2016-09-08 01:27:34

「越水利江子さん出版百冊記念祝賀会」での祝辞

テーマ:イージー・ゴーイング

9月3日に京都の新都ホテルで、「越水利江子さん出版百冊記念祝賀会」が華やかに開催されました。ぼくもスピーチをしたのですが、その大意です。

 

この度はおめでとうございます。
越水利江子さんには、ぼくが学科長をつとめる東北芸術工科大学文芸学科の客員教授に就任していただき、数年の間、集中講義をお願いしていました。知り合ったきっかけは、2011年の震災と原発事故を巡り、ぼくが反原発ツイートをしていたのを越水さんが読んで下さったことでした。ごく自然に、昔で言う文通のようなことが始まりました。越水さんは母親らしいスタンスで長く原発に抗議されつづけており、頭が下がりました。

 

さっそく数冊の本をアマゾンで購入したのですが、最初に読んだ『風のラヴソング』は、はっきり言って泣きました。

 

 

 

 

京都まで、教員仲間(石川忠司)、バンドのギター(石澤ヨージ)、それから娘といっしょに越水さんに会いに来て、芸工大文芸学科の教員を引き受けてもらえないかお願いしたのですが、越水さんは「自分の作品にとって京都という土地は肉体である」ということで、無理だということでした。それでもあきらめきれなかったぼくらは、夏と冬の集中講義を客員教授という形でお引き受けいただきたいとお願いしたのです。夜、京都の街で飲んで、翌日このホテルの1階のカフェでまたお会いしたのですが、午前中だったのに越水さんはまたビールを飲んでました(笑)。

 

今は残念ながら退任されたのですが、ぼくの研究室には今も「越水利江子文庫」があり、学生達が自由に借りて読んでいいことになっています。4年生に勧められて『風のラヴソング』を読んだ1年生の、そのまだ19歳の女子学生がそれを返しに来ました。見たら目にうっすらと涙を浮かべ「子供を対象にした児童文学でもこんなに深いことが書けるんだなと驚きました。一生かかっても、私もこういう小説が書きたいです」と言うのです。文芸学科160数名に、今も越水利江子のDNAはリレーされていると言うべきでしょう。

 

学生だけではありません。教員であるぼくも多くのことを越水さんから学びました。いちばん大きなことは、丁寧に書き、丁寧に生きなければならないのだということです。ぼくと越水さんは同じ年代ですが、こちらは学生の時にデビューしたので、もう100数十冊の本が出ていると思います。しかし、正確に何冊の本を出したのか、どの本が100冊目だったのか、よくわかりません。この会場にいらっしゃるような心優しい友人達にも恵まれなかったので(笑)、こういうパーティを開いてもらうこともできませんでした。ぼく自身の粗雑な生き方の結果なのだと反省するばかりです。

 

今日、ぼくは東北芸術工科大学文芸学科の学生達と教員達を代表してこの会場にやって来ました。越水さん、またいつでも山形にいらして下さい。集中講義は無理でも、講演をお願いします。ぼくらは等しく、ラッセル車のようにエネルギッシュな、牡丹のように美しい、筍のような生命エネルギーに満ちたあなたを愛しています。そして次の本、次の次の本、さらにその次の本を心から楽しみに待っています。

 

※ラッセル車、牡丹、筍のたとえは、ぼくの前にスピーチされた方の表現で、それをお借りして話しました。

 

※この写真を撮ってくれたのは、小中高で2年後輩だった作家の寮美千子さんです。

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