矛盾があれば訂正しなければならないし、語句の統一などもしなければならない。同じ語尾が3回つづいていたりしたら、そこも直す。改行も──ブログ本はそうも言ってられないが──ちゃんと意識しているつもりだ。
 正直言って疲れるし「ちゃんと考えて書けよな」と舌打ちしながら赤入れすることも、ないわけではない。

 あ、ここを読んでるうちの著者のあなた、もちろんあなたのことではありません!

 だがこれから3日ほどの時間をかけて読むのは、自分の本のゲラなので、気分がちがう。ウィスキーをちょっとずつ飲むように、少しずつ直していくつもりだ。本を作っていく作業は、原稿を書く時には可能な限り大胆になるように心がけ、第一稿が出来上がってからは細心の注意を払いながら推敲していく。

 そんな作業が終わりに近づくと──淋しいものなんだよね。
 
 この本を新書で出版してもらうことを決めたのは、定価が安いからだ。こんな不況の時代だし、若い人に読んでほしかったので、新書にしたのだ。

 本というのは原稿を書き上げてから、カバー回りをデザインしてくれる装丁家の方がデザインをしてくれる。
 ただ新書の場合は、フォーマットが決まっている。

 それとは別に、DTP担当の方が本文の組み方を決めてゲラを作ってくれる。
 作家はゲラを受け取り、赤入れをするわけだ。原稿は完成しているわけだから、校正者の方が赤ペンで入れた疑問に答える作業が多くなる。

 この新書の場合は「初校の校正者は太宰フリークで、その道のプロだそうです」と、編集者からの手紙にあった。
 さすがに、的確な指摘ばかりだった。

 今日、再校が届き、9日の午前中までに最後の赤入れをやらなければならない。
 週末にかけての時間の割り振りをどうするか、これからコーヒーを飲みながら、考えてみるつもりです。

 窓の外の月は、まだぼんやりと雲の向こうだよ。

 

 

 
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2009-11-03 18:30:33

太宰治の女たち

テーマ:太宰治の女たち

 太宰治について書いた新書のタイトルは、『太宰治の女たち』に決めた。
 それは、ぼく自身を含め多くの作家達に小説を書かせるのが、まぎれもなく「女たち」であり、彼女達のほうを主人公にした本にしたいと思ったからだ。


イージー・ゴーイング 山川健一
小山初代


イージー・ゴーイング 山川健一-津島美知子
津島美知子




イージー・ゴーイング 山川健一-山崎富栄
山崎富栄

 太宰を愛した若い女たちは、自分に恋敵があるのではないかと疑っていたろうが、もしもそんな存在があるとすれば、それは「文学君」という存在だった。

 小説やエッセイを書き、それを単行本として出版する──そんな行為とそれを実現するための環境の、女たちは正反対にいた。太宰はすべてを棄てて逃げ出し、女たちのもとへ飛び込みたかったのだ。

 いやいや、本当はそうではない。言葉を紡ぎ出しそれがひとつの像を形づくろうとする瞬間、太宰は自分の才能のなさにあきれ、打ちのめされ、逃げ出すしかなかったのだ。

 女たちはそんな彼の苦しみを知りようがないから、いつも限りなく優しかったろう。太宰はそんな女たちを愛し、恋文を書くようにまた小説を書く。だがもしもそれをちゃんと書けたら、太宰は「文学君」という別の女の、甘美だが悪徳のエッセンスもある世界にもう一度ひざまづいてしまうかもしれないのだ。

 そういうことの繰り返しが、文学というものだ。
 太宰治だけではない。すべての作家が、そういうパラドックスを生きていくのだ。それが作家の人生というものだ。


イージー・ゴーイング 山川健一-太田静子
太田静子・治子

 ぼくも逃げ出したかった、でもなんとか書き終えることができた。
 『太宰治の女たち』が出版されるまで、あと一ヶ月を切った──。


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